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第17章 ムィトゥーラウの戦い編
第5話 アカツキは人造の地獄の釜を開ける
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・・5・・
8の月4の日
午後0時20分
妖魔帝国西部・ムィトゥーラウ市西部市街地
最前線まで二キーラ地点
「アカツキ中将閣下、降伏勧告に応答はありません。市民の脱出は継続中。攻撃再開時刻まであと一時間四〇分です」
「了解。降伏勧告に最後まで応答ない場合は、攻撃を再開。この総攻撃を持って、ムィトゥーラウ市攻略としよう。ブリック大将閣下に連絡。一四〇〇(いちよんまるまる)まで応答ない場合、我総攻撃を提案す」
「了解しました」
八の月上旬。僕達ムィトゥーラウ市方面攻略軍はムィトゥーラウ市の西に流れるツォルク川西岸を完全に勢力下におさめ、ムィトゥーラウ市北北東の街ニッチャッカと南東部の街トゥラーンも占領し、間もなく包囲が完了する所まで進めていた。
オディッサの戦いのような奇襲なども無く――あるとしてもあの時のような大規模なものではなく、待ち伏せ攻撃のようなものがほとんど――、確実に敵を追い詰めていた。
今僕がいるのはツォルク川西岸。ここを越えればムィトゥーラウ市の中心市街地だ。
橋は妖魔帝国軍に落ちているけれど、若干の妨害には遭いつつも工兵達が架橋作業を進めていた。
死傷者数もオディッサに比べれば少ない。妖魔帝国軍のうち、いくつかの師団は後方へ退却するか降伏するかのどちらかを選んでいる。今、半包囲網下にある妖魔帝国軍は残存六万から七万程度。戦いの経過としては順調とは言えるだろうね。
ただ、僕にしてもリイナにしても、そして侵攻軍司令部にしても敵の意図に気付いていた。今やってきた人物もだ。
「やっほ、アカツキ中将。おっ待たせー」
「アレゼル大将閣下、前線まで御足労頂き――」
「楽にしてけっこー。私とアカツキ中将の仲じゃないー」
「はっ。では、失礼して」
僕やリイナにエイジスはアレゼル大将に敬礼するも、アレゼル大将は畏まらないでと表情でも示すから僕達はすぐに楽にする。
「で、どうよー。妖魔帝国軍は」
「降伏勧告はこれで二度目なんですが、返答がありませんね。あくまでも立てこもるつもりでしょう。半包囲状態になる前に比較的無事だった五個師団を撤退させたのは正解かと思われます。あの当時では追撃戦も難しいですから」
「だーよねー」
「そして、残ったのが方面軍の中でも練度が高い師団にした点。先月末から戦法を変え、此方の侵攻速度を中心市街地と東部のみで低下させるようなゲリラ戦を展開した点。何を企図しているのかは明らかです。市街地で籠城。持久戦ですね」
「私達としては一日も早く占領したい。妖魔帝国軍としては一日でも長くムィトゥーラウ市に貼り付けておきたい。まー、王道だよね」
「その結果が今日になっても敵司令部を陥落させられていない戦況です。敵軍は我々が今後を踏まえて損耗を避けたいのに気付いているのでしょう。我々とて、後方予備は決して潤沢とは言えませんから」
妖魔帝国軍の抵抗は頑強だった。数少なくなった『ソズダーニア銃砲兵』を特攻じみた形で突っ込ませて乱戦に持ち込んだり、区画一つを巡っての戦いで瓦礫を上手く利用した戦法もまだ分かる。
問題は敵軍が市街地に残った師団以外撤退させた後だ。
そろそろ銃弾も尽きるだろうに皇帝陛下万歳と、どこぞの旧軍よろしく白兵戦で最後の一人になるまで戦う。挙句の果てには夜襲だ。市街地に展開する部隊は夜もおちおち眠れず戦うハメになっている。これが各所なんだから始末に負えない。
これに対して各部隊へ出した命令は簡単なもの。
後方から幾らでも補給はあるから機関銃陣地と野砲陣地を設置して薙ぎ倒せ。だ。
これには新しく届いた兵器も使用されている。
「魔法兵ばっかり狙ってくるのもそれかあ。ところでなんだっけ、新しい兵器。野砲だと市街地じゃ大きいからって新しく作ったの。量産の目処がたったけど最終工程で修正入って、先月二十八の日に届いたアレ。補充兵もこの取扱するのが中心だったし」
「説明。迫撃砲の事でしょうか、アレゼル大将閣下」
「そそ、迫撃砲だったねエイジス特務官」
「新兵器の迫撃砲。制式名称は『アルネ・モーター』でございますわアレゼル大将閣下」
「ありがと、リイナ准将。次から次へと新兵器来るから名前覚えるのも大変でさー。たはは」
アレゼル大将とリイナやエイジスが話している新兵器、迫撃砲『アルネ・モーター』は形状的には第一次世界大戦にイギリスで採用された『ストークス・モーター』に近い。この『ストークス・モーター』は地球世界においてこの後の迫撃砲の元祖みたいな存在。だから僕にとっても馴染みのある武器だった。
ちなみに開発と量産は王立工廠。ドルノワは他の兵器開発と生産もあるからと王立工廠が手掛けたんだよね。
「アレゼル大将閣下、迫撃砲は現在は中心市街地で戦闘する部隊を中心に配備していますが、今年の秋までには方面侵攻軍を中心に配備を進めていきます。市街戦において野砲はかさばりますが、迫撃砲なら分隊クラスで使えますから兵士達の頼もしい相棒になると思います」
「これも魔法兵の損耗を抑える為に、非魔法兵の火力増強ってとこ? 能力者化師団ばっかり前面に押し出す訳にはいかないし?」
「はい。単純に非魔法兵の攻撃手段を増やしたのもありますが」
「ふーん。なんていうかさー、戦争って凄い勢いで進化していくよね。私が産まれてから今日までじゃまるで違うし」
「戦争は発明の母とも言いますからね。休戦前の妖魔帝国軍ならともかく、今の妖魔帝国軍にはあらゆる資源と兵器を投入しないと勝てませんから」
「だろうね。私も報告資料読んで実感したよ。あ、そうだ。ウチのとこの狙撃兵は役にたってる?」
「エルフ狙撃兵ですか? 魔法銃の中でも性能の良いものを選抜し、視力に優れるエルフ兵が扱うともなれば非常に有難い存在ですよ。特に敵の部隊長クラスを狩るのには大助かりです。非魔法兵の狙撃兵も活躍していますが、それ以上の射程で確実に射抜くんですから」
「なら良かったー。エルフは帝国本土に近い東方領に入植しているから、尚更士気が高くてね。存分に使ってあげて」
「ありがとうございます、アレゼル大将閣下」
「いいっていいって。さて、アカツキ中将。本題なんだけど、いいかな?」
「どうぞ、アレゼル大将閣下」
「化学兵器、使うんだって?」
「ええ。投入します。今回は大規模とはいえ試験運用みたいなものですが」
僕はアレゼル大将の質問に対して即答する。
化学兵器とは、地球世界で言うと大量破壊兵器の一つに分類される。NBC兵器と呼ばれるんだけど、N(Nuclear)は核。B(Biological weapon)は細菌やウイルスなどの生物兵器。そして今回使うのがC(Chemical)の化学兵器だ。
この世界の場合はここに闇属性魔法も加わるけれど核がないのでNBCではなく、連合王国軍ではBCM兵器という名称になっているけどね。
話を戻そう。
既に連合王国軍はBCM兵器の内、生物兵器の開発を完了している。天然痘や炭疽菌のような細菌はこの世界でも存在していて、未だ脅威的な病気とされているけれど、兵器に転用しない理由はないという事で、投入は可能だ。最も、魔法医学があるから地球世界程の致死率はないけど。
次にMたる闇属性魔法。闇魔法は生物兵器のように思われるけれど、実際は違う。魔法回路にダメージを与えるものが多く、他にも枯葉剤のようなものもあった。こっちも開発完了。別の闇属性魔法が日々研究されているけれど、闇属性魔法については妖魔帝国の方が先に行っているね。ただしこちらも魔法医学で対処は可能。負傷者の内、少数は闇属性魔法によるものという報告も入ってるね。
じゃあ今回試験運用する化学兵器で何を使うかと言うと、塩素だ。
塩素ガスは第一次世界大戦において有名な化学兵器で、多くの死傷者を生み後遺症が残った者も多い。この世界でも塩素は存在していて、だったら使わない理由がないという事で兵器として運用する開発が進められて今日に至る。
本来塩素ガスは空気より重たく地を這うように広がることから、塹壕戦で非常に有用なんだよね。だから今回みたいな市街戦で使うより塹壕戦で使う方がいいんだけど、試験運用の名の通りどれくらいの効果を生むかというのがメイン。
届いたのは先月下旬で、すぐに使わなかったのは風向きの問題。風属性魔法で超局所的に風向きを変えることが出来るけれど、念の為だ。
あとは単純に地下壕に対する炙り出しかな。火炎放射器だけだと入口程度でしか使えないけど、こいつなら投入して充満させればいいし。
とまあこんなとこだ。
僕が塩素ガスについて改めて説明すると、アレゼル大将は。
「ジトゥーミラの時からも思っていたけど、アカツキ中将が敵じゃ無くて心底良かったよねぇ」
と、怖い怖いと半分は冗談ながらも少しジト目で僕を見つめた。
「使えるものは使えるだけですし妖魔帝国軍だって形は違えど、闇属性魔法のM兵器を使っていますから。魔石爆弾とかいい例です」
「とはいえ、だよー。大規模試験運用はこっちが初じゃない?」
「条約で禁止されていませんから」
「ま、その通りだ。降伏しない方が悪いねー」
倫理面がどうのとか、人道面もどうのとか言わないあたりアレゼル大将も軍人だ。要するに勝てばいいってだけ。
「ええ。リイナ、今回使用される塩素ガスの種類をアレゼル大将閣下に伝えて」
「分かったわ、旦那様。アレゼル大将閣下、使用する塩素ガスですが、種類は二つ。ボンベを使用したタイプとなりますわ。市街地地上部にいる敵兵も目標ですが、同時に風魔法で地下に送り込みもしますの。あくまで想定ですが、これで数千程度の死者や一万程度の負傷者を発生させられるかと思われますわ。少なくとも数千単位の敵は無力化出来るかと」
「数千単位、かー。今日まで発展してきた科学は直に戦術級魔法と変わらなくなるだろうとはまさにこの事だねえ。対策は?」
「市街地に突入する部隊分だけのガスマスクは配備致しましたわ。このガスマスクの配備も含めていたので、今日まで投入がズレたのもありますの」
「了解したよ、リイナ准将ー。アカツキ中将」
「はっ。なんでしょうか、アレゼル大将閣下」
「私が自著を出したら、アカツキ中将の事は『可愛い顔して毒殺魔』って二つ名も記録しておくね?」
「もう二つ名が増えるのには慣れましたよ……」
僕はため息をついて返すと、アレゼル大将はくつくつと笑う。
まあ、こういう冗談めいたやり取りは戦場では必要だね。周りにいた士官の中でも新兵器を投入するのに緊張しているのもいたけど、今のでだいぶ緩和されたようだ。
「アカツキ中将、妖魔帝国軍よりようやく返答が届きました」
「やっとか。で、なんて返ってきた?」
アレゼル大将と話していると、通信要員の士官が妖魔帝国から通信があったことを告げる。
彼が喋る前にため息をついた時点で察しはついた。
「『クソくらえ』だそうです」
「驚いた。妖魔帝国軍の貴族でも汚い言葉は使うんだね」
「クソくらえときたかあ。降伏してくれれば良かったのにね」
「アレゼル大将閣下に賛成。これ以上の持久戦は無駄とワタクシは判断しています」
「仕方ないさ。降伏しないんだから。――エイジス、実行部隊に通達。演算した最適効果の位置をもとに行動を開始するように伝えて。あと、風速風向についてはエイジス、君が観測しているのを随時送信。ガスマスクがあるとはいえ、味方に被害が出ないよう送っておいて」
「サー、マスター。送信を開始します」
塩素ガス使用の決定が下されてからしばらくが経過して、ついに再開時刻を迎える。手に持つ懐中時計はあと五分で午後二時になるのを示している。
「旦那様、そろそろ時間よ」
「了解リイナ。通信要員各自、前線に市民の避難がまだ続いているかの確認と、降伏する部隊がいるかどうかも確認させるように」
『了解』
「――前線より市民の避難者及び降伏部隊無しを確認」
「同じく」
「避難民は十分前の確保が最後とのこと」
「降伏部隊ありません」
二分前の時点で全部隊の確認が取れた。
これで最後。二時を過ぎれば僕は兵士と市民の区別無く、平等に塩素ガスで殺す事になる。躊躇なんてとっくにない。繰り返すけれど、これは戦争だ。
「了解。一四〇〇(ひとよんまるまる)をもって、攻撃停止を終了。戦闘再開とする」
そして、午後二時。
「全部隊へ通達。『地獄の釜を開けよ』」
8の月4の日
午後0時20分
妖魔帝国西部・ムィトゥーラウ市西部市街地
最前線まで二キーラ地点
「アカツキ中将閣下、降伏勧告に応答はありません。市民の脱出は継続中。攻撃再開時刻まであと一時間四〇分です」
「了解。降伏勧告に最後まで応答ない場合は、攻撃を再開。この総攻撃を持って、ムィトゥーラウ市攻略としよう。ブリック大将閣下に連絡。一四〇〇(いちよんまるまる)まで応答ない場合、我総攻撃を提案す」
「了解しました」
八の月上旬。僕達ムィトゥーラウ市方面攻略軍はムィトゥーラウ市の西に流れるツォルク川西岸を完全に勢力下におさめ、ムィトゥーラウ市北北東の街ニッチャッカと南東部の街トゥラーンも占領し、間もなく包囲が完了する所まで進めていた。
オディッサの戦いのような奇襲なども無く――あるとしてもあの時のような大規模なものではなく、待ち伏せ攻撃のようなものがほとんど――、確実に敵を追い詰めていた。
今僕がいるのはツォルク川西岸。ここを越えればムィトゥーラウ市の中心市街地だ。
橋は妖魔帝国軍に落ちているけれど、若干の妨害には遭いつつも工兵達が架橋作業を進めていた。
死傷者数もオディッサに比べれば少ない。妖魔帝国軍のうち、いくつかの師団は後方へ退却するか降伏するかのどちらかを選んでいる。今、半包囲網下にある妖魔帝国軍は残存六万から七万程度。戦いの経過としては順調とは言えるだろうね。
ただ、僕にしてもリイナにしても、そして侵攻軍司令部にしても敵の意図に気付いていた。今やってきた人物もだ。
「やっほ、アカツキ中将。おっ待たせー」
「アレゼル大将閣下、前線まで御足労頂き――」
「楽にしてけっこー。私とアカツキ中将の仲じゃないー」
「はっ。では、失礼して」
僕やリイナにエイジスはアレゼル大将に敬礼するも、アレゼル大将は畏まらないでと表情でも示すから僕達はすぐに楽にする。
「で、どうよー。妖魔帝国軍は」
「降伏勧告はこれで二度目なんですが、返答がありませんね。あくまでも立てこもるつもりでしょう。半包囲状態になる前に比較的無事だった五個師団を撤退させたのは正解かと思われます。あの当時では追撃戦も難しいですから」
「だーよねー」
「そして、残ったのが方面軍の中でも練度が高い師団にした点。先月末から戦法を変え、此方の侵攻速度を中心市街地と東部のみで低下させるようなゲリラ戦を展開した点。何を企図しているのかは明らかです。市街地で籠城。持久戦ですね」
「私達としては一日も早く占領したい。妖魔帝国軍としては一日でも長くムィトゥーラウ市に貼り付けておきたい。まー、王道だよね」
「その結果が今日になっても敵司令部を陥落させられていない戦況です。敵軍は我々が今後を踏まえて損耗を避けたいのに気付いているのでしょう。我々とて、後方予備は決して潤沢とは言えませんから」
妖魔帝国軍の抵抗は頑強だった。数少なくなった『ソズダーニア銃砲兵』を特攻じみた形で突っ込ませて乱戦に持ち込んだり、区画一つを巡っての戦いで瓦礫を上手く利用した戦法もまだ分かる。
問題は敵軍が市街地に残った師団以外撤退させた後だ。
そろそろ銃弾も尽きるだろうに皇帝陛下万歳と、どこぞの旧軍よろしく白兵戦で最後の一人になるまで戦う。挙句の果てには夜襲だ。市街地に展開する部隊は夜もおちおち眠れず戦うハメになっている。これが各所なんだから始末に負えない。
これに対して各部隊へ出した命令は簡単なもの。
後方から幾らでも補給はあるから機関銃陣地と野砲陣地を設置して薙ぎ倒せ。だ。
これには新しく届いた兵器も使用されている。
「魔法兵ばっかり狙ってくるのもそれかあ。ところでなんだっけ、新しい兵器。野砲だと市街地じゃ大きいからって新しく作ったの。量産の目処がたったけど最終工程で修正入って、先月二十八の日に届いたアレ。補充兵もこの取扱するのが中心だったし」
「説明。迫撃砲の事でしょうか、アレゼル大将閣下」
「そそ、迫撃砲だったねエイジス特務官」
「新兵器の迫撃砲。制式名称は『アルネ・モーター』でございますわアレゼル大将閣下」
「ありがと、リイナ准将。次から次へと新兵器来るから名前覚えるのも大変でさー。たはは」
アレゼル大将とリイナやエイジスが話している新兵器、迫撃砲『アルネ・モーター』は形状的には第一次世界大戦にイギリスで採用された『ストークス・モーター』に近い。この『ストークス・モーター』は地球世界においてこの後の迫撃砲の元祖みたいな存在。だから僕にとっても馴染みのある武器だった。
ちなみに開発と量産は王立工廠。ドルノワは他の兵器開発と生産もあるからと王立工廠が手掛けたんだよね。
「アレゼル大将閣下、迫撃砲は現在は中心市街地で戦闘する部隊を中心に配備していますが、今年の秋までには方面侵攻軍を中心に配備を進めていきます。市街戦において野砲はかさばりますが、迫撃砲なら分隊クラスで使えますから兵士達の頼もしい相棒になると思います」
「これも魔法兵の損耗を抑える為に、非魔法兵の火力増強ってとこ? 能力者化師団ばっかり前面に押し出す訳にはいかないし?」
「はい。単純に非魔法兵の攻撃手段を増やしたのもありますが」
「ふーん。なんていうかさー、戦争って凄い勢いで進化していくよね。私が産まれてから今日までじゃまるで違うし」
「戦争は発明の母とも言いますからね。休戦前の妖魔帝国軍ならともかく、今の妖魔帝国軍にはあらゆる資源と兵器を投入しないと勝てませんから」
「だろうね。私も報告資料読んで実感したよ。あ、そうだ。ウチのとこの狙撃兵は役にたってる?」
「エルフ狙撃兵ですか? 魔法銃の中でも性能の良いものを選抜し、視力に優れるエルフ兵が扱うともなれば非常に有難い存在ですよ。特に敵の部隊長クラスを狩るのには大助かりです。非魔法兵の狙撃兵も活躍していますが、それ以上の射程で確実に射抜くんですから」
「なら良かったー。エルフは帝国本土に近い東方領に入植しているから、尚更士気が高くてね。存分に使ってあげて」
「ありがとうございます、アレゼル大将閣下」
「いいっていいって。さて、アカツキ中将。本題なんだけど、いいかな?」
「どうぞ、アレゼル大将閣下」
「化学兵器、使うんだって?」
「ええ。投入します。今回は大規模とはいえ試験運用みたいなものですが」
僕はアレゼル大将の質問に対して即答する。
化学兵器とは、地球世界で言うと大量破壊兵器の一つに分類される。NBC兵器と呼ばれるんだけど、N(Nuclear)は核。B(Biological weapon)は細菌やウイルスなどの生物兵器。そして今回使うのがC(Chemical)の化学兵器だ。
この世界の場合はここに闇属性魔法も加わるけれど核がないのでNBCではなく、連合王国軍ではBCM兵器という名称になっているけどね。
話を戻そう。
既に連合王国軍はBCM兵器の内、生物兵器の開発を完了している。天然痘や炭疽菌のような細菌はこの世界でも存在していて、未だ脅威的な病気とされているけれど、兵器に転用しない理由はないという事で、投入は可能だ。最も、魔法医学があるから地球世界程の致死率はないけど。
次にMたる闇属性魔法。闇魔法は生物兵器のように思われるけれど、実際は違う。魔法回路にダメージを与えるものが多く、他にも枯葉剤のようなものもあった。こっちも開発完了。別の闇属性魔法が日々研究されているけれど、闇属性魔法については妖魔帝国の方が先に行っているね。ただしこちらも魔法医学で対処は可能。負傷者の内、少数は闇属性魔法によるものという報告も入ってるね。
じゃあ今回試験運用する化学兵器で何を使うかと言うと、塩素だ。
塩素ガスは第一次世界大戦において有名な化学兵器で、多くの死傷者を生み後遺症が残った者も多い。この世界でも塩素は存在していて、だったら使わない理由がないという事で兵器として運用する開発が進められて今日に至る。
本来塩素ガスは空気より重たく地を這うように広がることから、塹壕戦で非常に有用なんだよね。だから今回みたいな市街戦で使うより塹壕戦で使う方がいいんだけど、試験運用の名の通りどれくらいの効果を生むかというのがメイン。
届いたのは先月下旬で、すぐに使わなかったのは風向きの問題。風属性魔法で超局所的に風向きを変えることが出来るけれど、念の為だ。
あとは単純に地下壕に対する炙り出しかな。火炎放射器だけだと入口程度でしか使えないけど、こいつなら投入して充満させればいいし。
とまあこんなとこだ。
僕が塩素ガスについて改めて説明すると、アレゼル大将は。
「ジトゥーミラの時からも思っていたけど、アカツキ中将が敵じゃ無くて心底良かったよねぇ」
と、怖い怖いと半分は冗談ながらも少しジト目で僕を見つめた。
「使えるものは使えるだけですし妖魔帝国軍だって形は違えど、闇属性魔法のM兵器を使っていますから。魔石爆弾とかいい例です」
「とはいえ、だよー。大規模試験運用はこっちが初じゃない?」
「条約で禁止されていませんから」
「ま、その通りだ。降伏しない方が悪いねー」
倫理面がどうのとか、人道面もどうのとか言わないあたりアレゼル大将も軍人だ。要するに勝てばいいってだけ。
「ええ。リイナ、今回使用される塩素ガスの種類をアレゼル大将閣下に伝えて」
「分かったわ、旦那様。アレゼル大将閣下、使用する塩素ガスですが、種類は二つ。ボンベを使用したタイプとなりますわ。市街地地上部にいる敵兵も目標ですが、同時に風魔法で地下に送り込みもしますの。あくまで想定ですが、これで数千程度の死者や一万程度の負傷者を発生させられるかと思われますわ。少なくとも数千単位の敵は無力化出来るかと」
「数千単位、かー。今日まで発展してきた科学は直に戦術級魔法と変わらなくなるだろうとはまさにこの事だねえ。対策は?」
「市街地に突入する部隊分だけのガスマスクは配備致しましたわ。このガスマスクの配備も含めていたので、今日まで投入がズレたのもありますの」
「了解したよ、リイナ准将ー。アカツキ中将」
「はっ。なんでしょうか、アレゼル大将閣下」
「私が自著を出したら、アカツキ中将の事は『可愛い顔して毒殺魔』って二つ名も記録しておくね?」
「もう二つ名が増えるのには慣れましたよ……」
僕はため息をついて返すと、アレゼル大将はくつくつと笑う。
まあ、こういう冗談めいたやり取りは戦場では必要だね。周りにいた士官の中でも新兵器を投入するのに緊張しているのもいたけど、今のでだいぶ緩和されたようだ。
「アカツキ中将、妖魔帝国軍よりようやく返答が届きました」
「やっとか。で、なんて返ってきた?」
アレゼル大将と話していると、通信要員の士官が妖魔帝国から通信があったことを告げる。
彼が喋る前にため息をついた時点で察しはついた。
「『クソくらえ』だそうです」
「驚いた。妖魔帝国軍の貴族でも汚い言葉は使うんだね」
「クソくらえときたかあ。降伏してくれれば良かったのにね」
「アレゼル大将閣下に賛成。これ以上の持久戦は無駄とワタクシは判断しています」
「仕方ないさ。降伏しないんだから。――エイジス、実行部隊に通達。演算した最適効果の位置をもとに行動を開始するように伝えて。あと、風速風向についてはエイジス、君が観測しているのを随時送信。ガスマスクがあるとはいえ、味方に被害が出ないよう送っておいて」
「サー、マスター。送信を開始します」
塩素ガス使用の決定が下されてからしばらくが経過して、ついに再開時刻を迎える。手に持つ懐中時計はあと五分で午後二時になるのを示している。
「旦那様、そろそろ時間よ」
「了解リイナ。通信要員各自、前線に市民の避難がまだ続いているかの確認と、降伏する部隊がいるかどうかも確認させるように」
『了解』
「――前線より市民の避難者及び降伏部隊無しを確認」
「同じく」
「避難民は十分前の確保が最後とのこと」
「降伏部隊ありません」
二分前の時点で全部隊の確認が取れた。
これで最後。二時を過ぎれば僕は兵士と市民の区別無く、平等に塩素ガスで殺す事になる。躊躇なんてとっくにない。繰り返すけれど、これは戦争だ。
「了解。一四〇〇(ひとよんまるまる)をもって、攻撃停止を終了。戦闘再開とする」
そして、午後二時。
「全部隊へ通達。『地獄の釜を開けよ』」
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偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。
一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。
剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。
おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!?
俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。
※カクヨム、なろうでも掲載しています。
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