暴走環状線

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終章. 暴走環状線

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~池袋駅~

山手線 内回り池袋駅。
そのホームに立つ時任亮介。

最後尾の車両停車位置。
待ち人の数は少ない。

落ち着かない様子で、携帯を握りしめている。



~上野駅~

山手線 内回り上野駅。
そのホームに立つ相沢湊人。

最後尾の車両停車位置。
待ち人の数は少ない。

周りの人物に集中し、左手に携帯を握りしめ、右手は懐の銃を握っている。



~品川駅~

開いていたタブレットPCを閉じる。
車が停まった。

「社長、時間がありません急ぎましょう」

秘書の土屋香織が、菅原義光を急かす。
札束の入ったアタッシュケースを持ち、走り出す土屋に続く。



~30分前~

「社長、奥様からお電話です」

土屋がノックもせずに入って来た。

「な、なんだ急に」

「火急の様子です!」

冷静な土屋の慌てぶりに、電話を取る。

「あなた、梨香が、梨香が!」

「落ち着け!何があった?」

「梨香が誘拐されたの❗️」

「なんだと⁉️」
大声で反応する義光。

「警察には届けたのか?」

「ダメ❗️届けたら殺されるわ」

携帯が鳴った。
取り出した義光の目が大きく開く。

梨香の携帯からの着信であった。
妻からの電話を土屋に渡す。

「もしもし、誰だお前は❗️」

「落ち着け。娘の命が惜しけりゃ、5000万持って、山手線内回り、品川駅21:00発の電車に乗れ。警察に連絡したら即殺す」

切れた。

その背後では。
「土屋、主人に代わって!早く!」

「すみません、今は電話に出れる状況ではありませんので」

そう言って切った土屋。

「おい、今すぐ5000万用意しろ」

「ちょうど今夜相沢様に渡される5000万がございます」

「そうだった!それでいい、直ぐに品川駅へ行くぞ、車を回せ」

「では、私もご一緒します」
ケースを持って一緒に部屋を出た。

エレベーターの中で電話をかける義光。

「あ、相沢か!俺だ、娘が…」

「すみません。今は電話に出れる状況ではございません」

戸澤が電話を切った。



~品川駅~

山手線内回り品川駅。
20:59。

「間に合いましたね」

「ああ。すまない君にまで。君はもう帰りなさい。あとは一人で大丈夫だ」

電車が入って来た。


「そうは参りません、…菅原義光」

「な…何だと?」

驚く菅原を車内へ押し込み、土屋も乗り込む。



~池袋駅・上野駅・品川駅~

電車のドアが閉まった。



~山手線内回りの全先頭車両~

走り始めた瞬間、男が運転席の窓を叩く。

「何だ?」

振り向いた運転士が窓に当てられた紙を読む。
みるみる顔が恐怖に固まっていく。

『車両に爆弾を仕掛けた。停まったら爆発する。目黒のバスと同じだ。停まったら爆発する。安心しろ、全車両が同じ状態だ。走り続ければ、衝突はしない。モニターを見ろ』

運転席のモニターに、品川車両基地が映る。

「ドドーン💥」
「ドドーン💥」
「ドドーン💥」

立て続けに3つの車両が爆発した。

この映像は、全車両に付いたモニターにも映し出されていた。

車内が騒然とした雰囲気に包まれる。
そして、別の表示に変わる。

『騒ぐな。山手線内回りの全車両に爆弾を仕掛けた。騒げば爆破する。また、電車が止まったら自動で爆発する。暴走環状線へようこそ』

爆破された車両基地の映像に切り替わる。
既に緊急報道が始まっており、情報配信サービス「山手線トレインネット」をスマホで見る乗客達。

録画ではなく、リアルタイムな事件であることが伝わった。



~警視庁特別対策本部~

『デス・トレイン』を通じて、同じ情報と映像が流れていた。

「なんてことに…」

全員が言葉もなく呆然としていた。
そんな中、紗夜とヴェロニカだけは動いていた。

「警視庁刑事課です。今すぐ、山手線の外回りを駅で停車させ、全員を避難させてください」

「私よヴェロニカ。TERRAの研究チーム集めて、さっき送った爆弾の解除方法を見つけて。えっ?テレビ見てないのあんた達。あのバスと…多分同じ物が、山手線の車両に付いてんのよ❗️特急で探りなさい❗️」


その叫び声に、全員が我に返った。

「昴、山手線が経由してる、東北本線の田端駅 - 東京駅間を止めて! 淳は東海道本線の東京駅 - 品川駅間を!」

咲の指揮に無駄や躊躇《ちゅうちょ》はない。

「あの熊谷って整備士が言ってた、とんでもないことってこれね!」

「整備しながら、全車両に爆弾を仕掛けてたってことか!とんでもなさすぎるぜ、全く❗️」

「皆んなあれ!」

昴が指さしたモニター映像に、全員が釘付けになる。

映像は、同時に都内の様々な公共モニターや、ネット上にも流されていた。

「これは…10年まえの品川駅」

最終車両に楽しげに乗り込む園児達。
時計を気にして、しきりと電話をかける園長。
焦りを隠せない駅長。

「どこでこれを…我々が探しても見つけられなかった駅の監視カメラ映像だ」

富士本が力尽きた様に椅子に腰を下ろす。

園児が乗り込んだ車両の向こうから、山岸が運転する車両が見えた。

急ブレーキの音と舞い上がる白煙。
次の瞬間、激突して潰れる車両。
ボロ布の様に飛び散る園児。

「ひどい…こんな事故が、たった一人の子供によって、たった一つの信号機によって…」

紗夜の右の掌が疼いた。
(クソっ❗️)

「淳、帝銀に行くわよ!」

「紗夜さん、ムダです!」

「えっ?」

情報解析部が、品川駅、池袋駅、上野駅の監視カメラ映像を写す。

「まさか!」

電車に乗り込む、時任執務間、相沢公安部長、そして、押し込まれる菅原義光が映っていた。

「犯人の最後の標的は、こいつらね❗️」

「これで事故に関与した全員が…」

絶望感が増す紗夜。



ヴェロニカは気にかかっていた。

「紗夜さん。もしこいつらへ復讐するなら、なぜ最初に狙わないかな?私ならそうするわ」

「ジワジワ周りから追い詰める、ってやつじゃねぇか?」

「なるほどね~そんなものかな」

「とにかく、私達は周りの人達を守りましょ」

「そうね、紗夜の言う通り、走り続けてる内は大丈夫だし、どうしようもないんだから、爆発を想定した避難に全力を❗️」

「あ、咲さん、昴ちゃん借りていい?」

「はい?…まぁお好きにどうぞ!」

出て行く咲達。

「昴、裏サイト利用して犯人とコンタクトするから、手伝ってくれる。なんかおかしいのよね」

「そんなことしてるより、助ける方法を…」

「誰を?あの3人、犯人?」

「いえ、まずは乗客でしょう!」

「富士本さん、犯人達って無関係な人を意図的に殺してる?」

急に問われて慌てる富士本。

「岐阜の事故では、死者がでてもおかしくなかった」

「あれね、あれは事故よ」

「だから、その事故で…あっ」
昴も気が付いた。

「山岸さんは事故で死んだんじゃないのよね。本当は、可児駅ってとこで、待ってる間に死ぬはずだったのよ。でも予想外に早く気を失った。豊川さんの検死報告書を見たわ。彼はきっと睡眠薬か強い安定剤を服用してたわね。だから、河豚毒のテトロドトキシンが回るのが早かった」

「その通りだ」

「うわっ❗️」驚く昴。

「まだいたんですか💦」

「俺の出番は死人が出てからだ。おいあんた、うちへ来ねぇか?」

「アハっ、ムリムリ、私は死体なんてムリ」

「交番の水口さんは殺されているが…」

「調べたのよ公安へ行って、彼は相沢部長の手下よ。目黒の見張り役。だから戸澤は殺した」

「行ったんですか?その格好で💦」

「この格好だから、行けたのよ。協力的ないい方達じゃない。それからもう一つ分かったわ。菅原を押し込んだのは、秘書の土屋香織。菅原の前は時任の秘書、その前は相沢の秘書。おかしいでしょ?で、その前は…戸澤の奥さん」

「マジですか⁉️」

「冗談で言えること?娘が死んで、計画的に別れ、戸澤が相沢に近づけた。悲しい計画よね」

「やっぱりうちへ…」「ムリ!」

思い切った様に立ち上がる。

「ハッキリ言って、乗客達は大丈夫よ。犯人達は、無差別殺人者じゃないわ。違ってたら、鑑識班でも公安でも行ってあげるわよ、以上❗️」

作業に戻るヴェロニカ。
唖然とする3人。

「私はね…可哀想なあの犯人達に、死んで欲しくないの。死んじゃいけないのよ…」

ボソリと囁いた。

(えっ?…まさか)
ヴェロニカの心が見えた。

「手伝います」

心のスイッチが入った昴であった。

車に乗りながら、ヴェロニカの疑問が気になり、集中して聴いていた紗夜。

(まさか…でも確かに…)

紗夜には、ヴェロニカの微妙な心理の疑問。
その理由と意味が分かった。



~山手線内~

菅原、相沢、時任。
3人もそれぞれの車内で、全てを見た。
10年前の事故映像が終わる。

車内には事故を覚えている者も多い。

相沢と時任の携帯が鳴る。

「誰なんだ、お前は?」
「お前は誰だ?」

「私ですよ相沢部長」
「私よ、時任さん」

「戸澤か?どういうつもりだ」
「恭子、何のつもりだ」

電話が切れた。
代わりに車内のモニターに、車両の席に座った少女が映る。

「お父さん!」

周りの乗客が慌てて離れてる。
画面が引き、突きつけられた拳銃が見えた。

「銃だ!」「キャー!」

乗客が更に逃げるのがわかる。
映像は、今までと同じ様に都内の公共モニターやネット上、裏サイトにも流れていた。

更に引いて、銃を持つ土屋香織が写る。

「土屋…香織」
刑事課、公安部、国交省、帝都銀行。
彼女を知っている全ての者が呟いた。

「皆さん、ご迷惑をおかけして、すみません。私の娘は、10年前のあの事故で死にました。他にも18人の幼い子供達が死にました。今、この山手線の各車両に、その子達の父親や母親が27人乗っています」

「なに⁉️」
各所はもちろん、車内でも驚きの声が上がる。

「山手線内回りを走る全ての車両に、爆弾が仕掛けてあり、電車が止まれば爆発します」

騒めきが増す。

「ご安心下さい。走っていれば安全であり、事が終われば、皆さんに危害を加えるつもりはありません」

「土屋…キサマ最初から」

菅原の声が入る。
カメラがその姿を写す。

「スマホ画像ですね」昴が呟く。

そこへ、紗夜が戻って来た。
彼女は出動せずに、残ると決めたのであった。

「この男は、日本帝都銀行の菅原義光社長。この国の悪の権現《ごんげん》です」

「社長!どうして?」社内で声が上がる。

10年前の事故後の監視カメラ映像に変わる。

「あの事故は、たった一つの信号機のせいで起こりました。でも、公表されている信号機の故障は、嘘です」

「なに⁉️」

「あの信号機は、少し前から赤のままで、故障してました。だから衝突した運転士は、いつも通り赤信号を無視して突っ込んだんです。」

杜撰《ずさん》な鉄道の整備状況に、恐怖を感じる乗客たち。

「この運転士は、業務上過失致死罪で逮捕されましたが、信号機の故障が原因となり、釈放され、飛ばされた地で死亡しました」

あちこちで騒めきが起こる。

「山岸は、お前らが殺したんじゃねぇか」
現場を見た豊川が毒づく。

「ち…ちがう」
紗夜には、土屋の声からそれが分かった。

「しかし❗️事実は違います。実際には一人の整備士が、その直前に信号機を直していました」

熊谷拓哉が信号機を蹴り、青になった時、実は回路の導通不良が直っていたのである。

「事実、あの信号機は、あれ以来今も正常に動いています」

「隊長に怒られた、あの古い信号機か…確かに修理記録は、隊長の1回だけだったな…」

新人整備士が思い出していた。

「業務上過失致死罪が正しい罪状だったのです。私達は、その事実を運転士に伝え、毒による自殺の機会を与えました。彼も10年間ろくに眠れず、苦しんで生きていたのです。結果、彼は死を選びました」

美濃太田駅で降りた加藤恭子は、真っ先に駅舎内の山岸に会い、全ての真実を打ち明けたのであった。

「山岸は、毒入りと知ってて…食べたのか」
呆然とする豊川。
紗夜の頬を涙が伝う。

映像に、ホームで握手する2人が映る。

「今、握手したのが、当時現場で指揮をした、警視庁公安部の相沢湊人、そして、国土交通省執務官の時任亮介。彼らは信号機の故障ではないことを知った上で、その事実を隠したのです。そうさせたのは、この菅原義光❗️」

再び菅原が映る。

「デタラメだ❗️全てコイツらの嘘だ❗️」

必死で否定する菅原。
しかし、世間の目は権力者の不正は許さない。

「今走っているこの山手線の車両のどれかに、相沢湊人も、時任亮介も乗っています」

映された写真を見て、二つの車両で、乗客達が2人から遠ざかった。

土屋の告げた真実により、警察の筋読みは、ことごとく裏返されたのである。




聞きながら、作業に没頭していたヴェロニカ。
その携帯が鳴った。

「はい、早かったじゃない。で?はいはい、了解、ありがとね~」

「何ですか?」昴が聞く。

「何でもないわ、ほらほら急がなきゃ」

(安心していいわよ、紗夜)

「えっ?」紗夜と昴がヴェロニカを見た。

「あそっか、昴ちゃんもんだったわね。そうゆうことよ」



~山手線内~

騒めきが大きくなっていた。

「皆さん、もう少し我慢して下さい」

いつしか乗客達に、犯人への恐怖心は消えて、3人への嫌悪感と怒りが増していた。

「なぜ、帝銀の菅原義光が真実を隠す必要があったのか?」

あちこちで疑問の声が上がる。

「その答えが、今私が人質にしている少女、菅原梨香です」

梨香が映る。

「この娘《こ》は、菅原義光の一人娘で16歳。10年前のあの車両に乗るはずだった1人です。品川駅で車両が発車出来なかったのは、この娘がまだ着いていなかったことが原因でした」

うつむいた梨香が両手で耳を塞ぐ。

「あの清和幼稚園は、菅原義光の金銭的な援助を受けていて、あの貸切車両も駅長、園長への裏金で成り立っていました。だから、この娘を置いて発車できなかった」

複雑な騒めきが起こる。

「この娘が遅れなければ、遅れたのが菅原の娘でなかったら、あの事故は起きなかったのです」

人質となっている少女を前に、それを単純に非難できない人々。

「皆さんは今、この娘を見ているから、恐らく同情しているでしょう。でももし、あの時。19人の園児が死んだ事故が、1人の園児、しかも権力者の娘が遅れた為に起きた。そう報じられたら、今と同じでいられますか?」

「泣いてる…」
涙を流しながら、紗夜が呟いた。

カメラが土屋香織を映す。
ざわめいていた声が、彼女の涙で静まる。

「真実が分かれば、マスコミは必ず菅原義光だけでなく、その家族を、そして当時6歳だったこの梨香さんを責め立て、世間はこの娘の人生を一生非難するでしょう」

マスコミに左右され、事件関係者の迫害、非難が常である世の中である。

「私だって…憎い。この娘を殺して、子供を殺される苦しみを、義光《コイツ》に味合わせてやりたい❗️でも…でもそれは間違ってる」

涙が溢れ、唇が震える。

山手線のあちらこちらで、同じ様に涙を流す親達がいた。

「憎い…でも、義光は『待て』とは一言も指示してはいなかった。全ての判断の遅れは、後ろめたい金を手にしていた、園長と駅長によるものだった…」

「土屋…おまえは…なぜそこまで…」

義光の呟きが聞こえた。
確かに、今までの真実にしても、被害者の親が知り得るはずのないことである。


土屋が銃口を、梨香の頭から外した。



「この娘、梨香さんは、幼少期から知能が高く、今ではIQ270を超える高い知能を持っています。それ故に、僅か5歳で父親の不正にまみれた姿に醜さを感じ、生きて来ました。私が話した事故の真実は、全て梨香さんから教えてもらったものです❗️」

「なに?梨香…お前が⁉️」
義光の驚嘆と同じく、あちこちで声が上がる。

「あの娘が…この騒ぎの主犯❗️」
紗夜が思わず言葉にした。

「いい勝負ね私と。それで全て納得だわ」
ヴェロニカの疑問が消えた。

それは、天才と呼ばれる者でしか、実感できない思考と心理かも知れない。
紗夜はそう感じた。

「ふぅ~」
(来た…)
梨香のその呼吸一つで、紗夜は悟った。

少女がカメラの前に、父親の前に立った。
ゆっくりと顔を上げる。

「なんて目ぇしてやがる」
豊川だけでなく、誰もが感じた。

「ごくり…」
生唾を飲み込む人々。

「香織さん、恭子さん、公紀さん、被害者のお父さん、お母さん、ありがとう」

土屋が軽く会釈して下がる。
と同時に、梨香が跪《ひざまず》いた。

「まずは、謝ります。ごめんなさい」
「ゴン」額が床に当たる。

理解できない人々。

「私には出来ないわ。負けたかも…」
ヴェロニカの本心である。

(それほどに、彼女は苦しんだのね)
紗夜の想いに、昴も頷く。

そして立ち上がった。

「父さん、私は5歳の時に初めて、あなたが汚いお金を渡すところを見た。それにへり下る情けない大人達も。保育園は楽しかったよ。そんな汚れた家から出て、無垢《むく》で純粋な子供達を見てると、嫌な想いを忘れられたんだ」

咲や淳一達も帰って来た。

「幼稚園児が想うことかよ?」

「でもね、それも束の間。どこに逃げてもアンタの影が着いて来た。まるで腫れ物に触るみたいにへり下る園長や先生。友達なんかできるはずもない。無垢な子供故に、嫌いな者には白目を向けるんだよ。分かる?アンタに?」

威圧的な瞳に、体を引く義光。

「分かる訳ないよね、大人は嫌なものでも簡単に受け入れちゃうんだから。もちろん、違う人もいる。アンタはそんなこと、気にもしないからね」

「う…うるさい❗️だいたい、親に向かってアンタとは何だ❗️」

虚しい抵抗であった。

「くだらない。アンタと話す為に、コレをやったんじゃない。話を戻そう」

騒めきはない。
ただ彼女の言葉一つ一つが、大人達の心に突き刺さっていた。

「あの日はね、アンタが仕組んだ催しを、ブチ壊して、困らせてやろうと思ったんだ。子供らしいでしょ?だから、久米山さんに頼んで、私を誘拐してもらった」

「何だと⁉️」
「マジか⁉️」

「久米山さんはいい人だったよ。私の想いを分かってくれたんだ。6歳の私に、4人の大人が力を貸してくれた。もちろん対価は払ったけどね。わざと直ぐに捕まり、誘拐未遂、更に私の依頼だと告げれば、簡単に終わるはずだったんだ…それだけで良かったのに」

奥歯を噛み締め、悔しげに目を閉じる。

(初めて…初めて感情を見せた)

(でも…何かが違う)

「あんな大事故が起こるとはね。ハハハ」

笑った。

「それを聞いた時、生まれて初めて、大声で笑えたんだ。いつも白い目で見ていた奴らが、み~んな死んでしまって。予定以上にアンタも困るだろうと思うと、嬉しくてたまらなかったよ」

「狂ってるわ❗️」
咲が歯を噛み締める。

「ちがう…あれは、違う!」
紗夜には分かっていた。

「さすがIQ270ね、なかなかやるわ」
ヴェロニカも気付いていた。

同情、嫌悪、疑念、侮蔑、憐れみ。
様々な感情が人々の心に渦巻いていた。




「さて、みんなごめんね~1日働いて疲れてるのに、付き合わせちゃって。でも、大切なことがあるんだ。警察は多分間違ってるからね」

「何だと❗️」
「いい加減にしなさいよ❗️」
淳一と咲が無駄な反抗を見せる。

「今ので、怒ってるだろうなぁ。でも事実、さっき香織さんが話しただけでも、たくさん警察は間違っていたはずだよね」

「クッ…」
事実であった。

「だから、ここにいるんだよ。爆発事件。最初の方は、今日のために試してたんだ。でもね、私達は、人を殺したりなんかしない。ましてや、私に力を貸してくれた、あの4人を殺す訳ないじゃない。…そうだろ」

梨香の目が鋭く義光を睨む。

「彼らを殺したのは、アンタだ」

「ふざけるな❗️」
この期に及んで、まだ義光が怒鳴る。

梨香が土屋に目で合図する。

「これは最初の2人の時」

『菅原さん水口です。さっき加藤と浜田は片付きました』

『何としても久米山が出てくるまでにあと1人も殺れ』

「何だと⁉️菅原アイツ…」
相沢の拳が震える。

「今頃どこかの車両で、相沢さん怒ってるだろうな~。まさか自分の手下が、アンタに使われてたなんてね!」

「クソっ!」

「次が3人目」

『水口です。宮崎美穂は片付けたのですが、バスの運転手の方は、ダメでした』

『爆発しなかったのか?』

『顔は見られてないし、警察は奴らを疑っているから、大丈夫だと思います』


「最後は、久米山さんの出所前日」

『相沢湊人様と時任亮介け様がお見えです』

『相沢と時任が?2人揃って何の用だ。分かった、通せ。茶は要らぬ、誰も入れない様に頼む』

『なんだ、真っ昼間から2人揃いおって。同窓会じゃあるまいし。周りから変な詮索でもされるのは御免だぞ』

『知ってるだろうが…明日あいつが出て来る』

『部下に調べさせたが、死んだ3人はあいつの仲間だ。それに、1人は彼女らしい』

『ほう。誰かが邪魔なハエを片付けてくれてるってわけか』

『それみろ、こいつはお前が殺ってると思っていたんだ』

『馬鹿な、金は使うが殺しはやらん。何の得もないからな』

『ではいったいだれが?』

『それを調べるのが相沢、おまえら公安の仕事だろうが。とにかく、まずはあいつを確保し、殺人鬼を…殺れ。公認でできるのはお前だけだからな』


「アンタって最低だよ。同期まで騙して、信じてるのは金だけか?くだらない。これを聞いた私は、久米山が出所する前日に、保釈金を払って保護した」

「お前が久米山を❗️」

「でもね~。愛っていうのかな?彼女が殺されたことを知った久米山さんは、復讐に燃えちゃって。10年の刑が決まった時に約束したお金を渡したら、出て行ったんだ。行き先は分かってた。そこに相沢の…いやアンタの水口がいる事も。だから、戸澤さんに助けに行って貰ったんだけどね」

大きく首を振る梨香。

「現場にはすでに水口が来ていて、公安の戸澤さんの指示に従ったんだけど…。まずは水口の足を撃って、久米山さんを連れて逃げる予定が、彼は銃を持っていて、刑事の条件反射で久米山さんを撃ってしまった。だからあれは正当防衛。ただ、その後、水口を仕留めたのは、同じ刑事として許せなかったんだと思う。ごめんね、戸澤さん。罪を犯させちゃった。」

「正当防衛?」
咲が呟いて紗夜を見る。

「私達が着いた時に、そんな銃は無かったわ」

「相沢だな、得意の証拠隠滅だ、紗夜」


ともあれ、菅原梨香の宣言通り、その証言と証拠の会話により、警察の筋読みは、また裏返されたのであった。



「よし!これで私の目的は99%達成。お父さん、最期くらいは、そう呼んであげるわ。私の目的は、6歳の時に決めていた。いつかお父さんを、世の中から消してやるってね❗️」

「な…何だと…」

「6歳児が持つ目的じゃねぇ!」

「そして、こんな世の中が、少しでも清く正しい世界になります様にって。どう?少しは普通の少女らしいでしょ。アンタ達みたいな大人には、くだらないことなんだろうね…。もうすぐ、この録画と、今までの証拠と、もっと沢山の不正の証拠が、全報道関係社と警察に届く。この電車に乗っていない人達も、覚悟してなさい。コイツと関わったのが大きな間違いよ❗️」

「彼女…やはり死ぬ気だわ!」

「紗夜、出来たわ!」

これで繋がるはず。


「皆んなありがとう。頑張って生きてね❗️」

その笑顔を最後に映像が消えた。

「えっ、ダメよ!切っちゃダメじゃない❗️」
慌てるヴェロニカと昴。


電車の中に、アナウンスが流れる。

「皆さん、落ち着いて、出来るだけ前の車両へ移動してください。後ろ2両には残らない様にお願いします」

「土屋さん、本当に大変な役目をありがとうございました。戸澤さんを待っていてあげてください」

「いえ、私も一緒に」

「ダメです。私には死ぬ意味がある。あなた達には生きる意味があります。乗客の皆さんの誘導をお願いします」

涙の彼女の手を振り切り、義光を見る

「アンタは、子供を失うことがどれ程のものか、一生悔やんで生きろ❗️」

乗客の波に逆らって、最後尾を目指す。

途中、何人もが梨香を引き止める。
「死んではいけない」
「貴女は間違っていない」
「生きてください」

その全てを無言で振り切る。
自分でも驚く程の涙が溢れて止まらない。

(私でも…泣けるんだ…)

それがとても嬉しかった。
溢れ出る涙を、とても嬉しいと感じた。

(意外と普通なんだな…私も。ハハ)




次の上野駅で始点に戻る。
その最後尾の車両。

「相沢部長、行かないんですか?」

 座席で向かい合って座る2人。

「行ってどうなる。同期にも裏切られ、惨めに生きるか?ゴメンだね」

「死にますよ」

「どうせいつかは死ぬ。それに、穏やかに死ねるなんて思ってもいない」

「意外と潔《いさぎよ》いんですね」

「一言余計だ。戸澤、お前こそ土屋とより戻してやり直せ。彼女はいい女だ」

「やはり、知っていましたか」

「公安だからな。探るのか仕事だ。さぁ、行けよ、戸澤」

「いや、腐っても上司だ。上下の規律が乱れたら、世の中みたいに警察も終わりさ」

「言うな、なかなか。部下を置いて逃げるわけにはいかない。馬鹿だな俺達は」


2人は、結局最期まで動かなかった。



次の池袋駅で始点に戻る。
その最後尾の車両。

「時任さん、行かないんですか?」

「今更戻るところは無い」

「でも、あなたには奥様と子供がいます。あなたの刑なら、比較的早く出られるでしょう」

「はは、こうなる気はしていた。だから、とっくに別れたよ。犯罪者の家族がどうなるかは、あの娘がさっき教えてくれた通りだからな」

「そうでしたか」

「君こそ生きなさい。情状酌量の余地ありだ」

「いえ、前日故郷に後継者とお店を出せました。もうやり残したことはございません」

「まだ君は若い。その腕はまだまだ世界に和食を知らしめる義務がある。何もない私とは違う」

「私をここまでにしてくれたのは、あなたです。あなたがいなければ、名古屋で潰れていたことでしょう」

向かい合って座る2人。
もう心は決まっていた。

「あの…そちらへ行ってもよろしいですか?」

「ああ、もちろんだとも」

時任の横に座り、体を預ける鈴蘭恭子。
以前の優しい腕が、その体を抱き寄せていた。



「どいてください❗️」

紗夜がヴェロニカと昴の間に割って入る。

「この機械は、一度はあの電車に繋がったのよね?」

「一瞬だけどね💦」

「何とかなるかも知れない…」

右手の手袋を外す紗夜。
弾丸で撃ち抜いた傷跡が痛々しい。

その手を機械に添えて目を閉じる。

(お願い!梨香さんに届いて❗️)

梨香の顔を強く念じる。
右の掌に激痛が走る。
それでも念じる紗夜。


「山手線の全車両が減速しています!」
昴が叫ぶ。

「次の駅で停まるのね…」

「停まって大丈夫なのか?」

「富士本さん、うちの開発部から連絡あって、解除機能があるらしいの。だから彼らの持っているリモコンなら止めれるはずよ」



~山手線内~

10年前に子供を亡くした親達が、渡されたスイッチを全てOFFに切り替えた。


土屋もスイッチをOFFに切り替えて行く。
ただ…このリモコンだけ、11両目のスイッチが無かった。

(梨香さん…ありがとう)

品川駅の古びた、あの信号機が見えた。
グリーンの光が妙に眩しく感じる。

すると突然、義光が動いた。

「どいてくれ、娘が、娘が❗️」

だが、乗客達は、ガンとして動かなかった。

「あんたは、死ぬまで生きるんだ❗️」

1人の若いサラリーマンが、大声で告げた。



~最後尾の車両~

一歩足を踏み入れた時。

「えっ?」

腕を誰かが掴んだ。
驚いて見る梨香。

姿はない。
だが、小さな手が、その手首を掴んでいた。

(なに?)

(梨香さん、私は紗夜)

(さ…や?)
頭の中に響く声に驚く。

(死んではいけない、強く生きてください)

(紗夜さん、ありがとう)

(お願い、生きてください)

(優しい方ですね、紗夜さんは)

(でも、もうおしまいです)

を、10年も待たせちゃったから)

(さよなら…)



品川駅に電車が停まった。


「ドドーン💥ドーン💥❗️」


最後尾の車両が爆発した。


「バシッ❗️」
「キャ❗️」
機械が弾け、紗夜が軽く吹き飛ぶ。

「おっと!」

紗夜の体を豊川が受け止めた。

「大丈夫か、紗夜?」

「ぅうわぁあぁーっ❗️」
その大きな胸にすがって、思い切り泣いた。


「終わったな」

「そうね」

「IQ 270が…」

10年の時を経て明らかになった真実。
それは、暴走した都心環状 山手線の中で、終幕を迎えたのであった。

爆弾は最後尾車両のみであり、爆発したのは、菅原梨香の乗った1両だけであった。

菅原、時任、相沢は逮捕され、余罪を含め暫くは調査が続くが、容疑は全て認めていた。

加藤恭子は自殺誘導罪に問われたが、史実を踏まえ情状酌量となり、時任の弁護に加わった。

戸澤公紀の正当防衛は認められ、水口殺害も控訴する者がなく、1年間の定職処分で済んだ。

土屋香織は、盗聴の電波法違反に問われるまでもなく、逆に事件解決への貢献が表彰された。

また、戸澤と土屋の2人は、戸澤の復職を待って、再婚を決めていたのである。



~暴走環状線~  終幕。
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