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第2部 戦間期に歩むそれぞれの道 第14章 戦間期編1
第6話 そうして小さなバケモノは誕生する
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・・6・・
10の月21の日
午後3時10分
零氷宮・別棟から本棟へ至る廊下
翌日、二十一の日は昨日に比べて天気は良くなり雲の間から陽射しが差しており気温もこの時期としては少し暖かった。とはいえ妖魔帝国の十の月末である。午後三時にもなれば気温も一桁前半代となり外では厚手のコートが必須になっていた。
しかし、フィリーネもといリシュカが昨日から半ば好意で皇帝の別荘たる零氷宮の別棟に宿泊しておりそこから本棟に繋がる廊下は屋内ゆえ関係なく、暖房の魔導具により適温になっている為関係ない。今日の衣服として用意されていたゆったりめの黒色のワンピースを着た彼女はゾリャーギと、皇帝直属で仕えるメイド達と共に歩いていた。
「まるで現実感がねえな……」
「昨日からずっとだけど、勲章や褒美を貰っただけじゃない。そんなに落ち着かない?」
リシュカの隣を歩くゾリャーギはそわそわしっぱなしであった。任務を達成したとはいえ予想以上の褒賞に現実味が無いからだろう。
対してリシュカは必要性があるとはいえレオニード直々にアーティファクトを授けられたにもいつも通り振舞っていた。
「お前は図太いよな本当に……。あのなあ、この国は皇帝陛下が君臨する専制政治の国だぜ? ヨマニエフ一等漆黒勲章だけでも絶大な効力があるっていうのに、上司と同じ階級になるわ、末代まで生活が保障されるわで大出世ってもんじゃねえんだぞ?」
「いい事尽くしじゃない。貰えるものは貰っておけばいいし、とても生きやすくなったんでしょ?」
「俺が何かしでかさない限りは栄達が約束されるくらいにはな……。ヨマニエフ一等漆黒勲章なら皇宮での授与式もあるし今後を考えると、ああ、胃が痛え……」
「高位貴族と同格になることが? 平民出は大変ね」
「うっせえ……。お前みたいにとびきり富裕層じゃねえから慣れてねえんだよ……」
「慣れればいいのよ。なんなら私が色々教えてあげるし」
リシュカはこの世界で生きていく中で上流階級者としてのマナーは身につけている。前世も旧華族の家系であったから貴族のような振る舞いはお手の物であるのだ。
「マジで頼むわ……。マナーなんざ初歩程度しか知らねえからさっぱりでよ……」
「へえ意外。素直に頼んでくるなんて」
「ったりめえだろ。目の前に師範がいるなら手っ取り早いしよ」
「はいはい。また今度ね」
「ゾリャーギ様、リシュカ様。間もなくお部屋に到着致します。アーティファクトは既に中にありますゆえ、すぐに儀に移るかと思われます」
「案内ありがとね、イーニャ皇后付護衛女官長」
「あの、いつの間に私の名を?」
前を歩いていた案内役のメイド、ルシュカの護衛も兼ねているイーニャは自分の名がリシュカの口から出る事にやや驚いていた。彼女がリシュカと初対面したのはほんのさっきであり、名前はともかくメイドとしての役職以外も言われるとは思っていなかったからである。
「これからよく会うかもしれない人の名を覚えておくのは当然じゃない? 私これでも、あっちじゃ師団を率いていたし」
「…………皇后陛下がお気に召されたのも納得しました。協商連合は相当愚か者のようですね」
「なんで?」
「リシュカ様の仰る通り、皇帝陛下の相談役になられた以上皇后陛下ともお会いになる機会は増え、自ずと私めとの接触も有り得ます。立場的には貴女様が上になりますが、上に立つ者がこちらから名乗る前に名を覚えておくいうのは一目置かれますので」
「ふうん。私にとっては常識だけどね。これから世話にもなるかもしれないし」
「素晴らしいお考えです。――失礼致しました、少々私語が過ぎたようです。ゾリャーギ様、リシュカ様。中へどうぞ。皇帝陛下と皇后陛下がお待ちです」
レオニードとルシュカが待つ部屋はここもまた豪奢な扉であった。
イーニャがノックすると、レオニードから入室の許可がおり、扉は開かれる。
部屋はかなり広い間取りであった。零氷宮においてここは皇帝と皇后が国内の要人と会談する場も兼ねており、豪華絢爛なのはその為でもある。奥には一般的な部屋にありがちな大きさのドアがあり、その奥の部屋までは明記されていないのをフィリーネは知っていた。
「おうゾリャーギ、フィリーネ改めリシュカ。昨日はよく寝られたか?」
「はっ。皇帝陛下の寛大なる御心にご感謝致します。大変良く寝られました」
「とても居心地の良い部屋でしたわ。ご感謝致しますの」
「なら良しだな。ああ、ちなみにだがこの部屋では楽にしてくれ。昨日は議長共がいた手前礼は尽くすようにしたが、今日は奥に控えている奴以外は誰もいない。特にリシュカ。その硬っ苦しい振る舞いはやめろ。ルシュカには伝えてあるが、ゾリャーギの私邸の時のようにして構わん」
「畏れ多い事でございますわ陛下」
「リシュカ特別相談役。私も許します。陛下の御命令だと思ってください」
「畏まりました。では…………、これでいい?」
リシュカは直前までの令嬢のような立ち振る舞いと言動から、かなり砕けた口調といつもの雰囲気になる。
「そうそれだ。それでいい。公ならともかく、こんな時にまで別人にしか思えない言葉遣いと雰囲気を出されるのは嫌なんだよ。基本的に俺はああいうのは好きじゃない」
「だからって皇帝陛下と皇后陛下の前でこれは良くないと思うんだけど……。特にゾリャーギなんて見てよ、ヒヤヒヤしてるじゃない」
「ふはははっ! ゾリャーギ、心配するな。こいつの本性は知ってるだろうが、俺も今の方が接しやすいんだよ」
「ええ。そうですよゾリャーギ特等諜報機関員。皇帝陛下は公務はともかく今のような公務外に等しい時は楽にしたいのです。貴方も楽にしてよろしくてよ?」
「は、はぁ……」
ゾリャーギは内心で、「楽になんて出来るやけねえだろ!」と叫ぶ。
眼前にいるのは皇帝と皇后なのだ。常識的な妖魔帝国の魔人ならまず胃痛に苛まれかねない。むしろ平然としていられるリシュカが異常なのだろう。だからこそレオニードとルシュカに気に入られたのかもしれないが。
「さて、本当は妖魔式紅茶の一つでも嗜みながら話したいものだが、生憎夜からまだ公務が控えていてな。早速本題に行こうか」
「皇帝も大変ね。大方私のせい?」
「半分正解だな。身分証明から官位に至るまで速やかに発行せねばならんのよ。ただもう半分は単純に書類仕事が残ってるだけだ」
「お疲れ様なことね」
「お前も今後手伝ってもらう分野でもあるがな。で、だ。奥の部屋だがあそこには昨日言ったアーティファクトがある。『変貌のチョーカー』だ。取り扱いにあたって、帝国魔法研究所のアーティファクト女研究員もいる。同性の方がいいだろ?」
「配慮してくれて感謝するわ」
「私は今から貴女がどのような姿に変わるのか楽しみですよ。貴女は人間ですから流石に種族までは変われませんが、陛下の国のアーティファクトです。少なくともこの国で出歩いても違和感の無い姿になると研究員は言っていました」
「まあ普段は隠してるというか現していない翼までは無理でしょうね。でも姿形が変われば十分よ。ここで過ごす分にも、人類諸国に行っても私が誰かは分からなくなるし」
「その為の『変貌のチョーカー』だ。さあ、行ってこい。話によれば装着から変化までは大して時間はかからんらしい」
「了解したわ。それじゃあまた後で。どんな姿になっても驚かないでよ? 特に、ゾリャーギ。もしかしたら幼女になったりして」
「お、おう……」
くすくすと笑うリシュカに、ゾリャーギはこいつが幼女になって帰ってきたら部下に何を言われるか分かったもんじゃないなとひきつり笑いをする。
フィリーネは扉の前に立ち、ノックをする。
「リシュカだよ。入るわ」
「ひゃい! ど、どうぞ!」
扉の奥から明らかに緊張している声がする。リシュカは、自分の今までの身分上仕方ないかと小さくため息をついて苦笑いをする。
「私がリシュカ・フィブラ。貴女は?」
「わ、わたしは妖魔帝国魔法研究所アーティファクト統括管理部一等研究員のエレオノーラです……!」
奥の部屋はあまり広くはないものの質の良い調度品のテーブルが置かれ、周りには書物の入った棚がいくつかあった。ただし椅子はこの時の為に端にあり、テーブルには厳重に管理されている黒い箱があった。あの中にチョーカーが入っているのだろう。置いてある全身が写る鏡は姿が変わった時の為だろうか。
テーブルの前にいる灰色の長い髪の丸眼鏡をかけた女性は、おどおどとしていた。妖魔帝国魔法研究所の制服――妖魔帝国軍と似ているが色は濃い紫色――に白衣を纏っている。
「エレオノーラ一等研究員」
「ひゃ、ひゃいい!」
「…………別に取って食ったりしないって」
「す、すみません……! でもその、両陛下にお会いしただけでなく、その、あの……」
「ちなみに陛下から何を言われたの?」
「この事は墓場まで持っていけ。代わりに兄弟姉妹の学資金から両親の面倒、わたしには夫がいるので子を成した場合、家が途絶えない限りは陛下の名において豊かな暮らしをさせてやるし、わたしが結果を出せば出世も約束、すると。研究にも、資金が出る、とも……」
「大盤振る舞いだね。でも、口を滑らしたらあんた死ぬよ」
「ひゃい……。存じて、ましゅ……」
フィリーネは彼女に対して同情していた。自分を知っているのは妖魔帝国内でも極々限られた人物しかおらず、よりにもよってエレオノーラは関係者になってしまった。いくら皇帝から出世と親類の生活保障が約束されたとしても、完全な巻き添えである。
妖魔帝国の魔人は人間より寿命は長いが、だとしてもエレオノーラは若い割には一等研究員になるほどには優秀な人物。
だからフィリーネは可哀想という思いもあってかこう言った。
「言っておくけど、私は復讐の為に人類諸国を絶滅させるわ。だから裏切らない。そして、陛下の特別相談役に選ばれた。貴女が良ければ面倒は見てあげるわよ。どうせ魔法研究所には末永い付き合いになるし」
「あ、あのそれって……」
「陛下の気が変わって消されそうになっても、私が何とかするってこと。研究の手助けになれるならするし、命の保証もしてあげる」
「わたし、リシュカ様と今初めて会ったのに、いいんですか……?」
「だって貴女にとっては私のせいでとんだとばっちりでしょ。それくらいさせなさい」
「あ、ありがとうございます……」
「ただし、明日以降出会っても陛下の筋書きとしての私として接しなさい。どうせもう聞いてるでしょ? いいわね?」
「も、もちろんです……!」
陛下の筋書き、というのはリシュカが今後レオニードに仕えるにあたって用意された周囲へと向けた架空の半生の事だ。ストーリーは以下のようになっている。
まだ先帝の治世の頃、レオニードには密かに会っている人物がいた。まだ幼少の頃のレオニードはメイドや執事、世話役の目を掻い潜って帝都市街地へこっそり抜け出す事があったという事実が存在する。
さて、ここからは架空のストーリーになる。
その時に出会ったのは、富裕層街に住むとある女の子。女の子は学者の娘で、とても博識であった。当時のレオニードは賢かったが、女の子はレオニードを遥かに上回る知識を持ちしかも非常に優れた魔法の力も持っていたが、子供らしい会話をしつつも彼女の様々な学問の話は興味深くいつしか打ち解けるようになった。
ところが、先帝は危険思想を持つ学者を一斉に検挙、拷問にかけ処刑。この時女の子の親も対象となり、それを知ったレオニードは己の身分を明かした上で逃亡の手引きをした。
レオニードの手引きにより女の子の一家は難を逃れるが、捜査の手はあちこちに伸び行方知らずにならざるを得ず、余りにも急な事件であったが為に連絡も取れなくなってしまった。
以降、レオニードは街へ抜け出す事も無くなった。
幾年も経ち、レオニードが先帝に反旗を翻し皇帝となってからも密命で探し続けていた。
そうしてようやく、長年の捜索が奇跡的に実を結び、見つけた。かつての友人と再開を果たしたが、彼女は貧しい生活をしていた。そのせいで両親はとっくに死んでしまっていたという。
感動の再会を果たした皇帝レオニード。久しぶりの談義では、彼女の知識はさらなる進化を遂げていた。そこでレオニードは先帝の行いへの罪滅ぼしと、彼女の知が帝国の繁栄になるとして特別相談役に仕わせることとした。
その名は、リシュカ・フィブラ。悲劇の人生を歩みながらもいつかレオニードの役に立てるようにと学問の研鑽は続けていた至宝の頭脳を持つ女性。
というものだ。
この話をリシュカは謁見を前に手紙でしらされたが、よくもまあここまで嘘を並べ立てられるものだとかえって感心した。
確かに先帝が学者を迫害し処刑にかけた事実は存在するし、レオニードが行った密命も記録に残らない非公式なものという設定だからでっち上げはいくらでも可能。
自身が皇帝だからこそ作り上げられる物語と、先帝が事実として行った所業という皮肉が成し得た併せ技によりリシュカ・フィブラは公式に存在することになったのである。
「ま、これからの話は後々って事で。アーティファクトの入った箱を開けてくれる?」
「は、はい!」
エレオノーラはリシュカの言う通り、『変貌のチョーカー』が入った箱を慎重かつ丁寧に開ける。中には、赤い布が敷かれた上に黒いチョーカーがあった。ファッションの一つとしても違和感のないデザインのチョーカーこそ、『変貌のチョーカー』であった。
「これが『変貌のチョーカー』。姿形がまるで別人になり永遠に固定化されるんだよね」
「はい。『変貌のチョーカー』は装着すると黒い魔法粒子に包まれ、姿が変わります。効果は一度きり。ただし、『変貌のチョーカー』を首から外しても効果が消えることはないそうです。というのも、使ってしまえばただのチョーカーになるらしいので……」
「アーティファクトなのに随分と詳しく記録が残っているんだ」
「古の書物に同じものが二点あったそうです。なので効果を知る事が出来ました。記録上ではこれが唯一の現存物だそうです」
「へえ。もしかしたら最後のかもしれないってこと?」
「そうなります。とはいえ、使い道も限られていますし能力が開花するわけではありませんから、陛下はお渡しになられたのかと」
「二人に万が一があったら使えるってのに、気前のいいことだよね」
「陛下に皇后陛下は絶対の自信がおありでしょうから」
「だろうね。まあいいや。陛下はお忙しいらしいし、とっとと装着しよっか」
「分かりました。念の為、わたしはちょっと離れますね。記録は残させて頂きますけど……」
「お好きにどうぞ。――チョーカー、か。懐かしいね……」
「何かおっしゃいましたか?」
「んーん、なんにも」
前世であの人から誕生日プレゼントに貰ったチョーカーと色が同じだったからか、リシュカは懐かしさを感じ悲しい微笑みを見せるも、エレオノーラの発言には何事も無かったかのように返すと『変貌のチョーカー』を手に取る。
リシュカはチョーカーを首の傍に持っていくと、身につけた。
すると、変化はすぐさま訪れる。
エレオノーラの言うように、チョーカーから黒色の魔法粒子が発生し、それは瞬く間に広がってリシュカの全身を覆っていく。
そうして気付くと、リシュカは真っ黒な空間にポツリといた。
「伝承なんてアテになんないけど、どうやら正確だったみたいだね」
流石にリシュカも突如として真っ暗闇の空間へ自分がいることに驚くが、魔法のある世界ならありがちかと一人合点する。
すると、次の瞬間に脳内へ直接問いかける声が響く。低音で、おどろおどろしさを感じる声だった。
『汝、汝は如何なる姿を求めるか』
「わあお。まさか声が聞こえてくるなんて思わなかった」
『我は汝の願いを叶える道具。答えよ。汝は如何なる姿を求めるか』
「どんな姿にもなれるんだよね?」
『正。汝の望む姿へ変貌させるが我が道具の機能なり』
「ふうん。じゃあ……、答えは決まってる」
『――汝の願い、確かに聞き届けた。新たな器となりて、汝の道を歩むが良い』
「そりゃどうも。――あぐぅぅぅ!?」
声が消えた途端、リシュカに激しい痛みが襲いかかる。
身体そのものが変貌するのだ。代償が無いはずもなく、しかしそれは長くはなかった。
黒い闇に再び包まれ。
次には、リシュカは元の場所、自分とエレオノーラのいた部屋に戻っていた。
姿は全くの、別人になって。
「おおおおお、本当に姿が……、え、えええ、えええええええ?!?!」
「ん? 何をそんなに驚いているの……? ってあれ、声に視線が……?」
「リシュカ様!! すごい!! 本当に別人ですよ!! ものすごく小さくなってます!! か、鏡!! 鏡の前に!!」
「床が近くなった時点でなんとなく察しはつくけど、分かった」
アーティファクトの効果を目の当たりにしたエレオノーラは大興奮した様子でリシュカに鏡の前に立つよう促す。
馴染みのある幼さを強く感じる声音と明らかに身長が低くなった視線のリシュカは頷き、鏡の前に立つとそこにいたのは忘れるはずのないあの時の姿。
身長は地球単位で一四〇センチ前半台で整った顔立ちだが童顔であるからか中学生かそれ以下のようにしか見えず、胸部はまるで第二次性徴期など無かったように真っ平ら。瞳は日本人にありがちな色だが、前世と今世の凄惨な人生故か黒く濁っていた。
背中まで伸びる黒髪は艶があり絹のように美しく滑らかだった。細い手足は人形といっても違和感がない程に綺麗である。不思議な事に衣服はアーティファクトの効果なのかサイズダウンした以外はそのままだった。
そう。まさに鏡に写る姿こそが、リシュカの前世、――なのである。
リシュカは口を両手で覆う。これは夢なんじゃないかと。頬をつねってみると痛い。現実だった。
「あああ……、夢じゃない。夢じゃないんだ……」
唯一になってしまった、けれど一緒に死んでしまった親類の血を受け継いだ身体。
愛してくれていたのに自分を置いて死んでいった、あの人が抱きしめてくれたこの身体。
穢されてしまったけれど、それでも懐かしみのあるこの身体。
普通であれば、ここで涙の一つくらい流すだろう。
前世の自分の姿になった事で亡くした愛する人を思い出し涙を流すか、そうでないにしても懐かしさを感じるか。
確かに、懐古はしていた。在りし日の良き思い出は浮かんでいた。
だがしかし、やはりリシュカは歪みきっていて壊れていた。
「くひひ、くひひひひ……。すっごい、すっごいいい事、思いついたぁ……」
「ひっ……!」
瞳を潤ませたかと思いきや、突如ケタケタとおぞましい表情で笑い始めたリシュカを目撃して悲鳴を上げるエレオノーラ。
「あー、ごめんねえ? ひっさしぶりにゾクゾクするたまんなくて快感を覚えるような案を思いついちゃってさあ。大丈夫、私に素敵な機会をくれた妖魔帝国の人達には悪いことしないからぁ」
「あ、あ、ど、どうか、命は……!」
「…………っとごめん。ちょっとハイになっちゃった。許してね?」
「は、は、いぃ……」
エレオノーラは幻でも見ていたのかような感覚に襲われる。この世の者ではないような、深淵から伸びるナニかのようだったリシュカは、今は幼い外見らしさを伴った、舌をちろりと出して謝罪する顔つきになっていた。
そうだ、これは夢なんだ。先程のリシュカは存在しなかったんだ。とエレオノーラは自己防衛本能を機能させた。
ちょうどそのタイミングで、ノックの音が聞こえる。声の主はレオニードで、リシュカが入室して大丈夫と言うとレオニード、ルシュカ、ゾリャーギが入ってくる。
「一体どんな姿に……、ってこれはまた見違えたなぁ」
「か、可愛い……。人形みたい……」
「いやお前本当に幼女にならなくても良くねえか!?」
レオニードは面白いものを見るかのように、ルシュカは自分も殆ど同じ背丈なのだがまるでドールを眺めるかのように頬を緩ませ、ゾリャーギは隣にレオニードとルシュカがいるにも関わらず冗談を現実にさせたリシュカに食いかかる。
「てへっ?」
「てへっ、じゃねえよお!! どうすんだよ家帰ったらついに俺が幼女までもを家に連れ込んだとか誤解されるぞ!?」
「えー、私の年齢知ってるからいいじゃん。合法だよ?」
「そういう問題じゃねえよ……」
「そもそも種族の理由があるから百歩譲るけど、連れ込むあんたが悪いんじゃない?」
「正論だな」
「正論ですね、陛下」
「ほら、最高権力者の御二方も仰ってるから不変の事実だよ」
「ちくしょう……。本当になるなんて思わねえよ……」
「いいじゃないかゾリャーギ。外見は変われど中身は同じなんだ。俺が書いた筋書きに不都合は生じないのだし、これだけ見た目が変われば人類諸国には間違いなく判別が付かないだろうよ」
「は、はっ……。陛下の仰る通りでございますて……」
賑やかしくなる室内の三人にに、ようやく平静を取り戻したエレオノーラ。
しかし、リシュカは心の奥底で笑いが止まらなかった。この姿になれたこそ、絶頂しそうになるほどの名案があるから。
(レオニード、違うよ違う。一人だけ判別がつく奴がいるんだって。それも、とびっきりの。あぁ、あぁ、今からすっごい楽しみ。いつか、アイツと相見える事になったら、アイツはどんな顔するだろうねぇ。ひひひ、ひひひひひっ。)
かくして、リシュカは新たな器の姿となり妖魔帝国で過ごし、皇帝レオニードの下で仕える事となる。
十の月二十八の日。
皇帝レオニードは自身の筋書き通りにリシュカ・フィブラの存在を発表。悲劇性の強いストーリーと誰も極わずかな真相を知る人物を除き、ほとんどは真実を知らないのだからリシュカ・フィブラは妖魔帝国に同情と歓迎と共に正式に受け入れられる。
この日を境に妖魔帝国の記録においてリシュカ・フィブラ。――の存在は記されることとなるのであった。
10の月21の日
午後3時10分
零氷宮・別棟から本棟へ至る廊下
翌日、二十一の日は昨日に比べて天気は良くなり雲の間から陽射しが差しており気温もこの時期としては少し暖かった。とはいえ妖魔帝国の十の月末である。午後三時にもなれば気温も一桁前半代となり外では厚手のコートが必須になっていた。
しかし、フィリーネもといリシュカが昨日から半ば好意で皇帝の別荘たる零氷宮の別棟に宿泊しておりそこから本棟に繋がる廊下は屋内ゆえ関係なく、暖房の魔導具により適温になっている為関係ない。今日の衣服として用意されていたゆったりめの黒色のワンピースを着た彼女はゾリャーギと、皇帝直属で仕えるメイド達と共に歩いていた。
「まるで現実感がねえな……」
「昨日からずっとだけど、勲章や褒美を貰っただけじゃない。そんなに落ち着かない?」
リシュカの隣を歩くゾリャーギはそわそわしっぱなしであった。任務を達成したとはいえ予想以上の褒賞に現実味が無いからだろう。
対してリシュカは必要性があるとはいえレオニード直々にアーティファクトを授けられたにもいつも通り振舞っていた。
「お前は図太いよな本当に……。あのなあ、この国は皇帝陛下が君臨する専制政治の国だぜ? ヨマニエフ一等漆黒勲章だけでも絶大な効力があるっていうのに、上司と同じ階級になるわ、末代まで生活が保障されるわで大出世ってもんじゃねえんだぞ?」
「いい事尽くしじゃない。貰えるものは貰っておけばいいし、とても生きやすくなったんでしょ?」
「俺が何かしでかさない限りは栄達が約束されるくらいにはな……。ヨマニエフ一等漆黒勲章なら皇宮での授与式もあるし今後を考えると、ああ、胃が痛え……」
「高位貴族と同格になることが? 平民出は大変ね」
「うっせえ……。お前みたいにとびきり富裕層じゃねえから慣れてねえんだよ……」
「慣れればいいのよ。なんなら私が色々教えてあげるし」
リシュカはこの世界で生きていく中で上流階級者としてのマナーは身につけている。前世も旧華族の家系であったから貴族のような振る舞いはお手の物であるのだ。
「マジで頼むわ……。マナーなんざ初歩程度しか知らねえからさっぱりでよ……」
「へえ意外。素直に頼んでくるなんて」
「ったりめえだろ。目の前に師範がいるなら手っ取り早いしよ」
「はいはい。また今度ね」
「ゾリャーギ様、リシュカ様。間もなくお部屋に到着致します。アーティファクトは既に中にありますゆえ、すぐに儀に移るかと思われます」
「案内ありがとね、イーニャ皇后付護衛女官長」
「あの、いつの間に私の名を?」
前を歩いていた案内役のメイド、ルシュカの護衛も兼ねているイーニャは自分の名がリシュカの口から出る事にやや驚いていた。彼女がリシュカと初対面したのはほんのさっきであり、名前はともかくメイドとしての役職以外も言われるとは思っていなかったからである。
「これからよく会うかもしれない人の名を覚えておくのは当然じゃない? 私これでも、あっちじゃ師団を率いていたし」
「…………皇后陛下がお気に召されたのも納得しました。協商連合は相当愚か者のようですね」
「なんで?」
「リシュカ様の仰る通り、皇帝陛下の相談役になられた以上皇后陛下ともお会いになる機会は増え、自ずと私めとの接触も有り得ます。立場的には貴女様が上になりますが、上に立つ者がこちらから名乗る前に名を覚えておくいうのは一目置かれますので」
「ふうん。私にとっては常識だけどね。これから世話にもなるかもしれないし」
「素晴らしいお考えです。――失礼致しました、少々私語が過ぎたようです。ゾリャーギ様、リシュカ様。中へどうぞ。皇帝陛下と皇后陛下がお待ちです」
レオニードとルシュカが待つ部屋はここもまた豪奢な扉であった。
イーニャがノックすると、レオニードから入室の許可がおり、扉は開かれる。
部屋はかなり広い間取りであった。零氷宮においてここは皇帝と皇后が国内の要人と会談する場も兼ねており、豪華絢爛なのはその為でもある。奥には一般的な部屋にありがちな大きさのドアがあり、その奥の部屋までは明記されていないのをフィリーネは知っていた。
「おうゾリャーギ、フィリーネ改めリシュカ。昨日はよく寝られたか?」
「はっ。皇帝陛下の寛大なる御心にご感謝致します。大変良く寝られました」
「とても居心地の良い部屋でしたわ。ご感謝致しますの」
「なら良しだな。ああ、ちなみにだがこの部屋では楽にしてくれ。昨日は議長共がいた手前礼は尽くすようにしたが、今日は奥に控えている奴以外は誰もいない。特にリシュカ。その硬っ苦しい振る舞いはやめろ。ルシュカには伝えてあるが、ゾリャーギの私邸の時のようにして構わん」
「畏れ多い事でございますわ陛下」
「リシュカ特別相談役。私も許します。陛下の御命令だと思ってください」
「畏まりました。では…………、これでいい?」
リシュカは直前までの令嬢のような立ち振る舞いと言動から、かなり砕けた口調といつもの雰囲気になる。
「そうそれだ。それでいい。公ならともかく、こんな時にまで別人にしか思えない言葉遣いと雰囲気を出されるのは嫌なんだよ。基本的に俺はああいうのは好きじゃない」
「だからって皇帝陛下と皇后陛下の前でこれは良くないと思うんだけど……。特にゾリャーギなんて見てよ、ヒヤヒヤしてるじゃない」
「ふはははっ! ゾリャーギ、心配するな。こいつの本性は知ってるだろうが、俺も今の方が接しやすいんだよ」
「ええ。そうですよゾリャーギ特等諜報機関員。皇帝陛下は公務はともかく今のような公務外に等しい時は楽にしたいのです。貴方も楽にしてよろしくてよ?」
「は、はぁ……」
ゾリャーギは内心で、「楽になんて出来るやけねえだろ!」と叫ぶ。
眼前にいるのは皇帝と皇后なのだ。常識的な妖魔帝国の魔人ならまず胃痛に苛まれかねない。むしろ平然としていられるリシュカが異常なのだろう。だからこそレオニードとルシュカに気に入られたのかもしれないが。
「さて、本当は妖魔式紅茶の一つでも嗜みながら話したいものだが、生憎夜からまだ公務が控えていてな。早速本題に行こうか」
「皇帝も大変ね。大方私のせい?」
「半分正解だな。身分証明から官位に至るまで速やかに発行せねばならんのよ。ただもう半分は単純に書類仕事が残ってるだけだ」
「お疲れ様なことね」
「お前も今後手伝ってもらう分野でもあるがな。で、だ。奥の部屋だがあそこには昨日言ったアーティファクトがある。『変貌のチョーカー』だ。取り扱いにあたって、帝国魔法研究所のアーティファクト女研究員もいる。同性の方がいいだろ?」
「配慮してくれて感謝するわ」
「私は今から貴女がどのような姿に変わるのか楽しみですよ。貴女は人間ですから流石に種族までは変われませんが、陛下の国のアーティファクトです。少なくともこの国で出歩いても違和感の無い姿になると研究員は言っていました」
「まあ普段は隠してるというか現していない翼までは無理でしょうね。でも姿形が変われば十分よ。ここで過ごす分にも、人類諸国に行っても私が誰かは分からなくなるし」
「その為の『変貌のチョーカー』だ。さあ、行ってこい。話によれば装着から変化までは大して時間はかからんらしい」
「了解したわ。それじゃあまた後で。どんな姿になっても驚かないでよ? 特に、ゾリャーギ。もしかしたら幼女になったりして」
「お、おう……」
くすくすと笑うリシュカに、ゾリャーギはこいつが幼女になって帰ってきたら部下に何を言われるか分かったもんじゃないなとひきつり笑いをする。
フィリーネは扉の前に立ち、ノックをする。
「リシュカだよ。入るわ」
「ひゃい! ど、どうぞ!」
扉の奥から明らかに緊張している声がする。リシュカは、自分の今までの身分上仕方ないかと小さくため息をついて苦笑いをする。
「私がリシュカ・フィブラ。貴女は?」
「わ、わたしは妖魔帝国魔法研究所アーティファクト統括管理部一等研究員のエレオノーラです……!」
奥の部屋はあまり広くはないものの質の良い調度品のテーブルが置かれ、周りには書物の入った棚がいくつかあった。ただし椅子はこの時の為に端にあり、テーブルには厳重に管理されている黒い箱があった。あの中にチョーカーが入っているのだろう。置いてある全身が写る鏡は姿が変わった時の為だろうか。
テーブルの前にいる灰色の長い髪の丸眼鏡をかけた女性は、おどおどとしていた。妖魔帝国魔法研究所の制服――妖魔帝国軍と似ているが色は濃い紫色――に白衣を纏っている。
「エレオノーラ一等研究員」
「ひゃ、ひゃいい!」
「…………別に取って食ったりしないって」
「す、すみません……! でもその、両陛下にお会いしただけでなく、その、あの……」
「ちなみに陛下から何を言われたの?」
「この事は墓場まで持っていけ。代わりに兄弟姉妹の学資金から両親の面倒、わたしには夫がいるので子を成した場合、家が途絶えない限りは陛下の名において豊かな暮らしをさせてやるし、わたしが結果を出せば出世も約束、すると。研究にも、資金が出る、とも……」
「大盤振る舞いだね。でも、口を滑らしたらあんた死ぬよ」
「ひゃい……。存じて、ましゅ……」
フィリーネは彼女に対して同情していた。自分を知っているのは妖魔帝国内でも極々限られた人物しかおらず、よりにもよってエレオノーラは関係者になってしまった。いくら皇帝から出世と親類の生活保障が約束されたとしても、完全な巻き添えである。
妖魔帝国の魔人は人間より寿命は長いが、だとしてもエレオノーラは若い割には一等研究員になるほどには優秀な人物。
だからフィリーネは可哀想という思いもあってかこう言った。
「言っておくけど、私は復讐の為に人類諸国を絶滅させるわ。だから裏切らない。そして、陛下の特別相談役に選ばれた。貴女が良ければ面倒は見てあげるわよ。どうせ魔法研究所には末永い付き合いになるし」
「あ、あのそれって……」
「陛下の気が変わって消されそうになっても、私が何とかするってこと。研究の手助けになれるならするし、命の保証もしてあげる」
「わたし、リシュカ様と今初めて会ったのに、いいんですか……?」
「だって貴女にとっては私のせいでとんだとばっちりでしょ。それくらいさせなさい」
「あ、ありがとうございます……」
「ただし、明日以降出会っても陛下の筋書きとしての私として接しなさい。どうせもう聞いてるでしょ? いいわね?」
「も、もちろんです……!」
陛下の筋書き、というのはリシュカが今後レオニードに仕えるにあたって用意された周囲へと向けた架空の半生の事だ。ストーリーは以下のようになっている。
まだ先帝の治世の頃、レオニードには密かに会っている人物がいた。まだ幼少の頃のレオニードはメイドや執事、世話役の目を掻い潜って帝都市街地へこっそり抜け出す事があったという事実が存在する。
さて、ここからは架空のストーリーになる。
その時に出会ったのは、富裕層街に住むとある女の子。女の子は学者の娘で、とても博識であった。当時のレオニードは賢かったが、女の子はレオニードを遥かに上回る知識を持ちしかも非常に優れた魔法の力も持っていたが、子供らしい会話をしつつも彼女の様々な学問の話は興味深くいつしか打ち解けるようになった。
ところが、先帝は危険思想を持つ学者を一斉に検挙、拷問にかけ処刑。この時女の子の親も対象となり、それを知ったレオニードは己の身分を明かした上で逃亡の手引きをした。
レオニードの手引きにより女の子の一家は難を逃れるが、捜査の手はあちこちに伸び行方知らずにならざるを得ず、余りにも急な事件であったが為に連絡も取れなくなってしまった。
以降、レオニードは街へ抜け出す事も無くなった。
幾年も経ち、レオニードが先帝に反旗を翻し皇帝となってからも密命で探し続けていた。
そうしてようやく、長年の捜索が奇跡的に実を結び、見つけた。かつての友人と再開を果たしたが、彼女は貧しい生活をしていた。そのせいで両親はとっくに死んでしまっていたという。
感動の再会を果たした皇帝レオニード。久しぶりの談義では、彼女の知識はさらなる進化を遂げていた。そこでレオニードは先帝の行いへの罪滅ぼしと、彼女の知が帝国の繁栄になるとして特別相談役に仕わせることとした。
その名は、リシュカ・フィブラ。悲劇の人生を歩みながらもいつかレオニードの役に立てるようにと学問の研鑽は続けていた至宝の頭脳を持つ女性。
というものだ。
この話をリシュカは謁見を前に手紙でしらされたが、よくもまあここまで嘘を並べ立てられるものだとかえって感心した。
確かに先帝が学者を迫害し処刑にかけた事実は存在するし、レオニードが行った密命も記録に残らない非公式なものという設定だからでっち上げはいくらでも可能。
自身が皇帝だからこそ作り上げられる物語と、先帝が事実として行った所業という皮肉が成し得た併せ技によりリシュカ・フィブラは公式に存在することになったのである。
「ま、これからの話は後々って事で。アーティファクトの入った箱を開けてくれる?」
「は、はい!」
エレオノーラはリシュカの言う通り、『変貌のチョーカー』が入った箱を慎重かつ丁寧に開ける。中には、赤い布が敷かれた上に黒いチョーカーがあった。ファッションの一つとしても違和感のないデザインのチョーカーこそ、『変貌のチョーカー』であった。
「これが『変貌のチョーカー』。姿形がまるで別人になり永遠に固定化されるんだよね」
「はい。『変貌のチョーカー』は装着すると黒い魔法粒子に包まれ、姿が変わります。効果は一度きり。ただし、『変貌のチョーカー』を首から外しても効果が消えることはないそうです。というのも、使ってしまえばただのチョーカーになるらしいので……」
「アーティファクトなのに随分と詳しく記録が残っているんだ」
「古の書物に同じものが二点あったそうです。なので効果を知る事が出来ました。記録上ではこれが唯一の現存物だそうです」
「へえ。もしかしたら最後のかもしれないってこと?」
「そうなります。とはいえ、使い道も限られていますし能力が開花するわけではありませんから、陛下はお渡しになられたのかと」
「二人に万が一があったら使えるってのに、気前のいいことだよね」
「陛下に皇后陛下は絶対の自信がおありでしょうから」
「だろうね。まあいいや。陛下はお忙しいらしいし、とっとと装着しよっか」
「分かりました。念の為、わたしはちょっと離れますね。記録は残させて頂きますけど……」
「お好きにどうぞ。――チョーカー、か。懐かしいね……」
「何かおっしゃいましたか?」
「んーん、なんにも」
前世であの人から誕生日プレゼントに貰ったチョーカーと色が同じだったからか、リシュカは懐かしさを感じ悲しい微笑みを見せるも、エレオノーラの発言には何事も無かったかのように返すと『変貌のチョーカー』を手に取る。
リシュカはチョーカーを首の傍に持っていくと、身につけた。
すると、変化はすぐさま訪れる。
エレオノーラの言うように、チョーカーから黒色の魔法粒子が発生し、それは瞬く間に広がってリシュカの全身を覆っていく。
そうして気付くと、リシュカは真っ黒な空間にポツリといた。
「伝承なんてアテになんないけど、どうやら正確だったみたいだね」
流石にリシュカも突如として真っ暗闇の空間へ自分がいることに驚くが、魔法のある世界ならありがちかと一人合点する。
すると、次の瞬間に脳内へ直接問いかける声が響く。低音で、おどろおどろしさを感じる声だった。
『汝、汝は如何なる姿を求めるか』
「わあお。まさか声が聞こえてくるなんて思わなかった」
『我は汝の願いを叶える道具。答えよ。汝は如何なる姿を求めるか』
「どんな姿にもなれるんだよね?」
『正。汝の望む姿へ変貌させるが我が道具の機能なり』
「ふうん。じゃあ……、答えは決まってる」
『――汝の願い、確かに聞き届けた。新たな器となりて、汝の道を歩むが良い』
「そりゃどうも。――あぐぅぅぅ!?」
声が消えた途端、リシュカに激しい痛みが襲いかかる。
身体そのものが変貌するのだ。代償が無いはずもなく、しかしそれは長くはなかった。
黒い闇に再び包まれ。
次には、リシュカは元の場所、自分とエレオノーラのいた部屋に戻っていた。
姿は全くの、別人になって。
「おおおおお、本当に姿が……、え、えええ、えええええええ?!?!」
「ん? 何をそんなに驚いているの……? ってあれ、声に視線が……?」
「リシュカ様!! すごい!! 本当に別人ですよ!! ものすごく小さくなってます!! か、鏡!! 鏡の前に!!」
「床が近くなった時点でなんとなく察しはつくけど、分かった」
アーティファクトの効果を目の当たりにしたエレオノーラは大興奮した様子でリシュカに鏡の前に立つよう促す。
馴染みのある幼さを強く感じる声音と明らかに身長が低くなった視線のリシュカは頷き、鏡の前に立つとそこにいたのは忘れるはずのないあの時の姿。
身長は地球単位で一四〇センチ前半台で整った顔立ちだが童顔であるからか中学生かそれ以下のようにしか見えず、胸部はまるで第二次性徴期など無かったように真っ平ら。瞳は日本人にありがちな色だが、前世と今世の凄惨な人生故か黒く濁っていた。
背中まで伸びる黒髪は艶があり絹のように美しく滑らかだった。細い手足は人形といっても違和感がない程に綺麗である。不思議な事に衣服はアーティファクトの効果なのかサイズダウンした以外はそのままだった。
そう。まさに鏡に写る姿こそが、リシュカの前世、――なのである。
リシュカは口を両手で覆う。これは夢なんじゃないかと。頬をつねってみると痛い。現実だった。
「あああ……、夢じゃない。夢じゃないんだ……」
唯一になってしまった、けれど一緒に死んでしまった親類の血を受け継いだ身体。
愛してくれていたのに自分を置いて死んでいった、あの人が抱きしめてくれたこの身体。
穢されてしまったけれど、それでも懐かしみのあるこの身体。
普通であれば、ここで涙の一つくらい流すだろう。
前世の自分の姿になった事で亡くした愛する人を思い出し涙を流すか、そうでないにしても懐かしさを感じるか。
確かに、懐古はしていた。在りし日の良き思い出は浮かんでいた。
だがしかし、やはりリシュカは歪みきっていて壊れていた。
「くひひ、くひひひひ……。すっごい、すっごいいい事、思いついたぁ……」
「ひっ……!」
瞳を潤ませたかと思いきや、突如ケタケタとおぞましい表情で笑い始めたリシュカを目撃して悲鳴を上げるエレオノーラ。
「あー、ごめんねえ? ひっさしぶりにゾクゾクするたまんなくて快感を覚えるような案を思いついちゃってさあ。大丈夫、私に素敵な機会をくれた妖魔帝国の人達には悪いことしないからぁ」
「あ、あ、ど、どうか、命は……!」
「…………っとごめん。ちょっとハイになっちゃった。許してね?」
「は、は、いぃ……」
エレオノーラは幻でも見ていたのかような感覚に襲われる。この世の者ではないような、深淵から伸びるナニかのようだったリシュカは、今は幼い外見らしさを伴った、舌をちろりと出して謝罪する顔つきになっていた。
そうだ、これは夢なんだ。先程のリシュカは存在しなかったんだ。とエレオノーラは自己防衛本能を機能させた。
ちょうどそのタイミングで、ノックの音が聞こえる。声の主はレオニードで、リシュカが入室して大丈夫と言うとレオニード、ルシュカ、ゾリャーギが入ってくる。
「一体どんな姿に……、ってこれはまた見違えたなぁ」
「か、可愛い……。人形みたい……」
「いやお前本当に幼女にならなくても良くねえか!?」
レオニードは面白いものを見るかのように、ルシュカは自分も殆ど同じ背丈なのだがまるでドールを眺めるかのように頬を緩ませ、ゾリャーギは隣にレオニードとルシュカがいるにも関わらず冗談を現実にさせたリシュカに食いかかる。
「てへっ?」
「てへっ、じゃねえよお!! どうすんだよ家帰ったらついに俺が幼女までもを家に連れ込んだとか誤解されるぞ!?」
「えー、私の年齢知ってるからいいじゃん。合法だよ?」
「そういう問題じゃねえよ……」
「そもそも種族の理由があるから百歩譲るけど、連れ込むあんたが悪いんじゃない?」
「正論だな」
「正論ですね、陛下」
「ほら、最高権力者の御二方も仰ってるから不変の事実だよ」
「ちくしょう……。本当になるなんて思わねえよ……」
「いいじゃないかゾリャーギ。外見は変われど中身は同じなんだ。俺が書いた筋書きに不都合は生じないのだし、これだけ見た目が変われば人類諸国には間違いなく判別が付かないだろうよ」
「は、はっ……。陛下の仰る通りでございますて……」
賑やかしくなる室内の三人にに、ようやく平静を取り戻したエレオノーラ。
しかし、リシュカは心の奥底で笑いが止まらなかった。この姿になれたこそ、絶頂しそうになるほどの名案があるから。
(レオニード、違うよ違う。一人だけ判別がつく奴がいるんだって。それも、とびっきりの。あぁ、あぁ、今からすっごい楽しみ。いつか、アイツと相見える事になったら、アイツはどんな顔するだろうねぇ。ひひひ、ひひひひひっ。)
かくして、リシュカは新たな器の姿となり妖魔帝国で過ごし、皇帝レオニードの下で仕える事となる。
十の月二十八の日。
皇帝レオニードは自身の筋書き通りにリシュカ・フィブラの存在を発表。悲劇性の強いストーリーと誰も極わずかな真相を知る人物を除き、ほとんどは真実を知らないのだからリシュカ・フィブラは妖魔帝国に同情と歓迎と共に正式に受け入れられる。
この日を境に妖魔帝国の記録においてリシュカ・フィブラ。――の存在は記されることとなるのであった。
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