死にたい昨日と生きたい今日ーわがままに生きていいんだよー

十字路

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死にたい昨日と生きたい今日ーわがままに生きていいんだよー

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今から時は流れ進んで2120年。
法律も今とは大きく変わっていった。
それに伴い人々の価値観も変わっていった。
今日私が話すのはその中の一つ「人権」

人間が人間らしく生きる権利。

いつからだっただろうか。私が生まれたときにはそんな世の中になっていた。
意見を否定すること自体が人権侵害だと。
意見を否定することは許されないが、そんな中で自分の意見を主張なんてできるはずもなかった。
私が思う大きな変化は自殺者だ。
年々増加傾向にある。
自殺志願者に対して自殺を止めることすらしなくなっていった。
自殺を止めることが正解というわけではない。でも
「死にたいなら死ねばいい」こんな空気の中止める人なんていない。
ましてや縋る自殺志願者もいなくなってしまっている。
血族以外の人に異様に厳しいせいで、最初は山ほどいた正義感が強い大人も、報われないと分かったら手なんて差し伸べることはなかった。
血族間なら昔も今も変わらないだろう。
「民事不介入」のラインが厳しくなっていっているのもあるが、家庭内のことを責め立てることが難しくなっているため今の「人権」について語った内容も家庭内ではあまり当てはまらない。
まあ矛先が自分に向けられるかもしれないのに寄り添うほうが珍しいのでお人よしと呼ばれるようになっていった。
そして恐ろしい施設ができてから、自殺を恐れる人もいなくなってしまった。

「自殺志願具現化施設」

文字通りだが、自殺を志願する人を安楽死させることができる。
もちろん、この施設で働く人が罪に問われることなどない。
私はこの施設で働く一人である。
別にこれといった理由はなく給料の良さで選んだ仕事だ。
でも、いくら罪に問われないとはいえ人の命を扱うことには抵抗があるので職務内容は事務的なものである。
データ入力などの簡単な作業だ。
死の現場に立ち会ったことも無いので、この施設で働いているという実感は特にない。
データで残った死をまとめていくだけだ。
ただ、ここの施設に来る子供を見るので死を直前にした子供の顔を見ることは日常茶飯事だった。
だから「死にたい」と思う子供の顔がわかるようになった。
いらない特技を身につけてしまったものだ。
まあ仕事が終わればすぐに帰れるし、ボーナスもそれなりに出るし、辞める気なんてさらさら無い。
今日はいざこざがあったため帰るのが遅くなった。
自殺志願に来た子が親にばれてしまいトラブルになってしまったのだ。
自殺執行の前に色々と手続きを要するが、親の承諾はいらない。
だからこそバレてしまったら面倒なのだ。
志願したからといってその日に死ねるわけじゃない。
本当に「自殺」ということを証明できないと「殺人」になってしまう。
書類等はもちろんのこと、事情聴取だってする。
どういう経緯でここまで来たのか、決断したのか。
ビデオにだって残さないといけない。
本人と施設の都合が良くて最短で一週間ってところだ。

今日は来るのが二回目の子で速水華菜という小学6年生の女の子だった。
ちょうど事情聴取の時だっただろうか。
私は別室で話している内容を聞きながらパソコンに一文字も聞き逃さないように集中しながら打ち込んでいた。
すると受付でその子の母親がもめているという情報が入った。
いったん事情聴取は中断になり華菜ちゃんにはその場にいてもらい聴取官たちは受付へと向かって言った。
私は聴取部屋へ向かい、実際にその場で打ち込んでいた書記官と話をしていた。
しばらくたって聴取官たちは戻ってきた。
華菜ちゃんの母親を連れて。
「華菜!!」

「ママ…!」

「なんでこんなところにいるの!あなた何をしているかわかってるの!?」

「何で来たの!来ないでよ!」

「あなた…本当に自殺しようとしてるの?本当に…死にたいの?」

「そうよ!ママにはわからないだろうけどもう嫌なの!生まれてこないほうが良かった…!」

「なんで…なんでそんなこと言うの…」

「実はね…私…前からいじめられてるの…」
現場が静まり返った。悲しく虚しい静寂に包まれた。全員が下を向いた。
「だから死にたいって…?冗談はやめて!どれだけおなか痛めてあなたを産んだと思ってるの!?」
予想外の言葉に驚きが隠せなかった。親ってこんなものなのだろうか。こんなに離れていただろうか。
母親は華菜ちゃんの肩を強くつかんだ。

「ねえ…世界にはね学校に行きたくてもいけない子がいるの。ご飯を食べたくても食べられない子がいるの。
生きたくても生きられない子がいるの。あなたよりももっとずっと辛い子がいるの。そんな中で死にたいなんて言えるの?思えるの?」

華菜ちゃんは俯いてしまった。

「…帰るわよ…」

母親は腕を掴んで扉へ向かった。
華菜ちゃんは振りほどいて聴取官にしがみついた。

「ねえ!おじちゃん!もう嫌、殺して!」

涙でぐちゃぐちゃになりながらそう叫んだ。
隣の聴取官にしがみついた。

「なんで?…ねえ、死にたいの!これ以上…苦しめないで…!」

声がかすれて裏返りながらも叫んだ。

「もううちの子には関わらなくて結構です。」

母親は私たちにそう告げてまた華菜ちゃんの手を掴んだ。
聴取官の隣を通り過ぎるとき呟いた。

「…生まれるのすら自由じゃないのに、死ぬことも自由になれないの…?」

聴取官は唇をグッと噛み締めた。
私の前を通り過ぎるときまた口を開いた。

「…世界で一番辛くならなきゃいけないの…?」

胸を刃物で抉られた気がした。
暗い沈黙の中、聴取部屋の扉が閉まる音だけが鳴り響いた。
だれもその場から動けなかった。
「仕事に…戻ろう…」
か細いながらに言った聴取官の声を合図にみんな動き始めた。
今日はこういったトラブルがあり定時に帰ることができなかった。
まあ終電は間に合ったけど。
ここに足を運んでるのがばれてしまった以上きっと、自由に外出することも許されないだろう。
家に帰ってお風呂に入り、夕ご飯を食べ、布団に入った。
どうにも彼女が忘れられない。
生きることに苦しみを感じ、死に喜びを持った彼女のあの顔が頭から離れなかった。
その日は結局二、三時間ほどしか眠れず、まだ眠い目をこすって仕事に向かった。
閉じてしまいそうな瞼を必死に開けてパソコンと向き合った。
そんなこと言ったって彼女は頭から離れることなく、仕事中だろうと、プライベートだろうと
どうしても私の頭をよぎった。
ここまでくると知らないふりなんてできない。一回きちんと向き合ってみようと思い速水華菜の資料を手に取った。
でも何か新しい情報が手に入ることはなかった。
いじめられている状況を改めて知っただけ。
いじめが原因の自殺なんて今まで山ほどあった。何をいまさら自分は考えようとしているのだろう。


急に自分が怖くなった。
いじめられている状況を知っただけ?
そこで止まってしまう自分が怖かった。
どうしてそこに目を移せなかったのだろう。
その部分を解決しようとしてこなかったのだろう。
手が震えた。
自分は今まで何人を見殺しにした?
思い出す子供たちの顔が助けを求めているように見えてきて。
この世界の大人にはきっと想像力が足りなかったんだ。もちろん私も。
誰も子供たちのことを考えようとしなかった。
この施設だって。何で死にたいのか。死ぬに値することなのか。
そんなことばっかり考えて、まるで自殺が最善策みたいに。一番の幸せみたいに。
願ったら叶えてあげるなんて馬鹿みたいじゃないか。
こうなってしまった世の中を、人々を、私が変えるなんて無理だ。
でも私が変わらなきゃ。私は胸を張れる人生がいい。

資料の中にあった華菜ちゃんの連絡先と住所。職権乱用だろうが何だろうが関係ない。
今は彼女を生きたいと思わせたい。
私は華菜ちゃんの家に電話をかけた。

『…もしもし』

「もしもし。私、自殺志願具現化施設第三棟書記官田淵と申します。」

『私の子とは関わらないでといったはずです』

「もちろん覚えております。ですが華菜ちゃんは契約書にサインをしてしまっています。解約の手続きを行っていただきたくお電話させていただいています。」

『そんなことでいちいち電話してこなくて結構です。』

「そうはおっしゃられても、こちらとしては何も被害は出ませんが…とても極端な話、私共施設の人間が今華菜ちゃんを殺害しても罪に問われることはありません。そんなことはするつもりはないですがあなたの娘さんの安全を思うなら解約手続きしていただいたほうがよろしいかと」

『…わかりました。どうすればいいですか』

「ご自宅に書類を持って向かわせていただきますのでご都合の良い日を教えていただいてもよろしいでしょうか」

『明日なら空いています』

「かしこまりました。華菜ちゃん本人のサインも必要になりますのでお母さんと華菜ちゃんお二人ともご自宅にいていただいてもよろしいでしょうか。」

『わかりました』

静かに受話器を置きお母さんとの会話は終わった。
さて、どうしよう。
私が会ったところで彼女の思いはとどまるのだろうか。
会って何を伝えよう。何を話そう。
そもそも二人きりで話せるのかもわからないのに。
分からない。でも、分からないなりに思っていることをそのまま伝えよう。
取り繕ったお飾りの言葉を並べるんじゃなくて、ただ素直な気持ちを。
今日は早く仕事を終えて早く寝よう。


次の日目を覚ますと雨だった。
車で華菜ちゃんの家に行く。
心臓はバクバクだった。あっちは私のことを覚えているだろうか。
きっと気持ちをまとめて伝えることはできないだろうけど。
下手くそな文章になっても、悔いがないように。
死にたいのに死ねないなんていう絶望的な未来を崩せるだろうか。
もう十分悩んだ。あとは行動するだけだ。
そんなことをぼーっと考えていると華菜ちゃんの家に着いた。
二階建ての一軒家だった。
車を降りるとき傘が拾えなかった雨の雫が手の甲に落ちた。
かじかんだ手でインターホンを押す。

「…はい」

「お世話になっております。先日お電話させていただいた田淵です。」

「今向かいます」

少しすると扉が空いた。

「こんな天気の中わざわざありがとうございます。どうぞ上がってください。」

「ありがとうございます。失礼いたします」

お母さんは少し痩せたように見えた。
リビングに案内されお茶が出された。
目の前には華菜ちゃんとお母さんが座る。

「解約書のサインだけしますので紙をいただけますか。」

「はい。かしこまりました」

華菜ちゃんは下を向いて目を合わせようとしなかった。
鞄には手を伸ばさず、面と向き合って話した。

「その前に少しだけお話よろしいですか」

「結構です。あなた方もサインもらえたら十分でしょう?」

「もちろんです。ですがこれからの話は施設の人間としてじゃなくて一人の人間としてお話がしたいです」

「そんなこと知りません早く書類を出してください」

どうしよう。母親の思考が止まらない。迷いがない。何かで揺るがせないと…。
私は鞄に手を伸ばした。お母さんはペンを準備した。
私が出したのは「辞職願」だった。

「え…?」

「私はあの施設を辞めるつもりです。それを決心したうえでここに来ました。
お母さん。一つ質問したいのですが、あの日以降華菜ちゃんと何の話をしましたか?」

「別に特にこれといった話はしていません。私も仕事で忙しいので」

「あんなことがあったのにですか?」

「何ですか。あんな施設の方に言われたくありません。私が気づかなかったら娘は殺されていたんですよ。」

「その通りです。法に守られた殺人施設です。そんな簡単なことに最近になって気づいた自分が憎いです。
じゃあ、華菜ちゃん。あなたにも質問していい?…今、生きたい?」

「何てこと聞くんですか!?」

「華菜ちゃん、答えてほしい。」

「…生きたく…ない…」

「華菜!まだそんなこと言って!…」

「お母さん。生きたくない人生を生きることに意味があると私は思いません。
そんなことを思ってしまう人生は死より生きることのほうが辛いから。」

「だから娘の自殺は認めろと…!?」

「いいえ。自殺なんて言葉も私は良くわからないんです。今まで自ら死を選んだ子供たちを殺したのは、きっと私たち大人だから。彼らに彼女らに死を選ばせてしまったんです。」

「…」

「華菜ちゃん…。死ぬってきっと楽だよね。苦しむのなんてもう嫌だよね…楽になりたいよね…」

華菜ちゃんは無言で頷いた。お母さんが何かまた言おうとするのを遮った。

「私ね思うんだ。楽ってさ、楽しいっていう漢字でしょ?でも意味は全然違うと思うんだ。
楽に死ぬより楽しく生きたほうがいいと思わない?」

華菜ちゃんは拳をぎゅっと握りしめた。

「…っ、そんな無責任なこと言わないで!」

今日初めて華菜ちゃんが声を荒げた。

「みんなが当たり前みたいに過ごす楽しい人生が…!私には、難しいの…。楽しく生きるなんて私にとっては夢のまた夢にしか過ぎないから…。」

「分かってる。自分の言ってることがどれだけ無責任なことかなんて。楽しく生きるなんて大人だって難しいから。でも、華菜ちゃんは子供だよ?まだ子供だからって言われるでしょ?その言葉、自分の良いように使っちゃえばいいんだよ。」

赤く腫れた目で目線をあげた。

「学校なんて辛いなら行かなければいい。自分の夢を全力で追いかけてみればいい。自分の生きたいように生きればいい。わがままに生きればいいの。我慢なんてしなくていいの。…まだ子供なんだから…!」

華菜ちゃんはぽろぽろと、また涙を流し始めた。
袖を伸ばしてぐいぐいと目をこする。目が赤くなるから、私はそっと抱きしめた。
背中をさすりながら語りかけた。

「華菜ちゃんは夢はある?」

鼻をすすりながら、一生懸命息を整えて華菜ちゃんは言った。

「…私、歌が歌いたい…。誰かに寄り添って、誰かを救えるような…歌を歌いたい。」

「そっかそっか…。私も華菜ちゃんの歌、いつか聴きたいなぁ…。」

「ほんとに…?」

「うん。今まで耐えてもがいて嘆いて喚いて泣いて、そんな辛いことだらけだった過去が絶対華菜ちゃんの未来を飾るから。今までの苦難は恨みや憎しみにするんじゃなくて強さにするんだよ。そしたら、きっと、華菜ちゃんの歌は誰かを救う…。ふふっ、あぁ、早く聴きたいなあっ。」

「お姉ちゃんは、夢はないの?」

「私はねえ、死にたいを叶える施設じゃなくて、生きたいを実現する施設を作りたいな。誰でも…生きたいって思っていいでしょ…?」

華菜ちゃんは私の肩の上で大きく頷いた。
こんな小さな子に気付かされて、助けられたんだ。
死にたかったこの子が私に生きる意味を教えてくれた。
少し濡れた肩がとても暖かく感じた。

「……。華菜ちゃんっ…ありがとうっ……。」

「お姉ちゃん、泣いてるの?」

私は頬をつたう前に溢れそうな涙を、自分の袖に吸収させた。

「泣いてないっ!ほら!書類書くよ!」

私は立ち上がって、途中から黙りっぱなしだったお母さんに目を移した。
お母さんは、拭きもせず、擦りもせず、ただ溢れてくる涙を流していた。

「お母さんも、泣いてるの?」

「…っ!ごめんっ…ごめんねぇっ!華菜!何も知らなかったっ…!知ろうとしなくて、ごめんね…!
お母さん…お母さんっ…!!なにもっ…!死にたいなんて思わせてごめんねっ…!。」

お母さんは泣き崩れてしまった。
華菜ちゃんはお母さんの近くへ行き震えた小さな体でぎゅっと抱きしめた。

「ううん…。私は、私のために生きたい…。こんな嘆いて終わりたくない…!振り返って、笑える人生がいい。生きたい理由がちゃんとある…。見れたから。ちゃんと。私を、私を産んでくれてありがとう…!」

かわいい女の子の声だけど、華菜ちゃんは力強くそう叫んだ。
きっと以前の彼女からは出なかった。
この世界に生まれたことすら嘆いた彼女が、産んでくれたと感謝している。
彼女の歩みはこれからどう進むか。
このレールの切り替えは彼女の人生だけじゃなく私の人生も変えてくれた。
自殺は逃げじゃない。悪じゃない。願った人も弱くない。
きっとみんなにとっての消去法なんだ。
でもそれを最善策にしてはいけないんだ。

しばらく二人は泣きながら抱き合った。不器用に、それでも、優しく、強く。

その後解約は済み、その書類は私の辞職願と一緒に施設に出した。
今の世の中だからすんなり辞めれた。
今私は無職だ。だけど、明日に希望を持てる。少し冷たい風を肌に感じながら、家に向かう。


この日からちょうど四年後、私の施設で死を願う子供たちに歌を届ける女子高生の姿があった。


これはこの世界で生きるたった二人のちっぽけな物語。





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