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第22章 死守せよ、ムィトゥーラウ―オチャルフ絶対防衛線編

第4話 龍光一閃

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 ・・4・・
 午後3時20分
 最前線交戦地帯より約8キーラ地点

「報告。妖魔帝国軍、予測通り後退を続行する第一〇一師団を追撃中。推測、通常より早い後退速度に帝国軍師団指揮官は追い落とすつもりかと」

「上々だね。読み通り動いてくれて助かるよ。同ブロック内の能力者化師団以外は?」

「既に一〇一より後方に後退済みです。稼働可能な砲兵隊及びロケット部隊のみ稼働し後方支援攻撃中。追加報告。帝国軍、間もなく作戦射程区域に到達」

「よし、上手いこと誘導されてるね」

 ココノエ陛下から立案された作戦を即時決定し各方面と調整を行ってから、僕達は作戦区域にいた。ここに居るのはココノエ陛下や実朝に椿など戦術級魔法の中核を担う五人と、座標管制兼護衛を行うエイジス、そして護衛専門の僕やリイナにアレン大佐の部下、アリッサ大尉が率いる一個中隊からなる護衛部隊だ。アレン大佐は残り三個中隊で前線にて一〇一の支援部隊として動いてもらっている。
 それにしても、本当にこの作戦はココノエ陛下が即席で考えたと言うにはかなりベターな構成だ。
 足らない中であらゆる資源と選択の集中を行った上で、元々の後退作戦の筋書きからあまり外れていないから調整も容易。後方支援攻撃を担う部隊からも殆ど修正が必要が無いから手配はすぐに出来ると言っていた。
 その結果が今だ。せいぜいこちらの支援攻撃の場所を集中させている位で、砲撃や射撃も正確だ。相変わらず連合王国軍の砲兵隊は良い腕をしている。

「アレゼル大将閣下より通信あり」

「読み上げて」

 刻一刻と変わる戦線の様子をエイジスの情報共有画面で見ていると、この作戦にあたり急遽依頼した相手から連絡が入る。アレゼル大将閣下だ。

「『其方でも確認済みであるだろうが、貴部隊より要請のあったゴーレム搭乗能力者部隊約三五を指定区域への移動完了し既に後退支援作戦を遂行中。作戦完了及び成功後作戦段階についても自由裁量に使ってよろしい』とのこと」

「アレゼル大将閣下には頭が上がらないよね。手が足らない中で捻り出してくれたんだからさ。『援助感謝致します』と送っておいて」

「了解」

「二つ返事で許可を下さったのには助かったわ」

 アレゼル大将閣下からの通信に、僕とリイナは感謝の念を彼女がいる一ブロック北に向ける。
 作戦の万全を期す為と、戦術級魔法発動後の追撃戦力に少し不足を感じたからあの後すぐに連絡を送ったんだ。

「アカツキ中将閣下、アレゼル大将閣下より追伸ありです」

「ん? まだ何かあった?」

「『返礼は凱旋後の祝杯でよろしくね。今日参加させてる部隊の子達全員のお代をよろしく。私にはノイシュランデのオススメのカフェのコーヒーに洋菓子フルセットで!』だそうです」

「まったくあの人はこんな時でも余裕があるなあ。流石だよ。『お安い御用です』の返信を」

「ははっ、了解しました」

 通信要員は笑顔で答えるとすぐに返信を始めた。
 さて、戦場の中での和やかなやりとりもどうやらもう終わりのようだ。敵がいる先より小高い場所にいる僕達には敵が徐々に迫り来る姿が確認出来る。エイジスの情報共有画面には作戦区域がマップにオレンジ色でマークされていて、帝国軍部隊の幾らかが侵入をし始めたからだ。

「マスター」

「うん、分かってる。そろそろ発動しよう。ここからが、正念場だ」

「サー」

「の、のう。アカツキよ。己で立案しておいてなんじゃが、上手くいくかの……」

「大丈夫です、陛下。必ず上手くいきます。いえ、我々が成功させるのです。どうかご安心を、陛下。陛下には指一本触れさせませんから」

「……うむ。うむ! ならば全力を尽くそう!」

 僕の言葉にそれまで不安げにしていた陛下は顔を明るくさせた後、帝国軍のいる方角を睨む。そろそろ始めるつもりだろう。

「ねえ、旦那様」

「どうしたの、リイナ」

「アナタ、真顔で割と凄いことを言ったわよ?」

「そう?」

「…………まったく、変なとこで鈍感なんだから」

 リイナはやや呆れたような顔つきになり僕は首を傾げるけれど、すぐに彼女も顔つきはまじめなものになる。ココノエ陛下のいる横から高濃度の魔力を感じたからだ。

「始まるわね」

「うん。全力で守ろう」

「了解、旦那様」

 ついにココノエ陛下の戦術級魔法の詠唱が開始された。皇国式術式の中でも古代言語だからだろうか、陛下から現代様式の光龍語を少し教えて貰った僕では素では何と言っているかは分からない。エイジスの翻訳でようやく意味を掴めるくらいだ。
 それは一文を詠み終えた後に現れた戦術級に相応しい巨大な魔法陣からも見て取れた。

「これが皇国式術式、その中でも僕達では全然分からない部類のものなんだね」

「陛下曰く、古光龍術式だったかしら。現代光龍語を多少教わった程度の私達が聞いただけでは意味を理解出来なくて当然だわ」

「魔法陣も独特だね。円形が多いヨールネイト式の術式とは大違いだし、魔法陣内にある言語も古皇国語だろうね」

「警告。帝国軍がこちらの戦術級魔法を探知。敵砲兵隊の活動活発化。また、敵部隊の前進速度が上がりました。特に突撃に優れるソズダーニア及び随伴はかなりの速さです。推測、第八軍の中でも能力者化師団兵員に匹敵する練度の部隊」

「来るね。総員、迎撃術式用意!!」

『了解!!』

「後方支援攻撃部隊及び、航空部隊にも通達します」

「よろしく」

「了解しました」

 戦術級魔法は強大な魔力を発するだけあってすぐに露呈する。戦術級以上の使い勝手の悪さの一つだ。
 だけど、エイジスや精鋭達がいるなら話は別だ。エイジスは前世で言えばイージスシステム。現界当初からあのシステムに匹敵する能力を持った彼女は、今や膨大な自己学習によってイージスシステム以上の能力を保有するにまで至っている。
 この鉄壁は、何人たりとも、そして一発の砲弾すらも通さない。
 さあ、くるぞ。かかってこい妖魔共。

「砲兵隊第一射を確認。随時推測着弾地点をマーク。座標管制と並列してモード・ディフェンスを発動。迎撃、開始」

「リイナ、エイジスの情報がある僕達は至近弾のみを狙うよ」

「分かったわ」

「迎撃部隊総員、狙うのは至近弾及び自身の身に危険が生じるものだけにしろ! 外れ弾は狙うな!」

『了解!!』

 帝国軍の砲兵隊は第一射だけでも凄まじい量が向かってきていた。最初だから狙いはズレているものがあるけれど、こっちが動けないだけに初弾からそこそこの精度で撃ち込んでくる。帝国軍第八軍の師団の高い練度を嫌でも分からせてくる。
 けど、それがどうした。

「帝国軍第一射、全迎撃を確認」

「よくやったよエイジス、その調子で続行」

「サー。戦術級魔法発動まであと七分四十秒」

「後方支援攻撃砲兵隊より通達! これより空中観測による敵砲兵隊妨害砲撃を開始とのこと!」

「後方支援攻撃は全て当該部隊に一任すると伝えて。少しでも火力が減ればその分迎撃も楽になる」

「了解!」

「警告、第二射準備行動を探知」

「戦術級魔法を防ぐ為に複数の魔法測距まで組み込んできたか。そりゃ相手も必死だよね」

 だとしても第二射までの行動が早いな。一般的な師団に比べると手際がいい。これはあと七分苦労させられそうだ。

「第二射、探知。迎撃開始」

「第二射くるぞ!!」

 第二射の数はさっきより増えている上に狙いがさらに正確になっている。
 僕とリイナは追尾式の魔法を起動し、僕は爆発系火属性魔法を、リイナは氷属性に切断強化も付与して発動する。迎撃部隊も統制射撃ではなく各個迎撃法撃を始めた。

「警告。マスター付近に二発着弾予想。申し訳ありません、撃ち漏らしになります。着弾まで一五秒」

「この程度気にしないで。『炎爆射』!」

「魔法障壁もあるんだから多少は平気よ。『氷刃』!」

 僕とリイナめがけて飛来する砲弾も十五秒もあれば余裕に迎撃出来る。すぐさま対応した法撃で砲弾を爆発させた。こんな針を糸で通すようなやり方、エイジスの補助――法撃補助管制――が無きゃ出来ないけどね。
 僕達だけじゃない。エイジス提案の迎撃陣形で配置された中隊の隊員達も効率的かつ効果的に脅威となる砲弾を爆破させてくれていた。
 発動まで残り四分。
 わずか数分で帝国軍の攻勢は局地的かつ極度に強まる。既にソズダーニアと随伴歩兵の部隊は僕達の所からあと四キーラまで迫っていた。

「警告。砲撃第五射魔法測距開始探知。続けてソズダーニア随伴歩兵は間もなく魔法銃推定射程内になります」

「相手も必死ってわけか」

「戦術級魔法なんて放たれれば即、死を意味するものね」

「警告、随伴歩兵長距離魔法準備を確認」

「総員来るぞ!! 迎撃準備に加え、魔法障壁の最大展開!!」

 すぐに帝国軍の第五射は放たれた。それだけじゃなくて、ソズダーニアの随伴歩兵も長距離魔法を射出する。
 くっそ、なんて数だ。まさに砲弾と法撃の雨だ。さっきまでとは密度が違う。

「マスター近辺の魔法障壁最大化。迎撃魔法八〇パルセントまで稼働します」

「頼んだよ!」

「サー」

 僕とリイナも中隊員達も迎撃用の魔法をそれぞれ詠唱する。アレン大佐達も余裕が少しでもあれば戦闘の合間に迎撃をしてくれていた。
 が、しかし。やはり数が多い。
 第五射にして初めて全ての迎撃が不可能となり魔法障壁に砲弾や法撃が命中して破壊音が聞こえる。

「エイジス、ダメージレポート!」

「サー。負傷者ゼロ。ただし魔法障壁の密度が低下」

「ならいい。各員魔法障壁の密度は減らすな! 迎撃が難しくなるなら魔法障壁の展開に集中!」

『了解!!』

 エイジスが各通信要員に送ったのと、僕が拡声魔法を用いて送った命令に即返答が来る。
 発動まであと三分。
 帝国軍砲兵隊の斉射速度が上がっている。もう座標修正もいらなくなったからだろう。動かない目標なんて練度の高い砲兵隊なら容易い的でしかない。
 あと何発かは貰うことになる。果たして耐えきれるか……?

「エイジス、座標管制は?」

「リソース率最大部分、山場は越えました。余裕分は順次迎撃魔法に振り分けています」

「了解。いつもなら五パルセントの余裕分は残してるけど一パルセントまで基準を下げていい。って、もうやってるか。流石だよ」

「理由。いくらワタクシでもこれだけの迎撃は余裕がありませんので……。しかし、必ず守りきります」

「アカツキ達よすまぬ! もう少しの辛抱じゃ!」

 ココノエ陛下は詠唱の合間に申し訳なさそうに僕達に言う。

「お気になさらず! 我々は一人一人が迎撃の塔です。ただ一秒でも早く発動するなら助かります!」

「相分かった! なんとかしてみせよう!」

「報告。発動までの時間を修正。五秒短縮。発動まで二分三十秒」

 ココノエ陛下は可能な限りで詠唱時間の短縮を行う。精度を欠かない為に短縮は僅かだけど、その僅かが有難い。

「総員あと二分半! 踏ん張ってくれ!」

 僕は中隊員達を励ます。
 帝国軍の攻勢は凄まじく、撤退中の一〇一師団やアレン大佐達の部隊からも負傷者が続出していた。
 残り二分半というのもあって、射程内に残る友軍もかなり減ってきた。

「警告。帝国軍砲兵隊第六射魔法測距を観測。ソズダーニア随伴歩兵の攻撃密度上昇。帝国軍部隊と彼我の距離、約三五〇〇メーラ」

「これ以上の接近を許すな! 後方支援攻撃は?」

「報告。最大速度で行われています。友軍の妨害攻撃により第一射と比して若干ながら帝国軍攻撃能力が低下」

「最大火力の支援は助かるよ」

「――警告。間もなく第六射」

「了解。総員第六射来るぞ!!」

 直後、帝国軍砲兵隊が火を噴く。
 僕とリイナも最大魔法火力で迎撃を行い、中隊員達も必死で迎撃と防御を行う。
 だけど、着弾の直後ついに負傷者も現れた。魔法障壁での防御も限界に近づいてきたわけだ。
 発動まであと一分。
 となると……。もういっそ迎撃は諦めるか。

「総員通達!! 魔法障壁を最大展開にして迎撃終了!! これより部隊は後退しつつ敵部隊接近阻止の攻撃へ移行しろ!! 発動まであと一分!!」

『りょ、了解!!』

 発動まで残り一分なら迎撃するより魔法障壁で防いで近づきつつある帝国兵を攻撃しつつ後退した方がいい。
 戦術級魔法は座標よりある程度離れていないと巻き込まれかねない。
 既に一〇一もアレン大佐達の部隊もほぼ範囲外に出ている。
 もうすぐだ。

「報告。帝国軍砲兵隊第七射魔法測距開始、いえ……、魔法測距中止? …………推測、撤退!!」

「判断が遅いよ。この判断の遅さは、リシュカ・フィブラはいない。現地指揮官の判断だ」

「ということはつまり、戦術級魔法を邪魔出来そうな奴はいないわけね!」

「うん、そういうこと。さあ、帝国軍。ちょっと痛い目に遭ってもらおうか」

 僕とリイナがニヤリと笑った瞬間、情報共有画面に表示されている発動時間はテンカウントへ。
 そして。最終詠唱まで完了した。
 ココノエ陛下の流麗な声が響く。
 翻訳画面には、こう訳されていた。

『悪鬼ヲ滅シ、邪ヲ祓エ。――龍光閃』

 瞬間、帝国軍将兵を滅する光の光線は横薙ぎに放たれた。
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