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第15章 戦間期編2

第16話 妖魔帝国工作員チェーホフの活動(後)

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「当時、ツレはカウンセラーだったんだ。ラットン中将、ああ今は退役したからラットン退役大将か。彼の紹介で仕事を任されてな」

「カウンセラー……。聞いたことがある。閣下と数少ない貴重な接触者だってよ。そうか、お前のツレだったか」

「ツレはフィリーネさんをカウンセリングしていた。結局はダメだったようで、自殺の報道を耳にした時は衝撃を受けていたさ。何せ、本人から拒否されてそう経っていない頃だったから、きっとその頃は……」

「お前は悪くねえよ。その、カウンセラーのツレもさ……」

 俺はいかにも悲しそうを表情をして、さも友人が酷く落ち込んでいたような感じを演出する。
 実際は違う。あの女はカウンセリングの途中で裏切りを決意。今や妖魔帝国で再戦に備えて改革を推進をしている。
 んなこともつゆしらず、ヨルンは俺を励ましてくれた。おかしいっちゃありゃしない。

「ツレは仕事中は決して何をしてたかは教えてくれはしなかった。カウンセラーだからな。患者の情報は秘匿されるべきで、あいつは仕事に忠実だった」

「いいカウンセラーだな。中には胡散臭いのもいる中で優秀じゃないか」

「俺にとっても誇りだった。だがある日、ツレはぽつりと漏らすように話してくれた。ちょうどフィリーネさんが死んでから数日くらいだったか。悩んでたんだろうな、カウンセラーではあんまり失敗しなかったから打ちひしがれてたんだろう」

「オレは責めはしねえよ。結局は情報を漏らそうがソイツは助けようとしてくれたんだろ。それで、なんと言ってた?」

「ツレは、彼女の絶望が深過ぎてもう救いようの無い状態だと言っていた。元々の半生に加え、信じていた国から、軍から裏切られて誰も信じられなくなっていた。部下も訪れず、文の一つも寄越してこない。部下達も裏切ったと感じていたらしい」

「それはちげえよ……。保守党や息のかかった糞共から妨害されていたんだ。やっぱり手紙も届いていないんだな……」

「そこまでは俺も知らねえが、届いていたらこうは言ってないだろうな。届いていないってのが本当な可能性は極めて高いだろうよ」

 否、俺は手紙が届かなかった理由も一度は接触を試みようとした部下がいるのも知っている。
 反対派閥たる保守党はあの女を恐れてなのか、はたまた自身があの女にした仕打ちに自覚があったのか、心配する手紙一つに至るまで届くのを妨害していた。
 まるで、有りもしない反乱を恐るかのように。

「くそったれ……! 保守党と息のかかった糞共は徹底的にやってたわけか……」

「詳しくは不明だが、恐らくは……」

「…………すまん。続けてくれ」

 ヨルンは身体を震わせながら言う。俺は頷くと。

「孤独のフィリーネさんは、カウンセラーのツレにぽつりぽつりと自身の半生や事のあらましを話してはくれたらしい。誰が聞いても不条理で不合理で、理不尽な出来事の数々を。ツレは仕事を果たそうとしていた。せめて彼女が軍人で無くなったとしても、ひっそりと過ごせるくらいには回復してもらおうとな。だが、保守党は許しちゃくれなかった」

「オレと同じく、不名誉除隊だろ……。軍人にとっては最悪の形でな」

「そうだ。だがな、その報道がされる前からもうダメだったらしい。そらそうさ。家を継がず軍人の道をずっと歩んできた人がこれまでの道を全否定されて、絶たれたんだからな。疑心暗鬼は留まることを知らず、ついにはツレを追い出した。それだけならまだ良かったんだがな。結局、その後にフィリーネさんは……」

「あぁ、死んだ。今も病棟から出られねえクリス大佐の目の前でな。死体も見つかっちゃいない。軍人墓地に墓を作られることも許されなかった。エリアスの奴が罪滅ぼしなか知らねえが私費で作ったのが唯一。公式ではまるで存在しなかったかのような扱いだよ……」

「…………」

 ここから先は協商連合国民のみならず隣国でも知っている者が多い話だ。
 あの女が率いていた師団は多少の時間はかかったものの質向上を口実にした軍縮で解体され、派閥はほぼ完全に排除されたか恭順を迫られた。
 保守党を始めとする反対派閥が跳梁跋扈し、エリアス国防大臣は議席を確保するのがやっとで、今や保守党の半傀儡。なんともまあお粗末な話だな。
 一連の出来事において一番の被害者は裏切ったフィリーネもといリシュカはともかく、こいつらだろう。
 国外のリチリアを文字通り命懸けで守ろうとしたのにも関わらず、あの女の軽率な行動――召喚武器の副作用らしいから軽率な行動というには難しい点もあるが――をきっかけに待ってましたと言わんばかりの保守党の行動。
 行ってからと帰ってきてからでは掌を返したような反応。そして、フィリーネに与した者の過剰とも言える弾圧。
 俺もぶっちゃけ士官クラス連中の一部の行く末を追っかけるのが限界だったが、追える範囲だけでも、レイミーのように耐えられなくなって自殺したか不審死したのが十二名。不名誉除隊が二十一名。左遷させられたのが三十五名。これはあくまで氷山の一角でしかないから実際の数はもっと多いだろう。

「…………オレは無力だった。何も出来なかった。いや、何もしなかった……」

「それは、そんなことは……」

 ヨルンは打ちのめされていた。約三年前の悲劇からずっとこうなんだろう。
 だが、可能な範囲で真実を知っている俺はこいつは何も悪くない。保守党連中の暴走が原因で、コイツは巻き添えを食っただけなんだぞ。と心中で独りごちていた。
 だが、俺は深くは言わない。俺には目的があって、真実なぞ語るわけがないからだ。
 あえて言うのであれば、哀れだなくらいだな。

「けどよ、俺は憎い。上官を死に追いやった保守党共が憎い。結託した軍人や官僚も憎い。恩恵を受けながらも同調した国民が憎い。レイミーの奴が遺した文言と同じだよ」

「憎い、か」

 いいぞ、もっと言え。お前の心情を語れ。

「ああ、憎いさ。憎くないわけがねえだろ。何も無かった俺に地位と名誉だけでなく生き甲斐も与えてくれた上官を殺した。可愛い同僚も殺した。今じゃ部下達ともバラバラだ。ジェル、ルイシェル、バネットは自殺した。ジェイコブ、ロットン、ドリスは追い詰められて精神的に病んだ。他にもアラン、ネイシャ、リッカー、エリス、ウェイソン、くそっ。挙げたらキリがねぇ。沢山の部下が退役していった」

「名前、覚えているんだな」

「ったりめえだ。皆、良い奴で、オレの部下で、仲間だったんだからな……」

 聞けば聞くほどえげつねえ話だ。コイツと関わりの深い奴らだけでも三人死んで三人は再起不能。他多数が退役、か。
 この様子だと人類諸国は再戦したとしても、休戦前の団結力は発揮出来ないだろうな。
 何せ一翼を担う協商連合がこのザマだ。軍の実権をこんな連中に握られていたら、自由には動けるわけがねえ。大抵こういう奴らは現場の足を引っ張るって相場が決まってるからな。
 となると、俺がわざわざこいつに策をかけなくてもどうにでもなるかもしれねえが、アカツキという要素がいる以上は念には念を入れた方がいい。
 だから俺はそのまま話を続けた。

「そうか……。そうだよな……」

「…………すまねえ。初めて会った奴にこんな事を言うのはとんだ筋違いだとは分かってる。分かってるけどよ……」

「いいさ。見ず知らずの俺に話してくれてありがとよ。……辛かったろ」

「…………辛かった。今でも、これからも。オレは、オレは、憎しみしかねえ……」

「協商連合、今の政権をぶっ潰したいくらいにか?」

「…………」

「正直に言っても構わねえよ。俺はただの商人で、けれども、不満は溜まってる一人だからな」

「…………今、なんっつた?」

 ヨルンは顔を上げた。
 まるで仲間を見つけたような顔つきだった。
 いいぞ、いいぞ。その目。

「言葉の通りさ。俺も正直今の政府に呆れてる。この国は歴史上、一度首がすげ変わっている。共和国と似ているが、共和国より前に王政からひっくり返ったろ」

「まさか、お前……」

「想像に任せるさ。だが、そういうこった」

「…………」


「まだその時は来ていないが、機が熟したらな。っと失礼。これ以上は言えねえわ。だがよ、気が変わればこの手紙を渡しておくからそこへ来い。暫くはここグラスゴーや北西部のエディンバリあたりをうろついている。俺がいなくても連絡があれば戻ってくる。ほらよ」

 俺はヨルンに、俺達が拠点にしている二箇所の建物の住所が記された地図と、紹介状が入っている封筒を渡す。
 中に入っている紹介状には団体名が書かれている。

『亡国救済党』

 それが俺達が作った団体の名前だ。無論、この国を救うつもなんざさらさらない。あの女も関与している作戦の隠れ蓑にしている団体なのさ。
 まったくあの女、リシュカ・フィブラも復讐の為ならとことん手段を選ばないようだ。
 だがこういう作戦は俺も嫌いじゃないさ。

「元からこれが目当てだったわけか」

「さあな。だが、国に尽くした軍人の酷いさまをこれ以上見たくないだけだ」

「…………」

「夜も遅いし、そろそろ帰るわ。縁があったらまたな」

 奴は黙ったままだが、俺は確信していた。
 こいつは確実に堕ちる。と。
 翌々日。俺がエディンバリに向かおうとする三日前。
 俺の予想よりも早く、こいつはやっぱり堕ちた。
 さぁ、強力なコマを一つ手に入れた訳だし、エディンバリでも復讐者へと堕とそうか。
 帝国万歳。皇帝陛下万歳。
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