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第17章 ムィトゥーラウの戦い編
第8話 冬を見据えた作戦計画
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・・8・・
「なるほど、な。ムィトゥーラウまでの戦いを踏まえ、冬までに最低でもドエニプラを抑え、南部は敵の一大海軍基地たるセヴァストーポラへの前進基地へアルネンスクを占領するのは必須と。報告書にこれも加えてきたか」
「はい。理想はトゥラリコフまで占領して次年秋にはレオニブルクを占領し、戦略計画を完遂としたいところであります」
「ふむ……」
マーチス侯爵は僕の報告書を最後まで目を通した上で今後の戦略計画についても触れる。
彼は紫煙を天井に向けて吐き出すと。
「これは、お前はとっくに知っているだろうが実現可能性としては難しいと判断した上で話しているか?」
「存じております。厳しい事は、自分が報告書に書いていてよく知っているつもりですから」
「随分と急くのだな。分からんでもないが」
マーチス侯爵は小さくため息をつきながら言葉を漏らす。
僕達人類諸国統合軍が約二ヶ月少々で一大拠点たるオディッサと諸種族連合共和国首都キャエフを確保した上でそこからさらに東一五〇キーラから二一〇キーラまで進出しているのは大戦果だと言えるだろう。事実、後方の本国では相次ぐ勝利に英雄願望を持つ兵の志願者が後を絶たないという。
だけど、前線に立つ僕達の視点は違うものだった。
確かに勝ってはいる。けれど、再戦前の読みの甘さが祟って計画の遅延が既に出ている点を決して無視は出来なかった。
「リイナ」
「何かしら、お父様」
「我々の侵攻計画は、今どれくらい遅れている?」
「約半月ね。オディッサ、ムィトゥーラウ、キャエフ、ポルドブ。いずれの戦場でも妖魔帝国軍の抵抗は激しくて、酷い所では想定より一五パルセントも高い死傷者が出ているわね」
「その通り。エイジス。我が軍のここまでの戦いにおける砲弾薬消費量は?」
「サー、マーチス元帥閣下。総合計で戦前の計画量から約一三〇パルセントを消費しております」
「とまあこの様子だ。兎にも角にも死傷者は多く、物資の消費量はそれ以上。それもこれも、妖魔帝国軍がオレ達の予想以上に強大になっていた点に帰結するわけだ。オディッサ、ムィトゥーラウで最前線にいたお前達なら最も体感していただろうがな」
「オディッサでもキャエフでも本来はするつもりの無かった再編成、後方基地へは余裕分まで含めた動員をかけての輸送。いずれも僕の耳には入っています。ですから、計画であればそろそろ南部統合軍は副目標のホルソフへ、北部統合軍は副目標チャルニフの占領。そして南北合同でドエニプラへ向かう予定でした。しかしこのうち完了しているのは北部統合軍のチャルニフ占領のみで、これは思ったより敵軍の数が少なかったから遂行出来たのだと聞いております」
「うむ。チャルニフは恐らく妖魔帝国軍が早々にスモランスクやサンクティアペテルブルクへ兵を後退させたからだろう。北部統合軍の担当地域にいる妖魔帝国軍の兵力が思ったよりかは少ないのもある。それでもポルドブには約一五万の妖魔帝国軍がいたらしいがな」
「一五万の妖魔帝国軍になかなかの苦戦をさせられたというのですから、帝国軍指揮官は優秀だったのでしょう。南部統合軍でもですが、その結果が計画遅延です。これに対してマーチス侯爵はどのように考えておられるのですか?」
僕はあえて統合軍参謀本部の考えは聞かなかった。既に情報を知っていたからだ。
統合軍参謀本部の今後の計画は当初の計画から軌道修正をしていた。相次ぐ激しい戦闘と物的資源だけでなく人的資源の消耗。現地兵士の疲弊を多少は回復させたい。だから半月の遅延は承知で、万全の状態に整えてから帝国軍の重要拠点ドエニプラへ向かう。
というものだった。
「オレの考えは、統合軍参謀本部とほとんど変わらん。統合軍合わせて四つの戦いで看過できない兵力を失っている。これの再編成に敵を圧倒する砲弾薬の輸送。それだけではない。現在主な輸送ルートになっている南北の道路交通網は冬になれば雪で輸送力をどう見積っても今の八割に落ち込むときた。となると備蓄分まで加味せねばならんから、兵の休息も兼ねて少し待たねばならん。具体的には来月一の日に進発の予定でいる」
「再編成、物資輸送等様々な面を含めれば妥当と思いますが、これで約一ヶ月程遅れが生じますね……」
「仕方あるまいて。輸送については海軍にも一部負担して貰おうと思っていたが、交渉と調整に手間取って連合王国・協商連合・法国による三カ国連合艦隊がオディッサ沖に到着するのが九の月中にまでずれ込んだからな。案の定だが、協商連合がごねたのが原因だ」
「マルコ大将閣下曰く、かつての私達よりも酷い軍になるとは思いませんでした。と言っていましたね。まあ、理由を付けられてはこちらも言いにくいですし理由を作ったのが私ですからこの件は大きな口を叩けません」
「南方大陸への妖魔帝国軍の奇襲可能性か。やけに帝国海軍が静か故に十分に考えられるからやむなしとは言える。あの大陸には協商連合の利権が多い。連中、自身の利権となれば動きが早いからな。だからこそ協商連合は、『陸でも相応の派兵をしており、アカツキ中将等連合王国が提示した南方大陸への対策には我が軍も兵力を割きたい』と言ってきたわけだ。結果として一個艦隊と三個師団を派遣。かつてお前が危惧していた奴隷の反乱については情報が受け継がれている上に亡国救済党とやらが植民地の方でも多少の活動をしている噂もあるから、まあ正論だな」
「だからって本命の連合艦隊の行動開始がこんなに遅れるとは思わなかったわ。もし共和国が、輸送艦艇程度であれば後方支援の枠を出ないから派遣しても構わない。と言ってくれなかったらもっと遅れていたでしょうね」
「リイナ様の発言に肯定。連合王国及び法国の連名での要請に共和国大統領と海軍が首を縦に振らなかった場合、連合艦隊のオディッサ到着は十の月になった可能性あり」
「もちろん共和国だってタダで出してはくれなくて、見返りは今外務省と軍部省が交渉してくれているけどね」
協商連合には困ったものだ。書簡によって目立った独断行動はしなくなるにしても、口実を付けられれば僕達も反論出来なくなる。
今のところ僕達は勝利していて将兵の士気は高いし、計画遅延の原因が協商連合軍にあるわけじゃないから反感は薄いけれど、事情をよく知る高級将校の一部からは協商連合との同盟は継続する価値があるのだろうかという疑念まで生まれてきていた。
国家の存亡を懸けた戦争で内輪揉めなんてしたくもない。内輪揉めはロクな事にならないからだ。だからこそ妥協点を探って今の形に落ち着いたわけだけど、僕が転生してからずっと大統領の地位についている共和国大統領が要請を受諾してくれて良かったと思っている。
そもそもオディッサにやってくる艦隊はあくまで制海権の確保と来る艦隊決戦に備えての戦力だ。海上輸送はその一部から捻出するに過ぎないんだし。
「ここまではあくまでオレの見立てによる考えだ。だが、アカツキ。お前はどう考える? 先も言った通り、ドエニプラまではともかくトゥラリコフまでの侵攻は妖魔帝国本土の早い冬には間に合わない可能性が高いぞ?」
「トゥラリコフ占領はあくまで理想です。計画が全て順調ならば目指せましたが、今の状態だと難しいでしょう。冬の厳しい気候では空軍は稼働はともかく偵察飛行が厳しくなりますし、陸軍も行動制限もかかるでしょう」
「ならば、参謀本部の計画に賛成ということか?」
「いえ、参謀本部の計画と僕が考えていた理想の折衷案にしようかと思っています」
「ほう、何故だ?」
僕が報告書では積極的攻勢を論じておきながら妥協案を口にした事を、マーチス侯爵は興味深げに質問してきた。
報告書で述べていたトゥラリコフ占領は松竹梅で言えば松。参謀本部の計画は梅だ。これだと参謀本部は、いくら僕が今までに数々の功績を上げてきたからとらいはいっても賛成しないだろう。彼等は理性のある集団だ。英雄を盲信すは集団じゃない。
だから松を語ってから竹を提案する。この世界の商売や交渉でもよく使われている手法だね。
「冬季戦用装備を活用します。冬季用装備も本国では着々と準備と輸送が始まっていますよね?」
「ああ。例えば、将兵の冬用軍服やコートは戦時体制移行の生産かつ各国合同生産で冬までにほぼ揃えられるよう、再戦前から動いているからな」
僕はマーチス侯爵が口にした事実に頷くと。
「他にも兵器類は実戦投入間もない空軍戦闘機はともかくとして陸軍兵器についてはこれまでのノウハウの蓄積があります。酷寒地対策も再戦までに開発が勧められましたし、効率は悪いものの火属性魔法で凍結を防ぐ手もあります。これらの冬季戦装備を利用すれば今のような大攻勢は無理にしても、ドエニプラ郊外からある程度までは勢力圏を伸ばせるでしょう。具体的にはドエニプラから北東七〇から一〇〇キーラ地点。プレジチェープリあたりでしょうか」
「なるほどな。トゥラリコフを圧迫させつつ、占領地域は理想の半分程度までは確保すると」
「はい。ちょうどこの地点には川もありますからこちらが簡単には侵攻出来ないのと同じく、あちらも大規模渡河作戦を仕掛けてくる可能性は薄いでしょう。プレジチェープリ近辺ならレオニブルク程寒くはありませんから、完全に川が凍結するのは半々。寒冬だと川の凍結もあるかもしれませんから冬慣れした妖魔帝国軍が一部攻勢に出てくるかもしれません。しかし、ドエニプラでいきなり衝突させられるより緩衝地帯を作った方が防衛戦の観点から得策かと思われます」
「丁度いい作戦計画にもなる、か。エイジス、これはお前が演算して提言したものか?」
「サー。作戦考案にあたり演算した結果、ワタクシは本案がベターだと判断しました。ドエニプラ郊外までを占領するより、プレジチェープリまで占領して冬季緩衝地帯の構築は有効かと思われます」
「リイナはどう考える?」
「私も旦那様と様々な可能性を踏まえた上で話したけれど、プレジチェープリまでの制圧は必要と考えたわ。プレジチェープリは、東西南北の交通路の中継地点にもなるから、拠点としては最適だもの」
「なるほどな。よくわかった。今の話、明日の昼過ぎからある作戦会議で話してくれ。参謀本部も積極攻勢派と慎重派で分かれていてな。仮案としてドエニプラまではどちらも一致しているんだが、そこから先をどうすべきについては未だ検討の余地ありで終わっているのだ」
「承知しました、義父上。明日まではまだ時間があるので、リイナやエイジスと共に今の案を最終調整して発案します」
「助かる。オレが言ってもいいんだが、お前達の策に助けられた者も多いから、納得していない将官や参謀達も首肯してくれるだろう」
「先の話とはいえ、決めておくに越したことはありませんからね。もしまた変更があれば、その時はその時です。戦争ほどスケジュール通りには行きませんから」
「まったくだ」
マーチス侯爵は苦笑いをする。
いくらブカレシタの時に多国籍軍を纏める立場を経験したとはいっても、当時のような纏まりが今あるとは思えないからマーチス侯爵も気苦労が絶えないのだろう。方面軍第二副司令官の僕ですらこの調整にはたまに辟易とさせられているくらいだ。マーチス侯爵はそれ以上の精神的疲労があるに違いない。
だから、せめて僕がオディッサにいる間だけでもマーチス侯爵をお支えしないと思いつつ僕は口を開いた。
「義父上。せっかくですから今日の夜に少しだけリイナやエイジスとささやかな茶会はいかがですか? コーヒーか紅茶と、オディッサに持ってきたクッキーかラスク程度のものではありますが」
「おお、いい提案だな。四人で気にせず話す機会は久しく無かった。楽しみにしておこう。誘いの礼として、茶会までに明日の会議の根回しが出来そうな奴数人に声をかけておく」
「ありがとうございます義父上」
「なあに、気にするな」
マーチス侯爵とリイナと僕で笑い合い、エイジスも微笑む。戦場での僅かながらの和やかな時間を楽しみつつ、この話が終わった後は視察などしてから明日の会議の準備に取り掛かったのだった。
「なるほど、な。ムィトゥーラウまでの戦いを踏まえ、冬までに最低でもドエニプラを抑え、南部は敵の一大海軍基地たるセヴァストーポラへの前進基地へアルネンスクを占領するのは必須と。報告書にこれも加えてきたか」
「はい。理想はトゥラリコフまで占領して次年秋にはレオニブルクを占領し、戦略計画を完遂としたいところであります」
「ふむ……」
マーチス侯爵は僕の報告書を最後まで目を通した上で今後の戦略計画についても触れる。
彼は紫煙を天井に向けて吐き出すと。
「これは、お前はとっくに知っているだろうが実現可能性としては難しいと判断した上で話しているか?」
「存じております。厳しい事は、自分が報告書に書いていてよく知っているつもりですから」
「随分と急くのだな。分からんでもないが」
マーチス侯爵は小さくため息をつきながら言葉を漏らす。
僕達人類諸国統合軍が約二ヶ月少々で一大拠点たるオディッサと諸種族連合共和国首都キャエフを確保した上でそこからさらに東一五〇キーラから二一〇キーラまで進出しているのは大戦果だと言えるだろう。事実、後方の本国では相次ぐ勝利に英雄願望を持つ兵の志願者が後を絶たないという。
だけど、前線に立つ僕達の視点は違うものだった。
確かに勝ってはいる。けれど、再戦前の読みの甘さが祟って計画の遅延が既に出ている点を決して無視は出来なかった。
「リイナ」
「何かしら、お父様」
「我々の侵攻計画は、今どれくらい遅れている?」
「約半月ね。オディッサ、ムィトゥーラウ、キャエフ、ポルドブ。いずれの戦場でも妖魔帝国軍の抵抗は激しくて、酷い所では想定より一五パルセントも高い死傷者が出ているわね」
「その通り。エイジス。我が軍のここまでの戦いにおける砲弾薬消費量は?」
「サー、マーチス元帥閣下。総合計で戦前の計画量から約一三〇パルセントを消費しております」
「とまあこの様子だ。兎にも角にも死傷者は多く、物資の消費量はそれ以上。それもこれも、妖魔帝国軍がオレ達の予想以上に強大になっていた点に帰結するわけだ。オディッサ、ムィトゥーラウで最前線にいたお前達なら最も体感していただろうがな」
「オディッサでもキャエフでも本来はするつもりの無かった再編成、後方基地へは余裕分まで含めた動員をかけての輸送。いずれも僕の耳には入っています。ですから、計画であればそろそろ南部統合軍は副目標のホルソフへ、北部統合軍は副目標チャルニフの占領。そして南北合同でドエニプラへ向かう予定でした。しかしこのうち完了しているのは北部統合軍のチャルニフ占領のみで、これは思ったより敵軍の数が少なかったから遂行出来たのだと聞いております」
「うむ。チャルニフは恐らく妖魔帝国軍が早々にスモランスクやサンクティアペテルブルクへ兵を後退させたからだろう。北部統合軍の担当地域にいる妖魔帝国軍の兵力が思ったよりかは少ないのもある。それでもポルドブには約一五万の妖魔帝国軍がいたらしいがな」
「一五万の妖魔帝国軍になかなかの苦戦をさせられたというのですから、帝国軍指揮官は優秀だったのでしょう。南部統合軍でもですが、その結果が計画遅延です。これに対してマーチス侯爵はどのように考えておられるのですか?」
僕はあえて統合軍参謀本部の考えは聞かなかった。既に情報を知っていたからだ。
統合軍参謀本部の今後の計画は当初の計画から軌道修正をしていた。相次ぐ激しい戦闘と物的資源だけでなく人的資源の消耗。現地兵士の疲弊を多少は回復させたい。だから半月の遅延は承知で、万全の状態に整えてから帝国軍の重要拠点ドエニプラへ向かう。
というものだった。
「オレの考えは、統合軍参謀本部とほとんど変わらん。統合軍合わせて四つの戦いで看過できない兵力を失っている。これの再編成に敵を圧倒する砲弾薬の輸送。それだけではない。現在主な輸送ルートになっている南北の道路交通網は冬になれば雪で輸送力をどう見積っても今の八割に落ち込むときた。となると備蓄分まで加味せねばならんから、兵の休息も兼ねて少し待たねばならん。具体的には来月一の日に進発の予定でいる」
「再編成、物資輸送等様々な面を含めれば妥当と思いますが、これで約一ヶ月程遅れが生じますね……」
「仕方あるまいて。輸送については海軍にも一部負担して貰おうと思っていたが、交渉と調整に手間取って連合王国・協商連合・法国による三カ国連合艦隊がオディッサ沖に到着するのが九の月中にまでずれ込んだからな。案の定だが、協商連合がごねたのが原因だ」
「マルコ大将閣下曰く、かつての私達よりも酷い軍になるとは思いませんでした。と言っていましたね。まあ、理由を付けられてはこちらも言いにくいですし理由を作ったのが私ですからこの件は大きな口を叩けません」
「南方大陸への妖魔帝国軍の奇襲可能性か。やけに帝国海軍が静か故に十分に考えられるからやむなしとは言える。あの大陸には協商連合の利権が多い。連中、自身の利権となれば動きが早いからな。だからこそ協商連合は、『陸でも相応の派兵をしており、アカツキ中将等連合王国が提示した南方大陸への対策には我が軍も兵力を割きたい』と言ってきたわけだ。結果として一個艦隊と三個師団を派遣。かつてお前が危惧していた奴隷の反乱については情報が受け継がれている上に亡国救済党とやらが植民地の方でも多少の活動をしている噂もあるから、まあ正論だな」
「だからって本命の連合艦隊の行動開始がこんなに遅れるとは思わなかったわ。もし共和国が、輸送艦艇程度であれば後方支援の枠を出ないから派遣しても構わない。と言ってくれなかったらもっと遅れていたでしょうね」
「リイナ様の発言に肯定。連合王国及び法国の連名での要請に共和国大統領と海軍が首を縦に振らなかった場合、連合艦隊のオディッサ到着は十の月になった可能性あり」
「もちろん共和国だってタダで出してはくれなくて、見返りは今外務省と軍部省が交渉してくれているけどね」
協商連合には困ったものだ。書簡によって目立った独断行動はしなくなるにしても、口実を付けられれば僕達も反論出来なくなる。
今のところ僕達は勝利していて将兵の士気は高いし、計画遅延の原因が協商連合軍にあるわけじゃないから反感は薄いけれど、事情をよく知る高級将校の一部からは協商連合との同盟は継続する価値があるのだろうかという疑念まで生まれてきていた。
国家の存亡を懸けた戦争で内輪揉めなんてしたくもない。内輪揉めはロクな事にならないからだ。だからこそ妥協点を探って今の形に落ち着いたわけだけど、僕が転生してからずっと大統領の地位についている共和国大統領が要請を受諾してくれて良かったと思っている。
そもそもオディッサにやってくる艦隊はあくまで制海権の確保と来る艦隊決戦に備えての戦力だ。海上輸送はその一部から捻出するに過ぎないんだし。
「ここまではあくまでオレの見立てによる考えだ。だが、アカツキ。お前はどう考える? 先も言った通り、ドエニプラまではともかくトゥラリコフまでの侵攻は妖魔帝国本土の早い冬には間に合わない可能性が高いぞ?」
「トゥラリコフ占領はあくまで理想です。計画が全て順調ならば目指せましたが、今の状態だと難しいでしょう。冬の厳しい気候では空軍は稼働はともかく偵察飛行が厳しくなりますし、陸軍も行動制限もかかるでしょう」
「ならば、参謀本部の計画に賛成ということか?」
「いえ、参謀本部の計画と僕が考えていた理想の折衷案にしようかと思っています」
「ほう、何故だ?」
僕が報告書では積極的攻勢を論じておきながら妥協案を口にした事を、マーチス侯爵は興味深げに質問してきた。
報告書で述べていたトゥラリコフ占領は松竹梅で言えば松。参謀本部の計画は梅だ。これだと参謀本部は、いくら僕が今までに数々の功績を上げてきたからとらいはいっても賛成しないだろう。彼等は理性のある集団だ。英雄を盲信すは集団じゃない。
だから松を語ってから竹を提案する。この世界の商売や交渉でもよく使われている手法だね。
「冬季戦用装備を活用します。冬季用装備も本国では着々と準備と輸送が始まっていますよね?」
「ああ。例えば、将兵の冬用軍服やコートは戦時体制移行の生産かつ各国合同生産で冬までにほぼ揃えられるよう、再戦前から動いているからな」
僕はマーチス侯爵が口にした事実に頷くと。
「他にも兵器類は実戦投入間もない空軍戦闘機はともかくとして陸軍兵器についてはこれまでのノウハウの蓄積があります。酷寒地対策も再戦までに開発が勧められましたし、効率は悪いものの火属性魔法で凍結を防ぐ手もあります。これらの冬季戦装備を利用すれば今のような大攻勢は無理にしても、ドエニプラ郊外からある程度までは勢力圏を伸ばせるでしょう。具体的にはドエニプラから北東七〇から一〇〇キーラ地点。プレジチェープリあたりでしょうか」
「なるほどな。トゥラリコフを圧迫させつつ、占領地域は理想の半分程度までは確保すると」
「はい。ちょうどこの地点には川もありますからこちらが簡単には侵攻出来ないのと同じく、あちらも大規模渡河作戦を仕掛けてくる可能性は薄いでしょう。プレジチェープリ近辺ならレオニブルク程寒くはありませんから、完全に川が凍結するのは半々。寒冬だと川の凍結もあるかもしれませんから冬慣れした妖魔帝国軍が一部攻勢に出てくるかもしれません。しかし、ドエニプラでいきなり衝突させられるより緩衝地帯を作った方が防衛戦の観点から得策かと思われます」
「丁度いい作戦計画にもなる、か。エイジス、これはお前が演算して提言したものか?」
「サー。作戦考案にあたり演算した結果、ワタクシは本案がベターだと判断しました。ドエニプラ郊外までを占領するより、プレジチェープリまで占領して冬季緩衝地帯の構築は有効かと思われます」
「リイナはどう考える?」
「私も旦那様と様々な可能性を踏まえた上で話したけれど、プレジチェープリまでの制圧は必要と考えたわ。プレジチェープリは、東西南北の交通路の中継地点にもなるから、拠点としては最適だもの」
「なるほどな。よくわかった。今の話、明日の昼過ぎからある作戦会議で話してくれ。参謀本部も積極攻勢派と慎重派で分かれていてな。仮案としてドエニプラまではどちらも一致しているんだが、そこから先をどうすべきについては未だ検討の余地ありで終わっているのだ」
「承知しました、義父上。明日まではまだ時間があるので、リイナやエイジスと共に今の案を最終調整して発案します」
「助かる。オレが言ってもいいんだが、お前達の策に助けられた者も多いから、納得していない将官や参謀達も首肯してくれるだろう」
「先の話とはいえ、決めておくに越したことはありませんからね。もしまた変更があれば、その時はその時です。戦争ほどスケジュール通りには行きませんから」
「まったくだ」
マーチス侯爵は苦笑いをする。
いくらブカレシタの時に多国籍軍を纏める立場を経験したとはいっても、当時のような纏まりが今あるとは思えないからマーチス侯爵も気苦労が絶えないのだろう。方面軍第二副司令官の僕ですらこの調整にはたまに辟易とさせられているくらいだ。マーチス侯爵はそれ以上の精神的疲労があるに違いない。
だから、せめて僕がオディッサにいる間だけでもマーチス侯爵をお支えしないと思いつつ僕は口を開いた。
「義父上。せっかくですから今日の夜に少しだけリイナやエイジスとささやかな茶会はいかがですか? コーヒーか紅茶と、オディッサに持ってきたクッキーかラスク程度のものではありますが」
「おお、いい提案だな。四人で気にせず話す機会は久しく無かった。楽しみにしておこう。誘いの礼として、茶会までに明日の会議の根回しが出来そうな奴数人に声をかけておく」
「ありがとうございます義父上」
「なあに、気にするな」
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