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4 ある夏のふたり
六 満面の笑み
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和臣さんは、ドレスアップしたきれいな女性たちに囲まれて、とりわけ元ファンクラブ会長にぐいぐい迫られて、連絡先を聞かれたりして、たじたじになって困っているところだった。
どこかで似たようなことがあったな。この手のパーティーでさ。和臣さん、いつもだね。
少し離れたところから、
「カズ先輩!」
と声を掛ける。
和臣さんは顔を上げる。
目が合った。
その瞬間、驚くほど表情が変わる。顔色もわかりやすく変わる。頬をバラ色に染めて、甘い甘い、花ひらくみたいな満面の笑みを浮かべる。
「多紀くん! 久しぶり!」
周囲で取り巻いているひとたちが一斉に俺に注目する。
俺のことを好きだってバレないかひやひやだ。恥ずかしい。顔が熱くなる。
このひとは笑っている方が素敵だと思うけれど、他の人にこの笑顔を見られたくないな。ふんわりと柔らかくて。にこにこしていて可愛いんだもん。
やっぱり理事長先生とちゃんと似てる。
「お久しぶりです!」
と言うと、切なそうに目を細めた。心許なさそう。泣くの我慢してる。
ごめんね。寂しいね。
俺のプライドに付き合わせて、ひとりぼっちにして、かわいそうなことしてる。
和臣さんは極度の寂しがり屋で、俺がついていないといけないってわかっていたのに。過去の事情を知った今は、なおさら。
とても切実に、このひとには俺が必要なんだ。俺が俺自身に価値がないと思っていたとしても、和臣さんには関係がない。どんなに無価値な石ころだとしても、持っているだけのお守りみたいに、俺の存在をとにかく必要としている。わかっていたのに。
弱って困っていたとしても、俺にしか助けを求めたくなくて、ただ具合が悪くなる一方で、血の気が引いて辛そうで、それを誰にも気づいてもらえない。気づかれたくないとも思っている。俺だけを呼んでる。心の声が聞こえるみたい。多紀くん助けてって叫んでる。
ごめんね。
「うん。元気そうでよかった」
「はい。カズ先輩は大丈夫ですか? 少し外の空気でも吸ってきたらいかがですか」
俺はそう促した。
顔色悪い。具合悪そうだよ。人酔いかな。人間嫌いだもんね。女性も苦手だし。夏バテもたぶんある。いつも夏はしんどそうにしてるから。
近くで見るとかなり痩せているとわかる。俺のせいだな。和臣さん、すぐごはん食べられなくなっちゃうから。
そこへ、和臣さんの隣に、神崎先生。
「おー、森下! 来てくれたんだな」
「はい! 先日はありがとうございました!」
「小野寺と森下、久しぶりだったのか」
「はい。会うのは」
「僕、いま寮生活なんです」
「ほーん。せっかくだから校舎みてきたら。森下はこないだも来てたけど」
教室棟は入れないけど、特別教室や校庭は、今日は一日、卒業生開放デーで、自由に見学できるらしい。
「来てたの? 多紀くん」
「あ、はい。こないだ、用事で」
「そうなんだ」
「カズ先輩は、卒業以来ですか?」
「うん」
「じゃあ、懐かしいでしょ、校舎」
「懐かしいね。多紀くん、一緒に行こう?」
「はい」
「神崎先生。お言葉に甘えて、僕たち、少し外しますね」
「おー」
と、ふたりで輪を抜けようとした。
立ち上がる元ファンクラブ会長。
え……ついてくる気だろうか。来る気満々。なんなら俺を押しのける勢い。
今日は、俺が、和臣さんと、迫ってくる会長の間に立ちはだかった。
後ろ手に和臣さんを守るかたちで、会長に対峙して静かに告げる。
「だめです。俺のだから」
「はぁ!? あんた誰!?」
元ファンクラブ会長、顔を紅潮させて激昂。覚えてないのかよ。俺に面罵したこと。
俺は、もうどうにでもなれといった気分。
どんどん外堀が埋まっていくね。会社でも知られて、母校でもこのまま噂されるじゃん? みんなに認めてほしいと願って触れ回っているわけではないのに、どうして関係各所にカミングアウトしていく羽目に陥っているんだろ。それもこれも、モテすぎる和臣さんのせいだけど。
どこいっても迫られちゃってさぁ。世話が焼ける。
和臣さんに任せていてもろくなことにならないけど、俺がおさめようとしてもやっぱり、誰も傷つかないようにはできないや。
本当は、誰も傷ついてほしくないんだ。だけど、ひとりしか守れないんだったら、選ぶしかない。
「恋人です。ついてこないでください。行こう、和臣さん」
「うん」
和臣さん、ちゃっかり手を繋いでくる。
会長は茫然自失。
『なぜ貴様が』と言われたときは、なにわけわかんないこと言ってるんだろって笑ってた。だけどある意味、俺という存在の危険性にいち早く気づいた会長の目はかなり確かなものがあるな。
神崎先生と理事長先生が、まあまあとか言ってテキトーに引き留めてくれてる。
そして神崎先生は、はよ行けと、手で合図してきた。
どこかで似たようなことがあったな。この手のパーティーでさ。和臣さん、いつもだね。
少し離れたところから、
「カズ先輩!」
と声を掛ける。
和臣さんは顔を上げる。
目が合った。
その瞬間、驚くほど表情が変わる。顔色もわかりやすく変わる。頬をバラ色に染めて、甘い甘い、花ひらくみたいな満面の笑みを浮かべる。
「多紀くん! 久しぶり!」
周囲で取り巻いているひとたちが一斉に俺に注目する。
俺のことを好きだってバレないかひやひやだ。恥ずかしい。顔が熱くなる。
このひとは笑っている方が素敵だと思うけれど、他の人にこの笑顔を見られたくないな。ふんわりと柔らかくて。にこにこしていて可愛いんだもん。
やっぱり理事長先生とちゃんと似てる。
「お久しぶりです!」
と言うと、切なそうに目を細めた。心許なさそう。泣くの我慢してる。
ごめんね。寂しいね。
俺のプライドに付き合わせて、ひとりぼっちにして、かわいそうなことしてる。
和臣さんは極度の寂しがり屋で、俺がついていないといけないってわかっていたのに。過去の事情を知った今は、なおさら。
とても切実に、このひとには俺が必要なんだ。俺が俺自身に価値がないと思っていたとしても、和臣さんには関係がない。どんなに無価値な石ころだとしても、持っているだけのお守りみたいに、俺の存在をとにかく必要としている。わかっていたのに。
弱って困っていたとしても、俺にしか助けを求めたくなくて、ただ具合が悪くなる一方で、血の気が引いて辛そうで、それを誰にも気づいてもらえない。気づかれたくないとも思っている。俺だけを呼んでる。心の声が聞こえるみたい。多紀くん助けてって叫んでる。
ごめんね。
「うん。元気そうでよかった」
「はい。カズ先輩は大丈夫ですか? 少し外の空気でも吸ってきたらいかがですか」
俺はそう促した。
顔色悪い。具合悪そうだよ。人酔いかな。人間嫌いだもんね。女性も苦手だし。夏バテもたぶんある。いつも夏はしんどそうにしてるから。
近くで見るとかなり痩せているとわかる。俺のせいだな。和臣さん、すぐごはん食べられなくなっちゃうから。
そこへ、和臣さんの隣に、神崎先生。
「おー、森下! 来てくれたんだな」
「はい! 先日はありがとうございました!」
「小野寺と森下、久しぶりだったのか」
「はい。会うのは」
「僕、いま寮生活なんです」
「ほーん。せっかくだから校舎みてきたら。森下はこないだも来てたけど」
教室棟は入れないけど、特別教室や校庭は、今日は一日、卒業生開放デーで、自由に見学できるらしい。
「来てたの? 多紀くん」
「あ、はい。こないだ、用事で」
「そうなんだ」
「カズ先輩は、卒業以来ですか?」
「うん」
「じゃあ、懐かしいでしょ、校舎」
「懐かしいね。多紀くん、一緒に行こう?」
「はい」
「神崎先生。お言葉に甘えて、僕たち、少し外しますね」
「おー」
と、ふたりで輪を抜けようとした。
立ち上がる元ファンクラブ会長。
え……ついてくる気だろうか。来る気満々。なんなら俺を押しのける勢い。
今日は、俺が、和臣さんと、迫ってくる会長の間に立ちはだかった。
後ろ手に和臣さんを守るかたちで、会長に対峙して静かに告げる。
「だめです。俺のだから」
「はぁ!? あんた誰!?」
元ファンクラブ会長、顔を紅潮させて激昂。覚えてないのかよ。俺に面罵したこと。
俺は、もうどうにでもなれといった気分。
どんどん外堀が埋まっていくね。会社でも知られて、母校でもこのまま噂されるじゃん? みんなに認めてほしいと願って触れ回っているわけではないのに、どうして関係各所にカミングアウトしていく羽目に陥っているんだろ。それもこれも、モテすぎる和臣さんのせいだけど。
どこいっても迫られちゃってさぁ。世話が焼ける。
和臣さんに任せていてもろくなことにならないけど、俺がおさめようとしてもやっぱり、誰も傷つかないようにはできないや。
本当は、誰も傷ついてほしくないんだ。だけど、ひとりしか守れないんだったら、選ぶしかない。
「恋人です。ついてこないでください。行こう、和臣さん」
「うん」
和臣さん、ちゃっかり手を繋いでくる。
会長は茫然自失。
『なぜ貴様が』と言われたときは、なにわけわかんないこと言ってるんだろって笑ってた。だけどある意味、俺という存在の危険性にいち早く気づいた会長の目はかなり確かなものがあるな。
神崎先生と理事長先生が、まあまあとか言ってテキトーに引き留めてくれてる。
そして神崎先生は、はよ行けと、手で合図してきた。
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