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第21章 英雄の慟哭と苦悩と再起編

第7話 アカツキが提案するは、『ムィトゥーラウの棺桶作戦』

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 ・・7・・
「ムィトゥーラウを捨てる、だと……?」

「はい。ムィトゥーラウは捨てます。ただ単に捨てるわけではありませんが」

 僕の発言にマーチス侯爵は唖然とし、参謀総長達も驚愕する。
 どうやらマーチス侯爵達は、僕がムィトゥーラウを死守しながらも敵に大損害を与えられる奇策を思いついたのだと期待していたらしい。
 けど、そんな上手い話なんてあるわけが無い。再戦前のようなあらゆる面で有利だったり、ドエニプラまでのように数的有利や戦術的有利があった頃ならともかく、今は違うんだ。

「ちょっと待てアカツキ。ムィトゥーラウを失えば我々に残された大規模拠点はオディッサだけになるぞ。もう後が無くなってしまう」

「参謀本部としても許容し難い……。ムィトゥーラウまで失陥したとなれば、ますます敵を勢いづかせるだけだ。アカツキ中将」

 マーチス侯爵と参謀総長は額に皺を寄せて難色を示していた。作戦参謀長に至ってはアカツキ中将がここまで追い込まれていては……。と、やたら消極的になっている。
 待って待って。僕は何もタダでムィトゥーラウを明け渡すつもりはないし、そもそも機能喪失させるつもりだけど。
 それに、ムィトゥーラウを失陥してもいきなりオディッサではないんだ。

「マーチス元帥閣下、オディッサの前に一つ拠点があります。オディッサとムィトゥーラウには劣りますが、十分通用する拠点です」

「…………なるほど。あぁ、そうか。オチャルフか」

「オチャルフ!? マーチス元帥閣下、あそこはまだ未完成ですよ!?」

「いや、未完成ではあるが機能はする」

「はい。何せ今日までに六割強は完成しておりますから」

 マーチス侯爵はオチャルフの単語にすぐさま反応して僕の真意に気付いたらしい。どうやら未完成拠点を頭数には含めてなかったようだ。そりゃそうさ。オチャルフは元々今回の事態を想定していないからね。
 オチャルフ市。
 ここはムィトゥーラウ侵攻前に統合軍が制圧した拠点だ。
 元々人口数万人程度だった小規模都市は断続的に散在する丘という地の利を活かした防衛線の拠点として機能しつつある。
 というのも、オディッサからムィトゥーラウまでの間には目立った拠点がなく、中継地点が必要になっていた。そこで目をつけたのが中間地点にあったオチャルフ市。
 まずはここに道路や鉄道等の物資集積拠点を置いた。
 それからすぐに中間防衛拠点の構築を開始。せっかく新規防衛拠点にするのならば最新鋭の施設を導入しようと考えついた工兵部は統合軍の防衛設備を試験導入して実験する場所になっていたし、実験の有用性を証明するのと練度向上を含めた演習も行われていた。
 稜線を用い、クロスファイアを意識した火砲設置。比較的掘削しやすい地層故にトーチカの設置。塹壕研究。有刺鉄線設営などなど、事例は枚挙暇がない。
 やる気を出した工兵部が現時点において最も新しく効果的な様々な防衛拠点研究をしたことによって、オチャルフ市周辺だけでなくその南北に至るまで守る側には頼もしく、攻める側には厄介極まりない拠点と化していたんだ。
 唯一の欠点はその完成度。先にある通り、そもそもオチャルフを絶対防衛線に使うつもりは無くて完成は来年六の月、つまりは半年後の予定だった。だからまだ完成度は約六割ちょっとなんだよね。

「オチャルフを防衛線とするのは盲点だったがやれん事はない。帝国軍再侵攻推定まであと二十日。そこからムィトゥーラウ近郊で粘ればさらに時間は稼げる。アカツキ中将、貴官としてはオチャルフの完成度はどれくらいのつもりでいる?」

「八割程度です。これ以上は資材というより時間の制約上難しいでしょうから」

「八割か。許容範囲だな。しかしだな、ムィトゥーラウを帝国軍将兵の墓地にするとはどういうことなんだ?」

「それは今から説明します。指揮棒をお借りしますね」

「ああ、構わん」

 僕は指揮棒を借りると、全体の作戦を説明し始めた。
 要点を押さえていくと、こんな感じになる。

 1,帝国軍が再侵攻を開始直後は従来の作戦に沿う形で徐々に後退していく。ただし、戦線の各所ではなるべく敵の出血を強要しつつ秩序のある後退を行うこと。この時に埋設した魔石地雷などを用いた遅滞防御を行う。

 2,ムィトゥーラウまで約一〇〇キーラから約四〇キーラまでの距離を、二週間から三週間にかけて敵を誘引し続ける。あたかも帝国軍に市街戦を挑むつもりのようにしていく。この時、敵は航空戦力を投入してくるであろうが、敵を撃滅するより迎撃を意識する。数を減らせればいいので、こちら側の消耗は避ける。

 3,ムィトゥーラウまで約15キーラ付近で帝国軍に対して決戦を挑むように見せかける。この時点までにSランク以上の高位能力者を戦線各所に配置。マーチス元帥など司令部は帝国軍が最も集中する敵中央正面部に展開。ほぼ同時に独自魔法を発動し、敵に大きな損害を与えさせる。

 4,しかし帝国軍もこれまでの経験蓄積から何らかの対策を取る可能性がある為、3の作戦を決行してもなお侵攻を止めない場合は市街戦を行わず、主力はムィトゥーラウ市西部郊外まで後退。高起動の能力者化師団等は敵を引きつける役目を担う。現地指揮はアカツキ・ノースロードが担当。

 5,本命の作戦を開始。市街戦準備を偽装工作として5までにムィトゥーラウ中心市街地の道路地下や侵入されにくい建造物地下へ大型魔石地雷を設置。帝国軍を市内に誘引した後、起爆。ルブリフ丘陵の戦いで用いた『アルネシア式国防術』の再現。

 6,5の作戦にてムィトゥーラウ中心市街地などで起爆した大型魔石地雷によって連絡道路各所を寸断。この後、ムィトゥーラウ中心市街地に戦術爆撃を決行。航空部隊指揮にはココノエ陛下を任命。航空管制を密とする。ココノエ陛下麾下部隊には護衛と地上攻撃を兼任とする。

 7、6まででムィトゥーラウ市街地を徹底的に破壊し機能喪失をさせ帝国軍にも多大な損害を与える。

 8、これにてムィトゥーラウ市街地を帝国軍の墓地とさせる。統合軍はムィトゥーラウを放棄し、前線司令部をオチャルフへ移転。

 9、本作戦名称を『ムィトゥーラウの棺桶作戦』とする。


「――以上となります」

 僕は長い間喋り続けていたので深く息をつくと、水を飲む。
 作戦説明を終えると、これまで重苦しい空気が支配していた小会議室には希望の光が差していた。

「なるほどな。ムィトゥーラウそのものを帝国軍の棺桶にさせるというわけか」

 まずはマーチス侯爵がしきりに頷く。感触は良さそうだ。

「確かにムィトゥーラウは生贄となりますな。だが、悪くない。なあ、作戦参謀長」

「はい、参謀総長閣下。アカツキ中将、作戦参謀部としては賛成だ。持久戦に限界があるのは間違いない。同じように明け渡す事になるならば、やるなら徹底的にした方が余程奴等に痛手を負わせられる。何より作戦自体が途中まで従来と同じだ。後半が変更するだけならば、作戦案の作成も時間短縮出来る」

「情報参謀部としても賛成しよう。偽装工作と情報操作、これらは任せたまえ」

「兵站参謀部としても大賛成だ。大型魔石地雷もムィトゥーラウにある分で賄えきれるであろうし、少々の融通なら偽装も出来る。実現可能性は十分にある」

 参謀総長達も全員が賛成。
 よし、これで道が見えてきたぞ。

「決まったな。参謀部全体で作戦修正を始めろ。参謀総長、どれくらいで作戦案は作れるか?」

「一部変更であれば作戦参謀長の言うように時間はあまりかかりません。…………アカツキ中将の協力のもとであれば三日程度で作れるかと」

「なら三日で作戦案を上げろ。並行して資材の確保。作戦案完成後に各戦線の指揮官におおよその筋書きを示そう。以上だ」

『はっ!!』

 参謀総長達の表情は明るくなり、やる気に満ち溢れている。暗い雰囲気が嘘みたいだ。
 参謀総長が、「アカツキ中将、後で参謀本部に来てくれ」と言葉を残すと彼等は早々に退出。すぐに動き始めた。参謀本部は多国籍集団だけど目的は同じ。まとめあげるのは参謀総長達がやってくれるだろう。

「アカツキ中将」

「はっ。何でありましょうかマーチス元帥閣下」

「お前にまたしても助けられた。感謝する」

「いえ、とんでもありません。まだ始まってもおらず、むしろこれからです。相手は何せ、リシュカ・フィブラ。ここからは読み合いでしょう」

「そうだったな……。参謀本部だけではない、オレも含めて総員がお前の支えとなる。読み合いに、戦いに勝ってくれ」

「了解致しました。今からも、最前線でも軍務を果たせてみせます」

「ああ。頼んだ」

 僕達統合軍はこの二十日間で多くを失い、喪いすぎた。
 けれど、これ以上は好きにさせる訳にはいかない。
 例え相手があの人だろうと関係ない。
 僕は大切な人達を守る為に、再び勝利を得る為に、この戦いが戦術的敗北だったとしても戦略的勝利を掴む為に、顔を上げなければならない。
 この作戦、必ず成功させてみせる。
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