異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜

金華高乃

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第21章 英雄の慟哭と苦悩と再起編

第1話 あの日の言葉と、軽蔑の瞳を向けるあの人。

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 ・・1・・
 20XX年
 日本国・東京都内某所


 僕は目を開けた。
 そこは今僕が生きている世界ではなくて、かつては馴染みのあった世界だった。今より高い背丈や服装。お店のテーブルの、自分の前に置いてある携帯端末からすぐ分かった。
 そうか、これは夢か。少なくとも前世地球の日本。一度来た覚えのあるお店だから、東京都内の会員制のバーだろう。周りを見渡すと懐かしい面々がいた。僕がかつて所属していた部隊の同僚が何人かいて他に知らない人がいないことから、バーは貸切。
 となると、ここの会員でこんなことが出来るのは一人しかない。
 僕はカクテルグラスを片手に持って少しだけ傾けながら、煙草を吸う。日本じゃ慣れ親しんでいた銘柄だ。
 視線を斜め前に移す。
 そこにいたのは、ああ、僕の知っているあの人だ。
 如月中佐がいた。今は同僚と楽しそうに何かを話している。
 少なくともあんな憎悪に満ちた表情はしていない。嘲笑うような表情もしていない。瞳は濁っているかもしれないけど、この時ばかりかは楽しんでいる様子のあの人だった。
 この時はいつだったか、携帯端末を触る。
 ああ、神崎少佐が良い意味で豹変した作戦の後か。アフリカ中部で急遽僕達が向かわされて、以前から如月中佐に反発していた神崎少佐があの人の命令を無視した作戦だ。神崎少佐が率いていた部隊は一時的に孤立して、けれども如月中佐は普段から言っている言葉通りに彼を救った戦い。あの時僕は基地にいる方の部隊に所属していて、小隊長だった。
 神崎少佐は救われてから人が変わったみたいに如月中佐に尊敬の眼差しを向けるようになった。そして今に至る。
 懐かしい。もうずっと昔のことみたいに懐かしい。
 僕は煙草をまた口にくわえると、息を吸い、紫煙を吐いた。
 そうしていると、さっきまで同僚と話していた如月中佐がこっちにやってきた。ひらひらと小さく手を振っている。
 僕は手を振り返すと、如月中佐は隣に座った。

 「高槻、楽しんでる?」

 「ええ。会員制のバーなんていくら士官の給料でもそうそう行けるとこじゃないですし、何よりお酒が美味しいので満喫してますよ」

 「そりゃ良かった。この前の任務、本当にご苦労さま。どっかのバカのせいで余計な迷惑をかけたね」

 「お気になさらず。命令ですし、我々の部隊訓に沿った行動をしたまでですから」

 「相変わらず高槻は真面目だねえ」

 「軍務ですから流石にそこは。でも、こういった飲みの席では別ですよ?」

 「そりゃそーだ。飲み会でもくそ真面目にされたら私がびっくりするよ。まー、ここはいつもの居酒屋と違うから皆弁えて大人しいけど」

 「仮にもいるのは行儀のいい士官クラスですからね。何かやらかしたら出禁にされる上、如月中佐に何を言われるかってのもあるんじゃないですか?」

 「常識のある振る舞いさえしてくれればいいよ。私はね」

 如月中佐は笑いながら言う。
 それからしばらくは、プライベートな事を話していた。今回の任務成功にあたって、今日は別とした特別休暇をどう過ごすのか。とか、趣味のことだとか。なんの取りとめもない話。
 そういった話が落ち着いたあと、割と真面目な仕事の話になった。

 「ねえ、高槻。お前ってさ、自分が大隊長とかその先の指揮官になることって考えた事はある?」

 「そうですね……。一応は士官学校出ですから最終的には連隊や旅団あたりには落ち着くとは思いますけど、今はまだ。漠然としたイメージしかありません」

 これは夢だ。だから僕は当時の考えを自然に口にする。

 「出世欲があるんだか、ないんだか。でもま、私より少し下の年齢だもんね。まださ」

 「中佐が異例すぎるだけですよ。これでも自分の年齢からしたら出世は悪くない方ですよ。特に五〇五に入ってからは、割と出世してるかと」

 「戦闘に参加してるからよけーにね。話は戻るけど、お前だっていつかは大隊長になったり連隊長になったりするでしょ。今は小隊長や中隊長だから、隊員と隊員の繋がりが大事だし、絆の力が重視される。私は精神論者じゃないけれど、連携の力が要になる軍においては無視出来ないと思ってる」

 「そうですね。小隊長、中隊長あたりまでであれば作戦を成功させつつもいかに部下を気にかけ生きて帰すかが重要だと思います。時には先頭に立って戦うことも厭いません」

 「大体正解。小隊長や中隊長くらいをやる辺りまでならそれでいいよ。じゃあ、大隊長になったらどういう視点に立つべきだと思う?」

 「そうですね……。今より視点が広がりますから視野狭窄は禁物なのは分かりますが……」

 「士官学校出としては満点の回答じゃないかな」

 「では、中佐はどうお考えで? 中佐ならこのまま進めば間違いなく連隊、旅団、師団長も目指せると思いますが。もしくは、本部の参謀あたりとかも十分に果たせるかと」

 僕は素直な感想をそのまま口にしていた。
 当時の僕は、如月中佐が将来的には実戦部隊ならいつかは師団長に。損耗率を極限まで抑えている作戦立案の実績も踏まえれば本部の作戦参謀は絶対に務まると思っていた。例えば、十年後には作戦参謀次長とかね。
 如月中佐はいつも吸ってる銘柄の煙草に火をつけて紫煙を天井に上げてからこう言った。


 「そうだねえ。私は大隊のお前達を大切な部下達と思いながらも、大隊定数の数字としても見ているよ」

 「それは、兵力としてですか?」

 「そそ。大きな見方で言えば人的資源かな。この言い方は軍全体でよく用いられるけど、大隊以下でも言えるっちゃ言えるけどね」

 「兵力を人的資源として見る観点は第二次大戦の頃には確立していますからね。総力戦が提唱されてる頃からとも言えますが」

 「まあね。現代戦理論において、兵士は数として見られる。だから私もお前達を数として考える事もある。なんでかって言うと、簡単な話。私は指揮官だ。作戦を成功させることが一番。だから時には残酷な判断をしなきゃいけないわけ。例えば、私達精鋭部隊が殿だとする。友軍を無事撤退させる為に時間を稼がなきゃいけない。そうなったら私は迷わずこう言うよ。『お前達、私の為に死んでくれ』ってね」

 「覚悟は出来ております。あぁでも、それを自分も言えるかってことですか」

 「ごめーとー。お前も場合によっては言う立場になるわけ。きっついよ。死ねって言うのは。私はそれが嫌だから常に頭で考えて損耗率を抑えてるけどね。でも、展開によっては言わないといけない時も来る。だからお前も、いつかは言える上官になれ」

 「…………」

 如月中佐は良い上官だと思う。こんな事も正直に口にしてくれるからだ。
 でも僕達はとっくに覚悟出来ている。それは愛国心だとかそんな大それたもんじゃない。上官が如月中佐だからだ。如月中佐になら、作戦の為に死ねと命じられたら死ぬ。
 最後の言葉は、お前もいつかそういう立場になるのだから言えるようになれ。つまりは部下を今のような見方ではなく数字で見るようになれ。ともいっているんだろう。

 「と、まーこんな酷いことも言うけどさ。結局私は大切な部下は最後まで死なせたくないから救える限り救うけどね。常に部下の軽んじる事なく、誰もが生きて帰れるようにする。その為の作戦を組み立てて意識してる。お前もそうなれ」

 「そして五〇五のスローガンですね。『決して諦めず、決して命は捨てず、なれども戦友が危機に有れば命を懸けて見捨てるな』でしょう」

 「うんうん。そゆことー」

 如月中佐は笑う。
 僕はこの人みたいな大隊指揮官に、そしていずれかはもっと大きい単位の部隊長になれたらと思った。
 いつかは如月中佐が師団長で、自分が旅団長だとか。如月中佐が作戦参謀長で、自分が師団長だとかそんなイメージ。
 でもそうはならなかった。
 ならなかったんだ。


 ・・Φ・・
 突然、風景が切り替わった。
 真っ黒な世界で、自分にだけ光が当たる孤独な世界だ。
 僕以外、誰もいない。

 「なんだここ……」

 いつの間にか自分の姿は、今生きている世界の姿になっていた。アカツキ・ノースロードとしての自分だ。

 「お前は、尊敬する人から何も学んでいないな」

 「…………誰だ」

 突如声がした。男とも取れる、女とも取れる不気味な声だ。

 「お前は、何も学んじゃいないな。あの時、今お前がやっている戦争で重要なアドバイスがあったのに何も実行していない」

 「そんなことは、ない……」

 「じゃあどうして視野狭窄になっていた? お前は戦争に勝ち続けていたから勝利病になっていたのではないか?」

 「違う」

 「ならば、何故帝国軍の大侵攻を見抜けなかった? 常識に囚われていたのではないか?」

 「……違う」

 「何故アルネセイラの惨事を見抜けなかった? もしお前が勘づいていれば、何十万も救えたのにな?」

 「違う! 違う違う違う違う違う!! じゃあ、どうすりゃいいって言うんだよ!! 核爆弾のない世界でどうして見抜けるって言うんだよ!!」

 「見抜けただろ。現に、お前の国では基礎研究理論レベルだが類似研究を行っていた。であるのならば敵国でも同じような事があってもおかしくないはずだ。例えば、地球のドイツやイギリスやアメリカのように。日本のように」

 「けど……、そんなの……」

 「結局は視野狭窄に思考停止だ。妖魔帝国は人的資源が豊富で魔法の一面は優れるが、大量殺戮兵器なんぞ開発し、あまつさえ実戦投入出来るなんて考えなかっただけだ」

 「違う……、違う……」

 「違わないな。お前は思っていたはずだ。『連合王国が優れていて、妖魔帝国が劣っている』と。その結果はどうだった?」

 「…………」

 「ほら、否定出来ない。それが何よりの証拠じゃないか」

 不気味な声は延々と語りかけてくる。まるで全てが僕の責任だと罵倒するように。

 「黙れ、黙れよ……」

 あぁ、そうだ。そうだよ。全部僕の責任かもしれないさ。
 でも、どうすれば全部見抜けて防げたって言うんだよ。
 僕は神じゃない。ただの人だというのに。

 「黙れだと? よく偉そうな口が叩けるものだな? 敬愛する上官も救えなかったのにな?」

 「…………」

 「お前がもしリチリア戦の直後にフィリーネがかつての上官だと見抜けていたら?」

 「…………」

 「お前がもしフィリーネが窮地に立たされていた時に協商連合の愚行を止められていたら?」

 「…………やめろ」

 「止められなかったとしても、自身の英雄という立場を使って救えなかったのか? 内政干渉だろうとなんだろうと、救えなかったのか?」

 「やめてくれ……」

 「だが、お前は全部やらなかった。目を背けた。救わなかった。で、どうなった? お前の前に立ったのは誰だった?」

 「やめろっっっっ!!!!」

 「やめないね!! 恩も返せないお前に延々と言い続けてやるさ!!」

 不気味な声は、膝をついて俯く僕をなじる。
 すると直後、正面に光が当てられていた。
 僕は顔を上げた。
 いたのは、如月中佐だった。
 如月中佐は、僕を見下すような顔つきで軽蔑した目付きだった。

 「きさらぎ、ちゅう、さ……」

 「お前を許さない」

 「ちが、ちがうんです……」

 「お前を許さない。許して、なるものか」

 「お願いですから、僕の言葉を……」

 「お前を許さない。だから、殺してやる」

 「きさらぎ、中佐っ! 僕はっ!」

 「殺してやる。殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」

 「あぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!!!」

 音が聞こえた。
 如月中佐が銃を構え、安全装置を外した音。
 目の前に銃口が突きつけられる。
 如月中佐は、心底冷めた顔と目と声で言った。

 「死ね」

 銃声。
 直後、光景は暗転した。
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