異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜

金華高乃

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第2部 戦間期に歩むそれぞれの道 第14章 戦間期編1

第10話 ローガン少将の憂鬱

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 ・・10・・
 4の月1の日
 午後5時20分
 南方大陸北東部・協商連合植民地
 エジピトリア東部の港町・フリューガラル


 人類諸国の国々がある大陸から海を挟み南にある南方大陸。その北東部に位置するのが協商連合植民地エジピトリアである。
 エジピトリアはかつて独自の王朝が存在していたが歴史の常であろうか、第一次妖魔大戦後に植民地獲得競走が巻き起こった時期に協商連合によって植民地とされてしまった。
 故に、現在のエジピトリアにはかつて王朝の中心地であったカロルに協商連合植民地行政府が置かれ南方大陸における一大拠点となっている。
 現地の奴隷が労働力となり膨大な資源を手に入れる、一種の搾取構造。
 約八十年前から五十年前に比べれば幾分かはマシになっているが、奴隷は奴隷。いくらアカツキがエリアス国防大臣に奴隷制度への懸念を伝えたところで完成された経済構造に急激な変化はなく、昨年本国から布告された奴隷に対する扱いを若干改善させるに留まっていた。
 そのような、いわゆる前世の植民地への扱いが伺える南方大陸であるが、大戦から遠く離れた土地だけあって現地部族との小競り合いや衝突程度しかなく、大戦が始まってからはそれどころではないと植民地を得た国同士のいがみ合いも減少し暗い部分に目を背ければ比較的平和ではあった。
 だからこそエジピトリア北東部の港町、人口約二五〇〇〇人のフリューガラルの行政と軍事の責任者であるローガン少将は突如として現れた人類諸国民でもなければ南方大陸民でもない亡命希望者達への対応にほとほと困っていた。

「なあ、本国からの返信はまだか?」

「本国と違い魔法無線装置の通信網が貧弱なので、今しばらく時間がかかります少将閣下」

「ったく、毎日が夏で街の近く以外は砂漠ばかりのここへ左遷させられただけでも辟易としているのに、どうしてよりにもよってここに亡命希望者なんて来るんだ……。国を富ませ強兵を作り上げるのに共感した俺が悪いんだがな、やはり、あの女には関わるんじゃなかったな……」

「ほとぼりが冷めれば戻れるでしょうけど、それまでの間にとんでもないのが現れてしまいましたね……」

「全くだ、クリル大佐」

 ローガン少将は四の月にも関わらず気温が三十度を越える外に比べれば冷房の魔導具のおかげで適温になっている自身の執務室でため息をつく。
 五十代手前で暗い金髪、やや太り気味のローガン少将はかつて、フィリーネの改革に賛同していた将官の一人だった。彼女が改革を成功させた事により少将にまで出世していたのだが、それも今やコースから遠く離されてしまっている。
 なぜならば、反対派閥が主流になってからフィリーネ派の軍人や政治家は良くて左遷、悪いと自らの立場から退かねばならなくなったからだ。
 彼もその一人で、フィリーネから比較的遠い所にいた事が幸いしてか植民地行政府のしかも一地方の街に飛ばされる程度の左遷で済んでいる。エリアス国防大臣が申し訳なさそうに、事態が落ち着くまでの措置ということらしいが彼と彼の側近にとってはたまったものではない。何せここは南方大陸だ。いくら魔石などの資源の宝の山とはいえ、本国ではないのだ。一年中暑く、本国では夏の時期に四十度以上にもなる灼熱の土地に飛ばされたことに彼や側近の一人であるクリル大佐は辟易とした日々を送っていた。
 大した軍務があるわけでもなく、娯楽も少なく、故郷から遠いこの地での唯一の良さは特に何も起きないことだったからまだよかった。
 ところが、それも今日崩壊した。先の二人の会話にあった亡命希望者達のせいである。

「クリル大佐、例の亡命希望者達はどうしている。ほら、なんだ、なんとかいう国の」

「遥か東の島国、『光龍皇国こうりゅうこうこく』の皇女と皇宮女官長、近衛隊長達ですか? ここで可能な限りのもてなしをし、負傷者は治療させておりますが」

「ならいい。発見した兵士達が、『龍が出た』だの、『龍が喋るし人に変わった』だの、『架空世界にでもいるのではないかと思ったが、現実に現れた』だの、挙句の果てには『何と言っているか分からない言語を話してきたと思いきや別の者がこちらの言語で話してきた』だの、暑さにでもやられたかと思ったが、あんなのを見せられたなあ……」

「そもそも、自分は『光龍皇国』なる極東の島国自体が伝承か創作の類だと思っていました……。最後の記録が妖魔帝国が版図を伸ばす前の数百年前ですよ。それが、彼等の言葉を信じるならば実際にあって、なおかつ妖魔帝国に滅ぼされ命からがらここまでやってきたと言うわけで。自分も信じられませんでしたが、まだ体力が残っているから証明にと尻尾と鱗を目の前で見せられては信じるしかありません」

「歴史家達はこの事実を知ったら大慌てだろうな。何せ、本当に『皇国』は存在していたのだから。まあそんなのは軍人の俺達にはどうでもいい。今は本国からの返答が欲しいだけだ」

「間違いありません。皇女と名乗る少女は命に別状はないものの衰弱していますし、目の当たりにしたものも含めてとにかく本国からの命令が来ないとどうしようもありません。とりあえず我々に出来ることは、治療を施し保護するだけでしょう」

「ああ、頭が痛いぞまったく。未だに事の全容は掴めていないわ、事情を聞こうにも辛うじて意思疎通の取れるのが皇女様とやらしかおらんから遅々として進まん。その彼女も逃亡劇の疲労のせいで昨日からずっと意識を取り戻していないからな。そもそもだ。全て事実だとしたら、休戦条約を締結している妖魔帝国の敵国だった者達を亡命受け入れなんて外交問題だぞ。どうして俺が巻き込まれなければならないんだ……」

「心中お察し致します……」

 深いため息をついて、鬱々とした表情を見せる二人。
 同じ大陸という性質上、多くの謎が残ってはいるが人類諸国と妖魔帝国は一部の差異はあるものの会話に問題ない程度にしか言語に変わりはない。
 ところが遠く離れている上に島国という特質上、彼等は自分達とは違う言語を使っていた。唯一、理由は不明だが皇女を名乗る少女だけが片言ながらもこちらの言語で話してきた。もし彼女すらも会話が不可能だったとしたらと思うとゾッとするローガン少将だったが、彼の頭の中には問題しか浮かばなかった。
 古文書にしか記録が確認出来なかった国が現実として存在し、しかもやってきたのが皇女に宮廷女官長に近衛達というやんごとなき者と従者達なのだ。
 ジトゥーミラ・レポートには『光龍皇国』の存在は公式に認められているがしかし、ジトゥーミラ・レポート自体が最高機密故に皇国の存在を確認している者は僅か。ローガン少将達が知らなくても仕方の無いことなのである。
 よもや辺境の地に亡命者などが来ると思っているはずもなく、ローガン少将や側近達は本国から早く連絡が来てくれと願っていた。
 これからどうすればいいかと悩んでいるところ、部屋のドアがノックされる。待ちわびていた返信かと思ったが違った。開かれたドアから現れていたのは、亡命者達の保護を担当している士官の一人だった。

「君は、ガラン少尉だな。どうした、彼女らに何かあったのか?」

「はっ。いいえ、定期報告です」

「あぁ、そうか。そうだったな。で、様子は?」

「皇女と名乗る少女は未だ目を覚ましませんが、昨日に比べればずっと安定しています。回復力に驚いているくらいで……」

「少将閣下。伝承に詳しい大尉がいたので聞いてみたのですが、龍の血族はヒトに比べるとかなり基礎体力と回復力が違うようです。少女とはいえ皇女ほどであれば、同年代のヒトに比べればずっと回復が早いのかと」

「快方に向かっているのならば何よりだ。他は?」

「ようやく安寧の地に辿り着けたのか、深く眠っている者が多いです。負傷者も今のところ問題ありません」

「分かった。引き続き手厚く看護してやれ」

「はっ! それでは自分はこれにて失礼致します」

 ガラン少尉が退室すると、ローガン少将は再び表情を憂鬱としたものに戻る。
 すると直後、ドアのノックの音。今度こそ本国からか! とローガン少将は期待の眼差しになると、現れたのは待ちわびていた通信要員の士官だった。

「ローガン少将閣下。本国より返信がありました」

「おおそうか! それでなんと?」

「はっ。『亡命希望者が妖魔帝国敵国たる光龍皇国』の皇女などであれば、妖魔帝国との問題に発展しかねない状況を鑑み、存在を極秘裏にせよ。箝口令を敷くように。なお、亡命者が連合王国への亡命を希望している件については理由を聴取せよ。本件については現在暗号通信を用い、連合王国外務省と連絡中である。数日中に結論に至るとのことで、続報に関しては追って待つように』以上です」

「箝口令などとっくに敷いておるわ……。連中、日和ったな……。一枚岩でない連中が実権など握るからだ」

 ローガン少将は本国からの返信に悪態をつく。
 彼は左遷組だからこそ、フィリーネ反対派閥が国の実権を握ってから行動の遅さを実感していた。
 フィリーネがいた頃は良くも悪くも彼女が睨みを利かし文句を言わせないようにしており、一応はまとまっていたから決まるのも動くのも早かったのをよく覚えている。
 政府中枢は大統領が中心になっているからこれは例外として、安全保障に関してはラットン中将とフィリーネなどの主流派によって迅速な対応を可能としていた。
 ところがフィリーネが失脚し反対派閥が幅を効かせるようになってからというものや、あからさまに軍の行動力は低下した。二度とフィリーネのような前例を起こさない為に過剰とも言える介入をしているからだ。その影響は外務省等にも及んでいるのだが、タチが悪いのは反対派閥も一枚岩ではないということ。
 己の権力や名声、利権などが絡み合い話し合いがすんなりと進まなくなったからである。今回のような日和見主義な対応、連合王国へほぼ丸投げの状況はそのせいでもある。

「こうなると、連合王国の返答を待つしかありませんね……。かの国は王政のメリットを体現しておりますし、何せアカツキ中将閣下がいらっしゃいます」

「彼には迷惑をかけてばかりだ。先日奥さんが妊娠し身内の事で忙しいだろうに。彼はどう思うだろうな」

「どうでしょう……。本国がこのままの体たらくだと同盟関係にも影響が出かねないと小官は愚考します」

「俺も同じような心境だ。彼だって自国の件で多忙だろうに、余計な案件も加わった。連合王国への同盟希望だからどちらにしろあちらが関わるのは必須だが、仮にも第一発見は我々でもっと関与するべきだ。最も、軍人だから口にはせんが」

 ローガン少将は今日何度目かのため息をつく。
 彼とクリル大佐の推測はあながち間違いではなかった。休戦期間だから良いものの、以前に比べてアカツキの対協商連合への感情は悪化している。ロンドリウムの歯切れの悪さは実感しているし、現状を鑑みるとそのうち派閥内抗争に陥るのではないかと予想しているからだ。
 そしてアカツキの読み通り戦争への関心が薄れつつある今、反対派閥の内部抗争はじわじわと滲みつつあった。
 とはいえ、左遷させられたローガン少将達には無関係である。
 今はとにかく、事態の進展を願うばかりであった。
 そんな時、三度目のノックの音が聞こえた。現れたのは亡命者達の治療を担当している男性魔法軍医の一人だった。

「ナフリー魔法軍医か。どうした」

「ローガン少将閣下、皇女が意識を取り戻しました。まだ衰弱気味ですが、意思疎通は可能です」

「目を覚ましたか……。しかし、どうしたものか……」

「本国からの通信が芳しく無かったのですね」

「ああ……。貴官も俺と同じ境遇でエジピトリアに来たから分かるだろうが、連合王国に任せっきりだ。その連合王国も案件が案件だけに回答に数日を要するらしい」

「はぁ……、やはりそうでありましたか……」

 表情を暗くする軍医にローガン少将は頷く。しかし、意識を取り戻したともなればこの地の責任者として出向かないわけにはいかない。

「行こう。案内してくれ。クリル大佐、ついてこい」

「はっ」

 仕方あるまいか。どう誤魔化せばいいものか。と、立っていたローガン少将は重い腰を上げたかのような足取りで皇女のいる病室へと向かうのだった。
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