暴走環状線

心符

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3章. 4人の標的

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~東京目黒区~

豪勢なマンションや要人の邸宅が立ち並ぶ街。
その中心にある私立帝山高校。

「じゃあ、菅原さん解いてみて下さい」

教室のざわつきがピタリと止《や》む。
そして、直ぐにヒソヒソ声が始まる。

「先生、どうして私なのですか?」

意外な反抗にヒソヒソがピタリと止む。

「ど…どうしてって…別に」

「そんなに父が怖いんですか?それとも、皆んなが噂してる様に、父からお金をもらってるからですか?」

「ば、バカなこと言うんじゃない!」

あからさまに動揺が見てとれる。

「ふっ」

軽く鼻で笑い、自分のタブレット画面を教室のモニターへ映し、数学問題をサラサラっと解き、採点アイコンをクリックする。

もちろん、正解と出る。

「満足してもらえましたか?」

「あ、ああ。君ならできると思ってたが、やはりさすが…だな」

いつもながらの速さと正確さに、「おぉ」と小さなどよめき。

(くだらない…)

軽蔑の目で一瞥《いちべつ》し、やりかけの難解なパズルに戻る。

経済学や数学の博士号を持つ父、菅原義光は、帝都銀行代表取締役となり、今や大きな権力をも持つ存在となっていた。

母の珠世《たまよ》も、数学や理工科学の博士号を持ち、その1人娘の梨香に至っては、幼少期から、稀に見る天才的頭脳を現していた。

幼稚園から小・中学まで、個人的な英才教育が多く、孤立した生活を送って来たのである。

その裏には常に父義光の力と金が動いていた。
幼少期からそれを知り、それから逃げる様に生きて来た。

親しい友達も作れず。
学術の世界のみが、安堵する空間であった。

ただ一つ。
梨香には、確かな生きる目的があった。
僅か5才で生まれた暗い光。

それはある日を境に、更なる変化を遂げたのであった。

「パタン」

一限目の始業と同時に始めた難解なパズル。
大学生でも解ける者は少ない。
それを僅か30分足らずで解き、タブレットPCを閉じた。

空気が固まる。
振り向く者もいない。

その空間を、と感じた。

「帰ります」

ワイヤレスイヤホンを着け、携帯とPCのみを持ち、教室を出る。

誰も、先生ですら引き止めはしなかった。
いや、できなかった…の表現が相応《ふさわ》しい。

そんな父の創り上げた世界。
どこにいても付き纏う嫌悪感。


(くだらない…)

その瞳は、16歳の少女のものでは…無かった。



~新宿~

9:30。

「そろそろ起きなさ~い」

(咲さん?頭痛ぇ~……)「んっ?」

目の前に、咲の顔があった。
…超近い💦

「うわぁ!咲さん、ダメっすよ💦」

思わず両肩に手を当てて押し離す。
が、その反動で、もたれていたソファと一緒にひっくり返った。

「いててて」

ふと絨毯に転がったまま、横を向く淳一。
そこに咲の寝顔。
かなり近い💦

「うわぁ!また出た❗️」

「な~にが出たよ!だいたい私は美ィ~夜!」

…しばし記憶を辿っている淳一。

「私も飲み過ぎちゃったわ。しかし、あんた達いったい何しに来たのよ」

「咲さん、今何時ですか?」

「だからぁ、私は美夜だって、はい携帯」

美夜が淳一の携帯を渡す。
恐る恐る見る…

「良かった~」(ホッ)
紗夜の怒りのLINEが怖かった淳一。

「まさか、ホッとしてんじゃないわよね?私は休みにしたけど、あんた達今大変なんじゃないの?ほら」

美夜がテレビをつけた。

「あれ?紗…夜?」

昨夜の爆破現場の映像が流れていた。
紗夜が着いた時には、既に報道陣が詰めかけており、それを必死で押し退ける紗夜。

「可哀そうに、女性が1人亡くなったそうよ」

(紗夜…)

「エェェぇええエ~⁉️」

突然の咲の叫びに、ビクッとする2人。
 
「いきなり脅かさないでよね!咲」

「あら?美夜、何で淳がいんのよ?」

「あんたをきたんじゃないの❗️」

「あちゃ~やっちまった~💦」

「あ、さっき富士本って人から咲に電話あったから、適当に言い訳しといたわ。もうすぐ会議始まるわよ」

9:45…💧

「淳!急いで行くわよ。美夜、服借りるわね」

「はいはい、ご自由に。蔵ちゃんの手下が、あんたの車運んでくれたから」

「蔵ちゃん?誰それ?…まぁ、いっか」

「本当に、相変わらずね。はい鍵」


「サンキュ!助かるわ。淳、早く早く❗️」

慌てて支度を済ませ、外へ出る。

「咲、ほれ!」

「パシ」
マウスウォッシュを受け取る。

「酒臭いわよ、2人共。気をつけてね~」

とにかく、署へ向かった。



~警視庁対策本部~

「では最初に紗夜、昨夜の事件を頼む」

(はぁ…全く、変わらんなぁ咲は)

空席にため息をつき、ふと出会った時のことを思い出す富士本。

「昨夜、目黒区を運行中のバスが、バス停で停まった途端に爆発。そのバス停で降りるはずであった、宮崎美穂 33歳が直撃を受け死亡。自宅マンションはすぐ側で、採取した毛髪から本人と特定しました」

悲惨な写真が映る。

「酷いな…」

「使用された爆弾は、やはり液体爆薬で携帯を利用した起爆装置、速度メーター。前の2件と同じものです。それから…あ、咲警部!」

鑑識班の武藤が、奥のドアから入って来た咲と淳一に気付いた。

「浜田智久のアパートで採取した毛髪から、先の1人は特定。加藤吾郎については、住所不定だったけど、彼の面倒を見てた蔵島組の組長に慰留品を確認してもらい、間違いないってことよ」

(あ~気持ちわる…)

(やっぱり…そうなったのね、全く)
淳一を睨む紗夜。
目を合わさない淳一。

「それから、咲さんが浜田の部屋で見つけたこの写真ですが…」

昴が4人一緒の写真を映し出す。

「両端が、浜田と加藤。女性は昨夜の宮崎。あと1人は久米山勝 33歳で、住所は宮崎美保と同じで、恋人同士の様です」

「4人は知り合いか…しかもこの写真の様子じゃ、かなり親しかった様だな。それで、久米山は保護したのか?」


「その必要はありません、富士本課長」

会議室前方。
ステージを挟んだ扉の前に、黒服の男が1人。

「突然にすみません。警視庁公安部の戸澤公紀《こざわきみのり》です」

「公安部だって!」
(あっダメ、吐きそ…)

普段なら喰ってかかるシーンである💧

「はい。てこずってる様なので、上から協力を命じられました」

(昴…)
(はい紗夜さん、ません)

警視庁公安部。
国家をも脅《おびや》かす事態に対処する組織。
活動内容は秘匿《ひとく》で、実態は知られていない。
機密性と高度な情報収集能力が要求されるため、警察組織の中でも相当上位の者となる。

会場の空気が一変した。

「続けても?」

「あ…ああ、よろしく頼む」
あの富士本でさえ、対応に困惑している。

戸澤がメモリーをPCに差し込み、久米山の資料を表示させた。

「彼は今、府中刑務所に服役中です」

「刑務所?何をやったのだ?」

「誘拐ですよ。もっとも、直ぐに捕まりましたけどね。余罪もあり、懲役に。だから安全です」

(全く心が乱れていない)
(嘘じゃなさそうね)

昴と紗夜は、戸澤の心理に集中していた。

「但し。彼は明日で刑期を終え、出所することになります。」

「何だって!」
公安と聞いただけで気に入らない咲。

「ご安心ください。彼は我々公安部が責任持って護衛しますので。これ以上犯人の好きにさせたら、警察の面子《めんつ》は地に落ちますからね」

「何だと、偉そうに❗️」

「咲、やめなさい!」
富士本が一喝して止める。

「戸澤さん、どうして彼が狙われると分かったんですか?」

「ほぅ…君は確か心理捜査官の紗夜刑事…でしたね。活躍の噂は耳にしています。我々は公安部ですよ。それが答えです」

(試されてる…)

「ちゃんと答えてください」

昴もそれには気付いていた。

「昴、無駄だ。こいつらは必要のないことは、絶対に漏らさねぇ」

淳一に向かって、軽く会釈する戸澤。

「では、私はこれで失礼します。くれぐれも我々の邪魔はしない様に、お願いしますね、富士本課長」

(嫌な笑み…)
紗夜は、僅かな違和感を感じていた。
彼が唯一見せた感情である。

メモリーを抜き、部屋を出て行く戸澤。
引き止めても意味はない。

「鑑識班、あの写真はまだ?」

「はい、あります」

「指紋を採取してください」

「紗夜、どうして……! あなたまさか?」

「咲さん、あの写真で4人の関係が分かりました。できすぎだと思いませんか?」

「公安部が仕組んだ…と言いたいのか紗夜?」

「それは分かりません。そうする意図が見えませんから。でも、不自然な気がするんです」

「紗夜、公安もこの事件を最初から追っていたのかもな。もし奴らが仕込んだとしても、指紋を残したりはしねぇぜ」

「公安じゃなく…犯人かも知れない…ってことね、紗夜」

「はい。昴、戸澤さんを調べてみて。富士本さん、警視庁に確認できませんか?」

「誰の指示か、ってことか?聞くだけ無駄だ。公安の情報は秘匿《ひとく》特権で守られている。下手に探ると危険だ。昴も気をつけるんだぞ」

「私は、府中刑務所へ行って来ます」

「淳一、一緒に…おい…どこへ行った?」

「と、トイレだと思います💦」

近くにいた1人が答えた。

「全く…💧」(富士本&紗夜)


思わぬ人物の介入で、進展仕掛けた捜査が、さらに撹乱されたのであった。



~東京帝都銀行本店ビル~

最上階の社長室で、妻からの電話に苛立つ義光。

「そんなことで、手間を取らせるな。夕方になれば帰ってくるだろう。アイツがムダと判断したなら、帝山高校など行く必要はない」

「あなた、娘をアイツだなんて…」

「私にはもう、アイツが何を考えているか分からん。海外の有名な大学にでも留学させろ。その程度楽勝だろう。必要なら金で何とかすれば良い」

そこへ秘書の土屋香織が、ノックをして入って来た。

要人の秘書を数人経て、ふとした会議の場で義光の目に留まり、引き抜かれた有能な人材である。

「とにかく、帰って来たら話してみろ。帝山高校へは連絡しておく。もうあそこへのは止めだ」

携帯を切る。

「お取り込み中のところをすみません」

「いやいや、恥ずかしいところを見せたな。最近の若いやつは親への敬意がなくて、手に負えんよ」

「まぁ、義光様の手を煩《わずら》わせるなんて、お噂通り賢い娘さんでございますね」

柔らかな物言いだが、表情は変わらない。

「相沢湊人《あいざわみなと》様と時任亮介《ときとうりょうすけ》様がお見えです」

「相沢と時任が?2人揃って何の用だ。分かった、通せ。茶は要らぬ、誰も入れない様に頼む」

「畏《かしこ》まりました」

深礼をして下がる土屋。
少しして、2人を案内して来た。

「お待たせ致しました」

招き入れて、静かにドアを閉める。
呼びに戻った時、口論しているのが聞こえた。
2人の表情に、焦りの色を読みとる土屋。


「なんだ、真っ昼間から2人揃いおって。同窓会じゃあるまいし。周りから変な詮索でもされるのは御免だぞ」

警視庁公安部、相沢参事官。
国土交通省、時任執務長。
機密組織と交通災害を束ねる黒幕である。

もっとも、3人は同期であり、菅原の裏からの手回しが築いた地位であった。

「知ってるだろうが…明日あいつが出て来る」

2人の顔を見て、暫し考える。
(はぁ…小さいやつだな相変わらず)

「それがどうした。出所祝いでもやるか?」

「ふざけるな、知らないのか?今起きている連続爆破事件を」

気にも留めていなかった菅原の目が細まる。
笑顔が消えた。

「関係あるってのか?」

「部下に調べさせたが、死んだ3人はあいつの仲間だ。それに、1人は彼女らしい」

戸澤からの情報である。

「ほう。誰かが邪魔なハエを片付けてくれてるってわけか」

「それみろ、こいつはお前が殺ってると思っていたんだ」

相沢が呆れた様に告げる。

「馬鹿な、金は使うが殺しはやらん。何の得もないからな」

「ではいったいだれが?」

「それを調べるのが相沢、おまえら公安の仕事だろうが。とにかく、まずはあいつを確保し、殺人鬼を…殺れ。公認でできるのはお前だけだからな」

ノックの音。

「何だ」

土屋がドアを開き、頭を上げずに告げる。

「菅原社長、官邸へ出掛ける時間です」

「おお、もうそんな時間か。相沢、時任、手放したのを後悔しているんじゃないか?彼女は本当に頼りになる」

「ありがとうございます」

土屋は、この2人にも就いた経歴を持つ。
この3人を知り尽くしている、と言っても過言ではない。

「さあ、あとは相沢、任せたぞ」

菅原が先に出て、後に2人が続いた。

「行ってらっしゃいませ」

深礼する土屋。
その口元は、微かな笑みを浮かべていた。



~東京 府中刑務所~

法務省東京矯正管区に属す日本最大の刑務所。
通称「府刑」。

現在、2800名もの囚人が収監されている。

「まさか、またここに関わるとはな」

「堺…清治…」

シリアルキラーに翻弄された東京。
二度と忘れる事はない地獄であった。

受付に向かう淳一を紗夜が止める。

「…酒臭いでしょ❗️車にいて」
(全く、もう)

「警視庁刑事課です」
手帳のバッジを見せる。

「ご苦労様です」

「久米山勝に面会をお願いします」
(えっ?)

「ついさっき、保釈金が振り込まれて、迎えが連れて行きましたよ。明日出所だと言うのに待てないのかね~」

「誰が?車は?」
(ダメか…)

「刑事さん、ここのルールはご存知でしょう」

「そうですか。失礼しました」

直ぐに車へと戻る紗夜。

「おいおい、そんな簡単に諦めるのか?」

「黒のBMで、スーツの男性2人。かなり若くて…銀行…?久米山に警戒した気配はなし」

彼の頭に残っていた残像を読んだ。

「どういうことだ?少なくとも公安がBMは使わねぇし、保釈金払うはずはないな」

「戸澤のヤロウを出し抜くとはな」

「とにかく、まだ10キロ圏内にはいるはず。昴に周りの監視カメラで捜索して貰いましょう」

「富士本さん、誰かに先をこされてしまいました。久米山はもういません」

「まさか!出所は明日では?」

「とにかく彼が危険です。黒のBMWを府刑から10キロ内の監視カメラで探してください」

「分かった。昴と、情報システム部門にも応援を頼んでみる」

「よろしくお願いします」


結局足跡は見つからず、久米山の居場所も、連れ去った者の正体も目的も、全く掴むことはできなかったのである。



~警視庁公安部~

「何だと❗️」

相沢の怒鳴り声が響く。

「まさか、出所を明日に控え、今更誰が高い保釈金を払ってまで…」

「私達の動きが読まれているとしか…」

戸澤が悔し気にデスクに手をつき俯《うつむ》く。

「仕方ない、裏で指名手配をかけろ!」

「しかし、それでは…」

裏の指名手配。
公安が標的に対して、虚偽の罪を乗せ、あらゆる裏の情報網を使い、密かに指名手配する手段であり、標的は確保より、見つけ次第に抹殺の命となる。

言わば、死人に口なしである。

賞金をかけ、ヤクザや賞金稼ぎなど、裏社会へも指示を出す最終手段であり、当然闇に葬られることになる。

「500万もあれば十分だろう」

「そこまでする理由は?」

「ヤツは危険人物だ。それに、これ以上あの爆破魔に殺らせる訳にはいかん」

相沢参事官の焦りが、それだけではないことを感じる戸澤。

「分かりました。特殊部隊を投入します」

部屋を出てドアを閉める。
相沢が誰かに電話をしている声が聞こえた。

(フッ、おもしろい)
無表情な中に微かな笑みが浮かぶ。



~警視庁対策本部 刑事課~

昴はまだ監視カメラと格闘している。
紗夜と淳一が戻って来た。

「ダメですか富士本さん?」

「ああ、どこにも映っていない様だ」

「府刑の周りの監視カメラは、全て確認しました。映っていないはずはないのですが…」

昴の疑念が紗夜に伝わる。
(おかしい…)

「あら、課長あれは?」
窓から外を見ていた咲が、眼下を見下ろす。

「お、やっと届いたか。TERRAテラコーポレーションからの贈り物だよ」

「ラブさんから?」

皆んなが新しい警察車両を見る。

「車からあらゆる監視カメラや、ここのデータベースへ衛星を通じてアクセスできる。完全防弾仕様で、幾つかの武器も搭載している様だ」

「凄いわね」

「君達には、今後あれを使ってもらう」

3台の車両が下ろされた。

(しまった!)

「どうしました、紗夜さん?」
紗夜の動揺が昴。

「BMは、きっと待機していたトラックに積み込まれ、運ばれたんだわ」

「確かに…公安部を出し抜くくらいだから、監視カメラくらい想定済みよね」

「しかし、いったい誰でしょう、今更保釈金800万も払って久米山を?」

「800万だって⁉️」
淳一が驚きの声を上げる。

「昴、久米山の罪状は分かった?」

「はい、未解決事件特捜部の方にも協力してもらい、何とか見つけました」

「刑期は10年だろ?結構な事件のはずだ。なぜそれを見つけるのに苦労したんだ?」

「ええ、なぜかほとんど記録が無くて…」

「捜査官と検察の怠慢か?」

昴がモニターに写真と資料を映す。

「久米山勝、当時21歳。事件当日、宮崎美穂、
加藤吾郎、浜田智久と4人で、都内の清和幼稚園に通う6歳の少女を誘拐。車で逃走を図るも、少女を送っていた運転手の車が追いついて、敢えなく失敗。駆けつけた警察官達に現行犯逮捕された」

「…それだけ?」

「この事件はこれで終わってますが、被害者側は重刑を要求。窃盗や、諸々の余罪もあっての判決です」

普通に考えても不自然な実刑である。

「よほど反省の色が無かったとか、態度が悪かったとかじゃねぇか?」

「それなら、法廷侮辱罪がつくわ」

「他の3人は?」

「それが…余罪はなく、強要されたという事で、保釈金が払われて釈放されています」

「今回といい、いったい誰が保釈金を?」

「その記録はありません」

紗夜にはもう一つ気になることがあった。

「バスで亡くなった、宮崎美穂だけど…。コンビニのバイトの帰りでしたよね」

「そうよ、あんな遅くまで危ないわよね」

「昴さん、もう一度最初の資料を」

事件の内容が書かれた、殺風景な資料。

「久米山と同棲していたってことだけど、調べたら彼女があの目黒の高級マンションに越したのは、この日付けの直ぐ後なんです」

「マジか!おかしいとは思ったんだよな、この2人じゃ、宝くじでも当たらなきゃ、とても買えない物件だぜ」

「まさか、一括購入なの?」

「ええ、確かに新築ではなく、不動産業界も苦しいから、億はいかないと思うけど…」

「物件の業者に確認した方がよさそうね」

「確か…ハッピー不動産だとかで、今は大手の岩崎建設に吸収されてます」

「えっ💦紗夜…今ハッピーって言った?」

「はい、面白い名前ですよね(笑)」

(マヂか❗️(笑)じゃないし💧)

「あ、後で行ってみます💦」
咲の異常な動揺を感じた紗夜が焦る。

(な…なにかしら?マズイこと言ったかな?)



そこへ、未解決事件特捜部の捜査員が駆け込んで来た。

「昴さん、見つけました!」

テーブルに古い新聞を広げる。

「一社だけ、載せていました。ここですここ」
新聞の表紙の左角を指さす。

「ちっちゃ❗️」

『幼児誘拐犯、現行犯で逮捕』

「東京新聞か、これは…多分消し忘れだな」

富士本があっさり指摘する。

「小さな新聞社で、今はもう無くなったが、良くあったんだよ。大きな事件が起きて、慌てて原稿を組み直すんだろうが、埋まらなかった隙間がそのまま残っただけだ」

彼には悪いが、皆んなの関心は違っていた。

『品川駅で山手線衝突❗️』

一面を飾っている大惨事であった。

「そう言えば、そんなことがあった様な…」

当時から東京にいた、富士本、淳一、紗夜は思い出していた。

「こんな事故があったなんて、さすが東京ね」

感心することではない💧

この頃の紗夜の記憶は曖昧であった。
ただ、富士本は現場にも行き、覚えていた。

「まさか❗️」

慌てて記事を読み始める。
そして、なぞる指が止まった。

(そんなこと!)
富士本の心に紗夜が反応する。

「なになに、最後尾の車両に乗車していた清和幼稚園の園児19名の内、15名が死亡⁉️」

さすがの咲も驚いた。

「清和幼稚園って確か…」

「誘拐された子供が通っていた幼稚園です❗️」
紗夜に被せて、昴が告げた。

『停車していた車両は、同幼稚園が園外授業で貸し切っていたもので、警察は衝突した電車運転士、山岸裕司 42歳を業務上過失致死の罪で逮捕した…』

「山岸がどうしたって?」

「豊川さん❗️」

紗夜が読み上げていたところに、休暇返上で調べていた鑑識・科捜部の部長、豊川勝政が帰り着いた。

「大変でしたね豊川さん」

「紗夜、そんなことより、その10年前の事故がどうしたってんだ?」

「豊川さん、覚えてるんですか?」

「当たり前ぇだ、俺も検視官として、現場に行ったからな。ひでぇ有り様だった。あんな小さな子供達が、死んだんだからな」

「えっ⁉️死亡は15名だと…」

「その時はな。結局、後の4人と、引率の若い先生も、病院で亡くなっちまった」

その事実に、ショックが倍増する。
紗夜の頭の中で空《す》いた車内を散り舞う子供達の姿がイメージされた。

「しかし…なんてタイミングなんだ」

豊川が思い出しながら、歯を噛み締めるのが分かった。

「その…運転士だが、逮捕後に信号の故障だったことが分かってな。無罪放免…てほど楽な事故じゃねぇよな」

昴が水を持って来た。

「おお、サンキュー。ふぅ…運転士、山岸の妻は無罪が決まる前に自殺してな。彼は地方へ左遷された」

静かに、悲惨な事件の全様に耳を傾ける。

「死んだよ」

「えっ?」

誰が?いつの話?
皆理解できなかった。

「俺の目の前でな。今朝、最終の検死報告書を提出して来たところだ」

「まさか、豊川さんが巻き込まれた電車事故って…」

「俺達の乗った電車に、正面から衝突して来た電車。その運転士が、山岸裕司 52歳。潰れた車両の中で、形もない程悲惨な姿でな…」

(ひ…ひどすぎる…)

「紗夜!」

ふらっと倒れかける紗夜を淳一が支える。

「ばか、見るんじゃねぇ、紗夜」

豊川が慌てて思考を変える。

「で、何でそんなもん出してんだ?まさか、また起きたのか?」

今はとても現場に行く気力は無い。
偶然にしては出来過ぎた事故。

「いや、そうじゃあないんだか…」
富士本も説明に困惑する。

「この事故のせいで、誘拐事件は角《すみ》に追いやられ、恐らく調査もろくにされなかったんじゃないないかしら」


不可解な事件の輪郭が、少しずつその姿を現し始めようとしていた。




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