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過去編 ある夜
ただの先輩と後輩④ side和臣
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デスクの上に置いていたスマホが震えた。
『カズ先輩、突然なんですけど今夜って空いてますか?』
タキくん。タキくんからの連絡。
嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい。
だが嬉しいのを前面に出しすぎるのはよくない。
あっさりめで返信しよう。待て待て、間は大丈夫かな。返事が早すぎると変に思われるよね。
ことタキくんに関しては早押しクイズのトップランカー並みだからね、俺は。クイズ王を狙えちゃうね。
早く返信したいけど我慢。そろそろかな。間をね。とらないと。
予定など確認する必要はない。タキくんのためならどんな予定だって空けるもの。
『空いてるよ』
『ご飯行きませんか? 焼肉屋の割引もらったんです。今日までなんです』
行く行く行く行く! タキくんと!!! 晩ごはん!!!
落ち着け、俺。
ふう……。
よし、落ち着いた。
タキくんからの夕食のお誘い。
ここが地球の裏側でも行く。
『OK。何時?』
『八時半までには!』
『じゃあまたあとで』
今のやり取りだけで白米三杯ぐらい食べられる。
ああ、一週間前の真夜中の路上で、社長の目から逃れようとこそこそしていたタキくん、凄まじく可愛かったな。
タキくんの後姿を撮ろうとしたら突然振り返ってこられて、後姿は撮れなかったんだけど、ぶつかったのも肩を抱けたのもダブルでラッキーだったね。あの距離。ほぼ密着。神様はいるし俺の味方だね。
タキくん、いまだに肩が薄いんだ。感触が手に残っている。体温も。髪のにおいも。屈んだとき、嗅いじゃった。えへへ。
同じワックスを使いたいな。どこの何を使っているんだろう。調べてみよう。おそらく通勤経路のドラッグストアのセール品。
ぶつかって慌てていた様子も、ほっとした笑顔も、全部が可愛い。俺だと気づいて安堵するということは、つまり俺を信頼しきっているということ。嬉しくてたまらない。
あー。幸せ。
今日までの割引か。会社でもらったんだろうな。同僚と行く事もできただろうに、俺に声かけてくれるなんて。
……いや、俺は二番目三番目かも。会社の人は行けなかったんだろうな。マイナス思考。
いいよ、タキくんに誘ってもらえたなら。何番目でも。いいさ。百番目だったとしても、誘ってもらえたなら結果的に一番目だから。プラス思考。
だけどやっぱり本当の一番になりたいな……。一番になる方法、ないかな。彼女はできてないだろうけど、俺のこと彼氏にしてくれないかな。
タキくんと恋人同士……昂ぶってくるね。全力で愛して甘やかしたいな。
「小野寺、俺あした出張。帰る前に進捗教えて」
課長の声。課長のデスクの前に向かう。
課長が俺を見て、訝しげ。
「どうしたん。顔赤いやん。なにニヤニヤしとるん。なんか嬉しいことでもあったん? 珍しい」
「いえ、なんでもありません」
クールダウン。クールダウン……。
課長所望の紙の束を渡す。
「報告書です。午前の商談、まとまりました。昨日の契約書の英訳はこちらです」
「見とくわ。置いといて」
「はい」
「一個、接待のセッティングしといて。三人、虎ノ門あたり、明後日七時」
「はい」
「そういや、今夜の飲み会行くんやったよな?」
「いえ、不参加のはずです。すみません、用事がありまして」
「あ、そうやった?」
課長はとぼけ顔。俺は基本不参加。様式美。
自分のデスクに戻る。指示されたセッティングを一分で済ませて、課長にメール送信した上、口頭で報告。
担当している仕入れ品の再見積が丁度あがってきたのでチェックしつつ、物流のスケジュールを逆算しておく。
背後の席の同期男が外回りから戻ってきた。
「小野寺、残業? 珍しいね。いつも超速なのに」
「英訳が押したんだ。もう帰る」
「昨日の分厚いやつ? え、終わったの。そのわりに早いじゃん。飲み会も合コンもいくらでもあるよ。行く?」
「行かない」
「知ってる」
仕事なんて早く終わらせて、タキくんのことを眺める時間に充てている。
席を立って、リュックを背負う。
「デート? すっげえ嬉しそう」
「……」
返事はできない。まだ顔に出ているのか。引き締めないと。
デート。いい響き。タキくんとデート。それがいい。デートしたい。お互いの仕事あがりに晩ごはん食べて、部屋でいちゃいちゃしたい。
部屋に呼ぶのは簡単だ。宅飲みだったり、映画でも観ないかと誘ってみたり。呼ぶ口実はいくらでも作れる。タキくんは来るだろう。
あまり近づきすぎると衝動的に押し倒してしまいそうだから、やめておく。この距離感を大事にしたい。とにかく今は、確固たる地位を築かなければ。
タキくんは彼女が欲しいというけれど彼は忙しいし本気で取り組んではいない。合コンなども誘われてもなかなか行けないとか。
そんなの、一生行かなくていいよ。全力で阻止したいな。
「帰るだけ」
「表に小野寺待ちの女の子いたよ。たぶんまだいる」
「助かる」
「今度、合コン行かない?」
「それは無理」
裏から出よう。
タキくんに会う前に一度自宅に戻って着替える予定。七時半過ぎ。ぎりぎりになるかもしれない。
『カズ先輩、突然なんですけど今夜って空いてますか?』
タキくん。タキくんからの連絡。
嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい。
だが嬉しいのを前面に出しすぎるのはよくない。
あっさりめで返信しよう。待て待て、間は大丈夫かな。返事が早すぎると変に思われるよね。
ことタキくんに関しては早押しクイズのトップランカー並みだからね、俺は。クイズ王を狙えちゃうね。
早く返信したいけど我慢。そろそろかな。間をね。とらないと。
予定など確認する必要はない。タキくんのためならどんな予定だって空けるもの。
『空いてるよ』
『ご飯行きませんか? 焼肉屋の割引もらったんです。今日までなんです』
行く行く行く行く! タキくんと!!! 晩ごはん!!!
落ち着け、俺。
ふう……。
よし、落ち着いた。
タキくんからの夕食のお誘い。
ここが地球の裏側でも行く。
『OK。何時?』
『八時半までには!』
『じゃあまたあとで』
今のやり取りだけで白米三杯ぐらい食べられる。
ああ、一週間前の真夜中の路上で、社長の目から逃れようとこそこそしていたタキくん、凄まじく可愛かったな。
タキくんの後姿を撮ろうとしたら突然振り返ってこられて、後姿は撮れなかったんだけど、ぶつかったのも肩を抱けたのもダブルでラッキーだったね。あの距離。ほぼ密着。神様はいるし俺の味方だね。
タキくん、いまだに肩が薄いんだ。感触が手に残っている。体温も。髪のにおいも。屈んだとき、嗅いじゃった。えへへ。
同じワックスを使いたいな。どこの何を使っているんだろう。調べてみよう。おそらく通勤経路のドラッグストアのセール品。
ぶつかって慌てていた様子も、ほっとした笑顔も、全部が可愛い。俺だと気づいて安堵するということは、つまり俺を信頼しきっているということ。嬉しくてたまらない。
あー。幸せ。
今日までの割引か。会社でもらったんだろうな。同僚と行く事もできただろうに、俺に声かけてくれるなんて。
……いや、俺は二番目三番目かも。会社の人は行けなかったんだろうな。マイナス思考。
いいよ、タキくんに誘ってもらえたなら。何番目でも。いいさ。百番目だったとしても、誘ってもらえたなら結果的に一番目だから。プラス思考。
だけどやっぱり本当の一番になりたいな……。一番になる方法、ないかな。彼女はできてないだろうけど、俺のこと彼氏にしてくれないかな。
タキくんと恋人同士……昂ぶってくるね。全力で愛して甘やかしたいな。
「小野寺、俺あした出張。帰る前に進捗教えて」
課長の声。課長のデスクの前に向かう。
課長が俺を見て、訝しげ。
「どうしたん。顔赤いやん。なにニヤニヤしとるん。なんか嬉しいことでもあったん? 珍しい」
「いえ、なんでもありません」
クールダウン。クールダウン……。
課長所望の紙の束を渡す。
「報告書です。午前の商談、まとまりました。昨日の契約書の英訳はこちらです」
「見とくわ。置いといて」
「はい」
「一個、接待のセッティングしといて。三人、虎ノ門あたり、明後日七時」
「はい」
「そういや、今夜の飲み会行くんやったよな?」
「いえ、不参加のはずです。すみません、用事がありまして」
「あ、そうやった?」
課長はとぼけ顔。俺は基本不参加。様式美。
自分のデスクに戻る。指示されたセッティングを一分で済ませて、課長にメール送信した上、口頭で報告。
担当している仕入れ品の再見積が丁度あがってきたのでチェックしつつ、物流のスケジュールを逆算しておく。
背後の席の同期男が外回りから戻ってきた。
「小野寺、残業? 珍しいね。いつも超速なのに」
「英訳が押したんだ。もう帰る」
「昨日の分厚いやつ? え、終わったの。そのわりに早いじゃん。飲み会も合コンもいくらでもあるよ。行く?」
「行かない」
「知ってる」
仕事なんて早く終わらせて、タキくんのことを眺める時間に充てている。
席を立って、リュックを背負う。
「デート? すっげえ嬉しそう」
「……」
返事はできない。まだ顔に出ているのか。引き締めないと。
デート。いい響き。タキくんとデート。それがいい。デートしたい。お互いの仕事あがりに晩ごはん食べて、部屋でいちゃいちゃしたい。
部屋に呼ぶのは簡単だ。宅飲みだったり、映画でも観ないかと誘ってみたり。呼ぶ口実はいくらでも作れる。タキくんは来るだろう。
あまり近づきすぎると衝動的に押し倒してしまいそうだから、やめておく。この距離感を大事にしたい。とにかく今は、確固たる地位を築かなければ。
タキくんは彼女が欲しいというけれど彼は忙しいし本気で取り組んではいない。合コンなども誘われてもなかなか行けないとか。
そんなの、一生行かなくていいよ。全力で阻止したいな。
「帰るだけ」
「表に小野寺待ちの女の子いたよ。たぶんまだいる」
「助かる」
「今度、合コン行かない?」
「それは無理」
裏から出よう。
タキくんに会う前に一度自宅に戻って着替える予定。七時半過ぎ。ぎりぎりになるかもしれない。
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