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第15章 戦間期編2
第7話 秘匿呼称『レオニブルク計画』の視察(中)
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・・7・・
彼女が続けて向かった先は複合術式の開発部門だった。
部門責任者は見た目老齢の白髪で、博士然とした男だった。
「これはこれはリシュカ閣下! お待ちしておりましたぞ!」
「どーもボフトフルスキー室長。先週は体調崩してたって聞いたけど、もう大丈夫なの?」
「ふほほ! お陰様でこの通りもうピンピンとしておりますぞ! ご心配頂き、感謝の極みにございます」
「いーのいーの。研究も体が資本。くれぐれも無茶だけはしないように。大至急じゃない限り、研究者がやりがちの不眠不休なんてやるもんじゃないし」
「面目ない次第ですな。どうしてもこう、集中してしまいますと」
「気持ちは理解できるけどさあ、もう結構歳なんだからね。程々に」
「承知致しましたぞ、閣下」
「で、複合術式の研究進捗はどう?」
「そうですな……、半分順調、半分難航といったところですぞ。第四室の闇属性の方は既存技術の発展なのでさほど難しくはないのですが、第二室の連結起動術式がどうにも……」
「あー、やっぱりそこかあ……」
「そこかあ、ってお前は分かるのかよ……。俺は表面的な部分しか分かんねえよ……」
ボフトフルスキー室長は前者は明るい表情で、ただし後者は陰りのある顔付きで説明をする。
彼等が担当している部門は複合術式及び連結起動術式の研究。
『レオニブルク計画』の中では最も地味でありながらも最も重要な起動を司る為、研究は難航していた。
先に話した爆発と闇属性の同時発動は既に魔法能力者が属性複合魔法で開拓された分野だから後は如何に威力を高め効率的に発揮させるかで済むのだが、連結起動術式については起動させるだけならともかく同時に起動させるという部分に高い壁が存在していたのである。
「現状では四発同時は安定、八発同時が不安定だったよね」
「ええ、仰る通りです。八発までなら安定化だけで完了しますが、目標の十六発はとてもとても……。そもそもこれまで『一次爆発用』でしたかな。アレを複数同威力で運用するなど未知の分野でしてな……」
「まー、人類諸国の連中では思いつきもしないでしょうね。唯一、アカツキが考えつきそうなものだけれど」
「人類の叡智たる英雄ですな。かの先端を行く人間なら考えそうなものですが、とはいえ、限界がありましょう。奴は儂ら『研究者』ではなく『軍人』ですからの」
「どうだろうね。陛下が多大なる関心を向ける希少な部類の人間ですもの」
「ふほほ、アレの頭を覗いてみたいものですな。かの人間は置いておいて、十六発の研究ですが、同時起動は相当に困難を伴っております。正直に申させて頂くと、悔しながら今の妖魔帝国の水準ですと……」
唇を噛むボフトフルスキー室長。研究者としてのプライドが許さないゆえの悔しさなのだろう。
妖魔帝国は先代までの皇帝による悪政があらゆる部分に後遺症を残している。兵なんてものは畑から取れるが如く徴用出来るし、人類諸国なんて数で押し潰してしまえばどうとでもなる。
その結果が、今の状況。人類諸国に一般科学や魔法科学技術で劣る状態なのである。
「なあリシュカ。十六発同時起動がどれくらい難しいのか教えてくれねえか? 難しいのはボフトフルスキー室長の顔で分かんだけどよ……」
「そうだねえ。簡単に言うと戦略級魔法を今作ってる魔法機械のみで再現しようとしてるってとこかしら。しかも起動から発動までに至る時間は戦略級魔法より圧倒的に早い。起動用魔力だけで、ドカン! って感じ。まあ起動用魔力も初期起動用魔力で実現させたいとこだけど」
「…………っつーと、なんだ。本来は精鋭の能力者小隊複数で行うクソ長い時間がかかる戦略級魔法を、たった一つの兵器で実現しようってことか? しかも能力者の手をほとんど介さず……?」
「そんなとこ。つまり、この機械の中に一次爆発用担当の十六人がいるのと同じことなの」
「本来ならば、このような精密な発動は人力でしか出来ませぬ。いや、人力でもかなりの精度を彼等は要求されるでしょう。四発、八発ならともかくとして、十六発を寸分狂わず同時起動など今の技術水準では実現不可能といっても良いでしょうな……」
「だったら個数を減らすってのは出来ねえのか?」
ゾリャーギの考えは最もである。
そも実現不可能ならば実現可能な水準にまで落とせばいい。確かに理には適っているのだが、しかし次世代兵器はそれを許してはくれないのである。
十六発の一次起動用を同時かつ均等に爆発させなければ、本命の魔石は衝撃力と爆発力によって『臨界』を迎えないのだから。
「無理だね。理論上では『本命』の発動には最低でも十二発は必要。さっき爆発力最大化で話してたけど、あそこが四苦八苦してて結局は十四発どころか十六発になる可能性が高い。となると、十六発にしないと確実性が確保出来ない。もし、実戦使用して不発なんてなったら」
「まさに悪夢ですな。鹵獲などされ分析でもされたら……」
「しかもあちらには何物をも見通す瞳を持つエイジスでしたっけ? あれに分析されたらおしまいでしょうね。ゾリャーギ、あんたの部門がそういう懸念も示してたでしょう?」
「まあな……。一般的に知られている情報しか手に入らなかったが、噂が本当なら、まずいな……」
「でしょ。だったら確実に動くもの、兵器として失敗作には出来ないわけ。だから十六発起動は必須。そもそも十六発が可能になればその先も可能になるわけ」
「リシュカ閣下の慧眼には畏敬の念をいだかずにはいられませんな。常に魔法も科学も不可能を可能にしてきました。なれば、我々に不可能の文字はございませぬ。有り難き事に、陛下もリシュカ閣下も予算も人員も惜しまぬお考え。知恵が多くなれば、解決は見えてきましょう」
「悪いね、ボフトフルスキー室長。こればかりかは私も専門外でね」
「とんでもないです。我々研究員にとって出資者は何よりも心強い味方ゆえ」
「人類諸国を滅ぼす為なら陛下も私も出し惜しみはしないよ。最近は妖魔帝国軍人の中でも南方蛮族地域の征服を完了する事で現状の拡大主義を一服させ、出血が強いられる人類諸国とはもう暫く戦争は控えよう。なんて考えが密かに語られるけれど、それって陛下のお考えに反するじゃない。私はそれを、良しとしない」
リシュカの表面では凛とした表情の発言に、ボフトフルスキー室長は尊敬の眼差しを向ける。レオニードに対する忠誠心と捉えたのだろう。しかし真相を知っているゾリャーギは、
「そうか……(実際は自らの復讐を果たす為でもあるだろうけどな)」
と同調しながらも心中では別の意味を感じ取っていた。
十六発同時起動の壁は遥か高い。しかし、戦争は発明の母である。妖魔帝国でも人類諸国がもたらした鹵獲品によって着実に地力を上げつつあるし、これまでと違い莫大な予算を投入する事で不可能を可能にしようとしていた。それらは研究者達の熱い意気込みからも感じられていた。
「同時発動に関するヒントになるような物があれば何でも言ってちょうだい。これは他の部門にも言っているけれど欲しい書物があれば渡すし、人が足りないなら寄越すわ。それに今や妖魔帝国は光龍は完全征服し、南方蛮族地域も時間の問題。あっちに解決法の糸口がある可能性もゼロじゃないから、多角的に考えなさいな。いいこと、独断と偏見だけは持たないようにね」
「御意に!」
第三室の視察を終えたリシュカとゾリャーギは、最後の部門たる闇属性対生物殺害特化の第四室へと向かった。
出迎えたのは、若い男だがこれまでの室長の中で一番危なそうな、言うなればマッドな雰囲気を醸し出していた。彼の影響なのか他のメンバーもどこかネジが飛んでいるようにも見えた。
これにはゾリャーギはドン引きで、リシュカも苦笑いだった。
「ふへへ、待ってましたよリシュカ閣下。ようこそ第四室へ」
「う、うん。こんにちは、ドュフコフ室長」
「ひゅふ、リシュカ閣下は今日も麗しゅうございますよ。ふひゅふふ」
「…………リシュカ」
「知ってる。私も喉まで出てるけどやめとこ?」
「そ、そうだな……」
「ドュフコフ室長、研究の進捗報告をしてちょうだい。簡潔かつ分かりやすくね」
「御意!! 我々第四室はいかにして生ける者を殺すかに特化した研究を行っております!! 闇は恐怖を侵食し!! 闇は恐怖をもたらし!! そして闇は命を奪い尽くすのです!!」
「知ってる。さっきの話を聞いてた?」
「俺はもう頭が痛いぜ……」
白衣を翻し両手を広げて声高らかに語るドュフコフ室長の様子に、ゾリャーギは眉間に指を抑え、リシュカはため息をつく。彼女の脳裏に厨二病という単語が過ぎったのは言うまでもない。これでもドュフコフ室長は闇属性魔法研究者の中ではかなり優秀なのだが、人格に難があり過ぎた。
「これはこれは失礼致しましたリシュカ!! 閣下!! 一言で申させて頂きますと、我々が開発途上にあるのは、確かに命は奪いますが、肉体を侵食する新たな闇魔法でございっっ、ますっっ!!」
「それも聞いた。興味を持ったから貴方に任せたの。で、進捗は?」
「良くぞ聞いてくださいました!! リシュカ閣下が実験体を山ほど用意して下さいました事により、精度を高めつつあります!!」
研究内容に触れるやいなや、躁状態になるドュフコフ室長。どうにも会話が噛み合わないリシュカは頭を悩ましているが、どうやら言動からして進捗は悪くないらしい。
そもそも今回彼等が研究している闇属性魔法は即死性のあるものというよりかは遅効性のものであった。
闇属性が元々呪いをもたらすもので、生命力を奪う事に秀でているのは人類諸国も妖魔帝国も共通の認識である。
その闇属性は主に即死性と遅効性に分かれ、即死性の方が目に見えて効果が現れるからと研究は進んでいた。
非魔法能力者は抵抗力がほぼ無いので問題にはされていないが、魔法能力者は抵抗力――魔法を防ぐ魔法障壁から、身体強化による闇属性に対する耐性構築に至るまで様々な意味がある――があるので特にこの抵抗力を上回る威力を要求される。
よって妖魔帝国ではいかに威力を高め、抵抗力を破り即死に至らしめるかを重きに置かれて研究されてきた。
対して遅効性闇属性魔法はそんなものとっとと殺せばいいじゃないか。大体殺すなら他属性でも可能だし、火属性の火傷、氷属性の凍傷で済むだろう。という当然といえば当然な風潮が強く、非効率的だとして放置気味であった。
しかし、リシュカは今回の計画にあたり即死性ではなく遅効性に目をつけたのである。
何故ならば、『レオニブルク計画』により生み出される兵器は単にその破壊力を持ってして殺戮するだけでなく、闇属性遅効性魔法によってある効果を併せる事を目的としているからであった。
「ふうん、精度ねえ。大体どんな感じなの?」
「それはそれはおぞましいものでございますよ。現段階では効力がやや不足気味ですが、身体を内側から破壊する事に特化しておりますからね……。うひひひひひ……」
「身体を内側から破壊する? 術式に手を加えたってこと? それとも全くの新型?」
「リシュカ閣下は鋭いです!! その通り!! これはですねえ、私が編み出した最新の術式なのですよ!!」
「ごめん、私の理解力不足かもしれないもっと詳しく教えて」
「俺もそうしてくれると助かる……。さっぱり分かんねえ……」
「承知致しましたぁ! これまでの闇魔法は、リシュカ閣下が南方蛮族共の征服作戦に使われた生命力を奪う呪いが主なものでした。確かにこれも魅力的ではありますが、偉大なる『レオニブルク計画』には相性が良くありません!! がしかぁし!! 私ドュフコフが新たに作り出したのは身体の組織そのものを徐々に破壊し、最悪死に至らしめ死ななくとも一生苦しむ呪いの術式でございます!!」
「……細胞レベルで効果を、ってことかしら。素晴らしいじゃない」
リシュカは僅かに口角を曲げると、誰にも聞こえない声音でそう呟いた。
「何か仰りましたかリシュカ閣下?」
「いいや、なんでもない。私が考えていたのよりいい発想で作ってると思っただけ。時間はまだいくらでもあるわ。散々苦しませてから無惨に死ぬような術式に仕上げなさいな」
「あ、有り難き幸せ!! 有り難き幸せ!! 我々一同骨を粉にする程に研究を邁進して、参りますっっ!!」
「分かった。分かったから。とりあえずまた今度期限までに経過報告のレポートを寄越すこと。いいですね?」
「御意にぃ!!」
終始麻薬を投与されたような感情の振れ幅を見せたドュフコフ室長に挨拶を済ませるとこれにて各研究部門の視察は終わり。
この後は『レオニブルク計画』の主任、視察の間は終始無言を貫いていたカルチョトフとの計画の全体進捗より互いの意見のすり合わせや確認などの打ち合わせとなる。
『レオニブルク計画』
途轍もなく大きく、視察の内容だけでも幾つも恐るべき片鱗を見せたそれの全容は、カルチョトフとの打ち合わせで判明する事となる。
彼女が続けて向かった先は複合術式の開発部門だった。
部門責任者は見た目老齢の白髪で、博士然とした男だった。
「これはこれはリシュカ閣下! お待ちしておりましたぞ!」
「どーもボフトフルスキー室長。先週は体調崩してたって聞いたけど、もう大丈夫なの?」
「ふほほ! お陰様でこの通りもうピンピンとしておりますぞ! ご心配頂き、感謝の極みにございます」
「いーのいーの。研究も体が資本。くれぐれも無茶だけはしないように。大至急じゃない限り、研究者がやりがちの不眠不休なんてやるもんじゃないし」
「面目ない次第ですな。どうしてもこう、集中してしまいますと」
「気持ちは理解できるけどさあ、もう結構歳なんだからね。程々に」
「承知致しましたぞ、閣下」
「で、複合術式の研究進捗はどう?」
「そうですな……、半分順調、半分難航といったところですぞ。第四室の闇属性の方は既存技術の発展なのでさほど難しくはないのですが、第二室の連結起動術式がどうにも……」
「あー、やっぱりそこかあ……」
「そこかあ、ってお前は分かるのかよ……。俺は表面的な部分しか分かんねえよ……」
ボフトフルスキー室長は前者は明るい表情で、ただし後者は陰りのある顔付きで説明をする。
彼等が担当している部門は複合術式及び連結起動術式の研究。
『レオニブルク計画』の中では最も地味でありながらも最も重要な起動を司る為、研究は難航していた。
先に話した爆発と闇属性の同時発動は既に魔法能力者が属性複合魔法で開拓された分野だから後は如何に威力を高め効率的に発揮させるかで済むのだが、連結起動術式については起動させるだけならともかく同時に起動させるという部分に高い壁が存在していたのである。
「現状では四発同時は安定、八発同時が不安定だったよね」
「ええ、仰る通りです。八発までなら安定化だけで完了しますが、目標の十六発はとてもとても……。そもそもこれまで『一次爆発用』でしたかな。アレを複数同威力で運用するなど未知の分野でしてな……」
「まー、人類諸国の連中では思いつきもしないでしょうね。唯一、アカツキが考えつきそうなものだけれど」
「人類の叡智たる英雄ですな。かの先端を行く人間なら考えそうなものですが、とはいえ、限界がありましょう。奴は儂ら『研究者』ではなく『軍人』ですからの」
「どうだろうね。陛下が多大なる関心を向ける希少な部類の人間ですもの」
「ふほほ、アレの頭を覗いてみたいものですな。かの人間は置いておいて、十六発の研究ですが、同時起動は相当に困難を伴っております。正直に申させて頂くと、悔しながら今の妖魔帝国の水準ですと……」
唇を噛むボフトフルスキー室長。研究者としてのプライドが許さないゆえの悔しさなのだろう。
妖魔帝国は先代までの皇帝による悪政があらゆる部分に後遺症を残している。兵なんてものは畑から取れるが如く徴用出来るし、人類諸国なんて数で押し潰してしまえばどうとでもなる。
その結果が、今の状況。人類諸国に一般科学や魔法科学技術で劣る状態なのである。
「なあリシュカ。十六発同時起動がどれくらい難しいのか教えてくれねえか? 難しいのはボフトフルスキー室長の顔で分かんだけどよ……」
「そうだねえ。簡単に言うと戦略級魔法を今作ってる魔法機械のみで再現しようとしてるってとこかしら。しかも起動から発動までに至る時間は戦略級魔法より圧倒的に早い。起動用魔力だけで、ドカン! って感じ。まあ起動用魔力も初期起動用魔力で実現させたいとこだけど」
「…………っつーと、なんだ。本来は精鋭の能力者小隊複数で行うクソ長い時間がかかる戦略級魔法を、たった一つの兵器で実現しようってことか? しかも能力者の手をほとんど介さず……?」
「そんなとこ。つまり、この機械の中に一次爆発用担当の十六人がいるのと同じことなの」
「本来ならば、このような精密な発動は人力でしか出来ませぬ。いや、人力でもかなりの精度を彼等は要求されるでしょう。四発、八発ならともかくとして、十六発を寸分狂わず同時起動など今の技術水準では実現不可能といっても良いでしょうな……」
「だったら個数を減らすってのは出来ねえのか?」
ゾリャーギの考えは最もである。
そも実現不可能ならば実現可能な水準にまで落とせばいい。確かに理には適っているのだが、しかし次世代兵器はそれを許してはくれないのである。
十六発の一次起動用を同時かつ均等に爆発させなければ、本命の魔石は衝撃力と爆発力によって『臨界』を迎えないのだから。
「無理だね。理論上では『本命』の発動には最低でも十二発は必要。さっき爆発力最大化で話してたけど、あそこが四苦八苦してて結局は十四発どころか十六発になる可能性が高い。となると、十六発にしないと確実性が確保出来ない。もし、実戦使用して不発なんてなったら」
「まさに悪夢ですな。鹵獲などされ分析でもされたら……」
「しかもあちらには何物をも見通す瞳を持つエイジスでしたっけ? あれに分析されたらおしまいでしょうね。ゾリャーギ、あんたの部門がそういう懸念も示してたでしょう?」
「まあな……。一般的に知られている情報しか手に入らなかったが、噂が本当なら、まずいな……」
「でしょ。だったら確実に動くもの、兵器として失敗作には出来ないわけ。だから十六発起動は必須。そもそも十六発が可能になればその先も可能になるわけ」
「リシュカ閣下の慧眼には畏敬の念をいだかずにはいられませんな。常に魔法も科学も不可能を可能にしてきました。なれば、我々に不可能の文字はございませぬ。有り難き事に、陛下もリシュカ閣下も予算も人員も惜しまぬお考え。知恵が多くなれば、解決は見えてきましょう」
「悪いね、ボフトフルスキー室長。こればかりかは私も専門外でね」
「とんでもないです。我々研究員にとって出資者は何よりも心強い味方ゆえ」
「人類諸国を滅ぼす為なら陛下も私も出し惜しみはしないよ。最近は妖魔帝国軍人の中でも南方蛮族地域の征服を完了する事で現状の拡大主義を一服させ、出血が強いられる人類諸国とはもう暫く戦争は控えよう。なんて考えが密かに語られるけれど、それって陛下のお考えに反するじゃない。私はそれを、良しとしない」
リシュカの表面では凛とした表情の発言に、ボフトフルスキー室長は尊敬の眼差しを向ける。レオニードに対する忠誠心と捉えたのだろう。しかし真相を知っているゾリャーギは、
「そうか……(実際は自らの復讐を果たす為でもあるだろうけどな)」
と同調しながらも心中では別の意味を感じ取っていた。
十六発同時起動の壁は遥か高い。しかし、戦争は発明の母である。妖魔帝国でも人類諸国がもたらした鹵獲品によって着実に地力を上げつつあるし、これまでと違い莫大な予算を投入する事で不可能を可能にしようとしていた。それらは研究者達の熱い意気込みからも感じられていた。
「同時発動に関するヒントになるような物があれば何でも言ってちょうだい。これは他の部門にも言っているけれど欲しい書物があれば渡すし、人が足りないなら寄越すわ。それに今や妖魔帝国は光龍は完全征服し、南方蛮族地域も時間の問題。あっちに解決法の糸口がある可能性もゼロじゃないから、多角的に考えなさいな。いいこと、独断と偏見だけは持たないようにね」
「御意に!」
第三室の視察を終えたリシュカとゾリャーギは、最後の部門たる闇属性対生物殺害特化の第四室へと向かった。
出迎えたのは、若い男だがこれまでの室長の中で一番危なそうな、言うなればマッドな雰囲気を醸し出していた。彼の影響なのか他のメンバーもどこかネジが飛んでいるようにも見えた。
これにはゾリャーギはドン引きで、リシュカも苦笑いだった。
「ふへへ、待ってましたよリシュカ閣下。ようこそ第四室へ」
「う、うん。こんにちは、ドュフコフ室長」
「ひゅふ、リシュカ閣下は今日も麗しゅうございますよ。ふひゅふふ」
「…………リシュカ」
「知ってる。私も喉まで出てるけどやめとこ?」
「そ、そうだな……」
「ドュフコフ室長、研究の進捗報告をしてちょうだい。簡潔かつ分かりやすくね」
「御意!! 我々第四室はいかにして生ける者を殺すかに特化した研究を行っております!! 闇は恐怖を侵食し!! 闇は恐怖をもたらし!! そして闇は命を奪い尽くすのです!!」
「知ってる。さっきの話を聞いてた?」
「俺はもう頭が痛いぜ……」
白衣を翻し両手を広げて声高らかに語るドュフコフ室長の様子に、ゾリャーギは眉間に指を抑え、リシュカはため息をつく。彼女の脳裏に厨二病という単語が過ぎったのは言うまでもない。これでもドュフコフ室長は闇属性魔法研究者の中ではかなり優秀なのだが、人格に難があり過ぎた。
「これはこれは失礼致しましたリシュカ!! 閣下!! 一言で申させて頂きますと、我々が開発途上にあるのは、確かに命は奪いますが、肉体を侵食する新たな闇魔法でございっっ、ますっっ!!」
「それも聞いた。興味を持ったから貴方に任せたの。で、進捗は?」
「良くぞ聞いてくださいました!! リシュカ閣下が実験体を山ほど用意して下さいました事により、精度を高めつつあります!!」
研究内容に触れるやいなや、躁状態になるドュフコフ室長。どうにも会話が噛み合わないリシュカは頭を悩ましているが、どうやら言動からして進捗は悪くないらしい。
そもそも今回彼等が研究している闇属性魔法は即死性のあるものというよりかは遅効性のものであった。
闇属性が元々呪いをもたらすもので、生命力を奪う事に秀でているのは人類諸国も妖魔帝国も共通の認識である。
その闇属性は主に即死性と遅効性に分かれ、即死性の方が目に見えて効果が現れるからと研究は進んでいた。
非魔法能力者は抵抗力がほぼ無いので問題にはされていないが、魔法能力者は抵抗力――魔法を防ぐ魔法障壁から、身体強化による闇属性に対する耐性構築に至るまで様々な意味がある――があるので特にこの抵抗力を上回る威力を要求される。
よって妖魔帝国ではいかに威力を高め、抵抗力を破り即死に至らしめるかを重きに置かれて研究されてきた。
対して遅効性闇属性魔法はそんなものとっとと殺せばいいじゃないか。大体殺すなら他属性でも可能だし、火属性の火傷、氷属性の凍傷で済むだろう。という当然といえば当然な風潮が強く、非効率的だとして放置気味であった。
しかし、リシュカは今回の計画にあたり即死性ではなく遅効性に目をつけたのである。
何故ならば、『レオニブルク計画』により生み出される兵器は単にその破壊力を持ってして殺戮するだけでなく、闇属性遅効性魔法によってある効果を併せる事を目的としているからであった。
「ふうん、精度ねえ。大体どんな感じなの?」
「それはそれはおぞましいものでございますよ。現段階では効力がやや不足気味ですが、身体を内側から破壊する事に特化しておりますからね……。うひひひひひ……」
「身体を内側から破壊する? 術式に手を加えたってこと? それとも全くの新型?」
「リシュカ閣下は鋭いです!! その通り!! これはですねえ、私が編み出した最新の術式なのですよ!!」
「ごめん、私の理解力不足かもしれないもっと詳しく教えて」
「俺もそうしてくれると助かる……。さっぱり分かんねえ……」
「承知致しましたぁ! これまでの闇魔法は、リシュカ閣下が南方蛮族共の征服作戦に使われた生命力を奪う呪いが主なものでした。確かにこれも魅力的ではありますが、偉大なる『レオニブルク計画』には相性が良くありません!! がしかぁし!! 私ドュフコフが新たに作り出したのは身体の組織そのものを徐々に破壊し、最悪死に至らしめ死ななくとも一生苦しむ呪いの術式でございます!!」
「……細胞レベルで効果を、ってことかしら。素晴らしいじゃない」
リシュカは僅かに口角を曲げると、誰にも聞こえない声音でそう呟いた。
「何か仰りましたかリシュカ閣下?」
「いいや、なんでもない。私が考えていたのよりいい発想で作ってると思っただけ。時間はまだいくらでもあるわ。散々苦しませてから無惨に死ぬような術式に仕上げなさいな」
「あ、有り難き幸せ!! 有り難き幸せ!! 我々一同骨を粉にする程に研究を邁進して、参りますっっ!!」
「分かった。分かったから。とりあえずまた今度期限までに経過報告のレポートを寄越すこと。いいですね?」
「御意にぃ!!」
終始麻薬を投与されたような感情の振れ幅を見せたドュフコフ室長に挨拶を済ませるとこれにて各研究部門の視察は終わり。
この後は『レオニブルク計画』の主任、視察の間は終始無言を貫いていたカルチョトフとの計画の全体進捗より互いの意見のすり合わせや確認などの打ち合わせとなる。
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