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2-1悪魔の囁き
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第2章1-1 悪魔の囁き
――セレスティア王国の夜は静かだった。
だが、その静寂は「安らぎ」ではなく、「不気味な沈黙」だった。
月が雲に隠れ、白亜の王城を薄闇が包み込む。
その塔の一室で、一人の少年が目を覚ましていた。
アレス・セレスティア。第六王子、十五歳。
黒曜石のような髪と黄金の瞳。
聡明だが冷淡、鋭すぎる観察眼ゆえに兄たちから距離を置かれた少年。
王妃の子でありながら、王位継承の列にはほとんど上がらぬ存在――
だが、それは王の決断ではない。
母エリゼ王妃の「意図的な沈黙」だった。
(……兄たちは、くだらない権力争いに夢中だ。父王は老いて判断を誤る。
この国は、まるで病んでいるようだ……。)
机に積まれた書簡をアレスは無造作に投げた。
王位をめぐる密書、裏切り、貴族の献金。
すべては権力と欲望の匂いで満ちている。
(正義も秩序もない。あるのは“力”だけだ。)
風が、部屋の蝋燭をゆらめかせた。
――そのとき、空気が変わった。
「……?」
視線を上げた瞬間、部屋の隅が歪んで見えた。
黒い影が床を這い、まるで液体のように形を変えながら広がっていく。
アレスは立ち上がり、剣を抜いた。
「誰だ――!」
『その問いを、ようやく口にしたな。』
低く響く声。
それは耳ではなく、頭の奥で直接響くような感覚だった。
「……人間の声じゃない。」
『当然だ。我は“人”ではない。
我が名は――アガレス。かつてこの地を支配した“悪魔王”。』
アレスの喉がごくりと鳴る。
「悪魔王……? 伝承の、あの?」
『伝承など都合の良い物語だ。
だが真実は――我は未だこの地に縛られている。
そして、ようやく見つけたのだ。己の意思で動ける“器”を。』
「……俺を器と呼ぶのか?」
『お前以外にいない。
冷徹で、腐敗を見抜く目を持ち、
心の底で世界の秩序を“壊したい”と願っている。
その願いこそ、我が望む混沌の種。』
アレスは息を呑んだ。
誰にも語ったことのない“感情”を言い当てられた。
「……壊したい、だと?」
『そうだ。偽りの秩序を壊し、真なる強者が支配する世界を作れ。
お前がこの国を変えろ。』
アレスは笑った。
それは嘲笑にも似た、乾いた笑いだった。
「俺にそんな力があるとでも?」
『ある。お前の中に流れる“王の血”がそれを証明する。
ただ今は封じられている。
解き放つには……我との契約が必要だ。』
「契約、か。」
アレスは窓際に歩き、月を見上げた。
薄雲の合間から、わずかな光が彼の横顔を照らす。
(王家の腐敗を正したい。だが力がなければ何も変えられない。
兄たちに勝つには、常識を超えた力が要る。)
悪魔の声が再び響く。
『その力を、我はお前に与える。
代わりに――お前は我が意思を継ぎ、“混沌”を広げろ。』
「混沌?」
『そうだ。秩序が崩れ、戦が起き、血が流れ、
人が本性を曝け出す――その混乱の中こそ、真実の王が生まれる。』
アレスの瞳が金色に光る。
「……いいだろう。俺はお前の力を使う。
だが“我が意思”で動く。お前の奴隷になるつもりはない。」
『フフフ……それでこそ、我が器よ。
その傲慢さが、我を満足させる。』
黒い霧がアレスを包み込む。
床に刻まれた影が円環を描き、禍々しい文様が浮かび上がる。
血のような赤い光が彼の胸に刻まれ、皮膚の下で脈打った。
「……熱い。これは……!」
『契約は成った。
その印が、お前と我の証。お前の名は今日より“混沌の使徒”。』
アレスの体が微かに震える。
だが、それは恐怖ではない。
――快楽にも似た、高揚だった。
(力が……流れ込んでくる。今なら、この城ごと焼けそうだ。)
『さあ、アレス。
お前が憎む兄たちを打ち倒せ。
王妃の願いを叶え、王国に“変革”をもたらせ。
それが、お前が生まれた理由だ。』
「ふん……。俺の生まれた理由は、俺が決める。」
『ならば好きにしろ。我はただ見届けよう。
お前が選ぶ道が――滅びであれ、栄光であれ。』
声が闇に溶けて消えた。
蝋燭が一斉に吹き消され、静寂だけが残る。
アレスはゆっくりと息を吐いた。
(……体の奥から沸き上がるような力。これが、悪魔の力……。)
拳を握る。
その瞬間、空気が震え、机の上の金属が粉々に砕けた。
アレスは唇を吊り上げる。
「――これが俺の、新しい“王の力”だ。」
窓の外、夜風が止まった。
雲の切れ間から覗く月が、紅く染まって見えた。
それは、王国の“運命が歪み始めた”最初の夜だった。
---
翌朝。
王城の中庭では、いつも通りの朝が始まっていた――少なくとも、表面上は。
サリーナは訓練を終えた後、胸に広がる奇妙な不安を拭えずにいた。
「……冷たい風。まるで空が怯えているみたい。」
小鳥の声が遠く響く。
だがその調べの裏で、彼女には確かに聞こえた。
――微かに、何かが笑う声。
サリーナの肩が震える。
「……誰?」
風が吹き抜ける。
ただ、空の高みに黒い影がゆらめき、薄雲を裂いた。
まるで、見えない“何か”が天を覆っていくようだった。
---
――セレスティア王国の夜は静かだった。
だが、その静寂は「安らぎ」ではなく、「不気味な沈黙」だった。
月が雲に隠れ、白亜の王城を薄闇が包み込む。
その塔の一室で、一人の少年が目を覚ましていた。
アレス・セレスティア。第六王子、十五歳。
黒曜石のような髪と黄金の瞳。
聡明だが冷淡、鋭すぎる観察眼ゆえに兄たちから距離を置かれた少年。
王妃の子でありながら、王位継承の列にはほとんど上がらぬ存在――
だが、それは王の決断ではない。
母エリゼ王妃の「意図的な沈黙」だった。
(……兄たちは、くだらない権力争いに夢中だ。父王は老いて判断を誤る。
この国は、まるで病んでいるようだ……。)
机に積まれた書簡をアレスは無造作に投げた。
王位をめぐる密書、裏切り、貴族の献金。
すべては権力と欲望の匂いで満ちている。
(正義も秩序もない。あるのは“力”だけだ。)
風が、部屋の蝋燭をゆらめかせた。
――そのとき、空気が変わった。
「……?」
視線を上げた瞬間、部屋の隅が歪んで見えた。
黒い影が床を這い、まるで液体のように形を変えながら広がっていく。
アレスは立ち上がり、剣を抜いた。
「誰だ――!」
『その問いを、ようやく口にしたな。』
低く響く声。
それは耳ではなく、頭の奥で直接響くような感覚だった。
「……人間の声じゃない。」
『当然だ。我は“人”ではない。
我が名は――アガレス。かつてこの地を支配した“悪魔王”。』
アレスの喉がごくりと鳴る。
「悪魔王……? 伝承の、あの?」
『伝承など都合の良い物語だ。
だが真実は――我は未だこの地に縛られている。
そして、ようやく見つけたのだ。己の意思で動ける“器”を。』
「……俺を器と呼ぶのか?」
『お前以外にいない。
冷徹で、腐敗を見抜く目を持ち、
心の底で世界の秩序を“壊したい”と願っている。
その願いこそ、我が望む混沌の種。』
アレスは息を呑んだ。
誰にも語ったことのない“感情”を言い当てられた。
「……壊したい、だと?」
『そうだ。偽りの秩序を壊し、真なる強者が支配する世界を作れ。
お前がこの国を変えろ。』
アレスは笑った。
それは嘲笑にも似た、乾いた笑いだった。
「俺にそんな力があるとでも?」
『ある。お前の中に流れる“王の血”がそれを証明する。
ただ今は封じられている。
解き放つには……我との契約が必要だ。』
「契約、か。」
アレスは窓際に歩き、月を見上げた。
薄雲の合間から、わずかな光が彼の横顔を照らす。
(王家の腐敗を正したい。だが力がなければ何も変えられない。
兄たちに勝つには、常識を超えた力が要る。)
悪魔の声が再び響く。
『その力を、我はお前に与える。
代わりに――お前は我が意思を継ぎ、“混沌”を広げろ。』
「混沌?」
『そうだ。秩序が崩れ、戦が起き、血が流れ、
人が本性を曝け出す――その混乱の中こそ、真実の王が生まれる。』
アレスの瞳が金色に光る。
「……いいだろう。俺はお前の力を使う。
だが“我が意思”で動く。お前の奴隷になるつもりはない。」
『フフフ……それでこそ、我が器よ。
その傲慢さが、我を満足させる。』
黒い霧がアレスを包み込む。
床に刻まれた影が円環を描き、禍々しい文様が浮かび上がる。
血のような赤い光が彼の胸に刻まれ、皮膚の下で脈打った。
「……熱い。これは……!」
『契約は成った。
その印が、お前と我の証。お前の名は今日より“混沌の使徒”。』
アレスの体が微かに震える。
だが、それは恐怖ではない。
――快楽にも似た、高揚だった。
(力が……流れ込んでくる。今なら、この城ごと焼けそうだ。)
『さあ、アレス。
お前が憎む兄たちを打ち倒せ。
王妃の願いを叶え、王国に“変革”をもたらせ。
それが、お前が生まれた理由だ。』
「ふん……。俺の生まれた理由は、俺が決める。」
『ならば好きにしろ。我はただ見届けよう。
お前が選ぶ道が――滅びであれ、栄光であれ。』
声が闇に溶けて消えた。
蝋燭が一斉に吹き消され、静寂だけが残る。
アレスはゆっくりと息を吐いた。
(……体の奥から沸き上がるような力。これが、悪魔の力……。)
拳を握る。
その瞬間、空気が震え、机の上の金属が粉々に砕けた。
アレスは唇を吊り上げる。
「――これが俺の、新しい“王の力”だ。」
窓の外、夜風が止まった。
雲の切れ間から覗く月が、紅く染まって見えた。
それは、王国の“運命が歪み始めた”最初の夜だった。
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翌朝。
王城の中庭では、いつも通りの朝が始まっていた――少なくとも、表面上は。
サリーナは訓練を終えた後、胸に広がる奇妙な不安を拭えずにいた。
「……冷たい風。まるで空が怯えているみたい。」
小鳥の声が遠く響く。
だがその調べの裏で、彼女には確かに聞こえた。
――微かに、何かが笑う声。
サリーナの肩が震える。
「……誰?」
風が吹き抜ける。
ただ、空の高みに黒い影がゆらめき、薄雲を裂いた。
まるで、見えない“何か”が天を覆っていくようだった。
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