エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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番外編22 大和を迎えたときの話

三*

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   三

 次郎お兄さんから送られた写真データのサムネイルをタップすると、そこには、ケージの中で伏せて撮影者を警戒しているように低く仰ぐ、焼き立てのコッペパンみたいな茶色い柴犬。
 あとから思い返そうとしても、俺はこれ以降の記憶が飛んでる。
 次郎お兄さんと話をつけて、午後の仕事は上の空、定時にオフィスを飛び出し、気づいたら帰り道のホームセンターのペットコーナーにいた。
 中型犬用のレインコートと、ペット用の使い捨て吸水タオルを手に、レジに並んでいた。その日は雨が降っていたからだ。
 頭の中に、ある光景が浮かんでいた。
 それは、眩しい朝焼けの中で俺を仰ぐ、きらきら潤んだ瞳の犬の姿。
 本来なら、それというのは俺にとって過去の記憶で、小学生のときで、犬は白い色の雑種だったし、うっかり逃がしても追いつけないほどの俊足で、ひとりでは捕獲できないぐらい体がでかかった。
 だから俺が過去に飼っていたのは、茶色でもなく、柴犬でもなく、体格もずいぶん違うし、こんな警戒した顔つきでも、不審そうな瞳でもなかった。
 なのに、不思議なんだ。
 俺は、和臣さんと二人、寒い寒いと白い息を吐き、朝焼けを浴びて赤銅色に輝きながらとことこ歩くコッペパンの一歩後ろを歩いてる。
 分厚くてぴんと立つ二つの耳と、濡れた鼻の横顔、段になった首の後ろ、背中、くるんと巻いた尻尾や、白くてふわふわのお尻、細長くてバネみたいな四肢を眺めている。
 ふと犬が立ち止まり、振り返って、潤んだ真っ黒な瞳で俺たちを仰ぐ。

 ちゃんとついてきてる!?

 問われて、いちばん先に笑顔になったのは誰なのか。
 もちろん、ちゃんとついていってるよ。
 俺はしゃがんで、その子の首のむっちり密集した毛を、あったかそうな毛皮だねとつぶやきながら撫でている。
 俺と和臣さんは、まだ知らないその子の名前を呼んで、その子は尻尾を振っていて、さぁ、前に進むぞ! と今にも走り出しそう。
 俺は和臣さんと顔を見合わせて、また歩き出す。
 そんな光景が見えていたんだ。
 実際は、散歩は好きでも、ちっとも走り出さない、拒否と不動を繰り返す省エネ気味の柴犬だったんだけど。
 和臣さんは朝なんて起きられなくて寝てるし。

『この子、まだ飼い主が決まってないんですか……』

 こんなにも、こんなにも可愛いのに、捨てられてしまったのか。そして、色々なところを転々としていて、疲れているのか。
 だからそんな瞳をしてるのか。いつかもっと、光輝くように、俺を仰ぐことができるというのに。

『決まってないよ』

 俺は急いでメッセージを送る。

『俺……飼い主に立候補しちゃだめですか?』
『え、いいの? 三郎が嫌がらないかな。あいつ最近、俺の頼み事、全部嫌がるからさ。こうして相田くんにこっそり連絡するのも嫌な顔するし』
『和臣さんは俺が説得します! 和臣さんも犬が好きだから、大丈夫だと思います!』
『助かるよ。じゃあ、三郎が事務所に戻ってきたら、俺のほうからも話すね。帰るときに三郎に預ける。ありがとう。相田くんに相談してよかった』
『こちらこそありがとうございます!』
『柴犬をよろしくね』

 そして気づいたら俺は、ペットコーナーのレジに並んでいたってわけ。
 さらに、レジ横にあった犬用おやつのお試し少量セットに目を留めて、端から端まで手に取った。
 これも買わなきゃ。



〈大和を迎えたときの話 終わり〉
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