暴走環状線

心符

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4章. デス・トレイン

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~東京某ホテル~

貸し切られた広いレストランで、一つの円卓を囲む4人。

「出所祝いに中華って、面白いでしょ」

「驚きましたよ、明日だと思ってたんで」

「久米山…勝さん。私が分かりますか?」

ここに座ってからずっと、それを考えていた。
(まだ…子供…か?いや、それにしては…)

そこらの大人よりも、落ち着きを感じる貴賓。
言葉の節々、作法の一つ一つに無駄がない。
そして、美しいと思った。

「ま、慌てることはありません。まずは好きな中華料理を堪能してください。お前達も遠慮は要らないよ」

軽く会釈し、食べ始める2人。

「どうして、俺の好みを?」
食欲はあらゆる欲の中で、最も優先される性。
尋ねながらも、箸は進む。

あなたの彼女、宮崎美穂さんから聞きました。
いい人ね、優しくて。

それに気付く余裕はまだない。

「美穂を知ってるのか。どこにいるか教えてくれ。出る時に電話したが、繋がらなかった」

「死にましたよ」

当たり前のことの様に響くトーン。

「えっ…なんて?」
耳を疑うのも無理はない。

「あなたも、明日出所していたら、きっと殺されています。それとも…彼女の後を追えた方が幸せでしょうか?」

まだ完全には理解できていない久米山。
10年前の約束を思い出していた。

「逃避。事実を拒み過去に助けを求める。愚かな人間の習性…かな。フッ」

久米山の目が大きく見開かれた。

「お前ら、美穂に何をしやがった❗️」

「バンッ!」

叫ぶと同時にテーブルを叩く。
その仕草を悟り、グラスを手に取り守る。

両サイドの2人がスーツの内に手を入れる。

「待て」

その一声で、席に着く2人。

「私はあなたとの約束を、きちんと守りました。彼女には高級マンションを与え、こうしてあなたを迎えた」

「俺との約束だと…まさか、お前?」

「あなたに誘拐園児ですよ」

「ガタン」
思わず後ずさり、椅子が倒れた。

「バカな、お前があの時の少女だと?」

正直なところ、顔も覚えてはいない。
抱えていた借金と、美穂の保護。

車の中で振り込まれた返済金。
そして…『必ず迎えに行きます』の言葉。

「思い出された様ですね。あの後、どんな約束が誰によって行われたのか、想像は出来ます。10年、良く耐えてくれましたね」

右の男に目で合図する。

「これは、ほんの罪滅ぼしです。いや…感謝の気持ちです」

テーブルの上で開かれたアタッシュケースには、札束とパスポート、そして航空チケットが入っていた。

「残念ながら、私以外とした約束は、守られることはありません。これから空港へ送りますから、逃げて下さい。私ができるのは、そこまでです」

「ふざけるな❗️もうお前らの言いなりにはならねぇ。2度と俺の前に現れるな!」

「もちろん、そのつもりです。久米山さん、好きに逃げるにしろ、それは必要でしょう。どうか持って行ってください。無駄とは思いますが、ご無事を祈ります」

「クッ!」

アタッシュケースを持って走り去る久米山。
目で追うこともない。

(予想通りか…哀れなものだ)

左の男に目で合図する。
タブレットPCがテーブルに置かれた。

片手で操作し、裏サイトを立ち上げる。
(デス・トレイン…か。くだらない)

暗号を打ち込み、反応を待つ。
「フッ」冷たい笑み。

「さよなら」

平然と食事に戻る梨香であった。



~東京池袋~

黒光のする高層ビルの玄関前に車を停める。
ミニスカハイヒールの脚に、行き交う人々の視線が集まる。

「紗夜、行くわよ」

車を降りて玄関に向かう2人。

「しかし、凄いわね…」

「ですね、さすが世界に名だたる岩崎建設」

「違うわよ、あの車よ。ないの?007かMIPみたい。」

「あ、そっちね、確かに。普段は覗きません。プライバシーの侵害ですし、知りたくないことも多いから…」

「そっかぁ~大変よね、同情するわ」

大きなガラスの自動ドアが開く。
すれ違う皆んなが、親しげな笑顔で会釈や手を振る。

「咲さん、良く来るんですか?」

「まさか、初めてよ」

受付に立つ。

「お疲れ様です。どうされました?」

「不動産営業部は何階かしら?」

「はい?」
キョトンとする可愛い受付嬢。

「8階です」
条件反射的に、紗夜が彼女の心を読む。
その混乱している様も。

閉まりかけるエレベーターへ紗夜が走る。
それを見た1人がドアを開いた。

「ありがとうございます」
礼を言って乗り込む2人。

「今日もセクシーですね!」
別の1人がニヤけながら声をかけた。
彼を睨む咲。

「それってセクハラよ、次言ったら殴るから」

「ダメですよ!」

(うひゃー、強気な美夜さんもいい!)
(美夜…さん?)
わけの分からない紗夜である。

8階。
扉が開き、目の前に不動産営業部があった。

「またよろしく~」
背後から彼の黄色い声。
戻りかける咲の腕を引き止める紗夜💦

ドアが開くと受付嬢がいた。
サッと手を出し、開きかけた口を止める咲。

「砂辺部長に会いたいんだけど、いる?」

「はい?」
キョトンとする可愛い受付嬢。

「もういいわ💧」
スタスタと中へはいる咲。

「砂辺ぇーいるか❗️」
立ち止まって大声で叫んだ。

(うわっ、キレてる💦)
慌ててぺこぺこする紗夜。



「マヂか⁉️」

奥のソファーで美夜が呟く。
2人を交互に見る部員達。

紗夜も彼女に気付いた。
(えっ?咲さんの分身…)

そんなわけはない💧

「呼んだか~」
部長の砂辺 謙一が出てきた。

「なんだ、美夜か。どうした?」

「違うわよ部長!」

「おお、美夜。そこにもいたのか」

そんなわけないって💧

「ええェー⁉️」

紗夜含めて、全員が合唱隊を組んだ。



岩崎建設 不動産営業部 部長室。

紗夜の右隣に咲。
砂辺の左隣に美夜。
向かい合ってる双子のミニスカガール。

落ち着かない砂辺と紗夜。

(何であなたが来るのよ、全く)
(何であなたが来るのよ、全く)

紗夜の混乱は、砂辺を上回る。
(さすが一卵性…考えることも同じだわ💦)

「と、ところで、用件はなんだ、刑事さん?」

「あ、はい。実は目黒のこのマンションなのですが、10年前にハッピー不動産が取り扱っていた様でして」

紗夜が写真を見せる。

「ああ、これか。俺が受け持ってた物件で、ハッピー初の高級マンションだったな。5、6年前に大手に売り渡したが…それで?」

「10年前の記録が残ってないでしょうか?」

「いや~わざわざ来て貰って悪いが、ここに来た時に、古い管理外の物件については、記録も全て廃棄してしまったからな」

(…?)
美夜の心理が反応した。

「10年前なら、私も何件かそこへ入れたわ。そこって、先日バスの爆発で亡くなった女性が住んでいたマンションよね?」

「彼女のこと、知ってんの美夜?」

「私は扱ったお客様のことは、忘れないのよ。誰かさんとは違ってね」

(記憶力の良さも同じ…か。飲んでなきゃ)

「誰かって誰よ美夜?私も忘れられるもんなら忘れたいけど、残念ながらあなたと同じよ!」

(確かに…不動産と警察は立場が真逆ね)
紗夜も、咲の辛い思いには共感した。

「確か…値切りもせずに現金一括払いだったわ。部長も覚えてるでしょ?」

「あぁあの時か、あれは本当に驚いたよな。8800万円を即日キャッシュで払いやがった」

「そんなことがあるの?」

「ま…まぁ、美夜のお得意さんには良くあるが、あんな若い娘では、あり得ないな」

「一応は、ヤバいお金じゃないか調べたけど、支払いは…え~となんて言ったっけな~ちょっと待ってよ…あっそうそう!確か帝都銀行の偉い方よ。名前はごめん、知らない」

「帝都銀行…東京本店のトップは、菅原義光」

咲、美夜、砂辺。
3人の心に感じた疑心、軽蔑、嫌悪。

「そんなに悪い方なんですか?」

「えっ?」
(何も言ってないわよね、私…)

「あ、美夜ごめん。この子心理捜査官なの」

「読心術ってやつか。知りたくもない秘密や、嫌な心が見えてしまうってのは、大変だな」

意外と分かる人、砂辺。

「あまり、いい話は聞かないわね。政治や祭り事の裏には、必ず彼の影があるって話よ」

(菅原…義光)
新しい人物に、紗夜の勘が働き始めていた。

「紗夜、帰るわよ」

「悪ィなぁ、大して役に立てずに」

「いえ、手掛かりになるかも知れません。ありがとうございました」

「咲…姉さんをよろしくね」

差し出された右手を、思わず手袋をしたまま握ってしまった紗夜。


「ドクンッ…」
(えっ?)(な、なにこれ?)

「ご、ごめんなさい!私ったら失礼なことを」

「いいのいいの、さぁ行くわよ」

(何、あの感じ…?)
握った途端に背中を這いあがった悪寒。
去って行く紗夜を見つめる美夜。

(何だろう、あの孤独と哀しみと…)

鳳来咲、鳳来美夜。
瓜二つの2人に、何か普通ではないものを感じた紗夜であった。


~目黒区~

夜の高級住宅街。
紺色のパーカーを被り、ジョギング中の男。
バス停で立ち止まって、時刻表を確認する。

塀の中で鍛えた体は、息一つ乱れていない。

(ここで、美穂は…)
悔しさと後悔が自らを責める。

ふと顔を上げ、高層マンションを眺めた。


「行け」

戸澤の指示で、自転車の警官が通りかかる。
咄嗟に目を伏せる久米山。

少し行きすぎた警官が、自転車を停め、久米山へ振り向く。

それを、そっと覗き上げる。

その背後に立った戸澤。
手袋をはめた手から銃が火を吹いた。

「バンッ!」

「グッっ…何で…」

足を撃ち抜かれた警官が膝を突く。
驚いて振り向いた久米山。

「パン!」

2発目の銃弾が、彼の心臓を撃ち抜いた。

倒れかかる腕を掴み、彼の利き腕に最初の銃を握らせ、警官を狙う。

「ま、待ってくれ!どう… 」  「バン!」

警官の額を撃ち抜いた。

久米山の体を捨て置き、素早く警官のホルスターから銃を取り、弾を一つ抜く。
抜いた穴に、自分の空の薬莢《やっきょう》を装填し、握らせて1発適当に撃つ。

「パン」
その手が地に着いた時には、戸澤の姿は狭い路地の闇へと消えていた。

音を聞いた住人が、恐る恐る現れる。
その1人が警官に走り寄った。

「水口さん、水口さん!誰か早く救急車を❗️」

近くの交番に勤務する警官である。
それは、僅か1分余りの出来事であった。

(コンプリート)
闇の中で1人笑みを浮かべる。



~警視庁特別対策本部~

昴は、ずっと裏サイト『デス・トレイン』の意味不明な書き込みを考えていた。

「あっ、また」

『20 8 5  5 14 4』

新しい書き込みが流れた。
急いで書き取る昴。

そこで、刑事課の電話が鳴った。

「はい、警視庁刑事課」
目黒署からであった。
素早くスピーカーに切り替える咲。

「目黒の住宅街で発砲事件発生!警官1人と男性1人が死亡。至急出動願います」

(目黒…)皆んながそう思った。

「淳、紗夜よろしく❗️」

急いで部屋を出て行く2人。
昴が首を傾《かし》げる。

(もしかして、このサイトは…)



~目黒の現場~

殺人事件とは無縁の住宅街。
その同じ場所で、爆発と銃弾に途絶えた愛し合う2人の若い命。

「咲さん、やはり久米山でした。近くの交番に勤務する警官と、撃ち合いになった様です」

「分かったわ。昴が話しあるみたいだから、早々に所轄に任せて帰っといで」

「分かりました」(あれ?)

いつの間にか、豊川が来ていた。

「豊川さん、まだ休んでいた方が…」
事件の全容を聞いた彼が、じっとしているはずはなかった。

「紗夜、不自然だな」

「えっ?」

「疲れてんじゃないですか?どう見ても、彼女のマンションを訪れたところに、ばったり巡回中の警官とでくわし、撃ち合った。でしょ?」

「警官の自転車は、向こう向いて、あそこだ。不審者と思い、振り向いたところ、足に1発。膝が擦れてるから、片膝を着いた。まさか警官から先に撃つ訳はないからな」

「で、撃ち殺された。だろ?」

「どっちが、どっちを?」

「えっ💦えっと、警官は2発撃ってるから、次は警官かな…?」

「あんな離れたとこへか?」

「威嚇射撃とか?」

「この距離で、足撃たれて、威嚇する余裕なんて、俺には無理だな」

紗夜は、豊川の矛盾に気付いていた。

「もう1人…いた」

「ああ、間違いねぇ。次の1発で、警官は額に、久米山は心臓に。どんぴしゃり同時に撃ち合えるか?アリエねぇな」

「プロの殺し屋並みの腕ね。2人ともそいつが撃って、撃ち合いに見せかけた」

「なるほど。で、だれが?」

(それをわざと分かる様にした…なぜ?)

「淳、帰りましょ。昴が何か見つけたみたいよ。それに…豊川さんも話しがある様だから」

豊川が紗夜を見て頷《うなず》いた。



~警視庁対策本部~

紗夜達が帰り着くのを待って、刑事課に、鑑識部、化学捜査部、未解決事件特捜部、情報分析部の主たるメンバーが集まった。

「では、始めましょうか」
富士本が落ち着いた声で仕切る。

「残念だが、これで10年前の誘拐犯の4人全員が殺害されてしまいました。これ以上犯人を好きにさせる訳には行きません。皆さんよろしくお願いします」

「まず鑑識からですが、咲さんが浜田智久宅から採取した4人の写真は、彼のものではありません」

「やっぱりね。あの状況で、目立つとこに飾ったりはしないはずよ」

「彼の指紋は一つもなく、代わりに、久米山勝の指紋だらけでした。あれは久米山が持っていた写真です」

「それから、情報分析部で同じく浜田宅から持ちか…いえ💦したPCですが、あれにも彼の指紋はなく…と言うか、誰の指紋もありませんでした」

「そして、開かれていたのが、これです」

昴がPC画面をモニターに映す。

『デス・トレイン』

「俗に言う配信者が特定できず、排除もできない裏サイトです。通常は東京都内の駅の監視カメラに映った、人身事故の生映像が流れています」

「心理学的に読むまでもなく、都内の人身事故に関与、或いは…深い恨みを抱く比較的若い年代の者と考えられます」

「紗夜、ただのハッカーの愉快犯では?」

「淳一さん、私も最初はそう思いました。でも、時々意味不明の書き込みがあるんです。例えば、最新のものは、丁度久米山が殺害された後にこれが」

書き取ったメモをサブモニターに映す。

『20 8 5 5 14 4』

「昴さんから聞いて、過去のログを追ってみると、その数時間前には、これが」

『11 21 13 5 25 1 13 1 27 13 5 7 21 18 15』

「こんな暗号めいた数字が、調べてみると、違う色で時折り書き込まれています。もしこれが暗号で、会話なら、4色だから4人と言うことになります」

「もし犯人なら、4人と言うことか」
富士本がこれまでの捜査で思いつくのは2人。

公安部の戸澤公紀と、帝都銀行の菅原義光。
何れも影の噂は数知れない曲者《くせもの》である。

「皆さんは妖しい人物として、東京帝都銀行代表取締役の、菅原義光を考えている様ですが、違います。彼はあの高級マンションを、誘拐犯の彼女に8800万円で与えています。恐らく3人の保釈金を払ったのも彼だと考えて間違いないと思います」

(確かにそうだけど…)

「問題は、なぜそこまでして助けたのか?ね」
答えを期待して、咲が投げる。

「それについては、特捜部で菅原を調べてみました。彼には娘が1人いて、現在16歳。つまり10年前は6歳で、あの清和幼稚園に通っていました」

「では、あの時誘拐されたのは…」

「菅原の娘、菅原梨香です。当時、清和幼稚園の園長であった浅井哲夫が、証言してくれました」

浅井は責任を取る形で、逃げる様に故郷の静岡へ帰り、小さな擁護施設で働いていた。
特捜部は彼のもとに出向き、その重い口から真実を聞いたのであった。

「あの日、菅原梨香が1人遅れていて、待っている内に事故が発生したとのことです」

「なぜ先に発車しなかったんですか?」

「それが…どうやら菅原義光からかなりの裏金を受けていた様で、その列車の貸切も、菅原の力あってのことだった様です。電話はしたが、それどころじゃないと、切られたとのこと」

「ひどい話ね!横暴にも程があるわ!」

「確かに、娘が誘拐されてちゃ、それどころじゃねぇわな。菅原の権力は当時から曰く付きだから、駅長も園長も安易に判断できなかったんだろう。それに、通常は駅の状態を知らせる信号機で、そりゃあ混乱はするだろうが、衝突にはならねぇ。信号機の故障さえ無けりゃな」

聞けば聞くほどに、不信感と嫌悪感が募っていくメンバー達であった。




当時、その凄惨な現場に立ち合った豊川。
紗夜は、その悔しさと憎悪を強く感じていた。

「結局、発車遅れの原因となった誘拐事件は、事故との関連性を公表され無かった」

富士本も誘拐事件が関連していたことを、今まで知らなかったのである。

「誘拐されたとは言え、世間は娘のせいで事故が起きた…と騒ぐだろう。まして、子供を失った親達の怒りは避けられねぇ。事故の騒ぎと金を利用して、菅原が関連性を消したんだ」

「鉄道事故の調査って、そんなに曖昧なものなんでしょうか…?」

「紗夜、この東京ではな、年間300件を超える何らかの鉄道人身障害事故が起きてる。調査できてるのは、その内3割にも満たないのが実状だ。信号機の故障が分かった時点で、調査は終了だよ」

踏切事故とホームからの転落が多く、自殺か事故か他殺かも調べる時間がないのである。

「現場検証するには、電車を長時間止めなきゃならねぇ、そんなことは許されないんだよ、この東京《まち》じゃな」

豊川の悔しさが強くなる。
数々の鉄道事故の検死に行き、他殺の可能性が見えても、自殺か事故で済まされてしまう。

検死官にとって、後味が悪い…では済まされないことである。

「しかし、これだけの被害者を出した事故が、ただの信号機の故障で済まされるとは、まだ思えないんだけど。私は納得いかないわ!」

咲も本気モードである。

「我々が着いた時には、既に公安部が動いていて、国交省の役人も見えてたな」

「富士本さん、なぜ公安部が?」

「丁度、欧州各国でテロ活動が頻発してた頃だ、さすがにテロ的な事件じゃないかと、国交省が警視庁に要請したんだろう」

「その両者が事故と認めたら、だれもひっくり返せないですね」

昴にも、富士本と豊川の想いは伝わっていた。
そこで敢えて矛先を変える。

「今回の犯人が菅原じゃないとすると、いったい誰が?」

暗号解読に励みながら、基本の謎を改めて提示したのである。

「怨恨…と考えれば、子供を失った親達が全員容疑者になり得るけど…事故であることは事実よね。事故から殺人に至るケースは、あまりないわね」

「家族には、鉄道事故としては異例だが、多額の慰謝料が払われたらしい…」

(おかしい…なぜなの?戸澤?)
富士本の心に、警戒を感じた紗夜。

「どうせそれも菅原が裏にいるんだろう。後ろめたさを感じる心はあったってことか」

「富士本さん」
紗夜の声に、一瞬ビクッとする富士本。

「話して下さい、戸澤さんの秘密を」

「紗夜?どうしたの怖い顔して?」

「いや、いいんだ。どうせ直ぐに分かることだ。10年前までは、あんな奴じゃなかったんだよ彼は。結婚もしてた」

「子供…いたんですね」

「ああ、10年前にはな」

それ以上の説明は要らなかった。
あの冷めきった戸澤の心の理由が、分かった。

「あいつは一人で調べていたよ。上にはごまかしながらな。生き残った園児や事故の原因となった信号機の整備状況まで、必死になって調べていた。今回の4人の殺害には、彼が関わっている可能性は高い」

(悲哀、驚嘆、懺悔、同情、憎悪)

鎮まり返った部屋で、様々な想いが渦巻く。
そして辿り着く。

『正義』

それこそが自分達の使命であり、警察である証《あかし》であった。

「5人だ」

ポツリと豊川が呟いた。

「運転士の山岸裕司も、殺された」

「えっ?事故だったんじゃないの?」

事故なら豊川が二日もかけて、検死報告をするはずはない。

「酷いあり様だったが、出血が不自然に少なくてな、残った顔の色が普通じゃなかった」

あの惨事の中で、その死斑に気付いていた。

「山岸は、事故の前に死んでいた。富士本さん、ちょっと明日、紗夜を貸してもらえねぇか?」

珍しいことである。

「紗夜、いいか?」

「はい。必要なら行ってきます」

「い、行って来るって、紗夜?」

「確かめなきゃならねぇことが、分かってしまってな。よろしく頼む」

こうして、豊川は紗夜を連れて、再び岐阜へと向かうことになったのである。

紗夜には、その目的が見えていた。



TERRAテラ

翌日。
ぼ~っと、東京の街を眺める昴。
『デス・トレイン』に行き詰まり、気晴らしに隣に聳《そび》え立つTERRAコーポレーションの展望ラウンジに来ていた。

2杯目のコーヒーを飲み始めた時。

「あら?昴ちゃんじゃないの!」

肩をポンっと叩き、隣に座る美女。

「いつものお願いね~」

ウェイターが軽く会釈して下がる。

「だ、誰…ですか?」

ベージュカラーのショートボフヘアー。
ラフなカジュアルスーツにミニスカート。
大人的な淡いブラウンのハイヒール。

「誰って、私よ、ヴェロニカ」

「………ぇえええ~⁉️💦💦」

あのお堅いカリスマ的なインテリ感はなく、上から下まで全てが変わっていた。

「ど…どうしたんですか?」

「まぁね、色々あったし、ラブのマネージャーからも解放されて、研究に打ち込めるんだけどね~まだ、少し心の整理が必要みたい」

先の戦いで、実の姉を亡くし、TERRAコープの社長兼スーパースター、トーイ・ラブから、暫く旅行でもと勧められた彼女。

「あんまり変わってるので、わかりませんでしたよ、ビックリです」

「ちょっとパリを満喫してたら、こんなになりました、アハっ!」

「雰囲気も話し方も、変わりましたね」

「やっぱ、変かな💦」

「いえ!とても素敵です❗️」

「ウフッ。ありがと。ところで何ボーっとしてたのよ?」

「あっ❗️そうだ。今事件に関する暗号を解いてるんですが、分からなくて。良かったら手伝って貰えませんか?」

世界最高頭脳の持ち主である。

「面白そうね…あ、ごめんなさい。不謹慎だね。ラブ達は後片付け兼ねて、海外ツアー中だし、暇だからいいわよ」

「海外ツアーですか。さすがですね」

「ティークとT2ティーツー連れてのツアーよ。本当は何してんだかね~分かったものじゃないわ」

極秘任務であることは間違いない。

「とりあえず、まずは状況を教えて」

こうして最強の協力者が加わり、事件は予想もしない展開へと進み始める。

そして再びこの東京を、最悪の事態へと誘《いざ》なうのであった。
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