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秦野まお

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雪の日

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雪が降っている。

 キンと冷えた空気が、肺まで届いて身体を中から冷やす。はぁ、はぁと真っ白な息を吐きながら、私は神社までの道を上っていく。
 薄く積もった雪のせいで足下は悪くて、石段はスニーカーでは滑ってしまいそうだった。きっと転んだら大惨事だ。高校の制服のスカートは短く折っているし、ここの石段は割と長い。こんなに長いからきっといつも誰もいないのだ。管理してる人すら見た事がない。
 でもそんな石段の辛さだって、気にならない。
 
 頂上まで登れば。もしかしたら、あの子が居るかもしれない。

 私だって、望み薄なことはもうわかっている。約束を結んだのだってもう7年前だ。今どきそんな前の口約束を信じてるのなんて、きっと私だけ。
 階段を上りきって神社の前にやってきても、やっぱりあの子はいなかった。深く息を吐く。今更落胆なんてしない。

『雪が降る日に、ここにまた会いに来て。絶対絶対、待っているから』

 あんな、昔の約束を覚えている私が悪いのだろう。だけど、だけど。
 それでももう一度会いたいのだ。

 お賽銭に五円を放り投げて、ぱんぱん、と大きな音を立てて手を叩いた。それから人がいないことをいいことに、大きな声で言う。

「ゆきちゃんにもう一度会えますよーに!!」

 ぐぐぐぐ……と念を込めるように祈って、それから頭を下げた時だった。

「へぇ、ゆきちゃんって子に会いたいんだ」

 突然背後から声が聞こえた。慌てて振り返れば、いつから居たのか、男の人がいる。

「え、あ、あわわ」

 知らない青年だった。手には箒を持っているけれど、今までこの神社で人なんて一度も見たことがない。年始ですらだれもいない様な神社だ。まさかこんな、雪が降る日に、しかもただの平日なのに、人がいるなんて思いもしなかった。
 寒いはずなのに、顔がどんどん熱くなっていく。わけも分からなくなりながら、口をパクパクと開閉する。

「あ、き、聞いて」

 言いながらあとずさりをして、つるりと滑って尻餅をついた。じんじんとお尻が痛む。けれどそんなことが気にもならない、というか気にしてる場合じゃない。
 誰にも聞かれたことがないどころか、誰にも言ったことすらなかったのに。それを、こんな、もう7年も経って誰かに聞かれるなんて……!

「うん、聞いてたよ」

 彼がわたしに手を伸ばしながら、答えた。その言葉を聞いてまた顔に熱が集まる。
 立てる? と尋ねられてこくりと頷いた。触れた手は冷たかった。

「あ、ありがとうございます……」
「ねぇ、社務所ならあったかいからさ、少し話、聞かせてよ」
「……な、なんでですか。というか、そもそもあなた、だれなんですか」

 突然の言葉に私は警戒する。なんで急に話を聞かせて、と言われるのだろうか。
 少し冷静さを取り戻した頭で目の前の青年を見つめた。髪は明るい茶髪で、優しそうな見た目だ。それに結構かっこいい。
いやいや、それで信用しちゃダメでしょ、と否定しながら私は精一杯相手を威嚇するように見た。優しいしすぐに騙されるよねと友達によく言われるのだ。知らない人相手にもそれを発揮する訳にはいかない。
目の前の彼はうーんと唸ったあと、ポツリと言った。

「僕はここの、神主の友達かな?」
「ここに神主がいるんですか?」
「いるいる!毎日いるわけじゃないけどね」

本当だろうか?神主の友達なんて、簡単に使える言い訳みたいだ。まだまだ、信用できない気がする

「あとは、かいい専門の探偵かな」
「は…?」

続けられた言葉に私はぽかんとした。探偵?探偵なんて仕事をやっている人が、こんな神社で一体何をしているのだろう。それに、なに、専門といったのだろうか。
佳奈の表情を見たのか、青年はぽりぽりと頭をかいたあとアハハ、と笑った。

「まぁ、信用出来ないかぁ」

彼は困ったように笑った。そうだよねぇ、と続けられる言葉はのんびりしている。なんだか私も、張った肩から力が抜ける。

「僕だったら、ゆきちゃんに会わせてあげられるかもと思ったんだけど」
「……え?」

続けられた言葉に私は一瞬ぽかんとした。
それからぐっと、彼に近づく。私より随分高い彼の胸元を掴んで、端正な顔を見上げながら迫る。

「ゆきちゃんのこと、知ってるんですか!?」
「うーん、知ってるとは断言できないけど」
「濁さないで!」

感情に任せて私は声を上げた。7年、7年だ。7年会いたくて、雪のあまり降らないこの街で、雪が降る度にここに来ていた。まだ17年しか生きてない私の人生では、その時間はあまりに長い。
彼から離れて、ぐっと私は頭を下げる。

「なにか、知ってることがあったら教えてください。どうしても、どうしてももう一度会いたいんです……!」

土色の混ざった汚い足元の雪に、白い雪が積もっていくのが見えた。下唇を噛む。
会いたい、会いたい、会いたい。優しかったゆきちゃん。
すぐに、頭を上げてよ、という優しい声が頭上から降ってきた。言葉の通りに頭をあげれば、優しく彼が微笑んでいるのが見えた、

「多分分かると思うよ。でも確信は無いからさ、まずはゆきちゃんのことを社務所で聞かせてよ。お菓子だって、お茶だって出すからさ」

ね?という優しい声に、私は頷いた。
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