エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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過去編 ある四月から九月の話(カズ視点)

八 コンビの結成

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 乾燥機が終了を告げた。森下が起きて立ち上がる。乾燥機に駆け寄って開け、中のものを取り出した。
 俺の上着を脱いで、シャツを着て、ジャージの上着に腕を通す。

「ほっかほか。乾きました!」
「そう。よかった」
「あのー、洗ってお返ししますけど……」
「寮で洗うよ。そのまま返してくれたらいい。着て帰る」
「申し訳ないです。じゃあ、帰りましょうか」

 森下は急いでいる様子だった。すぐに部屋を出ようとする。躓いて転びそうになり、腕をとって支えた。

「慌てたら転ぶよ」
「す、すみません」

 そそっかしいな。水を被ったりと運も悪いし、彼は大丈夫なのだろうか。
 立たせて、並んで歩く。部室棟を出て、校庭を回り込んで正門のほうへ向かう。
 美化委員は解散していて、誰もいない。俺と森下以外は、グラウンドで部活動をしている生徒だけだ。朝と同じ。

「何か急いでるの?」
「え? いえ。帰るだけなので、とくには」
「電車の時間とか?」
「別に不便なところじゃないんで」
「じゃあ何?」
「小野寺先輩、急いでいるじゃないですか。だから」

 たしかに俺は気が急いているけれど、表には出していないのに。

「別に俺は急いでないよ、寮、すぐそこだし」
「早めに戻って、休んだほうがいいです。顔色よくないですし」
「それはいつもだよ」
「……先輩、しゃべるの苦手だったら、しゃべらなくてもいいですよ。他人が苦手な気持ちって、わかりますし。無理しないでくださいね。俺、実は静かにすることもできるんですよー」

 と森下は得意げに言った。
 森下には嫌味はなく、当たり前のように明るくて柔らかい。だがこの気遣いが、複雑な家庭環境のせいだというのなら、気の毒だと思う。
 彼には誰にも明かさない秘密があって、そのせいで、へらへらと笑って、探るような目をする。
 そうしなければならないのが可哀相で、やめてほしい。

「そんなに気を遣わないでいいよ……。たしかにしゃべるのは苦手だけど、森下くんのことは苦手じゃない……」

 口を滑らせるように俺が言うと、森下は照れくさそうに笑った。
 味方みたいに笑ってみせるから、そんな心許なさそうな目をしないでほしい。
 どうしたら、近づけるんだろう。自分のほうからコミュニケーションをとった経験がなさすぎて、誰かと関わりたいときにどうすればいいのかわからない。
 嫌われたくないなんて、初めて思う。

「……森下くんって、下の名前は何?」
「え、多紀です」
「たき?」
「はい。多い少ないの多いに、糸へんにおのれ。紀元前の紀です。タキ。珍しいでしょ。小野寺先輩は?」
「かずおみ。平和の和に、家臣のしん」
「うっわ、名前までかっこよすぎですか」
「……下の名前で……タキくんって呼んでもいい?」
「え、はい。いいですけど、呼び捨てちゃってください」
「柄じゃないから……」
「あ、たしかに。せっかくだから俺も小野寺先輩のこと、和臣先輩って呼んでもいいですか?」
「長くない?」
「じゃあ、カズ先輩」
「いいよ。……タキくん」
「コンビ名は何にします?」

 森下あらためタキくんは、とぼけたお調子者みたいなことを言った。
 俺は真面目に考える。

「……カズ&タキかな。文化祭で漫才でもしようか」
「ではさっそく、どっちがボケでツッコミなのか、担当を決めておきましょうか」
「えっ、タキくんがボケでしょ?」
「カズ先輩のほうがボケだと思いますよ? 俺、ツッコミうまいですよ?」
「でもさ、俺にこれ以上できることが増えたら、女子人気が高まる一方だよ。実はボケだなんて意外性まで獲得したら向かうところ敵無しだよ」
「たしかに……」

 俺は笑った。

「あはは! タキくん。今のツッコミどころじゃん?」
「あっ、しまった! だめだ、カズ先輩が言うとガチっぽくて納得しちゃって」
「雰囲気に呑まれてるね」
「……ところで、俺、カズ先輩とこんなふうに漫才コンビ組んだら、カズ先輩のファンクラブの女子たちにリンチに遭いますね?」
「あり得るね」
「そのときは絶対に助けてくださいね。発案者はカズ先輩なんですから」
「間に合えばいいね」
「あっ、ひどい」
「じゃあ、地球の裏側からでも駆けつけてみせるよ」
「いきなりスケール大きいですね!」
「ツッコミ弱い。やり直し」
「くっそ、先輩にツッコミって難しい……! 台本作らないと」

 漫才の練習じみたくだらないやりとり。
 ひとしきり笑った後、タキくんはふと呟いた。

「それにしても、水やり当番もあと二週ですか。あっという間でしたね」

 ああ、そうだ。
 タキくんに言われて気づく。水やり当番は、九月いっぱいで終わりだった。十月からはまた新しい委員会となる。

「……早かったね」
「あ、じゃあここで。俺、カズ先輩と一緒にできて、嬉しかったです。今日はありがとうございました」
「じゃあね」

 タキくんは、笑顔でぺこりと頭を下げる。ちょうど正門についたので、タキくんはそのまま帰っていく。
 俺はその背を見送る。
 せっかく、これからのお互いの呼び方を決めたのに。文化祭で漫才をするのはただのジョークだけど。あっさりした別れを残念に思う。
 別に俺だけじゃない。タキくんは、誰に対しても一律でこういう対応。みんなと楽しくて、みんなと仲良しで、その誰にも、弱さを感じさせない。それが彼のプライドなのだと思う。
 俺が設定した十分間。十五分にすればよかったな……。
 あと五分、隣にいても、きっと何も変わらなかったと思うけれど。
 もう少し、なんでもいいから話していたかったな。
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