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第五章『生死』

第35話 ナカノ・ミオ

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「今日は何日だと思うの?」

 と、かなえは階段の上に立って訊いた。
 彼女は起きたばかりなのか、髪が乱れてまだ寝間着を着ている。それに、階段を下りながら大きな欠伸あくびを漏らした。
 今は午前八時だから、そろそろ開店準備をしないと。
 
「何日、ですか……?」

 言って、私は首を傾げた。
 大事な何かを忘れてしまった気がする。もしかして、かなえの誕生日なのかな? それとも、ゆめゐ喫茶の記念日……?
 本当に見当がつかない。
 
「あの、わからないんですが……」
のぞみの葬式なのよ」

 車に轢かれて亡くなったのぞみ。その日から、私はその名前を名乗って、いろいろな願い事を叶えてきた。

「そうですか? 今更お葬式が行われるのか。……あ、悪い意味ではありませんでしたが……。ただ、彼女が死んだ日から誰も連絡してこなかったので、天涯孤独かと思ってました」

 のぞみが亡くなったあと、かなえは警察に連絡して、遺体は死後処理された。
 
「いいえ、そんなことないのよ。実は、昨日彼女のお母さんから連絡が来た」
「私たちは誘われたんですか?」
「そう。わたくしたちだけじゃなくて、願い事の叶ったお客様は全部誘われたの」
「結構賑やかになりそうですね」
「そうね」

 故・のぞみはたくさんの願い事を叶えてきただろう。
 正直、私は彼女の名前を名乗るにはふさわしくないと思う。だって、そもそもこの仕事を受け取ったのは零士れいじと再び出会うためだった。自分勝手な理由。
 メイド喫茶に行ったことはあるけど、零士れいじほど好きだとは言えない。それでも私は頑張って、メイドのように振る舞うようにした。
 しかし、これは本当の私ではないのがわかっている。私は中野なかの美於みおーー零士れいじの親友、美於みおちゃんだ。
 昨日お互いに気持ちを打ち明けてから、私は元の名前を取り戻したくなった。
 だから、今日こそのぞみという名前を返してみせる。
 本来ならば彼女はのぞみで、私は美於みお
 もちろん彼女の本名は知らないけど、『のぞみ』はよく似合っていたと思う。

「では、葬式はあと五時間で始まるのでそろそろ準備しないとね。今日は臨時休業にするから、今朝メイド服に着替えなくてもいい」
「わかりました」

 そういえば、葬式に行くのは初めて。だから、どんな服装を着ればいいのかよくわからない。たしかにメイド服はふさわしくないのはわかっているけど、OL服もダメなのかな?

「実は、葬式に行ったことがないんですけど。何の服を着ればいいんですか?」
「わたくしも葬式に行ったことないけど、だいたい黒い服が一般的らしい。それに、肌を露出しない服を選んだほうがいい」

 ーーつまり、黒いタイツくらいはいけるけど、白いシャツはダメなんだよね。

 それなら、黒いワンピースを着たほうがいい。今から買いに行ったらまだ葬式に間に合うだろう。

「そうなんです。それなら、私は黒いワンピースを買いに行こうと思います」
「なら、わたくしも行くよ。ここではメイド服と寝間着しか持ってないから」

 言って、かなえは更衣室に向かっていく。
 こんな時に備えて、私服を買ったほうがいいんじゃないか?
 
♡  ♥  ♡  ♥  ♡
 
 数分後、かなえは更衣室を出た。歩きながら、彼女は髪を直したり服のしわを手で取ったりした。
 そして、かなえは専用の下駄箱から靴を取り出した。
 そのつやめいた靴は店内の照明を反射する。
 かなえは靴を床に置いて、小さな足を入れる。

「さて、行こうか?」

 と、かなえは言って、ドアに向かっていく。

「はい、行きましょう」

 私がそう言うと、かなえはドアを開けた。

 カランコロンカラン。

 その聞き慣れたドアベルの音が、私にとって「あら、お客様が来たのよ」という意味になってきた。
 しかし、入口に立っているはずのお客様はいなかった。私は少し違和感を覚えた。
 朝風が店内に吹き込んできて清涼感を与える。
 ひとのない道を見渡しながら、私たちは早朝の陽光を浴びている。
 かなえはメイド服姿で、私はOL服を着ている。傍から見ると、どう見えるんだろうか……。
 やがて、私たちは商店街にたどり着いた。

「今日の風は気持ちいいね」

 かなえは空を仰ぎながらそう言った。
 彼女の髪の毛が風に舞い上がって、青空に紛れたように見えた。

「そう、涼しいですね」

 立ち並ぶ複数のメイド喫茶を通り過ぎたあと、私たちは何らかの洋服屋に着いた。
 大きなショーウィンドウに目をやると、向こう側にはいろいろな洋服が吊るされている。
 洋服に惹かれて、私は店に近づいていった。
 振り向くと、かなえはまだショーウィンドウをじっと見つめている。
 声をかけようとした矢先に、私は店員に挨拶された。

「いらっしゃいませ!」

 いきなり店員に挨拶されて、私はびっくりした。
 私は視線をかなえから店員に向けて、無言で頷いた。
 時間を無駄にしないように、かなえを待っているより一人で店に入ったほうがいいだろう。
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