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第2部 戦間期に歩むそれぞれの道 第14章 戦間期編1
第18話 皇女・ココノエの決断
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・・18・・
「そ、そなた……、今、なんと……?」
僕が提示した条件に、皇女陛下は声を震わせて愕然とする。
皇女陛下の反応に周りの護衛や側仕え達も表情を険しくさせた。何を話しているかは分からなくても、雰囲気で察したんだろう。
「そのままの意味です、皇女陛下。亡命は受け入れます。今後の生活には不便も伴うでしょうが、我々連合王国が、協商連合等人類諸国が皇女陛下方の存在の隠蔽に全てお任せ下さい。衣食住についても、かつての生活並とまではいかないにしても、相応の待遇を保証します。しかし、無償で、とはいきません」
「じゃから、妾達に、戦場に立てということじゃな……?」
「――、――」
側仕えの女性が静かに、少しだけ怒気を含ませて何かを言っている。
エイジスの翻訳はラグが少しあったけれど、順応性が高いのか、すぐに訳された。
「貴方、何を言っているか。ですか。エイジス、翻訳して伝えて。そこまでいけるよね」
「サー、マスター」
「最前線に立てというのは、亡命と衣食住の引換として貴方達に戦え。と申しているのです」
「『マスターは、亡命と衣食住と引換に戦えと仰っています』」
「――。――。――。――!(我々が戦うのは構わない。元より祖国を奪われた身。側仕えの私もモノノフとしても戦える。しかしココノエ陛下は皇族です!)」
側仕えの女性の言う通り、皇女陛下は確かに皇族だ。わざわざ戦場に立つ必要性は本来であればないかもしれない。けれど、彼等にとっての指揮官の存在は必要だ。
何故か。いくら彼等が亡命者で僕達の庇護下にあると言えども、例えば僕の指揮下に入ったとしてこちらの命令に素直に頷いてくれるだろうか。
答えは否だ。彼等が僕や連合王国側の命令を絶対的に聞くかどうかなんて保証はない。光龍族が連合王国ひいては人類諸国側にとって貴重かつ強力な空軍戦力となるなら簡単に妖魔帝国の手に落とす訳にはいかない。だったら、彼等にとって絶対的な命令者が必要になる。
魔法無線装置で後方も後方からでもいいかもしれないけれど、じゃあ、もし無線装置が何らかの理由で使用不可能になったら?
ということもある。
「誤解があったのならば詫びましょう。皇女陛下が直接戦うのではなく、亡命政権の錦の御旗として指揮官として最前線に出てくださいという意味です」
「『マスターは、誤解があったならば謝罪とする仰っています。ココノエ皇女陛下が龍の姿となり砲火の中で戦えとはいうわけではなく、指揮官として前線に立つようにという意味です』」
「『――!――。――!(だとしても危険過ぎます! ココノエ皇女陛下は光龍皇国の唯一の直系皇族の生き残り。万が一があったら、血脈は途絶えてしまう!)』」
そうだね。万が一があったらそこで光龍皇国の血筋は終わりだ。連合王国で例えれば王家の血筋が絶えるに等しい。
けれど万が一にならないようにするのは僕達の仕事だ。いくらでもなんとかする。
それに、どうして皇女陛下が前線に立つのかについてはさっきの理由以外にもある。
俯いたままの皇女陛下をよそに僕は側仕えの女性との応酬を続ける。
「貴方達は一つ大切な事をお忘れではありませんか? 逃げてきた本国が今どうなってしまっているのかお考えになったことは?」
「『マスターは、皆様が一つ大切な事をお忘れではないかと仰っています。本国が今どうなっているかお考えになったことは? とお聞きしています』」
「――! ――。――。――!(今も憂いているに決まっておろう! 我等が落ち延び、逃げ延び、ようやく辿り着いた人類諸国の地。ああそうだ安堵しているとも、安寧を得られたと思うているとも。だが、故郷を忘れている事は一度もない!)」
次に言葉を発したのは、席を立ち声を上げている護衛の長であろう男。威厳のある、いかにもモノノフといった様子の男だ。
「では、お聞きします。本国は今どうなっているでしょうか? 狡猾な妖魔帝国の事です。行方不明となった皇女陛下は民を捨てて逃げたと宣伝しているかもしれません。いや、しているでしょう。民はさぞかし絶望に打ちひしがれているでしょう。ああ、皇女陛下は私達を捨ててしまわれたのだ、と」
「『マスターは、本国は今どうなっているか。狡猾な妖魔帝国だから行方不明扱いとなっているから、皇女陛下は民を捨てて逃げたと宣伝しているだろうと。民はさぞかし絶望に打ちひしがれているでしょう。皇女陛下は私達を見捨ててしまわれたのだ。と仰っています』」
「――……! ――!(それは……! しかし龍皇陛下は最後に我々に皇女陛下を託されて!)」
「それを民は知る由もありません。となると、皇女陛下の信頼は地に落ちている可能性すらあります。無論、信じてやまない民もいるでしょう。耐え難きを耐えているでしょう。じゃあ、こう考えてください。我々は妖魔帝国との戦争に勝ち、貴方達は祖国を取り戻した。民は聞くでしょう。皇女陛下はどうされていたかと。その時どう答えますか? 亡命先の王都でずっと引きこもって連合王国や人類諸国に任せっきりだったと言えますか?」
エイジスは僕の論を翻訳して伝えると、側仕えも護衛の男達も黙り込んでしまった。
当然だ。彼等大人はこの道理を理解している。
例えば妖魔帝国との大戦を勝ち抜いたとして光龍皇国に帰還を果たしたとする。妖魔帝国の圧政に耐え抜いた民衆達は生きていると思わなかった皇女陛下が生きていたことに歓喜するだろう。
問題はここからだ。エイジスの文献調査の内容から、そして皇女陛下を逃げさせる為に龍皇自ら戦陣に立ったことから、皇族も有事には戦場とは無縁ではないのは間違いない。自分達を守るため救うために戦ってくれる英雄となってくれる事も望んでいるだろう。
ところがもし民衆達が、皇女陛下は亡命してからずっと他国に任せきりで自分は王都アルネセイラで餌を待つ雛鳥のようでいたと知ったらどう思うだろうか?
そんな皇族が自分達を統べるのかと不安になる。民衆からの信頼が揺らぐ。
ただでさえ自分達が辛酸を舐めさせられていた事実があるのに、皇女陛下が安全圏で椅子を温めていたとなったら戦後統治に大きな禍根を残すだろう。
最悪、せっかく戦争が終わったのに今度は内乱すら有り得るだろう。民衆とはそういうものだ。
だから、僕は戦わないにしても最低戦場に立てと言ったわけなんだ。
「…………」
僕とエイジス、側仕えと護衛の長のやり取りから皇女陛下はずっと無言のままだった。
協商連合からの事前情報によれば、皇女陛下の年齢は人類換算で約十五歳。戦場を目の当たりにするには早いかもしれないし、こんな酷な決断をさせるのも早いかもしれない。
けれど、彼女は生き延びたんだ。そして、現状唯一の皇族。となれば、為政者として決断しなければならない。早かろうが遅かろうが関係ないんだ。今、こうなっているんだから。
「皇女陛下、いかがなさいますか」
僕は問う。
「…………もし、妾が拒否すればどうなる」
「大変申し訳ありませんが、身柄は即刻妖魔帝国に引渡しとなります。妖魔帝国とは条約を結んでいます。本件が明るみに出れば、これが発端となり条約は破棄。妖魔帝国は再び我々を滅ぼそうとするでしょう」
「…………そうか。そう、じゃろな。約束を破れば、奴等は嬉々としてそなたらを滅ぼしにかかるじゃろう」
エイジスはあえて真実を翻訳した。側仕えも護衛の長も身をもって妖魔帝国の残虐さを知っているから何も言わなかった。
マーチス侯爵もエディン外務大臣も無言は貫いている。けれど瞳で訴えていた。全て僕の言う通りの事になり、だからこそ拒否すればすぐに妖魔帝国へ引き渡すと。
「我々は休戦まで、初戦を除き妖魔帝国に勝利してきました。再戦しても勝つ自信はあります。しかし同じように勝てるとは思っていません。多大な犠牲を出し、大勢の兵士を死なせる事になるでしょう。それが戦争です」
「妾達のせいで、か……」
「はい。皇女陛下達のせいで我々の国民は死にます」
厳しい物言いなのは自覚している。でも事実だ。
個人間ですら時には利益の探り合いになるだから、国家間なら尚更。いや、むしろ損得勘定抜きで事を進めるのはありえない。時には仁義や恩義とかで助けることもあるけれど、それは余程親密な同盟関係でなければありえない。
だから僕は、残酷な現実を突きつけた。
しかし同時に、僕はもう一つ魔法のような言葉を投げかける。
これは劇薬だし、どう作用するかは分からない。正攻法じゃない邪道だ。でも決断を迫るにはもってこいだろう。
「質問をしてもよろしいでしょうか、皇女陛下」
「なんじゃ、予言にあった英雄よ……。好きに、言うてくれ……」
「皇女陛下は妖魔帝国が憎くありませんか?」
「そんなもの、憎いに決まっておろう……。国を蹂躙し、民を兵を殺戮し、あまつさえ父君と母上を、きっと殺したであろう妖魔共が憎くないわけが、なかろう……」
瞳から涙を零し、殺意の篭った目付きになる皇女陛下。
まあ当然の反応だよね。国を奪い肉親を奪っただろう敵国が憎くない訳が無い。一瞬、反政府政権樹立のために密かに準備が続けられているダロノワ大佐や粛清された軍人達が頭を過ぎったけれど、まあこの辺は後で対策を考えればどうとでもなる。
そんな事より、目の前の事だ。
「ならば、皇女陛下自ら戦場にお立ちください。陛下が旗印となり、妖魔帝国を討ち滅ぼすのです。憎き敵国を見事討ち、凱旋を果たしましょう」
「…………妾に出来るのか?」
「出来るのではなく、やるのです。幸いにして、陛下は生きておられます。護衛の方もいます。光龍族の強大な魔力と天翔る力は、私が最大限引き出してみせましょう。伊達に予言に出る英雄をしていませんから。さあどうなさいますか、皇女陛下。答えは二つに一つです」
僕はけしかけた。迷いのある皇女陛下に、まだ齢十五程度の少女にだ。本当ならこんな事をさせる歳じゃないし、こんな判断をさせてはいけない。
だけど彼女は皇族だ。立たねばならないんだ。
それが、為政者の務めなんだから。
「…………くくっ、くくくっ。あははははっ!!」
皇女陛下は肩を震わせたかと思いきや急に笑い始めた。涙を零した頬のまま、大笑いした。
僕は一瞬だけ困惑したけれど、彼女の目を見た瞬間察した。
どうやら上手くいったみたいだと。彼女は何かが吹っ切れた様子だった。
「まったく、まったくそなた、本当に予言にありし英雄か? 妾は、英雄とは自身に全て任せ救うてくれるものじゃと思っておった。ところがそなたはどうじゃ? 妾達に戦えと言うた。死ぬかもしれぬのに身を呈して戦えと。そしてあまつさえ、妾に戦場に立てとまで言うではないか」
「生憎ですが、私はあくまでどこまでも軍人です。国家に忠誠を誓い国民を守る為に存在する軍人です。手を差し伸べて後は任せろだなんてお人好しの英雄ではありませんので」
「末恐ろしい物言いよ。じゃが、じゃからこそあの妖魔共との戦に勝利をもたらした英雄なのやもしれぬな……。良いじゃろう。そなたの条件を妾は飲む。これは光龍皇国次代龍皇、いや龍皇ココノエの名においてそなたら、アルネシア連合王国の条件を受諾しよう。――、――。――。――、――。――。(ツバキよ、サネトモよ。妾はアカツキの条件を承諾した。これは、龍皇たる妾が決定した事じゃ。そなたらも従え)」
『――!(承知!)』
皇族に相応しい威厳をもって臣下に命令をするココノエ。条件を飲んでくれた事に僕とエイジスは安堵し、マーチス侯爵は何とかなったなと息をゆっくりと吐き、エディン外務大臣は胸を撫で下ろした。
この会談の後エディン外務大臣には、
「いくら亡命者とはいえ皇族相手によくあそこまで言ったものだ。ヒヤヒヤさせられたぞ」
と、しかめっ面をされた。その後にはちゃんと、よくやったと褒められたけどね。
ともかくとして両者が合意したことによってココノエ皇女陛下と側仕えのツバキ、サネトモを始めとする護衛全員の亡命は受け入れられた。同時に、この日アルネシア連合王国に『光龍皇国亡命政権』も誕生する。
「ああ、そうじゃった。アカツキよ、一つ願いを聞いては貰えぬじゃろか?」
「なんなりと、皇女陛下」
「うむっ。まずはこやつらに人類諸国の言葉を教えてやってくれまいか? 今は妾だけしか話せぬからこれからが不便であろ。まずは、そこからじゃろ?」
「はははっ、その通りにございます皇女陛下。まずは、そこからですね」
「うむうむ。暫く世話になる。よろしく頼むぞ?」
「はい、ココノエ皇女陛下」
「そ、そなた……、今、なんと……?」
僕が提示した条件に、皇女陛下は声を震わせて愕然とする。
皇女陛下の反応に周りの護衛や側仕え達も表情を険しくさせた。何を話しているかは分からなくても、雰囲気で察したんだろう。
「そのままの意味です、皇女陛下。亡命は受け入れます。今後の生活には不便も伴うでしょうが、我々連合王国が、協商連合等人類諸国が皇女陛下方の存在の隠蔽に全てお任せ下さい。衣食住についても、かつての生活並とまではいかないにしても、相応の待遇を保証します。しかし、無償で、とはいきません」
「じゃから、妾達に、戦場に立てということじゃな……?」
「――、――」
側仕えの女性が静かに、少しだけ怒気を含ませて何かを言っている。
エイジスの翻訳はラグが少しあったけれど、順応性が高いのか、すぐに訳された。
「貴方、何を言っているか。ですか。エイジス、翻訳して伝えて。そこまでいけるよね」
「サー、マスター」
「最前線に立てというのは、亡命と衣食住の引換として貴方達に戦え。と申しているのです」
「『マスターは、亡命と衣食住と引換に戦えと仰っています』」
「――。――。――。――!(我々が戦うのは構わない。元より祖国を奪われた身。側仕えの私もモノノフとしても戦える。しかしココノエ陛下は皇族です!)」
側仕えの女性の言う通り、皇女陛下は確かに皇族だ。わざわざ戦場に立つ必要性は本来であればないかもしれない。けれど、彼等にとっての指揮官の存在は必要だ。
何故か。いくら彼等が亡命者で僕達の庇護下にあると言えども、例えば僕の指揮下に入ったとしてこちらの命令に素直に頷いてくれるだろうか。
答えは否だ。彼等が僕や連合王国側の命令を絶対的に聞くかどうかなんて保証はない。光龍族が連合王国ひいては人類諸国側にとって貴重かつ強力な空軍戦力となるなら簡単に妖魔帝国の手に落とす訳にはいかない。だったら、彼等にとって絶対的な命令者が必要になる。
魔法無線装置で後方も後方からでもいいかもしれないけれど、じゃあ、もし無線装置が何らかの理由で使用不可能になったら?
ということもある。
「誤解があったのならば詫びましょう。皇女陛下が直接戦うのではなく、亡命政権の錦の御旗として指揮官として最前線に出てくださいという意味です」
「『マスターは、誤解があったならば謝罪とする仰っています。ココノエ皇女陛下が龍の姿となり砲火の中で戦えとはいうわけではなく、指揮官として前線に立つようにという意味です』」
「『――!――。――!(だとしても危険過ぎます! ココノエ皇女陛下は光龍皇国の唯一の直系皇族の生き残り。万が一があったら、血脈は途絶えてしまう!)』」
そうだね。万が一があったらそこで光龍皇国の血筋は終わりだ。連合王国で例えれば王家の血筋が絶えるに等しい。
けれど万が一にならないようにするのは僕達の仕事だ。いくらでもなんとかする。
それに、どうして皇女陛下が前線に立つのかについてはさっきの理由以外にもある。
俯いたままの皇女陛下をよそに僕は側仕えの女性との応酬を続ける。
「貴方達は一つ大切な事をお忘れではありませんか? 逃げてきた本国が今どうなってしまっているのかお考えになったことは?」
「『マスターは、皆様が一つ大切な事をお忘れではないかと仰っています。本国が今どうなっているかお考えになったことは? とお聞きしています』」
「――! ――。――。――!(今も憂いているに決まっておろう! 我等が落ち延び、逃げ延び、ようやく辿り着いた人類諸国の地。ああそうだ安堵しているとも、安寧を得られたと思うているとも。だが、故郷を忘れている事は一度もない!)」
次に言葉を発したのは、席を立ち声を上げている護衛の長であろう男。威厳のある、いかにもモノノフといった様子の男だ。
「では、お聞きします。本国は今どうなっているでしょうか? 狡猾な妖魔帝国の事です。行方不明となった皇女陛下は民を捨てて逃げたと宣伝しているかもしれません。いや、しているでしょう。民はさぞかし絶望に打ちひしがれているでしょう。ああ、皇女陛下は私達を捨ててしまわれたのだ、と」
「『マスターは、本国は今どうなっているか。狡猾な妖魔帝国だから行方不明扱いとなっているから、皇女陛下は民を捨てて逃げたと宣伝しているだろうと。民はさぞかし絶望に打ちひしがれているでしょう。皇女陛下は私達を見捨ててしまわれたのだ。と仰っています』」
「――……! ――!(それは……! しかし龍皇陛下は最後に我々に皇女陛下を託されて!)」
「それを民は知る由もありません。となると、皇女陛下の信頼は地に落ちている可能性すらあります。無論、信じてやまない民もいるでしょう。耐え難きを耐えているでしょう。じゃあ、こう考えてください。我々は妖魔帝国との戦争に勝ち、貴方達は祖国を取り戻した。民は聞くでしょう。皇女陛下はどうされていたかと。その時どう答えますか? 亡命先の王都でずっと引きこもって連合王国や人類諸国に任せっきりだったと言えますか?」
エイジスは僕の論を翻訳して伝えると、側仕えも護衛の男達も黙り込んでしまった。
当然だ。彼等大人はこの道理を理解している。
例えば妖魔帝国との大戦を勝ち抜いたとして光龍皇国に帰還を果たしたとする。妖魔帝国の圧政に耐え抜いた民衆達は生きていると思わなかった皇女陛下が生きていたことに歓喜するだろう。
問題はここからだ。エイジスの文献調査の内容から、そして皇女陛下を逃げさせる為に龍皇自ら戦陣に立ったことから、皇族も有事には戦場とは無縁ではないのは間違いない。自分達を守るため救うために戦ってくれる英雄となってくれる事も望んでいるだろう。
ところがもし民衆達が、皇女陛下は亡命してからずっと他国に任せきりで自分は王都アルネセイラで餌を待つ雛鳥のようでいたと知ったらどう思うだろうか?
そんな皇族が自分達を統べるのかと不安になる。民衆からの信頼が揺らぐ。
ただでさえ自分達が辛酸を舐めさせられていた事実があるのに、皇女陛下が安全圏で椅子を温めていたとなったら戦後統治に大きな禍根を残すだろう。
最悪、せっかく戦争が終わったのに今度は内乱すら有り得るだろう。民衆とはそういうものだ。
だから、僕は戦わないにしても最低戦場に立てと言ったわけなんだ。
「…………」
僕とエイジス、側仕えと護衛の長のやり取りから皇女陛下はずっと無言のままだった。
協商連合からの事前情報によれば、皇女陛下の年齢は人類換算で約十五歳。戦場を目の当たりにするには早いかもしれないし、こんな酷な決断をさせるのも早いかもしれない。
けれど、彼女は生き延びたんだ。そして、現状唯一の皇族。となれば、為政者として決断しなければならない。早かろうが遅かろうが関係ないんだ。今、こうなっているんだから。
「皇女陛下、いかがなさいますか」
僕は問う。
「…………もし、妾が拒否すればどうなる」
「大変申し訳ありませんが、身柄は即刻妖魔帝国に引渡しとなります。妖魔帝国とは条約を結んでいます。本件が明るみに出れば、これが発端となり条約は破棄。妖魔帝国は再び我々を滅ぼそうとするでしょう」
「…………そうか。そう、じゃろな。約束を破れば、奴等は嬉々としてそなたらを滅ぼしにかかるじゃろう」
エイジスはあえて真実を翻訳した。側仕えも護衛の長も身をもって妖魔帝国の残虐さを知っているから何も言わなかった。
マーチス侯爵もエディン外務大臣も無言は貫いている。けれど瞳で訴えていた。全て僕の言う通りの事になり、だからこそ拒否すればすぐに妖魔帝国へ引き渡すと。
「我々は休戦まで、初戦を除き妖魔帝国に勝利してきました。再戦しても勝つ自信はあります。しかし同じように勝てるとは思っていません。多大な犠牲を出し、大勢の兵士を死なせる事になるでしょう。それが戦争です」
「妾達のせいで、か……」
「はい。皇女陛下達のせいで我々の国民は死にます」
厳しい物言いなのは自覚している。でも事実だ。
個人間ですら時には利益の探り合いになるだから、国家間なら尚更。いや、むしろ損得勘定抜きで事を進めるのはありえない。時には仁義や恩義とかで助けることもあるけれど、それは余程親密な同盟関係でなければありえない。
だから僕は、残酷な現実を突きつけた。
しかし同時に、僕はもう一つ魔法のような言葉を投げかける。
これは劇薬だし、どう作用するかは分からない。正攻法じゃない邪道だ。でも決断を迫るにはもってこいだろう。
「質問をしてもよろしいでしょうか、皇女陛下」
「なんじゃ、予言にあった英雄よ……。好きに、言うてくれ……」
「皇女陛下は妖魔帝国が憎くありませんか?」
「そんなもの、憎いに決まっておろう……。国を蹂躙し、民を兵を殺戮し、あまつさえ父君と母上を、きっと殺したであろう妖魔共が憎くないわけが、なかろう……」
瞳から涙を零し、殺意の篭った目付きになる皇女陛下。
まあ当然の反応だよね。国を奪い肉親を奪っただろう敵国が憎くない訳が無い。一瞬、反政府政権樹立のために密かに準備が続けられているダロノワ大佐や粛清された軍人達が頭を過ぎったけれど、まあこの辺は後で対策を考えればどうとでもなる。
そんな事より、目の前の事だ。
「ならば、皇女陛下自ら戦場にお立ちください。陛下が旗印となり、妖魔帝国を討ち滅ぼすのです。憎き敵国を見事討ち、凱旋を果たしましょう」
「…………妾に出来るのか?」
「出来るのではなく、やるのです。幸いにして、陛下は生きておられます。護衛の方もいます。光龍族の強大な魔力と天翔る力は、私が最大限引き出してみせましょう。伊達に予言に出る英雄をしていませんから。さあどうなさいますか、皇女陛下。答えは二つに一つです」
僕はけしかけた。迷いのある皇女陛下に、まだ齢十五程度の少女にだ。本当ならこんな事をさせる歳じゃないし、こんな判断をさせてはいけない。
だけど彼女は皇族だ。立たねばならないんだ。
それが、為政者の務めなんだから。
「…………くくっ、くくくっ。あははははっ!!」
皇女陛下は肩を震わせたかと思いきや急に笑い始めた。涙を零した頬のまま、大笑いした。
僕は一瞬だけ困惑したけれど、彼女の目を見た瞬間察した。
どうやら上手くいったみたいだと。彼女は何かが吹っ切れた様子だった。
「まったく、まったくそなた、本当に予言にありし英雄か? 妾は、英雄とは自身に全て任せ救うてくれるものじゃと思っておった。ところがそなたはどうじゃ? 妾達に戦えと言うた。死ぬかもしれぬのに身を呈して戦えと。そしてあまつさえ、妾に戦場に立てとまで言うではないか」
「生憎ですが、私はあくまでどこまでも軍人です。国家に忠誠を誓い国民を守る為に存在する軍人です。手を差し伸べて後は任せろだなんてお人好しの英雄ではありませんので」
「末恐ろしい物言いよ。じゃが、じゃからこそあの妖魔共との戦に勝利をもたらした英雄なのやもしれぬな……。良いじゃろう。そなたの条件を妾は飲む。これは光龍皇国次代龍皇、いや龍皇ココノエの名においてそなたら、アルネシア連合王国の条件を受諾しよう。――、――。――。――、――。――。(ツバキよ、サネトモよ。妾はアカツキの条件を承諾した。これは、龍皇たる妾が決定した事じゃ。そなたらも従え)」
『――!(承知!)』
皇族に相応しい威厳をもって臣下に命令をするココノエ。条件を飲んでくれた事に僕とエイジスは安堵し、マーチス侯爵は何とかなったなと息をゆっくりと吐き、エディン外務大臣は胸を撫で下ろした。
この会談の後エディン外務大臣には、
「いくら亡命者とはいえ皇族相手によくあそこまで言ったものだ。ヒヤヒヤさせられたぞ」
と、しかめっ面をされた。その後にはちゃんと、よくやったと褒められたけどね。
ともかくとして両者が合意したことによってココノエ皇女陛下と側仕えのツバキ、サネトモを始めとする護衛全員の亡命は受け入れられた。同時に、この日アルネシア連合王国に『光龍皇国亡命政権』も誕生する。
「ああ、そうじゃった。アカツキよ、一つ願いを聞いては貰えぬじゃろか?」
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「うむっ。まずはこやつらに人類諸国の言葉を教えてやってくれまいか? 今は妾だけしか話せぬからこれからが不便であろ。まずは、そこからじゃろ?」
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「はい、ココノエ皇女陛下」
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