『勇者パーティーを追放されたが、俺のスキルは“通常の3倍”強かった』

霧島

文字の大きさ
1 / 17

第1章1節 勇者パーティーの雑用係

しおりを挟む
第1章1節 勇者パーティーの雑用係

まだ東の空が群青色を残しているうちから、ユウマは手にした短い火掻き棒で焚き火の灰を静かに崩した。昨夜の残り炭に乾いた小枝を組み、火打石を三度。ぱち、と小さな火花が走り、やがて橙が薄い幕を揺らす。火が起きる間に、水袋の重さを確かめ、鍋に川の水を注いだ。寝袋は四つ——勇者レオン、聖女アリシア、剣士グラント、魔法使いルシア。彼らの寝息は規則正しく、幕舎の端で一人起きている自分の気配を、誰も気に留めない。

朝露で湿った革靴が、地面の草を踏むたび冷たい音を立てる。ユウマは腰の革袋から油布を取り出し、レオンの剣の刃をゆっくりと拭った。刃こぼれは昨日の群狼退治の名残り。砥石で面を整え、油で薄く膜を作る。柄の革巻きは汗を吸って重い。縫い目に溜まった砂を針の先で掻き出す。次にグラントの大剣、ルシアの杖、アリシアの銀の聖印。どれも持ち主の性格を映すように傷のつき方が違う。彼はそれを知っている。知ってはいるが、彼の名を彼らが呼ぶとき、それは「おい」か「お前」でしかなかった。

鍋が小さく鳴って泡を抱いた。干し肉を少し割いて塩と香草を指先で落とす。鼻先に薄い肉の匂いが立つ。湯気の向こう、レオンが寝返りを打った。金髪が朝の光を拾い、彼は目を開けるなり当然のように言う。

「おい、ユウマ。朝飯はもうできるのか」

「はい。すぐに」

彼は木椀を四つ並べ、スープを均等に注ぐ。最後の一杯は少し薄くなる。自分の分だ。パンをちぎり、焦げ目を少しつけて配り、ついでに水袋の残量を目で計る。行軍が続くと水の計画がすべてを左右する。レオンが椀を手にとり、眉をひそめた。

「またスープか。肉は?」

「昨日の戦闘で——」

「言い訳はいい。肉は狩ればいいだろう。お前に戦わせるとは言ってない。運ぶくらいできるはずだ」

アリシアは小さな手鏡で髪を整え、唇の色を確かめてから笑った。

「ねえ、ユウマくん。わたしたち、勇者パーティーなの。もっと“映える”朝食ってないの?」

「……次の町で材料を買えれば」

「はぁ。そういうの、先回りして提案するのが“気が利く”っていうのよ?」

言葉は柔らかいが、刃の角度を心得た人間の刺し方だった。ルシアは眠そうにまぶたをこすり、杖の先で地面をとん、と軽く叩く。

「回復薬、補充しといて。昨日結構使ったから」

「はい。二十本分、調合済みです。小瓶に詰め替えて、ラベルは色で——」

「説明はいらないわ。できてるかどうかが大事なの」

グラントはパンを一口で半分噛み切り、ユウマの背中の荷を顎でしゃくった。

「それ、今日の分全部入ってんだろうな。前みたいに忘れ物があったらぶっ飛ばす」

「忘れてはいません。ただ、保存食の在庫が——」

「在庫がどうした。切らすな。それだけだ」

短い会話が終わると、四人は食べ、立ち上がり、各々の装備を身につけた。装着の紐が一本だけ固結びになっているのを、ユウマは無言で解き直す。誰も礼は言わない。言われるとも思わない。

出立。朝の森は鳥の短い鳴き声と、遠くで獣が草を分ける音が交じる。彼は一番後ろに回って歩幅を合わせる。荷のバランスは背板の角度で変わる。左肩に少し重みを寄せれば右膝の古傷に響かない。そんなことばかりが体に染みついている。彼がこの世界に来てから、もう一年近い。転生者だの外来者だの言われ、最初は「特別」に扱われたが、才能の光は彼の中では薄かった。剣を握れば凡庸、魔法の素養も中くらい。だからこそ彼は、ほかのすべてを覚えた——道を読む、天気を読む、疲労を読む、人の機嫌も、武具の軋みも。

昼前、森の奥から群狼の遠吠えが二、三度。レオンが顎を上げる。

「今日中に町へ入る。寄り道はしない」

「了解」

返事が重なり、ユウマだけが声を飲み込む。彼に命令が飛ぶことはない。命令が要る前にやっておく。それが彼の役割だった。 

討伐対象の魔物は既に片付けた。帰路、林道で馬車とすれ違うたび、レオンの白いマントに人々は歓声をあげる。「勇者様だ」と。ユウマは視線を伏せ、荷の紐を握り直す。胸の奥が少しだけ温かくなる。彼らの行程が、誰かの安心につながるのなら、それでいい。そう思ってきた。

——その思いが、今日、意味を失うまでは。

町の城壁が見え始めるころ、レオンが唐突に足を止めた。背後の三人も、慣れた足並みでぴたりと止まる。ユウマだけが半歩遅れ、荷が背でざぶりと揺れた。

「ユウマ」

「はい」

「前から思ってたが……お前、何してるんだ?」

「……はい?」

問いの意味が掴めず、彼はつい聞き返した。レオンは半歩近づき、青い目を細める。

「戦わない。魔法も使わない。荷物を持って、飯を作って、紙をいじってるだけだ。なのに報酬は等分。おかしいだろう」

アリシアが肩をすくめて笑う。

「規定とか言うんでしょう? でも、ねえ——“常識”が先にあるの」

グラントが重い声を足した。

「足手まといの取り分はねぇ。簡単な話だ」

ルシアは無表情のまま、淡々と結論を言う。

「あなたの役目は今日で終わり。荷物は置いていって」

空気が、音をなくした。胸の奥で何かがぽきりと折れる音がした気がする。ユウマは唇を濡らし、言葉を選ぶ。

「ギルド規約では、同行メンバーは——」

「規約は俺が何とかする」

レオンは笑って、だがその笑みは冷たい。

「俺は勇者だ。王国の顔だ。紙切れ一枚くらい、どうにでもなる。大事なのは“正しさ”だ。何もしていない者が、努力した者と同じ取り分を取らない。それが正しい」

ユウマは視線を落とした。自分の手。ひび割れた指、油で黒ずんだ爪、ささくれ。彼がここで言葉を尽くしても、彼らの耳には届かない。届かせる力すら、今の自分にはない。

「……わかりました。お世話になりました」

背中の荷を静かに降ろす。肩が軽くなると同時に、胸が空洞になる。魔法袋の口を開き、ポーション、包帯、予備の火口箱、携帯食、磨いたばかりの替えの剣帯——必要なものを彼らの足元に整然と並べる。癖だ。整えて置かないと落ち着かない。

アリシアは鼻で笑い、ルシアは無関心に視線を逸らし、グラントは「二度と戻ってくんなよ」とだけ言った。レオンだけが一瞬、口を開きかけ、しかし何も言わなかった。

風が吹いた。草が擦れ、町の鐘が遠くでひとつ鳴る。ユウマは頭を下げ、踵を返す。足音は軽いはずなのに、世界のほうが重くなった。背後でアリシアの明るい声が弾む。

「荷がないと歩きやすいわね!」

グラントが笑い、レオンも応じる。彼らの笑い声は、背中に棘のように刺さり、それでも彼は歩いた。地面の小石が靴底に当たる感触を、一つずつ確かめるように。

森の端まで来たとき、彼はふり返らなかった。ふり返れば、弱さが顔を出すと知っていたから。代わりに、空を見上げた。薄雲の切れ間から白い光が降り、彼の影が少しだけ伸びる。

——必要とされないのは、痛い。けれど、必要とされない場所にしがみつくのは、もっと痛い。

喉の奥で小さく笑い、彼は自分のポケットに指を入れた。そこにあるのは、小さく折り畳んだ羊皮紙。ギルドの地図、予備の計画書、日々の補充リスト。彼が誰にも見せなかった、彼だけの仕事の痕跡。紙の端は汗で柔らかくなっている。指でなぞると、少しだけ心が落ち着いた。

「さて——」

独りごちて、彼は歩みを速めた。町の外壁の影が大きくなり、門番の姿が見える。今日からは、ひとりの冒険者だ。住所も仲間も、もう“パーティー”の名もない。だが、手は覚えている。道の見方も、水の配り方も、火の起こし方も。誰かの後ろでこっそり支える術は、きっと別の誰かの役にも立てる。

背後の笑い声は、もう聞こえない。耳にあるのは、門の軋む音と、商人が価格を呼ぶ声。世界は今日も、変わらず動いている。

ユウマは門をくぐる直前、一度だけ、手を握った。開いた掌に残るのは、煤と油と、微かな塩の匂い。彼はそれを洗い流す代わりに、深く吸い込んだ。

新しい一日は、いつも灰の匂いから始まる。
そして、今日もまた、火を起こすところから始めればいい。——たとえ、その火が、誰のためでもないとしても。

---

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

Sランクパーティーを追放された鑑定士の俺、実は『神の眼』を持ってました〜最神神獣と最強になったので、今さら戻ってこいと言われてももう遅い〜

夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティーで地味な【鑑定】スキルを使い、仲間を支えてきたカイン。しかしある日、リーダーの勇者から「お前はもういらない」と理不尽に追放されてしまう。 絶望の淵で流れ着いた辺境の街。そこで偶然発見した古代ダンジョンが、彼の運命を変える。絶体絶命の危機に陥ったその時、彼のスキルは万物を見通す【神の眼】へと覚醒。さらに、ダンジョンの奥で伝説のもふもふ神獣「フェン」と出会い、最強の相棒を得る。 一方、カインを失った元パーティーは鑑定ミスを連発し、崩壊の一途を辿っていた。「今さら戻ってこい」と懇願されても、もう遅い。 無能と蔑まれた鑑定士の、痛快な成り上がり冒険譚が今、始まる!

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

外れスキル【アイテム錬成】でSランクパーティを追放された俺、実は神の素材で最強装備を創り放題だったので、辺境で気ままな工房を開きます

夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティで「外れスキル」と蔑まれ、雑用係としてこき使われていた錬金術師のアルト。ある日、リーダーの身勝手な失敗の責任を全て押し付けられ、無一文でパーティから追放されてしまう。 絶望の中、流れ着いた辺境の町で、彼は偶然にも伝説の素材【神の涙】を発見。これまで役立たずと言われたスキル【アイテム錬成】が、実は神の素材を扱える唯一無二のチート能力だと知る。 辺境で小さな工房を開いたアルトの元には、彼の作る規格外のアイテムを求めて、なぜか聖女や竜王(美少女の姿)まで訪れるようになり、賑やかで幸せな日々が始まる。 一方、アルトを失った元パーティは没落の一途を辿り、今更になって彼に復帰を懇願してくるが――。「もう、遅いんです」 これは、不遇だった青年が本当の居場所を見つける、ほのぼの工房ライフ&ときどき追放ざまぁファンタジー!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...