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第2章 改革と戦争の足音編

第11話 彼女の持つ武器は〜アカツキVSリイナ模擬戦・前編〜

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5の月5の日
アルネセイラ・陸軍第三訓練場

 前世の日本であればゴールデンウィーク真っ只中の土曜日にあたる、五月初旬の土の曜日。連合王国にはこの週に祝日はないので普通の土の曜日に僕はアルネセイラにある陸軍の広めの訓練場――縦横五百メートルはある、一般的なグラウンドより大きな空間――にいた。
 理由は先週リイナと話していた訓練をするために週明け使用手続きをして許可がおりたから。休日に使用するという珍しい話に担当者は少し驚いていたけれど、目的とその人物を聞いてあっさりと申請は通った。
 もちろん、マーチス侯爵にはこの訓練については話してある。

「アカツキよ、冗談で言っている訳では無さそうだな……。相手はオレの娘だぞ……? 無論、承知の上であるんだろうが……」

 彼はまさか、僕が二つも魔法能力者ランクが違う自身の娘と模擬戦闘訓練を行うと思っていなったのか、困惑していたけれどワケを話すと納得し励ましてくれた。けれど、こうも言われる。

「娘は戦闘になると性格が変わるたちでな……。命の保証が無いなんて事までは有り得んが、怪我しないようにな……」

 何故か肩をポンポンと叩かれて心配された。先週の場で少しは片鱗を垣間見たけれど、そこまで言う? と僕は思った。
 さて、話を今に戻そう。訓練場にいる僕とリイナはいつもと違う意匠の軍服を着ていた。
 この時代には迷彩服なんてものは無いので中に着ているのはいつもと同じような士官用軍服。その上に羽織っているのは魔法兵科の戦闘服である、連合王国の国章など豪奢な刺繍が縫われている黒いローブだ。魔法繊維が編み込まれているこのローブは魔法障壁の効力を高めてくれるスグレモノだ。

「アカツキ大佐、リイナ少佐。これからルールを説明しますがよろしいですか?」

「うん、いいよ」

「構わないわ」

 僕とリイナが対面で立つ近くにいるのは、今回の模擬戦闘で審判役を務める一人の中年の男性軍人だ。今日の訓練の為にというわけでなく、こういった訓練をする人は休日でも珍しいとはいえいないわけではないので常駐しているんだ。

「では、方式から。ご存知ではあると思いますが、この模擬戦闘は仮想戦闘方式になります。今から術式を発動してこの訓練場を覆います。これで場外に魔法は飛散しませんし、御二方とも命中しても死にません。実戦通りの戦い方をしてもらって結構です。なお、死亡や負傷の判定は私の方で判断可能ですので、死亡判定や重症判定された場合は訓練終了。勝敗が決定します。よろしいですか?」

「了解したよ」

「ええ」

 仮想戦闘方式に用いる術式は便利なもので、前世における仮想訓練のような事が可能になる。つまりは上級魔法だろうが銃撃斬撃も相手の生死を気にせず全力でやれるわけだ。
 ただし例外もあって、格闘戦による衝撃及び打撲、軽いやけどや小さい傷など軽傷程度、回復魔法で簡単に治る程度の怪我までは無効化されず痛いものは痛いという緊迫感は残っている。そのあたりまで配慮した上に調整された術式らしい。魔法は万能だなと魔法がなかった前世の記憶がある僕はたまに思ったりする。

「それでは……、っとその前に……。見学の皆さんは仮想空間展開術式の外に出てくださーい! A+とA-ランクの模擬戦闘です、術式効力を持つのは御二方のみで危険ですからー!」

 審判役の人が後ろにいた軍人達に大声で注意をする。どこから話を聞きつけたのか、見学者は五十人近くもいた。近くで訓練をしていた者だけだなく、近衛師団の士官までいるしさらには変装して周りに身分がバレないように振舞っているマーチス侯爵までいる。娘と結婚相手の訓練だから見に来たい気持ちは分かるけど、まさか侯爵まで観戦されるとは思わなかったなあ……。
 ただ模擬戦闘をするだけなのに予想以上に人が集まってしまい苦笑いをする。
 見学者全員が仮想空間展開術式の外に出るのを確認すると審判の彼は。

「召喚武器をお持ちでしたら顕現を」

 審判役の彼の言葉に僕とリイナは頷くと、それぞれ召喚武器顕現の呪文を唱える。

「神より授かりし武装を、今ここに。顕現せよ、ヴァルキュリユル」

「神より授かりし武具は、私の手に。顕現しなさい、アブソリュート」

『おおおおお!』

 呪文を唱え終えると僕の両手には二丁拳銃のヴァルキュリユルが、彼女の右手にはレイピアが握られていた。見学者達からは歓声が上がる。
 リイナが持つ、見る者を恍惚とさせる美しい蒼の装飾が特徴的な細剣の名前は『アブソリュート』で、Aランクの召喚武器だ。彼女の二つ名の由来にもなっている。
 このレイピア、召喚武器だけあってただの細剣ではない。まず『アブソリュート』には水属性の魔法に常時バフが付与される。威力は三割増、消費魔力二割減の凶悪な補正効果だ。これだけでもえげつないというのに、あの武器には魔法杖の機能もある。すなわち、魔導細剣マジックレイピアというわけだ。
 Aランクでこの効果なんだから安全保障の重点にも置きたくなる気持ちは理解出来ると思いつつも、僕はリイナを見つめる。
 彼女はどうやらそれに気付いたのか。

「旦那様の可愛いお顔を向けても、容赦はしないわよ?」

「僕も綺麗な女性だからって手加減するつもりはないね」

「まあ、綺麗だなんて嬉しいわ! 後でまた言って! 沢山言って!」

「あ、うん……」

 召喚武器を顕現させてせっかくかっこよかったのに、僕の言葉一つでポンコツ化するリイナ。審判役の軍人も困惑していたけれどすぐに持ち直して。

「…………では、御二方は定位置へお願いします」

「はいはーい」

「分かったわ」

 彼の言葉に従って僕とリイナは定位置につく。相対距離は四百メートル。中級魔法やロングレンジの初級魔法なら既に射程圏内の距離だ。これは開幕から注意しないといけないね。

「それではこれより、アカツキ・ノースロード大佐とリイナ・ヨーク少佐の模擬戦闘を始めます!カウントダウン!」

 審判の彼は僕達が位置についたことを確認すると宣言し、大きな声でカウントを始める。

「十、九、八、七」

 数字が減っていく中、僕はヴァルキュリユルを握る両手の力を強く込める。

「五、四、三、二、一、始め!」

 審判役の始めの合図で、僕と格上のリイナ相手の戦いの火蓋は切られた。
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