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序章
Ⅲ
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ほっとしたのも束の間、助けてくれたのが本当に味方なのかが分からない限り心からの安心は出来ない。第三者の介入もそうではあるが、有森の銃槍も決して軽いものではなく治療ないしは手当が必要だった。
レニーが思考を巡らせていた後気が付くと三階の第三者はその窓辺から姿を消していた。警戒心を露わにしてすぐに周囲を見回すレニーだったが廃ビルの合間は静寂に包まれていた。通りすがりの親切な人で済ませるには度が超えている。狂いのない狙いとサイレンサーの装着はその相手がプロである事を物語っていた。
彼が誰であるとしても現状での最善は有森を連れてこの場を離れる事だった。しかし男性としては痩身のレニーに対して有森は長身の上体格も良く、とてもレニーが一人で運べるものでは無かった。見る限りはまだ意識がある、完全に気を失う前に協力して歩いて貰おうとレニーは有森の片腕を担ぎ上げる。
「ああ、ちょっと待って」
不思議なまでに違和感無くその人物はそこに居た。左手では携帯電話を耳に当て誰かと話しているようだった。右手には先程確かに見たサイレンサー付きの銃を持っており、レニーが視線を向けると右手のそれをジャケットの中へと仕舞い込む。
唐突に強いビル風が吹いた。前髪が隠れる程の黒く長い髪が風に煽られその顔を隠す。口元は笑っているように見えた。有森も神経を尖らせ拳銃を握る手に力を込める。
「君に電話」
そう言って左手に持つ携帯電話を有森へと差し出した。想定外の行動に肩透かしを喰らった二人ではあったが、その人物の持つ携帯電話はそのまま有森の右耳へと当てられる。
『――【鴉】の有森、柾ね?』
電話の先は若い女性の声だった。有森にその相手の心当たりはなく、名前を呼ばれ訝しげに眉を寄せる。
「そうだが……アンタは?」
「鏡子」
答えたのは電話先の女性ではなく目の前の人物だった。その発言にレニーが弾かれたように顔を上げる。レニーはその女性名に心当たりがあるらしい。すぐにそわそわと落ち着かない様子で有森と目の前の人物へと視線を送る。そんなレニーの様子を見て目の前の人物は笑みを深めた。
「幹部だよ、組織の!」
「は……」
『聞こえたと思うけれど私は鏡子、貴方の上司である晶と同等の地位に在ります』
鈴を転がすような綺麗な声だった。
『ただし、貴方の所属する【鴉】ではなく【鷺】の統括です』
有森も深くは知らなかったが組織には幾つか部署のようなものが存在している。有森と徳馬が所属する【鴉】は晶が統括をする殺しを専門に扱う機関だった。他にも拷問担当の部署があると聞いた事もある。【鷺】という部署がどのような内容を扱うかは知らなかったが、名前だけは有森でも聞いた事があった。
「その【鷺】の幹部サンが俺に何の用だ?」
レニーの殺害という仕事を全う出来なかった有森は組織にとって裏切り者のはずだった。部署が違えどそれは変わらぬはずで、このような電話を受ける謂れも無かった。裏切り者は抹殺される掟なのだから。
こうして鏡子からの電話を繋いでいる目の前のこの人物も組織の人間であると推測出来る。しかし有森は今しがたこの人物に助けられたばかりだった。目の前の現実が有森の知る常識を覆していた。
『ミナトから貴方がレニーを助けてくれたと聞いたわ』
「ミナトって……?」
「私のことだ」
有森が聞こえた名前を口に出すと目の前の人物、ミナトが右手を上げて応えた。「ああ」と納得したように目で合図をするとミナトから携帯電話を受け取り右耳を傾ける。
『先に趣旨を伝えるわね。貴方にレニーを守って欲しいの』
「何で俺が……」
『既に組織の指令に背いた貴方には抹殺されるという道しか残ってないわ。今イギリスに居るのだけれど晶に連絡を取ろうとしても繋がらないのよ。だからミナトに取り継いで貰っているの』
鏡子が晶と連絡を取ろうとしている理由はレニーの殺害任務を撤回させる為だった。イギリスから晶への直通回線が一向に繋がらない為、日本に居るミナトに中継を依頼していた。
「……ちょっと待ってくれ」
有森は一旦返答を保留にして目の前のミナトに視線を送る。
「アンタはどっちの味方なんだ?」
同じ【鴉】であったとしても知らない人間は多く居る。ミナトが鏡子の意を汲むというのならば鏡子と同じ【鷺】なのか、それならば有森に託すよりもミナトが直接レニーを保護する事が最善策のように思えた。
「私は中立の【梟】なんだ。だから鏡子の味方もするし晶の味方もする」
【梟】の名前は有森も聞いた事があった。所属している人数は圧倒的に少ないと聞く。有森は知らない事であったが、ミナトは【梟】を統べる幹部であり、立場としては鏡子や晶と同等であった。
「有森、顔色が悪いよ……?」
気が付けばレニーが心配そうに有森の顔を覗き込んでいた。
『返事を聞かせて貰えるかしら』
返事を急かす鏡子の言葉が電話口から聞こえてきた。中立という立場からミナトは必要に応じて手は貸すが直接介入する気は無いらしい。今ここでレニーを見捨てる訳にはいかないと有森は裏切りの道を突き進む事を心に決めた。
「――分かった。彼の事は俺が守る」
レニーが思考を巡らせていた後気が付くと三階の第三者はその窓辺から姿を消していた。警戒心を露わにしてすぐに周囲を見回すレニーだったが廃ビルの合間は静寂に包まれていた。通りすがりの親切な人で済ませるには度が超えている。狂いのない狙いとサイレンサーの装着はその相手がプロである事を物語っていた。
彼が誰であるとしても現状での最善は有森を連れてこの場を離れる事だった。しかし男性としては痩身のレニーに対して有森は長身の上体格も良く、とてもレニーが一人で運べるものでは無かった。見る限りはまだ意識がある、完全に気を失う前に協力して歩いて貰おうとレニーは有森の片腕を担ぎ上げる。
「ああ、ちょっと待って」
不思議なまでに違和感無くその人物はそこに居た。左手では携帯電話を耳に当て誰かと話しているようだった。右手には先程確かに見たサイレンサー付きの銃を持っており、レニーが視線を向けると右手のそれをジャケットの中へと仕舞い込む。
唐突に強いビル風が吹いた。前髪が隠れる程の黒く長い髪が風に煽られその顔を隠す。口元は笑っているように見えた。有森も神経を尖らせ拳銃を握る手に力を込める。
「君に電話」
そう言って左手に持つ携帯電話を有森へと差し出した。想定外の行動に肩透かしを喰らった二人ではあったが、その人物の持つ携帯電話はそのまま有森の右耳へと当てられる。
『――【鴉】の有森、柾ね?』
電話の先は若い女性の声だった。有森にその相手の心当たりはなく、名前を呼ばれ訝しげに眉を寄せる。
「そうだが……アンタは?」
「鏡子」
答えたのは電話先の女性ではなく目の前の人物だった。その発言にレニーが弾かれたように顔を上げる。レニーはその女性名に心当たりがあるらしい。すぐにそわそわと落ち着かない様子で有森と目の前の人物へと視線を送る。そんなレニーの様子を見て目の前の人物は笑みを深めた。
「幹部だよ、組織の!」
「は……」
『聞こえたと思うけれど私は鏡子、貴方の上司である晶と同等の地位に在ります』
鈴を転がすような綺麗な声だった。
『ただし、貴方の所属する【鴉】ではなく【鷺】の統括です』
有森も深くは知らなかったが組織には幾つか部署のようなものが存在している。有森と徳馬が所属する【鴉】は晶が統括をする殺しを専門に扱う機関だった。他にも拷問担当の部署があると聞いた事もある。【鷺】という部署がどのような内容を扱うかは知らなかったが、名前だけは有森でも聞いた事があった。
「その【鷺】の幹部サンが俺に何の用だ?」
レニーの殺害という仕事を全う出来なかった有森は組織にとって裏切り者のはずだった。部署が違えどそれは変わらぬはずで、このような電話を受ける謂れも無かった。裏切り者は抹殺される掟なのだから。
こうして鏡子からの電話を繋いでいる目の前のこの人物も組織の人間であると推測出来る。しかし有森は今しがたこの人物に助けられたばかりだった。目の前の現実が有森の知る常識を覆していた。
『ミナトから貴方がレニーを助けてくれたと聞いたわ』
「ミナトって……?」
「私のことだ」
有森が聞こえた名前を口に出すと目の前の人物、ミナトが右手を上げて応えた。「ああ」と納得したように目で合図をするとミナトから携帯電話を受け取り右耳を傾ける。
『先に趣旨を伝えるわね。貴方にレニーを守って欲しいの』
「何で俺が……」
『既に組織の指令に背いた貴方には抹殺されるという道しか残ってないわ。今イギリスに居るのだけれど晶に連絡を取ろうとしても繋がらないのよ。だからミナトに取り継いで貰っているの』
鏡子が晶と連絡を取ろうとしている理由はレニーの殺害任務を撤回させる為だった。イギリスから晶への直通回線が一向に繋がらない為、日本に居るミナトに中継を依頼していた。
「……ちょっと待ってくれ」
有森は一旦返答を保留にして目の前のミナトに視線を送る。
「アンタはどっちの味方なんだ?」
同じ【鴉】であったとしても知らない人間は多く居る。ミナトが鏡子の意を汲むというのならば鏡子と同じ【鷺】なのか、それならば有森に託すよりもミナトが直接レニーを保護する事が最善策のように思えた。
「私は中立の【梟】なんだ。だから鏡子の味方もするし晶の味方もする」
【梟】の名前は有森も聞いた事があった。所属している人数は圧倒的に少ないと聞く。有森は知らない事であったが、ミナトは【梟】を統べる幹部であり、立場としては鏡子や晶と同等であった。
「有森、顔色が悪いよ……?」
気が付けばレニーが心配そうに有森の顔を覗き込んでいた。
『返事を聞かせて貰えるかしら』
返事を急かす鏡子の言葉が電話口から聞こえてきた。中立という立場からミナトは必要に応じて手は貸すが直接介入する気は無いらしい。今ここでレニーを見捨てる訳にはいかないと有森は裏切りの道を突き進む事を心に決めた。
「――分かった。彼の事は俺が守る」
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