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第21章 英雄の慟哭と苦悩と再起編
第2話 真実を語るアカツキ
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・・2・・
「あぁぁぁああぁぁぁああ!!!!!!」
「旦那様!?!?」
「マスター!!」
夢から覚めた僕は叫び声を上げる。
ここがどこだか分からない。現実との区別がつかない。
だけれども、リイナとエイジスの声が聞こえた事から少なくとも夢の世界から離れたことだけ分かった。
「僕は、ぼくは、ぼくはぁ……。あぁぁぁあ、あぁぁぁああぁぁぁあ……!」
「落ち着いて、落ち着いて旦那様。大丈夫。大丈夫だから。私はここにいるから」
僕は誰かに包まれる。リイナだった。リイナが強く抱き締めてくれていた。
それでも心に吹き荒ぶ嵐は止まない。
「僕は、どうして、どうして……、どうして……。ごめんなさい……。ごめんなさい……」
「大丈夫、大丈夫だから。アナタを責める人は誰もいない。私はここにいるわ」
「ごめんなさい……、許してください……、許して、ください……」
「ここにはアナタを大切に思う人しかいないから」
「僕は、僕は……。なんで、どうして、何も、何も……」
リイナはずっと声を掛けてくれている。でも、聞こえているけど、届かない。
「旦那様……」
「ごめんなさい……、ごめんなさい……」
あの人に謝り続ける中で、リイナは抱き締めるだけでなくゆっくりとあやすように頭を撫でてくれた。
それでようやく、少しだけ心が落ち着く。リイナの身体は暖かくて、優しかった。
荒く浅い呼吸も、ちょっとずつだけど平静を取り戻していった。
「リイナ……、リイナだよね……?」
「ええ、私よ旦那様。リイナよ」
「リイナ……、リイナ……」
「はい、旦那様。私はここにいるわ」
「エイジス、エイジスは……?」
「ワタクシはここにいます、マスター」
もう一人からも抱き締められる感覚。もしかして、エイジスは人間大になったんだろうか。サイズはこの際どうでもよかった。何かに包まれる安心感が欲しかった。
「ごめん、もうちょっと、このままでいさせて……」
細く、ポツリとこぼす僕の言葉に二人は何も言わなかったけれどそのままでいてくれた。
さっきまでの光景は悪夢だった。
夢だけど、突きつけられた現実でもある。それがずっと頭にこびりついて離れない。張り裂けそうな心では、誰かの温かさを感じないと頭がどうにかなりそうで、なりそうで。だから僕は二人に自身を預けたかった。
結局、ある程度話せるようになるまでかなりの時間を要してしまった。
そこで初めて僕は自分がいる場所に気付く。病室だった。場所はどこか分からないけど、予想はつく。途切れる前の記憶を辿っていき、いた場所を考えればムィトゥーラウあたりだろうか。
「少し、落ち着いたみたいね」
「うん……。たぶん……。会話は、出来ると、思う……」
「無理しなくてもいいのよ……?」
「いいんだ……。その、リイナ、エイジス。ごめん……、ごめんなさい……。重役を放り出して、僕はこんな……」
僕は上半身をリイナに預けたまま、謝罪を口にした。リイナもエイジスも責め立てる顔はしていない。むしろ優しく微笑んでくれていた。
「謝らなくていいのよ、旦那様。アナタが無事で、目を覚ましてくれて、それだけでいいの」
「マスター、ご安心を。ワタクシは何があろうともマスターをお守り致します」
「ありがとう……」
この後聞いたけど、リイナは僕に代わって三個軍の代理指揮をしてくれたという。自分が任された役目を放棄して、こんな風になっているのが申し訳なくて情けなかった。
それから、ようやく動き始めた頭で戦況を聞く。
僕が倒れている間も、マーチス侯爵と前線指揮官が必死に帝国軍を食い止めていた。帝国軍の前進こそ阻止出来ていないものの、数日前に比べればずっと前進速度は落ちている。そこでマーチス侯爵はムィトゥーラウから約一〇〇キーラ地点を防衛線として、帝国軍を迎え撃つことに決めたらしい。ドエニプラとソルコフを失陥している現状において、ムィトゥーラウは絶対に落とさせないという決意が伝わる戦略だ。ここを失うと次は統合軍にとって後が無くなるオディッサだから最良の判断だろう。
「そっか……。流石はマーチス元帥閣下だね。僕よりもずっと上手い采配をしてるよ……。こんな、僕よりもね……」
「そんな事は……」
「退却させていた統合軍中でも最大のまとまった戦力である三個軍の指揮を放棄した僕が? …………ごめん、なんでもない」
「マスター…………」
でも、僕の頭はとてもじゃないけど正確な分析が出来る状態では無かった。
今も常にあの人の顔と言葉が離れないからだ。
それだけじゃない。
きっと僕は、夜間襲撃で接敵してから今も含めてあの人の事を口にしているかもしれないし、してなかったとしてもリイナ達から見れば接点の無いリシュカ・フィブラ。つまりあの人の姿を見てからの僕の様子に何か怪しんでいる可能性がある。
となると、十中八九聞いてくるだろう。
僕が転生者で、純粋なこの世界の人間じゃないことも。
フィリーネ・リヴェットとリシュカ・フィブラの正体のことも。
あの人と自分がどんな関係なのかも。
今までは言えなかった。でも、もう隠し通せないだろう。
果たしてその時に、リイナは、エイジスは僕に対してどう言うだろうか?
この世界の人間じゃない、異質な存在を受け入れてくれるだろうか?
彼女が愛していたのが、実は別世界の者だなんて真実を告げられたら。
ずっと隠していただなんて知られたら。
リイナは、エイジスはどう思うだろうか。
そして、許してくれるだろうか?
………………許してくれる?
なんておこがましい自分勝手な考えだろうね。
嘘をついていた。隠していたなんて知られたら、結末なんて知れているじゃないか。
きっと、彼女達は……。
でも、もう隠せないだろうね……。
だけど口は開けない。
「ねえ、旦那様」
「な、なにかな……」
迷宮に入り込んだような思考の途中、リイナに話しかけられて僕はびくりと肩を揺らし、震わせた。
「怯えないでいいのよ、旦那様。たぶん、きっと、旦那様の考えている事を私は分かるから。エイジスも、ね」
「…………」
「エイジスから聞いたわ。クリス大佐と会った日の夜。アナタは、今と似た様子だったって」
あぁ、やっぱり。
「…………申し訳ありません、マスター。しかし、どうしても言わなければと勝手な判断を致しました。ですから、ワタクシはマスターのどんな罵倒も受け入れます。良くも命令違反をしてくれたなと罵って頂いて構いません」
「…………いいんだ、エイジス。僕は君にそんな事はしない。出来ない。君には何度も、命を救われているから」
「ありがとうございます、マイマスター」
エイジスは眉を下げて、頭を下げていた。
「それでね、旦那様。エイジスもなんだけど、私はアナタとあの女、リシュカ・フィブラに何かあるって推論に至ったわ。そうでなければエイジスが見た旦那様と、あの夜の旦那様の様子の原因が一致しないの」
「それは……」
「私はね、別にアナタを責めるつもりなんて全くないの。旦那様が何かを隠したくてだから隠して、今まで私達に言わなかったなんてことなんてどうでもいいの。ただ、知りたいだけ」
「僕は……」
「旦那様。これは私からの、エイジスからのお願い。あの女と、旦那様。どんな繋がりがあるの?」
隠すなんて無理だ。だんまりも決められない。
ここまで詰められてしまったら、どう足掻いても話すしかないだろう。
僕は意を決した。
「リイナ……、エイジス……。今から話す事は、二人にだけじゃない。接してきた全員に隠してきた真実だ……」
「話して、くれるのね?」
「うん……。話さなきゃ、ダメだから……」
「ありがとう、旦那様」
この期に及んでも、リイナは微笑んでくれるのか。エイジスも受け入れてくれるのか。
あぁ。こんな顔させといて、僕は今から真実を話すんだ。
もう、どうにでもなればいい。
「…………リイナ、エイジス。結論から言おう。僕は、この世界の人間じゃない。元々は別世界の人間なんだ」
言ってしまった。言ってしまった。
僕が出した単語に、リイナとエイジスは目を丸くしていた。当然だろう。正直、こんなこと言われたらついに頭がおかしくなったのかなんて思われてもおかしくない。あの夜に錯乱した事を考えれば尚更だ。
ところが、リイナはこんな風に言ったんだ。
「そうなのね。やっと点と線が繋がったわ」
「………………え?」
点と線が繋がった?
え、なに、どういうこと?
僕の頭はまた混乱した。意味が分からない。どうしてリイナは僕が異世界の人間だと知ったんだ?
いつ? どこで? なんで?
疑問ばかりが頭に浮かぶ。
僕がそうしていると、リイナは話を続ける。
「実はね、旦那様が錯乱した後、ムィトゥーラウに搬送されてから私達がムィトゥーラウに到着するまでにココノエ陛下と話す機会があったの。その時、ココノエ陛下は仰っていたわ。『もしかしたら、アカツキは妾の国の記録に残る『流れ人』なのかもしれぬなあ』って。『流れ人』が何かも聞いたわ。あれもこれも、今まで旦那様が成してきた事と類似してる。となると、私は思ったの。旦那様も、『流れ人』なのかも。なんてね」
とんでもない話をしているのにも関わらず、リイナは至極落ち着いた様子で質問をしていた。エイジスもココノエ陛下の話を聞いていたのだろう。いつもと変わらなかった。
逆に僕がびっくりしているくらいだった。自分が転生したんだから他にも事例があるとは思っていたけど、まさかココノエ陛下の国から記録として残っている事実を耳にするだなんて思わなかったから。
「『流れ人』……。そんな単語、初めて聞いたよ……」
「そうでしょうね。ココノエ陛下も旦那様にはこの話は一度もした事ないし、あくまでもしかしたら程度にしか思っていなかったらしいもの」
「…………流れ人、か。まさにその通りだよ。僕は、その流れ人そのものだ。今から八年前の一八三八年の二の月。リイナと初めて会う二ヶ月くらい前かな。僕はこの世界で目が覚めたんだ。本当は、死んだはずだったのに」
「死んだはずだった……? つまり、旦那様は生まれ変わったということかしら?」
「大体その認識で合っているよ。気付いたら、僕はアカツキ・ノースロードになっていた」
「じゃあ、それまでの旦那様は?」
「前の世界の僕ってことかな」
「ええ」
「…………前の世界の僕は、今と同じ軍人だった。今ほどの高い階級じゃないけどね。ああでも、この世界より技術も兵器もとても進んでいたよ」
それから僕は前世の話を始めた。
地球世界の歴史を二度の大戦も含めて簡潔に、それから日本がどんな国で、軍の体系や兵器についても。
僕がこの世界で成してきた改革は全部あっちで偉人達が行った事の後追いだ。軍事方面については自分が職業軍人だったし士官学校出だから大体覚えていたから出来たことも話した。
だから僕は英雄じゃない。単なる知識と経験からやれただけなんだって。それも、周りが協力してくれたから実現出来たんだって。
そして、あの人の事も包み隠さず全て話した。
「旦那様が前いた世界はとても進んでいたのね。この世界に比べれば大体一世紀分だなんて想像もつかないわ」
「便利な世界だったよ。いつでも誰とでもやり取りの出来る世界だったし、エイジスの情報共有を機械で実現出来る世界だった。僕が大人になってからは、歯車が狂い始めていたけれど。話を戻そうか。僕がこの世界で実行したのはね、全部あっちの世界が経験済みで歴史として知っていたからだけなんだ。別に、僕が考えたわけじゃない。なんにも、偉くないよ」
「けど、旦那様は多くの人々を救ったわ。豊かにもした」
「どうだろうね……。結局、戦争にケリをつけられていないし、今も沢山死んでる」
「だとしても、こうして敵国の本土で戦えてる事実があるわ。もし旦那様が改革をしなかったら、参謀本部はノイシュランデを放棄して本土防衛戦をしていたなんて予測もしているくらいにね」
「リイナ様に同意。」
そんな検証もあったなと頭の片隅で思い出す。
連合王国参謀本部はA号改革がされていなかった場合の戦争予測もしていたからね。ノイシュランデどころかアルネセイラもどうなったか分からない。ともあったっけ。
「でも、でも、だ……。僕はあの人を救えなかった事実は覆らない。あの人も『流れ人』としてこの世界にいた確信を掴めたのは、クリス大佐からの手紙が初めてだったんだ……」
「あの人、リノ・キサラギね。前の世界でアナタが尊敬していた上官。そして、フィリーネ・リヴェットであり、リシュカ・フィブラの正体」
「リシュカ・フィブラの姿形は、まさに上官の外見と同じだった……。まさか死んだと思っていた、救えなかったかつての上官が敵として現れるなんて想像もしていなかった……」
「全部、繋がったわ。だから旦那様は、リシュカ・フィブラを見て錯乱したのね」
「うん……。――これが、僕が隠していた真実だ。僕がフィリーネ・リヴェットの正体にもっと早く気付けていたら、あの時内政干渉してでもいいから動いていたら、どんな手段を使ってでも連合王国で保護していれば、こんな事には、ならなかったんだ……。あの人を、救えたんだ……」
「でも、そうはならなかったのね……」
「笑ってくれよ……。一人すら救えなかったことを……。そして、こんな真実をずっとずっと隠していた事を……」
「…………」
「君を何よりも大切な人だと思っているのに。君とは夫婦なのに。君を愛しているのに。なのに、僕はずっと嘘をついて、裏切りに等しい行為を続けてきた。話せるわけないなんて、言い訳だ」
「…………」
「だからリイナ。僕を貶してくれて構わない。罵倒してくれて構わない。ふざけるんじゃないわよくらい幾らでも言っていいんだ」
「…………」
「この裏切り者って言ってもいいんだ。そして僕を――」
「ちょっと待って」
リイナは僕の発言を返さない。けど、僕が続く言葉を言おうとしたところで遮った。
彼女は、怒っていた。
「ねえ、旦那様。今、アナタは何を言おうとしたの?」
「…………」
「言えないなら、アナタが言わずともこうしてやるわ」
リイナは声を震わせて、唇を噛んで。
僕の頬を平手打ちした。
「何をふざけたことを言っているのよ!!」
「あぁぁぁああぁぁぁああ!!!!!!」
「旦那様!?!?」
「マスター!!」
夢から覚めた僕は叫び声を上げる。
ここがどこだか分からない。現実との区別がつかない。
だけれども、リイナとエイジスの声が聞こえた事から少なくとも夢の世界から離れたことだけ分かった。
「僕は、ぼくは、ぼくはぁ……。あぁぁぁあ、あぁぁぁああぁぁぁあ……!」
「落ち着いて、落ち着いて旦那様。大丈夫。大丈夫だから。私はここにいるから」
僕は誰かに包まれる。リイナだった。リイナが強く抱き締めてくれていた。
それでも心に吹き荒ぶ嵐は止まない。
「僕は、どうして、どうして……、どうして……。ごめんなさい……。ごめんなさい……」
「大丈夫、大丈夫だから。アナタを責める人は誰もいない。私はここにいるわ」
「ごめんなさい……、許してください……、許して、ください……」
「ここにはアナタを大切に思う人しかいないから」
「僕は、僕は……。なんで、どうして、何も、何も……」
リイナはずっと声を掛けてくれている。でも、聞こえているけど、届かない。
「旦那様……」
「ごめんなさい……、ごめんなさい……」
あの人に謝り続ける中で、リイナは抱き締めるだけでなくゆっくりとあやすように頭を撫でてくれた。
それでようやく、少しだけ心が落ち着く。リイナの身体は暖かくて、優しかった。
荒く浅い呼吸も、ちょっとずつだけど平静を取り戻していった。
「リイナ……、リイナだよね……?」
「ええ、私よ旦那様。リイナよ」
「リイナ……、リイナ……」
「はい、旦那様。私はここにいるわ」
「エイジス、エイジスは……?」
「ワタクシはここにいます、マスター」
もう一人からも抱き締められる感覚。もしかして、エイジスは人間大になったんだろうか。サイズはこの際どうでもよかった。何かに包まれる安心感が欲しかった。
「ごめん、もうちょっと、このままでいさせて……」
細く、ポツリとこぼす僕の言葉に二人は何も言わなかったけれどそのままでいてくれた。
さっきまでの光景は悪夢だった。
夢だけど、突きつけられた現実でもある。それがずっと頭にこびりついて離れない。張り裂けそうな心では、誰かの温かさを感じないと頭がどうにかなりそうで、なりそうで。だから僕は二人に自身を預けたかった。
結局、ある程度話せるようになるまでかなりの時間を要してしまった。
そこで初めて僕は自分がいる場所に気付く。病室だった。場所はどこか分からないけど、予想はつく。途切れる前の記憶を辿っていき、いた場所を考えればムィトゥーラウあたりだろうか。
「少し、落ち着いたみたいね」
「うん……。たぶん……。会話は、出来ると、思う……」
「無理しなくてもいいのよ……?」
「いいんだ……。その、リイナ、エイジス。ごめん……、ごめんなさい……。重役を放り出して、僕はこんな……」
僕は上半身をリイナに預けたまま、謝罪を口にした。リイナもエイジスも責め立てる顔はしていない。むしろ優しく微笑んでくれていた。
「謝らなくていいのよ、旦那様。アナタが無事で、目を覚ましてくれて、それだけでいいの」
「マスター、ご安心を。ワタクシは何があろうともマスターをお守り致します」
「ありがとう……」
この後聞いたけど、リイナは僕に代わって三個軍の代理指揮をしてくれたという。自分が任された役目を放棄して、こんな風になっているのが申し訳なくて情けなかった。
それから、ようやく動き始めた頭で戦況を聞く。
僕が倒れている間も、マーチス侯爵と前線指揮官が必死に帝国軍を食い止めていた。帝国軍の前進こそ阻止出来ていないものの、数日前に比べればずっと前進速度は落ちている。そこでマーチス侯爵はムィトゥーラウから約一〇〇キーラ地点を防衛線として、帝国軍を迎え撃つことに決めたらしい。ドエニプラとソルコフを失陥している現状において、ムィトゥーラウは絶対に落とさせないという決意が伝わる戦略だ。ここを失うと次は統合軍にとって後が無くなるオディッサだから最良の判断だろう。
「そっか……。流石はマーチス元帥閣下だね。僕よりもずっと上手い采配をしてるよ……。こんな、僕よりもね……」
「そんな事は……」
「退却させていた統合軍中でも最大のまとまった戦力である三個軍の指揮を放棄した僕が? …………ごめん、なんでもない」
「マスター…………」
でも、僕の頭はとてもじゃないけど正確な分析が出来る状態では無かった。
今も常にあの人の顔と言葉が離れないからだ。
それだけじゃない。
きっと僕は、夜間襲撃で接敵してから今も含めてあの人の事を口にしているかもしれないし、してなかったとしてもリイナ達から見れば接点の無いリシュカ・フィブラ。つまりあの人の姿を見てからの僕の様子に何か怪しんでいる可能性がある。
となると、十中八九聞いてくるだろう。
僕が転生者で、純粋なこの世界の人間じゃないことも。
フィリーネ・リヴェットとリシュカ・フィブラの正体のことも。
あの人と自分がどんな関係なのかも。
今までは言えなかった。でも、もう隠し通せないだろう。
果たしてその時に、リイナは、エイジスは僕に対してどう言うだろうか?
この世界の人間じゃない、異質な存在を受け入れてくれるだろうか?
彼女が愛していたのが、実は別世界の者だなんて真実を告げられたら。
ずっと隠していただなんて知られたら。
リイナは、エイジスはどう思うだろうか。
そして、許してくれるだろうか?
………………許してくれる?
なんておこがましい自分勝手な考えだろうね。
嘘をついていた。隠していたなんて知られたら、結末なんて知れているじゃないか。
きっと、彼女達は……。
でも、もう隠せないだろうね……。
だけど口は開けない。
「ねえ、旦那様」
「な、なにかな……」
迷宮に入り込んだような思考の途中、リイナに話しかけられて僕はびくりと肩を揺らし、震わせた。
「怯えないでいいのよ、旦那様。たぶん、きっと、旦那様の考えている事を私は分かるから。エイジスも、ね」
「…………」
「エイジスから聞いたわ。クリス大佐と会った日の夜。アナタは、今と似た様子だったって」
あぁ、やっぱり。
「…………申し訳ありません、マスター。しかし、どうしても言わなければと勝手な判断を致しました。ですから、ワタクシはマスターのどんな罵倒も受け入れます。良くも命令違反をしてくれたなと罵って頂いて構いません」
「…………いいんだ、エイジス。僕は君にそんな事はしない。出来ない。君には何度も、命を救われているから」
「ありがとうございます、マイマスター」
エイジスは眉を下げて、頭を下げていた。
「それでね、旦那様。エイジスもなんだけど、私はアナタとあの女、リシュカ・フィブラに何かあるって推論に至ったわ。そうでなければエイジスが見た旦那様と、あの夜の旦那様の様子の原因が一致しないの」
「それは……」
「私はね、別にアナタを責めるつもりなんて全くないの。旦那様が何かを隠したくてだから隠して、今まで私達に言わなかったなんてことなんてどうでもいいの。ただ、知りたいだけ」
「僕は……」
「旦那様。これは私からの、エイジスからのお願い。あの女と、旦那様。どんな繋がりがあるの?」
隠すなんて無理だ。だんまりも決められない。
ここまで詰められてしまったら、どう足掻いても話すしかないだろう。
僕は意を決した。
「リイナ……、エイジス……。今から話す事は、二人にだけじゃない。接してきた全員に隠してきた真実だ……」
「話して、くれるのね?」
「うん……。話さなきゃ、ダメだから……」
「ありがとう、旦那様」
この期に及んでも、リイナは微笑んでくれるのか。エイジスも受け入れてくれるのか。
あぁ。こんな顔させといて、僕は今から真実を話すんだ。
もう、どうにでもなればいい。
「…………リイナ、エイジス。結論から言おう。僕は、この世界の人間じゃない。元々は別世界の人間なんだ」
言ってしまった。言ってしまった。
僕が出した単語に、リイナとエイジスは目を丸くしていた。当然だろう。正直、こんなこと言われたらついに頭がおかしくなったのかなんて思われてもおかしくない。あの夜に錯乱した事を考えれば尚更だ。
ところが、リイナはこんな風に言ったんだ。
「そうなのね。やっと点と線が繋がったわ」
「………………え?」
点と線が繋がった?
え、なに、どういうこと?
僕の頭はまた混乱した。意味が分からない。どうしてリイナは僕が異世界の人間だと知ったんだ?
いつ? どこで? なんで?
疑問ばかりが頭に浮かぶ。
僕がそうしていると、リイナは話を続ける。
「実はね、旦那様が錯乱した後、ムィトゥーラウに搬送されてから私達がムィトゥーラウに到着するまでにココノエ陛下と話す機会があったの。その時、ココノエ陛下は仰っていたわ。『もしかしたら、アカツキは妾の国の記録に残る『流れ人』なのかもしれぬなあ』って。『流れ人』が何かも聞いたわ。あれもこれも、今まで旦那様が成してきた事と類似してる。となると、私は思ったの。旦那様も、『流れ人』なのかも。なんてね」
とんでもない話をしているのにも関わらず、リイナは至極落ち着いた様子で質問をしていた。エイジスもココノエ陛下の話を聞いていたのだろう。いつもと変わらなかった。
逆に僕がびっくりしているくらいだった。自分が転生したんだから他にも事例があるとは思っていたけど、まさかココノエ陛下の国から記録として残っている事実を耳にするだなんて思わなかったから。
「『流れ人』……。そんな単語、初めて聞いたよ……」
「そうでしょうね。ココノエ陛下も旦那様にはこの話は一度もした事ないし、あくまでもしかしたら程度にしか思っていなかったらしいもの」
「…………流れ人、か。まさにその通りだよ。僕は、その流れ人そのものだ。今から八年前の一八三八年の二の月。リイナと初めて会う二ヶ月くらい前かな。僕はこの世界で目が覚めたんだ。本当は、死んだはずだったのに」
「死んだはずだった……? つまり、旦那様は生まれ変わったということかしら?」
「大体その認識で合っているよ。気付いたら、僕はアカツキ・ノースロードになっていた」
「じゃあ、それまでの旦那様は?」
「前の世界の僕ってことかな」
「ええ」
「…………前の世界の僕は、今と同じ軍人だった。今ほどの高い階級じゃないけどね。ああでも、この世界より技術も兵器もとても進んでいたよ」
それから僕は前世の話を始めた。
地球世界の歴史を二度の大戦も含めて簡潔に、それから日本がどんな国で、軍の体系や兵器についても。
僕がこの世界で成してきた改革は全部あっちで偉人達が行った事の後追いだ。軍事方面については自分が職業軍人だったし士官学校出だから大体覚えていたから出来たことも話した。
だから僕は英雄じゃない。単なる知識と経験からやれただけなんだって。それも、周りが協力してくれたから実現出来たんだって。
そして、あの人の事も包み隠さず全て話した。
「旦那様が前いた世界はとても進んでいたのね。この世界に比べれば大体一世紀分だなんて想像もつかないわ」
「便利な世界だったよ。いつでも誰とでもやり取りの出来る世界だったし、エイジスの情報共有を機械で実現出来る世界だった。僕が大人になってからは、歯車が狂い始めていたけれど。話を戻そうか。僕がこの世界で実行したのはね、全部あっちの世界が経験済みで歴史として知っていたからだけなんだ。別に、僕が考えたわけじゃない。なんにも、偉くないよ」
「けど、旦那様は多くの人々を救ったわ。豊かにもした」
「どうだろうね……。結局、戦争にケリをつけられていないし、今も沢山死んでる」
「だとしても、こうして敵国の本土で戦えてる事実があるわ。もし旦那様が改革をしなかったら、参謀本部はノイシュランデを放棄して本土防衛戦をしていたなんて予測もしているくらいにね」
「リイナ様に同意。」
そんな検証もあったなと頭の片隅で思い出す。
連合王国参謀本部はA号改革がされていなかった場合の戦争予測もしていたからね。ノイシュランデどころかアルネセイラもどうなったか分からない。ともあったっけ。
「でも、でも、だ……。僕はあの人を救えなかった事実は覆らない。あの人も『流れ人』としてこの世界にいた確信を掴めたのは、クリス大佐からの手紙が初めてだったんだ……」
「あの人、リノ・キサラギね。前の世界でアナタが尊敬していた上官。そして、フィリーネ・リヴェットであり、リシュカ・フィブラの正体」
「リシュカ・フィブラの姿形は、まさに上官の外見と同じだった……。まさか死んだと思っていた、救えなかったかつての上官が敵として現れるなんて想像もしていなかった……」
「全部、繋がったわ。だから旦那様は、リシュカ・フィブラを見て錯乱したのね」
「うん……。――これが、僕が隠していた真実だ。僕がフィリーネ・リヴェットの正体にもっと早く気付けていたら、あの時内政干渉してでもいいから動いていたら、どんな手段を使ってでも連合王国で保護していれば、こんな事には、ならなかったんだ……。あの人を、救えたんだ……」
「でも、そうはならなかったのね……」
「笑ってくれよ……。一人すら救えなかったことを……。そして、こんな真実をずっとずっと隠していた事を……」
「…………」
「君を何よりも大切な人だと思っているのに。君とは夫婦なのに。君を愛しているのに。なのに、僕はずっと嘘をついて、裏切りに等しい行為を続けてきた。話せるわけないなんて、言い訳だ」
「…………」
「だからリイナ。僕を貶してくれて構わない。罵倒してくれて構わない。ふざけるんじゃないわよくらい幾らでも言っていいんだ」
「…………」
「この裏切り者って言ってもいいんだ。そして僕を――」
「ちょっと待って」
リイナは僕の発言を返さない。けど、僕が続く言葉を言おうとしたところで遮った。
彼女は、怒っていた。
「ねえ、旦那様。今、アナタは何を言おうとしたの?」
「…………」
「言えないなら、アナタが言わずともこうしてやるわ」
リイナは声を震わせて、唇を噛んで。
僕の頬を平手打ちした。
「何をふざけたことを言っているのよ!!」
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実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~
蜂谷
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社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。
情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。
アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。
物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。
それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。
その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。
そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。
それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。
これが、悪役転生ってことか。
特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。
あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。
これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは?
そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。
偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。
一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。
剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。
おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!?
俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。
※カクヨム、なろうでも掲載しています。
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