311 / 390
第20章 絶望の帝国冬季大攻勢編
第7話 遂に訪れた対面に嗤うリシュカ
しおりを挟む
・・7・・
12の月13の日
午後11時25分
統合軍野営地点より東9キーラ地点
しんしんと雪が降る静かな夜。少量ながらも雪が積もり始めた中で、森の中を慎重に歩みを進める集団がいた。着ている外套は統合軍のそれ。連合王国軍の国章もある。
だがこの地点は統合軍の野営地点よりやや離れており、歩哨が監視をするには若干遠い地点でもある。
となると、ここにいるのは誰なのだろうか。
「リシュカ閣下、Aの野営推測地点まであと九キルラです」
「雪が降って助かったよ、パラセーラ。満月のもとだと相手に見つかりやすいし」
「代わりにどこにいるのかが分かりにくくなりましたが……」
「この辺りは自分に任せてください。ほんの十キルラ先が故郷の町です」
「頼むねサフコフ中尉。こういう隠密行動は地元の奴の土地勘が重要だから」
「はっ」
森の中にいたのは統合軍ではなく帝国軍。それも、リシュカとパラセーラが率いる『断頭大隊』のうち二個小隊だった。
何故彼女らがいるのか。それは連合王国軍大将ブリックが戦死した翌日に遡る。
「ちょっとクソ英雄の心をへし折ってくる」
リシュカのたった一つの発言だ。
勿論、突拍子のない発言ではない。事前に打ち合わせはされていたし、だからこそリシュカが今の立場にある。
リシュカが率いる第八軍の幕僚にせよ全体を率いるシェーコフにせよ周知の事実だったから、いよいよか。くらいのものだった。
彼女がこの奇襲作戦、いわゆる『首狩り戦術』を行うにあたって動員したのは自身の精鋭一個大隊、『断頭大隊』である。この作戦の為に、『断頭大隊』には分隊単位で簡易ながらも魔法無線装置を装備していた。
奇襲を担当するのは二個中隊。一個中隊は作戦にあたって統合軍を混乱させる工作部隊だ。武器輸送トラックや派手に燃えそうな車両を襲撃。さらに時間が許す限りは破壊工作を行う。
リシュカとパラセーラなどの一個中隊は、分散して襲撃。アカツキが野営する地点を奇襲を担当する。こちらも離脱が難しくなるまでは徹底的な破壊と殺害を行い、アカツキと対敵。あわよくばアカツキの右腕たるアレンを殺せればという目標がある。
細かく説明すると以上のようになるが、作戦の目的はたった一つだ。
人類諸国の英雄アカツキへ、精神的一撃を与えること。後々に至るまで、彼の作戦能力を奪うことにある。
なお作戦の達成可否を問わず退却の時間は決まっている。いわゆる限界時間だ。これを過ぎると二個中隊は速やかに退却。彼女等の退却を援護するのは二個中隊と、進出していた中部方面戦線から一個旅団。中部方面は統合軍の防御線が薄く、リシュカたちがいる地点まで約四〇キーラまでであれば、極わずかな時間に限り進めることができていた。当然リシュカ達を回収すればこの一個旅団もすぐに元の戦線に戻る予定だ。
時刻は十二時前。作戦決行は日付が変わってから適当な時間で。帝国軍の精鋭達は作戦開始まで息を潜めて待っていた。
「あの、リシュカ閣下」
「どうしたの、パラセーラ大佐」
「この作戦、果たして本当にアカツキは心折れるでしょうか」
「折れるよ、間違いなく。奴はここまで敗北の味を知らなかった。だけど今はどう? 帝国軍にコテンパンにされて、戦線は大幅に後退。今あいつは自信を失いかけている。このままムィトゥーラウにまで無事戻れば雪辱を晴らしにかかってくるだろうけど、その前にヒビの入った心に一撃ってわけ」
「なるほど……。リシュカ閣下が仰っていた、相手が嫌がる事を徹底的に行うの代表ですね」
「そゆこと」
(ま、それだけじゃないけどね。むしろ、私の存在自体があのクソ野郎にとって心を折る決め手になるはずだから。)
リシュカは表向きの理由をパラセーラに語り周りの部下も頷くが、内心は全く違う目的を持っていた。
アカツキはリシュカの前の姿、フィリーネが自身の上官であることを知っている。何せ知らせたのはリシュカ自身なのだ。
アカツキは自身の上官が恨みと呪詛を吐き散らして死んだと思い込んでいる。ここ数日になってやっと生きているかもしれないという疑念が生じていたが、アカツキはそんな訳が無いと思っている。
そんな所にリシュカが現れたらどうなるか。何せ、この姿が前世の姿であるのを知っているのはアカツキだけ。前世の姿をしたリシュカがアカツキの目の前に現れれば、しかも帝国軍として現れれば想像に難くない。奴の性格上心を壊すまでは行かなくても相当なショックを与えられるはず。
アカツキの前世を知るがゆえに、リシュカは残酷極まりない手に打って出たわけである。
「パラセーラ大佐。今回は何もクソ英雄を殺すのが目的じゃないから気楽に行こうよ。周りを固めてるのがヤバい奴らばっかりだから気は抜けないかもしれないけど、こういう奇襲作戦は楽しんでこそだよ」
「はっ。リシュカ閣下の心持ちを尊敬致します」
「ねー、それって良い意味で言ってる?」
「はい。私は、緊張しておりますので」
「あっそう」
リシュカは興味なさげに返す。
彼女等が雪夜の中で確実に近づくうちに、軍服の内ポケットにしまってある懐中時計の時刻は日付が変わった事を告げていた。アカツキ達が野営している地点から四キルラ半の地点である。
森の出口であるからか歩哨が三人いたが、無残な姿に成り果てていた。
「そろそろ第二中隊がドカンとやる頃かな」
「時刻的にはまもなくですね。ここから北北東三キルラで実行のはずです」
「第一中隊は分散したし、あとは待つだけだね」
「はい」
「吐気を催すこの外套もおさらばだよ。ったく、作戦とはいえこんなのいつまでも着たくないっての」
「作戦が始まって敵地に行けばいらなくなりますから、どうかご辛抱を」
リシュカが統合軍の外套を羽織ること自体に嫌悪していると、パラセーラが彼女を宥める。パラセーラはリシュカが余程統合軍を憎んでおられるのだろうくらいにしか思っていない。
さらに数分後。遂に作戦開始の合図が発せられた。
パラセーラが言っていた地点から大きな爆発音が立て続けに複数響いたからである。
「よしきた」
「閣下。特定符号が届きました。『片付けが嫌なので散らかした』です」
「了解。『徹底的に散らかせ』を送れ」
「はっ」
「てわけで、貴様等行くぞ。クソ英雄に挨拶だ」
『御意』
リシュカ達は行動を開始した。
深夜に突如として爆発が起きたことにより、精神的に摩耗していた統合軍は一挙に混乱に陥る。いかに統合軍と言えども今の精神状態とこの状況では統率が戻るまでに暫くの時間がかかるだろう。それ程までに統合軍の兵士達は消耗していたのである。
リシュカ達は、統合軍の外套を着ているだけあって彼等に紛れていても誰も気付かない。それどころではないからだ。
むしろ、彼女等に声を掛ける者すらいた。
「なあこれどういうことだよ!」
「分からないわ! でもあっちの方で何か爆発があった! アカツキ大将閣下を守らないと!」
「ちげえねえ!! 俺はともかく現場に向かう!! 頼んだぞ!!」
ある士官がパラセーラに話し掛けてから二言、三言交わすと工作部隊が爆発させた方へ向かっていった。
「…………意外とバレないものなのですね」
「こっちで同じことやられたら一時的でも今みたいになるでしょ。外套二枚重ねも、今の寒さならやってる奴もいるから怪しくないし」
「確かに……。とりあえず向かいますか」
「うん。もしかしたら推定地点にいないかもしれないけれど、念の為にね」
「はっ」
リシュカ達は分散してアカツキがいるであろう地点へ向かう。
すると向かう途中の、残り一キーラ半地点になってこんなやり取りが聞こえてきた。
「アカツキ大将閣下は!?」
「ついさっきリイナ准将閣下にエイジス特務官と共に早々にテントから出られた! 爆発地点に向かってる!」
「なんだって!?」
「話によると、帝国軍の連中を見つけたって報告に飛び出したって!」
「どこへ向かわれたんだ!?」
「森の方角だ! 破壊工作目的ならさっさと退いてる可能性があるからって!」
「了解した!」
その声はアレン大佐と部下のやり取りだった。彼はすぐさまアカツキ達がいるであろう地点に向かう。
「まーじかー。連中、自ら火に入ってくれようとしてんじゃん」
「手間が省けましたね。人形までいるのは厄介ですが、既定路線です」
「けど、このままだと先回りは厳しいねえ。仕方ない。移動しながら通信を送るかー」
リシュカはパラセーラと数名の部下を引き連れて、走り出す。
途中、リシュカは部下にこのような通信を行った。
『パパとママは人形を抱えて向かった。近所のおじさんも向かう。ただし、散らかした部屋ではなく庭。庭に向かう前に、もう一部屋散らかせ』
内容を訳すると以下のようになる。
『アカツキとリイナはエイジスを伴い移動開始。アレンも向かう。ただし工作地点ではなく森の方角。森へ向かわせる前に工作地点より南でもう一箇所爆発させよ』
これらはアカツキ達に早く森へ向かわせないようにする為だ。時間稼ぎである。
わずか二分後。リシュカの命令通り爆発がもう一度起こる。これでアカツキ達は森へ向かう前に足止めを食らうことになった。
「どこで獲物を待ちますか?」
「最初の地点からちょっと離れたあたり。ここにしよう」
リシュカが指定したのは森が僅かに西に伸びた地点だった。
最初の爆発地点の南で、ただし野営地点よりやや離れているが故に人が少ないであろう場所。しかし、最初の爆発地点に向かうには最短経路だ。
「お前達は森に入り隠れて待機。ギリギリまで魔力は隠匿。人形に魔力を察知されるからね。ただし、いかにもこの辺りで戦闘がある雰囲気を出す為の法撃時のみは別ね」
「御意」
リシュカは目的地に到着すると、部下を待機させた。
あとはここでアカツキ達を待つだけだ。
「さて、どうやって待とうか。怪我したフリしてもいいし、あ、そうだ。もし来たら錯乱したフリしよっかな。けってーい」
リシュカがニヤニヤと笑うと、パラセーラに合図を送る。
するとパラセーラは派手ではあるがさほどの威力はない法撃を放ち、盛大な爆発音が広がる。これでアカツキは釣れるだろう。
「いつ来るかなぁ。楽しみだなぁ」
奴に会える瞬間が待ち遠しい。まるで恋人を待つように心が弾む。実際は真逆であり、アカツキの絶望に満ちた顔が見たいだけであるが。
「早く早くぅ。お前に会いたくて、仕方ないんだけどなぁ」
リシュカは笑みを抑えきれないが、まだその時ではない。とびっきりの歪んだ笑みで迎える為に、今はまだ笑ってはいけないのだ。
二分半後。その瞬間は訪れた。
「マスター! 友軍の兵士を発見! 単独です!」
「こんな所でなんで!? もしかしてさっきの攻撃で!?」
「とにかく保護してあげましょう!」
(きたきたきたきたきたきたきた!!!!)
エイジス、アカツキ、リイナの声が聞こえてきた。
リシュカはすぐに近付けさせないように、演技を始める。あくまでアカツキに悟られないように、作った声で。
「やだやだやだやだ!! こないでぇぇぇぇ!!」
初級火属性の火炎弾を放つ。この攻撃だけでは大した能力を持たない魔法能力者と思えるように、わざとかなり微弱な法撃になるよう操作して。
「ちょっと! まさか錯乱して?!」
「無理もないよリイナ。こんな状況だ」
(くひひひ、騙されらぁ。)
リイナとアカツキの反応にリシュカがほくそ笑む。
だが、もう一人の目まではごまかせなかった。
「警告。マスター、目の前の当該人物は魔力を操作している可能性あり。精神変調……、異常無し。矛盾しています」
「どういうこと……?」
(ちっ。クソ人形の目までは誤魔化せないか。ここまでだね。)
「旦那様。下がって。確かに様子がおかしいわ」
「…………だね。ってことはつまり」
リイナとアカツキもエイジスから送られてくる共有情報で気付いたのだろう。
リシュカも、演技はここまでだと考えた。
となれば、もう隠し通す必要も無い。
「くひ、くひひひひひ。ひひひひひひっっ!!」
「…………待った。その、声」
アカツキの声が震えのを感じ取る。
そう。そうだよ。
今お前の目の前にいるのは、助けられなかった上官。前世で忠誠を誓っていたその相手。
リシュカはゆっくりと立ち上がる。
連合王国軍の外套を脱ぎ、露わになるのは帝国軍の外套。階級章は偽装も兼ねて誤魔化してある為、本来のものではない。どうせすぐに偽装もいらなくなるが。
「まさか、帝国軍?!」
「警告。強大な魔力反応を検知」
「いや、そんな、まさか……。どう、して……」
「…………旦那様?」
「マスター……?」
「きひひひひひ。ひひひひひひっ!」
いいよ、たまんないよ。快感に満たさせてくれる反応をするじゃない。
真実に直面した、絶望した声。
あぁ、どんな表情をしているんだろうねえ。
リシュカは絶頂にも似た感覚を全身で感じながら、ゆっくりと彼等の方へ振り向いた。
「アカツキ・ノースロードォ。私、私ねぇ。お前にずっと、ずっと会いたかったんだよぉ?」
アカツキは、口角の両端を歪めて笑うその表情を見てしまう。
アカツキは、会ってしまう。
前世で何度も何度も見た、尊敬していた上官の顔を。よりにもよって、この世界で。帝国軍の軍服を見に纏い狂笑する彼女を。
前世は高槻亮。今はアカツキ・ノースロード。
前世は如月莉乃。今はリシュカ・フィブラ。
二人は遂に、対面してしまった。
12の月13の日
午後11時25分
統合軍野営地点より東9キーラ地点
しんしんと雪が降る静かな夜。少量ながらも雪が積もり始めた中で、森の中を慎重に歩みを進める集団がいた。着ている外套は統合軍のそれ。連合王国軍の国章もある。
だがこの地点は統合軍の野営地点よりやや離れており、歩哨が監視をするには若干遠い地点でもある。
となると、ここにいるのは誰なのだろうか。
「リシュカ閣下、Aの野営推測地点まであと九キルラです」
「雪が降って助かったよ、パラセーラ。満月のもとだと相手に見つかりやすいし」
「代わりにどこにいるのかが分かりにくくなりましたが……」
「この辺りは自分に任せてください。ほんの十キルラ先が故郷の町です」
「頼むねサフコフ中尉。こういう隠密行動は地元の奴の土地勘が重要だから」
「はっ」
森の中にいたのは統合軍ではなく帝国軍。それも、リシュカとパラセーラが率いる『断頭大隊』のうち二個小隊だった。
何故彼女らがいるのか。それは連合王国軍大将ブリックが戦死した翌日に遡る。
「ちょっとクソ英雄の心をへし折ってくる」
リシュカのたった一つの発言だ。
勿論、突拍子のない発言ではない。事前に打ち合わせはされていたし、だからこそリシュカが今の立場にある。
リシュカが率いる第八軍の幕僚にせよ全体を率いるシェーコフにせよ周知の事実だったから、いよいよか。くらいのものだった。
彼女がこの奇襲作戦、いわゆる『首狩り戦術』を行うにあたって動員したのは自身の精鋭一個大隊、『断頭大隊』である。この作戦の為に、『断頭大隊』には分隊単位で簡易ながらも魔法無線装置を装備していた。
奇襲を担当するのは二個中隊。一個中隊は作戦にあたって統合軍を混乱させる工作部隊だ。武器輸送トラックや派手に燃えそうな車両を襲撃。さらに時間が許す限りは破壊工作を行う。
リシュカとパラセーラなどの一個中隊は、分散して襲撃。アカツキが野営する地点を奇襲を担当する。こちらも離脱が難しくなるまでは徹底的な破壊と殺害を行い、アカツキと対敵。あわよくばアカツキの右腕たるアレンを殺せればという目標がある。
細かく説明すると以上のようになるが、作戦の目的はたった一つだ。
人類諸国の英雄アカツキへ、精神的一撃を与えること。後々に至るまで、彼の作戦能力を奪うことにある。
なお作戦の達成可否を問わず退却の時間は決まっている。いわゆる限界時間だ。これを過ぎると二個中隊は速やかに退却。彼女等の退却を援護するのは二個中隊と、進出していた中部方面戦線から一個旅団。中部方面は統合軍の防御線が薄く、リシュカたちがいる地点まで約四〇キーラまでであれば、極わずかな時間に限り進めることができていた。当然リシュカ達を回収すればこの一個旅団もすぐに元の戦線に戻る予定だ。
時刻は十二時前。作戦決行は日付が変わってから適当な時間で。帝国軍の精鋭達は作戦開始まで息を潜めて待っていた。
「あの、リシュカ閣下」
「どうしたの、パラセーラ大佐」
「この作戦、果たして本当にアカツキは心折れるでしょうか」
「折れるよ、間違いなく。奴はここまで敗北の味を知らなかった。だけど今はどう? 帝国軍にコテンパンにされて、戦線は大幅に後退。今あいつは自信を失いかけている。このままムィトゥーラウにまで無事戻れば雪辱を晴らしにかかってくるだろうけど、その前にヒビの入った心に一撃ってわけ」
「なるほど……。リシュカ閣下が仰っていた、相手が嫌がる事を徹底的に行うの代表ですね」
「そゆこと」
(ま、それだけじゃないけどね。むしろ、私の存在自体があのクソ野郎にとって心を折る決め手になるはずだから。)
リシュカは表向きの理由をパラセーラに語り周りの部下も頷くが、内心は全く違う目的を持っていた。
アカツキはリシュカの前の姿、フィリーネが自身の上官であることを知っている。何せ知らせたのはリシュカ自身なのだ。
アカツキは自身の上官が恨みと呪詛を吐き散らして死んだと思い込んでいる。ここ数日になってやっと生きているかもしれないという疑念が生じていたが、アカツキはそんな訳が無いと思っている。
そんな所にリシュカが現れたらどうなるか。何せ、この姿が前世の姿であるのを知っているのはアカツキだけ。前世の姿をしたリシュカがアカツキの目の前に現れれば、しかも帝国軍として現れれば想像に難くない。奴の性格上心を壊すまでは行かなくても相当なショックを与えられるはず。
アカツキの前世を知るがゆえに、リシュカは残酷極まりない手に打って出たわけである。
「パラセーラ大佐。今回は何もクソ英雄を殺すのが目的じゃないから気楽に行こうよ。周りを固めてるのがヤバい奴らばっかりだから気は抜けないかもしれないけど、こういう奇襲作戦は楽しんでこそだよ」
「はっ。リシュカ閣下の心持ちを尊敬致します」
「ねー、それって良い意味で言ってる?」
「はい。私は、緊張しておりますので」
「あっそう」
リシュカは興味なさげに返す。
彼女等が雪夜の中で確実に近づくうちに、軍服の内ポケットにしまってある懐中時計の時刻は日付が変わった事を告げていた。アカツキ達が野営している地点から四キルラ半の地点である。
森の出口であるからか歩哨が三人いたが、無残な姿に成り果てていた。
「そろそろ第二中隊がドカンとやる頃かな」
「時刻的にはまもなくですね。ここから北北東三キルラで実行のはずです」
「第一中隊は分散したし、あとは待つだけだね」
「はい」
「吐気を催すこの外套もおさらばだよ。ったく、作戦とはいえこんなのいつまでも着たくないっての」
「作戦が始まって敵地に行けばいらなくなりますから、どうかご辛抱を」
リシュカが統合軍の外套を羽織ること自体に嫌悪していると、パラセーラが彼女を宥める。パラセーラはリシュカが余程統合軍を憎んでおられるのだろうくらいにしか思っていない。
さらに数分後。遂に作戦開始の合図が発せられた。
パラセーラが言っていた地点から大きな爆発音が立て続けに複数響いたからである。
「よしきた」
「閣下。特定符号が届きました。『片付けが嫌なので散らかした』です」
「了解。『徹底的に散らかせ』を送れ」
「はっ」
「てわけで、貴様等行くぞ。クソ英雄に挨拶だ」
『御意』
リシュカ達は行動を開始した。
深夜に突如として爆発が起きたことにより、精神的に摩耗していた統合軍は一挙に混乱に陥る。いかに統合軍と言えども今の精神状態とこの状況では統率が戻るまでに暫くの時間がかかるだろう。それ程までに統合軍の兵士達は消耗していたのである。
リシュカ達は、統合軍の外套を着ているだけあって彼等に紛れていても誰も気付かない。それどころではないからだ。
むしろ、彼女等に声を掛ける者すらいた。
「なあこれどういうことだよ!」
「分からないわ! でもあっちの方で何か爆発があった! アカツキ大将閣下を守らないと!」
「ちげえねえ!! 俺はともかく現場に向かう!! 頼んだぞ!!」
ある士官がパラセーラに話し掛けてから二言、三言交わすと工作部隊が爆発させた方へ向かっていった。
「…………意外とバレないものなのですね」
「こっちで同じことやられたら一時的でも今みたいになるでしょ。外套二枚重ねも、今の寒さならやってる奴もいるから怪しくないし」
「確かに……。とりあえず向かいますか」
「うん。もしかしたら推定地点にいないかもしれないけれど、念の為にね」
「はっ」
リシュカ達は分散してアカツキがいるであろう地点へ向かう。
すると向かう途中の、残り一キーラ半地点になってこんなやり取りが聞こえてきた。
「アカツキ大将閣下は!?」
「ついさっきリイナ准将閣下にエイジス特務官と共に早々にテントから出られた! 爆発地点に向かってる!」
「なんだって!?」
「話によると、帝国軍の連中を見つけたって報告に飛び出したって!」
「どこへ向かわれたんだ!?」
「森の方角だ! 破壊工作目的ならさっさと退いてる可能性があるからって!」
「了解した!」
その声はアレン大佐と部下のやり取りだった。彼はすぐさまアカツキ達がいるであろう地点に向かう。
「まーじかー。連中、自ら火に入ってくれようとしてんじゃん」
「手間が省けましたね。人形までいるのは厄介ですが、既定路線です」
「けど、このままだと先回りは厳しいねえ。仕方ない。移動しながら通信を送るかー」
リシュカはパラセーラと数名の部下を引き連れて、走り出す。
途中、リシュカは部下にこのような通信を行った。
『パパとママは人形を抱えて向かった。近所のおじさんも向かう。ただし、散らかした部屋ではなく庭。庭に向かう前に、もう一部屋散らかせ』
内容を訳すると以下のようになる。
『アカツキとリイナはエイジスを伴い移動開始。アレンも向かう。ただし工作地点ではなく森の方角。森へ向かわせる前に工作地点より南でもう一箇所爆発させよ』
これらはアカツキ達に早く森へ向かわせないようにする為だ。時間稼ぎである。
わずか二分後。リシュカの命令通り爆発がもう一度起こる。これでアカツキ達は森へ向かう前に足止めを食らうことになった。
「どこで獲物を待ちますか?」
「最初の地点からちょっと離れたあたり。ここにしよう」
リシュカが指定したのは森が僅かに西に伸びた地点だった。
最初の爆発地点の南で、ただし野営地点よりやや離れているが故に人が少ないであろう場所。しかし、最初の爆発地点に向かうには最短経路だ。
「お前達は森に入り隠れて待機。ギリギリまで魔力は隠匿。人形に魔力を察知されるからね。ただし、いかにもこの辺りで戦闘がある雰囲気を出す為の法撃時のみは別ね」
「御意」
リシュカは目的地に到着すると、部下を待機させた。
あとはここでアカツキ達を待つだけだ。
「さて、どうやって待とうか。怪我したフリしてもいいし、あ、そうだ。もし来たら錯乱したフリしよっかな。けってーい」
リシュカがニヤニヤと笑うと、パラセーラに合図を送る。
するとパラセーラは派手ではあるがさほどの威力はない法撃を放ち、盛大な爆発音が広がる。これでアカツキは釣れるだろう。
「いつ来るかなぁ。楽しみだなぁ」
奴に会える瞬間が待ち遠しい。まるで恋人を待つように心が弾む。実際は真逆であり、アカツキの絶望に満ちた顔が見たいだけであるが。
「早く早くぅ。お前に会いたくて、仕方ないんだけどなぁ」
リシュカは笑みを抑えきれないが、まだその時ではない。とびっきりの歪んだ笑みで迎える為に、今はまだ笑ってはいけないのだ。
二分半後。その瞬間は訪れた。
「マスター! 友軍の兵士を発見! 単独です!」
「こんな所でなんで!? もしかしてさっきの攻撃で!?」
「とにかく保護してあげましょう!」
(きたきたきたきたきたきたきた!!!!)
エイジス、アカツキ、リイナの声が聞こえてきた。
リシュカはすぐに近付けさせないように、演技を始める。あくまでアカツキに悟られないように、作った声で。
「やだやだやだやだ!! こないでぇぇぇぇ!!」
初級火属性の火炎弾を放つ。この攻撃だけでは大した能力を持たない魔法能力者と思えるように、わざとかなり微弱な法撃になるよう操作して。
「ちょっと! まさか錯乱して?!」
「無理もないよリイナ。こんな状況だ」
(くひひひ、騙されらぁ。)
リイナとアカツキの反応にリシュカがほくそ笑む。
だが、もう一人の目まではごまかせなかった。
「警告。マスター、目の前の当該人物は魔力を操作している可能性あり。精神変調……、異常無し。矛盾しています」
「どういうこと……?」
(ちっ。クソ人形の目までは誤魔化せないか。ここまでだね。)
「旦那様。下がって。確かに様子がおかしいわ」
「…………だね。ってことはつまり」
リイナとアカツキもエイジスから送られてくる共有情報で気付いたのだろう。
リシュカも、演技はここまでだと考えた。
となれば、もう隠し通す必要も無い。
「くひ、くひひひひひ。ひひひひひひっっ!!」
「…………待った。その、声」
アカツキの声が震えのを感じ取る。
そう。そうだよ。
今お前の目の前にいるのは、助けられなかった上官。前世で忠誠を誓っていたその相手。
リシュカはゆっくりと立ち上がる。
連合王国軍の外套を脱ぎ、露わになるのは帝国軍の外套。階級章は偽装も兼ねて誤魔化してある為、本来のものではない。どうせすぐに偽装もいらなくなるが。
「まさか、帝国軍?!」
「警告。強大な魔力反応を検知」
「いや、そんな、まさか……。どう、して……」
「…………旦那様?」
「マスター……?」
「きひひひひひ。ひひひひひひっ!」
いいよ、たまんないよ。快感に満たさせてくれる反応をするじゃない。
真実に直面した、絶望した声。
あぁ、どんな表情をしているんだろうねえ。
リシュカは絶頂にも似た感覚を全身で感じながら、ゆっくりと彼等の方へ振り向いた。
「アカツキ・ノースロードォ。私、私ねぇ。お前にずっと、ずっと会いたかったんだよぉ?」
アカツキは、口角の両端を歪めて笑うその表情を見てしまう。
アカツキは、会ってしまう。
前世で何度も何度も見た、尊敬していた上官の顔を。よりにもよって、この世界で。帝国軍の軍服を見に纏い狂笑する彼女を。
前世は高槻亮。今はアカツキ・ノースロード。
前世は如月莉乃。今はリシュカ・フィブラ。
二人は遂に、対面してしまった。
0
あなたにおすすめの小説
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
ステータス画面がバグったのでとりあえず叩きます!!
カタナヅキ
ファンタジー
ステータ画面は防御魔法?あらゆる攻撃を画面で防ぐ異色の魔術師の物語!!
祖父の遺言で魔女が暮らす森に訪れた少年「ナオ」は一冊の魔導書を渡される。その魔導書はかつて異界から訪れたという人間が書き記した代物であり、ナオは魔導書を読み解くと視界に「ステータス画面」なる物が現れた。だが、何故か画面に表示されている文字は無茶苦茶な羅列で解読ができず、折角覚えた魔法なのに使い道に悩んだナオはある方法を思いつく。
「よし、とりあえず叩いてみよう!!」
ステータス画面を掴んでナオは悪党や魔物を相手に叩き付け、時には攻撃を防ぐ防具として利用する。世界でただ一人の「ステータス画面」の誤った使い方で彼は成り上がる。
※ステータスウィンドウで殴る、防ぐ、空を飛ぶ異色のファンタジー!!
魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。
それは、最強の魔道具だった。
魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく!
すべては、憧れのスローライフのために!
エブリスタにも掲載しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~
蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。
情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。
アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。
物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。
それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。
その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。
そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。
それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。
これが、悪役転生ってことか。
特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。
あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。
これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは?
そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。
偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。
一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。
剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。
おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!?
俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。
※カクヨム、なろうでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる