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第二十六話 見たかった笑顔

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「ミサ。想像してみてくれ、巨大なシロナガスクジラと小さなアリがくっ付いている姿を」

「想像出来たわ」

「そのアリが、クジラに吸収されようとしている。吸収されたアリはどこへ行ってしまうのかな」

「クジラが、この蜂蜜色の隕石を包んでいるもので、アリがあんたなの?」

「そうだ。俺が吸収されれば、隕石は包み込める。だが俺は、たぶんもう俺でいられなくなると思う」

「う、うううっ」

 あずさが泣き出してしまった。

「!?」

 ミサは黙り込んでしまった。
 理解してくれたようだ。

「とうさん、行かないで。行っちゃ嫌だ」

 あずさは小声で言った。
 大声で叫ぶように言わない方が俺にはこたえた。
 どうしよう。俺も行きたくねえ。
 思えば、くそみたいな人生だった。
 だが、あずさと出会ってからは毎日が楽しかった。

 このまま、吸収されなければ、しばらくはあずさと一緒にいられる。
 でも、地球は無くなる。無くなってしまえば、二人ともたいして長くは生きられないだろう。共倒れだ。
 だが、地球を救えば、少なくともあずさは、天寿をまっとうできるだろう。

 どっちを選択するのかは、考えるまでも無い。
 でも、出来ればあずさに納得してもらって、笑顔で送り出してもらいたい。わがままなもんだ。

「あずさ、笑顔で見送ってくれないかな」

「……」

 あずさは無言で首を振る。
 涙が俺の方へ飛んできた。
 つらいなー。あずさをこんなに悲しませるなんて。

「俺は、死ぬわけじゃ無い。帰って来られないと、決まったわけじゃ無いんだよ。帰れる可能性があるんだ」

「……」

 あずさは首を振る。
 こんな言葉でだませるほど、子供じゃ無いよな。

「あずさ、知っているか。とうさんがあずさに一度だけチューした事があることを」

「知ってる」

 ゲロゲロ、知らないと思っていたのに知っていたのか。

「いつの日だったか、俺のひざで眠るあずさが、可愛すぎて思わず首の上の脱毛症の所にしてしまったんだ」

「私は嬉しくって、絶対忘れたくないって思ったの。その頃の私はぜんぜん可愛くなかったわ。むしろゾンビみたいで気持ち悪かったと思うけど」

「いや、俺に必死でしがみつき、すがりつくあずさが本当に可愛かった。あずさの脱毛症、そこだけ治っていないよな、何故だろう」

 あずさは髪を両手で上に上げると、毛の生えていないところを、見せてくれた。

「うっわ、気持ち悪!!」

 ミサが思わず口にした。

「これは!?」

 俺は驚いた。

「ふふふ、私にはわかるわ、たぶん、とうさんの唇の形になっているのでしょ」

「俺の口よりだいぶ大きくなっているけど、口の形になっている」

「私の成長と共に大きくなったのかな。私はね、とうさんにキスをされて、目覚めたの。愛されている事を知って、暗い暗い闇の中から目覚めました。だから絶対忘れたくないとずっと思い続けていたの。そしたら神様が毛を生えないようにしてくれたのだと思うわ」

「俺は、完璧美少女に大きな傷をつけてしまったと、ずっと後悔していたんだけどなー」

「うふふ、私は完璧な美少女なんてのぞんでいません。とうさんだけに好きでいてもらえたらそれでいいの」

「そうかーうれしいな。……俺はあずさと出会うまで、楽しい事が何も無かった。俺の方が闇の中に生きていたのかもしれないな。でも、あずさと出会ってからは、あずさの喜ぶ顔を見る事がすごい楽しみだったな。今までで一番喜んでくれたのは、ランドセルを買った時だったな。今でも目に焼き付いているよ。それからも二人でいると楽しい事ばかりだった。貧乏だったけどな」

「うん!!」

「なーあずさ、とびっきりの笑顔が見たいな」

「無理」

「じゃあ、あずさのかわいいスライムを見せて欲しいな」

「とうさんのエッチ!」

 だが、あずさは恥ずかしそうに頬を赤くして、スカートをちょびっと持ち上げて、水色のスライムの顔を少しだけのぞかせた。
 普段は平気で丸出しにするくせに、こっちがドキドキするわ!

「あずさ。おかしいぞ、そのスライム」

「え、なになに」

 あずさは、ガバッとスカートを持ち上げると、振り返ってスライムを見ようとした。
 一生懸命スライムを見ようとしている。
 君はまだまだ子供だね。

 ――さよならだ。あずさ

 あずさの視線が俺からスライムに移った間に、俺は蜂蜜さんに吸収してもらった。

「うわーーーん!!」

 薄れ行く意識の中で泣き声が聞こえる。
 ミサの声だ。
 いい年した女性が、子供の様に泣いている。
 最期に聞こえたのがミサの泣き声かよー。がっかりだぜ。

 きっとあずさは、子供の時の様に、口を押さえて泣き声を出さない様にしているのかな。
 ひょっとして、久しぶりにパニックになって、暗い目がぎょろぎょろ動いているのかもしれないな。
 ふふふ、最期にとびっきりの笑顔は見ておきたかったな。
 元気でな。あずさ。



 なんだかここち良い。
 体温と同じ温度の湯につかっている様だ。
 手の感覚も、足の感覚もなくなってきた。
 真っ暗闇で、目から何も情報が入ってこない。

 体中がぬるま湯に、溶けていく様だ。
 もう、何も考える事も出来なくなってきた。
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