異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜

金華高乃

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第13章 休戦会談と蠢く策謀編

第16話 高まる最悪の可能性に対して、出来うる手段は取ろうとするものの

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 ・・16・・
 午後0時45分
 魔法蒸気自動車車内にて


「協商連合は何を考えているんだか。緊急連絡って聞いたから直前の事かと思ったら、三日前からだって? 連絡が遅すぎる!」

「国内問題かつフィリーネ元少将が一民間人になったとしても、元軍人よ? それも姿を消しただなんて連絡が今更なのは旦那様の言うように遅すぎるわ」

「推測。協商連合関係者は連合王国関係者に本件は余り関わって欲しく無かったのではないかと。故に、情報を後出しにしたのでしょう。今出したのは、民間はともかく政府内で内密にするのが難しくなったからだと思います」

 訓練で着ていた戦闘用軍服から平時の軍服に着替えた僕とリイナは、至急だからとつい最近軍で採用された魔法蒸気自動車――高級軍人用の送迎や緊急連絡で使う為に軍が制式採用した自動車。後々は馬車から転換を図る予定だけどまだ生産数の問題で少数しかまだない――の後部座席に座りながら悪態をつく。唯一、訓練不参加だったエイジスだけが冷静に分析をしていた。

「自分も休日で自宅にいましたから、耳にした当初は驚愕しました。協商連合の対応が後手後手かつ、我々にギリギリまで隠したかったようですが……。行方不明が分かったのは三日前。しかし、彼女は一人でしたから恐らくはそれよりも前に居宅から出ていたかと……。もう少し早く察知出来ていれば、我々も協力ができましたが……」

「休みの日だというのにご苦労だったね……、ルイベンハルク中佐」

「とんでもないです。アカツキ中将閣下とリイナ准将閣下が訓練をなさっている所から自宅は近いので、このまま同乗させて頂きました。御二方こそ訓練の邪魔をしてしまい申し訳ありません」

「気にしないで。事態が事態だから」

「ありがとうございます。しかし、もう無いと思われていた恐れていた事態が起きてしまいましたね……」

「まったくだよ。過激な手はやめた方がいいとやんわり国防大臣経由で伝えていたけれど、反対派閥までは止められなかった……」

 馬車よりもずっと早い、時速三十キーラで蒸気自動車は走っていく。軍で採用されたこれは開発研究が重ねられ実用化に耐えられる乗用車だ。前世の事を思えば乗り心地は悪いし遅いけれど、それこそ前世と違って車なんてまだまだ少なくてあんまり走っていないからあっという間。急ぎ統合本部に向かわなければならないからぴったりの手段だった。
 道路を走る馬車や歩行者、民間にも少しずつ普及しつつある魔法蒸気トラックへ緊急走行をしていると警告を発しながら、小回りのききやすい乗用車は統合本部へ向かっていた。
 道行く人々は何事かと珍しい魔法蒸気自動車、それも連合王国軍の紋章がついたそれを見つめていた。

「F調査室の者はどうしてる?」

「緊急招集を発するよう伝令に命じました。実家への帰省者を除いた殆どが、少なくとも三時間以内には到着します」

「外務大臣にも連絡しないと。いや、もう行ってるか」

「寛ぎの空間にイタズラ妖精。ですよ」

 ルイベンハルク中佐は前世日本でいうと寝耳に水と似たような意味を持つ連合王国の諺を言う。まさにその通りだ。

「とにかく、協商連合駐在の武官は総動員。外務省とは連携を密にして、協商連合外務省へはこれ以上の情報隠蔽をしないよう忠告しないと」

「間違いありません。フィリーネ元少将が行方不明になった今、彼女が何をするか分かりません。ありうるのは、姿を消した後に密かに忍びながら復讐をする。でしょうか」

「反対派閥の暗殺は不味すぎるよ。フィリーネ元少将は指名手配人になる。もし暗殺を果たした後に国外逃亡すれば、僕達も捜索をせざるを得なくなくなるわけだ」

「暗殺ね。十分に考えられるわよ旦那様。大事なモノを奪われて、住処を追われ、本人が退役を望んだとはいえ不名誉除隊の仕打ちは原因としては満たされすぎているもの」

「肯定。フィリーネ元少将が居を移したペンザンシーからロンドリウムは単独であっても三日あれば到達は可能。四日ないし五日ならば尚更です。彼女ならば、協力者無しでも有り得ます」

「協商連合側の情報では反対派閥の主要人物は今の所無事との事。既に主要人物の他にフィリーネ元少将の召喚武器を含め警備体制は整えられておりますが、果たしてどれだけ通用するか……」

「気休めにもならないだろうさ。相手はSランク能力者、それもフィリーネ元少将だ。どうなるかなんて想像に難くないよ」

「休戦条約会議前にとんでもない爆弾を爆ぜさせてくれたわね……」

「アカツキ旅団の一部を送るだけでアレン少佐に任せておいて良かったよ。もし同行組だったらもう旧東方領の国境を越えた頃だ」

 魔法蒸気自動車は新市街地まで進んでいた。あと十五分もすれば統合本部に到着するだろう。
 ブカレシタでの休戦条約会議は互いの外務大臣と軍部大臣が参加するけれど、僕はこの中に入っていない。戦争は僕達現場の任務だけど、条約締結には当事者がいない方が感情的にならず建設的に会議が行われるという人類諸国側と妖魔帝国側双方の配慮によるものだ。一理あるとは思う。戦争屋の僕らより文官の方が向いているからね。
 それがまさか、こんな形で功を奏するとは思わなかったけれど……。

「とにかく、情報が欲しい。それも逐一最新の情報だ」

「もしここでフィリーネ元少将が反対派閥を暗殺すれば、協商連合国内の結束力の低さが露呈し、休戦条約会議に良くない影響を与えます。今やブカレシタでは会議を前に敵国同士とはいえ情報交換がされていますので。さらに、連合王国内には不名誉除隊と追放同然の件以降、いくらなんでも彼女に対する仕打ちは過剰だという声も少なからず出てきましたから連合王国と協商連合の関係にも悪影響が及ぼされますから……」

「それだけは何としてでも避けなければいけないわ。あちらでこちらの混乱ぶりは見せてはいけないもの。足下を見られかねないわよ」

「だからこそだよ。会議中に、ところで協商連合では元英雄が暗殺を働いたという噂があるが? なんて確かめられたら動揺が伝わってしまう。絶対にどこからか漏れ出すだろうと考えたらここまで読んでおかないと」

「急速に妖魔帝国との仲が改善されているのも考えものね。ああもう、厄介極まりないわ」

「対策は考えねばなりませんね。――統合本部に間もなく到着します。御二方とも降車の準備を」

「了解」

「分かったわ」

 やっぱり魔法蒸気自動車は早い。もう統合本部に着きそうだ。
 これが平時なら戦場での大量導入だとか頭で組み立てるけれど、そんな余裕はない。
 とにかく急いで統合情報管理司令本部へ行かないと。
 魔法蒸気自動車が統合本部本部棟正面の車止めに停車すると、僕とリイナにルイベンハルク中佐はすぐさま降車して、玄関前で待っていた士官の案内で統合情報管理司令本部へ向かう。
 入室すると、そこには緊急招集を受けた故に既にF調査室のメンバーの七割は集まっていた。

「敬礼は省略してよし。最新の状況を教えて!」

「訓練中に申し訳ありませんでしたアカツキ中将閣下、リイナ准将閣下、エイジス特務官。何分あまりにも急でして、かなり大まかになってしまいますが……」

 僕は状況故に敬礼省略を伝えると、近くにいたF調査室のシュタイアー大尉がすまなさそうに言う。

「構わない。とにかく教えて」

「はっ。現在、秘匿対象Fは行方不明のまま。足取りが掴めていません。現地大使館も情報が不足しており、協商連合政府に問い合わせ中です」

「君らに罪はないけれど、協商連合の対応が緩慢過ぎる。いや、あっちも焦ってて手が回らないのか……」

「現状、反対派閥の主要人物の警備体制は一昨日の時点で完了しており、念の為に反対派閥ではない政府及び軍関係者も護衛が付いているとのこと。フィリーネ元少将の所有召喚武器も合計一個中隊で奪取されないようにしているようです」

「消息不明とのことだが、足取りの痕跡は残っていないのかシュタイアー大尉」

「はっ、ルイベンハルク中佐。いいえ、殆ど見つかっていないとの事です。ロンドリウムまでにある主要都市にはまったく無いようでして、現在は中小都市に至るまで範囲を広げているとと」

「状況はよくありませんね。アカツキ中将閣下リイナ准将閣下、エイジス特務官……」

「手掛かりがないだなんて、いくら現場組の軍人でも難しいのに……。どうやって移動しているのかしら……」

「分からない……。ただ、特殊部隊を育成したフィリーネ元少将の事だから野営なんてお手の物だろうから捜索は至難を極めると思う」

「推論。魔力隠蔽をした場合、さらに捜索は困難になります。また、ロンドリウムにいる場合であれば大都市での捜索はほぼ不可能かと」

「仕方ないね、内政干渉だとかああだこうだ言っていられない。マーチス元帥閣下には事後承認してもらって、僕独断で協商連合国防省へ連絡する。エイジス、フィリーネ元少将が狙うであろう反対派閥主要人物を演算で分析。彼女がロンドリウムに潜伏していると仮定してどこにいるか、誰を真っ先に狙うかを割り出して」

「サー、マイマスター。しかし、主要人物を推測するのはともかく潜伏先の推測は広範囲過ぎて詳細を出せません。それでもよろしいですか?」

「構わない。大雑把でもなんでもいいから、演算を。君ならどんな人間よりも早く仮定を導き出せるだろう?」

「分かりました。演算を開始。――完了まで二十分」

「…………っ!! アカツキ中将閣下、追加報告有り! 緊急です!」

「今度は何だ! 読み上げを!」

「は、はっ!」

 とにかく情報が欲しい僕は情報要員へ駆け寄る。彼はやや慌てながらも、読み上げを始めた。

「『協商連合国防省から報告。追加情報を至急求むに対し、フィリーネ元少将の他クリス大佐が行方不明。消息が途絶えたのは三日前』です!」

「だからなんでそういう重要な情報を後出しするかなあ!! クリス大佐までいないとなったらこれじゃあ暗殺説が濃厚になる! 至急送信! 『発、アカツキ・ノースロード。クリス大佐以外にフィリーネ元少将との関係が深い軍人の消息是非至急求む。本件、協商連合の案件と言えども連合王国軍は情報面の全力支援す。其方も包み隠さず情報を提供すること』って!」

「了解しました! 送信します!」

「エイジス、悪いけど演算要素に追加で割り込み。クリス大佐も同行しているもしくは分散している要素も踏まえて計算を」

「サー、マスター。さらに追加で八分ください」

「分かった」

 フィリーネ元少将だけでなく、クリス大佐まで消息不明という報告に統合情報管理司令本部内は騒然となる。その状況で入ってきたのは、本来休日のはずである軍情報機関トップの、マーチス侯爵と同年代で鋭い瞳を持つ短い金髪のザッカーハウゼン中将だった。

「すまぬアカツキ中将! 遅れた!」

「気にしないで。むしろF第二級緊急事態の中でこれだけ早く来てくれて感謝するよ」

「とんでもない。産まれたばかりの孫娘と休日を満喫していたらこの報告を聞いてな……。まったく、水入らずの時間が台無しだ」

「心中察するよ、ザッカーハウゼン中将……」

「事情は既に聞いている。最新の情報はどうなってるかね?」

「Fの側近、Kも消息不明。第一級への昇格危険性が高まってるよ」

「そいつはよろしくない。我々情報部も対策本部をここに設けよう」

 軍情報機関の長として相応しい、まるで前世にいた情報機関出身の大統領みたいな風貌や雰囲気を持つザッカーハウゼン中将も、この日は孫娘にデレデレな祖父のように過ごしていたらしいから気の毒だと思う。
 とはいえ彼も軍人だ。ましてやF調査室とは僕を通じて相互協力体制を築いていたからこのように駆けつけてくれていた。
 その理由が、F第二級緊急事態。対象Fつまりフィリーネ元少将が万が一の行動をした場合発令される事態には三つのランクがある。
 一番低いのが、第三級。彼女が強い不審な行動が予見された場合現地責任者の判断で通達され、僕のもとに情報が届いて僕が正式布告するもの。
 次が今回の第二級。彼女が取りうる行動、ここでは自殺や反対派閥への暗殺が強く懸念される場合に布告するもので、こちらも現地責任者の判断で通達され僕が事後承認する形でF調査室長のルイベンハルク中佐が僕の名前を借りて布告するもの。
 そしてこれから起こる可能性があるのが第一級。実際にフィリーネ元少将が自殺した場合はもうどうしようもないので、情報が伝えられあとは僕やザッカーハウゼン中将が対応しマーチス侯爵に命令を仰ぐこと。で済むけれど、もう一つの暗殺が起きた場合は協商連合に駐在する武官や大使館員だけでなく情報機関員も総動員して事態対処に協力するという形になる。
 今の所、まだ第一級にまではなっていないけれど、様々な要素を鑑みるとなりかねない。

「非常呼集はかけてあるが、しばらく時間がかかりそうだな……。ところでエイジス特務官は何を?」

「F及びKが潜伏してそうな位置を割り出して、反対派閥の誰が真っ先に暗殺されるかの演算をしてもらってる。完了まであと十五分かな」

「了解した。我々も休戦条約会議前に多忙だというのに、余計な仕事が増えたものだ。がしかし。本件の方が優先度は断然高い。張本人のロンドリウムユニオンがこの有様では、情報面の支援はせざるを得ないな」

「本当にね。こんなのになるのなら、同盟国同士の訓練って名目で送りたかったよ。まあ、条約会議前に軍事的刺激は与えられないから無理だったろうけど」

「手元にあるカードで乗り切るしかなかろう。今より即応で部隊を動かした所で、小規模でも最短五日はかかる。その頃には」

「とっくに死体の山だろうね……」

 もし前世なら特殊部隊を航空をで送れば最短半日で向かわせられるだろうけど、ここは違う世界で、急速な技術発展を迎えているとはいえ航空機すらない。艦船で向かうには遅すぎる。
 本当に、フィリーネ元少将は何を考えているんだ……。反対派閥を葬りたい心は理解出来なくもないけれど、色々と滅茶苦茶すぎる……。

「とても、正気の沙汰とは思えない……」

「…………フィリーネ元少将はもう正気じゃ無いのかもしれないわよ?」

 ぽろりと本音を呟いてしまった発言に、フィリーネが反応した。その瞳は、敵に向けるそれとあまり変わらなかった。

「……リイナ、どういうこと?」

「フィリーネ元少将はカウンセラーの治療を拒否して追い出した程にイカれているという事よ。まともな思考回路をしているのならば、あの女性軍人なら綿密な計画を練って反対派閥を暗殺するはず。でも、信じる者が誰もいなくて単独でするしかないと踏んだ。普通なら不可能な作戦だから思いついても行動には起こさないけれど、彼女なら一人でやりきるだけの力があるもの。旦那様が時々言っている個の力というのがあるでしょ? アレよ」

「個の力としてはフィリーネ元少将は人類諸国随一。彼女にしてみれば無防備に等しい反対派閥への復讐は、計画なんてものはハナからいらないって事か……」

「となるとだ、リイナ准将。クリス大佐の消息不明はどう繋げる?」

「二つ想定されると思いますわ、ザッカーハウゼン中将閣下。一つは彼女の計画を阻止する為に。もう一つは、忠実な部下として行動を共にしている。かと」

「ふむ……。前者であることを願いたいが、可能性としては薄いな……。上官があのような仕打ちを受けたのなら、忠誠心が高ければ高いほど後者が濃厚となる」

「故に、事態は第一級に等しい状況にあると考えられますの。この一日が正念場になりますわ」

「英雄も今や反逆者か……。いや、因果応報か……」


 リイナやザッカーハウゼン中将のやり取りを聞いて、場の空気は重たくなる。何事も過ぎたる所業はこういった末路になること、自分達の英雄は僕で良かったという視線を感じた。
 フィリーネ元少将の裏の悪行があったとはいえ、自国の為を思った行動はだけれども、政治的紛争が生み出した上に今や英雄は叛逆の徒となっていた。
 これだから、無能な政治家は嫌いなんだよ……。前世でうんざりする程にそれは味わった。
 気持ちは分かる。痛いほど分かる。まるであの人と被るくらいに貴女の心が。
 でも、だからってどうしてこんな。

「マスター、演算完了しました。情報共有に映します」

「ありがとうエイジス!」

 考え込んでると、エイジスが演算を終えた事を言う。
 ダメだ、堂々巡りになる。頭を切り替えよう。
 僕はエイジスが分析してくれた情報を、大きなテーブルに置いてあるロンドリウム市の地図に書き込んでいく。

「フィリーネ元少将が狙うとしたらこの五つのどれか。彼女に対して過激に事を行った中でも最も殺害可能性のある者達だ。常識的に考えれば、この中でも一人が精一杯だけれども彼女はSランク魔法能力者。混乱に乗じて皆殺しもありうる。この情報は即刻協商連合へ提供して」

「了解しました! 最優先情報として送信します!」

「分かった。現地駐在員にも情報を送ろう」

 情報要員達は協商連合と自国大使館に送信を開始し、ザッカーハウゼン中将は現地にいる部下達へすぐさま情報を送るよう命じていく。

「頼むから、頼むから何も起きないでくれよ……」

 慌ただしく人々が動く中、僕はやはり祈ることしか出来なかった。
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