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第2部 戦間期に歩むそれぞれの道 第14章 戦間期編1
第9話 穏やかな軍務の時間に入る急報
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・・9・・
4の月1の日
午前10時10分
連合王国軍統合本部・アカツキ執務室
4の月初日、王都アルネセイラは穏やかで澄み切った青空が広がる好天だった。新年度に切り替わったとはいっても、半年間の特別講義を先月完了した僕は本来の軍務に戻っていて比較的のんびりとした時間を過ごせていた。エイジスは資料室に読みたい書物があるからということで僕一人だった。
外では今日から統合本部に配属された新人将校が統合本部所属の先輩達に引き連れられで統合本部の案内をされていて、僕は窓からその様子を眺めていた。
僕は執務机に座ると、一人で作って入れたけれどもう無くなるコーヒーを飲み干してから紙タバコに火をつけ、紫煙を天井に向けてくゆらす。
いつもなら隣に控えているリイナだけれども、今月からは前世でいう産休に入ったから軍務からは一時的に離脱になったんだ。
この世界は医療技術が未発達で、さらに子を宿した女性は貴族であるなら尚更保護される。軍人という特殊性のある立場とはいえ、リイナと僕の子供はノースロード家の大事な大事な存在だ。連合王国軍は他国に比べれば余裕がある軍隊だからということと、マーチス侯爵の配慮もあって今に至るわけ。まあこのあたりは今が休戦で平時に近いからってのもあるかもね。
とはいえ、リイナは僕の副官で様々な仕事をしていた。一応、リイナの補佐をする事務方の軍人もいるけれど、彼女の代わりの人物は当然必要になるわけで、僕の執務机にはリイナが産休の間に代理で仕事をしてくれる人のプロフィール書類が置いてあった。
十時過ぎには来るとのことなので、そろそろここへ訪れるかなと思っていたらちょうどノックの音が聞こえた。
「入っていいよー」
「はっ。失礼致します」
現れたのは、一人の女性士官だった。ロングヘアーの茶髪が似合う美人は、以前会ったことがあるけれど、人事異動に伴って顔を合わせる程度になっていた人。階級もよく会っていた頃に比べると三つほど上がっている。
「久しぶりだねエリス中佐」
「はい、お久しぶりですアカツキ中将閣下。遅れましたが、この度は本当におめでとうございます」
そう、リイナの代理とはマーチス侯爵で秘書官として働き、その有能ぶりからマーチス侯爵の推薦で高級将校課程、軍大学課程を終了して先月まで法国大使館の駐在武官として任についていたエリス中佐だった。
今回の異動は休戦に伴って駐在武官の連絡員が過剰人員がちになったことによるものなんだけど、申し分ない能力を持つエリス中佐であれば僕の副官代理――正式な辞令では秘書官になっているけれど――も務まるだろうという点。将官の副官は誰もが出来るものではないけれど有能な彼女だからこそマーチス侯爵など最上層部も期待しているようで、駐在武官帰りで将官の副官という出世街道を進んでくれという意味合いも含めての配置だった。
まあつまるところ、マーチス侯爵達からしたら休戦の時期だからこそお前が彼女を一流以上に育て上げてくれと言いたいんだろうね。
なんとなくそんな雰囲気は僕も察したし。
その期待の星でもあるエリス中佐から祝いの言葉を受け取った僕は、
「ありがとう。リイナが出産するまでと出産してからしばらくまでの間、彼女の代理を頼んだよ」
「はっ! リイナ准将閣下の代わりを務められるかは分かりませんが精一杯努めさせていただきます!」
「ははっ、そう気負わなくていいよ。戦時ならともかく今は平時。僕のスケジュールの管理や資料作成とかの事務作業は、以前の経験が活かせると思うよ。ああでも、僕の仕事で助言を求めるかもしれないからたまに勉強を求めるかも」
「閣下の叡智の一助になるのであれば、それ以上に名誉なことはありません。差し支えなければ、今の内に目を通しておくべき書物を教えて頂けますでしょうか?」
「真面目だね、エリス中佐は。一応リストアップはしてあるけれどそれは後にして、まずは寛いでいってよ。年度が変わって今日は新人の案内とかでいくつかの部署の業務は一時的に止まっているんだ。そうじゃなくても平時でやることは減ったし、選手までにリイナが粗方片付けてくれたから。ささっ、あっちにでも行こっか」
「い、いいのですか?」
エリス中佐は僕の経歴や先月までの別軍務のせいか、やたらのんびりした雰囲気でいる僕に戸惑う。
確かに僕も自分がワーカーホリック気味なのは自覚してるけどさ、常に働いているわけじゃないんだよね……。休憩万歳。
「いいも何も、君は今日から僕の部下だよ? 遠慮はしなくていいよ。それと、軍務はいつ忙しくなるか分からない。休める時は休んでおくべきだと思うけど?」
「失礼しました。その、でしたら私もコーヒーと洋菓子の用意を手伝います」
「好きでやってるからお構いなくー。そこに座っててー」
「は、はぁ……」
僕は口にくわえていた煙草を離してガラスの灰皿に押して消すと、ヒラヒラと手を横に振ってエリス中佐に言う。彼女は困惑しているようだけど、相手が中将という立場なのか、ではお言葉に甘えて……、と落ち着かない様子で執務室にある応接用のソファに座った。
僕は鼻歌を交えながらコーヒーを入れ、昨日買ったクッキーを取り出して小皿に入れていく。こういうことを自分でするから貴族らしくないとか、中将らしくない時があるとか言われるけど、貴族らしい振る舞いはあまり得意じゃないから執務室くらいに好きにしたいよね。
自分の分と彼女の分のコーヒーをテーブルに置き、クッキーをその後に置くと僕はゆっくりと座った。
「ささ、どうぞ。今日のコーヒーは南方大陸中部産だよ」
「ありがとうございます。いただきますね」
「うんうん。ぜひ食べて。そのクッキー、とても美味しいから」
「はい。――美味しいですね。甘すぎずが丁度いいです」
口元を手で隠しながら、入ってからずっと真面目な表情を和らげるエリス中佐。流石は常連になっている洋菓子店のクッキー。効果は抜群みたいだ。
「でしょ。僕お気に入りの洋菓子店のクッキーなんだ。またファンが増えたかな?」
「間食にぴったりだと思います。店名と場所を教えて頂けますか?」
「もちろん! メモ書きを渡しておくね」
僕はソファから立ち上がると、紙片に店名と場所を書いてエリス中佐に手渡す。
「ありがとうございます。早速、今日の帰りに寄ってみますね」
それからエリス中佐とは雑談を交えながら法国での駐在武官の任で何をしていたとか携わっている案件について学んでおくべき事、読んでおいた方がいい書物など軍務についても話していた。
気付くと時刻は午前もそろそろ終わりの時間になっていた。午後からはある程度決裁する資料の閲覧や明日以降のスケジュール確認をしないといけないと思いつつも、その前に昼食かなと考えていたら扉をやや強めに叩く音が聞こえる。
普通であれば軽く叩く程度なのに、どうしたんだろうと思いつつ入室の許可を出すと入ってきたのは司令部要員の士官だった。
表情はどこか慌てた様子とかいうか、少し息が上がっている事から急いでここへ来たことを伺わせる。
何事かあったのかとすぐさま察した僕は敬礼に対して答礼し、表情を引き締めると、
「何かあったの?」
と司令部要員の彼へ言う。
「既にマーチス元帥閣下などには別の者がお伝えしておりますが、協商連合本国経由で協商連合植民地軍より緊急の連絡がありました」
「協商連合植民地軍から? なんで? まあいいや、とりあえず何があったか教えて」
「はっ。読み上げます。『我が国の植民地、エジピトリア東部の港町にて国籍不明の複数名を発見。汚れた身なりかつ酷く疲弊した一団であり、一名の少女を含む女性二名と、武装した男性数名を現地軍部隊が保護。男は自らを、遥か東に存在していた皇国の近衛隊長と名乗り、少女は自身を滅亡した皇国の皇女と名乗る。彼等はアルネシア連合王国への亡命を要請。亡命要請先たる貴国の至急対応を求む』です」
4の月1の日
午前10時10分
連合王国軍統合本部・アカツキ執務室
4の月初日、王都アルネセイラは穏やかで澄み切った青空が広がる好天だった。新年度に切り替わったとはいっても、半年間の特別講義を先月完了した僕は本来の軍務に戻っていて比較的のんびりとした時間を過ごせていた。エイジスは資料室に読みたい書物があるからということで僕一人だった。
外では今日から統合本部に配属された新人将校が統合本部所属の先輩達に引き連れられで統合本部の案内をされていて、僕は窓からその様子を眺めていた。
僕は執務机に座ると、一人で作って入れたけれどもう無くなるコーヒーを飲み干してから紙タバコに火をつけ、紫煙を天井に向けてくゆらす。
いつもなら隣に控えているリイナだけれども、今月からは前世でいう産休に入ったから軍務からは一時的に離脱になったんだ。
この世界は医療技術が未発達で、さらに子を宿した女性は貴族であるなら尚更保護される。軍人という特殊性のある立場とはいえ、リイナと僕の子供はノースロード家の大事な大事な存在だ。連合王国軍は他国に比べれば余裕がある軍隊だからということと、マーチス侯爵の配慮もあって今に至るわけ。まあこのあたりは今が休戦で平時に近いからってのもあるかもね。
とはいえ、リイナは僕の副官で様々な仕事をしていた。一応、リイナの補佐をする事務方の軍人もいるけれど、彼女の代わりの人物は当然必要になるわけで、僕の執務机にはリイナが産休の間に代理で仕事をしてくれる人のプロフィール書類が置いてあった。
十時過ぎには来るとのことなので、そろそろここへ訪れるかなと思っていたらちょうどノックの音が聞こえた。
「入っていいよー」
「はっ。失礼致します」
現れたのは、一人の女性士官だった。ロングヘアーの茶髪が似合う美人は、以前会ったことがあるけれど、人事異動に伴って顔を合わせる程度になっていた人。階級もよく会っていた頃に比べると三つほど上がっている。
「久しぶりだねエリス中佐」
「はい、お久しぶりですアカツキ中将閣下。遅れましたが、この度は本当におめでとうございます」
そう、リイナの代理とはマーチス侯爵で秘書官として働き、その有能ぶりからマーチス侯爵の推薦で高級将校課程、軍大学課程を終了して先月まで法国大使館の駐在武官として任についていたエリス中佐だった。
今回の異動は休戦に伴って駐在武官の連絡員が過剰人員がちになったことによるものなんだけど、申し分ない能力を持つエリス中佐であれば僕の副官代理――正式な辞令では秘書官になっているけれど――も務まるだろうという点。将官の副官は誰もが出来るものではないけれど有能な彼女だからこそマーチス侯爵など最上層部も期待しているようで、駐在武官帰りで将官の副官という出世街道を進んでくれという意味合いも含めての配置だった。
まあつまるところ、マーチス侯爵達からしたら休戦の時期だからこそお前が彼女を一流以上に育て上げてくれと言いたいんだろうね。
なんとなくそんな雰囲気は僕も察したし。
その期待の星でもあるエリス中佐から祝いの言葉を受け取った僕は、
「ありがとう。リイナが出産するまでと出産してからしばらくまでの間、彼女の代理を頼んだよ」
「はっ! リイナ准将閣下の代わりを務められるかは分かりませんが精一杯努めさせていただきます!」
「ははっ、そう気負わなくていいよ。戦時ならともかく今は平時。僕のスケジュールの管理や資料作成とかの事務作業は、以前の経験が活かせると思うよ。ああでも、僕の仕事で助言を求めるかもしれないからたまに勉強を求めるかも」
「閣下の叡智の一助になるのであれば、それ以上に名誉なことはありません。差し支えなければ、今の内に目を通しておくべき書物を教えて頂けますでしょうか?」
「真面目だね、エリス中佐は。一応リストアップはしてあるけれどそれは後にして、まずは寛いでいってよ。年度が変わって今日は新人の案内とかでいくつかの部署の業務は一時的に止まっているんだ。そうじゃなくても平時でやることは減ったし、選手までにリイナが粗方片付けてくれたから。ささっ、あっちにでも行こっか」
「い、いいのですか?」
エリス中佐は僕の経歴や先月までの別軍務のせいか、やたらのんびりした雰囲気でいる僕に戸惑う。
確かに僕も自分がワーカーホリック気味なのは自覚してるけどさ、常に働いているわけじゃないんだよね……。休憩万歳。
「いいも何も、君は今日から僕の部下だよ? 遠慮はしなくていいよ。それと、軍務はいつ忙しくなるか分からない。休める時は休んでおくべきだと思うけど?」
「失礼しました。その、でしたら私もコーヒーと洋菓子の用意を手伝います」
「好きでやってるからお構いなくー。そこに座っててー」
「は、はぁ……」
僕は口にくわえていた煙草を離してガラスの灰皿に押して消すと、ヒラヒラと手を横に振ってエリス中佐に言う。彼女は困惑しているようだけど、相手が中将という立場なのか、ではお言葉に甘えて……、と落ち着かない様子で執務室にある応接用のソファに座った。
僕は鼻歌を交えながらコーヒーを入れ、昨日買ったクッキーを取り出して小皿に入れていく。こういうことを自分でするから貴族らしくないとか、中将らしくない時があるとか言われるけど、貴族らしい振る舞いはあまり得意じゃないから執務室くらいに好きにしたいよね。
自分の分と彼女の分のコーヒーをテーブルに置き、クッキーをその後に置くと僕はゆっくりと座った。
「ささ、どうぞ。今日のコーヒーは南方大陸中部産だよ」
「ありがとうございます。いただきますね」
「うんうん。ぜひ食べて。そのクッキー、とても美味しいから」
「はい。――美味しいですね。甘すぎずが丁度いいです」
口元を手で隠しながら、入ってからずっと真面目な表情を和らげるエリス中佐。流石は常連になっている洋菓子店のクッキー。効果は抜群みたいだ。
「でしょ。僕お気に入りの洋菓子店のクッキーなんだ。またファンが増えたかな?」
「間食にぴったりだと思います。店名と場所を教えて頂けますか?」
「もちろん! メモ書きを渡しておくね」
僕はソファから立ち上がると、紙片に店名と場所を書いてエリス中佐に手渡す。
「ありがとうございます。早速、今日の帰りに寄ってみますね」
それからエリス中佐とは雑談を交えながら法国での駐在武官の任で何をしていたとか携わっている案件について学んでおくべき事、読んでおいた方がいい書物など軍務についても話していた。
気付くと時刻は午前もそろそろ終わりの時間になっていた。午後からはある程度決裁する資料の閲覧や明日以降のスケジュール確認をしないといけないと思いつつも、その前に昼食かなと考えていたら扉をやや強めに叩く音が聞こえる。
普通であれば軽く叩く程度なのに、どうしたんだろうと思いつつ入室の許可を出すと入ってきたのは司令部要員の士官だった。
表情はどこか慌てた様子とかいうか、少し息が上がっている事から急いでここへ来たことを伺わせる。
何事かあったのかとすぐさま察した僕は敬礼に対して答礼し、表情を引き締めると、
「何かあったの?」
と司令部要員の彼へ言う。
「既にマーチス元帥閣下などには別の者がお伝えしておりますが、協商連合本国経由で協商連合植民地軍より緊急の連絡がありました」
「協商連合植民地軍から? なんで? まあいいや、とりあえず何があったか教えて」
「はっ。読み上げます。『我が国の植民地、エジピトリア東部の港町にて国籍不明の複数名を発見。汚れた身なりかつ酷く疲弊した一団であり、一名の少女を含む女性二名と、武装した男性数名を現地軍部隊が保護。男は自らを、遥か東に存在していた皇国の近衛隊長と名乗り、少女は自身を滅亡した皇国の皇女と名乗る。彼等はアルネシア連合王国への亡命を要請。亡命要請先たる貴国の至急対応を求む』です」
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