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期末テストまで
長岡良助
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俺の名前は長岡良助。
『リア充』になれなかった高校1年生だ。
小学生の頃から、女に縁がなかった。誰かと誰かがくっついた。両想いだって。その会話を理解できなかった。それが小学生時代の俺。
中学生になった。第二次性徴を迎えた。女の子に興味を抱く。だけど、それだけ。
その頃から『リア充』という言葉を覚えた。
そして、同時にこの言葉も覚えた。
『非リア充』
俺の人生は充実しなかった。別に彼女ができなくたっていい・・・・・いや、本当は欲しいけど・・・・恋人という高すぎるハードルはいいんだ。初めから諦めている。それ以前に俺には女友達がいないのだ。彼女とかそういう次元ではない。女子とまともに会話一つしたことがない。きっと、小学生時代はあった・・・・と思う。覚えていないだけで。そこまで、女の子に執着してはいなかった。
中学校で、学校に設けられている、『リア充』枠に入れなかった。それだけのことだ。
給食の時間。それは唯一女子たちと向かい合う時間だ。
いや、今考えると。あれらは・・・・・学校で認められた『合コン』だったのだと思う。
よし、何か話そう。しかし、何も浮かばなかった。会話に入れない。付いていけない。イケてる男子たちが貴重な女子たちと会話する。その会話に入れない。
彼らに、女子たちとの会話を奪われていく。その繰り返しだ。何も変わらない。何も変えることができない。
『非リア充』
その言葉に縛られるだけの中学人生。
あの人に告白された、告って振られた、両想いだった。
俺からしたら、そんな会話はファンタジーだ。空想の産物だ。そんなことより、勉強しろ! イチャイチャするんじゃねーよ。迷惑なのわかんねーのかよ! モテない俺が迷惑しているんだ。俺だけじゃない。全国のモテない男子たちは日々戦っている。敗北するだけの戦いに。毎日が敗北。この屈辱。リア充たちには理解できないだろうが。
青春とは、何だろうか?
恋愛をすること? 部活で活躍すること? 友人たちをたくさん作って花火大会に出かけること? いや違う。
青春とは、俺たち『非リア充』を苦しめるために作られた言葉なのだ。
ドラマやCM、映画で『青春』はよく使用される。
乱用と言ってもいいだろう。
憧れの先輩、実は両想い、最近あいつのこと気になるんだよな、告っちゃいないよ。
あざとい言葉がテレビ画面から飛んでくる。
間違いない! 『青春』と呼ばれる一種の概念は、俺たちを殺そうとしている。
青春詐欺半端ねぇ! こんな展開あるわけねぇだろう。本当にあるなら、俺たち非リア充は自殺しちまう。
青春から逃げる方法は一つだ。リア充になること。それしかない。攻略法は限られている。しかし、その攻略法こそ最も難しいのだ。
中学時代、『リア充』という名のゲームを攻略することができなかった。『リア充ゲーム』に攻略本は存在しない。ゲームは攻略本をカンニングしてクリアする。それが俺のやり方だ。だから、ゲームクリアできなかった。
しかも、『リア充ゲーム』には恐ろしい機能が搭載されている。
『コンティニュー』できないのだ。もう、あの頃には戻れないんだ。
青春の一ページ・・・・・そんなもの、俺にはなかったんだ。ってか、青春の一ページってなんだよ? 青春って紙でできるのかよ? どっかの教科書か何かか? 俺はページをめくることすらできなかったんだ。何もつかめなかった。もうだめだ。終わりだ。中学時代をただ消費しただけだった。もう生きていけない! ああ、本当に死にたくなってきた。もう、楽になっていいかなぁ? 俺頑張ったよな。精一杯戦ったよな?
・・・・・ああ、まずい、まずい! 危ないところだった。また、死にたくなってしまった。いけない、いけない。誘惑に負けるところだった。
最近、気がつけば自殺願望にハマっている。言い方がおかしいが、まあそんな感じだ。
別にいじめに遭っているとかそういうのじゃない。ただ、死にたくなる症候群に悩まされている。
もういいかな? 俺の人生・・・・みたいない?
ただ、純粋に死にたくなるっていうか? マスコミが報道するような自殺とは違う。もっと、そうだな? 別世界に行くみたいな? 意味わからないな? ってか、別世界って言っている時点でいろいろ終わっているな俺? ああ、ダメだ俺は。本当。いろいろな意味で終わっている。
これが、『非リア充』をこじらせた男の末路か? ああ、リア充になりたい。女の子と喋りたい。女友達を作りたい。
俺のような底辺人生まっしぐら人間に、彼女とか恋人とかそういうのはいいから。諦めてます。
このまま、大人になってブラック企業でこき使われて貯金できなくて、車も買えなくて、独身で過労死まっしぐらな人生。やべぇ、絶望しか見えねぇ。脳は電気信号で動いているはずだ。俺の思考回路は絶望が潤滑油ですか?
ああ、馬鹿な思考が俺を支配している。現実に戻るしかない。眼球が映し出す真実の世界。それが現実。本当に冷たい映像だ。俺を『非リア充』にし、精神的に追い込む映像。残酷な映画を見ているようだ。
俺は今、電車の中にいる。ただの高校通学だ。席を確保できなかった高校1年生だ。電車のつり革につかまって現実世界と摩擦を起こしているだけだ。
ああ、体が重い。やる気が出ねぇ。
透明ガラスの向こう側の世界には光が照らされている。太陽が現れている。とてもまぶしい。俺の眼球を痛めつける。悪しき光だ。
光はよく、希望と同意語扱いされる。けれど、非リア充の俺には『希望のごり押し』にしか感じられない。希望の安売りだ。
しかし、力がみなぎる・・・気がする。気がするだけだ。実際は分からない。損傷した俺の脳みそが無理やり希望を絞り出そうとする。だから、わずかな希望を抱いてしまう。今日こそ良いことがある。きっと、リア充になれる。女の子と会話するかもしれない。
それは、夢だ。幻だ。
『希望』という輩は、そうやって俺をいじめる。希望を抱かせて絶望にたたきつける。やつらの上等手段なのだ。
悪しき光め。まだ俺に希望を抱けというのか? しつこいぞ! 夢は所詮夢なんだよ。夢やぶれた人間は治療不可能なトラウマを抱えて生きていくしかない。地球よ。これ以上俺を追い詰めないでくれ!
つり革を必死で掴む。必死で自分を保っている。電車の揺れは容赦なく襲ってくる。
電車内を見ると、スーツを着た社会人、制服を着た学生しかいない。共通していること。
社会人たちは眠そうである。それと憂鬱そうな顔。大人になるってそういうことなのか?
電車の進行方向によって、太陽の攻撃向きが変動している。俺の眼球は必死に対応する。
しかし、本当の敵は太陽ではない。敵は電車の中にいる!
俺の眼球は映し出してしまった。制服を着た学生カップルを! しかも、席を二人分確保し、仲良く座っている。肩にもたれかかっている。制服も良い感じに乱れている。制服の第二ボタンまで外し、男子生徒は腰パン。女子はミニスカート・・・・・
おいおい、いきなりの洗礼ですか? 俺の嫉妬心がみなぎってくるじゃねーか! これが青春かよっ! あ・・・・・やべぇ・・・・・超まぶしい・・・
太陽の光以上の光子量だ。俺の眼球と精神が燃焼し始めてきた。
いかん! このままでは俺は『酸化』してしまう。燃焼すると酸素がくっつくって中学理科で習った。もちろん、例外もあるけど。やつらは互いにくっつき、俺は目には見えない酸素とくっつこうとしている。
痛すぎるだろ、俺! いろいろな意味で! どうしてこうなっちゃんだ?
これは、全国にあふれる『非リア充』の共通の悩みだ。理由があるのか無いのか? 性格? 見た目? 能力? コミュ力? そんなこと言ったら、俺はすべての理由に該当する。『非リア充』になるだけの理由をすべて兼ね備えている。ちっともうれしくない。兼ね備えちゃいけないだろう。
ああ~ 辛い。リア充たちを見ると卑屈になる。うらやましくなる。嫉妬する。あこがれる。憂鬱になる。
無数の感情が全身を駆け巡る。『リア充』という毒素が俺をかき乱す。
早く、学校に到着しなければ! 電車内は危険だ。『リア充』汚染が進行している。あの、圧倒的幸福感! 俺が決して得ることのない幸せホルモン。電車内はオキシトシンで充満している。青春菌が拡散されている。俺の脳細胞は求めている。『青春』を。けれど、青春欠乏症に陥った俺はなす素手がない。
青春欠乏症の脳みそは正常に機能できない。無意味な単語ばかり頭から出てくる。口には出さない。思考内で熱運動している。
本当に、俺は馬鹿な高校生だ。元来、男子学生は馬鹿と決まっている。だが、俺の場合は『痛さ』を含んだ馬鹿だ。痛くて滑稽な存在。好感を持たれない馬鹿。周りを暗くする馬鹿。空気が読めない馬鹿。妄想に心奪われる馬鹿。
青春欠乏症の影響で、俺の心が歪んでいく。荒んでいく。
そんな時、列車が止まった。目的の駅ではなかったが、気持ちを切り替えられる。
リア充たちよ。早く電車から降りてくれ! 俺の精神が持たない。希望を見せつけるな! 車内を幸せホルモンで満たしてはいけない。それは害悪だ! いや、違う。害悪なのは俺の方だな。
電車の自動ドアが開き、数人が下りていく。電車内の人口密度は減少していく。車内の幸せホルモン濃度も低下していく。
この調子だ。視界に映る世界が浄化されていく。俺に希望を振り撒くな。目に映る希望は除染されればいい。気休めな希望は有害なだけだ!
しかし、現実は残酷だ。
朝からいちゃつくカップルは下りなかったのだ。他人の目を気にせず、チチクリあっている。朝っぱらから元気なこって。
車両の扉は閉じてしまった。俺はまた、この青春菌に汚染された車内に耐えることになる。
こ、これが現実なんだな・・・・・現実・・・・・辛い・・・・・絶望ってこうなんだよな。
この世界は残酷だ。世界はきっと、俺に厳しくできているんだ。他者にやさしく、俺に厳しく。神様は人に試練を与える・・・って言うやつがいる。でも、俺は違うと思う。これは試練でもいたずらでもない。ただの嫌がらせだ。
俺の人生は常に不利であった。何をやっても意欲はわいてこない。結果を出せない。自慢できる歴史は存在しない。自虐の黒歴史を送ってきただけだ。その生き方しかできなかった。かなしいけど、これが俺の人生です。
幸せをまき散らすカップルたち。女子学生のスマフォを男子学生がのぞき込む。そこに何が映るのか? 俺には分からない。彼らの屈託のない笑顔。幸せを絵に描いたような光景。俺はそれを眺めることしかできない。
インターネットで、俺と同類が集うサイトを閲覧した時、掲示板に書かれていた言葉がある。
『学生時代に青春を送れなかったやつは、一生苦しむ』と。
今ならその言葉が理解できる・・・・かもしれない。
このざまで大人になる。その日は必ず来る。俺はその時後悔するのだろうか?
何もできなかった過去の自分に対して。
未来は所詮、妄想の産物だ。だから、想像してもあまり意味はない。
俺が今望むことはただ一つ。
早く、目的の駅に着きますように!
時の流れは残酷だ。楽しい出来事ほど早く進み、苦痛な時間ほどゆっくり進む。俺の流れは減速している。中々、駅に着かない。
誰かが時間を操作しているんじゃないか? そんな中二病的思考に陥ってしまう。
現実時間と体感時間。一致することはそうそうない。やはり、神様は俺に意地悪をしている。間違いない。これはいじめだ。神は世界を作った。俺に冷たい世界。リア充に優しい世界。
・・・・そういえば、神様って何人いるんだろう?
欧米ならどうだ? キリストさんが神なら一人だ。でも、日本神話ではイザナギとイザナミがいて、その子供がどう・・・・・・ん? ちょっと待て! 神様が子供を作って、その子供たちが神様になって・・・・・っておい! リア充じゃねーか! 神様たちってさ!
俺は気づいてしまった。知ってはならない真実に。
そうか、そういうことだったんだ!
そりゃ、俺に冷たい国になるはずだ。日本を作った神様たちは皆『リア充』なんだから。リア充主義のシステムを構築。それが日本なら、俺はただの異端児だ。鼻つまみ者だ。枠から外れた犯罪者だ。
ああ、マジかよ! 俺の人生終わったぁ!
だからだ。『非リア充』に冷たい神様は存在する。神様はリア充だ。『非リア充』の俺に嫌がらせをしているんだ! 時間の流れを操作し、俺を常に追い詰める。それだけではない。このリア充カップルが放つ『青春菌』。それを培養したのも神様。
そこまでして、非リア充を追い詰めたいというのか!
それが神様のすることかぁ!
神様を敵に回していた。その事実に気づいてしまった。しかも、通学中に。俺は敵なんだな。
そんな被害妄想しかできない自分が情けない。悲しい。空しい。
太陽の光が俺の眼球に直撃する。まるで、止めを刺すつもりで。
この冷たい世界を変える素手はない。なら・・・・・・・・・耐えよう。耐えるしかない。俺は現状打破しない。諦めて生きていく!
車内汚染からようやく解放された。
俺は車両から降り、きれいな空気を吸い込んだ。あのリア充たちはまだ先の駅に向かっていく。解放感に満ち溢れた俺。しかし、神様が用意した現実は残酷だ。
駅の改札口まで向かう。俺と同じ制服をきた学生が大勢いる。全員グループになって行動している。男子同士のグループ、女子同士のグループ。そして、俺は独りぼっち。
登下校時に、共に登校してくれるやつがいない。俺の移動はいつも一人だ。
俺が通う高校。そして、その生徒たち。生徒たちの大半は地元の連中だ。小学校からずっと一緒でしたっみたいな。まさに、地元の高校ってやつだ。だから、電車通学はかなりのハンディキャップ。しかも一人! いろいろと終わっているのだ。俺は・・・・
しかし、今に始まったことではない。中学時代もワンマン登下校だった。友人たちとは別方向に住んでいた。だから、集団登校は小学生までだ。
ますます辛くなる。苦しくなる。あれ? また死にたくなってきた・・・・いかん、気を持ち直せ! まだまだこれからだ!
小学時代の集団登校。当時は何で一緒に登校しなきゃいけねーんだよ! と思っていた。けれど、その価値を今は理解している。
あれは、社会人的に言えば『キャバクラの同伴出勤』と同じだったのだ。
学校給食=合コン。集団登校=キャバクラの同伴出勤。
学校は社会と切り離された存在。そう思っていた。だが、実際は違う。ちゃんと日本社会を学んでいるんだ! 大人になると、それらの体験はすべて有料であることも。
社会人の娯楽を、税金を用いて体験する。それが学校だったのだ!
あ、ダメだダメだ! 実に卑猥な発想だ。屑の思考だ。下衆な発想だ。自分を取り戻せ俺! 絶望に耐え続けろ!
改札口を一人で通り抜ける。そう一人だ。ただただ寂しい。周りは仲良し集団の塊。リア充とまでは言わないが。理想的な登校だろう。
基本的にボッチ体質は『非リア充』になりやすい。まあ、ボッチの時点でリア充には絶対になれないが。
駅を抜けると、太陽が待っていた。俺に希望を押しつけるために。
日差しを浴びながら、足を動かす。一歩、二歩、三歩。
目の前には仲良しグループが立ちはだかる。毎度のことだが、とても大きな壁を感じる。
ああ、眩しい。太陽の光と考査したこの光景。俺の眼球とメンタルが崩壊する。それに対処する方法。それは『下を向いて歩こう!』
上を向いて歩くこと。前を見て進んでいこう! それは前向きな人間のエゴでしかない。
すべてを前向きに考えることはできない。してはいけない。だって、今俺が前向いたら、死んじゃんよ。上を向いたら眼球がやられるよ。
『ポジティブ』が人を殺すこともある。俺がその被害者の一人だ。
有害でしかないポジティブに対処する方法はない。だから、その現実から目を背けるしかない。俺は『下を向いて歩く』 眩しい光たちを回避する最善策だ。そう、下を向くことはある意味合理的でもある。リア充たちから身を守る盾になる。
俺はこれからも下を向いて歩こう・・・・・・どうせ、ボッチ登校なんだし・・・・
身の回りは希望に溢れている。しかし、順応できない俺。目には見えない壁が一面を映し出す。学生という希望。仲間という信頼。
その希望はどこまでも俺を卑屈にさせる。俺を苦しめる。俺を惨めにさせる。いつだってそうだ。無数に広がる希望を見るしかない。希望を体感できない。ただ見るしかないのだ。絶望が生まれる要因は『希望』なのだ。だから、俺は『希望』が憎い。
舌を向いて歩こう、精神でようやく学校へとたどり着いた。数分で行ける距離。それを神様が数十分に変えた。体感時間を操作した。また、やりやがった。非リア充をいじめ続ける。いつものやり口だ。
地元の生徒たちは自転車通学が多い。無数の自転車が目の前を交差していく。接触を避けるよう注意深く歩く。
ようやく、校舎内に入れた。下駄箱に靴を入れ、上履きに履き替える。俺よりも早く登校した生徒がグループになって楽しそうに会話している。そこには仲の良いカップルが楽しく会話している姿も。またしても、希望を振り撒き、俺を苦しめる。しかし、耐えるしかない。それが社会のルールだ。神様が定めた宿命だ。受け入れはしない。ただ、従うだけだ。
教室へと向かう。
本当の戦いはこれからだ! 同伴出勤も合コンもない。この冷たい社会の入り口に。教室こそ戦場。リア充にとっては天国。非リア充にとっては地獄。学校とは勉強を学ぶ所ではない! リア充と非リア充との見えない戦い。実際は戦っていない戦い? リア充と非リア充に接触はない。互いが存在するだけで戦いなのだ。そして、俺は常に負け続けている。一勝もしたことがない。これからも敗北の歴史を積み重ねる。それが分かっているから、辛い。
教室へと入っていく。複数の生徒たちはグループになって固まる。自分の席を見つけて座る。まだ、俺の『非リア充友達』が来ていない。
高校という苦痛。それに耐えるには友人の存在は欠かせない。類は友を呼ぶ。その言葉は正論だ。リア充にはリア充がついてくる。非リア充には非リア充が固まるだけだ。固まらなければ生き残れない。精神的にだ。
問題はそれだけじゃない。俺は『魔の席』へと座らなければならないことだ。
俺の机と椅子。俺の席は最も危険な場所にある。俺の両隣は最近付き合い始めたカップルが座っているのだ。彼らの放つ青春菌は俺を経由して拡散される。彼らの幸せホルモンは俺の身体を横切って放出されるのだ。両サイドにカップルがいる。これほど残酷なことがあるのか!
まだ、登校していない。だから、俺は正直に落ち着いていた。今だけが机と椅子を上手に使用できる。彼らが登校した時こそ、この席は『魔の席』となり、俺の苦痛が自然発生するのだ。
やはり、神様は俺に冷たい。残酷な運命を押し付けてくる。
神様。俺は罪なんて犯していません! 人を傷つけるようなことは一切していません。ただ、モテなかっただけです。残念な学生時代を過ごしているだけです。お願いですから、そっとしておいてください。これ以上、俺に苦しみを与えないでください!
しかし、神様は常に冷血である。リア充たちが教室内へとやってきた。
身長が同じくらいのカップル。喋ってばかりで授業を全く受けてないカップル。俗に言う『バカップル』だ。
二人は俺の両サイドに座った。二人は青春菌を放ち、クラス中に充満させている。俺は彼らの邪魔にならないよう、机にうずくまるのだ。そうすれば、彼らの意思疎通の邪魔にならない。両腕を机の上に持ち上げる。頭蓋骨を両腕に包み込む。しかし、それでも彼らの会話が耳に届く。
「早く走りてぇなぁ。授業マジきついわ!」
「あ、私も今同じことを思った! やべ、マジ心が繋がってるわぁ!」
頭の悪い会話が飛んでくる。二人は共に陸上部の長距離である。部活と恋愛をしに学校に来るタイプだ。こういうやつらに国は税金を払っている。それが無性に悲しくなる。
次第に、頭の中に無数の単語が生まれてきた。その単語を使って、俺は心の中でいろいろ叫び出し始めていた。
この二人をどこかに隔離してください! 俺は本当に辛いです! 俺、メンタル終わりますよ! いやマジで! マジ勘弁してください! よりにもよってさ。どうして俺の両隣にカップルがいるんですかぁ? 神様本当に酷いよあんた! これは試練じゃなくて、ただの拷問ですよ。誰も得しない状況ですよ! 現実マジ辛くないですか? もう限界ですよまったく! 何が、心が繋がっているだぁ!? 頭がどっちも悪いから、思考が同じだけじゃねぇーかよ! 馬鹿だから同じこと考えるのは当たり前じゃねーか! 青春菌と馬鹿菌をバラまくんじゃねーよ。
恋には致命的な欠点がある。それは『思考力』の低下だ。互いのことしか目に映らず、周りが見えなくなる。ある種の病気だ。しかも、馬鹿が恋愛をすれば、もっと馬鹿になる。
だが、その分だけ喜びも得る。思考力の低下で幸せを得る。それが恋愛だ。俺が絶対に手に入らないものが飛んでいる。うずくまっている俺の頭上で。両想いたちのやり取りが。幸せは目の毒なのだ。だから、見てはいけない。メンタルが崩壊してしまう。
早く、早く来てくれ! 我が同士たちよ! 非リア充戦士たちよ! 俺を救い出してくれ! 幸せの監獄から俺を導いてくれ! 心に傷を負った仲間たちよ! 早く登校するんだ! 俺の限界は違い。じり貧半端ない! 不幸全開の俺を、惨めな俺を、痛い俺を、何のとりえもない俺を! 早く、もう時間がないんだ!
そして、希望の戦士たちが教室へとやってきた。
波野隆、大久保秀夫、生沼雄一の三人。共に非リア充を抱えて生きている男子生徒たち。非リア充の戦士たちがやってきた。
この三人はこの町が地元。中学はそれぞれ別々だが。地獄の電車登校の俺とは違う。ハンディキャップを背負っていない三人だ。地元のやつらほど、登校に余裕を持っている。本当に理不尽だ。この三人に電車登校を強要させたい!
彼らの席は固まっている。窓際の端へと向かっていく。
眠そうな顔が鼻につく。遠方からの苦悩を耐えている者として、家が近い上に、余裕をもって夜中まで起きていた顔が。しかし、今すべきことは嫉妬ではない。脱出だ。リア充地獄から解放されること。それが責務だ。
両腕を解放した。頭を上げた。両サイドからの青春菌、馬鹿菌が頭部を直撃する。しかし、免疫はある。邪魔オーラを発せられても、俺は立ち上がる。そして、聖地へと向かうのだ。非リア充たちのたまり場へ。
俺は彼らの所へたどり着く。そして、口を開いた。
「おはよう、そして、助けてくれ!」
全力で弱音を吐いた。弱さを前面に押し出した。苦痛苦悩を顔へ映し出した。
「これだから非リア充は!」
そう言ったのは、共に非リア充の波川だった。やせ形でかなりの色白。勉強はそこそこできる男だ。
「って、おめぇも非リア充だろうが!」
俺は速攻で突っ込みを入れた。自分だけは違いますから・・・的なオーラを放っているが、紛れもない非リア充だ。
「それを言うなよ! 朝から残酷な現実を言うんじゃない!」
骸骨のように痩せた体。でかい頭骸骨。細いだけの目。非リア充の素質は十分だ。
「しかし、電車通学って大変ですなぁ・・・・ハハハ!」
波川はイジリ要因だ。俺はどちらかと言えばイジラレ要因。パワーバランスははっきりしている。
「骸骨のくせに生意気な! 糖分を取れ、糖分を! 炭水化物を過剰摂取し、肉を増やせ! そうすれば、非リア充を脱せれるかもよ!」
俺は反撃に出る。頭に浮かんだ『モテない単語』を言葉へと変換する。これが俺の全力だ! 国語力ゼロの限界だ!
「俺だって、好きで非リア充をしているわけではない。それよりも、大久保の方が深刻だろ! だってさ・・・・頭皮が・・・・・」
長身でハンサムな顔をした大久保がこちらを見る。その眼に映すもの。それは『焦り』だ。彼の時間は短いのだ。数年が限界か。もう・・・・・禿始めているのだ。
「それを言うなよ! 俺の家計の宿命なんだからさ。頭皮を失う前に結婚する。それしか生きる道がない。お前たちには時間があるからいいんだよ! ずるいぜホント!」
おでこが以上に広く、髪が以上に細い。しかも、本数も少ない。若禿とは大久保のことなのだ。そして、代々禿遺伝子は受け継がれてきたらしい。大久保の家計は皆頭皮を失っている。禿遺伝子という宿命から逃れることはできない。だから、大久保は禿げる前に女を見つけなければいけないのだ。
神様はなぜ、理不尽すぎる試練を俺たちに与えるのか? 残酷にもほどがある。
「サラブレット禿は辛いな。大久保」
俺はつい口を滑らせた。
「サラブレット言うな! 俺の父さん、爺ちゃん。皆ガチツルツルだからさ。笑いごとじゃねーんだよ!」
「ごめんごめん。言い過ぎた」
骸骨星人とサラブレット禿がいる。そして、最後の一人がラノベを開いている。
「これだから三次元は! 朝からうるさいぞ。今現実逃避をしているんた。邪魔しないでもらおうか!」
眼鏡で大柄な体系をした生沼がラノベを読んでいる。オタクの要素を兼ね備えた存在がここにいる。三次元を捨て、二次元へと走った高校1年生。彼は自分だけの世界を確立している。
「だってさ。俺の席を見てくれよ。あれに耐えろっていうのか? 地獄だぞ地獄。お前たちは安全な窓際を手にしたから良いけどさ」
俺は不満をブチまける。思いを吐き出す。救いを求める。
「あれがお前の運命だ。受け入れろ。世界はお前に厳しくできているんだから」
波川が俺の肩を叩いた。
骸骨星人のくせに調子に乗りやがって! アンパンマンに出てくるホラーマン顔の分際で。死体のような血色のくせに。
「席、代われって言ったらどうする?」
俺は二人に質問する。そして、返答された。
「絶対にヤダ!」
波川と大久保が同時に答えた。ナイスコンビネーション。正直でよろしい。
「だろ!? あれ、マジで辛いぜ。教師の前でもいいから移動したいぜ」
この学校は席の移動にとてもうるさい。別の生徒が無断で席を交換した時、教師が大激怒した。それ以降、机のシャッフルは行われていない。自由席でいいと思うけど。個人的には。
「長岡、俺たちはモテない。非リア充をこじらせてしまった。受け入れようこの現実を」
波川がそれっぽいことを言ったのが癪に障った。
「おい、何聖人君主みてぇな言い方するんだよ! 現実は耐えるものだろ。受けれいたら俺の空気メンタル崩壊するぞ!」
俺の発言=失言を波川は攻撃する。
「長岡、空気メンタルってもうそれ終わってるだろ!」
波川の突っ込みがダイレクトアタック。俺の非リア充ライフはマイナス五十くらいか。
「もう、限界なんだよ。あの幸せオーラを耐える? 冗談はよせ。大久保の髪が生えるくらい不可能なことだぞ!」
大久保こと、サラブレット禿をイジった。大久保とかすかな髪の毛はそれに対抗する。
「やめろ! 髪の毛ネタでイジるな。俺の命はこいつ(髪の毛)の命でもあるんだ。俺は諦めない。絶対に結婚するんだ。長岡、お前のダークサイド(非リア充)と一緒にするな。お前ほど落ちぶれちゃいない!」
はっきり言われた。毛根細胞消滅まで後数年の男なんかに。これは反撃するしかない。
「火のない所に煙は立たない。毛のない所に女は寄ってこない!」
うまい、我ながらそう思ってしまった。波川は笑っている。大久保は落ち込んでいる。生沼は現実逃避している。俺たちは個性の塊だ。だが、残念な個性しか持ち合わせていない。学校は個性を殺すもの。許される個性は限られる。運動神経と学力だ。それ以外の個性は必要ない。否定される存在。俺たちがその代表なのだ。痛くて変わり者たちの集合体。
俺の発言に対し、波川が反撃してきた。
「毛があっても女は寄ってこねぇよ。お前にはない!」
「・・・・・・」
い、言われたぁ! ド正論が飛んできた。俺の空気メンタルを汚染したぁ!
「波川、貴様ぁ!」
大久保は笑っている。波川はニヤついている。以外にも生沼も笑っている。
「長岡。お前は二次元でも寄ってこないな。きっとあれだ。ギャルゲーのキャラすら拒否るだろうな。お前だけには」
「生沼! 貴様まで調子に乗りやがって! 平面(二次元)しか愛せない男がぁ!」
この男、生沼は二次元に取りつかれた亡者だ。本当に三次元を愛せない。生身の女性を好きにはなれない。彼は初めから『非リア充』なのだ。現実世界でリア充になるつもりは毛頭ない。画面の世界でリア充であればいい。この中で一番の『変態野郎』なのだ。こいつは。
「皆、俺の所まで堕ちればいい。Z軸なんて必要ない。XとY軸さえあればいい。平面こそ究極の世界。さあ、新世界へ飛び立とう!」
危ない発言半端ねぇ。誰か、この変態野郎をどこかに隔離してください! 危険です。警察を! 誰か警察と医者を呼んでください!
「生沼、これ以上少子化を加速させるんじゃない!」
波川が彼の暴走を食い止めようとする。しかし、変態野郎を止めることは容易ではない。
「大久保よ。例え、頭皮を失っても二次元たちはお前を受け入れるさ。さあ、こちら側(二次元)の世界へ一歩踏み込むんだ!」
ダメだこいつ! 生沼は人以前に生物として終わっている。自ら『生存競争』を辞退している。なぜだ? なんでこうなった!?
「いや・・・・・それは無理」
大久保は新世界を拒んだ。正しい人間の反応だ。
「まったく、これだから三次元は! 現実世界の苦しみから解放されるチャンスを捨てるなんてさ!」
生沼はため息をついた。そして、再び口を開く。
「波川と大久保なら、この素晴らしい世界を理解できると思ったのに。まあ、長岡はないけどさ!」
「おい、どういう意味だよ。二次元に興味はないけどさ。どうして俺だけダメ、みたいな感じなんだよ。それだけ腹立つ!」
俺の問いに、生沼は答える。
「さっきも言ったけど、二次元キャラたちはお前だけは無理だから。要はさ。あれだ。二次元世界でもお前はリア充にはなれないってこと!」
おい・・・・・マジか・・・・・・何でだ?
俺の空気メンタルは真空へと変わっていく。そして、波川が俺に止めを刺す。
「それ分かる! お前が動物や虫に生まれ変わっても、メスに相手にされない。ただ生まれて朽ちていく。そんな感じがする」
三人は一斉に笑った。そして、俺のメンタルは真空状態になった。
「俺はどんだけメスに嫌われてるんだよ。おかしいだろ! 自然の摂理みたいに言うな! 誰か俺を助けてくれ!」
青春菌から救いを求めてここに来たはずだ。けれど、同士たちからイジられて試合終了。俺の一人負け。俺の崩壊。俺の全否定。これが俺の学校生活だ。世界はやはり、俺に冷たくできているらしい。
「きっと、いいことあるさ・・・・・たぶん」
波川の言葉に説得力はない。気休めにもほどがある。
「席に戻るよ。辛い世界へね・・・」
俺はその場を後にして、冷たい世界へ戻っていく。俺を苦しめる机と椅子の元へ向かう。心がとても重い。それでも、この現実を変えることはできない。
チャイムが鳴り、朝読書の時間がやってきた。しかし、読書をするだけの心の余裕と空間が俺にはなかった。机にうずくまるしかないのだ。朝読書は名ばかりだ。クラスメイトたちは喋ってばかり。騒音に近い教室にリア充たちが叫び続けるのだ。
佐々木と船越のくだらない会話が飛んでくる。
「昨日の番組見た? 一番モテない芸人は誰だってやつ。マジ受けたんだけど!」
「あ、見た見た! やっぱ、私たち気が合うわぁ! 最高!」
だから・・・・・頭の出来が同じだけだから! と心で突っ込む。
「でもさ、芸人って実際モテんでしょ! まあ、あのキモメンたちは絶対無理だけど!」
船越が偉そうに趣味を語っている。
「まあ、あれは酷いな! 次はモテない女芸人やるんだろ! まあ、なんだかんだ見るけどさ!」
あの・・・・・朝読書しませんか? いや、してください。俺の頭上で愛のキャッチボールしないでほしんですけど? 聞こえますか? 聞こえませんよね。はい、すいません。俺が我慢すればいいんだよね。ごめんね。俺が間にいて。でもね。俺だって辛いんです。君たちには理解できないだろうけど。本当は消えてなくなりたいんです。
この高校は一応、進学校。けれど、学力はピンからキリまでいる。俺の両サイドに展開するリア充たちは皆、学力は底辺層だ。けれど、リア充に学力は関係ない。重要なのは、人間関係だ。
誰とつるむか? 誰と関わってはいけないか? そんなことを考えれていればいい。リア充は集合体。一度、化合した物質が変化することはない。集まってしまったら、それで終了。俺たちに出る幕はない。敗北するだけだ。
そして、このバカップルはただのリア充ではない。当然、リア充仲間が存在する。俺はその存在たちにただ、耐えるだけだ。
「おい、そんなに仲良くされると、俺嫉妬ちゃうぜ!」
俺の斜め右上に座っている男子生徒。佐々木と船越の親友。佐々木より身長は少しだけ上で『リア充グループ』のムードメーカーかつイジられキャラ。名前は中村徹。野球部に所属している。
「ごめんね。振っちゃって!」
中村はクラスの盛り上げ役。それはクラス編成時に決まっていた。中村はクラスで最初に騒ぐ生徒。授業中もしゃべり続け、少し調子に乗る所がある。彼の口が開けば、クラス中が騒ぎ出す。学級崩壊を引き起こす原因。正直、嫌いだ。
当初、船越という馬鹿女は中村と喋っていた。そして、中村はすぐに彼女に告白し、振られたのだ。問題だったのは、その後の、二人の関係性ではない。告白した場所と時間帯。
リア充行動大いに結構。正直なのはよろしい。けれど・・・・・それを・・・・・授業中にするんじゃねぇ! 馬鹿じゃねーか!
その当時のことは覚えている。
国語の授業だった。新任の国語の教師は、教師なりたてだった。だから、中村が調子に乗り出した。そして、クラスの九割近くが授業を聞かなくなったのだ。それは今も続いている。そんな崩壊した授業中だった。教科書に載っている小説を勉強していた。内容は恋愛であった。国語教師が不意に中村に質問した。
「この主人公は彼女のことをどう思っていたでしょうか?」
その質問をされた中村は大声で答えたのだ。
「この主人公のことなんて知らねぇよ! でも、俺は船越のことが好きです! 付き合ってください!」
その言葉でクラス中が騒然とした。そして、教師は愕然としていた。俺はただ、死んでいた。俺以外のクラスメイトたちは船越に注目した。そして、船越は言った。
「ごめんなさい! 男としては無理!」
その拒み方は真剣でかつユーモアがあった。つまり、恋人にはなれないけどずっと親友でいてね、という意味だった。
中村は撃沈した。勝手に振り撒いた青春菌と馬鹿菌が飛んでいた。俺にはそれが見えてしまった。それだけのことだ。我慢すればいい。それしか手段がない。
そして、船越は今、佐々木と付き合っている。中村と佐々木は中学からの同級生で親友同士だ。結果として、中村は恋愛を諦め、友情を選んだ。現在、三人の関係は知る限り友好である。
「ごめんね。男としては無理なの!」
船越は両手を合わせ、笑顔で残酷なことを言う。
「中村、ごめんな。俺の方がモテちゃってさ!」
佐々木も謝罪している。ふざけ半分の。
「うぜぇわ! でも分かってるから。だから、別れんなよ! 気まずくなるからさ!」
三人の話を聞いていると、圧倒的な何かを感じる。そう、青春だ。友情あり、恋愛あり。女子とまともに話したことがない俺には、とても眩しく感じる。うずくまっていても、聴覚は反応する。俺の鼓膜が崩壊し始めた。朝は眼球をやられた。次は耳だ。俺の耳たぶと鼓膜とうずまき管はどこまで耐えられるか? あらゆる感覚器官が停止する。
うらやましい。本気でうらやましいぞぉ!
嫉妬心の肥大化。卑屈精神の増長。メンタルの消失。友人たちからの洗礼。リア充の輝き。非リア充の絶望。拡散される青春菌。
これが! 俺の! 学校生活です・・・・・・オワタ/(^o^)\
さあ、諦めの時間だ。三年間の学園生活。夢を見てはいけない。俺はもがき苦しむだけの生活をただ、耐えよう。俺はリア充にはなれない。頭も悪い。顔も悪い。モテる趣味もない。コミュ力は絶望的。人格はネガティブ・オブ・ネガティブ。悪い未来しか見えない。想像できない。明るい未来を予測できない。何をすべきか分からない。
それでも。なんやかんやで、時は流れる。読書の時間は終わった。教師が壇上にあがり、朝のホームルームを始める。
「皆さん、おはようございます!」
担任の女教師が職員会議の報告を行う。だが、それは無意味だ。なぜなら、誰も聞いていないからだ。
この担任は大学を卒業して日が浅い。新任からこの高校からってのはきつい。生徒という化け物。怪物たちは調子に乗る。多勢に無勢。教師に権力はない。数の暴力で圧倒される。学級崩壊とはそういうものだ。
中村たちが騒ぎ出す。調子に乗ったリア充たちは止められない。それにつられて、他のモブキャラたちも騒ぎ出す。一瞬で、教室は騒音室へと変貌する。
なぁに。いつものことだ。生徒たちのリミッターはすぐに外れる。我慢を忘れた人間は、ただの動物だ。ここは動物の唸り声が響く飼育小屋。動物園と同じだ。
騒ぐだけならいい。会話を楽しむことを否定しない。だが、連絡事項等は聞かせてほしい。それが、俺の当たり前の願いだ。
波川たち、非リア充たちは静かにしている。基本的に、俺たちは真面目なのだ。
学校と呼ばれるシステム。その法則の一つ。スクールカースト底辺層ほど、まじめで静かなことだ。
非リア充が底辺層にいることは当然。特に、俺たちは最も相手にされない定位置を確保している。スクールカースト底辺中の底辺たる俺たち。発言権は存在しない。このクラスを鎮めようと思った瞬間、総叩きに遭う。
教師は何かを言っている。だが、聞こえない。誰も聞かないし、騒音が止むこともない。
うつ伏せのまま、少しだけ顔を上げて聞いていた。けれど、教師はいろいろ諦めたのだろう。消えるように教室を出ていった。
この高校は、進学校としては終わっている。しかし、センター試験対策もするし、定期的に全国模試も実施される。けれど、ブラック部活がある以上、勉強時間は限られる。まして、学級崩壊だ。3年になって焦りだした所で、入試対策をする。そんなもんだろう。
どーせ、俺は三年間、非リア充だ。なら、勉強をそこそこ頑張って卒業したい。いや、今すぐにでも卒業したい。根本的に、俺は学校が嫌いだ。俺をいじめる輝き。それを放つ空間など卒業したいに決まっている。
もう、卒業式を考える俺は・・・・・ダメ人間だ。俺は・・・・
世の中には4つの人間がいる。
良い子、悪い子、普通の子。そして、痛い子だ。
俺は当然、痛い子だ。残念だが、これが現実。変更できない真実。耐えなければならない運命。宿命はどこまでも足枷になる。
一限目に近づいている。だが、クラス内のボリュームは増大していく。もうすぐ、期末テストが近づいている。その緊張感がまったくない。中学までの義務教育では留年はない。しかし、高校ではその可能性がある。また、大学の推薦入試もかかっている。緊張感を持つべきだ。しかし、持とうとはしない。目先の娯楽に囚われる。愚かな連中。その、愚かな連中に嫉妬する愚かな俺。ダメだこりゃ・・・・・
また、絶望してしまった。せっかくの学校生活。人生で一度しかないイベンド。俺はそれを楽しむことを知らない。楽しみたいはずなのに、楽しめない。その方法が思いつかない。何をすべきか検討もつかない。
それでも・・・・・太陽は俺を照らし続ける。希望をごり押しするために。
『リア充』になれなかった高校1年生だ。
小学生の頃から、女に縁がなかった。誰かと誰かがくっついた。両想いだって。その会話を理解できなかった。それが小学生時代の俺。
中学生になった。第二次性徴を迎えた。女の子に興味を抱く。だけど、それだけ。
その頃から『リア充』という言葉を覚えた。
そして、同時にこの言葉も覚えた。
『非リア充』
俺の人生は充実しなかった。別に彼女ができなくたっていい・・・・・いや、本当は欲しいけど・・・・恋人という高すぎるハードルはいいんだ。初めから諦めている。それ以前に俺には女友達がいないのだ。彼女とかそういう次元ではない。女子とまともに会話一つしたことがない。きっと、小学生時代はあった・・・・と思う。覚えていないだけで。そこまで、女の子に執着してはいなかった。
中学校で、学校に設けられている、『リア充』枠に入れなかった。それだけのことだ。
給食の時間。それは唯一女子たちと向かい合う時間だ。
いや、今考えると。あれらは・・・・・学校で認められた『合コン』だったのだと思う。
よし、何か話そう。しかし、何も浮かばなかった。会話に入れない。付いていけない。イケてる男子たちが貴重な女子たちと会話する。その会話に入れない。
彼らに、女子たちとの会話を奪われていく。その繰り返しだ。何も変わらない。何も変えることができない。
『非リア充』
その言葉に縛られるだけの中学人生。
あの人に告白された、告って振られた、両想いだった。
俺からしたら、そんな会話はファンタジーだ。空想の産物だ。そんなことより、勉強しろ! イチャイチャするんじゃねーよ。迷惑なのわかんねーのかよ! モテない俺が迷惑しているんだ。俺だけじゃない。全国のモテない男子たちは日々戦っている。敗北するだけの戦いに。毎日が敗北。この屈辱。リア充たちには理解できないだろうが。
青春とは、何だろうか?
恋愛をすること? 部活で活躍すること? 友人たちをたくさん作って花火大会に出かけること? いや違う。
青春とは、俺たち『非リア充』を苦しめるために作られた言葉なのだ。
ドラマやCM、映画で『青春』はよく使用される。
乱用と言ってもいいだろう。
憧れの先輩、実は両想い、最近あいつのこと気になるんだよな、告っちゃいないよ。
あざとい言葉がテレビ画面から飛んでくる。
間違いない! 『青春』と呼ばれる一種の概念は、俺たちを殺そうとしている。
青春詐欺半端ねぇ! こんな展開あるわけねぇだろう。本当にあるなら、俺たち非リア充は自殺しちまう。
青春から逃げる方法は一つだ。リア充になること。それしかない。攻略法は限られている。しかし、その攻略法こそ最も難しいのだ。
中学時代、『リア充』という名のゲームを攻略することができなかった。『リア充ゲーム』に攻略本は存在しない。ゲームは攻略本をカンニングしてクリアする。それが俺のやり方だ。だから、ゲームクリアできなかった。
しかも、『リア充ゲーム』には恐ろしい機能が搭載されている。
『コンティニュー』できないのだ。もう、あの頃には戻れないんだ。
青春の一ページ・・・・・そんなもの、俺にはなかったんだ。ってか、青春の一ページってなんだよ? 青春って紙でできるのかよ? どっかの教科書か何かか? 俺はページをめくることすらできなかったんだ。何もつかめなかった。もうだめだ。終わりだ。中学時代をただ消費しただけだった。もう生きていけない! ああ、本当に死にたくなってきた。もう、楽になっていいかなぁ? 俺頑張ったよな。精一杯戦ったよな?
・・・・・ああ、まずい、まずい! 危ないところだった。また、死にたくなってしまった。いけない、いけない。誘惑に負けるところだった。
最近、気がつけば自殺願望にハマっている。言い方がおかしいが、まあそんな感じだ。
別にいじめに遭っているとかそういうのじゃない。ただ、死にたくなる症候群に悩まされている。
もういいかな? 俺の人生・・・・みたいない?
ただ、純粋に死にたくなるっていうか? マスコミが報道するような自殺とは違う。もっと、そうだな? 別世界に行くみたいな? 意味わからないな? ってか、別世界って言っている時点でいろいろ終わっているな俺? ああ、ダメだ俺は。本当。いろいろな意味で終わっている。
これが、『非リア充』をこじらせた男の末路か? ああ、リア充になりたい。女の子と喋りたい。女友達を作りたい。
俺のような底辺人生まっしぐら人間に、彼女とか恋人とかそういうのはいいから。諦めてます。
このまま、大人になってブラック企業でこき使われて貯金できなくて、車も買えなくて、独身で過労死まっしぐらな人生。やべぇ、絶望しか見えねぇ。脳は電気信号で動いているはずだ。俺の思考回路は絶望が潤滑油ですか?
ああ、馬鹿な思考が俺を支配している。現実に戻るしかない。眼球が映し出す真実の世界。それが現実。本当に冷たい映像だ。俺を『非リア充』にし、精神的に追い込む映像。残酷な映画を見ているようだ。
俺は今、電車の中にいる。ただの高校通学だ。席を確保できなかった高校1年生だ。電車のつり革につかまって現実世界と摩擦を起こしているだけだ。
ああ、体が重い。やる気が出ねぇ。
透明ガラスの向こう側の世界には光が照らされている。太陽が現れている。とてもまぶしい。俺の眼球を痛めつける。悪しき光だ。
光はよく、希望と同意語扱いされる。けれど、非リア充の俺には『希望のごり押し』にしか感じられない。希望の安売りだ。
しかし、力がみなぎる・・・気がする。気がするだけだ。実際は分からない。損傷した俺の脳みそが無理やり希望を絞り出そうとする。だから、わずかな希望を抱いてしまう。今日こそ良いことがある。きっと、リア充になれる。女の子と会話するかもしれない。
それは、夢だ。幻だ。
『希望』という輩は、そうやって俺をいじめる。希望を抱かせて絶望にたたきつける。やつらの上等手段なのだ。
悪しき光め。まだ俺に希望を抱けというのか? しつこいぞ! 夢は所詮夢なんだよ。夢やぶれた人間は治療不可能なトラウマを抱えて生きていくしかない。地球よ。これ以上俺を追い詰めないでくれ!
つり革を必死で掴む。必死で自分を保っている。電車の揺れは容赦なく襲ってくる。
電車内を見ると、スーツを着た社会人、制服を着た学生しかいない。共通していること。
社会人たちは眠そうである。それと憂鬱そうな顔。大人になるってそういうことなのか?
電車の進行方向によって、太陽の攻撃向きが変動している。俺の眼球は必死に対応する。
しかし、本当の敵は太陽ではない。敵は電車の中にいる!
俺の眼球は映し出してしまった。制服を着た学生カップルを! しかも、席を二人分確保し、仲良く座っている。肩にもたれかかっている。制服も良い感じに乱れている。制服の第二ボタンまで外し、男子生徒は腰パン。女子はミニスカート・・・・・
おいおい、いきなりの洗礼ですか? 俺の嫉妬心がみなぎってくるじゃねーか! これが青春かよっ! あ・・・・・やべぇ・・・・・超まぶしい・・・
太陽の光以上の光子量だ。俺の眼球と精神が燃焼し始めてきた。
いかん! このままでは俺は『酸化』してしまう。燃焼すると酸素がくっつくって中学理科で習った。もちろん、例外もあるけど。やつらは互いにくっつき、俺は目には見えない酸素とくっつこうとしている。
痛すぎるだろ、俺! いろいろな意味で! どうしてこうなっちゃんだ?
これは、全国にあふれる『非リア充』の共通の悩みだ。理由があるのか無いのか? 性格? 見た目? 能力? コミュ力? そんなこと言ったら、俺はすべての理由に該当する。『非リア充』になるだけの理由をすべて兼ね備えている。ちっともうれしくない。兼ね備えちゃいけないだろう。
ああ~ 辛い。リア充たちを見ると卑屈になる。うらやましくなる。嫉妬する。あこがれる。憂鬱になる。
無数の感情が全身を駆け巡る。『リア充』という毒素が俺をかき乱す。
早く、学校に到着しなければ! 電車内は危険だ。『リア充』汚染が進行している。あの、圧倒的幸福感! 俺が決して得ることのない幸せホルモン。電車内はオキシトシンで充満している。青春菌が拡散されている。俺の脳細胞は求めている。『青春』を。けれど、青春欠乏症に陥った俺はなす素手がない。
青春欠乏症の脳みそは正常に機能できない。無意味な単語ばかり頭から出てくる。口には出さない。思考内で熱運動している。
本当に、俺は馬鹿な高校生だ。元来、男子学生は馬鹿と決まっている。だが、俺の場合は『痛さ』を含んだ馬鹿だ。痛くて滑稽な存在。好感を持たれない馬鹿。周りを暗くする馬鹿。空気が読めない馬鹿。妄想に心奪われる馬鹿。
青春欠乏症の影響で、俺の心が歪んでいく。荒んでいく。
そんな時、列車が止まった。目的の駅ではなかったが、気持ちを切り替えられる。
リア充たちよ。早く電車から降りてくれ! 俺の精神が持たない。希望を見せつけるな! 車内を幸せホルモンで満たしてはいけない。それは害悪だ! いや、違う。害悪なのは俺の方だな。
電車の自動ドアが開き、数人が下りていく。電車内の人口密度は減少していく。車内の幸せホルモン濃度も低下していく。
この調子だ。視界に映る世界が浄化されていく。俺に希望を振り撒くな。目に映る希望は除染されればいい。気休めな希望は有害なだけだ!
しかし、現実は残酷だ。
朝からいちゃつくカップルは下りなかったのだ。他人の目を気にせず、チチクリあっている。朝っぱらから元気なこって。
車両の扉は閉じてしまった。俺はまた、この青春菌に汚染された車内に耐えることになる。
こ、これが現実なんだな・・・・・現実・・・・・辛い・・・・・絶望ってこうなんだよな。
この世界は残酷だ。世界はきっと、俺に厳しくできているんだ。他者にやさしく、俺に厳しく。神様は人に試練を与える・・・って言うやつがいる。でも、俺は違うと思う。これは試練でもいたずらでもない。ただの嫌がらせだ。
俺の人生は常に不利であった。何をやっても意欲はわいてこない。結果を出せない。自慢できる歴史は存在しない。自虐の黒歴史を送ってきただけだ。その生き方しかできなかった。かなしいけど、これが俺の人生です。
幸せをまき散らすカップルたち。女子学生のスマフォを男子学生がのぞき込む。そこに何が映るのか? 俺には分からない。彼らの屈託のない笑顔。幸せを絵に描いたような光景。俺はそれを眺めることしかできない。
インターネットで、俺と同類が集うサイトを閲覧した時、掲示板に書かれていた言葉がある。
『学生時代に青春を送れなかったやつは、一生苦しむ』と。
今ならその言葉が理解できる・・・・かもしれない。
このざまで大人になる。その日は必ず来る。俺はその時後悔するのだろうか?
何もできなかった過去の自分に対して。
未来は所詮、妄想の産物だ。だから、想像してもあまり意味はない。
俺が今望むことはただ一つ。
早く、目的の駅に着きますように!
時の流れは残酷だ。楽しい出来事ほど早く進み、苦痛な時間ほどゆっくり進む。俺の流れは減速している。中々、駅に着かない。
誰かが時間を操作しているんじゃないか? そんな中二病的思考に陥ってしまう。
現実時間と体感時間。一致することはそうそうない。やはり、神様は俺に意地悪をしている。間違いない。これはいじめだ。神は世界を作った。俺に冷たい世界。リア充に優しい世界。
・・・・そういえば、神様って何人いるんだろう?
欧米ならどうだ? キリストさんが神なら一人だ。でも、日本神話ではイザナギとイザナミがいて、その子供がどう・・・・・・ん? ちょっと待て! 神様が子供を作って、その子供たちが神様になって・・・・・っておい! リア充じゃねーか! 神様たちってさ!
俺は気づいてしまった。知ってはならない真実に。
そうか、そういうことだったんだ!
そりゃ、俺に冷たい国になるはずだ。日本を作った神様たちは皆『リア充』なんだから。リア充主義のシステムを構築。それが日本なら、俺はただの異端児だ。鼻つまみ者だ。枠から外れた犯罪者だ。
ああ、マジかよ! 俺の人生終わったぁ!
だからだ。『非リア充』に冷たい神様は存在する。神様はリア充だ。『非リア充』の俺に嫌がらせをしているんだ! 時間の流れを操作し、俺を常に追い詰める。それだけではない。このリア充カップルが放つ『青春菌』。それを培養したのも神様。
そこまでして、非リア充を追い詰めたいというのか!
それが神様のすることかぁ!
神様を敵に回していた。その事実に気づいてしまった。しかも、通学中に。俺は敵なんだな。
そんな被害妄想しかできない自分が情けない。悲しい。空しい。
太陽の光が俺の眼球に直撃する。まるで、止めを刺すつもりで。
この冷たい世界を変える素手はない。なら・・・・・・・・・耐えよう。耐えるしかない。俺は現状打破しない。諦めて生きていく!
車内汚染からようやく解放された。
俺は車両から降り、きれいな空気を吸い込んだ。あのリア充たちはまだ先の駅に向かっていく。解放感に満ち溢れた俺。しかし、神様が用意した現実は残酷だ。
駅の改札口まで向かう。俺と同じ制服をきた学生が大勢いる。全員グループになって行動している。男子同士のグループ、女子同士のグループ。そして、俺は独りぼっち。
登下校時に、共に登校してくれるやつがいない。俺の移動はいつも一人だ。
俺が通う高校。そして、その生徒たち。生徒たちの大半は地元の連中だ。小学校からずっと一緒でしたっみたいな。まさに、地元の高校ってやつだ。だから、電車通学はかなりのハンディキャップ。しかも一人! いろいろと終わっているのだ。俺は・・・・
しかし、今に始まったことではない。中学時代もワンマン登下校だった。友人たちとは別方向に住んでいた。だから、集団登校は小学生までだ。
ますます辛くなる。苦しくなる。あれ? また死にたくなってきた・・・・いかん、気を持ち直せ! まだまだこれからだ!
小学時代の集団登校。当時は何で一緒に登校しなきゃいけねーんだよ! と思っていた。けれど、その価値を今は理解している。
あれは、社会人的に言えば『キャバクラの同伴出勤』と同じだったのだ。
学校給食=合コン。集団登校=キャバクラの同伴出勤。
学校は社会と切り離された存在。そう思っていた。だが、実際は違う。ちゃんと日本社会を学んでいるんだ! 大人になると、それらの体験はすべて有料であることも。
社会人の娯楽を、税金を用いて体験する。それが学校だったのだ!
あ、ダメだダメだ! 実に卑猥な発想だ。屑の思考だ。下衆な発想だ。自分を取り戻せ俺! 絶望に耐え続けろ!
改札口を一人で通り抜ける。そう一人だ。ただただ寂しい。周りは仲良し集団の塊。リア充とまでは言わないが。理想的な登校だろう。
基本的にボッチ体質は『非リア充』になりやすい。まあ、ボッチの時点でリア充には絶対になれないが。
駅を抜けると、太陽が待っていた。俺に希望を押しつけるために。
日差しを浴びながら、足を動かす。一歩、二歩、三歩。
目の前には仲良しグループが立ちはだかる。毎度のことだが、とても大きな壁を感じる。
ああ、眩しい。太陽の光と考査したこの光景。俺の眼球とメンタルが崩壊する。それに対処する方法。それは『下を向いて歩こう!』
上を向いて歩くこと。前を見て進んでいこう! それは前向きな人間のエゴでしかない。
すべてを前向きに考えることはできない。してはいけない。だって、今俺が前向いたら、死んじゃんよ。上を向いたら眼球がやられるよ。
『ポジティブ』が人を殺すこともある。俺がその被害者の一人だ。
有害でしかないポジティブに対処する方法はない。だから、その現実から目を背けるしかない。俺は『下を向いて歩く』 眩しい光たちを回避する最善策だ。そう、下を向くことはある意味合理的でもある。リア充たちから身を守る盾になる。
俺はこれからも下を向いて歩こう・・・・・・どうせ、ボッチ登校なんだし・・・・
身の回りは希望に溢れている。しかし、順応できない俺。目には見えない壁が一面を映し出す。学生という希望。仲間という信頼。
その希望はどこまでも俺を卑屈にさせる。俺を苦しめる。俺を惨めにさせる。いつだってそうだ。無数に広がる希望を見るしかない。希望を体感できない。ただ見るしかないのだ。絶望が生まれる要因は『希望』なのだ。だから、俺は『希望』が憎い。
舌を向いて歩こう、精神でようやく学校へとたどり着いた。数分で行ける距離。それを神様が数十分に変えた。体感時間を操作した。また、やりやがった。非リア充をいじめ続ける。いつものやり口だ。
地元の生徒たちは自転車通学が多い。無数の自転車が目の前を交差していく。接触を避けるよう注意深く歩く。
ようやく、校舎内に入れた。下駄箱に靴を入れ、上履きに履き替える。俺よりも早く登校した生徒がグループになって楽しそうに会話している。そこには仲の良いカップルが楽しく会話している姿も。またしても、希望を振り撒き、俺を苦しめる。しかし、耐えるしかない。それが社会のルールだ。神様が定めた宿命だ。受け入れはしない。ただ、従うだけだ。
教室へと向かう。
本当の戦いはこれからだ! 同伴出勤も合コンもない。この冷たい社会の入り口に。教室こそ戦場。リア充にとっては天国。非リア充にとっては地獄。学校とは勉強を学ぶ所ではない! リア充と非リア充との見えない戦い。実際は戦っていない戦い? リア充と非リア充に接触はない。互いが存在するだけで戦いなのだ。そして、俺は常に負け続けている。一勝もしたことがない。これからも敗北の歴史を積み重ねる。それが分かっているから、辛い。
教室へと入っていく。複数の生徒たちはグループになって固まる。自分の席を見つけて座る。まだ、俺の『非リア充友達』が来ていない。
高校という苦痛。それに耐えるには友人の存在は欠かせない。類は友を呼ぶ。その言葉は正論だ。リア充にはリア充がついてくる。非リア充には非リア充が固まるだけだ。固まらなければ生き残れない。精神的にだ。
問題はそれだけじゃない。俺は『魔の席』へと座らなければならないことだ。
俺の机と椅子。俺の席は最も危険な場所にある。俺の両隣は最近付き合い始めたカップルが座っているのだ。彼らの放つ青春菌は俺を経由して拡散される。彼らの幸せホルモンは俺の身体を横切って放出されるのだ。両サイドにカップルがいる。これほど残酷なことがあるのか!
まだ、登校していない。だから、俺は正直に落ち着いていた。今だけが机と椅子を上手に使用できる。彼らが登校した時こそ、この席は『魔の席』となり、俺の苦痛が自然発生するのだ。
やはり、神様は俺に冷たい。残酷な運命を押し付けてくる。
神様。俺は罪なんて犯していません! 人を傷つけるようなことは一切していません。ただ、モテなかっただけです。残念な学生時代を過ごしているだけです。お願いですから、そっとしておいてください。これ以上、俺に苦しみを与えないでください!
しかし、神様は常に冷血である。リア充たちが教室内へとやってきた。
身長が同じくらいのカップル。喋ってばかりで授業を全く受けてないカップル。俗に言う『バカップル』だ。
二人は俺の両サイドに座った。二人は青春菌を放ち、クラス中に充満させている。俺は彼らの邪魔にならないよう、机にうずくまるのだ。そうすれば、彼らの意思疎通の邪魔にならない。両腕を机の上に持ち上げる。頭蓋骨を両腕に包み込む。しかし、それでも彼らの会話が耳に届く。
「早く走りてぇなぁ。授業マジきついわ!」
「あ、私も今同じことを思った! やべ、マジ心が繋がってるわぁ!」
頭の悪い会話が飛んでくる。二人は共に陸上部の長距離である。部活と恋愛をしに学校に来るタイプだ。こういうやつらに国は税金を払っている。それが無性に悲しくなる。
次第に、頭の中に無数の単語が生まれてきた。その単語を使って、俺は心の中でいろいろ叫び出し始めていた。
この二人をどこかに隔離してください! 俺は本当に辛いです! 俺、メンタル終わりますよ! いやマジで! マジ勘弁してください! よりにもよってさ。どうして俺の両隣にカップルがいるんですかぁ? 神様本当に酷いよあんた! これは試練じゃなくて、ただの拷問ですよ。誰も得しない状況ですよ! 現実マジ辛くないですか? もう限界ですよまったく! 何が、心が繋がっているだぁ!? 頭がどっちも悪いから、思考が同じだけじゃねぇーかよ! 馬鹿だから同じこと考えるのは当たり前じゃねーか! 青春菌と馬鹿菌をバラまくんじゃねーよ。
恋には致命的な欠点がある。それは『思考力』の低下だ。互いのことしか目に映らず、周りが見えなくなる。ある種の病気だ。しかも、馬鹿が恋愛をすれば、もっと馬鹿になる。
だが、その分だけ喜びも得る。思考力の低下で幸せを得る。それが恋愛だ。俺が絶対に手に入らないものが飛んでいる。うずくまっている俺の頭上で。両想いたちのやり取りが。幸せは目の毒なのだ。だから、見てはいけない。メンタルが崩壊してしまう。
早く、早く来てくれ! 我が同士たちよ! 非リア充戦士たちよ! 俺を救い出してくれ! 幸せの監獄から俺を導いてくれ! 心に傷を負った仲間たちよ! 早く登校するんだ! 俺の限界は違い。じり貧半端ない! 不幸全開の俺を、惨めな俺を、痛い俺を、何のとりえもない俺を! 早く、もう時間がないんだ!
そして、希望の戦士たちが教室へとやってきた。
波野隆、大久保秀夫、生沼雄一の三人。共に非リア充を抱えて生きている男子生徒たち。非リア充の戦士たちがやってきた。
この三人はこの町が地元。中学はそれぞれ別々だが。地獄の電車登校の俺とは違う。ハンディキャップを背負っていない三人だ。地元のやつらほど、登校に余裕を持っている。本当に理不尽だ。この三人に電車登校を強要させたい!
彼らの席は固まっている。窓際の端へと向かっていく。
眠そうな顔が鼻につく。遠方からの苦悩を耐えている者として、家が近い上に、余裕をもって夜中まで起きていた顔が。しかし、今すべきことは嫉妬ではない。脱出だ。リア充地獄から解放されること。それが責務だ。
両腕を解放した。頭を上げた。両サイドからの青春菌、馬鹿菌が頭部を直撃する。しかし、免疫はある。邪魔オーラを発せられても、俺は立ち上がる。そして、聖地へと向かうのだ。非リア充たちのたまり場へ。
俺は彼らの所へたどり着く。そして、口を開いた。
「おはよう、そして、助けてくれ!」
全力で弱音を吐いた。弱さを前面に押し出した。苦痛苦悩を顔へ映し出した。
「これだから非リア充は!」
そう言ったのは、共に非リア充の波川だった。やせ形でかなりの色白。勉強はそこそこできる男だ。
「って、おめぇも非リア充だろうが!」
俺は速攻で突っ込みを入れた。自分だけは違いますから・・・的なオーラを放っているが、紛れもない非リア充だ。
「それを言うなよ! 朝から残酷な現実を言うんじゃない!」
骸骨のように痩せた体。でかい頭骸骨。細いだけの目。非リア充の素質は十分だ。
「しかし、電車通学って大変ですなぁ・・・・ハハハ!」
波川はイジリ要因だ。俺はどちらかと言えばイジラレ要因。パワーバランスははっきりしている。
「骸骨のくせに生意気な! 糖分を取れ、糖分を! 炭水化物を過剰摂取し、肉を増やせ! そうすれば、非リア充を脱せれるかもよ!」
俺は反撃に出る。頭に浮かんだ『モテない単語』を言葉へと変換する。これが俺の全力だ! 国語力ゼロの限界だ!
「俺だって、好きで非リア充をしているわけではない。それよりも、大久保の方が深刻だろ! だってさ・・・・頭皮が・・・・・」
長身でハンサムな顔をした大久保がこちらを見る。その眼に映すもの。それは『焦り』だ。彼の時間は短いのだ。数年が限界か。もう・・・・・禿始めているのだ。
「それを言うなよ! 俺の家計の宿命なんだからさ。頭皮を失う前に結婚する。それしか生きる道がない。お前たちには時間があるからいいんだよ! ずるいぜホント!」
おでこが以上に広く、髪が以上に細い。しかも、本数も少ない。若禿とは大久保のことなのだ。そして、代々禿遺伝子は受け継がれてきたらしい。大久保の家計は皆頭皮を失っている。禿遺伝子という宿命から逃れることはできない。だから、大久保は禿げる前に女を見つけなければいけないのだ。
神様はなぜ、理不尽すぎる試練を俺たちに与えるのか? 残酷にもほどがある。
「サラブレット禿は辛いな。大久保」
俺はつい口を滑らせた。
「サラブレット言うな! 俺の父さん、爺ちゃん。皆ガチツルツルだからさ。笑いごとじゃねーんだよ!」
「ごめんごめん。言い過ぎた」
骸骨星人とサラブレット禿がいる。そして、最後の一人がラノベを開いている。
「これだから三次元は! 朝からうるさいぞ。今現実逃避をしているんた。邪魔しないでもらおうか!」
眼鏡で大柄な体系をした生沼がラノベを読んでいる。オタクの要素を兼ね備えた存在がここにいる。三次元を捨て、二次元へと走った高校1年生。彼は自分だけの世界を確立している。
「だってさ。俺の席を見てくれよ。あれに耐えろっていうのか? 地獄だぞ地獄。お前たちは安全な窓際を手にしたから良いけどさ」
俺は不満をブチまける。思いを吐き出す。救いを求める。
「あれがお前の運命だ。受け入れろ。世界はお前に厳しくできているんだから」
波川が俺の肩を叩いた。
骸骨星人のくせに調子に乗りやがって! アンパンマンに出てくるホラーマン顔の分際で。死体のような血色のくせに。
「席、代われって言ったらどうする?」
俺は二人に質問する。そして、返答された。
「絶対にヤダ!」
波川と大久保が同時に答えた。ナイスコンビネーション。正直でよろしい。
「だろ!? あれ、マジで辛いぜ。教師の前でもいいから移動したいぜ」
この学校は席の移動にとてもうるさい。別の生徒が無断で席を交換した時、教師が大激怒した。それ以降、机のシャッフルは行われていない。自由席でいいと思うけど。個人的には。
「長岡、俺たちはモテない。非リア充をこじらせてしまった。受け入れようこの現実を」
波川がそれっぽいことを言ったのが癪に障った。
「おい、何聖人君主みてぇな言い方するんだよ! 現実は耐えるものだろ。受けれいたら俺の空気メンタル崩壊するぞ!」
俺の発言=失言を波川は攻撃する。
「長岡、空気メンタルってもうそれ終わってるだろ!」
波川の突っ込みがダイレクトアタック。俺の非リア充ライフはマイナス五十くらいか。
「もう、限界なんだよ。あの幸せオーラを耐える? 冗談はよせ。大久保の髪が生えるくらい不可能なことだぞ!」
大久保こと、サラブレット禿をイジった。大久保とかすかな髪の毛はそれに対抗する。
「やめろ! 髪の毛ネタでイジるな。俺の命はこいつ(髪の毛)の命でもあるんだ。俺は諦めない。絶対に結婚するんだ。長岡、お前のダークサイド(非リア充)と一緒にするな。お前ほど落ちぶれちゃいない!」
はっきり言われた。毛根細胞消滅まで後数年の男なんかに。これは反撃するしかない。
「火のない所に煙は立たない。毛のない所に女は寄ってこない!」
うまい、我ながらそう思ってしまった。波川は笑っている。大久保は落ち込んでいる。生沼は現実逃避している。俺たちは個性の塊だ。だが、残念な個性しか持ち合わせていない。学校は個性を殺すもの。許される個性は限られる。運動神経と学力だ。それ以外の個性は必要ない。否定される存在。俺たちがその代表なのだ。痛くて変わり者たちの集合体。
俺の発言に対し、波川が反撃してきた。
「毛があっても女は寄ってこねぇよ。お前にはない!」
「・・・・・・」
い、言われたぁ! ド正論が飛んできた。俺の空気メンタルを汚染したぁ!
「波川、貴様ぁ!」
大久保は笑っている。波川はニヤついている。以外にも生沼も笑っている。
「長岡。お前は二次元でも寄ってこないな。きっとあれだ。ギャルゲーのキャラすら拒否るだろうな。お前だけには」
「生沼! 貴様まで調子に乗りやがって! 平面(二次元)しか愛せない男がぁ!」
この男、生沼は二次元に取りつかれた亡者だ。本当に三次元を愛せない。生身の女性を好きにはなれない。彼は初めから『非リア充』なのだ。現実世界でリア充になるつもりは毛頭ない。画面の世界でリア充であればいい。この中で一番の『変態野郎』なのだ。こいつは。
「皆、俺の所まで堕ちればいい。Z軸なんて必要ない。XとY軸さえあればいい。平面こそ究極の世界。さあ、新世界へ飛び立とう!」
危ない発言半端ねぇ。誰か、この変態野郎をどこかに隔離してください! 危険です。警察を! 誰か警察と医者を呼んでください!
「生沼、これ以上少子化を加速させるんじゃない!」
波川が彼の暴走を食い止めようとする。しかし、変態野郎を止めることは容易ではない。
「大久保よ。例え、頭皮を失っても二次元たちはお前を受け入れるさ。さあ、こちら側(二次元)の世界へ一歩踏み込むんだ!」
ダメだこいつ! 生沼は人以前に生物として終わっている。自ら『生存競争』を辞退している。なぜだ? なんでこうなった!?
「いや・・・・・それは無理」
大久保は新世界を拒んだ。正しい人間の反応だ。
「まったく、これだから三次元は! 現実世界の苦しみから解放されるチャンスを捨てるなんてさ!」
生沼はため息をついた。そして、再び口を開く。
「波川と大久保なら、この素晴らしい世界を理解できると思ったのに。まあ、長岡はないけどさ!」
「おい、どういう意味だよ。二次元に興味はないけどさ。どうして俺だけダメ、みたいな感じなんだよ。それだけ腹立つ!」
俺の問いに、生沼は答える。
「さっきも言ったけど、二次元キャラたちはお前だけは無理だから。要はさ。あれだ。二次元世界でもお前はリア充にはなれないってこと!」
おい・・・・・マジか・・・・・・何でだ?
俺の空気メンタルは真空へと変わっていく。そして、波川が俺に止めを刺す。
「それ分かる! お前が動物や虫に生まれ変わっても、メスに相手にされない。ただ生まれて朽ちていく。そんな感じがする」
三人は一斉に笑った。そして、俺のメンタルは真空状態になった。
「俺はどんだけメスに嫌われてるんだよ。おかしいだろ! 自然の摂理みたいに言うな! 誰か俺を助けてくれ!」
青春菌から救いを求めてここに来たはずだ。けれど、同士たちからイジられて試合終了。俺の一人負け。俺の崩壊。俺の全否定。これが俺の学校生活だ。世界はやはり、俺に冷たくできているらしい。
「きっと、いいことあるさ・・・・・たぶん」
波川の言葉に説得力はない。気休めにもほどがある。
「席に戻るよ。辛い世界へね・・・」
俺はその場を後にして、冷たい世界へ戻っていく。俺を苦しめる机と椅子の元へ向かう。心がとても重い。それでも、この現実を変えることはできない。
チャイムが鳴り、朝読書の時間がやってきた。しかし、読書をするだけの心の余裕と空間が俺にはなかった。机にうずくまるしかないのだ。朝読書は名ばかりだ。クラスメイトたちは喋ってばかり。騒音に近い教室にリア充たちが叫び続けるのだ。
佐々木と船越のくだらない会話が飛んでくる。
「昨日の番組見た? 一番モテない芸人は誰だってやつ。マジ受けたんだけど!」
「あ、見た見た! やっぱ、私たち気が合うわぁ! 最高!」
だから・・・・・頭の出来が同じだけだから! と心で突っ込む。
「でもさ、芸人って実際モテんでしょ! まあ、あのキモメンたちは絶対無理だけど!」
船越が偉そうに趣味を語っている。
「まあ、あれは酷いな! 次はモテない女芸人やるんだろ! まあ、なんだかんだ見るけどさ!」
あの・・・・・朝読書しませんか? いや、してください。俺の頭上で愛のキャッチボールしないでほしんですけど? 聞こえますか? 聞こえませんよね。はい、すいません。俺が我慢すればいいんだよね。ごめんね。俺が間にいて。でもね。俺だって辛いんです。君たちには理解できないだろうけど。本当は消えてなくなりたいんです。
この高校は一応、進学校。けれど、学力はピンからキリまでいる。俺の両サイドに展開するリア充たちは皆、学力は底辺層だ。けれど、リア充に学力は関係ない。重要なのは、人間関係だ。
誰とつるむか? 誰と関わってはいけないか? そんなことを考えれていればいい。リア充は集合体。一度、化合した物質が変化することはない。集まってしまったら、それで終了。俺たちに出る幕はない。敗北するだけだ。
そして、このバカップルはただのリア充ではない。当然、リア充仲間が存在する。俺はその存在たちにただ、耐えるだけだ。
「おい、そんなに仲良くされると、俺嫉妬ちゃうぜ!」
俺の斜め右上に座っている男子生徒。佐々木と船越の親友。佐々木より身長は少しだけ上で『リア充グループ』のムードメーカーかつイジられキャラ。名前は中村徹。野球部に所属している。
「ごめんね。振っちゃって!」
中村はクラスの盛り上げ役。それはクラス編成時に決まっていた。中村はクラスで最初に騒ぐ生徒。授業中もしゃべり続け、少し調子に乗る所がある。彼の口が開けば、クラス中が騒ぎ出す。学級崩壊を引き起こす原因。正直、嫌いだ。
当初、船越という馬鹿女は中村と喋っていた。そして、中村はすぐに彼女に告白し、振られたのだ。問題だったのは、その後の、二人の関係性ではない。告白した場所と時間帯。
リア充行動大いに結構。正直なのはよろしい。けれど・・・・・それを・・・・・授業中にするんじゃねぇ! 馬鹿じゃねーか!
その当時のことは覚えている。
国語の授業だった。新任の国語の教師は、教師なりたてだった。だから、中村が調子に乗り出した。そして、クラスの九割近くが授業を聞かなくなったのだ。それは今も続いている。そんな崩壊した授業中だった。教科書に載っている小説を勉強していた。内容は恋愛であった。国語教師が不意に中村に質問した。
「この主人公は彼女のことをどう思っていたでしょうか?」
その質問をされた中村は大声で答えたのだ。
「この主人公のことなんて知らねぇよ! でも、俺は船越のことが好きです! 付き合ってください!」
その言葉でクラス中が騒然とした。そして、教師は愕然としていた。俺はただ、死んでいた。俺以外のクラスメイトたちは船越に注目した。そして、船越は言った。
「ごめんなさい! 男としては無理!」
その拒み方は真剣でかつユーモアがあった。つまり、恋人にはなれないけどずっと親友でいてね、という意味だった。
中村は撃沈した。勝手に振り撒いた青春菌と馬鹿菌が飛んでいた。俺にはそれが見えてしまった。それだけのことだ。我慢すればいい。それしか手段がない。
そして、船越は今、佐々木と付き合っている。中村と佐々木は中学からの同級生で親友同士だ。結果として、中村は恋愛を諦め、友情を選んだ。現在、三人の関係は知る限り友好である。
「ごめんね。男としては無理なの!」
船越は両手を合わせ、笑顔で残酷なことを言う。
「中村、ごめんな。俺の方がモテちゃってさ!」
佐々木も謝罪している。ふざけ半分の。
「うぜぇわ! でも分かってるから。だから、別れんなよ! 気まずくなるからさ!」
三人の話を聞いていると、圧倒的な何かを感じる。そう、青春だ。友情あり、恋愛あり。女子とまともに話したことがない俺には、とても眩しく感じる。うずくまっていても、聴覚は反応する。俺の鼓膜が崩壊し始めた。朝は眼球をやられた。次は耳だ。俺の耳たぶと鼓膜とうずまき管はどこまで耐えられるか? あらゆる感覚器官が停止する。
うらやましい。本気でうらやましいぞぉ!
嫉妬心の肥大化。卑屈精神の増長。メンタルの消失。友人たちからの洗礼。リア充の輝き。非リア充の絶望。拡散される青春菌。
これが! 俺の! 学校生活です・・・・・・オワタ/(^o^)\
さあ、諦めの時間だ。三年間の学園生活。夢を見てはいけない。俺はもがき苦しむだけの生活をただ、耐えよう。俺はリア充にはなれない。頭も悪い。顔も悪い。モテる趣味もない。コミュ力は絶望的。人格はネガティブ・オブ・ネガティブ。悪い未来しか見えない。想像できない。明るい未来を予測できない。何をすべきか分からない。
それでも。なんやかんやで、時は流れる。読書の時間は終わった。教師が壇上にあがり、朝のホームルームを始める。
「皆さん、おはようございます!」
担任の女教師が職員会議の報告を行う。だが、それは無意味だ。なぜなら、誰も聞いていないからだ。
この担任は大学を卒業して日が浅い。新任からこの高校からってのはきつい。生徒という化け物。怪物たちは調子に乗る。多勢に無勢。教師に権力はない。数の暴力で圧倒される。学級崩壊とはそういうものだ。
中村たちが騒ぎ出す。調子に乗ったリア充たちは止められない。それにつられて、他のモブキャラたちも騒ぎ出す。一瞬で、教室は騒音室へと変貌する。
なぁに。いつものことだ。生徒たちのリミッターはすぐに外れる。我慢を忘れた人間は、ただの動物だ。ここは動物の唸り声が響く飼育小屋。動物園と同じだ。
騒ぐだけならいい。会話を楽しむことを否定しない。だが、連絡事項等は聞かせてほしい。それが、俺の当たり前の願いだ。
波川たち、非リア充たちは静かにしている。基本的に、俺たちは真面目なのだ。
学校と呼ばれるシステム。その法則の一つ。スクールカースト底辺層ほど、まじめで静かなことだ。
非リア充が底辺層にいることは当然。特に、俺たちは最も相手にされない定位置を確保している。スクールカースト底辺中の底辺たる俺たち。発言権は存在しない。このクラスを鎮めようと思った瞬間、総叩きに遭う。
教師は何かを言っている。だが、聞こえない。誰も聞かないし、騒音が止むこともない。
うつ伏せのまま、少しだけ顔を上げて聞いていた。けれど、教師はいろいろ諦めたのだろう。消えるように教室を出ていった。
この高校は、進学校としては終わっている。しかし、センター試験対策もするし、定期的に全国模試も実施される。けれど、ブラック部活がある以上、勉強時間は限られる。まして、学級崩壊だ。3年になって焦りだした所で、入試対策をする。そんなもんだろう。
どーせ、俺は三年間、非リア充だ。なら、勉強をそこそこ頑張って卒業したい。いや、今すぐにでも卒業したい。根本的に、俺は学校が嫌いだ。俺をいじめる輝き。それを放つ空間など卒業したいに決まっている。
もう、卒業式を考える俺は・・・・・ダメ人間だ。俺は・・・・
世の中には4つの人間がいる。
良い子、悪い子、普通の子。そして、痛い子だ。
俺は当然、痛い子だ。残念だが、これが現実。変更できない真実。耐えなければならない運命。宿命はどこまでも足枷になる。
一限目に近づいている。だが、クラス内のボリュームは増大していく。もうすぐ、期末テストが近づいている。その緊張感がまったくない。中学までの義務教育では留年はない。しかし、高校ではその可能性がある。また、大学の推薦入試もかかっている。緊張感を持つべきだ。しかし、持とうとはしない。目先の娯楽に囚われる。愚かな連中。その、愚かな連中に嫉妬する愚かな俺。ダメだこりゃ・・・・・
また、絶望してしまった。せっかくの学校生活。人生で一度しかないイベンド。俺はそれを楽しむことを知らない。楽しみたいはずなのに、楽しめない。その方法が思いつかない。何をすべきか検討もつかない。
それでも・・・・・太陽は俺を照らし続ける。希望をごり押しするために。
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