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5 ある何の変哲もない日常(和臣視点)
十二* コーヒー
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晩ごはんの後、夜の街を散歩することにした。雲は流れて晴れている。時々、こんなふうに外に出て、居酒屋で一杯飲んだり、カフェに入ったりしている。
エレベーターに乗って、一階まで降りた。途中、多紀くんはマンションのポストに立ち寄った。
俺はその背中を追っていく。
「あ、あとでいっか……」
「多紀くん。不動産のチラシ入ってるかも」
「!」
多紀くんは、ナンバーを押して解錠し、中のチラシを確認している。
「ありますね」
賃貸物件のポストに頻繁に入れられている、分譲マンションのチラシ。
いつもなら流れるように備え付けのゴミ箱に捨てる無用の紙を、今夜はふたりで覗き込む。
「どこ?」
「半蔵門、九段下、飯田橋、本駒込……」
「タワマンたっかいねー」
「ですね……」
多紀くん、苦笑してる。
「夢のまた夢かもです」
「そんなことないよ。いずれ買うよ。俺たちパワーカップルってやつだし」
「タワマンがいいんですか?」
「いや、普通のマンションがいいかな。お互いの会社が近くて、手頃な……」
ポストコーナーに帰宅してきたらしき住人が来たので、隅っこに寄った。
「こんばんは」
「こんばんはー」
不動産以外のチラシを捨てる。
マンションのチラシを手に、俺は出口に向かう。
新築かぁ。中古のほうがいいな。新築物件には、建築費用も広告宣伝費も利益も何もかもが乗せてある。割高。
多紀くんはちらちらとポストコーナーをうかがっている。そわそわして可愛いな。
きっと、俺の恋人の有無を訊ねたという人。
「一度見に行ってもいいね」
「えっ、あっ、マンションですか?」
「うん」
俺は多紀くんに手を差し伸べた。
「行こうよ」
多紀くんはおずおずと手を取ってくる。人に見られているのを気にしながら。
知られるほうがいい。多紀くんは俺のものだということ、そして俺が多紀くんのものだということを、みんなに知らしめたい。
誰も邪魔しないでほしい。雑音。ただでさえ、余計なことを考えがちな子なんだ。俺だけを見ていればいいのに。
こんなにも、俺は多紀くんしか頭にないのに、いったいいつになったら理解するのかな。これからどれほど似たような出来事があったとしても、君以外眼中にないということを。
夜の道に出て、手を離す。
歩いていく途中で、俺は立ち止まった。
多紀くんは数歩先をいって振り返った。
「そういえば、どこ行きます? 方向的にカフェでしょうか?」
「カフェだね」
「そろそろホットの季節ですよねー」
「……ホットの……ココアにしようかな」
「あれっ、珍しいですね」
そうだよ。俺、多紀くんが注文するものの真似ばかりしていて、隠してた。
俺は言った。
「実は、コーヒーは、そんなに得意じゃないんだ。慣れたんだけど」
多紀くんは驚いて固まっている。
うち、コーヒーメーカーあるもんね。多紀くんのために買ったの。
「え!? まさかこれまで無理して飲んでたんですか!?」
「うん。多紀くんと同じ味を感じたくて、飲んでた。多紀くん、ブラックが好きでしょ。だから」
それに、コーヒーを飲んでいると、多紀くんを感じられて、多紀くんがそばにいてくれる気がして。
「もっと早く言いましょうよ!」
「実は、甘い飲み物が好き。コーヒーなら、ミルクたっぷりで、お砂糖二杯」
「それは……カフェオレです」
俺の好きなものを知ってほしい。
一番好きなのは多紀くん。ナンバーワンでオンリーワン。
多紀くんは笑った。
「じゃあ、今夜は俺、ココアにしますね」
「でも多紀くん、甘いの好きじゃないよね」
「んー、習慣がないだけで……。和臣さん、甘いの好きなんでしょ?」
「飲み物はね」
多紀くんは頬をかいた。
「……ああ、そっか。そういうことなんだ。和臣さんが無理してコーヒー飲む理由、腑に落ちました」
「好きなひとの好きなものを味わいたいんだよ」
「理屈はわかってたんですけどねぇ」
同じものを飲んだり食べたりして、感覚を共有したいんだ。
好きなものを知りたい。
多紀くんを知りたい。多紀くんの見ている景色を見たい。
数歩先で、多紀くんは笑っている。その笑顔が好き。
「だから俺も、和臣さんの好きな飲み物、味わってみます」
知れば知るほど、俺は多紀くんを好きになる。
「ほら、行きましょ?」
多紀くんが手を差し出してくる。
先程とは逆転。
あたたかい手に手を重ねて、握りしめる。
〈次の話に続く〉
エレベーターに乗って、一階まで降りた。途中、多紀くんはマンションのポストに立ち寄った。
俺はその背中を追っていく。
「あ、あとでいっか……」
「多紀くん。不動産のチラシ入ってるかも」
「!」
多紀くんは、ナンバーを押して解錠し、中のチラシを確認している。
「ありますね」
賃貸物件のポストに頻繁に入れられている、分譲マンションのチラシ。
いつもなら流れるように備え付けのゴミ箱に捨てる無用の紙を、今夜はふたりで覗き込む。
「どこ?」
「半蔵門、九段下、飯田橋、本駒込……」
「タワマンたっかいねー」
「ですね……」
多紀くん、苦笑してる。
「夢のまた夢かもです」
「そんなことないよ。いずれ買うよ。俺たちパワーカップルってやつだし」
「タワマンがいいんですか?」
「いや、普通のマンションがいいかな。お互いの会社が近くて、手頃な……」
ポストコーナーに帰宅してきたらしき住人が来たので、隅っこに寄った。
「こんばんは」
「こんばんはー」
不動産以外のチラシを捨てる。
マンションのチラシを手に、俺は出口に向かう。
新築かぁ。中古のほうがいいな。新築物件には、建築費用も広告宣伝費も利益も何もかもが乗せてある。割高。
多紀くんはちらちらとポストコーナーをうかがっている。そわそわして可愛いな。
きっと、俺の恋人の有無を訊ねたという人。
「一度見に行ってもいいね」
「えっ、あっ、マンションですか?」
「うん」
俺は多紀くんに手を差し伸べた。
「行こうよ」
多紀くんはおずおずと手を取ってくる。人に見られているのを気にしながら。
知られるほうがいい。多紀くんは俺のものだということ、そして俺が多紀くんのものだということを、みんなに知らしめたい。
誰も邪魔しないでほしい。雑音。ただでさえ、余計なことを考えがちな子なんだ。俺だけを見ていればいいのに。
こんなにも、俺は多紀くんしか頭にないのに、いったいいつになったら理解するのかな。これからどれほど似たような出来事があったとしても、君以外眼中にないということを。
夜の道に出て、手を離す。
歩いていく途中で、俺は立ち止まった。
多紀くんは数歩先をいって振り返った。
「そういえば、どこ行きます? 方向的にカフェでしょうか?」
「カフェだね」
「そろそろホットの季節ですよねー」
「……ホットの……ココアにしようかな」
「あれっ、珍しいですね」
そうだよ。俺、多紀くんが注文するものの真似ばかりしていて、隠してた。
俺は言った。
「実は、コーヒーは、そんなに得意じゃないんだ。慣れたんだけど」
多紀くんは驚いて固まっている。
うち、コーヒーメーカーあるもんね。多紀くんのために買ったの。
「え!? まさかこれまで無理して飲んでたんですか!?」
「うん。多紀くんと同じ味を感じたくて、飲んでた。多紀くん、ブラックが好きでしょ。だから」
それに、コーヒーを飲んでいると、多紀くんを感じられて、多紀くんがそばにいてくれる気がして。
「もっと早く言いましょうよ!」
「実は、甘い飲み物が好き。コーヒーなら、ミルクたっぷりで、お砂糖二杯」
「それは……カフェオレです」
俺の好きなものを知ってほしい。
一番好きなのは多紀くん。ナンバーワンでオンリーワン。
多紀くんは笑った。
「じゃあ、今夜は俺、ココアにしますね」
「でも多紀くん、甘いの好きじゃないよね」
「んー、習慣がないだけで……。和臣さん、甘いの好きなんでしょ?」
「飲み物はね」
多紀くんは頬をかいた。
「……ああ、そっか。そういうことなんだ。和臣さんが無理してコーヒー飲む理由、腑に落ちました」
「好きなひとの好きなものを味わいたいんだよ」
「理屈はわかってたんですけどねぇ」
同じものを飲んだり食べたりして、感覚を共有したいんだ。
好きなものを知りたい。
多紀くんを知りたい。多紀くんの見ている景色を見たい。
数歩先で、多紀くんは笑っている。その笑顔が好き。
「だから俺も、和臣さんの好きな飲み物、味わってみます」
知れば知るほど、俺は多紀くんを好きになる。
「ほら、行きましょ?」
多紀くんが手を差し出してくる。
先程とは逆転。
あたたかい手に手を重ねて、握りしめる。
〈次の話に続く〉
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