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第22章 死守せよ、ムィトゥーラウ―オチャルフ絶対防衛線編
第13話 敵を罠に誘い込む為に
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・・13・・
アカツキとリシュカが二度目の交戦を行ったのは一の月三十一の日の午後。
この戦闘は公式の記録にも残っており、局地的戦闘ながら超高練度の能力者が双方に集まっていた戦いとしても有名である。その名を『ムイトゥーラウ北部局地戦』、俗称は『棺桶の縁の戦い』。
人類諸国統合軍はアレゼルとアカツキ二人のSSランク召喚武器所有者と統合軍が誇る一個連隊。
妖魔帝国軍は叛逆の英雄、堕天戦乙女のリシュカにパラセーラが率いるリシュカが育てた『断頭大隊』。さらに直前の戦いまでに生き残った部隊で計約一個連隊。
双方刃を交えていた。
「パラセーラ、貴様はクソ英雄の嫁を殺れ。私はクソ英雄とその従者を殺る」
「御意。大隊はアカツキの大隊を相手させます」
「おっけ。連隊の生き残りは残りの部隊に振り向けるよ。まだ後でもう一個大隊が来るから数も互角に出来るから」
「はっ」
リシュカに命じられたパラセーラは頷き、身体強化の魔法と漆黒のオーラを放つ細剣に闇属性を付与してリイナに向かう。
「警告。リイナ様、パラセーラがリイナ様をロック」
「同じ細剣同士の戦いね。受けて立つわ」
「こっちはリシュカの相手に精一杯になるだろうから、気をつけて」
「ありがと、旦那様。アナタも気をつけてね?」
「うん。ありがとう」
夫婦の僅かなやり取り。
リイナがパラセーラとの戦闘に備え、アカツキは猛スピードで迫るリシュカを睨む。
「エイジス、押し負けしそうになったら第二解放もしていいから。あと一時間ちょっとだし」
「サー」
「ココノエ陛下、私とエイジスとの加勢を」
「うむ。任せておけ」
アカツキはツイン・リルを、彼の前に出たエイジスとココノエも剣を再び構える。
「なんだよもー、またクソ英雄は戦ってくれないわけぇ?」
「黙りなさい。ワタクシが相手するのですから」
「特別に妾も刃を交えてやろう。名誉に思うのじゃぞ」
「よく言うよクソトカゲ。くひっ、ならお望み通り貴様も纏めて相手してやる」
リシュカはニタニタと笑うと、右手に持っていた刀を両手で持ち、その刃を目にも止まらないような勢いでココノエに振るう。
光龍刀と光龍刀のぶつかり合う鈍い音が響き渡った。
「ぬぅ、なかなかに重い一撃ではないか」
「流石はクソトカゲの長だね。重いで済ましてくる奴なんて早々いないよ」
「お主に褒められても何も嬉しくないが、のっっ!!」
繰り返される剣戟。ココノエは顔を少し歪ませている中で、リシュカは余裕綽々の様子であった。
「ワタクシを忘れてはいませんよね?」
「当たり前でしょうよ。かかってきな」
ココノエがリシュカの重い一撃で仰け反った瞬間を狙い、エイジスは死合に割り込む。
黒剣はリシュカの光龍刀と激しく当たり合う。
「相変わらず常識を逸脱した力を持っていますね」
「人形もね。でもこの程度で殺せると思って?」
「エイジスだけじゃない、僕もだよ」
リシュカとエイジスが打ち合い、ココノエも再度混ざる中で僅かな隙をつきアカツキはリシュカの懐に飛び込もうとする。
「やっときたのかよクソ英雄! いいよ、かかってきな!」
「くっ、どこまでも余裕ぶって……。――穿ち尽くせ、ツイン・リル!」
「速さが持ち味ってか。でもそれ、私の領分でもあるんだけど?」
アカツキがリシュカと最接近し、まずは左手に持つツイン・リルが光龍刀が接触する。しかしそれも僅かの間で、すぐさま左手の短剣を鍔迫り合いから離し右手に持つ短剣でリシュカの胴体を狙う。が、しかし。
「軽いし、まだ見えるっての。甘いね」
リシュカは三人を相手にしているにも関わらずまだ余力を残したような口振りで、アカツキの連撃を受け止め、躱す。
それだけではなかった。
「じゃあ次は私だよね。死神の鎌をここに――」
「マスター! 下がってください!」
「この魔力、上級魔法じゃ!」
「ちっ! 分かった!」
「『黒死の大鎌』、放て」
リシュカが三日月型に唇を歪ませると、全長数メートルの漆黒の鎌の刀身のような形をしたものが現れた。
それはリシュカが呪文を詠唱し終えると高速でアカツキ達のいる方へ向かう。
瞬間で魔法障壁を展開したエイジスとココノエだが、一撃のみで半数が破壊される。上級魔法だったとしても、凄まじい威力であった。
「まあ、これくらいじゃクソ英雄はともかく人形とクソトカゲは無理かー」
「あの魔法をこれくらいと言い切るとは、つくづく末恐ろしい相手じゃの……」
「どうしても決定打に欠けますが、仕方ありません。目標が隙を見せるまでは持久戦です。しかし、活動限界を迎える前に、なんとしてもでも」
「最低でも手負いにはさせないとね」
「私を手負い? くひひひっ、やってみろよぉ!」
「言われなくとも」
「その舐めきった性根、叩き折ってみせようぞ!」
リシュカの挑発的な態度は変わらず、アカツキ達は死闘を再開する。
その頃、やや離れて完全な一騎打ちとなっていたのはリイナとパラセーラ。こちらはリシュカ達と同様に周りが乱入する暇もないような戦闘を繰り広げていた。
互いに細剣という武器ということもあるのだろうか。常人では目にも留まらぬような斬撃が繰り返されていた。
「あんた、結構やるじゃないの」
「ええ、腹立たしいですが貴様も英雄の傍らにいるだけのことはあるようですね」
「伊達に旦那様の副官をやってきたわけじゃないもの」
刺突を互いに避けては剣同士が衝突し、時折魔法の撃ち合いも行われる。しかしいずれも魔法障壁が防ぎ、少しばかりの時間で修復を繰り返していることもあり互角の戦いと言えた。
だが、強いて言うのであればリイナが若干の有利である。それはアカツキに比べて多量に魔力を保有しているからであり、対してパラセーラが魔人にしては魔力保有量が少ないからであった。
さらに経験もリイナが若干上手である。これは休戦期間中の妊娠と子育て期間を含んでもなおリイナが前線に立ち続けている回数が多く、ヨーク家が生粋の軍人貴族で演習と訓練を数えきれないほど行ってきた経緯が大きいだろう。
だからであろうか。
リイナは相手の予測しづらい戦術をとった。
「ところで、パラセーラだったかしら?」
「なんですか」
「こういうの、訓練にあって?」
「は?」
「私は貴族だけれど、だからって高潔な戦いをするわけじゃないのよ?」
僅かばかりの鍔迫り合いからリイナは唐突にバックステップをすると、懐から何かを取り出した。
それは粉末の入った瓶であった。彼女はその瓶をパラセーラに投げつけると、パラセーラは反射的に斬る。
瞬間、リイナは想定通りと僅かに口角の端を曲げると、指と指を擦りパチンと叩いた。
「何を、きゃあぁ?!」
悲鳴を上げたのはパラセーラだった。何故ならば瓶に入った粉末が小さい爆発を起こし光を発したからである。
いくらパラセーラとはいえ、突発的事象には対処しきれず本能的に腕で顔を守ろうとする。
これが勝負を決めた。
「やっとまともな一撃を与えられるわ。『氷槍惨禍』」
「しまっ?!」
リイナが詠唱した魔法は『氷槍惨禍』。独自魔法の『アブリュート・ソロ』では無かった。
何故そうしたかは詠唱時間の問題である。『アブソリュート・ソロ』はデュオよりは短い詠唱とはいえやや長い詠唱になる。となると幾ら隙を作ったとて相手に防御の時間を与えることになる。であれば討ち取れる可能性は減るものの確実にダメージを与えられ、かつ威力の高い複合属性魔法『氷槍惨禍』をリイナは選んだのだ。
この作戦は正解だった。パラセーラは魔法障壁があるとはいえほぼ無対策のままに法撃を受けてしまう。
パラセーラはこの攻撃で魔法障壁を完全喪失したばかりか、一本だけとはいえ左肩を氷槍が掠める。だが、掠めたとはいえパラセーラの左肩は抉られるような形となり大量に出血をする。
「あぁぁぁぁああぁぁあ!!!!」
「貰ったわ」
「この、程度でっ…………!」
「ちょっと、人の駒に何してくれてんの」
確実にパラセーラを討てるかと思いきや、冷えきった声がした直後リイナのいる方角に闇夜のように黒い剣が数本飛んできた。リシュカの魔法だった。
「ちょっと、お前は旦那様達と戦ったんじゃなかったの? 魔人は目がいくつもあるのかしら」
リイナはリシュカの魔法を回避するとため息をついて言う。リシュカのいた方角から飛んできたこともあり、魔法障壁で防ぐのではなく避けたことにより、パラセーラは命を奪われる危機一髪を回避することが出来た。
激痛に耐えながらも、後ろに下がることのできたパラセーラは、すぐさまサポートに向かった『断頭大隊』の手空きの隊員に囲まれ保護された。
「リシュカ、様。申し訳……、ございま、せん……」
「ったく、手を煩わせるな。けど、アレを読んで戦える奴なんていない。あの女の作戦勝ちだから諦めな。その傷じゃもう戦えないから、下がれ。治療をすぐ受けろ」
「ぎ、御意に……」
激しい痛みに顔を歪ませながらも、なんとか答えられたパラセーラは頷き、悔しさを滲ませながら『断頭大隊』の兵士達に抱えられて戦場から下がっていった。
本来ならばここでパラセーラを『断頭大隊』の隊員ごと吹き飛ばすことは、エイジスやココノエであれば可能なのだが今はリシュカがいるためそれは不可能。
リイナは予想していたとはいえリシュカの右腕、パラセーラを殺すことまでは出来なかった。
とはいえ、大隊長たるパラセーラが戦場から離脱したことは戦闘中の『断頭大隊』要員達を若干ながら動揺させていた。逆にアレン大佐達にとっては勢いづけさせる事になった。
「クソ英雄の嫁。お前ら貴族って綺麗な戦い方を未だに至上としてると思ったけど、なんだ、ああいう汚いやり口もやれるんじゃん。やっぱり、そこのクソ英雄のおかげ?」
「旦那様のことをクソ英雄と呼ばないでくれる? 虐殺魔さん?」
「煽るねえ。ま、お前に言われたところで何も思わないけどさ。で、答えはどうなのよ」
「旦那様は関係ないわ。あくまで私の判断よ」
「あっそ。ま、ウチのに傷を負わせたからお前を惨たらしく殺してやる理由が増えたし感謝するよ」
「やれるものならやってみなさいな」
目線で火花を散らすリシュカとリイナ。
その間に呼吸と態勢を整えたアカツキ達。どう見ても再び激戦は行われるように見える。
しかし。
『マイマスター、工兵隊が全ての準備を終えたとのことです』
『分かった。決戦のように思わせてるけど、こっちにとっては誘い込む為の罠。あの人は間違いなく市街戦のつもりでいるだろうし、目の前に僕もいるから視野狭窄になってる。それに……』
『それに……?』
『昔はあんなに視野が狭い人じゃ無かったし、部下を駒扱いはしなかった。残念だけど、相手の手には乗らないよ』
『ヒトは歪に変わることもあります。成れの果てが、あの姿なのでしょう』
『悲しいけど、そうだろうね。さて、準備も整ったら追いかけっこを始めようか』
『サー、マスター。対象各部隊に一斉送信します』
アカツキとエイジスが思念会話を終えると、リシュカは訝しんだ様子でアカツキを見る。
「お前さぁ、何こそこそしてんの? もしかして、また怖気づいちゃったー? 勝てない、勝てないよぉ、ってさぁ?」
「うん、勝てないかもしれない。だから僕は」
「僕はぁ? なぁにぃ? まさかさぁ、逃げないよねぇ?」
明らかに馬鹿にした様子で喋るリシュカ。
だが、既にアカツキの意図を読みとったアレン大佐達やエルフ部隊含め総員は挑発に乗りはしない。リシュカに悟られないよう、睨むくらいはするが総員が冷静な判断力を保っていた。
そして、アカツキは大声を上げた。
「総員撤退! 司令部よりこの区画の放棄の許可が出た! 目の前のリシュカ・フィブラには敵わないから逃げるぞ! 命が惜しければとにかく逃げろ!」
リシュカの眼前で全速力の逃走を命じ、自身も逃げ始めた。
アカツキとリシュカが二度目の交戦を行ったのは一の月三十一の日の午後。
この戦闘は公式の記録にも残っており、局地的戦闘ながら超高練度の能力者が双方に集まっていた戦いとしても有名である。その名を『ムイトゥーラウ北部局地戦』、俗称は『棺桶の縁の戦い』。
人類諸国統合軍はアレゼルとアカツキ二人のSSランク召喚武器所有者と統合軍が誇る一個連隊。
妖魔帝国軍は叛逆の英雄、堕天戦乙女のリシュカにパラセーラが率いるリシュカが育てた『断頭大隊』。さらに直前の戦いまでに生き残った部隊で計約一個連隊。
双方刃を交えていた。
「パラセーラ、貴様はクソ英雄の嫁を殺れ。私はクソ英雄とその従者を殺る」
「御意。大隊はアカツキの大隊を相手させます」
「おっけ。連隊の生き残りは残りの部隊に振り向けるよ。まだ後でもう一個大隊が来るから数も互角に出来るから」
「はっ」
リシュカに命じられたパラセーラは頷き、身体強化の魔法と漆黒のオーラを放つ細剣に闇属性を付与してリイナに向かう。
「警告。リイナ様、パラセーラがリイナ様をロック」
「同じ細剣同士の戦いね。受けて立つわ」
「こっちはリシュカの相手に精一杯になるだろうから、気をつけて」
「ありがと、旦那様。アナタも気をつけてね?」
「うん。ありがとう」
夫婦の僅かなやり取り。
リイナがパラセーラとの戦闘に備え、アカツキは猛スピードで迫るリシュカを睨む。
「エイジス、押し負けしそうになったら第二解放もしていいから。あと一時間ちょっとだし」
「サー」
「ココノエ陛下、私とエイジスとの加勢を」
「うむ。任せておけ」
アカツキはツイン・リルを、彼の前に出たエイジスとココノエも剣を再び構える。
「なんだよもー、またクソ英雄は戦ってくれないわけぇ?」
「黙りなさい。ワタクシが相手するのですから」
「特別に妾も刃を交えてやろう。名誉に思うのじゃぞ」
「よく言うよクソトカゲ。くひっ、ならお望み通り貴様も纏めて相手してやる」
リシュカはニタニタと笑うと、右手に持っていた刀を両手で持ち、その刃を目にも止まらないような勢いでココノエに振るう。
光龍刀と光龍刀のぶつかり合う鈍い音が響き渡った。
「ぬぅ、なかなかに重い一撃ではないか」
「流石はクソトカゲの長だね。重いで済ましてくる奴なんて早々いないよ」
「お主に褒められても何も嬉しくないが、のっっ!!」
繰り返される剣戟。ココノエは顔を少し歪ませている中で、リシュカは余裕綽々の様子であった。
「ワタクシを忘れてはいませんよね?」
「当たり前でしょうよ。かかってきな」
ココノエがリシュカの重い一撃で仰け反った瞬間を狙い、エイジスは死合に割り込む。
黒剣はリシュカの光龍刀と激しく当たり合う。
「相変わらず常識を逸脱した力を持っていますね」
「人形もね。でもこの程度で殺せると思って?」
「エイジスだけじゃない、僕もだよ」
リシュカとエイジスが打ち合い、ココノエも再度混ざる中で僅かな隙をつきアカツキはリシュカの懐に飛び込もうとする。
「やっときたのかよクソ英雄! いいよ、かかってきな!」
「くっ、どこまでも余裕ぶって……。――穿ち尽くせ、ツイン・リル!」
「速さが持ち味ってか。でもそれ、私の領分でもあるんだけど?」
アカツキがリシュカと最接近し、まずは左手に持つツイン・リルが光龍刀が接触する。しかしそれも僅かの間で、すぐさま左手の短剣を鍔迫り合いから離し右手に持つ短剣でリシュカの胴体を狙う。が、しかし。
「軽いし、まだ見えるっての。甘いね」
リシュカは三人を相手にしているにも関わらずまだ余力を残したような口振りで、アカツキの連撃を受け止め、躱す。
それだけではなかった。
「じゃあ次は私だよね。死神の鎌をここに――」
「マスター! 下がってください!」
「この魔力、上級魔法じゃ!」
「ちっ! 分かった!」
「『黒死の大鎌』、放て」
リシュカが三日月型に唇を歪ませると、全長数メートルの漆黒の鎌の刀身のような形をしたものが現れた。
それはリシュカが呪文を詠唱し終えると高速でアカツキ達のいる方へ向かう。
瞬間で魔法障壁を展開したエイジスとココノエだが、一撃のみで半数が破壊される。上級魔法だったとしても、凄まじい威力であった。
「まあ、これくらいじゃクソ英雄はともかく人形とクソトカゲは無理かー」
「あの魔法をこれくらいと言い切るとは、つくづく末恐ろしい相手じゃの……」
「どうしても決定打に欠けますが、仕方ありません。目標が隙を見せるまでは持久戦です。しかし、活動限界を迎える前に、なんとしてもでも」
「最低でも手負いにはさせないとね」
「私を手負い? くひひひっ、やってみろよぉ!」
「言われなくとも」
「その舐めきった性根、叩き折ってみせようぞ!」
リシュカの挑発的な態度は変わらず、アカツキ達は死闘を再開する。
その頃、やや離れて完全な一騎打ちとなっていたのはリイナとパラセーラ。こちらはリシュカ達と同様に周りが乱入する暇もないような戦闘を繰り広げていた。
互いに細剣という武器ということもあるのだろうか。常人では目にも留まらぬような斬撃が繰り返されていた。
「あんた、結構やるじゃないの」
「ええ、腹立たしいですが貴様も英雄の傍らにいるだけのことはあるようですね」
「伊達に旦那様の副官をやってきたわけじゃないもの」
刺突を互いに避けては剣同士が衝突し、時折魔法の撃ち合いも行われる。しかしいずれも魔法障壁が防ぎ、少しばかりの時間で修復を繰り返していることもあり互角の戦いと言えた。
だが、強いて言うのであればリイナが若干の有利である。それはアカツキに比べて多量に魔力を保有しているからであり、対してパラセーラが魔人にしては魔力保有量が少ないからであった。
さらに経験もリイナが若干上手である。これは休戦期間中の妊娠と子育て期間を含んでもなおリイナが前線に立ち続けている回数が多く、ヨーク家が生粋の軍人貴族で演習と訓練を数えきれないほど行ってきた経緯が大きいだろう。
だからであろうか。
リイナは相手の予測しづらい戦術をとった。
「ところで、パラセーラだったかしら?」
「なんですか」
「こういうの、訓練にあって?」
「は?」
「私は貴族だけれど、だからって高潔な戦いをするわけじゃないのよ?」
僅かばかりの鍔迫り合いからリイナは唐突にバックステップをすると、懐から何かを取り出した。
それは粉末の入った瓶であった。彼女はその瓶をパラセーラに投げつけると、パラセーラは反射的に斬る。
瞬間、リイナは想定通りと僅かに口角の端を曲げると、指と指を擦りパチンと叩いた。
「何を、きゃあぁ?!」
悲鳴を上げたのはパラセーラだった。何故ならば瓶に入った粉末が小さい爆発を起こし光を発したからである。
いくらパラセーラとはいえ、突発的事象には対処しきれず本能的に腕で顔を守ろうとする。
これが勝負を決めた。
「やっとまともな一撃を与えられるわ。『氷槍惨禍』」
「しまっ?!」
リイナが詠唱した魔法は『氷槍惨禍』。独自魔法の『アブリュート・ソロ』では無かった。
何故そうしたかは詠唱時間の問題である。『アブソリュート・ソロ』はデュオよりは短い詠唱とはいえやや長い詠唱になる。となると幾ら隙を作ったとて相手に防御の時間を与えることになる。であれば討ち取れる可能性は減るものの確実にダメージを与えられ、かつ威力の高い複合属性魔法『氷槍惨禍』をリイナは選んだのだ。
この作戦は正解だった。パラセーラは魔法障壁があるとはいえほぼ無対策のままに法撃を受けてしまう。
パラセーラはこの攻撃で魔法障壁を完全喪失したばかりか、一本だけとはいえ左肩を氷槍が掠める。だが、掠めたとはいえパラセーラの左肩は抉られるような形となり大量に出血をする。
「あぁぁぁぁああぁぁあ!!!!」
「貰ったわ」
「この、程度でっ…………!」
「ちょっと、人の駒に何してくれてんの」
確実にパラセーラを討てるかと思いきや、冷えきった声がした直後リイナのいる方角に闇夜のように黒い剣が数本飛んできた。リシュカの魔法だった。
「ちょっと、お前は旦那様達と戦ったんじゃなかったの? 魔人は目がいくつもあるのかしら」
リイナはリシュカの魔法を回避するとため息をついて言う。リシュカのいた方角から飛んできたこともあり、魔法障壁で防ぐのではなく避けたことにより、パラセーラは命を奪われる危機一髪を回避することが出来た。
激痛に耐えながらも、後ろに下がることのできたパラセーラは、すぐさまサポートに向かった『断頭大隊』の手空きの隊員に囲まれ保護された。
「リシュカ、様。申し訳……、ございま、せん……」
「ったく、手を煩わせるな。けど、アレを読んで戦える奴なんていない。あの女の作戦勝ちだから諦めな。その傷じゃもう戦えないから、下がれ。治療をすぐ受けろ」
「ぎ、御意に……」
激しい痛みに顔を歪ませながらも、なんとか答えられたパラセーラは頷き、悔しさを滲ませながら『断頭大隊』の兵士達に抱えられて戦場から下がっていった。
本来ならばここでパラセーラを『断頭大隊』の隊員ごと吹き飛ばすことは、エイジスやココノエであれば可能なのだが今はリシュカがいるためそれは不可能。
リイナは予想していたとはいえリシュカの右腕、パラセーラを殺すことまでは出来なかった。
とはいえ、大隊長たるパラセーラが戦場から離脱したことは戦闘中の『断頭大隊』要員達を若干ながら動揺させていた。逆にアレン大佐達にとっては勢いづけさせる事になった。
「クソ英雄の嫁。お前ら貴族って綺麗な戦い方を未だに至上としてると思ったけど、なんだ、ああいう汚いやり口もやれるんじゃん。やっぱり、そこのクソ英雄のおかげ?」
「旦那様のことをクソ英雄と呼ばないでくれる? 虐殺魔さん?」
「煽るねえ。ま、お前に言われたところで何も思わないけどさ。で、答えはどうなのよ」
「旦那様は関係ないわ。あくまで私の判断よ」
「あっそ。ま、ウチのに傷を負わせたからお前を惨たらしく殺してやる理由が増えたし感謝するよ」
「やれるものならやってみなさいな」
目線で火花を散らすリシュカとリイナ。
その間に呼吸と態勢を整えたアカツキ達。どう見ても再び激戦は行われるように見える。
しかし。
『マイマスター、工兵隊が全ての準備を終えたとのことです』
『分かった。決戦のように思わせてるけど、こっちにとっては誘い込む為の罠。あの人は間違いなく市街戦のつもりでいるだろうし、目の前に僕もいるから視野狭窄になってる。それに……』
『それに……?』
『昔はあんなに視野が狭い人じゃ無かったし、部下を駒扱いはしなかった。残念だけど、相手の手には乗らないよ』
『ヒトは歪に変わることもあります。成れの果てが、あの姿なのでしょう』
『悲しいけど、そうだろうね。さて、準備も整ったら追いかけっこを始めようか』
『サー、マスター。対象各部隊に一斉送信します』
アカツキとエイジスが思念会話を終えると、リシュカは訝しんだ様子でアカツキを見る。
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「うん、勝てないかもしれない。だから僕は」
「僕はぁ? なぁにぃ? まさかさぁ、逃げないよねぇ?」
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だが、既にアカツキの意図を読みとったアレン大佐達やエルフ部隊含め総員は挑発に乗りはしない。リシュカに悟られないよう、睨むくらいはするが総員が冷静な判断力を保っていた。
そして、アカツキは大声を上げた。
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