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第2部 戦間期に歩むそれぞれの道 第14章 戦間期編1
第4話 皇帝レオニードとの謁見
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・・4・・
10の月20の日
午前9時30分
妖魔帝国帝都・レオニブルク郊外
離宮・零氷宮正面玄関
十の月も末となれば妖魔帝国帝都レオニブルクは人類諸国に比べて早い冬を迎える。この日は曇天で小雪がチラついていた。
寒空の下、一台の馬車が広大な敷地に入る。人類諸国距離単位で数百メーラの長い道を進むと現れたのは豪華絢爛の一言に尽きる建築物。
ここはレオニブルク郊外にある、二代前の皇帝が建築を命じ以降離宮として機能している零氷宮だ。
皇帝の別荘だけあり手入れは行き届いておりここを訪れる誰もがうっとりするような光景を、皇帝との謁見のために用意された漆黒のドレスを身にまとったフィリーネは馬車の窓から眺めながら不満げに口を開いた。
「やっと、やっと今日で軟禁生活ともおさらばなのね。約四ヶ月待ちとか長すぎよ。ロンドリウムから妖魔帝国までの日数よりずっと長かったじゃない」
「まあそうぼやくなよ。皇帝陛下はわざわざお前の為だけに謁見の場を離宮にしたんだぞ。くれぐれも無礼の無いようにな……」
「無礼も何も、既に三回会ってるんだけど」
「非公式だろ。皇帝陛下は謁見の際は初見であるように振舞えと仰っておられた」
「分かってるわよ。いかにも初めて会うように話せばいいんでしょ」
「頼むぜマジで……。一応は公の場なんだからな……」
「これでも上流階級の出よ? 安心してくれていいって」
「本当かよ……」
ゾリャーギの心配をよそに、フィリーネは口笛まで吹く余裕っぷりを見せる。
妖魔帝国の者にとって皇帝とは絶対の存在であり、特に軍人やゾリャーギのように直属機関の魔人は命を握られているといっても過言ではない。故に皇帝を前にすれば一挙手一投足に気を遣わねばならないのだ。
しかし、フィリーネはその例外である。何せ元が人類諸国の軍人な上にゾリャーギなど一捻り出来る実力者でもある。だから妖魔帝国で最上の存在であるレオニードであっても物怖じさえしないのであった。
「とにかく、失礼のないようにな……」
「はいはい。お小言ありがと」
相変わらずの態度にゾリャーギは溜息をつきつつも、馬車は正面玄関に到着すると近衛の案内を受けてレオニードのもとへ向かう。
途中、近衛の長たる近衛隊長が現れた。妖魔帝国軍の中でも皇帝直属の部隊の長だけあり、軍服も派手さの目立つデザインだった。羽織っている、皇帝の紋章が刺繍されている黒のマントがよりそれを際立たせている。
「ゾリャーギ様。お疲れ様にございます。そちらが例の、ですか」
「おう、ご苦労さん。近衛隊長ダズニル。そうだ、彼女がフィリーネ・リヴェット。人類諸国を裏切り、これよりは我々に力を貸す大いなる力を持ちし者だ」
「ただの人間ではないようですね。ひしひしと殺意を感じておりますよ。よろしければせめて自分への警戒心だけは解いてもらいたいのですが、無理もありませんか……」
「許してやってくれ。皇帝陛下より聞いてはいるだろうが、そうさせた原因を愚かにも人類諸国は作り出してしまった」
「致し方ありませんね……。フィリーネ様、自分は妖魔帝国軍近衛師団所属皇帝直属近衛部隊隊長のダズニルです。階級は大佐。フィリーネ様は皇帝陛下のご客人ゆえ、我々一同歓迎致します」
近衛隊長ダズニルを始め、護衛の近衛隊員は全員が模範的かつ敬意を払った妖魔帝国式の敬礼――人類諸国の敬礼と違い手のひらを見せる敬礼――をする。
「ゾリャーギ、話が読めないんだけど」
「皇帝陛下及びダズニルを含めた限られた者はお前の過去や裏切った経緯を耳にしている。ま、大体の奴らは人間が妖魔帝国側につくなんて物好きだと思っているが、なまじ実力を知っているし今は皇帝陛下の客人扱いだから一定の敬意を示しているんだ」
「あっそう。てっきり大量の妖魔帝国軍人を殺害したから恨まれていると思ってた」
「思う所はあるだろうさ。だが、お前が人類諸国から離反してここにいるのが何よりの証拠だろ。そもそもお前がここにいるのを知っているのは本当に数少ないしな」
「ふうん。ま、言われた通りレポートも書いてきたわよ。少なくとも私は忌まわしい土地に戻るつもりはないからこれまで知りうる限りの人類諸国の弱点も記載してある」
「おお、それは皇帝陛下だけでなく軍の高官も喜ばれるでしょうね。さて、では皇帝陛下より求められし文書も拝謁して頂くにも謁見の間までご案内致しましょう」
ダズニルは近衛の長らしく流麗な所作で歩き出す。
ゾリャーギとフィリーネも再び歩き始めるが、後ろでフィリーネはゾリャーギは質問した。
「あんたのとこの屋敷の使用人ならともかく、まさか皇帝直衛の隊長にまで丁寧な扱いをされるとは思わなかったわ。私って一応裏切ってここに来た人間よね? 魔人至上主義はどうしたの? 妖魔帝国の軍人は人類諸国にはない、実力者は理由はどうあれ尊重されるなんて風潮あったっけ」
「ここは人類諸国に比べりゃ強者は尊敬されるぜここは。それと、魔人至上主義は今も健在だが空気が変わったんだよ。皇帝陛下の宣言によって、人類は我々妖魔帝国にとって軽蔑の対象外、敵として対等に認める存在になった」
「へえ。いつの間に」
「侮った結果があの戦争だったからな。末端はともかく、士官クラスは意識改革が進みつつある。その風潮を醸成したのはアカツキもだが、お前も大きな原因だぞ。リチリアでの一件をモイスキン元帥閣下が皇帝陛下にお伝えし、今の状況がより進められた」
「モイスキン……、ああ、あのねちっこいの」
「ねちっこい、については否定しないが……。ともかく、お前が持つ実力と軍事から内政に及ぶまでの博識っぷりは良くも悪くも軍トップクラスと側近クラスは痛感した。そいつが我々の側についたんだ。目的が人類諸国への復讐だから裏切りの可能性も低い。お前らが思うより、俺らはずっと理性的だぞ」
「丁寧な説明ありがと。私にとっては居心地が悪くなくて、目的を果たせればなんでもいいわ」
「おうそうかい」
二人が会話をしている内に大廊下をそこそこに進んだからか目的地へと到着する。フィリーネの目の前には皇帝へ謁見するに相応しい豪奢で大きい扉があった。
「我々の案内はここまでです。ゾリャーギ様、フィリーネ様。奥で皇帝陛下がお待ちです。近侍」
「はい。――皇帝陛下、ゾリャーギ様と客人フィリーネ様がご到着なさいました」
「おう、通せ」
「仰せのままに」
皇帝レオニードからの許可の言葉が発せられると、両サイドにいた近侍がゆっくりと大扉を開けた。
フィリーネの視界の先に広がるのは意外な光景だった。
皇帝との謁見と言えば、数多くの配下が並びその先の玉座に皇帝が座るというものだが玉座の間にいたのはそれよりもずっと少なかった。確かに皇帝は玉座に座っているし、玉座程でないにしても高貴な者が座するに相応しい豪勢な椅子には真紅のドレスに身を包む小柄な女性――彼女こそレオニードの寵愛を受けしルシュカである――がちょこんと座っている。数段低い場所には二人の年配の男性が控えるのみであとは誰もいなかったのだ。
「皇帝陛下。不肖ゾリャーギ、陛下のご客人であるフィリーネ・リヴェットをお連れ致しました」
「ああ。前に来い」
「はっ!」
ゾリャーギが返答しフィリーネへ目配せすると、フィリーネもゆっくりと歩を進める。が、ゾリャーギはここで驚愕した。
フィリーネの歩き方振る舞い方が皇帝に対して完璧なくらいに、まるで王族の姫のような所作を見せたからだ。
これには玉座の間に控えていた、六十代程度の外見に思える二人の男も目を見開いた。彼等は軍人としてのフィリーネの報告文しか知らず、まさか彼女が自分達高位貴族ですらも感心するような雰囲気を漂わせるとは思わなかったからである。二人はフィリーネがまだ一言も発していないにも関わらず早速認識を改めざるを得なくなった。
ゾリャーギが二人の男より数メートルで立ち止まると、フィリーネは事前の打ち合わせもないのに同時に歩みを止めた。
そうして次には二人とも片膝をつく。フィリーネは動きにくいドレスであるのにこれも模範的にこなしてみせた。
その様子をレオニードは満足気に見下ろすと、
「ゾリャーギ、俺が命じた任務の完遂ご苦労だった。何せ連れてきた奴が奴だからな。遅れた事を詫びよう」
「勿体無いお言葉でございます皇帝陛下。このゾリャーギ、陛下よりお褒めの言葉を頂戴し、至極の喜びを感じております」
「おう。お前の忠誠心を俺は嬉しく思うぞ。さて、隣に控えるお前がフィリーネ・リヴェットか。俺が許す。己を紹介しろ」
「はい、皇帝陛下」
彼等を前にして初めて声を発した時、フィリーネの声音はまるで鈴が鳴るように美しかった。その様に二人の男は再び感心し、レオニードの隣にいるルシュカは目の前にいる女がただの軍人ではないと興味を示し、ゾリャーギはまるで別人じゃないかと驚いた。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。私の名前はフィリーネ・リヴェット。元ロンドリウム協商連合陸軍魔法少将でしたが、今や何の身分も持たないただの魔法能力者でございます。今日まで、寛大なる御心を持たれておられる皇帝陛下より数多くの書物を授けられ、一日も早くお役に立てるよう妖魔帝国についての勉学に励んでおりました。皇帝陛下や皇后陛下の御名は存じておりますが、洗練された紳士の御二方の御名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「だそうだぞ。アレンスキー大臣評議会議長、デニーキン枢密院議長」
「ぎょ、御意。――私の名はアレンスキー。皇帝陛下を政治面でお支えしております大臣評議会の議長をしております。フィリーネ殿、今後とも長い付き合いになりましょう。何卒、宜しく御願い申し上げます」
「儂の名はデニーキン。皇帝陛下のお傍に仕え、様々な面でお支えさせて頂いております枢密院の議長を仰せつかっておりまする。フィリーネ様の実力は皇帝陛下を通して良く耳にしておりますぞ。人類諸国への復讐を果たす事は我々妖魔帝国が人類諸国を絶滅させる目的と一致しておる故、是非とも力を奮って頂きたい」
「ご紹介感謝致しますの、アレンスキー様。デニーキン様。私のは無官無位な上に皆様と違い人間故、この地で生きるに礼儀に失する場もありましょう。しかしどうかお二人の広き御心でお許し頂きたく思いますわ」
「礼儀に失するなどとんでもない。私の愚娘に比べるまでもなくフィリーネ殿は全貴族の女性への教範としたい程に礼を知っておられる。むしろ娘の教育を担当して頂きたいくらいですぞ。なあ、デニーキン枢密院議長」
「全くじゃの。礼に良し、実力も良し。申し分の無い人物であるの。やはり人類は見くびるものではないのお」
「お褒めに預かり光栄でございますの」
いつもと違いころころと笑いつつも、侮られないよう軍人としての気迫も雰囲気で感じさせるフィリーネに、アレンスキーとデニーキンは完全に彼女への見方を変えていた。
出会う前は人類諸国の裏切り者が何故レオニードが欲しがったのか、どうせ力のみを欲しがったのだろうと心の底では見下していたが二人は己の過ちを認めていた。
少なくともレオニードが、機密書物を彼女が読むことを許可したに相応しい礼節を持っており気に入っているのには納得したのである。
となれば二人としては彼女が携えてきたというレポートの内容が気になって仕方なくなった。何せ眼前にいるのは、散々打ち負かしてくれたアカツキに匹敵する軍略を持つ人間であるのだから。
とはいえ、しばし自己紹介の交流は続く。というのも、妖魔帝国における実質的なナンバーツーたる皇帝の正妻のルシュカが強い関心を抱いていたからだ。
「どうだいルシュカちゃん。彼女が前から言っていた『改革者』の一人、フィリーネだ」
「とても強そうで美人な方ですね、陛下。初めまして、そしてようこそ妖魔帝国帝国へ。フィリーネ・リヴェット。私は畏れ多くも陛下に楯突く人類諸国を見限って遠路はるばる来てくれた貴女を歓迎します」
「ありがとうございます、皇后陛下。皇后陛下は大変可憐で麗しゅうございます。お会い出来で光栄でございますわ」
「うふふ、お世辞でも嬉しいですよ。貴女は陛下に認められしお方。早速その片鱗を見せて頂きたいのですがよろしくて?」
「ええ。勿論にございます」
「俺も早く聞きたくて仕方ないぞ! お前に課したレポート、披露してくれ!」
ルシュカは微笑みつつも、まだフィリーネという人物の評価を固定するまでには至っていない。だから夫がフィリーネへ命じたレポートの内容を聞くために話題転換を図ったのだ。
その内容を耳にしたいのはルシュカだけではない。レオニードも、アレンスキーにデニーキンも、そして未だ全容を聞いていないゾリャーギも気になっていた。
「かしこまりました、皇帝陛下。皇后陛下」
フィリーネはここにいる人数分――実は十数人はいると思い用意していたが、実際は五人分で事足りた――の十数枚の資料を取り出すと。
「アレンスキー、俺とルシュカちゃんの分を持ってこい」
「はっ」
アレンスキーはレオニードとルシュカの分を受け取り、恭しく二人へ渡す。次いで自身とデニーキンの分を受け取り、ゾリャーギはフィリーネから直接受け取った。
「フィリーネ。俺が許可する。起立し、俺とルシュカちゃんの近くで説明せよ」
「はい、皇帝陛下。それではこれより、陛下のご期待に応えるべく作成致しました私のレポート、『威光輝きし五カ年計画』を発表致します」
10の月20の日
午前9時30分
妖魔帝国帝都・レオニブルク郊外
離宮・零氷宮正面玄関
十の月も末となれば妖魔帝国帝都レオニブルクは人類諸国に比べて早い冬を迎える。この日は曇天で小雪がチラついていた。
寒空の下、一台の馬車が広大な敷地に入る。人類諸国距離単位で数百メーラの長い道を進むと現れたのは豪華絢爛の一言に尽きる建築物。
ここはレオニブルク郊外にある、二代前の皇帝が建築を命じ以降離宮として機能している零氷宮だ。
皇帝の別荘だけあり手入れは行き届いておりここを訪れる誰もがうっとりするような光景を、皇帝との謁見のために用意された漆黒のドレスを身にまとったフィリーネは馬車の窓から眺めながら不満げに口を開いた。
「やっと、やっと今日で軟禁生活ともおさらばなのね。約四ヶ月待ちとか長すぎよ。ロンドリウムから妖魔帝国までの日数よりずっと長かったじゃない」
「まあそうぼやくなよ。皇帝陛下はわざわざお前の為だけに謁見の場を離宮にしたんだぞ。くれぐれも無礼の無いようにな……」
「無礼も何も、既に三回会ってるんだけど」
「非公式だろ。皇帝陛下は謁見の際は初見であるように振舞えと仰っておられた」
「分かってるわよ。いかにも初めて会うように話せばいいんでしょ」
「頼むぜマジで……。一応は公の場なんだからな……」
「これでも上流階級の出よ? 安心してくれていいって」
「本当かよ……」
ゾリャーギの心配をよそに、フィリーネは口笛まで吹く余裕っぷりを見せる。
妖魔帝国の者にとって皇帝とは絶対の存在であり、特に軍人やゾリャーギのように直属機関の魔人は命を握られているといっても過言ではない。故に皇帝を前にすれば一挙手一投足に気を遣わねばならないのだ。
しかし、フィリーネはその例外である。何せ元が人類諸国の軍人な上にゾリャーギなど一捻り出来る実力者でもある。だから妖魔帝国で最上の存在であるレオニードであっても物怖じさえしないのであった。
「とにかく、失礼のないようにな……」
「はいはい。お小言ありがと」
相変わらずの態度にゾリャーギは溜息をつきつつも、馬車は正面玄関に到着すると近衛の案内を受けてレオニードのもとへ向かう。
途中、近衛の長たる近衛隊長が現れた。妖魔帝国軍の中でも皇帝直属の部隊の長だけあり、軍服も派手さの目立つデザインだった。羽織っている、皇帝の紋章が刺繍されている黒のマントがよりそれを際立たせている。
「ゾリャーギ様。お疲れ様にございます。そちらが例の、ですか」
「おう、ご苦労さん。近衛隊長ダズニル。そうだ、彼女がフィリーネ・リヴェット。人類諸国を裏切り、これよりは我々に力を貸す大いなる力を持ちし者だ」
「ただの人間ではないようですね。ひしひしと殺意を感じておりますよ。よろしければせめて自分への警戒心だけは解いてもらいたいのですが、無理もありませんか……」
「許してやってくれ。皇帝陛下より聞いてはいるだろうが、そうさせた原因を愚かにも人類諸国は作り出してしまった」
「致し方ありませんね……。フィリーネ様、自分は妖魔帝国軍近衛師団所属皇帝直属近衛部隊隊長のダズニルです。階級は大佐。フィリーネ様は皇帝陛下のご客人ゆえ、我々一同歓迎致します」
近衛隊長ダズニルを始め、護衛の近衛隊員は全員が模範的かつ敬意を払った妖魔帝国式の敬礼――人類諸国の敬礼と違い手のひらを見せる敬礼――をする。
「ゾリャーギ、話が読めないんだけど」
「皇帝陛下及びダズニルを含めた限られた者はお前の過去や裏切った経緯を耳にしている。ま、大体の奴らは人間が妖魔帝国側につくなんて物好きだと思っているが、なまじ実力を知っているし今は皇帝陛下の客人扱いだから一定の敬意を示しているんだ」
「あっそう。てっきり大量の妖魔帝国軍人を殺害したから恨まれていると思ってた」
「思う所はあるだろうさ。だが、お前が人類諸国から離反してここにいるのが何よりの証拠だろ。そもそもお前がここにいるのを知っているのは本当に数少ないしな」
「ふうん。ま、言われた通りレポートも書いてきたわよ。少なくとも私は忌まわしい土地に戻るつもりはないからこれまで知りうる限りの人類諸国の弱点も記載してある」
「おお、それは皇帝陛下だけでなく軍の高官も喜ばれるでしょうね。さて、では皇帝陛下より求められし文書も拝謁して頂くにも謁見の間までご案内致しましょう」
ダズニルは近衛の長らしく流麗な所作で歩き出す。
ゾリャーギとフィリーネも再び歩き始めるが、後ろでフィリーネはゾリャーギは質問した。
「あんたのとこの屋敷の使用人ならともかく、まさか皇帝直衛の隊長にまで丁寧な扱いをされるとは思わなかったわ。私って一応裏切ってここに来た人間よね? 魔人至上主義はどうしたの? 妖魔帝国の軍人は人類諸国にはない、実力者は理由はどうあれ尊重されるなんて風潮あったっけ」
「ここは人類諸国に比べりゃ強者は尊敬されるぜここは。それと、魔人至上主義は今も健在だが空気が変わったんだよ。皇帝陛下の宣言によって、人類は我々妖魔帝国にとって軽蔑の対象外、敵として対等に認める存在になった」
「へえ。いつの間に」
「侮った結果があの戦争だったからな。末端はともかく、士官クラスは意識改革が進みつつある。その風潮を醸成したのはアカツキもだが、お前も大きな原因だぞ。リチリアでの一件をモイスキン元帥閣下が皇帝陛下にお伝えし、今の状況がより進められた」
「モイスキン……、ああ、あのねちっこいの」
「ねちっこい、については否定しないが……。ともかく、お前が持つ実力と軍事から内政に及ぶまでの博識っぷりは良くも悪くも軍トップクラスと側近クラスは痛感した。そいつが我々の側についたんだ。目的が人類諸国への復讐だから裏切りの可能性も低い。お前らが思うより、俺らはずっと理性的だぞ」
「丁寧な説明ありがと。私にとっては居心地が悪くなくて、目的を果たせればなんでもいいわ」
「おうそうかい」
二人が会話をしている内に大廊下をそこそこに進んだからか目的地へと到着する。フィリーネの目の前には皇帝へ謁見するに相応しい豪奢で大きい扉があった。
「我々の案内はここまでです。ゾリャーギ様、フィリーネ様。奥で皇帝陛下がお待ちです。近侍」
「はい。――皇帝陛下、ゾリャーギ様と客人フィリーネ様がご到着なさいました」
「おう、通せ」
「仰せのままに」
皇帝レオニードからの許可の言葉が発せられると、両サイドにいた近侍がゆっくりと大扉を開けた。
フィリーネの視界の先に広がるのは意外な光景だった。
皇帝との謁見と言えば、数多くの配下が並びその先の玉座に皇帝が座るというものだが玉座の間にいたのはそれよりもずっと少なかった。確かに皇帝は玉座に座っているし、玉座程でないにしても高貴な者が座するに相応しい豪勢な椅子には真紅のドレスに身を包む小柄な女性――彼女こそレオニードの寵愛を受けしルシュカである――がちょこんと座っている。数段低い場所には二人の年配の男性が控えるのみであとは誰もいなかったのだ。
「皇帝陛下。不肖ゾリャーギ、陛下のご客人であるフィリーネ・リヴェットをお連れ致しました」
「ああ。前に来い」
「はっ!」
ゾリャーギが返答しフィリーネへ目配せすると、フィリーネもゆっくりと歩を進める。が、ゾリャーギはここで驚愕した。
フィリーネの歩き方振る舞い方が皇帝に対して完璧なくらいに、まるで王族の姫のような所作を見せたからだ。
これには玉座の間に控えていた、六十代程度の外見に思える二人の男も目を見開いた。彼等は軍人としてのフィリーネの報告文しか知らず、まさか彼女が自分達高位貴族ですらも感心するような雰囲気を漂わせるとは思わなかったからである。二人はフィリーネがまだ一言も発していないにも関わらず早速認識を改めざるを得なくなった。
ゾリャーギが二人の男より数メートルで立ち止まると、フィリーネは事前の打ち合わせもないのに同時に歩みを止めた。
そうして次には二人とも片膝をつく。フィリーネは動きにくいドレスであるのにこれも模範的にこなしてみせた。
その様子をレオニードは満足気に見下ろすと、
「ゾリャーギ、俺が命じた任務の完遂ご苦労だった。何せ連れてきた奴が奴だからな。遅れた事を詫びよう」
「勿体無いお言葉でございます皇帝陛下。このゾリャーギ、陛下よりお褒めの言葉を頂戴し、至極の喜びを感じております」
「おう。お前の忠誠心を俺は嬉しく思うぞ。さて、隣に控えるお前がフィリーネ・リヴェットか。俺が許す。己を紹介しろ」
「はい、皇帝陛下」
彼等を前にして初めて声を発した時、フィリーネの声音はまるで鈴が鳴るように美しかった。その様に二人の男は再び感心し、レオニードの隣にいるルシュカは目の前にいる女がただの軍人ではないと興味を示し、ゾリャーギはまるで別人じゃないかと驚いた。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。私の名前はフィリーネ・リヴェット。元ロンドリウム協商連合陸軍魔法少将でしたが、今や何の身分も持たないただの魔法能力者でございます。今日まで、寛大なる御心を持たれておられる皇帝陛下より数多くの書物を授けられ、一日も早くお役に立てるよう妖魔帝国についての勉学に励んでおりました。皇帝陛下や皇后陛下の御名は存じておりますが、洗練された紳士の御二方の御名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「だそうだぞ。アレンスキー大臣評議会議長、デニーキン枢密院議長」
「ぎょ、御意。――私の名はアレンスキー。皇帝陛下を政治面でお支えしております大臣評議会の議長をしております。フィリーネ殿、今後とも長い付き合いになりましょう。何卒、宜しく御願い申し上げます」
「儂の名はデニーキン。皇帝陛下のお傍に仕え、様々な面でお支えさせて頂いております枢密院の議長を仰せつかっておりまする。フィリーネ様の実力は皇帝陛下を通して良く耳にしておりますぞ。人類諸国への復讐を果たす事は我々妖魔帝国が人類諸国を絶滅させる目的と一致しておる故、是非とも力を奮って頂きたい」
「ご紹介感謝致しますの、アレンスキー様。デニーキン様。私のは無官無位な上に皆様と違い人間故、この地で生きるに礼儀に失する場もありましょう。しかしどうかお二人の広き御心でお許し頂きたく思いますわ」
「礼儀に失するなどとんでもない。私の愚娘に比べるまでもなくフィリーネ殿は全貴族の女性への教範としたい程に礼を知っておられる。むしろ娘の教育を担当して頂きたいくらいですぞ。なあ、デニーキン枢密院議長」
「全くじゃの。礼に良し、実力も良し。申し分の無い人物であるの。やはり人類は見くびるものではないのお」
「お褒めに預かり光栄でございますの」
いつもと違いころころと笑いつつも、侮られないよう軍人としての気迫も雰囲気で感じさせるフィリーネに、アレンスキーとデニーキンは完全に彼女への見方を変えていた。
出会う前は人類諸国の裏切り者が何故レオニードが欲しがったのか、どうせ力のみを欲しがったのだろうと心の底では見下していたが二人は己の過ちを認めていた。
少なくともレオニードが、機密書物を彼女が読むことを許可したに相応しい礼節を持っており気に入っているのには納得したのである。
となれば二人としては彼女が携えてきたというレポートの内容が気になって仕方なくなった。何せ眼前にいるのは、散々打ち負かしてくれたアカツキに匹敵する軍略を持つ人間であるのだから。
とはいえ、しばし自己紹介の交流は続く。というのも、妖魔帝国における実質的なナンバーツーたる皇帝の正妻のルシュカが強い関心を抱いていたからだ。
「どうだいルシュカちゃん。彼女が前から言っていた『改革者』の一人、フィリーネだ」
「とても強そうで美人な方ですね、陛下。初めまして、そしてようこそ妖魔帝国帝国へ。フィリーネ・リヴェット。私は畏れ多くも陛下に楯突く人類諸国を見限って遠路はるばる来てくれた貴女を歓迎します」
「ありがとうございます、皇后陛下。皇后陛下は大変可憐で麗しゅうございます。お会い出来で光栄でございますわ」
「うふふ、お世辞でも嬉しいですよ。貴女は陛下に認められしお方。早速その片鱗を見せて頂きたいのですがよろしくて?」
「ええ。勿論にございます」
「俺も早く聞きたくて仕方ないぞ! お前に課したレポート、披露してくれ!」
ルシュカは微笑みつつも、まだフィリーネという人物の評価を固定するまでには至っていない。だから夫がフィリーネへ命じたレポートの内容を聞くために話題転換を図ったのだ。
その内容を耳にしたいのはルシュカだけではない。レオニードも、アレンスキーにデニーキンも、そして未だ全容を聞いていないゾリャーギも気になっていた。
「かしこまりました、皇帝陛下。皇后陛下」
フィリーネはここにいる人数分――実は十数人はいると思い用意していたが、実際は五人分で事足りた――の十数枚の資料を取り出すと。
「アレンスキー、俺とルシュカちゃんの分を持ってこい」
「はっ」
アレンスキーはレオニードとルシュカの分を受け取り、恭しく二人へ渡す。次いで自身とデニーキンの分を受け取り、ゾリャーギはフィリーネから直接受け取った。
「フィリーネ。俺が許可する。起立し、俺とルシュカちゃんの近くで説明せよ」
「はい、皇帝陛下。それではこれより、陛下のご期待に応えるべく作成致しました私のレポート、『威光輝きし五カ年計画』を発表致します」
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弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
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