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5 ある休み明け(多紀視点)
第二部 最終話* やっぱり反省はしていない
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人混みを縫って、大股で追っていく。出入口の付近まで来たところで、出入口の混雑で足止めを喰らっていた和臣さんのスーツの袖を掴まえた。
和臣さんは立ち止まって振り返る。
「多紀くん」
その前を歩いていた紗英さんという女性が、背後を振り返る。
美少女。瞳の力が強い。気が強そう。
絶対に自信あるって。どんな男でも手玉にとれるって。
望んだものは、どんなものでも全てかならず手中に収めることができるね。
二人が並ぶと美男美女。こんなにもお似合いのふたり、見たことない。
和臣さんは、紗英さんという絶世の美少女の隣に立っていても違和感なんて一切ない、完璧みたいなハンサム。男でも見惚れるほど。本当に見た目いいな。
俺は、和臣さんの袖を掴まえたまま、呟いた。
「すみません」
紗英さんに、やや不審そうな表情で見られる。そりゃそうだよな。
俺、なんで追ってきたんだっけ。
言うこと忘れた。
いや、考えてもない。
言うことなんてない。何もない。
言い訳すらも思いつかない。
「すみません……」
周りからも、なんだか視線が集まっている気がする。
和臣さんと紗英さんっていうのは、たぶん社内では有名な取り合わせ。俺のほうが邪魔者。何をしているの、早くこの男女をふたりきりにしてあげないと。そういう視線。
紗英さんは全力で応援されてる。バックには役員がいて、この会社は大企業で、世界をまたにかけて事業を展開していく会社で、和臣さんは有望株。間違いない。
だって俺が常務ならば、仕事のできない男に大切な孫娘を嫁がせるわけにはいかない。
「いかがなさいました?」
紗英さんが、黙っている俺と和臣さんに優しく訊ねる。声も鈴を転がすように可愛い。
でも、「足止めさせるな、こちとら急いでるねん」って聞こえる。
そうだ、もしかしたら仕事の話かもしれないし、告白とは限らない。ただ呼びに来ただけかも。誰かのおつかいかも。
役員に取り囲まれて結婚にイエスと答えるまで軟禁なんて冗談でしょ。
でも、たとえ早とちりだったとしても、この手を離せない。だから、袖をつかんだまま。
俺は、物凄く、物凄ーく小声で言った。
和臣さんの耳にしか届かないように。
「……行かないで」
「いいよ?」
和臣さんは、ほっとした顔をして、俺の腕を引っ張って抱き寄せる。
一瞬にして、俺は和臣さんの胸の中。
公衆の面前。
名古屋駅ふたたび。
だけど俺は、こうなることを、重々わかっていた。責められない。この人も、きっと助けてもらいたがってた。俺に引き留められたがってた。
でもここはひとつ気を利かせて「後輩が体調不良なので失礼します」とか言って誤魔化してくれないかなあ……。言わないに一票だけど……。行かないためには、理由が必要なわけで……。
和臣さんは言った。
やたら堂々と。めっちゃ笑顔。ちょっと涙目。よく通る美声。けっこう大声。
「紗英さん。紹介します。僕の好きな人です」
あー……。
紗英さんはきょとんとしている。
周りで聞き耳を立てていた人たちは言葉を失っている。
紗英さんは、やや時間を置いて理解して、驚いた顔。自分の口を押さえている。大きな瞳がこぼれそう。ショックだろうなぁ。ごめん。
でも、この人の身も心も、俺のものなんだ。驚くべきことに。
周囲は悲鳴。驚きの声。
ざわめきとどよめきが広がっていく。その音速で内容も伝わっていくね。確実に。
和臣さんの横顔。目を細めて嬉しそう。満足そう。
なんで? 大ピンチじゃない?
「ご、ご冗談を……」
紗英さんの、震えるような声。
俺も冗談かと思うよ……。でも真実なんだ……。
和臣さんは、平凡代表みたいな俺を天使と呼ぶほど、なんでか知らないけど長いこと俺を好きで、無理矢理やっちゃって、なし崩し的に恋人になったせいで不安でたまらなくて、俺の気持ちだってにわかには信じられなくて、外堀ばかり埋めようとしている、とんでもない悪人。見た目はいいけど、中身はひどいよ。
手に入れられないかもしれないのが怖くて、欲しいものを欲しいと正面切っては言えなくて、俺を傷つけて、自分も傷ついて、それでも欲しがって、壊れることを恐れながらどこまで許されるか試したりして、泣き虫の駄々っ子でワガママ野郎。とにかく手が掛かる。
そんなんだから、目が離せないし、この手も離せないんだ。俺がそばにいてあげないと、何しでかすかわからないから。
俺ぐらいのものだろ。和臣さんの横暴な振る舞いを許してあげられるのは。
和臣さんは俺を見る。目が合う。
「多紀くん。好きです。俺は君が好きです」
両手の手首を取られる。熱い指先。力強く引かれる。
俺は知ってる。きっと三秒後には、口づけられてる。駄目押しみたいに。会場中に見せつけるみたいに。証明するみたいに。ご冗談であってほしい。
三。
力が強くて振りほどけない。
二。
俺は泣きそう。
一。
この人、後先って考えてないね? これから、どうするつもりなんだろ?
目を閉じながら――唇が触れた。
<第二部 終わり (番外編に続く)>
和臣さんは立ち止まって振り返る。
「多紀くん」
その前を歩いていた紗英さんという女性が、背後を振り返る。
美少女。瞳の力が強い。気が強そう。
絶対に自信あるって。どんな男でも手玉にとれるって。
望んだものは、どんなものでも全てかならず手中に収めることができるね。
二人が並ぶと美男美女。こんなにもお似合いのふたり、見たことない。
和臣さんは、紗英さんという絶世の美少女の隣に立っていても違和感なんて一切ない、完璧みたいなハンサム。男でも見惚れるほど。本当に見た目いいな。
俺は、和臣さんの袖を掴まえたまま、呟いた。
「すみません」
紗英さんに、やや不審そうな表情で見られる。そりゃそうだよな。
俺、なんで追ってきたんだっけ。
言うこと忘れた。
いや、考えてもない。
言うことなんてない。何もない。
言い訳すらも思いつかない。
「すみません……」
周りからも、なんだか視線が集まっている気がする。
和臣さんと紗英さんっていうのは、たぶん社内では有名な取り合わせ。俺のほうが邪魔者。何をしているの、早くこの男女をふたりきりにしてあげないと。そういう視線。
紗英さんは全力で応援されてる。バックには役員がいて、この会社は大企業で、世界をまたにかけて事業を展開していく会社で、和臣さんは有望株。間違いない。
だって俺が常務ならば、仕事のできない男に大切な孫娘を嫁がせるわけにはいかない。
「いかがなさいました?」
紗英さんが、黙っている俺と和臣さんに優しく訊ねる。声も鈴を転がすように可愛い。
でも、「足止めさせるな、こちとら急いでるねん」って聞こえる。
そうだ、もしかしたら仕事の話かもしれないし、告白とは限らない。ただ呼びに来ただけかも。誰かのおつかいかも。
役員に取り囲まれて結婚にイエスと答えるまで軟禁なんて冗談でしょ。
でも、たとえ早とちりだったとしても、この手を離せない。だから、袖をつかんだまま。
俺は、物凄く、物凄ーく小声で言った。
和臣さんの耳にしか届かないように。
「……行かないで」
「いいよ?」
和臣さんは、ほっとした顔をして、俺の腕を引っ張って抱き寄せる。
一瞬にして、俺は和臣さんの胸の中。
公衆の面前。
名古屋駅ふたたび。
だけど俺は、こうなることを、重々わかっていた。責められない。この人も、きっと助けてもらいたがってた。俺に引き留められたがってた。
でもここはひとつ気を利かせて「後輩が体調不良なので失礼します」とか言って誤魔化してくれないかなあ……。言わないに一票だけど……。行かないためには、理由が必要なわけで……。
和臣さんは言った。
やたら堂々と。めっちゃ笑顔。ちょっと涙目。よく通る美声。けっこう大声。
「紗英さん。紹介します。僕の好きな人です」
あー……。
紗英さんはきょとんとしている。
周りで聞き耳を立てていた人たちは言葉を失っている。
紗英さんは、やや時間を置いて理解して、驚いた顔。自分の口を押さえている。大きな瞳がこぼれそう。ショックだろうなぁ。ごめん。
でも、この人の身も心も、俺のものなんだ。驚くべきことに。
周囲は悲鳴。驚きの声。
ざわめきとどよめきが広がっていく。その音速で内容も伝わっていくね。確実に。
和臣さんの横顔。目を細めて嬉しそう。満足そう。
なんで? 大ピンチじゃない?
「ご、ご冗談を……」
紗英さんの、震えるような声。
俺も冗談かと思うよ……。でも真実なんだ……。
和臣さんは、平凡代表みたいな俺を天使と呼ぶほど、なんでか知らないけど長いこと俺を好きで、無理矢理やっちゃって、なし崩し的に恋人になったせいで不安でたまらなくて、俺の気持ちだってにわかには信じられなくて、外堀ばかり埋めようとしている、とんでもない悪人。見た目はいいけど、中身はひどいよ。
手に入れられないかもしれないのが怖くて、欲しいものを欲しいと正面切っては言えなくて、俺を傷つけて、自分も傷ついて、それでも欲しがって、壊れることを恐れながらどこまで許されるか試したりして、泣き虫の駄々っ子でワガママ野郎。とにかく手が掛かる。
そんなんだから、目が離せないし、この手も離せないんだ。俺がそばにいてあげないと、何しでかすかわからないから。
俺ぐらいのものだろ。和臣さんの横暴な振る舞いを許してあげられるのは。
和臣さんは俺を見る。目が合う。
「多紀くん。好きです。俺は君が好きです」
両手の手首を取られる。熱い指先。力強く引かれる。
俺は知ってる。きっと三秒後には、口づけられてる。駄目押しみたいに。会場中に見せつけるみたいに。証明するみたいに。ご冗談であってほしい。
三。
力が強くて振りほどけない。
二。
俺は泣きそう。
一。
この人、後先って考えてないね? これから、どうするつもりなんだろ?
目を閉じながら――唇が触れた。
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