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5章. 復讐の終着駅
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~岐阜県美濃加茂市~
東京から新東名を使い、愛知県豊田市経由で東海環状自動車道、通称MAGロードで、美濃加茂インターで下車。
とても電車を使う気分では無かった。
「しかし、ほんっとに凄いな、この車❗️200キロまでの加速半端ねぇ」
「一応、私達警察官なんですけど、淳💧」
運転手として雇われた淳一。
「急いだ方がいいじゃねぇか」
「せめて、サイレンくらい鳴らしなさいよ」
「それこそ、職権濫用じゃねぇか?」
「おい…夫婦仲良いのも良いが、着いたぞ」
美濃加茂市、美濃太田駅。
名古屋から飛騨高山へ向かう路線と、多治見へ向かうローカルな太多線の駅である。
二人を下ろし、駅前の駐車場に車を止めに行く淳一。
駅構内の売店に寄る豊川。
「ちょっと話をいいか?」
「またあんたかい。私は何も知らないよ」
(なにか…隠してる)
「わぁ~美味しそうなお弁当!私、駅弁って食べたことないんです。お勧めはどれですか?」
お客となると、邪険には扱えない商売人。
「そうかい、女性にはこれが人気だよ」
「じゃあ、一つ下さい。豊川さんも一緒に食べましょうよ、お昼だし」
そこへ淳一も来た。
(ナイスタイミング)
「淳はどれにする?」
「あんた達、夫婦だね」
「えっ?分かりますか?」
「客商売してると、だいたい分かるもんさ」
「すご~い。早く決めてよ、お腹空いたから」
(よし、警戒心が消えた)
「じゃあ、これにするか」
「何だかわかんねぇが、俺もそれで」
「まいどあり。良かったら、裏へ来な。熱いお茶ぐらいだすから」
「ありがとうございます。あっこれ、東京のお土産です…お土産売ってるお店に、お土産って変な感じですね、すみません」
「あはは、元気な娘《こ》だね。ありがたくいたたぎますよ」
お茶を出してもらい、小さなテーブルを囲む4人。
「すみません、紗夜といいます。少しあの事故の夜のことで、協力して欲しくて」
暫く考えた後、話し始めた。
「山岸さんは、物静かでいい人でした。10年くらい前に、東京から赴任して来てね。まぁこんなローカル線に来るには、何かあったんだとは思ってましたが、まさかあの山手線の大事故とは驚きました」
「山岸さんが話したのですか?」
「ええ、彼は皆んなが嫌がる遅番勤務を受け持っててね。毎日最終の回送電車を多治見へ運んでました。いつしか、ここでこうして、話をする様になって、色々話してくれました」
(あの夜のことを聞いてくれ。何か食べなかったか)
豊川は、黙って聞きながら、紗夜に指示を出していた。
「あの夜の事なんですが…」
彼女の警戒心と深い悲しみが伝わってくる。
「何か食べたか知りませんか?」
チラッと豊川を見る彼女。
豊川にも訊《き》かれ、答えなかった問いであった。
「彼はいつも駅弁を買ってくれてね、多治見へ折り返す待ち時間に、事務所で食べてました」
(最終に乗る前だ)
「最終の回送電車に乗る前は、どうですか?」
「いつも売れ残りのパンやおにぎりをあげてね、あの夜もあのベンチで、話をしながら食べてました」
彼女の中で、悲しみが込み上げて来るのが分かった。
「辛いことを聞いてすみません。でもだいじな事なんです。あの夜、鈴蘭恭子さんも寄りましたよね?」
急に警戒心が強くなる。
「鈴蘭恭子?知りませんねぇ。まぁ寄ったかも知れませんが、覚えてませんね。さて、そろそろ仕事に戻らないと。ごゆっくりしていってください」
「仕事中にすみませんでした。ありがとうございました」
売店に戻って行く彼女。
豊川が紗夜を見る。
黙って頷《うなず》く紗夜。
「じゃあ、車を廻して来るからな」
(そう言えば、やけに静かだったわね淳。気を回したのかな?)
ただ食べるのに夢中だっただけである💧
車に乗り込み、帰路につく。
豊川が紗夜を見る。
「恭子って人が寄ってました。時間は恐らく最終に近い遅い時間です」
警戒心と共に、彼女の心に浮かんだ記憶を読み取っていた。
「鈴蘭って店なら、来る途中で看板を見かけましたよ、寄りますか?もう少し行ったところです」
「寄る必要はないが、よく見てるなお前」
お腹が空いていたのである💧
「鈴蘭恭子って誰ですか?」
「東京で要人御用達の料亭の女将だ。板長もやっててな、この故郷に姉妹店をオープンさせ、あの日に駅前のホテルに泊まっていた。紗夜、それから?」
「はい、彼女は売店で食べ物とビールを買って…一度離れますが、戻って来てます。それから…ビールを貰って店を後に。食べ物は返してました」
「やっぱりか…なんてこった」
「どういうことですか?」
目を閉じる豊川。
バックミラーで様子を覗く淳一。
「山岸の死因は毒物による心肺機能停止だ」
「毒物⁉️」
「ああ、症状は青酸カリに似ているが、もっと強い毒性を示していた。東京に帰って調べたんだが…一番近いのは、河豚《ふぐ》毒」
「ふぐ?」
「毒性は青酸カリの10倍。摂取量にもよるが、多いと10~30分で痺れや目眩、そして心肺機能低下で意識を失い死に至る」
(鈴蘭恭子!)
豊川の心に浮かんだ名前。
それを悟る豊川。
「あの日、鈴蘭恭子は、名古屋で和食を披露しててな。俺と妻の雅恵も出席していた。そのメニューに、河豚が使用されていたんだ。河豚毒は時間が経つと弱くなり、新鮮なほど強力だ」
「でもなんでまた彼女が山岸を殺るんだ?」
「俺達が予約していたホテルも彼女と同じでな、そこで雅恵と会い、俺の代わりに次の夜は下呂温泉に泊まったんだ。そこで、雅恵は彼女の身の上話を聞いた。今は離婚しているが、子供がいたってな。離婚も、恐らく子供を失ったことが原因だと雅恵が言っていた」
「では、恭子さんもあの事故で子供を…」
「調べてみたら、死んだ児童の中に、加藤由里子の名前があった。加藤は恭子の本名だ。雅恵の話では、不倫関係で出来た子とのこと」
「じゃあ、山岸を殺す目的で故郷に2号店を?」
「それは分からん。23歳の若さで和食を極め、独立して『鈴蘭』を始めた。名古屋で彼女に目をつけ、それの後ろ立てをしたのが、時任亮介。俺も店で何度か見かけたことがあるが、あの時のよそよそしさの理由がやっとわかったぜ」
「不倫の相手がその時任。彼も要人よね?」
「そうだ、時任亮介。国土交通省の執行役員。事故の時に公安の相沢湊人と現場にいた奴だ」
「おいおい、公安の相沢部長か?マジかよ!」
「我が子が死んだというのに…」
「荷物が一つ片付いたってことだ」
「酷すぎる!」
10年の時を経て、明らかになった闇の真実。
そして事故の発端となった真実。
だが紗夜達は、今起きている殺人の真実については、知る由もなかった。
~警視庁特別対策本部~
19:00。
刑事課に再びメンバー+1人が揃った。
「まず皆んなに、今日分かったことを含め、状況をまとめて報告する。紗夜頼む」
「はい。今回の被害者は、宮崎美穂、加藤吾郎、浜田智久、久米山勝。4人は10年前に現東京帝都銀行社長、菅原義光の1人娘である菅原梨香当時6才を誘拐し、逃亡中に逮捕され、主犯の久米山を覗く3人は保釈金で即釈放。久米山は10年の刑期満了前日に、何者かが高額の保釈金を払い、拉致。その後、恋人の殺害現場にて何者かによって射殺。居合わせた警官水口剛も射殺されました」
「鑑識部より追加報告します。射殺された久米山と水口の衣服に、本人とは違う毛髪が見つかり、DNA鑑定の結果、警視庁公安部の戸澤公紀と一致しました」
「ありがとうございます。よって戸澤公紀を2人の殺害容疑で、先程指名手配しました。尚戸澤は、事件以降、消息不明です」
公安部員の指名手配に少し騒つく。
気に留めずに続ける紗夜。
「次に、岐阜県にある太多線で起きた事故で、車内から遺体で見つかった運転士、山岸裕司は、検死の結果、死因は河豚《ふぐ》毒による毒殺。事故発生前に心肺機能停止で死亡し、事故に至ったものと判明しました」
「毒殺?」「河豚毒?」
様々な疑問が飛び交う。
「静かに聞きなさい❗️」
咲が一喝し、ピタリと静まる。
咲に軽く会釈する紗夜。
「殺された山岸は、10年前に山手線品川駅で発生した電車の衝突事故で、品川駅に停車中の車両に、内回り線の大崎駅から発車して衝突した車両の運転士。本人は衝突前にブレーキをかけて車外へ脱出。事故では、都内清和幼稚園の園児19人と、付き添いの望月明音の20人が死亡」
その凄惨な事故は、ここにいるほとんどの者の記憶に残っていた。
「山岸は当初、業務上過失致死の罪で逮捕されましたが、その後の調査で、事故の原因が信号機の故障と判明し、釈放。その後岐阜へと転任していました」
一旦間を置く紗夜。
「今までの話は、明らかな事実。ここからは、状況証拠による推定になります」
紗夜が富士本と豊川を見る。
黙って頷く2人。
「事件はまだ終わっていません」
この切り出しに、騒つく面々。
「静かにしろ❗️」
豊川が座ったまま一喝した。
「山岸殺害の容疑者は、都内にある割烹料亭『鈴蘭』の女将、兼板長である鈴蘭恭子、本名加藤恭子。」
上司に連れられ、ここにいる何人かは、行ったことがある店であった。
「岐阜の事故当日、名古屋で開催された和食の催しに、料理を披露。料理には河豚が使用され、殺害に十分な河豚毒を入手。故郷の岐阜県美濃加茂市に2号店を構えた加藤は、そのオープン記念のため、夜遅く山岸のいる美濃太田駅へ到着。そして、駅の売店にある食品に河豚毒を注入。それを食べた山岸は、多治見行き回送電車を運転中に、死亡。単線区間がほとんどのため、可児駅で停車し、多治見からの最終電車を過ごすはずが、停車出来ずに正面衝突となりました」
「はい。加藤はなぜ、山岸がそれを食べると分かったのでしょうか?」
当然の質問である。
昴が立つ。
「犯人グループは、『デス・トレイン』と言う裏サイトに、駅の監視カメラ映像を大量にアップしています。つまり、同社のネットワークで繋がった、全国の駅の映像をハッキングして見ることができるんです」
「ありがとう、昴さん。駅の売店の店主と山岸は、10年来の付き合いで、毎日最終の回送電車を運転する山岸に、売れ残りの食品をあげて、話をすることが、犯人には分かっていたのです」
「はい。鈴蘭…いや、加藤恭子が山岸を殺害する動機が見当たりません」
「そうでしょうか?山岸が殺害されるほど恨まれる動機はただ一つ。10年前の事故です。加藤は店の常連である時任亮介と不倫関係にあり、2人の間には、当時5歳の娘がいました。そしてその子、加藤百合子は、死亡した清和幼稚園児19人のリストにありました」
騒めき始める前に、追い討ちをする紗夜。
「同じく、公安部の戸澤の娘も、あの事故で死亡。そして、品川事故の現場に出向き、事を収めた現国交省の執務官が加藤の不倫相手、すなわち百合子の父親、時任亮介です。また、彼と話を合わせて事を納めたのが、現公安部長である相沢湊人。更に、調べてみると、時任、相沢、そして菅原は、中学・高校の同級生で、度々帝都銀行本社へ、出入りしていることも判明しました」
捜査員達の驚きが、大きな響《どよ》めきとなり、まるで最後のスイッチであったかの様に、刑事課の電話が鳴った。
~品川車両基地~
今夜の車両点検に向け、大勢の整備士達が集まってきた。
「なぁ、隊長見なかったか?」
「そう言えば、今夜はまだ見かけねぇなぁ」
車両整備工場へ入る整備士達。
「おい、早く灯りつけろ!」
「へい!」
新入りが電源の分電盤を開け、ブレーカーを入れた。
「な…なんてこった⁉️」
「た、隊長⁉️」
皆んなが見上げる場所に、隊長と呼ばれるベテラン整備長、熊谷拓哉がぶら下がっていた。
~警視庁特別対策本部~
いつもの様に、咲が電話にでる。
「はい、警視庁刑事課」
同時にスピーカーフォンに切り替える。
「品川署の都築《つづき》です。品川車両基地からの通報で現場に来ました。車両整備士の熊谷拓哉《くまがいたくや》が、首を吊って死亡しています」
「自殺じゃねぇか、全く」
いつもの様に淳一がボヤく。
「状況をおしえて、何があったの?」
そんなことで、ここに電話するはずはない。
咲には、ただの自殺じゃないことが分かった。
「はい、書置きがあって…」
「読んで❗️」
『今起きている爆破事件も、10年前の品川事故も、全部私のせいです。あの時、信号機をちゃんと直していたら、事故は起きなかった。ごめんなさい。上から、誰にも話すなと言われて。でも、そのせいでまた人が死んで、山岸さんまで。そして、また私はとんでもないことをしてしまいました。家族を殺されると脅されて、仕方なかったんです。許して貰えるとは思えません。あいつらを止めてください。私は死んで償います。ごめんなさい。』
「以上です。いったい…」
咲が電話を切った。
沈黙の時が流れる。
「いいかしら?皆様」
一番奥から声がした。
「コツコツコツ」
ヒールの音を響かせ、ヴェロニカが前へ出る。
「だ…誰なんだ、君は?」
「富士本さん、ヴェロニカさんです」
心を読んでこそ分かったが、紗夜も驚いた。
「お久しぶりです、皆さん。多分…時間がありません。昴ちゃん」
「ちゃん?」咲も突っ込めない。
「ヴェロニカさんのおかげで、暗号が解けました。お願いします」
「数字の羅列は、暗号の基本よ。数字を使った暗号の場合、単純に何かに番号を付けて、それに文字を当てるの。今回の場合、犯人達は10年前の被害者遺族が主なメンバー。だからメインになるのはやはり山手線。それも事故が起きた内回り、つまり反時計回りね。スタートを品川とすると、品川が1、次の高輪ゲートウェイが2、と言う風になる。山手線の駅は30だから、これに文字を当てはめるなら、平仮名では足りないから、アルファベットに決まり」
?マークの大群を感じたヴェロニカ💧
「昴ちゃん、山手線の図を出して」
テーブルに図を広げる。
「まぁ…何でも関係ないんだけどね、犯人が山手線にしたのは、もちろん事故のアピールと、ご丁寧に、アルファベットと気付かせるためね。品川を1としたら、品川がA、次の2がBあとは同じ様に数字とアルファベットを割り付けるだけ。品川から始めたら、26駅目の渋谷がZ。ほら30駅で足りるでしょ。分かったかな~?」
「じゃあ、先日久米山が殺された後の、『20 8 5 5 14 4』とその前の『11 21 13 5 25 1 13 1 27 13 5 7 21 18 15』は?」
「『20 8 5 5 14 4』は、THEEND、『11 21 13 5 25 1 13 1 27 13 5 7 21 18 15』は、27をスペースとすれば、KUMEYAMA MEGURO になるわけ。1人が久米山の行き先を教え、殺人犯が殺した事を報告したのね」
「なるほど、さすがヴェロニカさんだ」
「ちなみに、山岸が殺された後に、『11 1 14 18 25 15 21』と書き込みがあり、これはKANRYOU となり、この色が加藤恭子ね。THEENDの色は多分…戸澤公紀。後の2色は不明だけど、品川事故の関係者は間違いなし」
さすが世界最高頭脳…と感心する皆んな。
実際、昴から話を聞き終わった時点で、直ぐに分かったのである。
「感心してる場合じゃないわよ、皆さん。犯人達は、最後の仕上げをするつもりよ」
ヴェロニカが画面をスクリーンに出す。
『19 20 1 18 20』
「START」
読み上げた紗夜の背筋に、冷たい物が走った。
次の瞬間。
『15 11』3色の書き込みがされた。
「O K」
東京から新東名を使い、愛知県豊田市経由で東海環状自動車道、通称MAGロードで、美濃加茂インターで下車。
とても電車を使う気分では無かった。
「しかし、ほんっとに凄いな、この車❗️200キロまでの加速半端ねぇ」
「一応、私達警察官なんですけど、淳💧」
運転手として雇われた淳一。
「急いだ方がいいじゃねぇか」
「せめて、サイレンくらい鳴らしなさいよ」
「それこそ、職権濫用じゃねぇか?」
「おい…夫婦仲良いのも良いが、着いたぞ」
美濃加茂市、美濃太田駅。
名古屋から飛騨高山へ向かう路線と、多治見へ向かうローカルな太多線の駅である。
二人を下ろし、駅前の駐車場に車を止めに行く淳一。
駅構内の売店に寄る豊川。
「ちょっと話をいいか?」
「またあんたかい。私は何も知らないよ」
(なにか…隠してる)
「わぁ~美味しそうなお弁当!私、駅弁って食べたことないんです。お勧めはどれですか?」
お客となると、邪険には扱えない商売人。
「そうかい、女性にはこれが人気だよ」
「じゃあ、一つ下さい。豊川さんも一緒に食べましょうよ、お昼だし」
そこへ淳一も来た。
(ナイスタイミング)
「淳はどれにする?」
「あんた達、夫婦だね」
「えっ?分かりますか?」
「客商売してると、だいたい分かるもんさ」
「すご~い。早く決めてよ、お腹空いたから」
(よし、警戒心が消えた)
「じゃあ、これにするか」
「何だかわかんねぇが、俺もそれで」
「まいどあり。良かったら、裏へ来な。熱いお茶ぐらいだすから」
「ありがとうございます。あっこれ、東京のお土産です…お土産売ってるお店に、お土産って変な感じですね、すみません」
「あはは、元気な娘《こ》だね。ありがたくいたたぎますよ」
お茶を出してもらい、小さなテーブルを囲む4人。
「すみません、紗夜といいます。少しあの事故の夜のことで、協力して欲しくて」
暫く考えた後、話し始めた。
「山岸さんは、物静かでいい人でした。10年くらい前に、東京から赴任して来てね。まぁこんなローカル線に来るには、何かあったんだとは思ってましたが、まさかあの山手線の大事故とは驚きました」
「山岸さんが話したのですか?」
「ええ、彼は皆んなが嫌がる遅番勤務を受け持っててね。毎日最終の回送電車を多治見へ運んでました。いつしか、ここでこうして、話をする様になって、色々話してくれました」
(あの夜のことを聞いてくれ。何か食べなかったか)
豊川は、黙って聞きながら、紗夜に指示を出していた。
「あの夜の事なんですが…」
彼女の警戒心と深い悲しみが伝わってくる。
「何か食べたか知りませんか?」
チラッと豊川を見る彼女。
豊川にも訊《き》かれ、答えなかった問いであった。
「彼はいつも駅弁を買ってくれてね、多治見へ折り返す待ち時間に、事務所で食べてました」
(最終に乗る前だ)
「最終の回送電車に乗る前は、どうですか?」
「いつも売れ残りのパンやおにぎりをあげてね、あの夜もあのベンチで、話をしながら食べてました」
彼女の中で、悲しみが込み上げて来るのが分かった。
「辛いことを聞いてすみません。でもだいじな事なんです。あの夜、鈴蘭恭子さんも寄りましたよね?」
急に警戒心が強くなる。
「鈴蘭恭子?知りませんねぇ。まぁ寄ったかも知れませんが、覚えてませんね。さて、そろそろ仕事に戻らないと。ごゆっくりしていってください」
「仕事中にすみませんでした。ありがとうございました」
売店に戻って行く彼女。
豊川が紗夜を見る。
黙って頷《うなず》く紗夜。
「じゃあ、車を廻して来るからな」
(そう言えば、やけに静かだったわね淳。気を回したのかな?)
ただ食べるのに夢中だっただけである💧
車に乗り込み、帰路につく。
豊川が紗夜を見る。
「恭子って人が寄ってました。時間は恐らく最終に近い遅い時間です」
警戒心と共に、彼女の心に浮かんだ記憶を読み取っていた。
「鈴蘭って店なら、来る途中で看板を見かけましたよ、寄りますか?もう少し行ったところです」
「寄る必要はないが、よく見てるなお前」
お腹が空いていたのである💧
「鈴蘭恭子って誰ですか?」
「東京で要人御用達の料亭の女将だ。板長もやっててな、この故郷に姉妹店をオープンさせ、あの日に駅前のホテルに泊まっていた。紗夜、それから?」
「はい、彼女は売店で食べ物とビールを買って…一度離れますが、戻って来てます。それから…ビールを貰って店を後に。食べ物は返してました」
「やっぱりか…なんてこった」
「どういうことですか?」
目を閉じる豊川。
バックミラーで様子を覗く淳一。
「山岸の死因は毒物による心肺機能停止だ」
「毒物⁉️」
「ああ、症状は青酸カリに似ているが、もっと強い毒性を示していた。東京に帰って調べたんだが…一番近いのは、河豚《ふぐ》毒」
「ふぐ?」
「毒性は青酸カリの10倍。摂取量にもよるが、多いと10~30分で痺れや目眩、そして心肺機能低下で意識を失い死に至る」
(鈴蘭恭子!)
豊川の心に浮かんだ名前。
それを悟る豊川。
「あの日、鈴蘭恭子は、名古屋で和食を披露しててな。俺と妻の雅恵も出席していた。そのメニューに、河豚が使用されていたんだ。河豚毒は時間が経つと弱くなり、新鮮なほど強力だ」
「でもなんでまた彼女が山岸を殺るんだ?」
「俺達が予約していたホテルも彼女と同じでな、そこで雅恵と会い、俺の代わりに次の夜は下呂温泉に泊まったんだ。そこで、雅恵は彼女の身の上話を聞いた。今は離婚しているが、子供がいたってな。離婚も、恐らく子供を失ったことが原因だと雅恵が言っていた」
「では、恭子さんもあの事故で子供を…」
「調べてみたら、死んだ児童の中に、加藤由里子の名前があった。加藤は恭子の本名だ。雅恵の話では、不倫関係で出来た子とのこと」
「じゃあ、山岸を殺す目的で故郷に2号店を?」
「それは分からん。23歳の若さで和食を極め、独立して『鈴蘭』を始めた。名古屋で彼女に目をつけ、それの後ろ立てをしたのが、時任亮介。俺も店で何度か見かけたことがあるが、あの時のよそよそしさの理由がやっとわかったぜ」
「不倫の相手がその時任。彼も要人よね?」
「そうだ、時任亮介。国土交通省の執行役員。事故の時に公安の相沢湊人と現場にいた奴だ」
「おいおい、公安の相沢部長か?マジかよ!」
「我が子が死んだというのに…」
「荷物が一つ片付いたってことだ」
「酷すぎる!」
10年の時を経て、明らかになった闇の真実。
そして事故の発端となった真実。
だが紗夜達は、今起きている殺人の真実については、知る由もなかった。
~警視庁特別対策本部~
19:00。
刑事課に再びメンバー+1人が揃った。
「まず皆んなに、今日分かったことを含め、状況をまとめて報告する。紗夜頼む」
「はい。今回の被害者は、宮崎美穂、加藤吾郎、浜田智久、久米山勝。4人は10年前に現東京帝都銀行社長、菅原義光の1人娘である菅原梨香当時6才を誘拐し、逃亡中に逮捕され、主犯の久米山を覗く3人は保釈金で即釈放。久米山は10年の刑期満了前日に、何者かが高額の保釈金を払い、拉致。その後、恋人の殺害現場にて何者かによって射殺。居合わせた警官水口剛も射殺されました」
「鑑識部より追加報告します。射殺された久米山と水口の衣服に、本人とは違う毛髪が見つかり、DNA鑑定の結果、警視庁公安部の戸澤公紀と一致しました」
「ありがとうございます。よって戸澤公紀を2人の殺害容疑で、先程指名手配しました。尚戸澤は、事件以降、消息不明です」
公安部員の指名手配に少し騒つく。
気に留めずに続ける紗夜。
「次に、岐阜県にある太多線で起きた事故で、車内から遺体で見つかった運転士、山岸裕司は、検死の結果、死因は河豚《ふぐ》毒による毒殺。事故発生前に心肺機能停止で死亡し、事故に至ったものと判明しました」
「毒殺?」「河豚毒?」
様々な疑問が飛び交う。
「静かに聞きなさい❗️」
咲が一喝し、ピタリと静まる。
咲に軽く会釈する紗夜。
「殺された山岸は、10年前に山手線品川駅で発生した電車の衝突事故で、品川駅に停車中の車両に、内回り線の大崎駅から発車して衝突した車両の運転士。本人は衝突前にブレーキをかけて車外へ脱出。事故では、都内清和幼稚園の園児19人と、付き添いの望月明音の20人が死亡」
その凄惨な事故は、ここにいるほとんどの者の記憶に残っていた。
「山岸は当初、業務上過失致死の罪で逮捕されましたが、その後の調査で、事故の原因が信号機の故障と判明し、釈放。その後岐阜へと転任していました」
一旦間を置く紗夜。
「今までの話は、明らかな事実。ここからは、状況証拠による推定になります」
紗夜が富士本と豊川を見る。
黙って頷く2人。
「事件はまだ終わっていません」
この切り出しに、騒つく面々。
「静かにしろ❗️」
豊川が座ったまま一喝した。
「山岸殺害の容疑者は、都内にある割烹料亭『鈴蘭』の女将、兼板長である鈴蘭恭子、本名加藤恭子。」
上司に連れられ、ここにいる何人かは、行ったことがある店であった。
「岐阜の事故当日、名古屋で開催された和食の催しに、料理を披露。料理には河豚が使用され、殺害に十分な河豚毒を入手。故郷の岐阜県美濃加茂市に2号店を構えた加藤は、そのオープン記念のため、夜遅く山岸のいる美濃太田駅へ到着。そして、駅の売店にある食品に河豚毒を注入。それを食べた山岸は、多治見行き回送電車を運転中に、死亡。単線区間がほとんどのため、可児駅で停車し、多治見からの最終電車を過ごすはずが、停車出来ずに正面衝突となりました」
「はい。加藤はなぜ、山岸がそれを食べると分かったのでしょうか?」
当然の質問である。
昴が立つ。
「犯人グループは、『デス・トレイン』と言う裏サイトに、駅の監視カメラ映像を大量にアップしています。つまり、同社のネットワークで繋がった、全国の駅の映像をハッキングして見ることができるんです」
「ありがとう、昴さん。駅の売店の店主と山岸は、10年来の付き合いで、毎日最終の回送電車を運転する山岸に、売れ残りの食品をあげて、話をすることが、犯人には分かっていたのです」
「はい。鈴蘭…いや、加藤恭子が山岸を殺害する動機が見当たりません」
「そうでしょうか?山岸が殺害されるほど恨まれる動機はただ一つ。10年前の事故です。加藤は店の常連である時任亮介と不倫関係にあり、2人の間には、当時5歳の娘がいました。そしてその子、加藤百合子は、死亡した清和幼稚園児19人のリストにありました」
騒めき始める前に、追い討ちをする紗夜。
「同じく、公安部の戸澤の娘も、あの事故で死亡。そして、品川事故の現場に出向き、事を収めた現国交省の執務官が加藤の不倫相手、すなわち百合子の父親、時任亮介です。また、彼と話を合わせて事を納めたのが、現公安部長である相沢湊人。更に、調べてみると、時任、相沢、そして菅原は、中学・高校の同級生で、度々帝都銀行本社へ、出入りしていることも判明しました」
捜査員達の驚きが、大きな響《どよ》めきとなり、まるで最後のスイッチであったかの様に、刑事課の電話が鳴った。
~品川車両基地~
今夜の車両点検に向け、大勢の整備士達が集まってきた。
「なぁ、隊長見なかったか?」
「そう言えば、今夜はまだ見かけねぇなぁ」
車両整備工場へ入る整備士達。
「おい、早く灯りつけろ!」
「へい!」
新入りが電源の分電盤を開け、ブレーカーを入れた。
「な…なんてこった⁉️」
「た、隊長⁉️」
皆んなが見上げる場所に、隊長と呼ばれるベテラン整備長、熊谷拓哉がぶら下がっていた。
~警視庁特別対策本部~
いつもの様に、咲が電話にでる。
「はい、警視庁刑事課」
同時にスピーカーフォンに切り替える。
「品川署の都築《つづき》です。品川車両基地からの通報で現場に来ました。車両整備士の熊谷拓哉《くまがいたくや》が、首を吊って死亡しています」
「自殺じゃねぇか、全く」
いつもの様に淳一がボヤく。
「状況をおしえて、何があったの?」
そんなことで、ここに電話するはずはない。
咲には、ただの自殺じゃないことが分かった。
「はい、書置きがあって…」
「読んで❗️」
『今起きている爆破事件も、10年前の品川事故も、全部私のせいです。あの時、信号機をちゃんと直していたら、事故は起きなかった。ごめんなさい。上から、誰にも話すなと言われて。でも、そのせいでまた人が死んで、山岸さんまで。そして、また私はとんでもないことをしてしまいました。家族を殺されると脅されて、仕方なかったんです。許して貰えるとは思えません。あいつらを止めてください。私は死んで償います。ごめんなさい。』
「以上です。いったい…」
咲が電話を切った。
沈黙の時が流れる。
「いいかしら?皆様」
一番奥から声がした。
「コツコツコツ」
ヒールの音を響かせ、ヴェロニカが前へ出る。
「だ…誰なんだ、君は?」
「富士本さん、ヴェロニカさんです」
心を読んでこそ分かったが、紗夜も驚いた。
「お久しぶりです、皆さん。多分…時間がありません。昴ちゃん」
「ちゃん?」咲も突っ込めない。
「ヴェロニカさんのおかげで、暗号が解けました。お願いします」
「数字の羅列は、暗号の基本よ。数字を使った暗号の場合、単純に何かに番号を付けて、それに文字を当てるの。今回の場合、犯人達は10年前の被害者遺族が主なメンバー。だからメインになるのはやはり山手線。それも事故が起きた内回り、つまり反時計回りね。スタートを品川とすると、品川が1、次の高輪ゲートウェイが2、と言う風になる。山手線の駅は30だから、これに文字を当てはめるなら、平仮名では足りないから、アルファベットに決まり」
?マークの大群を感じたヴェロニカ💧
「昴ちゃん、山手線の図を出して」
テーブルに図を広げる。
「まぁ…何でも関係ないんだけどね、犯人が山手線にしたのは、もちろん事故のアピールと、ご丁寧に、アルファベットと気付かせるためね。品川を1としたら、品川がA、次の2がBあとは同じ様に数字とアルファベットを割り付けるだけ。品川から始めたら、26駅目の渋谷がZ。ほら30駅で足りるでしょ。分かったかな~?」
「じゃあ、先日久米山が殺された後の、『20 8 5 5 14 4』とその前の『11 21 13 5 25 1 13 1 27 13 5 7 21 18 15』は?」
「『20 8 5 5 14 4』は、THEEND、『11 21 13 5 25 1 13 1 27 13 5 7 21 18 15』は、27をスペースとすれば、KUMEYAMA MEGURO になるわけ。1人が久米山の行き先を教え、殺人犯が殺した事を報告したのね」
「なるほど、さすがヴェロニカさんだ」
「ちなみに、山岸が殺された後に、『11 1 14 18 25 15 21』と書き込みがあり、これはKANRYOU となり、この色が加藤恭子ね。THEENDの色は多分…戸澤公紀。後の2色は不明だけど、品川事故の関係者は間違いなし」
さすが世界最高頭脳…と感心する皆んな。
実際、昴から話を聞き終わった時点で、直ぐに分かったのである。
「感心してる場合じゃないわよ、皆さん。犯人達は、最後の仕上げをするつもりよ」
ヴェロニカが画面をスクリーンに出す。
『19 20 1 18 20』
「START」
読み上げた紗夜の背筋に、冷たい物が走った。
次の瞬間。
『15 11』3色の書き込みがされた。
「O K」
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