エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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3 ある長期休暇の頃

十一 忘れてもいい

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 予報は外れて、雨はあがらなかったけれど、弱まっていたので外に出た。
 午後二時の街を歩く。
 濡れたアスファルトのにおいって嫌いじゃない。
 近所の商店街の中を歩いたりして、雑貨屋さんに行って茶碗とお椀を買ったり、お皿を買ったり。
 休日だけど、雨のせいか人通りはそれほどではない。
 傘を差して散歩。

「俺たちって、いつから付き合ってるんですか?」

 そう訊ねる。
 言えないっていうけど聞きたい。知りたいよ。

「ん……二年くらい……」
「どんなふうに付き合いはじめたんですか?」
「えっと……」

 路地で立ち止まった。
 カズ先輩は人目を気にしながら、俺を見つめてくる。

「あのね。多紀くんのこと、ずっと好きだった。高校のときから」
「え!?」

 高校!? そんな前!?

「知らなかったよね。ごめんね」
「謝ることないですけど、なんで俺なんです? カズ先輩なら選り取り見取りでしょうに」

 男同士だってことは抜きにしても、釣り合わないよ。
 カズ先輩は、質問には答えない。

「多紀くんがいい」

 俺が訊いたことへの真っ直ぐな答えじゃないのに、直球みたいな言葉。
 相当好きそうだな? 甘すぎない?
 俺がいいだなんて。俺は他人に言えそうにないよ。

「モテたことないからよくわからないんですけど……好かれるのはありがたいです」

 女の子に好かれたいのはそのとおりだけど、男だっていっても見知らぬ他人じゃなくて、長年付き合いのあったカズ先輩だもんな。
 俺のことそんな風に見てたんだって思ったとしても、びっくりするだけで、嫌悪感があったりはしないよ。
 むしろ逆に申し訳なく思えてくる。何かの間違いじゃないかって。「え? 俺? なんで?」みたいな。

「他の人に見る目がないのはラッキーだよね。俺以外の人間に、多紀くんの素敵なところに気づいてほしくないもん」
「何があるんです? なんて、人に訊くことじゃないかもですけど」
「俺にとっては天使なんだよ」
「ふふっ。すごいことを言ってくれちゃいますね」

 わざわざ嘘を吐いて褒める必要はないし、本心なんだろうけれど。
 天使って。思わず噴いちゃったじゃん。まるで他人事みたいに聞いてるけどマジで俺のこと言ってるの? 本気?
 カズ先輩は、曖昧に笑ったり淡々としてみたり、頭の中で色々考えながら話してる。

「これまで、我慢できなくて君をたくさん傷つけた。混乱させたし」

 傷つけたって、いったいなにがあったんだろう。俺って、ちょっとやそっとでは傷つかない仕様なんだけどな。
 そんな責任を感じるようなことなのか。普通に付き合ってたっぽいのに。

「付き合い始めたのも、ほとんど押し切った形」

 何があったのか知りたいけれど、付き合う前のログは残ってないんだよなあ。
 俺はちょっと笑う。

「カズ先輩って、意外と押し強めですよね」
「手に入れたいならガンガン行けって。引くな、押し続けろって」

 元上司の教えかな?

「……俺は、多紀くんの真面目さとか、責任感に甘えて、全力でわがまま放題してきた。だけど、もし今の多紀くんが、ふつうの、ごく普通の関係に戻りたいなら、止めないつもり」
「そうなんですか」
「もし……したいならするけど、単なるルームシェアでもいいし、もし一人暮らしに戻りたいっていうなら、いいよ」

 そう言ってカズ先輩は、やっと笑った。

「俺さ、ゴールデンウィークが終わったら、平日、帰りが遅くなりそうなんだ」
「え、そうなんですか? 忙しいんですか?」
「実は、試験を受けようと思ってて」
「昇進試験ですか?」
「会社のじゃなくて、予備試験っていう国家試験」

 聞いたことないけど、カズ先輩が受けるっていうんだから、難しいんだろうな。

「バンコクでも勉強していてね。休み明けから予備校に通う予定。平日の夜と土日」
「がっつりですね」
「うん。外の自習室でも勉強する。あまり家にいないよ。だから、多紀くんの好きに生活していてね。あ、ちゃんと家事はするよ。ごはんも作ろうね。こうしたいっていう要望があれば、言ってくれたら聞くよ」

 そしてカズ先輩は柔らかい笑顔で言った。

「俺が君を好きだってことも、忘れていいよ」
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