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第十一章
ワレモコウ
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おそらくは、お婆ちゃんの鉢を写し込んだ携帯を通じて、私の「力」が目覚めたのだと思います。
それからは、毎日訪れる人たちを、来店記念の名目で、携帯に収めた。
そうして私は、色々な人々の心を知りました。
お婆ちゃんの様にはいかないけれど、少しずつカフェに座る人も増え、「花占い」の噂も復活した様でした。
そんなある日、一人の老人が店を訪れました。
『いらっしゃいませ。』
『あのぅ・・・。凛花さんというのは、あなたですか?』
いきなり名前を呼ばれて驚く私。
『はい。私が凛花ですが・・・何か?』
その瞬間、老人の不安そうな顔が、急に、柔らかで優しさに満ちた表情へと変わったのでした。
『実は、妻に頼まれましてね。』
『はぁ・・・。まぁ、とりあえずは、こちらへ掛けてください。』
カフェへと案内し、お茶を出す。
『あの、もしよろしければ、写真を撮らせてもらっていいですか?この席に座って頂いた記念と、その方々のお顔を忘れたくないので、いつもお願いしているのです。』
『いいですよ。こんな年寄りで申し訳ないが、お好きな様に。』
私は、携帯でいつもの様に写真を撮った。
『ありがとうございます。では、お話を聞かせてください。』
老人は、私の目を見ながら、ゆっくりと話しはじめたのです。
『妻は、随分年上の私を、今まで本当に大切にしてくれました。妻はまだ50(歳)なのですが、病気で、もう長くはないのです。それを知ってか、最近は、妙に身辺の整理をし始めましてね。病室で、お世話になった方々に、手紙を書いたりの毎日です。』
『それは、さぞお辛いことでしょう。』
『いえいえ、それでも妻は、もう十分生きたんですよ。誰でも、いつかは迎えることですし、寂しいとは思いますが、悔いがなければ、決して悲しむべきものではないのです。この私だって、そう長くはないでしょう。』
私は、無言のまま微笑み、何度も何度もうなづきながら、老人の優しい目を見つめていました。
『やはりあなたは、妻が話していた通りの人だ。私の思いを全く否定せず、受け留めてくださる。お若いのにたいした人だ。』
老人の「心の花」を知った私は、彼の奥様に対する想いが痛いほど分かっていたのです。
『妻が、どうしてもこれを、あなたに渡してほしいと。』
老人は、鞄から手帳を取り出し、挟んであった花を私へ差し出した。
『これは、弟切草ですね。では、あなたは、あの人のご主人でしたか。』
『妻の過去に何があったかは知りません。知ろうと思ったこともない。ただ一言、妻は昔、この店で、この花に命を助けられたと言っておりました。私にはさっぱりですが、妻がそう言うなら、そうであったのだと思います。もうこの花は必要がなくなったとのことです。花の供養の仕方は分かりません。あなたにお返ししたいと言っておりました。』
『そうですか・・・。この花は、若い頃の奥様でした。立派に「心の花」としての役目を果たしたのですね。分かりました。大切に頂きます。』
最後に見た彼女の微笑みが思い出されました。
話し終えた老人が席を立つ。
『さてと、私の役目も果たせたことですし、これで帰ります。花のことは全く分かりませんが、かつてはこの花も出逢った時の妻の様に、みずみずしかったのでしょうな。今では、妻と同じように、シワシワのヨレヨレになってしまってますがね。ははは。』
笑う老人の目に、涙が浮かんでいました。
『それだけ花の観察ができれば、花屋でも十分やっていけますわ。ハハ。』
私の笑顔にも、涙が流れた。
『こんな老人の話に、綺麗な涙まで流して頂けるとは、あなたに逢えて良かった。妻を助けてくれて、ほんとうに、ありがとう。おかげで、私も幸せな生涯を送ることができました。お元気で、頑張ってください。さようなら。』
駅へと消えていく小さな老人の背中を、私はずっと見送りました。
老人の「心の花」。
それは細い茎の先に、ポツンと咲いた、「ワレモコウ」の花。
暗い紅色の花には、愛して慕う感謝の気持ちが込められていました。
『ワレモコウ』
(和:吾木香 吾亦紅)
原産地:アジア ヨーロッパ
花:7~10月
色:暗紅 暗紅紫
それからは、毎日訪れる人たちを、来店記念の名目で、携帯に収めた。
そうして私は、色々な人々の心を知りました。
お婆ちゃんの様にはいかないけれど、少しずつカフェに座る人も増え、「花占い」の噂も復活した様でした。
そんなある日、一人の老人が店を訪れました。
『いらっしゃいませ。』
『あのぅ・・・。凛花さんというのは、あなたですか?』
いきなり名前を呼ばれて驚く私。
『はい。私が凛花ですが・・・何か?』
その瞬間、老人の不安そうな顔が、急に、柔らかで優しさに満ちた表情へと変わったのでした。
『実は、妻に頼まれましてね。』
『はぁ・・・。まぁ、とりあえずは、こちらへ掛けてください。』
カフェへと案内し、お茶を出す。
『あの、もしよろしければ、写真を撮らせてもらっていいですか?この席に座って頂いた記念と、その方々のお顔を忘れたくないので、いつもお願いしているのです。』
『いいですよ。こんな年寄りで申し訳ないが、お好きな様に。』
私は、携帯でいつもの様に写真を撮った。
『ありがとうございます。では、お話を聞かせてください。』
老人は、私の目を見ながら、ゆっくりと話しはじめたのです。
『妻は、随分年上の私を、今まで本当に大切にしてくれました。妻はまだ50(歳)なのですが、病気で、もう長くはないのです。それを知ってか、最近は、妙に身辺の整理をし始めましてね。病室で、お世話になった方々に、手紙を書いたりの毎日です。』
『それは、さぞお辛いことでしょう。』
『いえいえ、それでも妻は、もう十分生きたんですよ。誰でも、いつかは迎えることですし、寂しいとは思いますが、悔いがなければ、決して悲しむべきものではないのです。この私だって、そう長くはないでしょう。』
私は、無言のまま微笑み、何度も何度もうなづきながら、老人の優しい目を見つめていました。
『やはりあなたは、妻が話していた通りの人だ。私の思いを全く否定せず、受け留めてくださる。お若いのにたいした人だ。』
老人の「心の花」を知った私は、彼の奥様に対する想いが痛いほど分かっていたのです。
『妻が、どうしてもこれを、あなたに渡してほしいと。』
老人は、鞄から手帳を取り出し、挟んであった花を私へ差し出した。
『これは、弟切草ですね。では、あなたは、あの人のご主人でしたか。』
『妻の過去に何があったかは知りません。知ろうと思ったこともない。ただ一言、妻は昔、この店で、この花に命を助けられたと言っておりました。私にはさっぱりですが、妻がそう言うなら、そうであったのだと思います。もうこの花は必要がなくなったとのことです。花の供養の仕方は分かりません。あなたにお返ししたいと言っておりました。』
『そうですか・・・。この花は、若い頃の奥様でした。立派に「心の花」としての役目を果たしたのですね。分かりました。大切に頂きます。』
最後に見た彼女の微笑みが思い出されました。
話し終えた老人が席を立つ。
『さてと、私の役目も果たせたことですし、これで帰ります。花のことは全く分かりませんが、かつてはこの花も出逢った時の妻の様に、みずみずしかったのでしょうな。今では、妻と同じように、シワシワのヨレヨレになってしまってますがね。ははは。』
笑う老人の目に、涙が浮かんでいました。
『それだけ花の観察ができれば、花屋でも十分やっていけますわ。ハハ。』
私の笑顔にも、涙が流れた。
『こんな老人の話に、綺麗な涙まで流して頂けるとは、あなたに逢えて良かった。妻を助けてくれて、ほんとうに、ありがとう。おかげで、私も幸せな生涯を送ることができました。お元気で、頑張ってください。さようなら。』
駅へと消えていく小さな老人の背中を、私はずっと見送りました。
老人の「心の花」。
それは細い茎の先に、ポツンと咲いた、「ワレモコウ」の花。
暗い紅色の花には、愛して慕う感謝の気持ちが込められていました。
『ワレモコウ』
(和:吾木香 吾亦紅)
原産地:アジア ヨーロッパ
花:7~10月
色:暗紅 暗紅紫
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