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番外編20 季節ものSS
決着するお二人
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午後七時。
地方都市のターミナル駅直結百貨店。紳士服売り場。
ライトグレーのスリーピースのスーツをまとい、明るい茶色をしたブランドものの革靴でフロアを練り歩きながら、小野寺和臣は、ああでもないこうでもないと、頭を悩ませていた。
明るいフロアは人少なく、客らしき客は彼しかいない。各売り場のスタッフは地方都市に珍しく芸能人かモデルが来たのかと、テレビなどでは見かけないがはたしてなんという名前かと思考を巡らせ、彼の姿を眺める。
見た目は二十代後半から三十代前半。色白で、茶色がかった髪を七三で分けて整え、銀縁眼鏡をかける顔は小さく、顎は細く、目は大きく鼻筋が通り、少しばかり気弱そうに見える甘い顔立ち。
百八十cm以上はあるであろう長身、首が長く、肩は広く、手足が長くて全体的には細い。
バランスが良いというより良すぎる、黄金比のごとく完璧なスタイルは、ブランドスーツの広告から抜け出てきたようである。
見栄えがする、見ているだけで癒やされるハンサム。しかもスーツの左襟には、弁護士バッジがついている。
その美貌でさらに社会的地位まであるだなんていささか信じがたいため、周囲はドラマ撮影の可能性を疑っている。
そして、ドラマの撮影をする場合は閉店後にするはずなのにおかしいな、と不思議に思っている。
とにかく、暇な時間帯のフロアにやってきた謎のハンサムはやたら目を引き、存在感抜群で、しげしげと眺めずにはいられない。
だが、眉間にシワを寄せて深刻そうに悩んでいて、なにやらぶつぶつと呟いているし、声をかけようとすると逃げるように去っていくため、とりあえず、周りは静観することにしていた。
ところで、彼が背負うビジネスリュックの中には、この百貨店でしか使用できない商品券が三十万円ほど入っている。
小一時間ほど前に、駅から徒歩一分のところにある中堅メーカーの代表者と面談し、帰り際、直接手渡されたものだ。
交通費は前もって振込してもらっているにもかかわらず、足代ですと封筒を渡された。表に出さずに、つまり銀行にいれたり帳簿につけたりせずに使い切ってくれ、の意味である。
小野寺和臣はお金持ちのボンボン生まれだ。
初代が作り、二代目が傾け、三代目が潰すという言葉があるように、お金持ちのボンボンは浪費家になるケースが多い。
しかしながら、堅実な公務員の父のおかげで、和臣は、金融リテラシーが高い部類に属する。身の丈にあったお金の使い方をよく知っているし、お金とは簡単には得られないものであるという考えも持ち合わせている。
そこで、数億円もの資産を持っていても、足代はありがたくいただくのである。
和臣は、封筒の中身は現金だと思い、現金を持ち歩く習慣がないし、高額なら長距離を持ち歩くのは嫌だなと思いながら封筒を開けた。中身は商品券だった。
少しほっとしたが、東京では使えない商品券だと気づいた。使える百貨店は限られていて、地元限定なのである。
依頼されていた案件は本日片付いたため、今後は打ち合わせもなく、しばらくこの街には足を踏み入れる予定がない。
そういった事情により、いますぐ使い切ってしまおうと決断し、閉店まであと一時間の百貨店に駆け込んだ。
打ち合わせが終われば、真っ直ぐ、最短距離で帰宅したいのに、と思いながらも、少しうきうきしながら、買うものを考え始めた。
小野寺和臣には、物欲がほとんどない。というより、非常に偏りがある。
何か買うものはあったっけ――と考えた時、彼の頭の中に浮かぶのは、第一次的に、配偶者である相田多紀だ。
ところで小野寺和臣は、相田多紀に関するものならばいくらでも欲しいと思っている。
和臣にとって、どんな高価なブランド物でも、未使用ならば無価値であり、相田多紀が一瞬でも身につけたものならば、百円均一のネクタイだって永久保存の宝物なのである。
なにせ一度でも使用すれば、多紀の指紋がついているし、汗やにおいが染み込んでいる可能性も高く、彼が首に巻いたというだけでも、和臣にとって無限の価値が生まれるのである。
和臣は、「多紀くんに何かを買っていこう」と瞬時に考えついた。
多紀が何を欲しがっているのか、和臣は熟知している。すなわち、二人で飼っている犬関連グッズである。
日頃物欲がない多紀なのに、犬に対しては見境がない。新しいおもちゃに、犬用の服、美味しいおやつ、イベント用グッズの数々。犬に関しては狂ったように新しいものを買うため、犬も呆れている。
あいにく、百貨店に、ペット用品売り場はなかった。そのため、和臣は、次点で多紀が欲しいと思っている、日常遣いの紳士服及びその周辺アイテムを探すことにした。
できれば毎日身に着けられるものがいい。多紀がそれを身に着けているのを見ると、和臣の心は弾む。
なにしろ、自分が与えたそれが、愛する配偶者と、一日中一緒にいられるのである。
まるで自分を連れて行ってくれているみたいだと嬉しく思い、そして嫉妬するまでがセットだ。自分もそれになって、多紀くんと一日中一緒にいたいのに。悔しい。
「あっ!」
和臣は声をあげた。いま気づくなんて、と歯噛みしながらスマートフォンを取り出す。
せっかく多紀に電話する口実ができたのに、なぜ気づかなかったのか。一秒でも早く架電しなければと慌てて画面を最速でタップした。
はたして、相田多紀は、三コールで電話に出た。
『もしもーし』
「多紀くん?」
『はーい。お疲れさまでーす。今日、京都でしたっけ。帰り何時頃ですかー?』
「実は遅くなりそう。多紀くんに、少し聞きたいことがあって」
『はーい? あっ、夕飯はカレーです』
「やった。多紀くんのお手製カレー」
という和臣の声は甘く、表情はとろけ、周囲には恋人と電話していることが丸わかりである。付き合って三日目かと感じさせるほどのいちゃいちゃぶりだが、実際は交際してから十年近く経っている。
『待ってますねー!』
「うん。あっ、ごめん。あのね」
と、本来の用件を思い出し(かつ、もっと声が聞きたいという本能に対して忠実に)、三十万円分の商品券をもらった経緯を説明して、和臣は多紀に対し、懇願した。
「だから使い切ろうと思ってさ……。金券ショップで売っちゃおうかと思ったんだけど、ほら、いただきものだから無碍にできないじゃん。見られてるかもしれないし。かといって東京では使えないし、東京で売ると安くなりそうだし、でも京都に度々は来ないし」
和臣が言い訳がましくなってしまうのは、多紀の性格のせいである。
小野寺和臣としては困ったことに、相田多紀は、プレゼントを受け取りたがらない。少しでも高価なものになると嫌がりさえする。
買う前に相談してくださいと釘を刺されている上、相談すると、買うのを止められるのである。
この頑固さは、たまらないほど大好きな配偶者の、唯一の欠点だと小野寺和臣は口惜しい。
自分のことなど財布だと思えばいいのにと、本気で思っている。財布ならば常に携帯してもらえるからである。
世の中には、もらう側と与える側の二種類の人間がいる。そして多紀は与える側、和臣はもらう側の傾向が強い。
実際、和臣は多紀からもらうことがはるかに多い。和臣は自身がもらう側であると自覚的であり、日頃はその恩恵を余すことなく享受している。
だが、多紀に対してだけは、もらっている分、返したいという気持ちがある。日頃、精神的にも物理的にも、もらいすぎているせいである。
しかし今回も、和臣の言い訳むなしく、多紀はやや低い声で、わからずやの配偶者に言ってきかせることにした。
『和臣さん。あのね、俺、そんなに欲しいものがなくて――誕生日とか、クリスマスとか、そういう特別な日ならともかく、何でもない日に高価なものを買うのは――せっかく先方が小野寺先生にってくれたものなのに――三十万円を一気に使ってしまうなんて――』
いつものお説教が始まり、和臣は多紀の声に耳を傾けて「可愛い声」とうっとりしながら、内容はまったく聞いていない。
欲しい商品がどれなのかを質問しているだけの和臣と、自分のものは買わなくてもいいと固辞する多紀の価値観のズレは、どれだけ話し合っても常に平行線で、和臣としては、まともに聞いていてもまるで意味がないのである。
一通りお説教を右から左へ聞き流し、和臣は大きく頷いた。
「うん。わかった」
うわー、わかってない、と多紀はため息をついた。
『もー! ネクタイもスーツもワイシャツも何もかも一揃いありますから! あんまり高いのは、会社に着ていけないんですよ! わかってください!』
「あ、そっか。たしかにそうだね」
和臣は少し納得した。小綺麗な格好をして登校すると「お坊っちゃま」と揶揄されていじめられた、公立小学校時代を思い出した。
大学時代も、就職先の総合商社も、弁護士として事務所を構える現在も、高価な品を身に着けるほうが箔が付く。そのため、多紀の環境に思いが至らなかった。彼はごく普通のサラリーマンなのである。
和臣は神妙に言った。
「わかった」
『よかった。じゃあ、帰って来るの、大和と待ってますね』
「うん。あとでね」
とうとう本当にわかってくれた、と多紀は喜んで電話を切った。
付き合っているときから、いや、付き合う前から長らく平行線だったテーマが、ついに決着したのである。ここに至るまで十年もの歳月を要した。祝杯をあげたいほどの感激だった。
電話を切った和臣は紳士服売り場から、フロアを移動することにし、下りエスカレーターに乗る。
休日の私服も、どうせ多紀は同じように考えて、高いものを身に着けたくないと言うだろう。
つまり、見えなければいいのだ。だから高価な下着にすれば良い。さらには、下着として身に着けさせることで羞恥心を煽れるならばもっと良い。
エスカレーターは、婦人服フロアに彼を運んでいく。ビジネスリュックの中には、使い切る必要のある商品券が三十万円分入っている。
〈決着するお二人 終わり〉
地方都市のターミナル駅直結百貨店。紳士服売り場。
ライトグレーのスリーピースのスーツをまとい、明るい茶色をしたブランドものの革靴でフロアを練り歩きながら、小野寺和臣は、ああでもないこうでもないと、頭を悩ませていた。
明るいフロアは人少なく、客らしき客は彼しかいない。各売り場のスタッフは地方都市に珍しく芸能人かモデルが来たのかと、テレビなどでは見かけないがはたしてなんという名前かと思考を巡らせ、彼の姿を眺める。
見た目は二十代後半から三十代前半。色白で、茶色がかった髪を七三で分けて整え、銀縁眼鏡をかける顔は小さく、顎は細く、目は大きく鼻筋が通り、少しばかり気弱そうに見える甘い顔立ち。
百八十cm以上はあるであろう長身、首が長く、肩は広く、手足が長くて全体的には細い。
バランスが良いというより良すぎる、黄金比のごとく完璧なスタイルは、ブランドスーツの広告から抜け出てきたようである。
見栄えがする、見ているだけで癒やされるハンサム。しかもスーツの左襟には、弁護士バッジがついている。
その美貌でさらに社会的地位まであるだなんていささか信じがたいため、周囲はドラマ撮影の可能性を疑っている。
そして、ドラマの撮影をする場合は閉店後にするはずなのにおかしいな、と不思議に思っている。
とにかく、暇な時間帯のフロアにやってきた謎のハンサムはやたら目を引き、存在感抜群で、しげしげと眺めずにはいられない。
だが、眉間にシワを寄せて深刻そうに悩んでいて、なにやらぶつぶつと呟いているし、声をかけようとすると逃げるように去っていくため、とりあえず、周りは静観することにしていた。
ところで、彼が背負うビジネスリュックの中には、この百貨店でしか使用できない商品券が三十万円ほど入っている。
小一時間ほど前に、駅から徒歩一分のところにある中堅メーカーの代表者と面談し、帰り際、直接手渡されたものだ。
交通費は前もって振込してもらっているにもかかわらず、足代ですと封筒を渡された。表に出さずに、つまり銀行にいれたり帳簿につけたりせずに使い切ってくれ、の意味である。
小野寺和臣はお金持ちのボンボン生まれだ。
初代が作り、二代目が傾け、三代目が潰すという言葉があるように、お金持ちのボンボンは浪費家になるケースが多い。
しかしながら、堅実な公務員の父のおかげで、和臣は、金融リテラシーが高い部類に属する。身の丈にあったお金の使い方をよく知っているし、お金とは簡単には得られないものであるという考えも持ち合わせている。
そこで、数億円もの資産を持っていても、足代はありがたくいただくのである。
和臣は、封筒の中身は現金だと思い、現金を持ち歩く習慣がないし、高額なら長距離を持ち歩くのは嫌だなと思いながら封筒を開けた。中身は商品券だった。
少しほっとしたが、東京では使えない商品券だと気づいた。使える百貨店は限られていて、地元限定なのである。
依頼されていた案件は本日片付いたため、今後は打ち合わせもなく、しばらくこの街には足を踏み入れる予定がない。
そういった事情により、いますぐ使い切ってしまおうと決断し、閉店まであと一時間の百貨店に駆け込んだ。
打ち合わせが終われば、真っ直ぐ、最短距離で帰宅したいのに、と思いながらも、少しうきうきしながら、買うものを考え始めた。
小野寺和臣には、物欲がほとんどない。というより、非常に偏りがある。
何か買うものはあったっけ――と考えた時、彼の頭の中に浮かぶのは、第一次的に、配偶者である相田多紀だ。
ところで小野寺和臣は、相田多紀に関するものならばいくらでも欲しいと思っている。
和臣にとって、どんな高価なブランド物でも、未使用ならば無価値であり、相田多紀が一瞬でも身につけたものならば、百円均一のネクタイだって永久保存の宝物なのである。
なにせ一度でも使用すれば、多紀の指紋がついているし、汗やにおいが染み込んでいる可能性も高く、彼が首に巻いたというだけでも、和臣にとって無限の価値が生まれるのである。
和臣は、「多紀くんに何かを買っていこう」と瞬時に考えついた。
多紀が何を欲しがっているのか、和臣は熟知している。すなわち、二人で飼っている犬関連グッズである。
日頃物欲がない多紀なのに、犬に対しては見境がない。新しいおもちゃに、犬用の服、美味しいおやつ、イベント用グッズの数々。犬に関しては狂ったように新しいものを買うため、犬も呆れている。
あいにく、百貨店に、ペット用品売り場はなかった。そのため、和臣は、次点で多紀が欲しいと思っている、日常遣いの紳士服及びその周辺アイテムを探すことにした。
できれば毎日身に着けられるものがいい。多紀がそれを身に着けているのを見ると、和臣の心は弾む。
なにしろ、自分が与えたそれが、愛する配偶者と、一日中一緒にいられるのである。
まるで自分を連れて行ってくれているみたいだと嬉しく思い、そして嫉妬するまでがセットだ。自分もそれになって、多紀くんと一日中一緒にいたいのに。悔しい。
「あっ!」
和臣は声をあげた。いま気づくなんて、と歯噛みしながらスマートフォンを取り出す。
せっかく多紀に電話する口実ができたのに、なぜ気づかなかったのか。一秒でも早く架電しなければと慌てて画面を最速でタップした。
はたして、相田多紀は、三コールで電話に出た。
『もしもーし』
「多紀くん?」
『はーい。お疲れさまでーす。今日、京都でしたっけ。帰り何時頃ですかー?』
「実は遅くなりそう。多紀くんに、少し聞きたいことがあって」
『はーい? あっ、夕飯はカレーです』
「やった。多紀くんのお手製カレー」
という和臣の声は甘く、表情はとろけ、周囲には恋人と電話していることが丸わかりである。付き合って三日目かと感じさせるほどのいちゃいちゃぶりだが、実際は交際してから十年近く経っている。
『待ってますねー!』
「うん。あっ、ごめん。あのね」
と、本来の用件を思い出し(かつ、もっと声が聞きたいという本能に対して忠実に)、三十万円分の商品券をもらった経緯を説明して、和臣は多紀に対し、懇願した。
「だから使い切ろうと思ってさ……。金券ショップで売っちゃおうかと思ったんだけど、ほら、いただきものだから無碍にできないじゃん。見られてるかもしれないし。かといって東京では使えないし、東京で売ると安くなりそうだし、でも京都に度々は来ないし」
和臣が言い訳がましくなってしまうのは、多紀の性格のせいである。
小野寺和臣としては困ったことに、相田多紀は、プレゼントを受け取りたがらない。少しでも高価なものになると嫌がりさえする。
買う前に相談してくださいと釘を刺されている上、相談すると、買うのを止められるのである。
この頑固さは、たまらないほど大好きな配偶者の、唯一の欠点だと小野寺和臣は口惜しい。
自分のことなど財布だと思えばいいのにと、本気で思っている。財布ならば常に携帯してもらえるからである。
世の中には、もらう側と与える側の二種類の人間がいる。そして多紀は与える側、和臣はもらう側の傾向が強い。
実際、和臣は多紀からもらうことがはるかに多い。和臣は自身がもらう側であると自覚的であり、日頃はその恩恵を余すことなく享受している。
だが、多紀に対してだけは、もらっている分、返したいという気持ちがある。日頃、精神的にも物理的にも、もらいすぎているせいである。
しかし今回も、和臣の言い訳むなしく、多紀はやや低い声で、わからずやの配偶者に言ってきかせることにした。
『和臣さん。あのね、俺、そんなに欲しいものがなくて――誕生日とか、クリスマスとか、そういう特別な日ならともかく、何でもない日に高価なものを買うのは――せっかく先方が小野寺先生にってくれたものなのに――三十万円を一気に使ってしまうなんて――』
いつものお説教が始まり、和臣は多紀の声に耳を傾けて「可愛い声」とうっとりしながら、内容はまったく聞いていない。
欲しい商品がどれなのかを質問しているだけの和臣と、自分のものは買わなくてもいいと固辞する多紀の価値観のズレは、どれだけ話し合っても常に平行線で、和臣としては、まともに聞いていてもまるで意味がないのである。
一通りお説教を右から左へ聞き流し、和臣は大きく頷いた。
「うん。わかった」
うわー、わかってない、と多紀はため息をついた。
『もー! ネクタイもスーツもワイシャツも何もかも一揃いありますから! あんまり高いのは、会社に着ていけないんですよ! わかってください!』
「あ、そっか。たしかにそうだね」
和臣は少し納得した。小綺麗な格好をして登校すると「お坊っちゃま」と揶揄されていじめられた、公立小学校時代を思い出した。
大学時代も、就職先の総合商社も、弁護士として事務所を構える現在も、高価な品を身に着けるほうが箔が付く。そのため、多紀の環境に思いが至らなかった。彼はごく普通のサラリーマンなのである。
和臣は神妙に言った。
「わかった」
『よかった。じゃあ、帰って来るの、大和と待ってますね』
「うん。あとでね」
とうとう本当にわかってくれた、と多紀は喜んで電話を切った。
付き合っているときから、いや、付き合う前から長らく平行線だったテーマが、ついに決着したのである。ここに至るまで十年もの歳月を要した。祝杯をあげたいほどの感激だった。
電話を切った和臣は紳士服売り場から、フロアを移動することにし、下りエスカレーターに乗る。
休日の私服も、どうせ多紀は同じように考えて、高いものを身に着けたくないと言うだろう。
つまり、見えなければいいのだ。だから高価な下着にすれば良い。さらには、下着として身に着けさせることで羞恥心を煽れるならばもっと良い。
エスカレーターは、婦人服フロアに彼を運んでいく。ビジネスリュックの中には、使い切る必要のある商品券が三十万円分入っている。
〈決着するお二人 終わり〉
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