異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜

金華高乃

文字の大きさ
244 / 390
第15章 戦間期編2

第6話 秘匿呼称『レオニブルク計画』の視察(前)

しおりを挟む
 ・・6・・
 午前11時45分
 妖魔帝国・帝都レオニブルク
 帝国魔法研究所

「お待ちしておりました。リシュカ特別相談役閣下、ゾリャーギ様」

「こんにちは、カルチョトフ主任」

「前から思ってたけど、そうそうたる面子だな……。帝国魔法研究各分野じゃあここにいる誰もが有名人なんだからよ」

「ありがとうございます、ゾリャーギ様。此度の研究はリシュカ特別相談役発案で陛下肝煎りでございますゆえ」

 二人を出迎えたのは、とある兵器計画、秘匿呼称『レオニブルク計画』の計画主任プロジェクトリーダーカルチョトフ主任と兵器開発主要メンバー数人だった。
 彼等は帝国魔法研究所の中でもよりすぐりの研究員達である。それぞれがそれぞれの分野に特化している。
 魔石に内包する術式の効率化。爆発力の増大化。複合術式の連結とその効率化。闇属性対生物殺害特化の術式開発。
 その他あらゆる分野の専門家など集められたのは合計百人以上の知の精鋭達。
 たった一つの兵器開発の為に、研究開発にあたる研究者――それも前世で例えるならば、全員が大学の博士号持ちクラス――のみで百人超の集団は妖魔帝国初の規模だった。
 当然、初年度から投入された予算も莫大だった。とても一つの兵器を創り出すには多すぎるの予算を、だ。
 一国で人類諸国軍を凌駕する妖魔帝国とて、決して財政が豊かなわけではない。先代皇帝までの後遺症で赤字続きだった帝国財政がようやく黒字化したくらいである。
 しかし、リシュカの発案が魅力的だったが故に皇帝レオニードは不可侵の聖域たる帝室予算から初年度の研究開発予算を裁可させた。流石に次年度以降は機密漏洩を防ぐ為真相を隠しつつも正式な帝国予算から捻出させるようだが。

「早速で悪いけど、各分野の進捗状況とかを視察させてくれますか?」

「もちろんにございます、リシュカ特別相談役。それではご案内致します」

「よろしく」

 カルチョトフ主任達の案内で、リシュカはコツコツと靴の音を響かせゾリャーギが後に続く。
 二人が案内されたのは、以前までは使われず持て余されていた大きな研究所内の区画だった。魔法研究において先行する連合王国や協商連合でさえこのような大規模な面積の区画はない。そこには白衣の研究者達が忙しなく動き、ああでもないこうでもないと議論を尽くしていた。
 あらゆる研究機材が置かれ、その全てが一つで臣民の生涯賃金を遥かに越える代物ばかり。流石に危険物等は実験物は別の隔離区画にあるが、それでもこの世界で初の一つの研究開発の為に複数の研究が並行して行われているに相応しい賑やかさがあった。
 ゾリャーギはその光景を目にして関心する。

「こいつぁ、壮観だな……。もぬけの殻だったここが今じゃ帝国随一の活発な研究の場になってんだからよ」

「今までが無駄もいいとこだったのよ。どうしたらこんなに大きなハコを使わないでいたのか、正気を疑ったもの」

「そりゃお前、今までは単一研究が殆どだったからだろ。こんなだだっ広い空間なんて手に余ってたからな」

「ここは先代皇帝陛下が建設したはいいものの余りに広すぎて倉庫と化しておりましたから……」

「ありえません。ま、それでも建設から始める手間が省けたからいいけれど。じゃあ、まずは魔石内包術式の効率化から聞きましょうか」

「御意。こちらにございます」

 リシュカ達が最初に向かったのは魔石内包術式の効率化を研究する部門だった。
 部門はそれぞれ室の名前が付けられている。第一室と称されるここは、魔石内包術式の効率化が担当だ。研究室長は見た目は四十代手前の男性研究者だった。

「これはリシュカ特別相談役閣下。今日も可憐にございますな」

「ありがと、トシュコスキー室長。進捗はどう?」

「はい、閣下。現在、術式短縮の研究を進めている所であります。ゾリャーギ様所属の諜報機関から頂いた情報によると本分野において最も進んでいるのはロンドリウム協商連合とお聞きしておりますが、ブカレシタにて鹵獲した『飛翔槍』でしたか。驚くほど効率化されており技術差を痛感致しました。奴らの方が五年は先に進んでいるかと」

「五年、ね。それは追いつくまでにってこと? それとも現段階で?」

「後者にございます閣下。まずは模倣さえしてしまえば、一年足らずで追いつくでしょう。一年足らずと申させて頂いたのは、複雑な術式を解読する為です」

「ちょっと遅いわね。半年でやれない?」

「半年ですか……。解読班の者がもう少しいれば、可能ではあるかと思います。例えば五人とは言いませんので、三人程度を」

「分かりました。二、三人程度なら陛下に手配をお伺いしましょう。これ以上は他方面研究に影響が出るので割けないけどね」

「とんでもない。感謝致します、リシュカ閣下。増員さえすれば研究開発の速度は上がります」

「別の質問をしましょう。研究目標到達までの最低要求までにはどれくらいまで効率化が必要かの計算は割り出せたかしら?」

「そうですね……。協商連合水準からさらに四十パルラは効率化しなければならないでしょう。理想は五十パルラです」

「おいおい……。五十パルラって、要するに協商連合の効率化水準からさらに半分まで効率化させるってことだろ。例えば十キラの魔石爆弾の威力を五キラで実現するってことじゃねえのか?」

「単純計算ですとその通りでございますゾリャーギ様。ここに至るまでには、我々と言えども三年は要します……」

 トシュコスキー室長は申し訳なさげに目を伏せる。妖魔帝国にて術式の効率化分野では最先端を行く彼も、協商連合との技術格差ですら強く感じているというのに、ある兵器の最低要求水準はさらにその先。協商連合の術式効率化の模倣までは鹵獲品という現物があるからいいものの、そこから向こうは自分達でどうにかしなければならない。いわゆる未知の領域だった。

「安心なさい、トシュコスキー室長。来年度以降は予算も増額されます。人海戦術になるけれど、本研究の軍統括部門に人員選定などは掛け合っておきましょう」

「ご配慮頂き誠にありがとうございます、リシュカ閣下。ひとまずは早期に協商連合水準に追いつく事を目標とします」

「そうなさいな。小さな一歩でもいいから着実にこなしなさい」

「御意!」

 トシュコスキー室長達に励ましの声を掛けてから次に二人が向かったのは、爆発力の最大化を担当する第二室。ここの室長は見た目は三十代半ばの女性研究者だ。

「エイリナ室長、調子はどう?」

「リシュカ閣下! お越しくださったのですね! 予定に比べて若干の遅延こそありますが、順調ですよ」

「へえ、具体的説明をちょうだいな」

「はいっ!」

 リシュカが同性の中で最も出世しているからなのか、それとも自身の才能を認めてくれて今の立場になれたからなのか、嬉しさと尊敬を滲ませた表情の彼女は説明を始めた。

「爆発力増大化研究ですが、火属性炎上系は諦めました。火属性魔法の炎上に必要となり組み込む術式で圧迫される為です。なので方針転換し、火属性爆発系を採用しました。こちらについては爆発力向上の為に効率化部門の許す限り爆発に必要な術式を多く組み込んでいます」

「ふむふむ。これさ、爆発力に必要な術式をあと少し増やせないかしら? 『次の』に必要な威力がまだ足らない気がするんだよね」

「爆発力の増大、ですか……。起動術式の必要分を踏まえるとこれ以上は不発の可能性もあり難しいかと思われます。申し訳ございません……」

 せっかく期待してくれているというのに、自分がそれに応えられないからと、しゅんとするエイリナ室長。
 しかしリシュカは気にすることなくむしろ二の腕を軽く叩いて励ます。

「落ち込まなくていいのよ、エイリナ室長。連結化部門には少し負担になるかもしれないけれど、必要水準には『中身』を一個か二個増やした方がいいかもね。貴女が恐れる不発はあってはならないもの。でも、爆発力増大化についてはこうしてみたらどう? 例えば、こう」

 リシュカはテーブルに置いてあった白紙に、術式の文言を記していく。それは自身が火属性爆発系魔法を使うにあたって独自に編み出した術式で、戦場で即時に使えるよう最適化されたものだった。無論、真相は隠して理論上はと前置きをしたが。

「す、すごい……!! そうか、そうですよぉぉ!! この手があったじゃないですかぁ! もっと前線のものを参考にすれば良かったんだ!」

 目の当たりにしたエイリナ室長を始め、他の研究員達もおお!! と声を上げる。

「でしょ? これなら一個や二個増やしても若干の威力低下はあるかもしれないけれど貴女達考案のと比較してほぼ同じ威力が出せるはず。この発想、魔石内包術式の効率化部門でも多少は役に立つかも。ただ、こっちは『次』のを動かす為のもので、あっちは『次』のに必要な要素だから精密具合が桁違いだし、あ、ダメだ使えないや」

「そうですね……。私達の部門はあくまで威力だけですから。多数の術式を緻密かつ効率化を必要とするトシュコスキー室長の部門とは性質が違いますので……」

「ちょ、ちょっと待った。俺はよ、情報畑ならともかく魔法言語はさっぱりだからお前が何やったのか全く分からないんだが……」

「今研究員達が用いている術式はどちらかと言うと学問としての魔法なの。だから余計な文面が多いわけ。簡単に言うと、前線で使うには長ったらしいってこと」

「長ったらしい……、ああ、そういうことか」

 リシュカが話した内容を記すと、以下のようになる。

【エイリナ室長等第二室考案術式】
『これは仇なす者達が滅亡へと至る唄。絶大なる火の光は地を覆い尽くし、遍く全てを焼き払うであろう。偉大なる炎の鉄槌は誰であろうとも逃れる事は能わず。此処に顕現せよ――』

【リシュカ考案術式】
『これは滅亡の唄。仇なす者が滅亡に至る絶大な死の火球。全てを覆い焼き払え。偉大なる邪神が放つ炎の鉄槌は逃れる事能わず。此処に顕現せよ――』

 エイリナ室長達が現段階で構築している術式は起動から爆発に至るまで、前線で使うには長い詠唱文になっている。その為、魔石に内包する術式も文字数分だけ増えてしまうわけだ。
 ところが前線ではいかに早く発動させるかが鍵となる為、行使に必要な語句を除いて出来る限り短い文面で発動に至るよう現地将兵によって独自に手が加えられているのだ。
 リシュカの言うように若干の威力低下はあるが、重要な語句ではないので威力差は誤差の範囲内程度である。
 むしろこの兵器にとって、短縮化の恩恵は計り知れない。本兵器は『次』の為起動の為に連結術式をもって複数個の同詠唱内包魔石が用意される計画である。短縮化はすなわちより小型の魔石を用意可能であり、『容器』に収納可能な個数が増えるということ。すなわち理論上ギリギリではなくある程度の余裕を持った爆発力に到達出来る可能性へと至ったわけである。
 それは非常に画期的な事であり、研究の進展でもあった。

「要するに、だ。詠唱文を短くする事によって現状より小さい魔石に改善前とほぼ同じ威力のモンを用意出来るから、結果的に総火力は上がるってわけか?」

「そゆこと」

「リシュカ閣下のお陰で到達点が見えてきました! ありがとうございます!」

「んーん、どういたしましてー。それじゃ次に行こっか」

「またご教授をお願いします!」

「はーい」

 リシュカは彼女らに手を振って次の部門、複合術式の研究部門へと向かった。
 今話していた研究内容は、この兵器に限らずとも副産物の兵器を産むことを気付いてないんだろうなあ、と口角を少しだけ曲げながら。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

【死に役転生】悪役貴族の冤罪処刑エンドは嫌なので、ストーリーが始まる前に鍛えまくったら、やりすぎたようです。

いな@
ファンタジー
【第一章完結】映画の撮影中に死んだのか、開始五分で処刑されるキャラに転生してしまったけど死にたくなんてないし、原作主人公のメインヒロインになる幼馴染みも可愛いから渡したくないと冤罪を着せられる前に死亡フラグをへし折ることにします。 そこで転生特典スキルの『超越者』のお陰で色んなトラブルと悪名の原因となっていた問題を解決していくことになります。 【第二章】 原作の開始である学園への入学式当日、原作主人公との出会いから始まります。 原作とは違う流れに戸惑いながらも、大切な仲間たち(増えます)と共に沢山の困難に立ち向かい、解決していきます。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

処理中です...