淀むモノクローム

古河さかえ

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序章

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「鏡子も今急ぎ帰国の準備をしているところだから、君の仕事は鏡子が戻ってくるまで彼を守り続ける事だな。車両の手配は私がしておくから――」
 ミナトにもやる事が多かった。組織の追跡を逃れる為のGPSの付いていない車両の用意もそうだが、第一に組織へ戻り晶を捕まえ鏡子からの連絡を橋渡ししなければならない。
 唐突にレニーが命を狙われるこの状況こそが本来ならば有り得ないことだったのだ。元々レニーは鏡子の庇護下に居た。組織の長から海外への出張を命じられ鏡子が側近で相棒のバトラーと共にイギリスへと発ったその日、【鴉】に対してレニーの抹殺指令が発令された。幾らなんでもタイミングが良すぎたのだ。その上レニー殺害の指令を出した晶と、今までレニーを守ってきていた鏡子が直接連絡の取れない状態となっている。
「有森、ねえ有森!」
 レニーの叫びにミナトが視線を落とすと、ぐったりと顔面蒼白の有森をレニーが揺すっていた。黒い革のジャケットは右肩からの出血でどす黒く汚れている。
「弾は?」
「貫通してるはず、だと思うけど……」
 肩口を捲り上げると生々しい銃創が重症の度合いを示していた。弾が綺麗に抜けてくれた事が幸いしたのか出血自体はほぼ止まりかけている。今のこの状態は緊張の糸が切れた事と出血をし過ぎた事による昏睡だろうとミナトは読んだ。すぐにでも場所を移し安静を取らせたいところだったが、組織の息が掛かっている機関を使う訳にもいかなかった。
「私が戻ってる間、どこかで寝かせられれば良いんだが」
「そこの廃ビルの中なら? 見つからないと思うけど……」
「いや近すぎる。徳馬が戻ってきた時に真っ先に見つかるだろう」
 ミナトが追い払った徳馬がいつこの場所に戻ってくるかも分からない。このような裏切りを防ぐ為に組織の人間は本来二人一組で行動をする。片方が裏切った時もう片方が処分を下す為だ。
 それが出来ずに組織に逃げ帰った徳馬の末路は一つだけだった。独立機関である拷問官に制裁を加えられるのだ。
 先にミナトが気付いた。続いてレニーが気配に気付いた。向かおうとしていた道の奥に長い影が伸びてきていた。先程までの徳馬の発砲音を不審に思った一般人だろうか。肩から流血し意識の無い有森、誤解を招かない訳が無かった。ミナトは一度上着の中に仕舞った銃に手を伸ばす。情報はまだ漏れていないはずだったがもし逃げ帰った徳馬が一早く応援を要請したとしたら――。
 近付く足音に緊張が走る。建物の陰から顔を出したのは――制服を着崩した男子高生だった。
 明るい髪色の長髪を頭の後ろで一つに結ぶ彼、久我は通学用のスポーツバッグを肩に掛けたまま気配のする路地を覗き込んだ。そこに居たのは三人の男たち。一人は既に死んでいるのか、横たわったまま微動だにしなかった。
「おたくら、こんなとこで何してんの?」
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