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第9章 つかの間の休息編
第10話 これまでの話とこれからの話と
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・・9・・
孝弘と両親がようやく落ち着いたのは、二〇分が経ってからだった。
三人は涙を拭うとリビングに行き、孝弘はあまり多くない荷物を部屋の隅に置いてコタツに入って座る。じんわりと広がる暖かさが、孝弘を包んでいた。
「コーヒー、何を飲む?」
孝弘の父――米原康二――はカプセル式のコーヒーメーカーの前に立って孝弘に聞く。
「種類って、何がある?」
「カフェラテとキャラメルラテにエスプレッソ、後は普通のコーヒーもあるぞ」
「キャラメルラテで」
「おし、わかった」
康二はカプセルを機械にセットしつつ、マグカップも用意していく。大事にとってあった孝弘が使っていたものだった。
「孝弘、クッキーもあるから食べなさいな」
「ありがとう、母さん」
孝弘の返事に彼の母――米原啓子――は微笑むと、菓子置き場にしているらしい棚からクッキーをいくつか取り出していき、コタツの上に置く。
三人分の飲み物が揃うと孝弘の両親も座り、孝弘はキャラメルラテを、康二はコーヒーを、啓子はカフェラテを口につけると、ふぅ、と息をついた。
康二は七条の護衛(引き継ぎして別人物の孝弘よりやや年上くらいの男性になっている。もちろん、彼も孝弘の事は機密の上で知らされている)の方をちらりと見てから、孝弘の方を向いて話し始めた。
「まず、おかえり、だな。本当に生きていて良かった」
「ただいま。父さん、母さん」
「そこに立っている彼が誰だかは知っている。九条術士の七条家私設護衛部隊の方だろう。スーツの胸ポケット近くに付けているバッジが見たことあるものだからな」
「うん、父さんの言う通り七条家の護衛部隊だよ」
「孝弘。六年半前のあの事故で行方不明になってたけど、あなたは生きていて、帰ってきてくれた。でも、孝弘だけじゃなくて七条の方がいる。特別な何かがあったのよね?」
「そうだね、母さん。色々、あったよ」
「なら、聞かせてくれないか? 俺も啓子も一介の登録魔法能力者だ。七条家の関係者がいるってことがどういうことか、非魔法能力者に比べれば察する事は出来る」
康二と啓子はCランク魔法能力者だ。軍人では無いが、国家登録魔法能力者でもある。だから康二の言うように七条の関係者がいることはただならぬ事があるのだと分かっているし、恐らく黒服の彼が何を言うかも分かっていた。
実際、彼の思った通りの言葉が護衛の男性から出てきた。
「米原康二様、啓子様。話が早くて大変助かります。本件について、これから孝弘様が話される数々は国家機密並びに軍事機密が含まれます。無論、最上位機密事項についてはお話出来かねますからどうかご容赦を。七条家次期当主筆頭継承者であり日本魔法軍准将でもある璃佳様より、そう言伝を預かっております」
「ははっ、七条璃佳様の名前が出てきたか。こりゃあ出てくるのは蛇どころかヤマタノオロチかもな」
「分かりました。触れられない所はこの子も触れられないと言ってくれるでしょうし、そのような立ち位置にいるのも今の話で分かりました。受け入れられている言えば嘘になりますけど、要するに、機密が漏れれば国から処罰されるってことでしょう?」
「はい、啓子様。誠に申し訳ございませんが、防音魔法を発動し、人払いの魔法も使いました。また、御三方が話されている間に盗聴器の類などが無いことも確認させて頂いております」
「随分と用心なさるのね」
「ごめん、母さん。父さん。これから話すことはそういうことなんだ」
「いいのよ、孝弘。けどその代わりに、話せる範囲は全て聞かせて」
「ああ。聞かせて欲しい。お前が六年半の間、どうしてたのか。親としても、な」
康二と啓子の言葉に孝弘はうなずくと、ゆっくりとこれまで何があったかを語り始めた。
事故直後の異世界転移。
異世界であるアルストルムの六年間で何があって、どのような経験をして、何を成し遂げたか。
帰還したのが今年の九月末でやっと実家に帰るはずが、故郷のこの世界が戦禍に見舞われていて、帰還直後からCTと交戦したこと。
その後、日本魔法軍の軍人になり富士宮から東京奪還作戦まで戦いに身を投じて、今に至ること。もちろんこれについても最上位機密事項に触れない程度の話になるが。
当然、この話をしていく中で彼は自分がSランク能力者になっていたことと今の階級についても話していた。
どれもこれも康二や啓子にとっては信じ難い事ばかりだったが、能力者ランク証明書と軍籍証明書――階級は昇進が反映され中佐になっている――を提示されれば信じざるを得なかった。
「――という、ことなんだ」
孝弘が語り終えると、康二は天井を見つめていた。啓子はまるで空想物語の中にいるような気持ちになっていた。
先に口を開いたのは康二だった。
「冗談でヤマタノオロチって言ったんだが、真相はそれ以上だったな……。こりゃあ、何て言えばいいんだ……。でも、目の前にあるAR画面の能力者証明書と軍籍証明書が証拠だもんなあ……」
「あたしがいる所が映画やドラマの類なのか、現実なのかあやふやになるわね……。でも、目の前に孝弘はいるんだから、現実だものねえ……」
案の定といっていい反応を示す二人に、孝弘は苦笑いをするしかない。自分が両親なら同じ様子になっていただろうからだ。
そもそも異世界に転移した時点で空想甚だしいのだ。一昔前に流行った小説の類じゃあるまいしと思うのが妥当である。
だが、現実に孝弘はアルストルムで戦ったし、帰還してからも戦った。日本では両手両足の数に満たないSランク能力者にもなっている。
受け入れ難いが受け入れざるを得ないといったところだった。
「その…………、なんだ…………。よく生きて帰ってきてくれたな。今日明日が偶然有給で良かったな……」
「孝弘の言うことが全てなら、激戦を生き抜いたのでしょう。それも、軍人として。まさか息子が中佐に、しかもいくつか謎がある第一特務連隊の隊員になってるなんて思わなかったけれど」
「父さんと母さんが困惑する気持ちはすごく分かる。でもこれが、俺が歩んできた道で、今も歩んでいる道なんだ」
孝弘が言うと、康二と啓子は口をつぐんだ。どう返せばいいか分からなかったから。
ただそれでも、一つだけ変わらないことはある。
「はっきり言って、俺は聞かされた事全てを飲み込むのに凄い時間がかかると思う。でもな、お前が生きてここにいてくれることは、本当に嬉しい。嬉しいんだ。それだけは自信を持って言える」
「そう、ね。正直もうダメかと思っていたけど、孝弘が生きていて、話せることはすごく嬉しいわ」
「ありがとう、父さん。母さん。でも、話はもう一つあってさ」
「まだあるのか!?」
「まだあるの?!」
二人して同じ反応である。康二に至っては俺だってもう五〇も後半だってのに、心臓持たんぞ……。と手で顔を覆っている。啓子は天井を仰ぎ始めていた。
「だ、大丈夫だって。この話はまだ常識的だから」
「い、いったいなんだ……?」
「聞かせてちょうだい……」
「母さん、声が震えてるよ……。ええっと、実はなんだけど……」
「ああ」
「ええ」
「俺には、結婚を誓った相手がいるんだ」
「はぁ!?!?!?」
「ひへぇ?!?!?!」
「そんなにびっくりするかな、するかぁ……」
「するに決まってるだろ!!」
「いつの間に?! どこの誰?! どうしてそうなったの?!?!」
康二と啓子は驚愕のあまり身を乗り出して孝弘に迫り、孝弘は身を引いていたし頬も引きつっていた。こうなることは予想していたが、まさか結婚の話でここまで食いつかれると思わなかったのだ。後日孝弘は、「よくよく考えれば下手な空想じみた現実より、現実感満載の結婚の方が驚かれるに決まっているか……」と思ったが、この時はそうではなかった。
「これも機密に触れるんだけど、相手は同じ転移して帰ってきた大学の同期。高崎水帆って言うんだけど」
「ああ……、さっき話に出てきた……」
「苦難を乗り越えた仲ってことね。この話だけは納得出来るわ」
「順応早くない母さん!?」
「さっきの話よりはずっとマシだもの」
「返す言葉も無い……。まあ、本当は帰還したら報告して式を挙げたいだとかそういった話もするつもりだったんだ。けど、帰ってきたらこれだったから」
「ウチの子とお相手のめでたいイベントを現在進行形で邪魔するなんて、神聖帝国軍とかなんだか詳しく知らないけど、はっ倒したくなってきたわね……」
「母さんはたくましいなぁ……」
「息子に全力で同意したくなるが、まあ、言わんとすることは凄い分かる。なるほどなぁ、生きてた息子に相手がいたかぁ……」
「うん。いる。彼女も今頃実家で同じ話をしてると思う。向こうへ挨拶には行きたいんだけど……」
孝弘は言い淀んだ。この話は帰宅する直前までどう伝えればいいか迷っていたことだったからだ。
「無理、なんだろ」
康二はもう何を聞かされても驚かない。なんでもこいだちくしょう。と半ば投げやりになっていたが、実の息子だからこそ表情で察した。
Sランク能力者、今は軍人でしかも佐官。第一特務連隊所属ともなれば、息子の顔つきで大抵予測はついていたともいえる。
「うん……。ごめん……」
「何を謝ることがあるんだ?」
「そうよ。謝らないでちょうだい。私達はこれでも、魔法能力者の家系よ?」
気丈に振舞って言う康二と啓子だったが、その手は、指先は震えていた。
孝弘は二人の様子を見ていた。さっきまで結婚の話で少しだけ空気が穏やか――と言っていいのかやや微妙だが――になっていただけに伝えづらさがあり、また、せっかく帰ってきたこんな話をしなくてはいけない。けれど、しなくてはならない。と申し訳なさもあった。
でも、避けては通れない道だった。
「俺が帰ってきたのは、あくまで一時的な帰郷でさ……。今の俺はSランク能力者で、軍人なんだ……。だから、ずっとここに、いられない……。家に帰ってきたのに、ずっと父さんと母さんのとこにはいられない。俺は、俺は、能力者として、軍人として、責務を果たさなきゃいけないから。大切な人達を、守りたいから」
「…………戦場に、戻るんだな」
「……うん」
「…………軍人としての務めを果たすんだよな」
「……うん」
「…………大切な人を、守る為なんだよな」
「うん」
「どこに戻るんだ?」
「しばらくは伊丹に。来月以降は、まだ分からない。たぶん、父さんの想像通りだと思う」
「いつ戻るんだ?」
「明後日の夜には」
「それまでは家にいるんだよな」
「うん」
「なら、俺から言うことは何も無い」
「そう、ね。孝弘、あなたがそんな真っ直ぐな瞳で言うんだもの。色々言いたいことはあるわ。出来れば、ずっと家にいてほしい。けど、それでも行くんでしょう?」
「ごめん、母さん」
「謝らなくていいのよ。『魔法能力者として力を持つ者は義務を果たせ。祖国を守り、守るべき者を守る為に力を使え。責務を果たせ』でしょう? おじいさんが魔法軍人だったから、よく聞いていたわ。あなたも、そうするのでしょ?」
「うん。俺は大切な人を守る為に、この力を使う。母さんの為であり、父さんの為でもある。もちろん、一緒に戦うって言った水帆を戦場で守る為にも」
「分かったわ。けど、家にいる間これだけは約束して」
「うん」
「いくらでもわがままを言いなさい。食べたいもの、飲みたいもの、なんでもいいから言いなさい。沢山作るから。思う存分、家でゆっくりしていきなさい。孝弘の部屋はそのままにしてあるから。それに、ここにいる時だけは、軍務なんて忘れちゃいなさい。……あと、私達と沢山話してちょうだい。母さんは、水帆さんだったかしら。その子の事がすごく気になるから」
「おう、それだそれ。俺も気になる」
「ふ、んふ、はははっ。分かったよ。父さん、母さん。沢山話すよ」
「決まりね。というわけで、七条の護衛さん。香椎さんだったわよね?」
「はい。香椎です」
「この後あなた達はどうするの?」
「ご家族の団欒を誰にも邪魔されないよう、警護にあたります。もちろん、ここにはおりません。周辺にいますからご安心を」
「そう。なら、お願いします」
「御意に。お任せ下さい」
「さ! そうと決まればまずは昼ごはんにしなくちゃね!! お腹が減っちゃったわ。お父さん、手伝って」
「おうともさ!!」
孝弘は両親を見つめて思っていた。
ああ、この二人の息子で良かったと。平気なように振舞っているけれど、全然平気じゃないのは一番分かっている。
でも、かつてのようにしてくれているんだ。事故に巻き込まれる前の、あの日常と同じように。
だったら、俺も。
俺もせめて、自宅にいる間くらいは。
そう思って。思ったからこそ。
「俺も手伝うよ」
「いいのか?」
「もちろん。手伝わせて」
「ありがとう、孝弘」
短い一家団欒。
けれどもかけがえのない時間は、まだ始まったばかりだ。
孝弘と両親がようやく落ち着いたのは、二〇分が経ってからだった。
三人は涙を拭うとリビングに行き、孝弘はあまり多くない荷物を部屋の隅に置いてコタツに入って座る。じんわりと広がる暖かさが、孝弘を包んでいた。
「コーヒー、何を飲む?」
孝弘の父――米原康二――はカプセル式のコーヒーメーカーの前に立って孝弘に聞く。
「種類って、何がある?」
「カフェラテとキャラメルラテにエスプレッソ、後は普通のコーヒーもあるぞ」
「キャラメルラテで」
「おし、わかった」
康二はカプセルを機械にセットしつつ、マグカップも用意していく。大事にとってあった孝弘が使っていたものだった。
「孝弘、クッキーもあるから食べなさいな」
「ありがとう、母さん」
孝弘の返事に彼の母――米原啓子――は微笑むと、菓子置き場にしているらしい棚からクッキーをいくつか取り出していき、コタツの上に置く。
三人分の飲み物が揃うと孝弘の両親も座り、孝弘はキャラメルラテを、康二はコーヒーを、啓子はカフェラテを口につけると、ふぅ、と息をついた。
康二は七条の護衛(引き継ぎして別人物の孝弘よりやや年上くらいの男性になっている。もちろん、彼も孝弘の事は機密の上で知らされている)の方をちらりと見てから、孝弘の方を向いて話し始めた。
「まず、おかえり、だな。本当に生きていて良かった」
「ただいま。父さん、母さん」
「そこに立っている彼が誰だかは知っている。九条術士の七条家私設護衛部隊の方だろう。スーツの胸ポケット近くに付けているバッジが見たことあるものだからな」
「うん、父さんの言う通り七条家の護衛部隊だよ」
「孝弘。六年半前のあの事故で行方不明になってたけど、あなたは生きていて、帰ってきてくれた。でも、孝弘だけじゃなくて七条の方がいる。特別な何かがあったのよね?」
「そうだね、母さん。色々、あったよ」
「なら、聞かせてくれないか? 俺も啓子も一介の登録魔法能力者だ。七条家の関係者がいるってことがどういうことか、非魔法能力者に比べれば察する事は出来る」
康二と啓子はCランク魔法能力者だ。軍人では無いが、国家登録魔法能力者でもある。だから康二の言うように七条の関係者がいることはただならぬ事があるのだと分かっているし、恐らく黒服の彼が何を言うかも分かっていた。
実際、彼の思った通りの言葉が護衛の男性から出てきた。
「米原康二様、啓子様。話が早くて大変助かります。本件について、これから孝弘様が話される数々は国家機密並びに軍事機密が含まれます。無論、最上位機密事項についてはお話出来かねますからどうかご容赦を。七条家次期当主筆頭継承者であり日本魔法軍准将でもある璃佳様より、そう言伝を預かっております」
「ははっ、七条璃佳様の名前が出てきたか。こりゃあ出てくるのは蛇どころかヤマタノオロチかもな」
「分かりました。触れられない所はこの子も触れられないと言ってくれるでしょうし、そのような立ち位置にいるのも今の話で分かりました。受け入れられている言えば嘘になりますけど、要するに、機密が漏れれば国から処罰されるってことでしょう?」
「はい、啓子様。誠に申し訳ございませんが、防音魔法を発動し、人払いの魔法も使いました。また、御三方が話されている間に盗聴器の類などが無いことも確認させて頂いております」
「随分と用心なさるのね」
「ごめん、母さん。父さん。これから話すことはそういうことなんだ」
「いいのよ、孝弘。けどその代わりに、話せる範囲は全て聞かせて」
「ああ。聞かせて欲しい。お前が六年半の間、どうしてたのか。親としても、な」
康二と啓子の言葉に孝弘はうなずくと、ゆっくりとこれまで何があったかを語り始めた。
事故直後の異世界転移。
異世界であるアルストルムの六年間で何があって、どのような経験をして、何を成し遂げたか。
帰還したのが今年の九月末でやっと実家に帰るはずが、故郷のこの世界が戦禍に見舞われていて、帰還直後からCTと交戦したこと。
その後、日本魔法軍の軍人になり富士宮から東京奪還作戦まで戦いに身を投じて、今に至ること。もちろんこれについても最上位機密事項に触れない程度の話になるが。
当然、この話をしていく中で彼は自分がSランク能力者になっていたことと今の階級についても話していた。
どれもこれも康二や啓子にとっては信じ難い事ばかりだったが、能力者ランク証明書と軍籍証明書――階級は昇進が反映され中佐になっている――を提示されれば信じざるを得なかった。
「――という、ことなんだ」
孝弘が語り終えると、康二は天井を見つめていた。啓子はまるで空想物語の中にいるような気持ちになっていた。
先に口を開いたのは康二だった。
「冗談でヤマタノオロチって言ったんだが、真相はそれ以上だったな……。こりゃあ、何て言えばいいんだ……。でも、目の前にあるAR画面の能力者証明書と軍籍証明書が証拠だもんなあ……」
「あたしがいる所が映画やドラマの類なのか、現実なのかあやふやになるわね……。でも、目の前に孝弘はいるんだから、現実だものねえ……」
案の定といっていい反応を示す二人に、孝弘は苦笑いをするしかない。自分が両親なら同じ様子になっていただろうからだ。
そもそも異世界に転移した時点で空想甚だしいのだ。一昔前に流行った小説の類じゃあるまいしと思うのが妥当である。
だが、現実に孝弘はアルストルムで戦ったし、帰還してからも戦った。日本では両手両足の数に満たないSランク能力者にもなっている。
受け入れ難いが受け入れざるを得ないといったところだった。
「その…………、なんだ…………。よく生きて帰ってきてくれたな。今日明日が偶然有給で良かったな……」
「孝弘の言うことが全てなら、激戦を生き抜いたのでしょう。それも、軍人として。まさか息子が中佐に、しかもいくつか謎がある第一特務連隊の隊員になってるなんて思わなかったけれど」
「父さんと母さんが困惑する気持ちはすごく分かる。でもこれが、俺が歩んできた道で、今も歩んでいる道なんだ」
孝弘が言うと、康二と啓子は口をつぐんだ。どう返せばいいか分からなかったから。
ただそれでも、一つだけ変わらないことはある。
「はっきり言って、俺は聞かされた事全てを飲み込むのに凄い時間がかかると思う。でもな、お前が生きてここにいてくれることは、本当に嬉しい。嬉しいんだ。それだけは自信を持って言える」
「そう、ね。正直もうダメかと思っていたけど、孝弘が生きていて、話せることはすごく嬉しいわ」
「ありがとう、父さん。母さん。でも、話はもう一つあってさ」
「まだあるのか!?」
「まだあるの?!」
二人して同じ反応である。康二に至っては俺だってもう五〇も後半だってのに、心臓持たんぞ……。と手で顔を覆っている。啓子は天井を仰ぎ始めていた。
「だ、大丈夫だって。この話はまだ常識的だから」
「い、いったいなんだ……?」
「聞かせてちょうだい……」
「母さん、声が震えてるよ……。ええっと、実はなんだけど……」
「ああ」
「ええ」
「俺には、結婚を誓った相手がいるんだ」
「はぁ!?!?!?」
「ひへぇ?!?!?!」
「そんなにびっくりするかな、するかぁ……」
「するに決まってるだろ!!」
「いつの間に?! どこの誰?! どうしてそうなったの?!?!」
康二と啓子は驚愕のあまり身を乗り出して孝弘に迫り、孝弘は身を引いていたし頬も引きつっていた。こうなることは予想していたが、まさか結婚の話でここまで食いつかれると思わなかったのだ。後日孝弘は、「よくよく考えれば下手な空想じみた現実より、現実感満載の結婚の方が驚かれるに決まっているか……」と思ったが、この時はそうではなかった。
「これも機密に触れるんだけど、相手は同じ転移して帰ってきた大学の同期。高崎水帆って言うんだけど」
「ああ……、さっき話に出てきた……」
「苦難を乗り越えた仲ってことね。この話だけは納得出来るわ」
「順応早くない母さん!?」
「さっきの話よりはずっとマシだもの」
「返す言葉も無い……。まあ、本当は帰還したら報告して式を挙げたいだとかそういった話もするつもりだったんだ。けど、帰ってきたらこれだったから」
「ウチの子とお相手のめでたいイベントを現在進行形で邪魔するなんて、神聖帝国軍とかなんだか詳しく知らないけど、はっ倒したくなってきたわね……」
「母さんはたくましいなぁ……」
「息子に全力で同意したくなるが、まあ、言わんとすることは凄い分かる。なるほどなぁ、生きてた息子に相手がいたかぁ……」
「うん。いる。彼女も今頃実家で同じ話をしてると思う。向こうへ挨拶には行きたいんだけど……」
孝弘は言い淀んだ。この話は帰宅する直前までどう伝えればいいか迷っていたことだったからだ。
「無理、なんだろ」
康二はもう何を聞かされても驚かない。なんでもこいだちくしょう。と半ば投げやりになっていたが、実の息子だからこそ表情で察した。
Sランク能力者、今は軍人でしかも佐官。第一特務連隊所属ともなれば、息子の顔つきで大抵予測はついていたともいえる。
「うん……。ごめん……」
「何を謝ることがあるんだ?」
「そうよ。謝らないでちょうだい。私達はこれでも、魔法能力者の家系よ?」
気丈に振舞って言う康二と啓子だったが、その手は、指先は震えていた。
孝弘は二人の様子を見ていた。さっきまで結婚の話で少しだけ空気が穏やか――と言っていいのかやや微妙だが――になっていただけに伝えづらさがあり、また、せっかく帰ってきたこんな話をしなくてはいけない。けれど、しなくてはならない。と申し訳なさもあった。
でも、避けては通れない道だった。
「俺が帰ってきたのは、あくまで一時的な帰郷でさ……。今の俺はSランク能力者で、軍人なんだ……。だから、ずっとここに、いられない……。家に帰ってきたのに、ずっと父さんと母さんのとこにはいられない。俺は、俺は、能力者として、軍人として、責務を果たさなきゃいけないから。大切な人達を、守りたいから」
「…………戦場に、戻るんだな」
「……うん」
「…………軍人としての務めを果たすんだよな」
「……うん」
「…………大切な人を、守る為なんだよな」
「うん」
「どこに戻るんだ?」
「しばらくは伊丹に。来月以降は、まだ分からない。たぶん、父さんの想像通りだと思う」
「いつ戻るんだ?」
「明後日の夜には」
「それまでは家にいるんだよな」
「うん」
「なら、俺から言うことは何も無い」
「そう、ね。孝弘、あなたがそんな真っ直ぐな瞳で言うんだもの。色々言いたいことはあるわ。出来れば、ずっと家にいてほしい。けど、それでも行くんでしょう?」
「ごめん、母さん」
「謝らなくていいのよ。『魔法能力者として力を持つ者は義務を果たせ。祖国を守り、守るべき者を守る為に力を使え。責務を果たせ』でしょう? おじいさんが魔法軍人だったから、よく聞いていたわ。あなたも、そうするのでしょ?」
「うん。俺は大切な人を守る為に、この力を使う。母さんの為であり、父さんの為でもある。もちろん、一緒に戦うって言った水帆を戦場で守る為にも」
「分かったわ。けど、家にいる間これだけは約束して」
「うん」
「いくらでもわがままを言いなさい。食べたいもの、飲みたいもの、なんでもいいから言いなさい。沢山作るから。思う存分、家でゆっくりしていきなさい。孝弘の部屋はそのままにしてあるから。それに、ここにいる時だけは、軍務なんて忘れちゃいなさい。……あと、私達と沢山話してちょうだい。母さんは、水帆さんだったかしら。その子の事がすごく気になるから」
「おう、それだそれ。俺も気になる」
「ふ、んふ、はははっ。分かったよ。父さん、母さん。沢山話すよ」
「決まりね。というわけで、七条の護衛さん。香椎さんだったわよね?」
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「この後あなた達はどうするの?」
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「そう。なら、お願いします」
「御意に。お任せ下さい」
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「おうともさ!!」
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ああ、この二人の息子で良かったと。平気なように振舞っているけれど、全然平気じゃないのは一番分かっている。
でも、かつてのようにしてくれているんだ。事故に巻き込まれる前の、あの日常と同じように。
だったら、俺も。
俺もせめて、自宅にいる間くらいは。
そう思って。思ったからこそ。
「俺も手伝うよ」
「いいのか?」
「もちろん。手伝わせて」
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