186 / 396
3 あるひとりぼっちの夜
十 約束したい
しおりを挟む
夜。細かい雪が降ってる。積もってはいないけれど強い雪のにおいがする。
甲府駅。午後九時十五分。
最終電車まで、あと二十一分。いまは、一緒にいられる時間は少ない。
駅の外の壁沿いの、人目につかないあたりで、俺は和臣さんと並んでくっついて、こっそり片手を繋いでいる。
人通りは少ないし、手元まで見ている人はもっと少ないだろうけれど。
いいのかよ。こんなコンパクトな街で、仕事で来ているようなものなのに。男同士で付き合っているなんて知られたら、どうするの。
でも和臣さんは、何も気にしていなさそう。俺しか見てない。
俺は、和臣さんの手が俺の手をしっかり握っていることに、泣きたいような気持ち。
「多紀くん、せっかく準備したけど、あしたの始発で帰ろうよ。今日はこのまま、二人でご飯でも食べてさ。部屋でエッチして寝よ」
またするのかよ。仕方ないひとだな。
でも、現実は迫ってる。現実っていうのは、俺の今の生活。和臣さんのいない、ひとりぼっちの日々に戻らないといけない。
「あした仕事早いし、終電のほうがいいですね」
東京オフィスもスタッフが増え始めて、管理する派遣スタッフも増えてきて、軌道に乗っている。企画を手掛けるようになって、色々忙しくなってる。新しいシステムの導入もあるし。
どうせ家に帰ってもひとりだし、会社に居残って残業ばっかりしてる。
和臣さんは呟いた。
「じゃあ、今夜は、俺が一緒に帰っちゃおうかなー……」
「二人で東京に戻って、和臣さんが始発で甲府に帰るってことですか?」
「…………『帰る』なのは、多紀くんと暮らしてる部屋だけだよ。東京駅朝五時半発なら間に合うんだ」
配属が甲府に決まったとき、似たようなことを言ってたなあ。
東京から通勤しようとしてさ。経験者として言うけど、毎朝四時台起きって辛いよ。和臣さん、しっかり睡眠とらないと稼働できないタイプだし。
「今日のところは大人しくしておいてください」
「なかなか戻れなくて、悲しいな……二回試験に落ちるわけにはいかないし、就活もしなきゃだし、いろいろすることあって、多紀くんといられないし……。こうして多紀くんが来てくれたこと以外、良いことないなぁ。なにか良いことがあるといいのに。ね、多紀くん」
どうやらご褒美が欲しいようだな。
「じゃあ、戻ってきたら……我慢したご褒美あげますから」
和臣さんは、目を輝かせる。
「本当?」
「何がいいんですか?」
「多紀くん!」
「いつもでしょ」
和臣さんは、なにも言わなくなった。
俺は隣に立つ和臣さんを見上げる。和臣さんも、俺を真剣な顔で見つめている。
目が訴えてくる。
ずっと一緒にいたいって。
約束したいって。
「多紀くんはわかってないんだ。俺に多紀くんがどんなに必要なのか。多紀くんのことをどれほど好きなのか」
「けっこうわかってるつもりなんですけどね……」
俺はその眼差しから、目をそらした。
甲府駅。午後九時十五分。
最終電車まで、あと二十一分。いまは、一緒にいられる時間は少ない。
駅の外の壁沿いの、人目につかないあたりで、俺は和臣さんと並んでくっついて、こっそり片手を繋いでいる。
人通りは少ないし、手元まで見ている人はもっと少ないだろうけれど。
いいのかよ。こんなコンパクトな街で、仕事で来ているようなものなのに。男同士で付き合っているなんて知られたら、どうするの。
でも和臣さんは、何も気にしていなさそう。俺しか見てない。
俺は、和臣さんの手が俺の手をしっかり握っていることに、泣きたいような気持ち。
「多紀くん、せっかく準備したけど、あしたの始発で帰ろうよ。今日はこのまま、二人でご飯でも食べてさ。部屋でエッチして寝よ」
またするのかよ。仕方ないひとだな。
でも、現実は迫ってる。現実っていうのは、俺の今の生活。和臣さんのいない、ひとりぼっちの日々に戻らないといけない。
「あした仕事早いし、終電のほうがいいですね」
東京オフィスもスタッフが増え始めて、管理する派遣スタッフも増えてきて、軌道に乗っている。企画を手掛けるようになって、色々忙しくなってる。新しいシステムの導入もあるし。
どうせ家に帰ってもひとりだし、会社に居残って残業ばっかりしてる。
和臣さんは呟いた。
「じゃあ、今夜は、俺が一緒に帰っちゃおうかなー……」
「二人で東京に戻って、和臣さんが始発で甲府に帰るってことですか?」
「…………『帰る』なのは、多紀くんと暮らしてる部屋だけだよ。東京駅朝五時半発なら間に合うんだ」
配属が甲府に決まったとき、似たようなことを言ってたなあ。
東京から通勤しようとしてさ。経験者として言うけど、毎朝四時台起きって辛いよ。和臣さん、しっかり睡眠とらないと稼働できないタイプだし。
「今日のところは大人しくしておいてください」
「なかなか戻れなくて、悲しいな……二回試験に落ちるわけにはいかないし、就活もしなきゃだし、いろいろすることあって、多紀くんといられないし……。こうして多紀くんが来てくれたこと以外、良いことないなぁ。なにか良いことがあるといいのに。ね、多紀くん」
どうやらご褒美が欲しいようだな。
「じゃあ、戻ってきたら……我慢したご褒美あげますから」
和臣さんは、目を輝かせる。
「本当?」
「何がいいんですか?」
「多紀くん!」
「いつもでしょ」
和臣さんは、なにも言わなくなった。
俺は隣に立つ和臣さんを見上げる。和臣さんも、俺を真剣な顔で見つめている。
目が訴えてくる。
ずっと一緒にいたいって。
約束したいって。
「多紀くんはわかってないんだ。俺に多紀くんがどんなに必要なのか。多紀くんのことをどれほど好きなのか」
「けっこうわかってるつもりなんですけどね……」
俺はその眼差しから、目をそらした。
208
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる