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番外編20 季節ものSS
クリスマスデートのお二人
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午後十一時。
会社。オフィス。
クリスマスイブだけど平日。
平日だけどクリスマスイブ。
年末で忙しくて残業続きだけど、今夜はクリスマスイブだし、みんなで定時退社! と決めていたのに、定時直前に問題発生。
予定のあるスタッフはみんなギリギリまで残業して、あとは予定がない者で乗り越えようと少数精鋭で対応していたら、こんな遅い時間になってしまった。
こんな遅い時間って思えるの、幸せだなと思う。だって新卒で勤めた会社は毎日こんな時間な上、残業代もろくにつかなかった。ずいぶん遠い昔の出来事だ。
最後まで残ってくれていた二人ほどと一緒にビルのエレベーターで降りつつ、健闘を称え合い、出入り口で別れて帰路を急ぐ。
外は寒くてコートをかけ合わせて、『いま終わりました!』とメッセージを入れるとすぐ返信があった。
『俺も今事務所出たとこ』
和臣さんも最近忙しくて遅くなりがちだ。なので、平日のクリスマスやイブはあえて予定を入れずに、土日にパーティをする予定だったんだ。
『大和の散歩とごはんは、途中で抜けて行っておいたからね』
と和臣さん。多忙なのは間違いないのだけど、ある程度融通がきくからと、仕事を抜けて、一度帰ってくれた。
『ありがとうございます!』
とメッセージを送ると、電話がかかってきた。
和臣さん。
『お疲れ様ー』
「お疲れ様です!」
『今どこ?』
「会社を出てすぐです!」
『ごはんまだでしょ?』
「まだです! ちょー腹減り」
『外で食べない? この時間でもまだ混んでるかなぁ』
「空いてるとこ探しましょ!」
「おっけ。あっ、多紀くん発見!」
声が重なった。電話越しと、背後。
このひと、いまだに俺のストーカーなのか……。
「お疲れさまー。遅かったねぇ」
「お疲れさまです! トラブっちゃって」
「大変だったね」
「いえ。和臣さんこそ」
通話を切り、肩を並べて歩く。背の高い和臣さんの横顔を仰ぐと、さいきん掛けている眼鏡を外して、目頭を押さえている。
「うん。あ゛ー……やっと終わったー」
お疲れだなぁ。
疲れていても美形でびっくりする。顔色悪いと透明感がすごい。
「何食べますー?」
「んー。なんだろ。多紀くんはー?」
「ガッツリ」
「実は俺も。焼肉行こうよ」
和臣さんがガッツリって珍しい。
「さっき太郎兄さんが事務所来て、焼肉帰りだったんだよ。においがね」
「焼肉の口になっちゃいますね」
「高級焼肉店を自慢しに来たの」
二人で何度か行ったふつうの焼肉屋を見つけて入る。夜遅くまでやってるから助かる店。人気店だけどちょうど人が少なくなっていて、空いている個室に通された。
コートやジャケットを脱ぎ、テーブルで向かい合って、おしぼりで手を拭いたり、準備をしていると、なんだか楽しくなってくる。
タッチパネルのメニュー表を眺めて、テキトーに注文していた和臣さんが、目を上げた。
「多紀くん、いいことあった?」
「えっ、とくには」
「そう? すっごく嬉しそうだよ」
「あっ、焼肉久しぶりで」
「たしかに。多紀くん、お肉好きだねぇ」
和臣さんが、ふんわり微笑む。
なんかさ。
むかしに戻ったみたいで、懐かしくってさ。残業あがりのバッタバタで二人で待ち合わせて、慌てて店に駆け込んで、焼肉を食ってる状況が。
すっかり家族で、恋人で、家に帰ったらめっちゃ食われるはずなんだけど、こんなふうにしてると、和臣さんの笑顔は、手を繋ぐことすらもなかったあの頃となんにも変わらない。
それが、なんだか安心するというか。安心と同時にウキウキするというか。
俺たちは何度もそうしてきて、これからもこんな二人なんだろうな。
和臣さんは少し考えるように頬杖をつく。
「わかった。むかしみたいで喜んでるんだ」
「あっ、バレた」
「多紀くんって、昔の俺のことが好きだよね……」
嫉妬してるな。
「大好きです!」
「キィー! 悔しい!」
和臣さんは歯を剥いて顔をしかめている。
「こじらせてますねー」
「……カズ先輩とタキくんごっこする?」
「ぶははっ!」
ちょうどジョッキのビールとお通しが来たので、乾杯。
「乾杯ー」
「かんぱーい」
盛り合わせの肉の皿も届いた。タン、カルビ、ロース、ハラミ、ミノ。ごはん大ふたつ。豆腐サラダ、カクテキ、卵スープ。
細い金属トングで二人で肉を焼きながら。
「クリスマスイブ焼肉、いいねー」
「ですね。しかもこの店でこの時間っていうのが、俺たちっぽくて」
「……タキくんに片想いしていた頃、さすがに、クリスマスイブは誘えなかった」
「まぁ、空いてましたけどね……」
「それは知ってた」
「タン塩で~す」
「タキくんもどうぞ。はいレモンダレ。ネギもあるよ」
「ありがとです」
「今日疲れたねー」
「めっちゃ疲れましたねー!」
それから、和臣さんは、仕事の話をしたり、他愛もない話をして、俺は上司の愚痴とか、残業キツイとか、そういう、いかにも「カズ先輩とタキくん」らしい話題で盛り上がって、和臣さんはにこにこ聞いてくれて、俺はぺらぺら喋っていた。
すごく楽しかった。
でも帰宅したら玄関で剥かれてやられた。
〈クリスマスデートのお二人 終わり〉
会社。オフィス。
クリスマスイブだけど平日。
平日だけどクリスマスイブ。
年末で忙しくて残業続きだけど、今夜はクリスマスイブだし、みんなで定時退社! と決めていたのに、定時直前に問題発生。
予定のあるスタッフはみんなギリギリまで残業して、あとは予定がない者で乗り越えようと少数精鋭で対応していたら、こんな遅い時間になってしまった。
こんな遅い時間って思えるの、幸せだなと思う。だって新卒で勤めた会社は毎日こんな時間な上、残業代もろくにつかなかった。ずいぶん遠い昔の出来事だ。
最後まで残ってくれていた二人ほどと一緒にビルのエレベーターで降りつつ、健闘を称え合い、出入り口で別れて帰路を急ぐ。
外は寒くてコートをかけ合わせて、『いま終わりました!』とメッセージを入れるとすぐ返信があった。
『俺も今事務所出たとこ』
和臣さんも最近忙しくて遅くなりがちだ。なので、平日のクリスマスやイブはあえて予定を入れずに、土日にパーティをする予定だったんだ。
『大和の散歩とごはんは、途中で抜けて行っておいたからね』
と和臣さん。多忙なのは間違いないのだけど、ある程度融通がきくからと、仕事を抜けて、一度帰ってくれた。
『ありがとうございます!』
とメッセージを送ると、電話がかかってきた。
和臣さん。
『お疲れ様ー』
「お疲れ様です!」
『今どこ?』
「会社を出てすぐです!」
『ごはんまだでしょ?』
「まだです! ちょー腹減り」
『外で食べない? この時間でもまだ混んでるかなぁ』
「空いてるとこ探しましょ!」
「おっけ。あっ、多紀くん発見!」
声が重なった。電話越しと、背後。
このひと、いまだに俺のストーカーなのか……。
「お疲れさまー。遅かったねぇ」
「お疲れさまです! トラブっちゃって」
「大変だったね」
「いえ。和臣さんこそ」
通話を切り、肩を並べて歩く。背の高い和臣さんの横顔を仰ぐと、さいきん掛けている眼鏡を外して、目頭を押さえている。
「うん。あ゛ー……やっと終わったー」
お疲れだなぁ。
疲れていても美形でびっくりする。顔色悪いと透明感がすごい。
「何食べますー?」
「んー。なんだろ。多紀くんはー?」
「ガッツリ」
「実は俺も。焼肉行こうよ」
和臣さんがガッツリって珍しい。
「さっき太郎兄さんが事務所来て、焼肉帰りだったんだよ。においがね」
「焼肉の口になっちゃいますね」
「高級焼肉店を自慢しに来たの」
二人で何度か行ったふつうの焼肉屋を見つけて入る。夜遅くまでやってるから助かる店。人気店だけどちょうど人が少なくなっていて、空いている個室に通された。
コートやジャケットを脱ぎ、テーブルで向かい合って、おしぼりで手を拭いたり、準備をしていると、なんだか楽しくなってくる。
タッチパネルのメニュー表を眺めて、テキトーに注文していた和臣さんが、目を上げた。
「多紀くん、いいことあった?」
「えっ、とくには」
「そう? すっごく嬉しそうだよ」
「あっ、焼肉久しぶりで」
「たしかに。多紀くん、お肉好きだねぇ」
和臣さんが、ふんわり微笑む。
なんかさ。
むかしに戻ったみたいで、懐かしくってさ。残業あがりのバッタバタで二人で待ち合わせて、慌てて店に駆け込んで、焼肉を食ってる状況が。
すっかり家族で、恋人で、家に帰ったらめっちゃ食われるはずなんだけど、こんなふうにしてると、和臣さんの笑顔は、手を繋ぐことすらもなかったあの頃となんにも変わらない。
それが、なんだか安心するというか。安心と同時にウキウキするというか。
俺たちは何度もそうしてきて、これからもこんな二人なんだろうな。
和臣さんは少し考えるように頬杖をつく。
「わかった。むかしみたいで喜んでるんだ」
「あっ、バレた」
「多紀くんって、昔の俺のことが好きだよね……」
嫉妬してるな。
「大好きです!」
「キィー! 悔しい!」
和臣さんは歯を剥いて顔をしかめている。
「こじらせてますねー」
「……カズ先輩とタキくんごっこする?」
「ぶははっ!」
ちょうどジョッキのビールとお通しが来たので、乾杯。
「乾杯ー」
「かんぱーい」
盛り合わせの肉の皿も届いた。タン、カルビ、ロース、ハラミ、ミノ。ごはん大ふたつ。豆腐サラダ、カクテキ、卵スープ。
細い金属トングで二人で肉を焼きながら。
「クリスマスイブ焼肉、いいねー」
「ですね。しかもこの店でこの時間っていうのが、俺たちっぽくて」
「……タキくんに片想いしていた頃、さすがに、クリスマスイブは誘えなかった」
「まぁ、空いてましたけどね……」
「それは知ってた」
「タン塩で~す」
「タキくんもどうぞ。はいレモンダレ。ネギもあるよ」
「ありがとです」
「今日疲れたねー」
「めっちゃ疲れましたねー!」
それから、和臣さんは、仕事の話をしたり、他愛もない話をして、俺は上司の愚痴とか、残業キツイとか、そういう、いかにも「カズ先輩とタキくん」らしい話題で盛り上がって、和臣さんはにこにこ聞いてくれて、俺はぺらぺら喋っていた。
すごく楽しかった。
でも帰宅したら玄関で剥かれてやられた。
〈クリスマスデートのお二人 終わり〉
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