277 / 390
第17章 ムィトゥーラウの戦い編
第6話 書簡と高度な政治的駆け引きと英雄の名による抑止力と
しおりを挟む
・・6・・
8の月14の日
ロンドリウム協商連合・首都ロンドリウム
協商連合議会議事堂・会議室
ロンドリウム協商連合議会議事堂。それはこの国が王政から大統領を頂点とする民主主義に移行した象徴的な建造物である。
その歴史は古い。かつて王政の頃の宮殿――ただし、国王の居住地ではなく政治の場であった――を転用しているからである。故に瀟洒かつ伝統を感じさせるものであった。
協商連合議会議事堂は六階建て。横に広い中央棟の中心には議場があるが、通常議会は既に七の月に終わっており今は使われてはいない。
だが、議事堂故に選挙によって選ばれた議員達はここを中心に活動している為大小様々な会議室は活発に使われていた。
その中でも小規模な会議室には三人の男がいた。その面子はアカツキ達連合王国の面々にとっては悪名高い保守党。フィリーネを死に追いやった主犯の党である。
「件の英雄もいる南部統合軍がムィトゥーラウ市を占領しましたか。相変わらず鮮やかな手ですねえ」
上座に君臨し暫しの沈黙を最初に破ったのは協商連合大統領、フィリップ・レンター。先の選挙で前の大統領からその職を奪った保守党の雄だ。年齢は四十代半ば。丁寧な喋り方と、微笑みは温厚な性格を想像させるがその実、腹の中は真っ黒である。
フィリーネが失脚してから真っ先に数々の手を打ち保守党が今の地位についたのは全て彼の功績である。
ただし、国家の運営能力についてはお世辞にも前大統領と同じとは言えず劣ると言ってもいい程度。ここ暫くは彼と保守党の運営方針には同盟先の連合王国は表立っては口にしていないが疑問を呈していた。
「勝利する分にはいいんだがねえ。こんな書簡を送られるとは思わなかったぞ」
大統領から見て斜め右にいるのは不機嫌そうな様子で口を開いた五十代初頭でやや肥満形の国防大臣、コットン・ウェザード。アカツキ達が動く無能と称した人物だ。フィリップ大統領の腰巾着その一で、国防大臣には相応しい能力を持つとはとても言えない人物である。
彼の基本的な思考は、いかに私服を肥やせるかにあり、利権を手に入れるのであれば愚策ですら通してしまう人物である。裏を返せば利権が絡まないのならば良策も潰すということ。彼が国防大臣になってから協商連合軍は弱体化したと言っても差し支えない。問題の多い男である。
「いくら妖魔帝国の地で以前と変わらず勝利を続けている英雄と言えど、これでは内政干渉ですよ大統領閣下。しかも非公式の個人的な形で送ってきたというのがタチが悪い」
最後に口を開きフィリップ大統領に自論を述べたのは、四十代手前のチェイカー大統領首席補佐官。フィリップ大統領の腰巾着その二である。フィリップ大統領にとって都合のいい傀儡でもある。
三人が話しているのはテーブルに置かれている、アカツキから送られてきた協商連合軍の独断行動を暗に批判し協調を促すあの書簡であった。
「フィリップ大統領。これが届けられたのが私は気に食わないんだが、どうするかね? 非難声明でも出すか?」
「コットン国防大臣、それは止めておいた方がいいですよ。仮にもあの『英雄』から送られてきた一種の警告文みたいなものです。彼の性格からして、上の裁可も取ってあるはず。つまりこれは、アカツキ中将の個人的な形という名目で送られた、連合王国からの総意と捉えてもいいわけです」
「ならばどうするというのだね? まさか素直に言うことを聞くとでも? 我々は妖魔帝国本土での利権を手に入れる為に、元々一〇個師団だった派兵を五師団も増やして一五個師団にしたのだぞ?」
「まあまあ、落ち着いてくださいよコットン国防大臣」
「落ち着けと言われてああそうかと言えるわけが無かろうチェイカー大統領首席補佐官。我々は派兵前に人類諸国が安寧を手に入れるという題目で、利益を得るのを目的として派兵する旨は関係者に伝えていたでは無いか。連合王国は今回の遠征で最も多い派遣軍を出したが、だからと言ってペコペコと頭を下げる必要がどこにある?」
人類諸国統合軍の前線の将兵のたゆまぬ努力あってこそ勝てているのをいい事に、好き放題のたまうコットン国防大臣。
彼の頭の中にあるのは現在の戦況図ではなく、妖魔帝国本土を占領してからどれだけ利益を得られるかという銭勘定しか無かった。
度し難い無能だがしかし、彼もまた選挙で選ばれた議員の一人。民意である以上覆すのは難しい。
机に置く左手の人差し指で忙しなくトントンと叩くコットン国防大臣は不機嫌の度合いが増していく。
それに対してフィリップ大統領は彼を宥めるように、
「別に慌てる必要はありませんよ、コットン国防大臣。南部統合軍にも北部統合軍にも我々協商連合軍はいます。せいぜい前線の彼等に活躍してもらって、然るべき取り分を後で請求すれば良いだけ。ですから、今は大人しく従っておいた方が得策でしょう」
「なに? フィリップ大統領、言葉は悪いがあの英雄に従うというのか? いくら貴族とやらで連合王国軍の中将と言えども、奴はあくまで一軍人だぞ? 我が国のやり方に口出しする権利があるとは思えないが?」
「コットン国防大臣。貴方は焦り過ぎですよ」
「なんだと?」
短気であるコットン国防大臣はフィリップ大統領に自身の考えを否定されたと勘違いしてか、眉根を釣り上げる。
「コットン国防大臣。貴方はアカツキ中将の事をたかが一軍人と仰いましたが、いくらなんでも彼を過小評価しすぎですよ。チェイカー首席補佐官、アカツキ中将が絡む国家や団体。まとめてくれていましたよね?」
「ええ、まあ」
「今その資料もありますよね?」
「はい、ありますが」
「それを読み上げてください」
「承知しました、大統領閣下」
チェイカー首席補佐官は、鞄から資料を取り出す。それはフィリップ大統領が彼に命じて作らせた、自分達保守党が警戒すべき人物に関する資料の一つ、連合王国軍アカツキ・ノースロードについて取り纏めた分析資料だ。
チェイカー首席補佐官は静かな口調で言い始める。
「アカツキ中将ですが、連合王国内における地盤は磐石です。我が国の情報機関が工作を施して失脚を狙うのは不可能と言えるほどです」
「不可能だと? いつから我が国の情報機関はそこまで落ちぶれたんだ。我々保守党と結託してあの女を排除せしめた機関だろう?」
早速コットン国防大臣がチェイカー首席補佐官の発言に横槍を挟む。
現在協商連合情報機関は保守党の影響下にあり、フィリーネもといリシュカを失脚させる工作を実行したのも保守党に乗っ取られた情報機関である。
「失礼ながらコットン国防大臣。あの女とアカツキ中将では余りにも違いがあります。アレは我が国の軍人であり、口実があったからこそ成功しただけですよ」
「分かった分かったチェイカー首席補佐官。続けてくれたまえ」
「…………では続けます。アカツキ中将は連合王国内において軍事だけでなく政治・経済でも大きな影響力を持っています。政治面は言うまでもありませんが、国王エルフォード・アルネシアからの信頼は厚く、おそらくこれは代替わりになっても変わらないでしょう。軍事も同じくですね。僅か八年で彼がどれだけ昇進したのかを考えれば想像は容易いかと。人類諸国統合軍総司令官マーチス・ヨーク元帥とは義理の親子関係というだけでも十分ですが、アカツキ中将自身の才覚もあります。ムィトゥーラウ方面侵攻軍の第二服司令官という役職が体現していますね。ちなみにですが、将官から兵士に至るまで絶大な人気を誇っています」
「チェイカー首席補佐官」
「なんでしょうか、フィリップ大統領閣下」
「私は常々思うのですが、彼はまるであの女が別の道を歩んだらこうなった。のような人物ですよね」
「そう分析する者もおりますね。ただし、あの女と違うのは『個人』の力で捩じ伏せるのではなく、あくまでも『周囲の力を借りながら』事を成してきた点でしょうか」
「ふん。その点については腹立たしいが同意だな。お陰で書簡一つでこのザマなんだろう?」
「まあまあ、コットン国防大臣。貴方は国防大臣ですから疎いかもしれませんけど、チェイカー首席補佐官が話してくれる経済面やその他方面における彼の影響力を聞けば嫌でも納得せざるを得ませんよ?」
薄ら笑いを浮かべるフィリップ大統領に、コットン国防大臣はふんぞり返って再び話を聞く姿勢に戻った。
「経済面についてですが、まず連合王国のドルノワ工業株式会社は確実にアカツキ中将を支持する団体です。ドルノワの本社が彼の故郷というのもありますが、開戦からずっと潤っていますので。次に鉄道分野。こちらはA号改革を推進したからですね。私鉄についても同じく。免許制を提言したのは彼だからです。どうやら利権調整をしたのか、本来は敵対派閥だった西方系も鉄道利権を得てから大人しくなっています。西方系派閥は他にも政治・軍事面でも利権を得ていますから、アカツキ中将が何かしたとしても表立っては反対しないでしょうね」
「その他方面については?」
「一番大きいのはエルフ理事会です。連合王国は勿論のこと、法国や我が国のエルフ理事会も彼の支持団体ですね。なお、国内外を問わずアカツキ中将を支持する団体は数多いです。全て話すとかなり時間がかかりますが如何しますか? コットン国防大臣」
「もういい。分かった。あのクソ女と比較しては連合王国国民から怒りを買いそうなのもな。チェイカー首席補佐官、つまるところあの英雄を怒らせれば保守党の支持基盤にも悪影響が出かねないということだろう?」
コットン国防大臣はようやく現実が見えたのか、大きなため息をついて言う。
「はい。特にコットン国防大臣は最も煽りを受けると思いますよ」
「軍そのものか……」
コットン国防大臣も遊び呆けている訳では無いから、軍関連だけであればアカツキの評価は少なからず耳にしていた。
曰く、彼がいなかったら部隊ごと全滅だった。
曰く、時間を見つけては視察に来てくれて前線の我々を労い声を掛けてくれる。
曰く、中将であろうと最前線で共に戦ってくれる。
曰く、オディッサにおいて彼の采配が無ければ損害は倍になっていた。
などなど。協商連合軍将兵達にとってもアカツキは理想の上官だった。現在の協商連合軍の上層部が酷い体たらくだからなおさらだろう。
こうなるともしコットン国防大臣が公式にアカツキを批判すれば、身内から背後を刺されかねないだろう。彼が『集団』の力を持ってこれまで動いてきた基本方針は協商連合軍であっても影響を及ぼしているのである。
故にアカツキはいつも過労気味でもあるのだが。
「とまあ、このような感じなんですよ。アカツキ中将という人物は。ああそれとですね、コットン国防大臣。彼はあの女と違って嫌になるほど狡猾ですよ。この書簡なんてまさにそうではありませんか?」
「……どういうことだ?」
「私がどうして非難声明を出せないか理解して欲しいんですけどねえ」
「……ちっ。勿体ぶらず言ったらどうだ」
「ええ、分かりましたよ。――この書簡、最初に話した通りあくまで個人的な形で送られてきています。非公式ということはつまり我々も無かった事に出来るんです」
「当然だろう。何せ個人書簡だからな」
「そう。だからこそ厄介です。例えばこの書簡に対して非難声明を出してみたとします。そしたコイツは、公式書簡に化けるんですよ。『人類諸国統合軍上位指揮命令系統』の人物が出した書簡にね。マーチス元帥が裁可したでしょうから、要するに」
「…………ああクソそういう事か。非難声明を出せば我々は人類諸国統合軍総司令官、ひいては同盟国に対する非難声明にもなるわけだな」
「正解です」
フィリップ大統領は、ようやく正解に辿り着いたかこの無能め。と思いながらも微笑む。
この書簡が彼等にとって最も目障りなのは今の会話にある通りなのだ。
フィリップ大統領はもう一つこの書簡を快く思わない理由がある。
それは迂遠にアカツキがこうも言っているようなものなのだ。
「表に出さず協調してくれれば貴方達に不利益はない。だけど、もしこの書簡を批判すればタダじゃすまないぞ?」
と。
これはアカツキが転生してから歩んだ八年間で学んだ高度な政治的取引の成果の一つとも言えるだろう。
自身のあらゆる権力を絶妙な加減で、しかも最大効力を持つ形で行使した上に、個人書簡とした事でフィリップ大統領達に対しても一応の配慮をしているのだ。
だからこそ、フィリップ大統領は取れる手段が一つしか取れないのである。
「コットン国防大臣。私はアカツキ中将を敵に回したくありません。矛を引っ込めて貰えますね?」
「…………了解した。腹立たしい事この上ないが、この件はフィリップ大統領に任せる」
「ありがとうございます、コットン国防大臣。ですから貴方はこの書簡については気にせず、『亡国救済党』の対処に集中してくださいね」
「…………ああ」
こうしてフィリップ大統領達保守党はここまでの協商連合軍の方針を転換し、表面上は人類諸国統合軍総司令官マーチス・ヨーク元帥や北部統合軍総司令官アルヴィン・ノースロード大将の命令を厳守する事になった。いや、そうせざるを得なくなったと言うべきか。
だがしかし。彼等はそもそも既に道を間違えていた。しかもアカツキが手を出せない部分でだ。
ロンドリウム協商連合を蝕む病巣は少しづつ、だが確実に肥大化しつつあった。
8の月14の日
ロンドリウム協商連合・首都ロンドリウム
協商連合議会議事堂・会議室
ロンドリウム協商連合議会議事堂。それはこの国が王政から大統領を頂点とする民主主義に移行した象徴的な建造物である。
その歴史は古い。かつて王政の頃の宮殿――ただし、国王の居住地ではなく政治の場であった――を転用しているからである。故に瀟洒かつ伝統を感じさせるものであった。
協商連合議会議事堂は六階建て。横に広い中央棟の中心には議場があるが、通常議会は既に七の月に終わっており今は使われてはいない。
だが、議事堂故に選挙によって選ばれた議員達はここを中心に活動している為大小様々な会議室は活発に使われていた。
その中でも小規模な会議室には三人の男がいた。その面子はアカツキ達連合王国の面々にとっては悪名高い保守党。フィリーネを死に追いやった主犯の党である。
「件の英雄もいる南部統合軍がムィトゥーラウ市を占領しましたか。相変わらず鮮やかな手ですねえ」
上座に君臨し暫しの沈黙を最初に破ったのは協商連合大統領、フィリップ・レンター。先の選挙で前の大統領からその職を奪った保守党の雄だ。年齢は四十代半ば。丁寧な喋り方と、微笑みは温厚な性格を想像させるがその実、腹の中は真っ黒である。
フィリーネが失脚してから真っ先に数々の手を打ち保守党が今の地位についたのは全て彼の功績である。
ただし、国家の運営能力についてはお世辞にも前大統領と同じとは言えず劣ると言ってもいい程度。ここ暫くは彼と保守党の運営方針には同盟先の連合王国は表立っては口にしていないが疑問を呈していた。
「勝利する分にはいいんだがねえ。こんな書簡を送られるとは思わなかったぞ」
大統領から見て斜め右にいるのは不機嫌そうな様子で口を開いた五十代初頭でやや肥満形の国防大臣、コットン・ウェザード。アカツキ達が動く無能と称した人物だ。フィリップ大統領の腰巾着その一で、国防大臣には相応しい能力を持つとはとても言えない人物である。
彼の基本的な思考は、いかに私服を肥やせるかにあり、利権を手に入れるのであれば愚策ですら通してしまう人物である。裏を返せば利権が絡まないのならば良策も潰すということ。彼が国防大臣になってから協商連合軍は弱体化したと言っても差し支えない。問題の多い男である。
「いくら妖魔帝国の地で以前と変わらず勝利を続けている英雄と言えど、これでは内政干渉ですよ大統領閣下。しかも非公式の個人的な形で送ってきたというのがタチが悪い」
最後に口を開きフィリップ大統領に自論を述べたのは、四十代手前のチェイカー大統領首席補佐官。フィリップ大統領の腰巾着その二である。フィリップ大統領にとって都合のいい傀儡でもある。
三人が話しているのはテーブルに置かれている、アカツキから送られてきた協商連合軍の独断行動を暗に批判し協調を促すあの書簡であった。
「フィリップ大統領。これが届けられたのが私は気に食わないんだが、どうするかね? 非難声明でも出すか?」
「コットン国防大臣、それは止めておいた方がいいですよ。仮にもあの『英雄』から送られてきた一種の警告文みたいなものです。彼の性格からして、上の裁可も取ってあるはず。つまりこれは、アカツキ中将の個人的な形という名目で送られた、連合王国からの総意と捉えてもいいわけです」
「ならばどうするというのだね? まさか素直に言うことを聞くとでも? 我々は妖魔帝国本土での利権を手に入れる為に、元々一〇個師団だった派兵を五師団も増やして一五個師団にしたのだぞ?」
「まあまあ、落ち着いてくださいよコットン国防大臣」
「落ち着けと言われてああそうかと言えるわけが無かろうチェイカー大統領首席補佐官。我々は派兵前に人類諸国が安寧を手に入れるという題目で、利益を得るのを目的として派兵する旨は関係者に伝えていたでは無いか。連合王国は今回の遠征で最も多い派遣軍を出したが、だからと言ってペコペコと頭を下げる必要がどこにある?」
人類諸国統合軍の前線の将兵のたゆまぬ努力あってこそ勝てているのをいい事に、好き放題のたまうコットン国防大臣。
彼の頭の中にあるのは現在の戦況図ではなく、妖魔帝国本土を占領してからどれだけ利益を得られるかという銭勘定しか無かった。
度し難い無能だがしかし、彼もまた選挙で選ばれた議員の一人。民意である以上覆すのは難しい。
机に置く左手の人差し指で忙しなくトントンと叩くコットン国防大臣は不機嫌の度合いが増していく。
それに対してフィリップ大統領は彼を宥めるように、
「別に慌てる必要はありませんよ、コットン国防大臣。南部統合軍にも北部統合軍にも我々協商連合軍はいます。せいぜい前線の彼等に活躍してもらって、然るべき取り分を後で請求すれば良いだけ。ですから、今は大人しく従っておいた方が得策でしょう」
「なに? フィリップ大統領、言葉は悪いがあの英雄に従うというのか? いくら貴族とやらで連合王国軍の中将と言えども、奴はあくまで一軍人だぞ? 我が国のやり方に口出しする権利があるとは思えないが?」
「コットン国防大臣。貴方は焦り過ぎですよ」
「なんだと?」
短気であるコットン国防大臣はフィリップ大統領に自身の考えを否定されたと勘違いしてか、眉根を釣り上げる。
「コットン国防大臣。貴方はアカツキ中将の事をたかが一軍人と仰いましたが、いくらなんでも彼を過小評価しすぎですよ。チェイカー首席補佐官、アカツキ中将が絡む国家や団体。まとめてくれていましたよね?」
「ええ、まあ」
「今その資料もありますよね?」
「はい、ありますが」
「それを読み上げてください」
「承知しました、大統領閣下」
チェイカー首席補佐官は、鞄から資料を取り出す。それはフィリップ大統領が彼に命じて作らせた、自分達保守党が警戒すべき人物に関する資料の一つ、連合王国軍アカツキ・ノースロードについて取り纏めた分析資料だ。
チェイカー首席補佐官は静かな口調で言い始める。
「アカツキ中将ですが、連合王国内における地盤は磐石です。我が国の情報機関が工作を施して失脚を狙うのは不可能と言えるほどです」
「不可能だと? いつから我が国の情報機関はそこまで落ちぶれたんだ。我々保守党と結託してあの女を排除せしめた機関だろう?」
早速コットン国防大臣がチェイカー首席補佐官の発言に横槍を挟む。
現在協商連合情報機関は保守党の影響下にあり、フィリーネもといリシュカを失脚させる工作を実行したのも保守党に乗っ取られた情報機関である。
「失礼ながらコットン国防大臣。あの女とアカツキ中将では余りにも違いがあります。アレは我が国の軍人であり、口実があったからこそ成功しただけですよ」
「分かった分かったチェイカー首席補佐官。続けてくれたまえ」
「…………では続けます。アカツキ中将は連合王国内において軍事だけでなく政治・経済でも大きな影響力を持っています。政治面は言うまでもありませんが、国王エルフォード・アルネシアからの信頼は厚く、おそらくこれは代替わりになっても変わらないでしょう。軍事も同じくですね。僅か八年で彼がどれだけ昇進したのかを考えれば想像は容易いかと。人類諸国統合軍総司令官マーチス・ヨーク元帥とは義理の親子関係というだけでも十分ですが、アカツキ中将自身の才覚もあります。ムィトゥーラウ方面侵攻軍の第二服司令官という役職が体現していますね。ちなみにですが、将官から兵士に至るまで絶大な人気を誇っています」
「チェイカー首席補佐官」
「なんでしょうか、フィリップ大統領閣下」
「私は常々思うのですが、彼はまるであの女が別の道を歩んだらこうなった。のような人物ですよね」
「そう分析する者もおりますね。ただし、あの女と違うのは『個人』の力で捩じ伏せるのではなく、あくまでも『周囲の力を借りながら』事を成してきた点でしょうか」
「ふん。その点については腹立たしいが同意だな。お陰で書簡一つでこのザマなんだろう?」
「まあまあ、コットン国防大臣。貴方は国防大臣ですから疎いかもしれませんけど、チェイカー首席補佐官が話してくれる経済面やその他方面における彼の影響力を聞けば嫌でも納得せざるを得ませんよ?」
薄ら笑いを浮かべるフィリップ大統領に、コットン国防大臣はふんぞり返って再び話を聞く姿勢に戻った。
「経済面についてですが、まず連合王国のドルノワ工業株式会社は確実にアカツキ中将を支持する団体です。ドルノワの本社が彼の故郷というのもありますが、開戦からずっと潤っていますので。次に鉄道分野。こちらはA号改革を推進したからですね。私鉄についても同じく。免許制を提言したのは彼だからです。どうやら利権調整をしたのか、本来は敵対派閥だった西方系も鉄道利権を得てから大人しくなっています。西方系派閥は他にも政治・軍事面でも利権を得ていますから、アカツキ中将が何かしたとしても表立っては反対しないでしょうね」
「その他方面については?」
「一番大きいのはエルフ理事会です。連合王国は勿論のこと、法国や我が国のエルフ理事会も彼の支持団体ですね。なお、国内外を問わずアカツキ中将を支持する団体は数多いです。全て話すとかなり時間がかかりますが如何しますか? コットン国防大臣」
「もういい。分かった。あのクソ女と比較しては連合王国国民から怒りを買いそうなのもな。チェイカー首席補佐官、つまるところあの英雄を怒らせれば保守党の支持基盤にも悪影響が出かねないということだろう?」
コットン国防大臣はようやく現実が見えたのか、大きなため息をついて言う。
「はい。特にコットン国防大臣は最も煽りを受けると思いますよ」
「軍そのものか……」
コットン国防大臣も遊び呆けている訳では無いから、軍関連だけであればアカツキの評価は少なからず耳にしていた。
曰く、彼がいなかったら部隊ごと全滅だった。
曰く、時間を見つけては視察に来てくれて前線の我々を労い声を掛けてくれる。
曰く、中将であろうと最前線で共に戦ってくれる。
曰く、オディッサにおいて彼の采配が無ければ損害は倍になっていた。
などなど。協商連合軍将兵達にとってもアカツキは理想の上官だった。現在の協商連合軍の上層部が酷い体たらくだからなおさらだろう。
こうなるともしコットン国防大臣が公式にアカツキを批判すれば、身内から背後を刺されかねないだろう。彼が『集団』の力を持ってこれまで動いてきた基本方針は協商連合軍であっても影響を及ぼしているのである。
故にアカツキはいつも過労気味でもあるのだが。
「とまあ、このような感じなんですよ。アカツキ中将という人物は。ああそれとですね、コットン国防大臣。彼はあの女と違って嫌になるほど狡猾ですよ。この書簡なんてまさにそうではありませんか?」
「……どういうことだ?」
「私がどうして非難声明を出せないか理解して欲しいんですけどねえ」
「……ちっ。勿体ぶらず言ったらどうだ」
「ええ、分かりましたよ。――この書簡、最初に話した通りあくまで個人的な形で送られてきています。非公式ということはつまり我々も無かった事に出来るんです」
「当然だろう。何せ個人書簡だからな」
「そう。だからこそ厄介です。例えばこの書簡に対して非難声明を出してみたとします。そしたコイツは、公式書簡に化けるんですよ。『人類諸国統合軍上位指揮命令系統』の人物が出した書簡にね。マーチス元帥が裁可したでしょうから、要するに」
「…………ああクソそういう事か。非難声明を出せば我々は人類諸国統合軍総司令官、ひいては同盟国に対する非難声明にもなるわけだな」
「正解です」
フィリップ大統領は、ようやく正解に辿り着いたかこの無能め。と思いながらも微笑む。
この書簡が彼等にとって最も目障りなのは今の会話にある通りなのだ。
フィリップ大統領はもう一つこの書簡を快く思わない理由がある。
それは迂遠にアカツキがこうも言っているようなものなのだ。
「表に出さず協調してくれれば貴方達に不利益はない。だけど、もしこの書簡を批判すればタダじゃすまないぞ?」
と。
これはアカツキが転生してから歩んだ八年間で学んだ高度な政治的取引の成果の一つとも言えるだろう。
自身のあらゆる権力を絶妙な加減で、しかも最大効力を持つ形で行使した上に、個人書簡とした事でフィリップ大統領達に対しても一応の配慮をしているのだ。
だからこそ、フィリップ大統領は取れる手段が一つしか取れないのである。
「コットン国防大臣。私はアカツキ中将を敵に回したくありません。矛を引っ込めて貰えますね?」
「…………了解した。腹立たしい事この上ないが、この件はフィリップ大統領に任せる」
「ありがとうございます、コットン国防大臣。ですから貴方はこの書簡については気にせず、『亡国救済党』の対処に集中してくださいね」
「…………ああ」
こうしてフィリップ大統領達保守党はここまでの協商連合軍の方針を転換し、表面上は人類諸国統合軍総司令官マーチス・ヨーク元帥や北部統合軍総司令官アルヴィン・ノースロード大将の命令を厳守する事になった。いや、そうせざるを得なくなったと言うべきか。
だがしかし。彼等はそもそも既に道を間違えていた。しかもアカツキが手を出せない部分でだ。
ロンドリウム協商連合を蝕む病巣は少しづつ、だが確実に肥大化しつつあった。
0
あなたにおすすめの小説
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
ステータス画面がバグったのでとりあえず叩きます!!
カタナヅキ
ファンタジー
ステータ画面は防御魔法?あらゆる攻撃を画面で防ぐ異色の魔術師の物語!!
祖父の遺言で魔女が暮らす森に訪れた少年「ナオ」は一冊の魔導書を渡される。その魔導書はかつて異界から訪れたという人間が書き記した代物であり、ナオは魔導書を読み解くと視界に「ステータス画面」なる物が現れた。だが、何故か画面に表示されている文字は無茶苦茶な羅列で解読ができず、折角覚えた魔法なのに使い道に悩んだナオはある方法を思いつく。
「よし、とりあえず叩いてみよう!!」
ステータス画面を掴んでナオは悪党や魔物を相手に叩き付け、時には攻撃を防ぐ防具として利用する。世界でただ一人の「ステータス画面」の誤った使い方で彼は成り上がる。
※ステータスウィンドウで殴る、防ぐ、空を飛ぶ異色のファンタジー!!
魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。
それは、最強の魔道具だった。
魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく!
すべては、憧れのスローライフのために!
エブリスタにも掲載しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~
蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。
情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。
アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。
物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。
それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。
その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。
そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。
それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。
これが、悪役転生ってことか。
特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。
あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。
これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは?
そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。
偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。
一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。
剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。
おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!?
俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。
※カクヨム、なろうでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる