エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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2 ある年始のドタバタ

十一* なんでもしてあげる Side多紀

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 一月四日。午前六時。
 また寒さが戻ってきて雪が降ってる。年始から激しいな。カーテンを開けるだけで冷気がすごい。
 和臣さんは激痛と熱で寝られなかったみたいで、明け方にやっと寝入った。
 明日から仕事。いつもの生活にまた戻っていく。和臣さん、大丈夫なのかな。まさかバイクの下敷きになって骨折するなんて。
 和臣さんとふたりで、ごくふつーに平和な日常生活を送っていることは、本当は、奇跡的なことなのかもしれないな。毎日に感謝しないと。
 趣味を奪うのは嫌だから、折衷案がないかしばらく考えていたけれど、やっぱりバイクにはもう乗らないでほしい。バイク事故って聞いたら、冷静でいられないのも無理ないでしょ。車の事故よりも生身への影響が強いんだから。自転車よりもスピードが出るし。

「多紀くん」

 呼ばれて振り返る。ベッドの中で、和臣さんが目をこすりながら起きようとしてる。相変わらず、端正な顔。なにをしていても絵になるな、このひと。
 俺はベッドに戻った。和臣さんは安心して、枕に顔を埋めている。
 その枕、俺のだけど。

「眠いねー」
「まだ六時ですよ。寝たの四時過ぎでしょ。まだ熱っぽいし」

 和臣さんの額に手を当てながら言う。汗をかいているし、体温が高い。吸収熱といって、骨折して数日の間、組織の分解物を吸収するために発熱するらしい。
 髪を梳いていると気持ちよさそうに目を閉じている。具合が悪そうで少し痩せた、美しい顔。

「多紀くん」
「なんです?」
「傍にいてほしい」

 傍にいるじゃん。一緒にいるじゃん。
 困るのはこっちのほうだよ。どうしてくれるんだよ、この不安。
 いなくならないでくれ。どっか行ったりしないでくれ。突然すぎるよ。
 俺の目の届かない場所で、痛い目に遭っていたと思うと、かわいそうで悲しい。近くにいたなら、助けてあげられたのに。

「いますし」
「心細いよ……具合悪い……」

 熱い体が俺をつかまえてがんじがらめにする。
 大きな手、指先が、俺をまさぐる。目的がぜんぜん違う気がする。
 具合が悪いんじゃないのかよ。

「和臣さん」
「んー。ちゅ……」
「しばらくエッチなし。大事な試験もありますし、怪我してるのに無茶しないでください」

 不満って顔してる。俺のほうが正論じゃない?
 まだ手探りでもぞもぞしてるし。

「いつまで? 明日? 熱が下がるまで?」
「せめて試験が終わるまで」
「えええっ! 半月以上あるよ……!?」
「代わりに、試験が終わったらなんでもしてあげます」
「それは……いいね……」

 いきなり納得したらしい。
 なにをさせる気だよ。いつもわりとなんでもしてるでしょ。怖いんだけど。

「だから、ちゃんと足を治してください」
「わかった」

 大人しく頷いてる。
 何考えてるのか、わからないようでいてわかる。なんでもするという俺に何をさせようかの想像が宇宙の広がりをみせてる。
 どんなことされるっていうんだ。自分で言っておいて後悔してきたぞ。
 ベッドの中で、横向きになって、向かい合う和臣さんを見る。
 とろんと眠そうにゆっくり瞬きながら、潤んだ瞳で俺を見つめてる和臣さん。

「多紀くん。大好き」

 と言って、嬉しそうに顔を綻ばせながら手をつなぎにくる。血色の戻った形の良い指先。
 俺はその指先をとって口づけながら言った。

「いなくなったら、どうしようかと思いました」
「俺が死んだら…………引き出しに自筆証書遺言が入ってるから、開けずに裁判所に持っていって検認の手続きをするんだよ」
「なに言って……」

 怒りかけた俺に、和臣さんは笑った。

「大した財産はないよ。自分の身に何か起こったときのために、うちではみんな早いうちに書くんだ。だから書いてるだけ」

 なるほど。ご家庭によって、常識ってまったく違うんだな。
 一般のご家庭ではないだろうけど。
 俺は言った。

「驚かせないで」
「うん」
「怪我には気をつけて」
「うん」
「早く治して」
「うん」
「どこにも、行っちゃだめ」
「うん」

 和臣さんは、俺の声に耳を傾けながら、幸せそうにうとうとしている。
 それ、俺の枕ですけど。
 俺はふと、家族で過ごしていたときの和臣さんの様子を思い出して笑った。

「ふふ……」
「どうしたの、多紀くん」
「和臣さんって、家族と話すときは、東北弁のイントネーションなんだ」

 と言ったら、見たことないほど顔を真っ赤にして、叫んだ。

「うわあああああ! 気をつけてたのに!!! 恥ずかしくて死んじゃう……!」
「可愛かったな……」
「やめて、多紀くん……!」

 和臣さんはまた俺の枕に顔を埋めている。耳まで茹でたこみたい。
 俺は少し意地悪な気分。

「顔、見せて」
「だめっ! 見ちゃだめ!」

 和臣さんは、俺の枕を抱えて、上掛けに頭からもぐりこんでいく。殻にこもるカタツムリみたい。
 そしてくすくす笑う俺をめがけて、上掛けから腕だけ出して探ってきたので、俺はその手をとって、指を繋いだ。
 満足そうな吐息が聞こえてくる。




 <次の話に続く>
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