【完結】のぞみと申します。願い事、聞かせてください

私雨

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第二章『青春』

第10話 初めての接客

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 カランコロンカラン。

「あら、お客様が来たのよ」

 姿見の前に立ったまま、は台詞を繰り返した。

のぞみと申します。願い事、聞かせてください」
「希と申します。願い事、聞かせてください」
「希と申します。願い事ーー」

 かなえがいきなり更衣室に入った。なぜか怒っているようだ……。

「一体何してるの?」

 言って、彼女は仁王立ちをする。

「せ、台詞の練習ですけど」
「早く来な。お客様を待たせちゃうのよ」
「わかりました」

 その後、私は更衣室を出て、お客様を出迎えに行った。
 目に入ったのは優等生のような女子高生。彼女は飽きた表情で私をにらみついた。

 ーーそんなに待たせちゃったかな?
 
 とにかく、私は覚悟を決めて台詞を言い始めた。

「お帰りなさいませ、お嬢様! のぞみと申します。願い事、聞かせてください~!」

 その言葉に、彼女は少し戸惑ったようだ。メイド喫茶は初めてなのかな?

「では、ご案内いたします!」

 彼女は一度頷いて、私に従った。
 台詞を忘れたり言葉を噛んだりしてしまわないかと思って、緊張感が高まっていく。
 
「どうぞおかけください」

 お客様は席について、メニューに目を通す。

「あれ、キチャはないのか? まあ、そんなすごいものならあっという間に売り切れるよね……」

 言って、彼女は目を伏せた。

「いいえ、まだあります。特製のお茶ですのでメニューに載っていないんです」

 と私が言うと、彼女の表情がスイッチが入ったように切り替わった。

「そうですか?」
「なら、キチャをください!」

 言いながら、彼女は目を輝かせた。
 頷いて、私は席についた。彼女と目を合わせて、深呼吸した。
 
 ーー初めての相談。しくじったらクビになるだろう。
 
 私は心配を抑えようとして、作り笑いを浮かべた。
 もちろん、作り笑いは本当に嫌だ。けど、このままではそうしかできない。

「まずは、あなたの願い事を教えてもらえませんか?」

 その言葉に、彼女は突然頬を染めた。

「あ、あの……ちょっと恥ずかしいけど、説明くらいはできると思います」

 何本かの髪の毛を耳にかけたあと、彼女は説明を始めた。

「その、学校に好きな人がいて……けど彼は私の気持ちに気づいていないみたいです。そして今日恋文を手渡して屋上で待ってたけど、彼が来なくて……」
「恋愛の願い、か」
 
 私は思わずそう口に出した。失敗しないで済むとは思わなかったけど、そんなポカミスは非常に惜しい。

「……わ、悪いですか?」
「いいえいいえ、問題ないです。すみません」

 私は頭を下げて、溜息を吐きそうになった。
 たった五、十分だけでもう迷惑をかけてしまった……。
    でも、このお客様は面白い。ゆめゐ喫茶に来て、恋人について語る。彼女は私と同じような願い事を持っているのかな。

「ただ、私にも恋愛の願い事があります。いつか十年間も会っていない男に会えるという願い。悪いのですが、あなたに希茶きちゃを上げたらどうなるかは知りたいです」

 そう言うと、ある問題に気がついた。それは、希茶きちゃの淹れ方がまだわからないということ。
 間違えたら逆効果になるかもしれない。相談が終わったら、店長かなえに訊いてみればいいんだろう。

「それに、希茶きちゃを淹れるのは初めてです。飲んだこともありません……」
「え? 飲んだらあの男と会えるんでしょ? なんで飲まなかったんですか?」
「彼を好きにさせたくないからです。彼の気持ちを確かめるまでは希茶きちゃを飲みません」
「そっか……」

 そして、私たちは黙り込んだ。
 沈黙を破ろうとして、私は咳払いしてからきびすを返した。

「では、希茶きちゃを淹れに行ってきます」

♡  ♥  ♡  ♥  ♡

 メイド喫茶の真っ白な厨房キッチン
 カウンターの上に急須と数個の湯吞みが置かれている。
 淹れたてのお茶の香りが徐々に鼻に入ってくる。
 向こう側のカウンターに視線を向けると、かなえが足をブラブラさせながら座っていた。
 
「あら、何かあったかしら?」
「お客様に希茶きちゃを淹れたいんですけど、淹れ方はわかりません」
「そうよね……じゃ、見せてあげる。耳をすまして」

 言って、かなえはカウンターから飛び降りた。

希茶きちゃの淹れ方は他のお茶とほとんど同じ。違うのは注ぎ方。相談者の願い事を考えながら注ぐんだよ」
「わかりました。思ったより簡単なことですね」

 かなえ退くと、私は急須に近づいた。
 中をうかがうと、彼女が希茶きちゃを淹れておいてくれたことに気がついた。
 お客様をこれ以上待たせたらアレだから、それは本当に助かる。

『相談者の願い事を考えながら注ぐ』

 その言葉を頭に繰り返しながら急須を手に取った。相手の願い事は私と同じく恋愛の願いなので覚えやすい。
 ついさっき「わかりました」と言ったものの、具体的にどう考えればいいのかわからない。なぜかその即答が仇となる気がする……。
 とにかく、私は希茶きちゃを注ぎ始めた。色は紫で、急須から出てくるときにキラキラと輝く。
 見たことのない不思議なものだった。
 見れば見るほど味わってみたくなったけど、自分との約束は破りたくない。
 注ぎ終えると、私は湯吞みをお盆に載せて両手で運んでいく。
 厨房を出る前に、かなえにちゃんとお礼を言った。

「では、お客様を幸せにさせにいこうね!」

 言って、彼女は笑みを浮かべた。
 私は振り向かず、希茶きちゃをこぼさないようにゆっくりと歩いていた。
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