魔王

覧都

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第百八十六話 許す!

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「申し遅れました! フォルセンと申します」

「フォルセンさんですか……」

「これ! それでは何もわからんじゃろう! この者はあのバルゼオと同期で海軍士官だった者じゃ。バルゼオが操船の天才なら、この男は学問、智の方で一番優れていた者じゃ」

「えっ、その様な方がどうして魔王国に?」

僕が驚いていると、フォルセンさんがニコニコしたまま止っているので、爺さんが肘でつついた。

「おっと、失礼! あまりにも可愛いので見とれていました」

「あ、ありがとうございます。でもぼく……私はそう言われてもあまり嬉しくないのですよ」

「そ、そうですね。失礼しました。俺は王国に嫌気がさして放浪の旅をしていました。この地へ流れついてブラブラしていたら、先生……あっ、提督に再会して話しを聞きました。正直な所、今はまだ何が正しいのか分かりませんが、魔王様があの天帝のくそ勇者を倒そうと考えているのなら、是非協力したいと考えています。あいつこそ人類の敵! 魔王そのものだと思います。……あっ、し、失礼」

天帝の勇者の悪行は、優秀な人材を流出させているということでしょうか。
普通の人には天帝の勇者の行いこそが、魔王の行いなのですね。
僕は、いい魔王のつもりですけどね。

「天帝の勇者を倒す。ふふふ、倒されるのは魔王かもしれませんが、まあ、目的は同じなのでしょう。歓迎します。爺さん……提督を支えて下さい」

「はっ!!」

二人は、お辞儀をすると僕の元から離れていった。

「先生! 天帝の勇者は魔王様より強いのですか?」

「いや、単純な強さならアスラ殿も負けてはいないと思うのじゃが、なにか複雑な事情があるのじゃろう。こういう話をする時のアスラ殿の暗い表情を見ると、それ以上聞けんくてのう」

「そうですな。さっきも……」

二人は僕に聞こえないようにヒソヒソ話しています。
全部聞こえていますけどね。
僕はさっきも、そんなに暗く悲しい表情をしていたのですね。
気を付けないと、皆に余計な心配をかけてしまいます。
気を付けないと……



深夜、僕は運河にふたたび戻り、頭の中で大河の東岸をイメージします。
そして、三百隻の闘艦に、操船に必要な人員に乗ってもらいました。
頭の中に河岸が浮かび安全確認が出来ます。
なるべく多くの闘艦を移動させるようにしっかり、闘艦を見つめます。
真っ暗な夜空に、魔法陣が浮かびます。

浮かび上がった魔法陣は、元々は金色だったのでしょう。
その上に魔王の黒が塗られた、そんな感じに見えます。
金色に少しだけ縁取られた、巨大な黒い魔法陣が浮かび上がります。
一瞬で闘艦三百隻が消えました。

「わあーっ、すごーい!! 一度に全部は、私には出来ません」

フォルスさんが男の姿なのに、女の話し方になっています。
一番驚いているのは、僕なのですけどね。
まさか、全部移動出来るとは。しかも、魔力もほとんど消費していません。
その足で、ロホウさんのいる魔王軍本陣に移動します。

夜明けにはいよいよ決戦をはじめる予定です。


翌朝まだ暗いうちに、ロホウさんがやってきた。

「魔王様、よろしいですか」

「はい、どうしました」

「少し上流の漁村の村長があいさつをしたいと来ています」

「そうですか。ではいつもの準備をします」

僕はアズサ姿のまま、クザンを椅子に座らせて、右後ろに控えた。
左後ろにはフォルスさんに控えてもらい、村長を迎える体勢を整えた。

「どうぞ!」

フォルスさんが部屋の外に声をかけた。

「ははーーっ」

村長は入ってくるなり、入り口の前でひざまずいた。

「どうされました」

「我らは、この河の上流で漁業をして住まう領民ですじゃ」

「逃げなかったのですか」

「逃げたところで、行くあてなどありゃあせんのじゃ。ずっと隠れておったのじゃが、とうとう食料がつきてしまった。漁をする事を許して欲しいのじゃ」

「それは、魔王国の住民になることを意味しますが、よろしいのですか」

「難しいことは、分かりゃあせん。わしらは、生きていければ良いのじゃ」

クザンが僕の方を見た。
僕はクザンの耳元で、小声でささやいた。

「魔王国軍の方こそ、迷惑をかけて申し訳ありません。気になさらずに漁をして、普通の生活を始めて下さい。魔王国軍が、皆さんに一切危害を加えないように、この魔王が厳命いたします。と、言ってください」

クザンは、ゆっくりうなずくと。

「許す!!」

低い腹の底に響く声で一言だけ言った。
うーーん、耳打ちした意味は?
まあ、だいたい意味は一緒だし。

「くくくくっ」

フォルスさんもロホウさんも、僕の耳打ちが聞こえていたのか、こらえきれずに笑っている。
まあいいですけどね。その方が魔王らしいですからね。
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