167 / 396
2 ある年始のドタバタ
十 いなくならないで Side多紀
しおりを挟む
一月三日。
午後二時に東京駅に着くと、雪はしっかり積もっていた。
年末年始の真っ只中の降雪は、地方から東京に戻る帰省ラッシュに直撃。混み合っている。最寄り駅まで電車にして、いつもなら徒歩だけどタクシーを拾う。すぐにマンションに到着した。
いろいろあったな……。
部屋の鍵を開けて、和臣さんに先に入ってもらう。松葉杖を立てかけて、壁に手を付きながら。
不自由そうにしつつも、動きに慣れてきたみたいで、わりとしっかり歩いている。
「あれ。明かりと暖房ついてる……」
「え!?」
消し忘れてた!?
リビングに入ると明かりがついてるし、ふつうに暖かい。
あちゃー、失敗した。出掛けるとき、慌てていたものだから。
「すみません。消し忘れ。もったいない」
「大丈夫だよ、一日くらい。家にいたらついてたわけだし」
あ、リビングに宝物入れやらテキストが開けっ放し。
「写真みてたの?」
「あっ、片づけます」
宝物入れの写真。和臣さんには内緒。でも見られるし。和臣さんの写真もあるから、見られると恥ずかしい。かき集めて紙箱に入れる。
写真も箱も、本も、なにもかもが放り出してあって、俺ときたら。どれだけ慌てていたんだよ。
妹さんから事故にあったと聞いたとき、頭が真っ白になって、財布と携帯電話だけ持って飛び出してしまった。家の鍵を閉めた記憶もないから、閉まっていてよかったわ。
和臣さんはコートを脱ぎながら、意外そうに笑ってる。
「多紀くんがそんなに慌てるなんて珍しいね。いつも冷静なのに」
そうかな。
冷静じゃいられなかったよ。
数時間も連絡がつかなくて、ついたと思ったらバイクで事故、しかもこの雪。現場はさらに雪が降っている東北だし。救急車で運ばれて、容態は不明。最悪の事態を想像してもおかしくない。
和臣さんはキッチンに入って、言った。
「あ、ごはん炊きっぱなし」
うっわ。ごはんも忘れてた。
「昨日、晩飯で炊いてて……」
いつもなら寝る前までに冷凍しておくけど、そんなことやる時間なかった。
なにもかもやりっぱなしだ……。
和臣さんは言った。
「このまま炒飯にしようか。晩ごはん」
「俺、作ります」
「大丈夫だよ。作れるよ。痛いのは左足だけだもん」
「痛いんだったら休んでてください。悪化したらどうするんですか!」
「あはっ、心配されて嬉しい」
無邪気な顔をしている。
じゃあお願いしよっかなぁといって、和臣さんは炊飯器に残っているごはんを皿にあけてる。そのいつもと変わらない姿を見ていたら、涙が溢れてくる。
俺の様子に気づいた和臣さんが、お皿やしゃもじを置いて、抱きついてくる。
「多紀くん」
「心配させないでくださいよ。生きていてくれてよかったですけど、こっち、生きた心地がしなかった……」
和臣さんがいなくなったら、どうするの。どうしたらいいんだよ。
ひとりに戻るったって、そんな戻り方、最低最悪じゃん。別れるほうがよっぽどマシ。
腕は力強いし、胸の音、呼吸音。体の厚み、指先で俺の髪を梳いてる。
生きてる。一日前に戻って、不安で震えが止まらなかった俺に伝えてあげたい。和臣さんは生きているから大丈夫だって。
「ごめんね」
ひとたび泣き始めたら涙が止められなくて、俺は和臣さんに縋りついて、いつもの和臣さんみたく号泣。
心配すぎて、不安でたまらなくて仕方なかった。だから。俺が仙台に行ったところで何にもならないのに、すっ飛んでった。
和臣さんはもらい泣きしてる。なんであんたが泣くんだよ。泣きたいのは俺のほう。
「ごめんね」
「いなくならないでください」
「……うん」
そんな嬉しそうな顔しちゃってさぁ。
午後二時に東京駅に着くと、雪はしっかり積もっていた。
年末年始の真っ只中の降雪は、地方から東京に戻る帰省ラッシュに直撃。混み合っている。最寄り駅まで電車にして、いつもなら徒歩だけどタクシーを拾う。すぐにマンションに到着した。
いろいろあったな……。
部屋の鍵を開けて、和臣さんに先に入ってもらう。松葉杖を立てかけて、壁に手を付きながら。
不自由そうにしつつも、動きに慣れてきたみたいで、わりとしっかり歩いている。
「あれ。明かりと暖房ついてる……」
「え!?」
消し忘れてた!?
リビングに入ると明かりがついてるし、ふつうに暖かい。
あちゃー、失敗した。出掛けるとき、慌てていたものだから。
「すみません。消し忘れ。もったいない」
「大丈夫だよ、一日くらい。家にいたらついてたわけだし」
あ、リビングに宝物入れやらテキストが開けっ放し。
「写真みてたの?」
「あっ、片づけます」
宝物入れの写真。和臣さんには内緒。でも見られるし。和臣さんの写真もあるから、見られると恥ずかしい。かき集めて紙箱に入れる。
写真も箱も、本も、なにもかもが放り出してあって、俺ときたら。どれだけ慌てていたんだよ。
妹さんから事故にあったと聞いたとき、頭が真っ白になって、財布と携帯電話だけ持って飛び出してしまった。家の鍵を閉めた記憶もないから、閉まっていてよかったわ。
和臣さんはコートを脱ぎながら、意外そうに笑ってる。
「多紀くんがそんなに慌てるなんて珍しいね。いつも冷静なのに」
そうかな。
冷静じゃいられなかったよ。
数時間も連絡がつかなくて、ついたと思ったらバイクで事故、しかもこの雪。現場はさらに雪が降っている東北だし。救急車で運ばれて、容態は不明。最悪の事態を想像してもおかしくない。
和臣さんはキッチンに入って、言った。
「あ、ごはん炊きっぱなし」
うっわ。ごはんも忘れてた。
「昨日、晩飯で炊いてて……」
いつもなら寝る前までに冷凍しておくけど、そんなことやる時間なかった。
なにもかもやりっぱなしだ……。
和臣さんは言った。
「このまま炒飯にしようか。晩ごはん」
「俺、作ります」
「大丈夫だよ。作れるよ。痛いのは左足だけだもん」
「痛いんだったら休んでてください。悪化したらどうするんですか!」
「あはっ、心配されて嬉しい」
無邪気な顔をしている。
じゃあお願いしよっかなぁといって、和臣さんは炊飯器に残っているごはんを皿にあけてる。そのいつもと変わらない姿を見ていたら、涙が溢れてくる。
俺の様子に気づいた和臣さんが、お皿やしゃもじを置いて、抱きついてくる。
「多紀くん」
「心配させないでくださいよ。生きていてくれてよかったですけど、こっち、生きた心地がしなかった……」
和臣さんがいなくなったら、どうするの。どうしたらいいんだよ。
ひとりに戻るったって、そんな戻り方、最低最悪じゃん。別れるほうがよっぽどマシ。
腕は力強いし、胸の音、呼吸音。体の厚み、指先で俺の髪を梳いてる。
生きてる。一日前に戻って、不安で震えが止まらなかった俺に伝えてあげたい。和臣さんは生きているから大丈夫だって。
「ごめんね」
ひとたび泣き始めたら涙が止められなくて、俺は和臣さんに縋りついて、いつもの和臣さんみたく号泣。
心配すぎて、不安でたまらなくて仕方なかった。だから。俺が仙台に行ったところで何にもならないのに、すっ飛んでった。
和臣さんはもらい泣きしてる。なんであんたが泣くんだよ。泣きたいのは俺のほう。
「ごめんね」
「いなくならないでください」
「……うん」
そんな嬉しそうな顔しちゃってさぁ。
204
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる