【完結】のぞみと申します。願い事、聞かせてください

私雨

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第五章『生死』

第36話 洋服の試着、オムライスの試食

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 きぬれの音。
 襟元から四方八方にはみ出している髪の毛。
 数分前、私は店員さんに勧められた二、三着を試着室に運んでいって、カーテンを閉めた。
 そして、今。かなえがまだ服を選んでいるから、私は一人で試着にチャレンジしてみた。
 試着室が狭くて動きにくい。目の前に大きな三面鏡が設置されて、そこには自分の姿が頭から爪先まで映っていた。
 しばらく三つの角度から自分の姿をうかがったあと、私は手に取った数着の洋服をこうに吊るしておいた。
 室内の狭さにもかかわらず、私は頑張って一つ目のワンピースに着替えようとした。そして二、三つ目に着替えて、心地よさと着やすさをじっくりと比べた。
 十分が経ってから、試着がようやく一段落した。
 しんどい身体からだを壁に預けて、私は溜息を吐きそうになった。

 ーー新入りが来る前に、零士れいじはこんなに忙しかったのかな……。

 ゆめゐ喫茶の客足が全然増えていないのは確かに悔しいけど、その一方で仕事が楽にできる。マイペースでお金を稼ぎながら毎日を楽しんで過ごせるんだ。
 零士れいじと同じく事務所でコツコツと頑張っていた十年前の私は、こんなに楽な仕事もあるなんて知らなかった。
 しかも、臨時休業。前の仕事ではめっになかった。しかし、私がゆめゐ喫茶で働いている一ヶ月くらいの間、二件もあった。

 ーーかなえは優しい店長だな……。もっと感謝しないとね。

 しばらく考え込んだあと、私は試着を終えることにした。
 私は一着のワンピースを手に取って、残りのを衣桁に吊るした。
 試着室を出て行くと、かなえが待っていることに気づいた。

「服を決めた?」
「はい! かなえも決めましたか?」
「うん、適当に選んだけど似合いそう」
「では、私はレジに行きますね」
「いえいえ、のぞみの分もわたくしが払うから」

 言いながら、かなえは首を横に振る。

「え? でもーー」
「大丈夫。たまには、のぞみおごりたい気持ちになるね。いいのよ?」

 私の言葉を遮って、かなえはそう言って笑みを浮かべた。
 私はその嬉しそうな顔を何回見ても、作り笑いか本物か読み切れない。

「あ、ありがとうございます」
「せっかくの臨時休業なのに、のぞみは相変わらず敬語だね……。一緒にライブに行った時の砕けた口調が聞きたいわよぉー」
「わ、わかった」

 まるでスイッチが入ったように口調を切り替えると、私は違和感を覚えた。
 初めてではないのに、上司にこんな風に話すのは気が引ける。

「でも、今日だけだね」

 レジに向かいながら、私はそう言い足した。

♡  ♥  ♡  ♥  ♡

「かしこまりました!」

 会計を済ませてから、かなえは二着の黒いワンピースをエコバッグに入れた。
 洋服屋を出たころ、葬式まであと四時間残っている。
 一時間足らずひたすら着替えていて、私は少し疲れている。しかし、休む暇はあまりない。
 商店街を後にして、私たちはゆめゐ喫茶に帰っていく。
 冷たい朝風が止んで、秋葉原が暖かい陽光に照らされた。
 炎天下で十五分も街を歩いていて、私の喉がからからになった。

 ーー水、飲みたいなぁ……。

のぞみ?」

 かなえの声がかすかに聞こえた。彼女は遠くにいたかのように……。
 目を瞑るとその声は次第に聞こえなくなってきて、頭の中に思い出が一つ蘇った。
 子供のころ、真夏日はいつもかき氷を食べた。
 母と父に弱音を吐くと、母はいつも「かき氷食べたい?」と訊いて、私は「うん!」と答える。
 かき氷屋に行くと、親も自分の分を買って、私たちは公園のベンチに座りながら一緒にかき氷を食べる。
 記憶をたどって、私は少し懐かしい気分になった。
 そして、かなえの声が再び耳に入った。今回はより近くに聞こえた。

のぞみ?」

 私は突然我に返った。

「大丈夫なの? なんで答えなかったの?」
「あ、ごめん。子供の思い出が思い浮かんでしまって」
「そうか……」

 かなえは店のドアに鍵を挿して、開けた。
 エコバッグから二着のワンピースを取り出して、更衣室のドアに目をやった。

「では、新しい服に着替えようか?」

 少し考えてから、私は首を左右に振った。

「あの、お腹が空いたんで、まずは昼ご飯を食べようかと思ったんだけど……」

 私が名案を言い出したかのように、かなえは突然こちらを向いて目を輝かせる。

「そうか? 多分疲れてるだろうけど、のぞみのオムライスが食べたいなぁ」
「二つのオムライスくらいは問題ない、と!」
「嬉しい~! では、わたくしは着替えに行くから」

 ーーまたオムライス、か。

 作りたくないわけではないけど、正直他のレシピも作ってみたいなぁという気持ちはなくもない……。
 とにかく、私は厨房に入って食材を集めた。
 オムライスをレシピが頭に焼きついているほど作った。レシピを見なくても構わないほどだ。
 オムライスの達人になったと言っても過言ではないだろう。結局、事務所で働いていた何年よりも、オムライスを作れるようになったのはもっと達成感があったと思う。
 そろそろかなえが着替え終えることに気がついて、彼女が更衣室を出る前に私は下ごしらえを始めておいた。
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