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7. 戦火の終焉〜覚醒〜
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襲撃から1週間後。
アラスカ航空 AS1108便。
沈痛な面持ちでワシントンD.C.へ向かう紗夜。
「紗夜、そう落ち込むなよ」
「地雷がある状況で、あの落ち着きに違和感は感じたのに…」
「仕方ないさ、あんな状況だったんだし、彼女は戦場で何度も危険な目に遭ってたんだから。紗夜が納得したのも当然さ」
「私達が、ジニーの正体とミックの居場所を教えたから…殺されたのは事実」
目の前にいたメリル・ターナーに、全く気付けなかった失態。
心理分析官として、持ってはいけない先入観。
2人の死は、紗夜には初めてのミスであった。
守れずに誰かの命が消える。
殺人課なら誰もが乗り越える試錬である。
「あと4人。結局、誰一人守れずにみんな…」
「バカな考えはやめろ!メリルの顔が分かったし、今D.C.にいるのも分かったんだ。絶対捕まえて止めてやる」
励ましているのは、自分のためでもあった。
守れなかった悔しさは、アレンも同じである。
「アレン…少し…貴方の優しい心。貸して」
そう言って、アレンの肩に頭を預けた。
頬を伝う涙。
優しく、その頭を撫でるアレン。
(あたたかい…)
ダレス空港に着くまで、紗夜は眠った。
他の全ての声を閉ざして。
~国防総省《ペンタゴン》~
爆撃は、ドリス長官室がある、軍司令本部を僅かに外れ、五角形の一角にある、参謀本部の3階から5階を破壊していた。
ホテルシャングリラでの爆破、続けて起きたミサイルによるテロ攻撃。
この緊急事態を受け、バーン大統領は大規模な組織調査を開始するため、国防総省を訪れていた。
追撃や声明もなく過ぎた1週間。
急遽作られた仮設の参謀会議場。
大統領は、敵の計画的な襲撃を防ぐべく、突然の参謀会議を招集したのである。
「大統領、周囲30kmに防衛線を張り、狙撃可能なビルには私服のS.W.A.T.と軍隊を配置しております」
「ご苦労、リーン司令長官。ジミー副司令官は残念だった。各参謀はもう?」
「はい、既に会議場に集まっております。」
シークレットサービスが寄って来る。
「大統領、お電話です」
「急な呼び出しで悪いね、紗夜捜査官」
「いえ、大丈夫です。私なんかが、よろしいのかと…」
「君だからいいんだよ。大きな声では言えないが、今アメリカで、一番信頼できるのは君だ」
国防総省でさえ信用できない今、その言葉は彼の本心であった。
「彼氏もご一緒かな?」
「大統領💦そんなんじゃありません!」
大きな手荷物を、引きずり下ろした彼を見る。
「ハハ、冗談だよ。よろしく頼む」
「今から空港を出ます。では後ほど」
電話を切った。
正直なところ、連絡を受けてから、支度する暇もなく、空港直行には驚いた。
(全く、どうしたらあの短時間であんなに…)
呆れて見ている紗夜の前後を、ヒューストンから着いた中国人の旅行団が流れて行く。
「紗夜~」
近づけないでいるアレンが叫んでいた。
(ほんとに、もう…あっ!)
大柄な女性が強引に割り込み、紗夜の体が弾かれ、ステッキが手から離れた。
何とか転びはしなかったが、ヨロめいてしゃがみ込んだ。
ステッキを探る手を、人並みが弾く。
「紗夜~どこだ?」
見えなくなった紗夜を探すアレン。
立ち上がろうとした前屈みの横顔を、すり抜けて来た若い男性の肘が直撃した。
~ロス市警本部~
殺人課に慌てて飛び込んで来たマーチン。
その勢いでニールの部屋のドアを開けた。
「警部、紗夜捜査官は❗️」
「ど…どうしたんだね💦」
パターゴルフに、ガッツポーズのニール💧
「す、すみません💦」
何故か、見た方が恥ずかしくなる時がある。
「あ、いや気にしなくていいよ。紗夜捜査官は、アレンと雲の上だ。もう着いた頃だが」
「だから繋がらなかったんですね。警部…丁度いいかもしれません」
急に真顔になるマーチン。
一本のビデオテープを差し出した。
「これは、あのホテルの監視カメラ映像です」
地面より上で、更に天井が低い部屋で、地雷の爆破衝撃がどう走るか?
それを後から確認しようと貰っていた。
「おかしいんです、やっぱり」
「おかしい?」
「これは、爆破のシーンを編集したものです」
メモリースティックを、部屋のプロジェクターへ差し込む。
「そんなもの、今更…」
実はグロ系は苦手なニール。
「ここからです」
音声はない。
紗夜の向こうで、2人がうなずいた。
アレンが紗夜を庇って倒れる。
床に着く前に閃光が2つ。
と思った瞬間に爆煙が包み込み、あらゆるものが飛散して行く。
アレンと紗夜の姿は見えなくなり、直ぐに何もかもが爆煙と埃の中に消えた。
「…で?何がおかしいと言うんだね?」
「分かりませんか?」
マーチンが巻き戻し、スロー再生した。
閃光からの爆煙、飛び散る残骸。
そこで再生を停止させる。
「大体、こんな状況で、あんなに近くにいるのに、軽症で済むわけがないんです❗️」
確かに、不自然な事に気付いたニール。
「二人の周りの椅子やテーブルは、こんな手前まで砕け散ってるのに、二人の手前にあるテーブルは、びくともしてないんです❗️」
彼の言う通りであった。
「最初は、2つの地雷の波動がぶつかり合って、丁度中間の衝撃を、打ち消したのかとも考えました。でも実験した結果は真逆で、ぶつかり合った衝撃が2倍以上の威力で中央にあるものを粉砕しました」
「しかし…二人は現に無事だったじゃないか」
少し戻して、コマ送りする。
「2つの閃光はピタリ同じタイミングです。その衝撃が広がる、この時!」
止めた画像に、何かの影が見えた。
「アレは…なんだ?」
「分かりません。でもアレが爆風を遮ったのは間違いありません」
暫くの間、無言の時間が過ぎた。
「マーチン君、このことは誰にも、紗夜捜査官にも言うんじゃないぞ。いいな」
「分かりました。これは警部に預けます」
「これを紗夜捜査官に見せに来たのでは?」
その問いで、思い出した。
「あっ!そうでした。伝えないといけないことがあって」
慌てて携帯をかけるマーチン。
呼び出しが鳴っている。
「出てください…」
それを見ながらニールは、日本から掛かって来た会話を思い出していた。
(確か…富士本だったか…まさか本当とは…)
~ワシントン ダラス空港~
到着ゲート前は、別の便の人も合流し、ごった返していた。
「ドクン…」
横っ面を肘で打たれ、サングラスが飛んだ。
意識が遠のく。
「ドクン…」
(また…何なのこれは…あなたは…だれ?)
ゆらりと起き上がる紗夜。
人波の中にいて、誰も掠《かす》りもしない。
見えない目が開き、力が湧き上がる。
(ダメ…ダメ!)
と、その時内ポケットの携帯が鳴った。
ギリギリで我に返る紗夜。
ぶつかる人波をさけ、柱の影に身を寄せた。
「紗夜です」
「良かった~マーチンです」
「マーチン、どうしたの?また…」
不安がよぎってしまう。
「いえ、違います。あの地雷のリモートですが、制御可能範囲が狭いんです。恐らく爆破させた犯人は、100m以内にいたはずです」
「近くにいた…そうか!分かったわ」
「ワシントンですか、今?」
聞こえたアナウンスで、そう思ったマーチン。
「いい勘ね」
「いよいよ、ペンタゴンですね。お気をつけて、頑張ってください」
「ありがとう、マーチン」
電話を切った所で、アレンが辿りついた。
「大丈夫か、紗夜?はいこれ」
ステッキとサングラスを渡す。
「紗夜っ!」
ゲートの向こうから、ジョイスの声がした。
「さあ、行こう紗夜」
ジョイスと合流し、駐車場へ向かう。
もう外は暗い。
(あれは…なんだったのか…)
歩きながら、紗夜はずっとそれを考えていた。
「何なんだこの荷物は?」
ジョイスが、呆れながらトランクに収める。
そこから、500m離れた立体駐車場。
特殊なスコープには、紗夜の額に光るマーキングが映っていた。
空港で紗夜を肘で打つ瞬間に、片手の指が額に触れていた。
狙撃手、リチャード・ハミルトン。
ドリス長官の命で、ジニー・アトキンソンが雇った47部隊の1人である。
軽く微笑み、引き金を引く。
「ダンッ!」
「っつ!」
不意に右の掌に走る激痛。
思わず前屈みになる紗夜。
「ヴッ❗️」(えっ?)
後ろにいたアレンの体が、銃弾の衝撃に飛ぶ。
「チッ!」
直ぐ様、2発目を構えるリチャード。
「ギュルキュルギュル!」
その背後に、急発進した車が迫る。
「ガシャーン!」「グァッハ❗️」
壁と車に挟まれたリチャード。
「コ…コールマン!」「パンッ!」
ボブ・コールマンの銃が額を撃ち抜いた。
「仲間のもとへ行くがいい」
(紗夜…アレン、すまない)
倒れたアレンの胸がみるみる血に染まる。
「そ、そんな! アレン❗️」
「ガハッ!…クソッ…紗夜、大丈夫か?」
「バカ❗️私なんかより、アレン❗️」
ジョイスが呼んだ、空港配備の救急隊が駆けつけてきた。
「どいてください!」
「名前は?」
「アレン・カーターだ。狙撃用ライフルで撃たれた。クソッ!」
「さ…紗夜、俺はいいから、行け!」
「そんなこと!」
「紗夜❗️アイツをとめるんだろうが❗️ガハッ…行け…紗夜、行けぇー❗️」
意識を失ったアレンが、救急車へ運ばれる。
「紗夜!しっかりしろ……ん、これは!」
救急車の赤いライトが、額に付いた特殊なペイントを光らせた。
手でそれを拭き取る。
「アイツか❗️」
肘を食らった時の記憶に、歯を食いしばる。
「アレンは、きっと助かる!俺たちはメリルを止めるんだ、紗夜」
むりやり車に乗せるジョイス。
目を閉じて、遠ざかっていくアレンの思念を探る紗夜。
(さ…や…いけ!…いけ…い……………)
(そんな!…アレン!…)
(死んだら…死んだら許さないから!)
サングラスを外し、目を開いた。
~国防総省本庁舎《ペンタゴン》~
万全の態勢で急遽開催された、参謀会議。
ジョイスと紗夜が会場に到着した。
「認証をお願いします」
入り口でカメラによる顔認証を受ける2人。
本会議に登録済みの者のみパスできる。
「ジョイス捜査官、紗夜捜査官。ご苦労様です。」
IDカードを受け取る。
夜通しで続いている復興現場を見る2人。
「酷いわね」
「ああ、あの1発で参謀本部にいた133人が亡くなった。国としても大きな損害だ」
胸が痛む紗夜。
「今回は、自動対空砲が配備され、あの日以降、厳重な警備態勢が敷かれている」
ジョイスの話を聞きながら、紗夜はマーチンの情報を考えていた。
(地雷のリモートには、近くにいる必要がある…ゴルフ場ではロナウド、公園ではあのベンチにいた誰か、カフェとホテルではメリル。確かにマーチンの言う通りだわ)
「あの作業員達は?」
「ああ、大統領が今日の緊急参謀会議のために、攻撃を受けたその日に雇わせた業者だ。ずっとこの敷地内のテントで生活している。必要な部材や重機も、その24時間以内に運び込み、敵の介入や地雷の持ち込み、設置共にまず不可能だ」
「椅子は?」
「会議は仮設の参謀会議室で開催される。…まぁ、聞こえはいいが、様はプレハブだよ。椅子は使用しない」
「さすがバーン大統領、完璧ね」
「そうだな、そこまでして尚、君を呼んだ」
つまりは、それでもまだ、安心はしていないことを意味している。
ジョイスの携帯が鳴った。
「君を狙った奴が、立体駐車場で死体で発見された様だ」
写真を見せる。
「クッ!…47部隊にいた1人だわ」
「元は軍の狙撃兵か…」
「でも誰が?」
「それなんだが…駐車場の監視カメラが、その時間に出る車を捉えていて、これがドライバーの写真だ」
「まさかそんな❗️」
「ロス市警のボブ・コールマン。彼の狙いはブレてはいない様だ。恐らく単独の裏切り行為だろう」
「ロブ…彼は善人です。多分あの無差別攻撃でロナウドの本性を知り、組織から抜けたんだわ」
あの優しい笑顔が思い出された。
と、小さなテントのそばを通りかけた時。
不意に紗夜が立ち止まった。
「ジョイス、ここは?」
「このテントか?ここは、攻撃された直後に、この記録を残すため、唯一中に入れたカメラマンのテントだ。大統領の古い友人らしい」
「中へ入っても?」
ジョイスが入り口を開く。
「サミエル、邪魔するよ」
中へ入る2人。
(やはり…)
「これはこれは、紗夜…捜査官でしたかな?バーンから話は聞いてますよ。彼の信頼する人物が、FBI と聞いて驚いたよ」
「この…匂いは?」
「匂い? 鼻がよくきく様ですな。私は時代遅れのカメラマンでしてね。ここにある写真に染み付いた、フィルムの現像液の匂いだよ」
「現像液…」
「レトロ…といっても、戦場カメラマンなんかは、今も使っておる。電池切れの心配が要らないからな」
「もういいか、紗夜?会議は始まっている」
「はい。サミエルさん、ありがとうございました。これからもいい写真を撮ってください」
テントを出た。
「何か気になるのか?」
「ロスの公園で殺されたヘンリー・ブライト。あの時、ベンチにあの匂いが残っていたの。恐らく、戦場で写真も撮っていたメリルがいた証拠。あの地雷のリモート操作は、可能範囲が狭いの」
「そういうことか。君は目の代わりに、聴覚も嗅覚も優れてるんだな」
「生きるための術《すべ》だから」
そして、参謀会議室へ入った。
~緊急参謀会議~
一歩踏み入れた途端、緊迫した思念が紗夜へ流れ込んできた。
「うっ…」
おもわず体を引く。
「大丈夫か?全員の声は聞くな。対象を絞るんだ」
どれぐらいのことが可能かは知らない。
しかし、ここにいるのは100人余りの要人。
それぞれの脈略にまみれた心理。
その全てを受け切れるものではないことは、彼にも想像できた。
(また…なんなの…この感覚)
あのホテルの事件以来、自分の能力が大きく上がっていることを実感していた。
違和感、不安。
それに勝る強さを感じていたのである。
人の気配、それを跳ね返す壁、照明。
全ての情景がイメージできた。
会場を見渡せる場所を探す。
少し高い右角から、1人が移動した。
「ジョイス、右のあそこへ」
見えない目で合図する。
ジョイスも凄腕の捜査官である。
紗夜の意図は理解できた。
背後を周り、その場所へ向かう。
バーン大統領が2人に気付いた。
その意識に向いて、軽く会釈する紗夜。
驚くバーン。
それは直ぐに、安堵の微笑みに変わる。
「ジョイス、ミサイルは軍の司令本部ではなく、参謀本部を破壊したのよね?」
「ああ、ドリス長官のいる軍司令部の隣だ」
何かが引っ掛かっていた。
「ミサイルは近くからと聞いたけど、狙いは外さないわよね?」
「ああ、最初から参謀本部を狙った様だ」
目的の場所に着いた。
紗夜の表情が変わる。
右の掌が疼《うず》く。
(…現像液の…匂い)
そしてそれが分かった。
「ジョイス…これは罠よ!」
「なに⁉️」
「メリルが、…ここにいる」
足元にある匂いの正体を拾い上げる。
「こ、これは❗️」
「47部隊の写真。メリルに兄のモリス・ターナーが送ったもの」
「裏に全員の名前が書いてある、まさか!」
(えっ!)
ジョイスの驚きの意味を読み取った。
「3人を探して!」
彼の視察力と記憶力は最高レベルである。
100人から3人を見つけ出すのは容易である。
「紗夜…」
「居るのね、3人とも」
ドク・マクラクレン
リッチ・モーガン
キーファー・ベッソン
ベテラン兵士の彼らは、国防総省《ペンタゴン》の機密部署にいた。
そして。
写真の裏に書かれた名前。
その全てが、クロスマークで消されていたのである。
その意味はジョイスにも分かった。
「メリルは…」
「ここで全てを終わらせるつもりよ❗️」
国防総省 参謀本部の爆撃。
ホテルシャングリラでの殺害。
同時期に始まったSubmarineの反軍テロ。
メリルの復讐劇の始まり。
反軍組織によるメリルの保護。
闇に葬られた47部隊の秘密。
47部隊へのモリスの派兵。
無意味な47部隊の出動。
紗夜の頭の中で。
全ての出来事が繋がった。
そして、そのラストは。
この仮設会場での参謀会議へと。
「ジョイス…全て、最初から奴の計画」
「ギリッ」
奥歯を噛み締める。
「最初って…」
「47部隊が編成された時からよ❗️」
「そ、そんなバカな⁉️」
考えてもいなかった答えである。
頭の中に、死んでいった者達の顔が浮かぶ。
「ロナウドの正体は誰も知らないのよね」
「ああ…そうだが?」
「そして…ここに居るはずのヤツはいない❗️」
会場をもう一度見渡したジョイス。
「そんな、まさか⁉️」
「ドリス・シャルマン国防長官。ヤツがそのロナウド・ジョンソンなのよ❗️」
「バンッ❗️」
疼く右の拳で、思い切り壁を叩いた!
全員の目が紗夜を見た。
(ミ・ツ・ケ・タ)
紗夜の中で、何かが呟いた。
「メリル・ターナー❗️」
切り裂く様な紗夜の叫び声が響く。
鎮まり返る会場。
「ふふっ…アハハハッ❗️」
笑った軍服の1人が、帽子を投げ捨てた。
男装したメリル。
「もう手遅れよ、紗夜け、ん、さ、か、ん!」
「メリル❗️」
怒りの声でジョイスが叫ぶ。
「Don't move❗️」
紗夜が叫んだ。
「さすが、全て分かったみたいね」
メリルが、右手に持ったリモートスイッチを高く掲げた。
「カチッ!」
「今スイッチを入れたわ。ここに敷き詰められているぶ厚いタイル。その中には対人地雷が埋め込まれてるわ。ここの全部にね。もちろん私の下にも。表に貼られた綺麗なタイルには、振動センサーが仕込まれててね、次に新しい荷重が加われば作動するって仕掛けよ。アハハッ!」
誰か1人でも足をずらしただけで、全員の死に繋がることになる。
「狂ってる!」
「私が?…狂ってるのは、この国よ❗️」
騒めきかけた場内がまた静まる。
「47部隊。ほとんどの人は知らないし、知っても気にも留めないでしょう。私の兄は、そのイカれた隊に、遊びで地雷を踏まされたのよ。そして、動けないところを、タリバンに狙撃されて…ドーン❗️」
ビクっとする
「そうよね?ドク・マクラクレン、リッチ・モーガン、キーファー・ベッソン❗️あなた達は47部隊の最後の生き残り。他はみんな殺してやったわ」
「メリル!モリスがそんな復讐を、あなたに望んでるわけないわ❗️」
「ありきたりなセリフね。じゃあ、復讐したくないと言える?悔しくないと言えるの?恨んでないなんて、あんた達に分かるのかッ⁉️」
無言、無反応。
この状態で、それは同意を意味してしまう。
それを紗夜が覆《くつが》えす。
「言えるわ❗️例え悔しくても、恨んでいても、愛する妹のあなたに殺してなんて…そんなこと、そんなことは絶対に思ってないわ❗️」
「その通りだ、メリルさん。君が恨むのは当然のことだろう。しかし、お兄さんは君に復讐は望んだりはしないよ」
「フッ、大統領。正直あなたのことは好きよ。ここにいる愚かな連中とは違う。でもね大統領、あなたの愛する娘がもし、同じ目に遭っても、あなたは復讐しない?その死を闇に葬られても、我慢できるの……」
メリルの瞳からは、熱くそして深い悲しみの涙が溢れ出していた。
「私は絶対に許せない❗️」
大統領の頬を、紗夜の頬を、同じ色の涙が流れていた。
それに気付くメリル。
「あなたが、ここにいてくれたなら、良かったのに…バーン大統領、紗夜姫城 捜査官、巻き込んでごめんなさい」
「メリル、もうこれ以上はやめて」
彼女の心に、その選択は既にない。
紗夜にはそれが痛いくらい分かった。
(でも…止めないといけない!)
メリルの目と、見えないはずの紗夜の目が、見つめ合った。
(何かは知らない…でも居るなら、助けて❗️)
その時、メリルの最期の涙が…流れた。
(お願い…みんなを助けて❗️)
メリルの片足が上がり、一歩を踏み出す…
「助けてよ❗️」
「バシャーン❗️」
「ウガッ❗️」「ヅバァーン❗️」
照明が幾つか弾け飛び、死を覚悟した全員が目を閉じた。
どれくらい経ったのか。
静けさの中で、1人、また1人、目を開いた。
爆発は起きなかった。
「た…助かった…」
安堵の声が広がる。
「まだ、皆さん動かないで❗️床のセンサーは生きてます。そのまま動かないでください❗️」
「何が…どうなったんだ、紗夜?」
メリルの姿はない。
その背後のモルタルの壁が、大きく内側から破れ、千切れた布切れや血痕が付着していた。
後に分かったことであるが、メリルは1キロ離れた場所で遺体で見つかった。
(…ありがとう…ありがとう)
自分の中に居る、その存在を確信した紗夜。
「ジョイス、壁を外して皆んなを吊り上げるか、橋を渡して救出を!」
直ぐに状況を知らせ、救出を指示する。
「皆さん、順番に助けます。壁が外れたら、外側の人は外へ一歩出てください。跳んだり無理はしないで、今踏んでいる位置でも、踏み込んだら爆発する可能性があります」
的確な指示と、統率された軍のメンバーにより、効率的に救出されていく。
~軍司令部~
コーヒーを持って戻ったドリス。
「君か、驚かすな。もうすぐ全てが終わる」
ソファーにボブが座っていた。
向かい合って座るドリス。
「これで復讐は終わりか?」
「ああ、そしてこれから新しく、強いアメリカを作り直すのだよ」
「自分の息子まで犠牲にしてか?」
「何のことだね、あれは悲しい軍のミスだ」
ボブが資料をテーブルに置いた。
「これは、47部隊の承認書だ。承認者はあんただ、ドリス長官」
「何が言いたいのだ?」
「そして、これは爆撃の指示」
ボブがボイスレコーダーにチップを入れて、再生した。
二つの爆撃位置を指示するドリスの声。
「盗聴か、何が望みだ?」
「望み…か。ふっ」
「何がおかしい!」
「架空の指導者ロナウドとは、よく考えたものだ。完全に騙されたよ。あんたに息子は1人だけだ。そして、私の息子をあの地獄へ送り込んだのもお前だったとはな」
「ロス市警に戻ったつもりか?」
「ああ、あと少しで定年だったんだがな。仕方ない。最後くらい、ロス市警のボブ・コールマンで終わらようと思ってな」
「最期だと?」
「こんな計画をした割には、鈍いな」
ボブがリモートスイッチを見せた。
「まさか⁉️」
「さぁ、行こうか…
~参謀会議室跡~
最後に、大統領が救出された。
「バーン大統領、こんなに頑固とは思いませんでした」
自分より他をと、最後まで譲らなかった。
「はぁ…死ぬかと思ったよ」
もちろん紗夜には、大統領の不安や恐怖が十分伝わっていた。
しかし同時に、それ以上の責任感、そして、全員を救いたいと思う強い想いも、伝わっていたのである。
と、その時。
「ドドーン💥💥」
ペンタゴンに再び爆音が響いた。
「なんだ⁉️」
「ジョイス…」
「ああ…あそこは、ドリス国防長官の部屋だ」
「天罰と言う言葉が、日本にはあるらしい」
「はい、大統領。そうかも知れませんね」
そう言って、
固い握手を交わした。
先日のシークレットサービスが、紗夜の前に立ち、深く一礼をした。
その姿と感謝の気持ちは、紗夜の心にシッカリ伝わった。
笑顔で返す紗夜。
去っていく彼らを見送る。
紗夜の携帯が鳴った。
知らない番号である。
「はい?」
「紗夜…さんですか?」
(日本人?)
「そうですが…」
「良かった。ワシントン記念病院の福原です。アレンさんの手術が無事に終わりました。運ばれて来た時に、この番号のサヤに、と言ってましたので」
(アレンったら、全く)
「ありがとうございます。良かった。ありがとう…ありがとう…」
泣き出す彼女を支え、ジョイスが代わる。
「ジョイス捜査官です。今から向かいます。連絡をありがとうございました」
「ジョイス…」
「紗夜、終わったな」
この言葉を聞くたびに、ホッとする紗夜。
振り返りはしない。
次のすべきことに向かう。
それが、心理捜査官、姫城 紗夜である。
~復讐の天使~ 完結。
アラスカ航空 AS1108便。
沈痛な面持ちでワシントンD.C.へ向かう紗夜。
「紗夜、そう落ち込むなよ」
「地雷がある状況で、あの落ち着きに違和感は感じたのに…」
「仕方ないさ、あんな状況だったんだし、彼女は戦場で何度も危険な目に遭ってたんだから。紗夜が納得したのも当然さ」
「私達が、ジニーの正体とミックの居場所を教えたから…殺されたのは事実」
目の前にいたメリル・ターナーに、全く気付けなかった失態。
心理分析官として、持ってはいけない先入観。
2人の死は、紗夜には初めてのミスであった。
守れずに誰かの命が消える。
殺人課なら誰もが乗り越える試錬である。
「あと4人。結局、誰一人守れずにみんな…」
「バカな考えはやめろ!メリルの顔が分かったし、今D.C.にいるのも分かったんだ。絶対捕まえて止めてやる」
励ましているのは、自分のためでもあった。
守れなかった悔しさは、アレンも同じである。
「アレン…少し…貴方の優しい心。貸して」
そう言って、アレンの肩に頭を預けた。
頬を伝う涙。
優しく、その頭を撫でるアレン。
(あたたかい…)
ダレス空港に着くまで、紗夜は眠った。
他の全ての声を閉ざして。
~国防総省《ペンタゴン》~
爆撃は、ドリス長官室がある、軍司令本部を僅かに外れ、五角形の一角にある、参謀本部の3階から5階を破壊していた。
ホテルシャングリラでの爆破、続けて起きたミサイルによるテロ攻撃。
この緊急事態を受け、バーン大統領は大規模な組織調査を開始するため、国防総省を訪れていた。
追撃や声明もなく過ぎた1週間。
急遽作られた仮設の参謀会議場。
大統領は、敵の計画的な襲撃を防ぐべく、突然の参謀会議を招集したのである。
「大統領、周囲30kmに防衛線を張り、狙撃可能なビルには私服のS.W.A.T.と軍隊を配置しております」
「ご苦労、リーン司令長官。ジミー副司令官は残念だった。各参謀はもう?」
「はい、既に会議場に集まっております。」
シークレットサービスが寄って来る。
「大統領、お電話です」
「急な呼び出しで悪いね、紗夜捜査官」
「いえ、大丈夫です。私なんかが、よろしいのかと…」
「君だからいいんだよ。大きな声では言えないが、今アメリカで、一番信頼できるのは君だ」
国防総省でさえ信用できない今、その言葉は彼の本心であった。
「彼氏もご一緒かな?」
「大統領💦そんなんじゃありません!」
大きな手荷物を、引きずり下ろした彼を見る。
「ハハ、冗談だよ。よろしく頼む」
「今から空港を出ます。では後ほど」
電話を切った。
正直なところ、連絡を受けてから、支度する暇もなく、空港直行には驚いた。
(全く、どうしたらあの短時間であんなに…)
呆れて見ている紗夜の前後を、ヒューストンから着いた中国人の旅行団が流れて行く。
「紗夜~」
近づけないでいるアレンが叫んでいた。
(ほんとに、もう…あっ!)
大柄な女性が強引に割り込み、紗夜の体が弾かれ、ステッキが手から離れた。
何とか転びはしなかったが、ヨロめいてしゃがみ込んだ。
ステッキを探る手を、人並みが弾く。
「紗夜~どこだ?」
見えなくなった紗夜を探すアレン。
立ち上がろうとした前屈みの横顔を、すり抜けて来た若い男性の肘が直撃した。
~ロス市警本部~
殺人課に慌てて飛び込んで来たマーチン。
その勢いでニールの部屋のドアを開けた。
「警部、紗夜捜査官は❗️」
「ど…どうしたんだね💦」
パターゴルフに、ガッツポーズのニール💧
「す、すみません💦」
何故か、見た方が恥ずかしくなる時がある。
「あ、いや気にしなくていいよ。紗夜捜査官は、アレンと雲の上だ。もう着いた頃だが」
「だから繋がらなかったんですね。警部…丁度いいかもしれません」
急に真顔になるマーチン。
一本のビデオテープを差し出した。
「これは、あのホテルの監視カメラ映像です」
地面より上で、更に天井が低い部屋で、地雷の爆破衝撃がどう走るか?
それを後から確認しようと貰っていた。
「おかしいんです、やっぱり」
「おかしい?」
「これは、爆破のシーンを編集したものです」
メモリースティックを、部屋のプロジェクターへ差し込む。
「そんなもの、今更…」
実はグロ系は苦手なニール。
「ここからです」
音声はない。
紗夜の向こうで、2人がうなずいた。
アレンが紗夜を庇って倒れる。
床に着く前に閃光が2つ。
と思った瞬間に爆煙が包み込み、あらゆるものが飛散して行く。
アレンと紗夜の姿は見えなくなり、直ぐに何もかもが爆煙と埃の中に消えた。
「…で?何がおかしいと言うんだね?」
「分かりませんか?」
マーチンが巻き戻し、スロー再生した。
閃光からの爆煙、飛び散る残骸。
そこで再生を停止させる。
「大体、こんな状況で、あんなに近くにいるのに、軽症で済むわけがないんです❗️」
確かに、不自然な事に気付いたニール。
「二人の周りの椅子やテーブルは、こんな手前まで砕け散ってるのに、二人の手前にあるテーブルは、びくともしてないんです❗️」
彼の言う通りであった。
「最初は、2つの地雷の波動がぶつかり合って、丁度中間の衝撃を、打ち消したのかとも考えました。でも実験した結果は真逆で、ぶつかり合った衝撃が2倍以上の威力で中央にあるものを粉砕しました」
「しかし…二人は現に無事だったじゃないか」
少し戻して、コマ送りする。
「2つの閃光はピタリ同じタイミングです。その衝撃が広がる、この時!」
止めた画像に、何かの影が見えた。
「アレは…なんだ?」
「分かりません。でもアレが爆風を遮ったのは間違いありません」
暫くの間、無言の時間が過ぎた。
「マーチン君、このことは誰にも、紗夜捜査官にも言うんじゃないぞ。いいな」
「分かりました。これは警部に預けます」
「これを紗夜捜査官に見せに来たのでは?」
その問いで、思い出した。
「あっ!そうでした。伝えないといけないことがあって」
慌てて携帯をかけるマーチン。
呼び出しが鳴っている。
「出てください…」
それを見ながらニールは、日本から掛かって来た会話を思い出していた。
(確か…富士本だったか…まさか本当とは…)
~ワシントン ダラス空港~
到着ゲート前は、別の便の人も合流し、ごった返していた。
「ドクン…」
横っ面を肘で打たれ、サングラスが飛んだ。
意識が遠のく。
「ドクン…」
(また…何なのこれは…あなたは…だれ?)
ゆらりと起き上がる紗夜。
人波の中にいて、誰も掠《かす》りもしない。
見えない目が開き、力が湧き上がる。
(ダメ…ダメ!)
と、その時内ポケットの携帯が鳴った。
ギリギリで我に返る紗夜。
ぶつかる人波をさけ、柱の影に身を寄せた。
「紗夜です」
「良かった~マーチンです」
「マーチン、どうしたの?また…」
不安がよぎってしまう。
「いえ、違います。あの地雷のリモートですが、制御可能範囲が狭いんです。恐らく爆破させた犯人は、100m以内にいたはずです」
「近くにいた…そうか!分かったわ」
「ワシントンですか、今?」
聞こえたアナウンスで、そう思ったマーチン。
「いい勘ね」
「いよいよ、ペンタゴンですね。お気をつけて、頑張ってください」
「ありがとう、マーチン」
電話を切った所で、アレンが辿りついた。
「大丈夫か、紗夜?はいこれ」
ステッキとサングラスを渡す。
「紗夜っ!」
ゲートの向こうから、ジョイスの声がした。
「さあ、行こう紗夜」
ジョイスと合流し、駐車場へ向かう。
もう外は暗い。
(あれは…なんだったのか…)
歩きながら、紗夜はずっとそれを考えていた。
「何なんだこの荷物は?」
ジョイスが、呆れながらトランクに収める。
そこから、500m離れた立体駐車場。
特殊なスコープには、紗夜の額に光るマーキングが映っていた。
空港で紗夜を肘で打つ瞬間に、片手の指が額に触れていた。
狙撃手、リチャード・ハミルトン。
ドリス長官の命で、ジニー・アトキンソンが雇った47部隊の1人である。
軽く微笑み、引き金を引く。
「ダンッ!」
「っつ!」
不意に右の掌に走る激痛。
思わず前屈みになる紗夜。
「ヴッ❗️」(えっ?)
後ろにいたアレンの体が、銃弾の衝撃に飛ぶ。
「チッ!」
直ぐ様、2発目を構えるリチャード。
「ギュルキュルギュル!」
その背後に、急発進した車が迫る。
「ガシャーン!」「グァッハ❗️」
壁と車に挟まれたリチャード。
「コ…コールマン!」「パンッ!」
ボブ・コールマンの銃が額を撃ち抜いた。
「仲間のもとへ行くがいい」
(紗夜…アレン、すまない)
倒れたアレンの胸がみるみる血に染まる。
「そ、そんな! アレン❗️」
「ガハッ!…クソッ…紗夜、大丈夫か?」
「バカ❗️私なんかより、アレン❗️」
ジョイスが呼んだ、空港配備の救急隊が駆けつけてきた。
「どいてください!」
「名前は?」
「アレン・カーターだ。狙撃用ライフルで撃たれた。クソッ!」
「さ…紗夜、俺はいいから、行け!」
「そんなこと!」
「紗夜❗️アイツをとめるんだろうが❗️ガハッ…行け…紗夜、行けぇー❗️」
意識を失ったアレンが、救急車へ運ばれる。
「紗夜!しっかりしろ……ん、これは!」
救急車の赤いライトが、額に付いた特殊なペイントを光らせた。
手でそれを拭き取る。
「アイツか❗️」
肘を食らった時の記憶に、歯を食いしばる。
「アレンは、きっと助かる!俺たちはメリルを止めるんだ、紗夜」
むりやり車に乗せるジョイス。
目を閉じて、遠ざかっていくアレンの思念を探る紗夜。
(さ…や…いけ!…いけ…い……………)
(そんな!…アレン!…)
(死んだら…死んだら許さないから!)
サングラスを外し、目を開いた。
~国防総省本庁舎《ペンタゴン》~
万全の態勢で急遽開催された、参謀会議。
ジョイスと紗夜が会場に到着した。
「認証をお願いします」
入り口でカメラによる顔認証を受ける2人。
本会議に登録済みの者のみパスできる。
「ジョイス捜査官、紗夜捜査官。ご苦労様です。」
IDカードを受け取る。
夜通しで続いている復興現場を見る2人。
「酷いわね」
「ああ、あの1発で参謀本部にいた133人が亡くなった。国としても大きな損害だ」
胸が痛む紗夜。
「今回は、自動対空砲が配備され、あの日以降、厳重な警備態勢が敷かれている」
ジョイスの話を聞きながら、紗夜はマーチンの情報を考えていた。
(地雷のリモートには、近くにいる必要がある…ゴルフ場ではロナウド、公園ではあのベンチにいた誰か、カフェとホテルではメリル。確かにマーチンの言う通りだわ)
「あの作業員達は?」
「ああ、大統領が今日の緊急参謀会議のために、攻撃を受けたその日に雇わせた業者だ。ずっとこの敷地内のテントで生活している。必要な部材や重機も、その24時間以内に運び込み、敵の介入や地雷の持ち込み、設置共にまず不可能だ」
「椅子は?」
「会議は仮設の参謀会議室で開催される。…まぁ、聞こえはいいが、様はプレハブだよ。椅子は使用しない」
「さすがバーン大統領、完璧ね」
「そうだな、そこまでして尚、君を呼んだ」
つまりは、それでもまだ、安心はしていないことを意味している。
ジョイスの携帯が鳴った。
「君を狙った奴が、立体駐車場で死体で発見された様だ」
写真を見せる。
「クッ!…47部隊にいた1人だわ」
「元は軍の狙撃兵か…」
「でも誰が?」
「それなんだが…駐車場の監視カメラが、その時間に出る車を捉えていて、これがドライバーの写真だ」
「まさかそんな❗️」
「ロス市警のボブ・コールマン。彼の狙いはブレてはいない様だ。恐らく単独の裏切り行為だろう」
「ロブ…彼は善人です。多分あの無差別攻撃でロナウドの本性を知り、組織から抜けたんだわ」
あの優しい笑顔が思い出された。
と、小さなテントのそばを通りかけた時。
不意に紗夜が立ち止まった。
「ジョイス、ここは?」
「このテントか?ここは、攻撃された直後に、この記録を残すため、唯一中に入れたカメラマンのテントだ。大統領の古い友人らしい」
「中へ入っても?」
ジョイスが入り口を開く。
「サミエル、邪魔するよ」
中へ入る2人。
(やはり…)
「これはこれは、紗夜…捜査官でしたかな?バーンから話は聞いてますよ。彼の信頼する人物が、FBI と聞いて驚いたよ」
「この…匂いは?」
「匂い? 鼻がよくきく様ですな。私は時代遅れのカメラマンでしてね。ここにある写真に染み付いた、フィルムの現像液の匂いだよ」
「現像液…」
「レトロ…といっても、戦場カメラマンなんかは、今も使っておる。電池切れの心配が要らないからな」
「もういいか、紗夜?会議は始まっている」
「はい。サミエルさん、ありがとうございました。これからもいい写真を撮ってください」
テントを出た。
「何か気になるのか?」
「ロスの公園で殺されたヘンリー・ブライト。あの時、ベンチにあの匂いが残っていたの。恐らく、戦場で写真も撮っていたメリルがいた証拠。あの地雷のリモート操作は、可能範囲が狭いの」
「そういうことか。君は目の代わりに、聴覚も嗅覚も優れてるんだな」
「生きるための術《すべ》だから」
そして、参謀会議室へ入った。
~緊急参謀会議~
一歩踏み入れた途端、緊迫した思念が紗夜へ流れ込んできた。
「うっ…」
おもわず体を引く。
「大丈夫か?全員の声は聞くな。対象を絞るんだ」
どれぐらいのことが可能かは知らない。
しかし、ここにいるのは100人余りの要人。
それぞれの脈略にまみれた心理。
その全てを受け切れるものではないことは、彼にも想像できた。
(また…なんなの…この感覚)
あのホテルの事件以来、自分の能力が大きく上がっていることを実感していた。
違和感、不安。
それに勝る強さを感じていたのである。
人の気配、それを跳ね返す壁、照明。
全ての情景がイメージできた。
会場を見渡せる場所を探す。
少し高い右角から、1人が移動した。
「ジョイス、右のあそこへ」
見えない目で合図する。
ジョイスも凄腕の捜査官である。
紗夜の意図は理解できた。
背後を周り、その場所へ向かう。
バーン大統領が2人に気付いた。
その意識に向いて、軽く会釈する紗夜。
驚くバーン。
それは直ぐに、安堵の微笑みに変わる。
「ジョイス、ミサイルは軍の司令本部ではなく、参謀本部を破壊したのよね?」
「ああ、ドリス長官のいる軍司令部の隣だ」
何かが引っ掛かっていた。
「ミサイルは近くからと聞いたけど、狙いは外さないわよね?」
「ああ、最初から参謀本部を狙った様だ」
目的の場所に着いた。
紗夜の表情が変わる。
右の掌が疼《うず》く。
(…現像液の…匂い)
そしてそれが分かった。
「ジョイス…これは罠よ!」
「なに⁉️」
「メリルが、…ここにいる」
足元にある匂いの正体を拾い上げる。
「こ、これは❗️」
「47部隊の写真。メリルに兄のモリス・ターナーが送ったもの」
「裏に全員の名前が書いてある、まさか!」
(えっ!)
ジョイスの驚きの意味を読み取った。
「3人を探して!」
彼の視察力と記憶力は最高レベルである。
100人から3人を見つけ出すのは容易である。
「紗夜…」
「居るのね、3人とも」
ドク・マクラクレン
リッチ・モーガン
キーファー・ベッソン
ベテラン兵士の彼らは、国防総省《ペンタゴン》の機密部署にいた。
そして。
写真の裏に書かれた名前。
その全てが、クロスマークで消されていたのである。
その意味はジョイスにも分かった。
「メリルは…」
「ここで全てを終わらせるつもりよ❗️」
国防総省 参謀本部の爆撃。
ホテルシャングリラでの殺害。
同時期に始まったSubmarineの反軍テロ。
メリルの復讐劇の始まり。
反軍組織によるメリルの保護。
闇に葬られた47部隊の秘密。
47部隊へのモリスの派兵。
無意味な47部隊の出動。
紗夜の頭の中で。
全ての出来事が繋がった。
そして、そのラストは。
この仮設会場での参謀会議へと。
「ジョイス…全て、最初から奴の計画」
「ギリッ」
奥歯を噛み締める。
「最初って…」
「47部隊が編成された時からよ❗️」
「そ、そんなバカな⁉️」
考えてもいなかった答えである。
頭の中に、死んでいった者達の顔が浮かぶ。
「ロナウドの正体は誰も知らないのよね」
「ああ…そうだが?」
「そして…ここに居るはずのヤツはいない❗️」
会場をもう一度見渡したジョイス。
「そんな、まさか⁉️」
「ドリス・シャルマン国防長官。ヤツがそのロナウド・ジョンソンなのよ❗️」
「バンッ❗️」
疼く右の拳で、思い切り壁を叩いた!
全員の目が紗夜を見た。
(ミ・ツ・ケ・タ)
紗夜の中で、何かが呟いた。
「メリル・ターナー❗️」
切り裂く様な紗夜の叫び声が響く。
鎮まり返る会場。
「ふふっ…アハハハッ❗️」
笑った軍服の1人が、帽子を投げ捨てた。
男装したメリル。
「もう手遅れよ、紗夜け、ん、さ、か、ん!」
「メリル❗️」
怒りの声でジョイスが叫ぶ。
「Don't move❗️」
紗夜が叫んだ。
「さすが、全て分かったみたいね」
メリルが、右手に持ったリモートスイッチを高く掲げた。
「カチッ!」
「今スイッチを入れたわ。ここに敷き詰められているぶ厚いタイル。その中には対人地雷が埋め込まれてるわ。ここの全部にね。もちろん私の下にも。表に貼られた綺麗なタイルには、振動センサーが仕込まれててね、次に新しい荷重が加われば作動するって仕掛けよ。アハハッ!」
誰か1人でも足をずらしただけで、全員の死に繋がることになる。
「狂ってる!」
「私が?…狂ってるのは、この国よ❗️」
騒めきかけた場内がまた静まる。
「47部隊。ほとんどの人は知らないし、知っても気にも留めないでしょう。私の兄は、そのイカれた隊に、遊びで地雷を踏まされたのよ。そして、動けないところを、タリバンに狙撃されて…ドーン❗️」
ビクっとする
「そうよね?ドク・マクラクレン、リッチ・モーガン、キーファー・ベッソン❗️あなた達は47部隊の最後の生き残り。他はみんな殺してやったわ」
「メリル!モリスがそんな復讐を、あなたに望んでるわけないわ❗️」
「ありきたりなセリフね。じゃあ、復讐したくないと言える?悔しくないと言えるの?恨んでないなんて、あんた達に分かるのかッ⁉️」
無言、無反応。
この状態で、それは同意を意味してしまう。
それを紗夜が覆《くつが》えす。
「言えるわ❗️例え悔しくても、恨んでいても、愛する妹のあなたに殺してなんて…そんなこと、そんなことは絶対に思ってないわ❗️」
「その通りだ、メリルさん。君が恨むのは当然のことだろう。しかし、お兄さんは君に復讐は望んだりはしないよ」
「フッ、大統領。正直あなたのことは好きよ。ここにいる愚かな連中とは違う。でもね大統領、あなたの愛する娘がもし、同じ目に遭っても、あなたは復讐しない?その死を闇に葬られても、我慢できるの……」
メリルの瞳からは、熱くそして深い悲しみの涙が溢れ出していた。
「私は絶対に許せない❗️」
大統領の頬を、紗夜の頬を、同じ色の涙が流れていた。
それに気付くメリル。
「あなたが、ここにいてくれたなら、良かったのに…バーン大統領、紗夜姫城 捜査官、巻き込んでごめんなさい」
「メリル、もうこれ以上はやめて」
彼女の心に、その選択は既にない。
紗夜にはそれが痛いくらい分かった。
(でも…止めないといけない!)
メリルの目と、見えないはずの紗夜の目が、見つめ合った。
(何かは知らない…でも居るなら、助けて❗️)
その時、メリルの最期の涙が…流れた。
(お願い…みんなを助けて❗️)
メリルの片足が上がり、一歩を踏み出す…
「助けてよ❗️」
「バシャーン❗️」
「ウガッ❗️」「ヅバァーン❗️」
照明が幾つか弾け飛び、死を覚悟した全員が目を閉じた。
どれくらい経ったのか。
静けさの中で、1人、また1人、目を開いた。
爆発は起きなかった。
「た…助かった…」
安堵の声が広がる。
「まだ、皆さん動かないで❗️床のセンサーは生きてます。そのまま動かないでください❗️」
「何が…どうなったんだ、紗夜?」
メリルの姿はない。
その背後のモルタルの壁が、大きく内側から破れ、千切れた布切れや血痕が付着していた。
後に分かったことであるが、メリルは1キロ離れた場所で遺体で見つかった。
(…ありがとう…ありがとう)
自分の中に居る、その存在を確信した紗夜。
「ジョイス、壁を外して皆んなを吊り上げるか、橋を渡して救出を!」
直ぐに状況を知らせ、救出を指示する。
「皆さん、順番に助けます。壁が外れたら、外側の人は外へ一歩出てください。跳んだり無理はしないで、今踏んでいる位置でも、踏み込んだら爆発する可能性があります」
的確な指示と、統率された軍のメンバーにより、効率的に救出されていく。
~軍司令部~
コーヒーを持って戻ったドリス。
「君か、驚かすな。もうすぐ全てが終わる」
ソファーにボブが座っていた。
向かい合って座るドリス。
「これで復讐は終わりか?」
「ああ、そしてこれから新しく、強いアメリカを作り直すのだよ」
「自分の息子まで犠牲にしてか?」
「何のことだね、あれは悲しい軍のミスだ」
ボブが資料をテーブルに置いた。
「これは、47部隊の承認書だ。承認者はあんただ、ドリス長官」
「何が言いたいのだ?」
「そして、これは爆撃の指示」
ボブがボイスレコーダーにチップを入れて、再生した。
二つの爆撃位置を指示するドリスの声。
「盗聴か、何が望みだ?」
「望み…か。ふっ」
「何がおかしい!」
「架空の指導者ロナウドとは、よく考えたものだ。完全に騙されたよ。あんたに息子は1人だけだ。そして、私の息子をあの地獄へ送り込んだのもお前だったとはな」
「ロス市警に戻ったつもりか?」
「ああ、あと少しで定年だったんだがな。仕方ない。最後くらい、ロス市警のボブ・コールマンで終わらようと思ってな」
「最期だと?」
「こんな計画をした割には、鈍いな」
ボブがリモートスイッチを見せた。
「まさか⁉️」
「さぁ、行こうか…
~参謀会議室跡~
最後に、大統領が救出された。
「バーン大統領、こんなに頑固とは思いませんでした」
自分より他をと、最後まで譲らなかった。
「はぁ…死ぬかと思ったよ」
もちろん紗夜には、大統領の不安や恐怖が十分伝わっていた。
しかし同時に、それ以上の責任感、そして、全員を救いたいと思う強い想いも、伝わっていたのである。
と、その時。
「ドドーン💥💥」
ペンタゴンに再び爆音が響いた。
「なんだ⁉️」
「ジョイス…」
「ああ…あそこは、ドリス国防長官の部屋だ」
「天罰と言う言葉が、日本にはあるらしい」
「はい、大統領。そうかも知れませんね」
そう言って、
固い握手を交わした。
先日のシークレットサービスが、紗夜の前に立ち、深く一礼をした。
その姿と感謝の気持ちは、紗夜の心にシッカリ伝わった。
笑顔で返す紗夜。
去っていく彼らを見送る。
紗夜の携帯が鳴った。
知らない番号である。
「はい?」
「紗夜…さんですか?」
(日本人?)
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「ありがとうございます。良かった。ありがとう…ありがとう…」
泣き出す彼女を支え、ジョイスが代わる。
「ジョイス捜査官です。今から向かいます。連絡をありがとうございました」
「ジョイス…」
「紗夜、終わったな」
この言葉を聞くたびに、ホッとする紗夜。
振り返りはしない。
次のすべきことに向かう。
それが、心理捜査官、姫城 紗夜である。
~復讐の天使~ 完結。
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